大学生のポーリィ・ホイテッカーは、突然、幼いころの記憶があいまいになっていることに気がついた。
ぼやけ始めは、9年前。
ポーリィが祖母宅に預けられたころ、近所のハンズドン館では葬儀が執り行われていた。ちょうどハロウィンの日で、ポーリィの仮装は黒衣の女司祭長。ポーリィは成り行きで、葬儀に飛び入り参加してしまう。
まごつくポーリィを助けてくれたのが、喪主ローレルの元夫トーマス・リンだった。ポーリィはトーマスと、英雄ごっこをして遊ぶ。トーマスは雑貨屋を営むが実は英雄で、自分は英雄になる勉強をしている助手なのだ、と。
ふたりの交流はその後もつづくが、ポーリィは、ローレルの一族から、トーマスに近づくなと警告されてしまう。
ローレルとトーマスの秘密とは?
ポーリィの失われた記憶とは?
スコットランドの民間伝承〈タム・リン〉の逸話や吟遊詩人トーマスのバラッドなどが下敷きになってます。
ファンタジックですが、現代もの。ポーリィの視点から語られます。このポーリィが両親に捨てられてしまう境遇で、親切なトーマス・リンの存在が救いになります。その親切さにも実は下心があるのですが……。
現実と空想の混ぜ方が、どうもしっくりきませんでした。十代の少女の日常が生き生きとしている分、不思議な出来事との落差が気になってしまって。
ロイズ・メリオールは、農家の次女。人には見えないものを視る目を持っている。ロイズがこよなく愛しているのは、森。はだしで森をさまよい歩くことも少なくない。
ある日村に、コルベット・リンがやってきた。廃墟となったリン屋敷に住むために。
かつてリン屋敷では、殺人事件があった。息子が父親を殺し、父親は死の間際、家族に呪いをかけたという。コルベットは孫にあたる。
村人たちはさまざまなことを噂するが、どの噂が真実なのかは誰にも分からない。ロイズは呪いの正体を見いだそうとするが……。
スコットランドの民間伝承〈タム・リン〉の逸話を下敷きにした物語。
決して大きくない村の日常に、コルベットの落とす影の大きいこと、大きいこと。中でもロイズにとって衝撃だったのは、婚礼を間近に控えた姉ローレルが、コルベットに魅了されてしまうこと。
ロイズ自身もコルベットに惹かれてしまいます。ただ、人には見えないものが視えているため、村人たちやローレルとは違う対応をします。
作品そのものも、物語の中で流れる時間も長くないのですが、変化に富んでいました。
2011年03月04日
ジェフ・ヌーン(田中一江/訳)
『花粉戦争』ハヤカワ文庫SF1199
コヨーテは、犬人間。
黒タクの運転手にして街の英雄。
Xタクシーの運転手ボーダから仕事を紹介され、〈辺境(リンボ)〉で客をひろった。ペルセポネと名乗る少女をマンチェスターへと運ぶ仕事だ。
翌朝コヨーテは、死体となって発見された。口から大量の花を生やした状態で。
捜査を担当するのは、シャドウ族の女刑事シビル・ジョーンズと、犬人間のZ・クレッグ。
シビルは、コヨーテの最期の記憶を読み取り、ボーダという名を見つけだす。それと、最後の客が生存能力のない生命体であることも。シビルは、ボーダを捜し出そうとするが……。
一方ボーダは、恋人コヨーテの死を知りショックを受けていた。おまけに、Xタクシーのボス・コロンブスに殺されそうになってしまう。ボーダは、Xタクシーのネットワークから外れ、コヨーテ殺しの犯人を捜し出そうとするが……。
『ヴァート』と同じ世界を舞台にした作品。直接はつながってませんが、『ヴァート』を読んであると理解しやすいです。
変容した世界には、ゾンビ族、犬族、ロボ族、シャドウ族、ヴァート族、そして真性人間が暮らしてます。シャドウ族と犬族の関係は最悪で、同僚であるシビルとクレッグも仲良しではありません。
また、シャドウ族とヴァート族も正反対の存在。シャドウ族は思念感能力を持つ一方、決して夢をみることができません。対してヴァート族は、ふつうの人たちが羽を使ってトリップする非現実世界へ羽なしで旅立つことができます。
コヨーテの事件が起こったころ、ヴァート刑事のトマス・ダヴは、ヴァート世界に穴が空いていることを見つけ出していました。そして、ヴァート世界でも現実世界でも花粉症が大流行。人々が花粉症で命を落とすまでになります。
クリフ・ジェーンウェイは、かつては腕利き警官だったが、今は古書店経営者。ある日、恋人で共同経営者のエリン・ダンジェロに仕事を持ちかけられる。
エリンは弁護士なのだが、新しく入った依頼を受けるかどうか、悩んでいるところ。というのも、依頼人はエリンのかつての親友ローラ・マーシャルなのだ。ローラは、当時エリンの恋人だったロバートといい仲になり、ふたりは絶交していた。
そして現在ローラは、夫ロバートを殺した罪に問われている。
ローラは、ロバートが遺した本のコレクションを売って弁護料を払うつもりらしいのだが、価値が分からない。エリンの希望は、それらの本の鑑定をしつつ、状況を把握すること。
現地に赴いたクリフは、ローラが誰かをかばっている可能性があると、エリンに報告した。エリンは弁護を引き受けることにするが……。
クリフ・ジェーンウェイのシリーズ四作目。
ロバートのコレクションは貴重なサイン本だったのですが、なにか秘密がありそうだぞ、とクリフが身体をはって調べます。やがて浮かび上がる、怪しい三人組。
クリフの活躍と、法定闘争と、紆余曲折を得て真相にたどり着きます。
いろんなことが起こって飽きさせないのですが、振り返ってみると、あれは必要なことだったのか、と疑問に思うところも。
2050年、仮想空間〈ビン〉が稼働し、移住した人々は病や暴力、死の恐怖から解放された。
2080年、ほとんどの人類が現実世界を去り、〈ビン〉に移り住んでいた。現実世界にとどまっているのは250万人ほど。
ネモは、そのうちのひとり。
ネモが10歳のとき、両親は〈ビン〉へと移住した。〈ビン〉に入れるのは18歳以上の人たち。それもやがて14歳以上に引き下げられたが、ネモは現実世界に住み続けた。どうしても〈ビン〉が楽園だと思えなかったのだ。
ネモは21歳の誕生日に、〈ビン〉で暮らす両親を訪問した。自分の誕生パーティに出席するために。そこで、伯父の同伴者ジャスティンに一目惚れしてしまう。
ジャスティンもネモに好意を抱くが、ふたりが一緒になるには、ネモが現実世界の肉体を捨てて〈ビン〉に入らなければならない。ネモは決断するが……。
ジャスティン・インガムは歌手で、6週間前に〈ビン〉に入ったところ。ただ、記憶があいまいで、自分の過去を追い求めます。その相談に乗ってくれるのが、本屋の老主人ウォーレン・G・メンソー。
現実世界のネモは、コンストラクトのローレンスと暮らしています。コンストラクトは、クローン体に何種類かの異なる人格を埋めこんでつくった人工生命体。ネモの両親が〈ビン〉に移住するにあたって、当時10歳だったネモの世話をしてもらうために手配しました。
物語の前半と後半で、ちがう主題の元に書かれたようでした。
後半に勢いがついたのはいいのですが、そのあおりか、前半で重要視されていた(かに思われた)ことが脇に追いやられて、やや肩すかし。ジャスティンの記憶の謎とか、ネモに接触してくる過激集団の存在、消息不明となっている〈ビン〉の考案者ニューマン・ロジャーズの行方、などなど、いろいろなことを解決するのに仕方なかったのかもしれませんけど。
マグノリアは、貧民街で産まれ育った。
兄弟姉妹の面倒を一手に引き受けていた姉が殺されたときマグノリアは、自分がその役目を引継ぐのだと悟る。しかし、すべての重みに耐えきれなくなった瞬間、貧民街を走り去り、ニューヨークへとやってきていた。
マグノリアはバーで、デイノと知り合った。デイノに金の匂いをかぎつけたマグノリアだったが、実はデイノはポルノ俳優。盗撮スプラッタ・ポルノの出演者にされてしまったマグノリアは反撃し、デイノを返り討ちにする。
その様子は配信され、人工知能生命を研究するレムス・ラウールの目に留まった。マグノリアの予想外の行動に、新しい自律的生命体の雛形にうってつけ、と考えたのだ。ラウールはマグノリアに接触し契約を結ぶが、マグノリアは行方不明になってしまう。
実はマグノリアは、ラウールの部下ケリラによって、シベリアのウォトロヤ・ハウスに連れて来られていた。
ウォトロヤ・ハウスは、ラウールが創りだした人工知能生命体タムカリが暮らす施設。反抗するタムカリに手を焼いたラウールは、研究施設を丸ごと放置していた。ハウスに暮らす分子生物学者シディエラが、高価な資材を自由に使って自身の研究を進めているとも知らずに。
マグノリアはウォトロヤ・ハウスに滞在するうち、シディエラに惹かれていくが……。
人間関係の絡まりあった物語。
あの盗撮ポルノをみていたケリラは、マグノリアと行方知れずの姉ローズを重ねあわせていました。実はローズはデイノの女で、デイノと別れてやり直したいと思っています。
ところがデイノはそんなローズを脅かし、またもや返り討ちにあってしまいます。重症を負ったデイノを治療したのは、ラウールでした。
つながりあった人間関係と、シディエラが魅了されているフラクタルと、盛りだくさんな印象。当初は、意味も分からないまま展開を追っていく感じでした。徐々に分かってくると、それらがどうやって収束していくのか、楽しみになりました。
それほど多くない文量に収めるには窮屈だったかな、という感じも残りましたが……。
ブレンダン・ヴェッチは村に暮らし、声なきものに耳を傾けて生きていた。未開の森や無人の荒野、湿地を歩きまわり、名前のないものを探しつづける日々。
ある日ブレンダンの元に、オドと名乗る巨人がやってくる。オドは、古き都ケリオールに魔法学校を開いていた。ブレンダンは、魔法に用いる植物を育てる庭師として招かれたのだ。
こうしてブレンダンは、靴の下にある扉から学校に入った。
オドがケリオールに学校を開いたのは、400年程前のイシャム王の治世のこと。当時ヌミスの国土は反乱と外敵にさらされ、ケリオールは陥落寸前。そのときオドが現れ、死に瀕した都を救い、イシャム王は最初の生徒となった。
今では魔法学校は王宮に組み込まれ、オドが姿を現すことも滅多にない。最後に目撃されたのは19年前。ヤール・エアウッドが靴の下の扉をくぐったときだった。
ブレンダンを迎えたときヤールは、魔法学校の教師となっていた。公認された魔法以外は禁止され、王の意向が最重要となっている現実に、ヤールは憤りを覚えているのだが……。
さまざまな人物が登場します。
ヤールの恋人で未亡人の歴史学者セタ・シーエルは、オドと魔法学校の歴史を調べています。宮廷に姻戚があり、ヤールはセタにすべてを打ち明けることができません。
セタの従弟のヴァローレン・グレイは、ヤールの教え子で王の顧問官。王の覚えもめでたく、スーリズ姫と婚約します。
スーリズは、会話の噛み合ないヴァローレンとの結婚に不安を募らせています。自身の秘密を明かそうと決意しますが……。
そして、謎の興行師ティラミンの入都があります。ティラミンの技は単なる手品なのか、禁じられた魔法なのか。王宮は突き止めようとしますが、ティラミンは素顔すら明らかにしません。
焦点になるのはブレンダンですが、物語が見つめるのはもっぱらヤールの方。己の力に無知なブレンダンは騒動に巻き込まれ、ヤールも内心の葛藤を深めます。
どんどん広がっていく人間関係は、結末に向けて収束へと切り返します。が、やや急ぎ足だったようで、それまで多角的に語られていたことが一気にまとめられてしまって、それでよかったような、物足りないような……。
2011年04月09日
キャサリン・フィッシャー(井辻朱美/訳)
『オラクル 巫女ミラニィの冒険』原書房
《サソリの神》第一巻
神殿の巫女は神の言葉を取り次ぎ、〈島〉をおさめ、〈島〉は、〈日の出〉から〈月の山脈〉にいたる〈ふたつの国〉を支配していた。
巫女は、最上位の〈語り手〉を筆頭に9人。
ミラニィは最下位である〈縫い手〉の巫女だったが、第二位の〈運び手〉に選ばれてしまう。怖じ気づくミラニィの初仕事は、雨乞いのために自ら犠牲となる現人神アルコンに、神の宿るサソリを届けること。
ミラニィは儀式の最中、老アルコンから密かに紙片を渡され、〈島〉にはびこる陰謀を知った。〈語り手〉ハーミアは神の言葉を聞こうともせず、将軍アルジェリンと計って意のままに〈ふたつの国〉を支配していたのだ。ミラニィが大抜擢されたのは神の意志ではなく、臆病さゆえだったのだ。
アルコンが亡くなると、九日目には新たなアルコンの選定が行われる。不滅の神が入った子どもを選ぶ儀式に、不正があってはならない。
神はミラニィに語りかけ、アレクトロという地名を教えた。ミラニィは、老アルコンに仕えていた楽師オブレクと、偶然知り合った書記セトに、新アルコン探索を依頼するが……。
三部作の第一巻。
世界が砂漠に取り囲まれているからか、どことなくエジプト風。人々は信仰心が厚いのですが、ミラニィは神を信じることができません。ハーミアの不正を知り、その声を聞くまでは。
この世界の神は絶大な力を持っているのですが、まるきり自由というわけでもなく、そのあたりがミソになってます。
物語は、ほぼ一直線。
オブレクの復讐心や、セトと墓泥棒ジャッカルとの契約、神の力の発現など、小さな紆余曲折があることはあります。ただ、制約があるとはいえミラニィに神が味方しているため、ハラハラすることもなく読み進めてしまいました。
2011年04月17日
ロバート・チャールズ・ウィルスン(公手成幸/訳)
『世界の秘密の扉』創元SF文庫
カレン・ホワイトには、よく見る夢があった。
夢の中のカレンは9歳。時は、両親が寝静まった真夜中。妹ローラ、弟ティムと共に別世界を訪問し、灰色の男と出会った。
扉を開いたのはティム。彼は、前にもその世界に行っているらしかった。
夢は恐怖で終わり、カレンはひとりベッドで目覚める。夫のギャヴィンが家を出て1ヶ月。今では、15歳になった息子マイケルと二人暮らしだ。
ある日カレンは、帰りの遅いマイケルを捜しに出て、灰色の男を目撃してしまう。しかもマイケルは、灰色の男にいざなわれて片足を世界の外に踏み出したところだった。
寸前のところで難を逃れた母子は、カリフォルニアに暮らすローラを頼りに旅立つ。しかしローラが暮らしているのは、別世界にある浜辺の町ターコイズビーチだった。
母子をかくまったローラは安心を保証するが、灰色の男が現れ逃避行を余儀なくされてしまう。
パラレルワールドもの。
どことなく平凡な人たちの非凡な能力が淡々と語られます。この淡々としたところが曲者。読みやすい反面、読み進めるのが億劫になってしまいました。
灰色の男の謎とか、カレンやローラの出生の秘密、行方の分からないティムの探索など、いろいろと凝られてはいるのですが……。
『彷徨える艦隊 −旗艦ドーントレス−』『彷徨える艦隊2 −特務戦隊フュリアス−』『彷徨える艦隊3 −巡航戦艦カレイジャス−』『彷徨える艦隊4 −巡航戦艦ヴァリアント−』『彷徨える艦隊5 −戦艦リレントレス−』続編。
当シリーズ最終巻。
シンディックの罠にかかったアライアンス艦隊だったが、ついに味方星域にたどり着いた。奇跡的な帰還を成し遂げたのは、救命ポッドで100年ものあいだ漂っていたジョン・ギアリー大佐の力あってこそ。
元帥へと特進したギアリーは戦争を終わらせるため、艦隊を再編してシンディック本拠星系へと出発した。ギアリーが気にかけているのは、シンディック星域の向こうにいる謎の異星人の存在だ。
異星人はシンディックとのみ接触があり、アライアンス側は今まで気づかずにいた。ただ、彼らは人類を敵視しており、アライアンスにも影響がある。
ギアリーは、なんとかして異星人と対峙しようとするが……。
ひとまず本巻でこのシリーズは終了。ただし解決していない問題もあり、物語世界は、さらなる続編という形で続いていくようです。一区切り迎えた、といったところでしょうか。
シリーズの肝は、ギアリーが100年前の記憶を持っていること。長引く戦争により人々も制度も疲弊している中、古き良き伝統を復活させていきます。本作は政治的かけひきが多くなっていますが、ギアリーのスタンスは同じです。
ギアリーはギアリーなりに悩んだり、追い込まれたりはします。ただ、基本的に物事がすんなり運ぶので、そこを好きになれるかどうかで評価が分かれそうです。