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2011年の記録
目録
 
 
 
 
 5/現在地
 
 

 
このページの本たち
創世の島』バーナード・ベケット
星の光、いまは遠く』ジョージ・R・R・マーティン
アルコン』キャサリン・フィッシャー
愛書家の死』ジョン・ダニング
風の谷のナウシカ』宮崎 駿
 
闇の船』サラ・A・ホイト
イエスの古文書』アーヴィング・ウォーレス
占星師アフサンの遠見鏡』ロバート・J・ソウヤー
永劫回帰』バリントン・J・ベイリー
天空の舟 小説・伊尹伝』宮城谷昌光

 
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2011年08月14日
バーナード・ベケット(小野田和子/訳)
『創世の島』早川書房

 2050年、最終戦争が勃発。
 2052年に伝染病菌がばらまかれ、どうやら翌年に、世界は滅びたようだった。そのころ世界の底に位置する群島アオテアロアでは、大富豪プラトンによって創建された共和国が〈大海洋フェンス〉を完成させていた。
 共和国は〈大海洋フェンス〉によって外界から切り離され、押し寄せる難民を徹底的に排除することで厄災を逃れることができたのだ。以来、厳格な階級制度のもとに国民は秩序を維持してきた。
 ところが、共和国建国から7年目に誕生したアダム・フォードによって、混沌がもたらされてしまう。
 アダムはそのとき兵士だった。監視塔での任務についており、外界の船を発見。乗船していた少女を助けてしまったのだ。
 指導者層はアダムの事件を政治的に利用しようと、公開裁判を実施するが……。

 物語はアナクシマンドロス(アナックス)が、国のエリート機関である〈アカデミー〉の入学試験を受けることで展開していきます。試験は、4時間にわたる口頭試問。アナックスが選んだ主題は、アダム・フォードの人生とその時代。
 アナックスがいるのは共和国ではなく、しかもアダムは昔に生きていた人物。想像をちりばめつつ、試験官の質問に答えていきます。その過程で、共和国の歴史が明らかにされていきます。

 ほぼ全編が試験でのやりとり、とはいえ、4時間にわたりますのでそれなりの文量はあります。文量はあるのですが、情報量は多くないです。
 アダムが助けた少女はどうなってしまったのか?
 アダムの事件後、共和国はどうなったのか?
 そもそも共和国の外の世界はどうなってしまったのか?
 もしかすると、長いショートショートだと思って読めば、すんなりと楽しめるのかもしれません。


 
 
 
 

2011年08月15日
ジョージ・R・R・マーティン(酒井昭伸/訳)
『星の光、いまは遠く』上下巻
ハヤカワ文庫SF1813 〜1814

 孤独に放浪している浮遊惑星ワーローンに、ついに陽の目が訪れた。軌道を計算した結果、〈炎の車輪〉として名高い天体の付近を通過することが分かったのだ。
 〈炎の車輪〉を栄光の象徴としている辺境星域のアウトワールドは、このニュースに飛びついた。ワーローンは一世紀以上にわたる努力によってテラフォーミングされ、全アウトワールド世界が参加したフェスティバルが開催される。催しは、ワーローンが〈炎の車輪〉から遠ざかるまで10年間つづいた。
 それから10年。
 ダーク・トラリアンは、かつての恋人グウェン・デルヴァノから〈囁きの宝石〉を受け取った。ふたりの思い出がつまった宝石は、約束の印。宝石が送られてきたならば無条件で駆けつける、と。
 ダークがグウェンに宝石を送ったとき、グウェンが来ることはなかった。ダークは、グウェンから送られてきた宝石を手に、戸惑いながらもワーローンを訪れる。グウェンの近状をまったく知ることのないままに……。
 ワーローンはテラフォーミングされた際、さまざまな惑星からあらゆる動植物が持ち込まれた。フェスティバルが終了し、生態学者であるグウェンは、生物間相互間の研究をするためにワーローンに滞在していたのだ。
 グウェンは宇宙港に迎えにきていたが、奇妙によそよそしい。どうも、ハイ・カヴァラーン人の夫に抑圧されているらしいのだが……。

 マーティンの処女長篇作。
 ハイ・カヴァラーンはアウトワールドのひとつで、独特の伝統や風習を持っています。家族構成は複雑怪奇。グウェンが簡単に“夫”だとしたのはそう単純なものではなく、ハイ・カヴァラーンの歴史が明らかになるにつれ、いろいろなことが分かってきます。
 ハイ・カヴァラーンの文化には世間一般には受け入れられないものもあり、伝統的な生き方を好む者たちが無法地帯となっているワーローンに移住してきてます。そして、ダークは彼らとトラブルを起こしてしまいます。

 世界の斜陽ぶりや逃走劇など、いろんな作家や作品を連想し、また、マーティンの他の作品につながっていくようなシーンもたくさんありました。
 きっかけとなった〈囁きの宝石〉が送られてきた理由や、グウェンのよそよそしさにもきちんと答えがあって、なるほど納得。さすがマーティンって感じでした。


 
 
 
 

2011年08月16日
キャサリン・フィッシャー(井辻朱美/訳)
『アルコン 神の化身アレクソスの〈歌の泉〉への旅』
原書房

 《サソリの神》第二巻
(第一巻は『オラクル 巫女ミラニィの冒険』)
 ある日〈真珠の国〉からジャミル皇子が〈お告げ所〉へとやってきた。〈月の山脈〉での銀の採掘を神に問うためだ。
 実は、巫女ハーミアとアルジェリン将軍は結託しており、自分たちの都合のよい神託を告げるのが日常となっていた。そして、今回くだされた神託は、拒絶。
 巫女ミラニィは、ハーミアが富を手にする機会を逃したことに不審をつのらせる。そんなとき墓盗人ジャッカルから脅迫を受けてしまう。
 3ヶ月前、アルジェリン将軍が〈月の砂漠〉に送り出した秘密の探検隊がただひとり帰還した。そこには大きな門があり、都があり、ものいう獣がいたという。〈歌の泉〉があったという。そして、黄金を持ち帰っていた。
 ジャッカルの要求は、アルジェリンよりも先に〈歌の泉〉へ向かうこと。楽師オブレクの身柄とひきかえに、神の化身(アルコン)であるアレクソスに、〈歌の泉〉への巡礼行の布告を求めたのだ。
 〈歌の泉〉への〈苦行の旅〉は、アルコンにとっても宿願だった。アルコンがかつてラセロンだったころ、黄金の林檎を3つ盗んだ。アルコンは罰を受け、以来、〈歌の泉〉を見いだせなくなってしまったのだ。
 ミラニィは、〈歌の泉〉への地図が書かれている〈球体〉を書記セトに渡し、古代文字の解読を依頼する。ところがセトは、アルジェリン将軍に脅しと褒美をちらつかされ、地図の写しを渡してしまった。さらには、アルコン殺害をも承諾させられてしまうが……。

 三部作の第二巻。
 第一巻はほぼ一直線でしたが、第二巻は、紆余曲折。
 アルコンと共に旅立ったのは、セトと解放されたオブレクの他、ジャッカルとその手下のキツネ。〈歌の泉〉へ無事にたどり着くには、地図だけでなくアルコンの知識も必要なのですが、アルコンの外見が子供(アレクソス)のため、ジャッカルはアルコンの訴えに耳を貸そうとしません。
 一方〈お告げ所〉に残っているミラニィですが、こちらでも大事件が勃発。巫女レティアが、ハーミアを排除するため、ジャミル皇子に〈お告げ所〉が瞞着されていることを知らせてしまいます。皇帝の武力によって、ハーミアを追い出すために……。

 第一巻は単独で完結していましたが、第二巻は、盛り上がってきたところで、ストンとひとまずの結末。続きが気になります。


 
 
 
 
2011年08月17日
ジョン・ダニング(横山啓明/訳)
『愛書家の死』ハヤカワ文庫HM

 クリフ・ジェーンウェイは、かつては腕利き警官だったが、今は古書店を経営している。そのため、単なる本の査定ではない調査依頼が舞い込むこともある。
 今回の依頼人は、ミスター・ガイガーの代理人を名乗るウィリスという男。
 ハロルド・レイ・ガイガーは、馬主だった。かつてはレースの世界で大活躍していたが、妻のキャンディスに先立たれ、次第にレースから遠のいていき、深刻な偏執病を患って亡くなった。
 キャンディスは裕福な家の娘で、蔵書家だった。子供のころから貴重な本を集めており、コレクションの半分は娘のシャロンが相続している。あとの半分はハロルドの家に残されていたのだが、いつの間にか安物と差し替えられていた。
 どうもキャンディスの死にも疑惑があるらしい。
 クリフは、競馬界と古書界を行き来しながら、死の謎と蔵書の行方を追っていくが……。

 クリフ・ジェーンウェイのシリーズ五作目。
 今回は、本のことは控えめで、競馬が話題の中心。最初はウィリスから話を聞いたクリフですが、ウィリスの非協力的な態度にいらいらいらいら。最終的にはシャロンからの依頼を受けます。
 無謀なことをやらかして恋人のエリンに叱られたり、と、いつもの調子で展開していきます。
 シリーズものは安心して読めるのがいいのですが、ややパターンにはまってしまったかな、と。


 
 
 
 
2011年08月18日
宮崎 駿
『風の谷のナウシカ』
全七巻/徳間書店

 人類は巨大産業文明を築き上げたが、待っていたのは〈火の七日間〉と呼ばれる世界大戦だった。世界は焼き尽くされ、都市群は崩壊、陸地は、毒をはきだす植物で被われた〈腐海〉に奪われてしまった。
 それから1000年。
 旧世界の技を守っていた王国エフタルも300年前に消え去り、辺境諸族は大国トルメキアの属領として、かろうじて独立を許されていた。
 ナウシカは、辺境諸族のひとつ〈風の谷〉の族長ジルの娘。
 〈腐海〉やそこに暮らす蟲たちに興味を抱き、毒の原因が土にあると気がつく。〈腐海〉の謎を解明するためサンプルを採取するが、研究はトルメキア戦役によって中断してしまう。
 トルメキアのヴ王より〈風の谷〉にも召集令が届くが、族長ジルは病床の身。代わってナウシカが出陣することになったのだ。
 辺境諸族をひきいるのは、ヴ王の第四皇女クシャナ。部下からの信頼は厚いが、3人いる兄たちからは疎まれている。そんなクシャナがヴ王に命じられたのは、〈腐海〉を南進し、敵国・土鬼(ドルク)の辺境をおびやかすこと。
 ところが、作戦は土鬼(ドルク)に筒抜けになっていた。宿営地が襲われ、クシャナ軍は壊滅。生き延びたのは、クシャナの旗艦と辺境諸族たちだけだった。
 王位簒奪を狙うクシャナは辺境諸族に帰国の許可を出すが、ナウシカは残存部隊と共に〈腐海〉を南下することを決意する。かつてエフタルをも滅ぼした大海嘯が、ふたたび起ころうとしている。不吉な兆しを察知したナウシカだったが……。

 星雲賞受賞。
 9年ぶりに、再読。漫画です。
 いろいろと気になるところがあるのですが、あれこれ言いにくい作品になってしまった感があります。


 
 
 
 
2011年08月19日
サラ・A・ホイト(赤尾秀子/訳)
『闇の船』ハヤカワ文庫SF1801

 アテナ・ヘラ・シニーストラは、地球統治評議会議員のひとり娘。母はすでに亡く、父に反発しながら成長してきた。
 あるときシニーストラ親子は、国賓として環地球ステーションを訪れた。自分の役割を演じきったアテナだったが、地球への帰り道に船内で反乱が起こってしまう。
 アテナは、着の身着のままで宇宙船を脱出。追っ手を振り切るため、パワーツリーの森に逃げ込んだ。
 パワーツリーは、太陽エネルギーを集積する生命体。エネルギーを莢に溜め込み、人類は莢からエネルギーを得ている。やっかいで危険な存在だが、森には収穫人(ハーベスタ)がいるのだ。
 アテナはハーベスタに遭遇することを期待していたが、出会ったのは、パワーツリーを密輸している〈闇の船〉だった。
 かつて地球は、生体改造者(バイオ・ロード)たちに支配されていた。彼らには生殖能力がないが、ミュールを誕生させ、やがて忌むべき存在としてミュール共々地球を立ち去った。それも何世代も昔の話。
 しかし、ミュールの子孫たちが、密かにパワーツリーの莢を盗みにくるという噂はあった。目立たぬ〈闇の船〉に乗って……。
 〈闇の船〉に捕らえられたアテナは、船を操るキット・クラーヴィルと共に、ミュールの子孫たちが暮らす小惑星エデンへと赴くが……。

 アテナの一人称で展開していきます。
 アテナは運動能力が並外れていて、メカに対しても天才的。そのためか、自意識過剰というか、思い込みのはげしいところがあります。とにかく攻撃的で、性格に問題がある原因も、終盤明らかになります。
 タイトルは〈闇の船〉ですが、船は単なる脇役。途中からロマンスの要素が主体になってきます。エデン社会を震撼させる事件も、アテナのメロドラマの前では形無しのようで、いつしか忘れ去られてしまいます。
 ロマンスが読みたい人は、それでもいいんでしょうけど……。


 
 
 
 
2011年08月20日
アーヴィング・ウォーレス(宇野利泰/訳)
『イエスの古文書』扶桑社ミステリー
(旧題『「新聖書」発行作戦』)

 スティーヴン・ランダルは、宣伝広告業界で大成功をおさめた。しかし、今では仕事に興味を失い、空虚なむなしい日々を送っている。そんなランダルの元に、ミッション・ハウス出版社のジョージ・L・ホイーラーから依頼が舞い込んだ。
 ミッション・ハウス出版社は、宗教関係書では最大手。極秘のプロジェクト〈第二の復活〉が進行しており、その宣伝をランダルに一任したいらしい。
 暗号名〈第二の復活〉の目的は、新しい聖書を出版すること。これまでの翻訳を全面的に改訂し、最近の考古学の成果を余すことなく採り入れたものだ。すでに6年の歳月がかけられ、出版は2ヶ月後にせまっている。
 ランダルは、翻訳を新たにしただけの聖書を大々的に宣伝することに疑問を抱く。そんなランダルにホイーラーは、極秘にされている〈第二の復活〉の真の姿を語った。
 ローマに近いオスティア・アンティカの古代遺跡で発見されたのは、1900年前の古文書だった。アラム語で書かれたそれは、イエスの実弟ヤコブの手になる第五の福音書。ホイーラーが出版するインタナショナル新約聖書には、この新発見の福音書が付されるのだ。
 それを聞いて、俄然興味とやる気がわいてきたランダルは、仕事にのめり込んでいくが……。

 発見された福音書の真偽。
 プロジェクトを阻止しようとする勢力との対決。
 それらが絡まりあって、駆引きが繰り広げられます。実弟による福音書、という設定上、イエスの実像についても取りあげられますが、定説を踏襲したものとなってます。
 原作は1978年。
 それゆえか、とにかく甘いです。
 表面上は、秘密厳守が徹底されてます。秘密をもらさないための工夫が、自慢げにいろいろと述べられてます。ただ、中味はスカスカ。本当に秘密にしておきたいのか、実はリークされたいのか、微妙な雰囲気でした。
 ランダルも、かなりの問題児。物語を展開したり盛り上げたりするため、無駄な言動をさせられている印象が残りました。
 細かいことを気にしなければ、それなりに楽しめるとは思いますが……。


 
 
 
 
2011年09月03日
ロバート・J・ソウヤー(内田昌之/訳)
『占星師アフサンの遠見鏡』ハヤカワ文庫SF1053

 《キンタグリオ》三部作、第一作。
 アフサンは、女帝レン=レンズに仕えるキンタグリオ族のひとり。職業適性検査の結果、宮廷占星師の見習いに選ばれた。師匠となるのは、偉大な学者として偶像視していたタク=サリード。
 ある日、サリードの元に高名なヴァー=キーニア船長が訪ねてきた。キーニアは、新しい道具〈遠見鏡〉を持ってきたのだが、サリードは玩具と取り合わない。
 興味津々のアフサンは、〈遠見鏡〉で観察をしたくてたまらない。キーニアのダシェター号で巡礼の旅に出ると、早速〈遠見鏡〉を借り出した。
 巡礼では、船に乗って〈神の顔〉へと旅をする。予言者ラークスが見いだした〈神の顔〉は、キンタグリオたちの信仰の中心。一度は巡礼しないと一人前のキンタグリオと認められないが、もどらない船もある危険な旅だ。
 アフサンは〈遠見鏡〉で天体を観察するうち、ある事実に気がついた。今まで信じられていた宇宙の構造は正しくない。アフサンは、真実を語ろうとするが……。

 キンタグリオたちは、恐竜のような姿をしています。それゆえ、生態も宗教も世界観も独特です。序盤はそれらの説明が入ってくるので、どうしても停滞気味。
 アフサンは巡礼の旅に出るに当たって、一人前へのもうひとつのステップ、狩猟に参加します。そのあたりから物語が躍動し始めます。そして、巡礼の船旅で、異色なファンタジーのようだった世界が、SFになっていきます。

 三部作の第一部ですが、17年たった今でも、残り二作は翻訳されていません。10年前に復刊されたとき
 いよいよか!?
 と、思ったのですが、やはり営業的には失敗だったようで……。残念なことです。


 
 
 
 
2011年09月10日
バリントン・J・ベイリー(坂井星之/訳)
『永劫回帰』創元推理文庫

 キャプテン=ヨアヒム・ボアズは、宇宙船と共に生きていた。
 ボアズと名乗る前は、背骨がねじれ四肢が曲がった奇形児だった。転機は、16歳のとき。骨造り(ボーン・メイカー)に拾われたのだ。
 コロネード哲学を実践する彼らは、哲学をきわめた人々のため、珪素骨を開発していた。ボアズは、実験台となることを条件に、コロネード哲学を学び無償で手術を受ける。こうして生まれ変わったボアズは、宇宙へと飛び出した。
 ボアズは自由だった。ところが、錬金術の実験を見学中、とんでもない災難に見舞われてしまう。造り出された〈エーテルの火〉に全身を焼かれてしまったのだ。
 〈エーテルの火〉は、強力で純化した形態に分離された炎だ。通常の火とはちがう燃え方をする。そしてボアズは、肉体的にも精神的にも管理された珪素骨を持っていた。管理されているが故に意識を保たされ、人間の限界を超える苦痛に襲われたのだ。
 重傷を負ったボアズは、生物学的機能を維持するために巨大な機械に頼らざるを得なくなる。ボアズの苦難に責任を感じたボーン・メイカーたちによって、機械は宇宙船に積み込まれ、ボアズは、宇宙船と共に生きることになった。
 コロネーダーの宇宙論が明らかにしたところによると、宇宙は永遠に、まったく同じ歴史を繰り返している。ボアズは、宇宙が繰り返すたびに〈エーテルの火〉に焼かれることになるのだ。
 ボアズは、歴史を変えようと決心する。
 望みを託すのは、放浪惑星メアジェインにあるという貴石タイム・ジェル。タイム・ジェルは未来や過去の映像を映し出す。それが改変に役立つと考えたのだが……。

 ガジェットが大量に投入され、めまぐるしいです。おもしろそうなものが次々と登場してきます。それらをすべて脇におしやるボアズの目標は、ただひとつ。
 決して消えることのない精神的な苦痛が、ボアズを突き動かしています。
 ボアズの生い立ちは序盤で、回想という形をとって説明されるのですが、コロネード哲学も混じって、少しばかり読むのが億劫でした。この調子で最後までつづくのか、と心配になってきたころ、ボアズの仲間となる人たちが登場してきます。
 そこでホっと一息。挫折しなくて良かったです。


 
 
 
 
2011年09月15日
宮城谷昌光
『天空の舟 小説・伊尹(いいん)伝』上下巻/文春文庫

 夏王朝末期、伊水で大洪水が起きた。
 水は、桑園から大樹を奪い、200キロ離れた済水の中流域まで運んだ。その樹を、領主の娘が発見する。空洞には、嬰児が入れられていた。
 この時代、桑の木は神木と崇められていた。太陽を生むと信じられていたのだ。その桑から生まれた児が、めでたくないわけがない。
 一帯を支配する主は、桑の子の出現に喜んだものの、養子にはしなかった。あまりの人気の高さゆえ、家を乗っ取られる危険を心配したのだ。しかし手元には置いておきたい。そこで、側近くに仕える料理人に引き取らせた。
 嬰児は摯(し)と名付けられた。
 料理人の子として育てられた摯は、わずか13歳にして牛を割いた。それが夏王の耳に入り、摯は王宮の厨房に招かれる。そればかりでなく、夏王に気に入られ、故事や天象をも学ぶ機会に恵まれた。
 摯は学問を自分のものとしていくが、19歳のとき、養父が危篤に陥ってしまう。摯は急いで帰郷したものの間に合わず、そのまま喪に服すこととなった。
 そんなある日、南にある商が蜂起し、葛が滅ぼされた。その知らせは王宮にも届けられるが、内容は歪められていた。商があまりに小国だったため、すぐ近くの別国が首謀者と思われてしまったのだ。
 それは摯のいるところでもあった。
 間もなく、王の軍勢がやってくるが……。

 摯が拾われた済水の中流域にも国名はありますが、扱えない漢字だったため、割愛させていただきました。

 摯はその後、伊尹と呼ばれるようになります。中国の最古の王朝夏から商(殷)への革命にかかわり、商の名宰相としてその名を歴史に残しました。残した、と言っても紀元前1600年ごろのことなので、相当に創作が入っているものと思われますが。
 本作では、易姓革命よりもむしろ、それ以前の、摯の人生における紆余曲折に力点が置かれているようでした。摯の活躍を見たかったのに、結果発表だけということも……。
 なお作中は、漢字表記が当時使われていたと思われるものになってます。「娘」ではなく「女」とか。「侯」ではなく「后」とか。三皇五帝の逸話も説明抜きで入ってくるので、ある程度予備知識があった方が、すんなり読めるかもしれません。

 
 

 
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