かつてエラントリスは〈神々の都市〉と呼ばれていた。街中に力と光輝と魔法がみなぎり、住民はさながら神々のごとく。人間をエラントリス人たらしめるのは、無作為に訪れる〈シャオド〉と呼ばれる現象。ある朝突然に、祝福されたエラントリス人となったことを知るのだ。
エラントリスの栄光が崩壊して10年。
都は汚泥に覆われ、人々も変わり果てた。今でも〈シャオド〉は起こるが、彼らが得るのは永遠に続く呪い。生ける死者としての苦しみだけ。
ラオデンは、エラントリスを抱えるアレロン王国の皇太子。父であるイアドン王は、エラントリスの崩壊による動乱で権力を握り、財力によって国王となった。富を基盤とする社会制度は、ひずみが生じ始めている。
ある日ラオデンは〈シャオド〉に見舞われ、死んだ者としてエラントリスに閉じ込められてしまう。
エラントリスを牛耳るのは、3つの暴力組織。ラオデンは、よりよい暮らしを実現させるために、新たな集団をまとめあげていく。既存勢力の指示もとりつけ、エラントリスの暮らしは改善していくが……。
一方、ラオデンと婚約していたテオド王国の王女サレーネは、王子の死去によって寡婦となってしまった。契約により、婚儀が執り行われていなくとも両者の結婚は成立していると見なされるためだ。
サレーネは故国では外交を担っていた。その経験を生かし、アレロン王国に自身の基盤を築こうとする。そして、イアドン王が隠しているなにかを探ろうとするが……。
そのころアレロン唯一のデレス教の神殿には、密命を帯びたホラゼン大主教が到着していた。
デレス教とフィヨルデン帝国は同義であり、帝国は、オペロン大陸のほとんどの国を支配下においている。従っていないのは、アレロンとテオドの二カ国のみ。ついに教王ウルウデンは、両国を侵略することを決定した。
ホラゼン大主教は三ヶ月の猶予を与えられ、両国を平和的に改宗させようと画策するが……。
朽ち果てた都に閉じ込められ、エラントリス崩壊の理由をつきとめようとするラオデン。会ったことのない婚約者サレーネに思いをはせます。
秘密の集会に加わり、アレロン王国に変革をもたらそうとするサレーネ。頭がよく口が達者で、そのために婚期を逃してしまったことを気にやんでいます。
血なまぐさい過去を背負い、布教のために呪われた人々を利用する大主教ホラゼン。なんとしてでも人々を改宗させようと、貴族階級に食い込んでいきます。
彼らの思惑と挫折と希望が絡まりあい、かつての栄光の都を巻き込んで、物語は大きくうねっていきます。
上下巻でしたが長さを感じさせないおもしろさで、ついつい夜更かしして読みふけってしまいました。
複雑な世界情勢とエラントリスという存在。ラオデンとサレーネのすれ違いぶり。布教を妨害するサレーネに腹を立てつつ、その知力に一目置くホラゼン。
さりげないことでもよく練り込まれていました。これがデビュー作とは……
遺伝子操作が可能となり、人々は遺伝子を任意管理するようになった。
ハミルトン・フェリクスは、代々に渡る遺伝操作を加えた結果生まれた、エリート種。四世代以上に渡って、好ましい血統を慎重に交配して生まれた結晶。最良の血統を持っている。
ある日ハミルトンは、遺伝子調整部長クロード・モーダンの呼出しを受けた。
モーダンは、ハミルトンの持つ〈好ましい形質〉を、完璧な組み合わせで遺すことを提案する。しかし、強制されることが嫌いなハミルトンは反発してしまう。
さらにハミルトンは、遺伝政策に批判的なグループからの接触を受けた。ハミルトンは仲間になるが、その思想に同意することもできない。密かにモーダンに情報を流すが……。
ハインラインの第一長篇。
DNAの構造が解き明かされていなかった時代に書かれた作品。そういった時代背景を考えれば、すごい、と言うべきなのでしょうが、読むのが少し厳しかったです。
2011年06月18日
SF映画原作傑作選
(尾之上浩司/編)
ハリー・ベイツ/イブ・メルキオー/リン・A・ヴェナブル/ロッド・サーリング/ウォルター・B・ギブスン/ジェリィ・ソール/クリフォード・D・シマック/ハーラン・エリスン/フレドリック・ブラウン
(南山 宏/尾之上浩司/訳)
『地球の静止する日』
角川文庫
映画やテレビの題材となったSFスリラー集。
ハリー・ベイツ(南山 宏/訳)
「地球の静止する日」
1951年映画化。
2008年(地球が静止する日)リメイク。
ある日地球は、異星人の訪問を受けた。彼はクラートゥと名乗り、巨大なロボットのグナットを紹介した。人々は歓迎したが、クラートゥは血迷った地球人によって射殺されてしまう。そのときからグナットは静止したまま。
写真記者クリフはグナットの写真を撮るうち、あることに気がつく。深夜、ひそかに張り込むが……。
イブ・メルキオー(尾之上浩司/訳)
「デス・レース」
1975年(デス・レース2000年)映画化。
2008年リメイク。
ウィリーはプロのドライヴァー。今年最大規模の、ニューヨーク=ロサンゼルス間レースに出場した。レースでは、走行タイムだけでなく、犠牲点でも争われる。轢いた人間の数でも。
ウィリーは、誰も予想しなかったコースをたどり、確実に犠牲点を積み上げていくが……。
リン・A・ヴェナブル(尾之上浩司/訳)
「廃墟」
トワイライト・ゾーン「廃墟」原作。
ヘンリーは強度の近視眼の持ち主。願いは、本を読むこと。眼鏡のおかげで読むことはできるのだが、いかんせん時間がない。雇用主と妻とに時間のすべてを奪われているからだ。
ヘンリーはその日、ほんの少しの時間を確保し、会社の地下室にむかった。雑誌をほんの少し読むつもりだったのだが……。
ロッド・サーリング&ウォルター・B・ギブスン
(尾之上浩司/訳)
「幻の砂丘」
トワイライト・ゾーン"A Hundred Yards Over the Rim"のノベライズ。
クリストファーは、開拓者たちのリーダー。カリフォルニアへと移住する計画だったのだが、危機に立たされていた。食料の蓄えは少なく、水が尽きかけている。不毛な砂漠地帯では、補給のあてはない。
クリストファーは戻りたがる仲間たちを説き伏せ、ただひとり偵察に赴くが……。
ジェリィ・ソール(尾之上浩司/訳)
「アンテオン遊星への道」
アウター・リミッツ原作。
アンテオン遊星への移民は、片道1年の旅となる。第一陣は移民船に1000組の家族を乗せて出発したが、到着したときには500人以下になっていた。騒動が、乗客と乗組員の殺し合いへと発展してしまったのだ。第二陣は、誰もたどり着けなかった。
ジャーナリストのキースは、第三陣への同行を依頼される。道中の客観的かつ正確な記録を残すために。キースは承諾するが、出発から31日目に事件が発生してしまう。
クリフォード・D・シマック(尾之上浩司/訳)
「異星獣を追え!」
アウター・リミッツ「宇宙怪獣メガソイド」原作。
ヘンダースンは、エイリアン行動心理学の専門家。密輸した異星獣ブードリイを逃がしてしまい、窮地に立たされていた。プードリイは知能が高く、凶暴で、野放しにしておくのは危険すぎる。
ヘンダースンはプードリイの抹殺を決行するが……。
ジェリィ・ソール(尾之上浩司/訳)
「見えざる敵」
アウター・リミッツ「火星その恐るべき敵」原作。
アリスンはコンピュータの専門家。砂漠の惑星で探査隊が行方不明となり、その原因を探るべく、データ解析を担当することとなった。ところが、昔ながらの軍人であるウォーリック司令官は、コンピュータの価値を認めようとしない。
アリスンは、重要な発見をするのだが……。
ハーラン・エリスン(尾之上浩司/訳)
「38世紀から来た兵士」
アウター・リミッツ「38世紀から来た兵士」原案。
クァーロは歩兵だった。第七次大戦の戦場のまっただ中にいた。ところが、強烈な爆発に巻き込まれ、ワープしてしまう。
ついた先は、はるか昔の地下鉄プラットフォームだった。
クァーロを保護した国防総省の特別顧問シムズは、戦場しか知らない未来人をどう扱えばいいか苦慮するが……。
フレドリック・ブラウン(尾之上浩司/訳)
「闘技場」
アウター・リミッツ「宇宙の決闘」原案。
スター・トレック「怪獣ゴーンとの対決」原作。
人類は“侵略者(アウトサイダー)”と全面戦争を繰り広げていた。カースンは偵察機で敵機を追跡中、予期せぬ事態に巻き込まれる。突然の高重力に意識を失い、気がつけば謎の空間にいた。
まだ人類の知らない“存在”が、この不毛な戦争に介入してきたのた。カースンは試練を与えられ、その結果によって人類の運命が決まると告げられるが……。
シェイクスピアの時代のグローブ座が復元され、当時と同じ形態で劇を上演することとなった。
かつての演劇は男たちの世界。女役も変声期前の少年が演じていた。そして、少年ばかりの劇団もあったという。今回は、優秀な少年たちが集められ、少年劇団が結成された。
ネイサン(ナット)・フィールドは、そのうちのひとり。『真夏の夜の夢』の妖精パックとして選ばれた。ところがナットは病に倒れてしまい、気がつけば、400年前のロンドンにいた。
この時代のナット・フィールドも、パック役に選ばれた役者。聖ポール少年劇団に所属しているが、できたてのグローブ座で公演する宮内長官一座に出向したばかりの身だった。
この宮内長官一座こそ、シェイクスピアが率いる劇団。ナットは生身のシェイクスピアに有頂天。周囲に知人がいないのを幸いに、劇団に溶け込んでいくが……。
児童文学です。
生首がさらしものにされている当時のロンドンの様子や、ナットの心の傷になっている過去、女王陛下の極秘参観など、いろいろあります。どれも児童文学らしく、サラリと書かれてます。
ナットの代わりに現代に来てしまった400年前のナットは、ペストを患っていて隔離病棟に入れられてしまいます。親族も面会謝絶な状態で、物語に関わってくることはありません。
終盤、ふたりのナットが入れ替わった理由に関して考察されますが、方法については置いておかれたまま。そのあたりが物足りないのですが、あり得たかもしれない物語として楽しめました。
2011年07月06日
テリー・ビッスン
(中村 融/訳)
『赤い惑星への航海』ハヤカワ文庫SF1115
21世紀の大恐慌を契機に、米ソが協力する宇宙計画は頓挫してしまった。火星へ行くために建造された宇宙船〈メアリー・ポピンズ〉は、物資を搭載したまま、今も軌道上に放置されている。
それから20年。
かつて宇宙飛行士だったバースとキーロワは、ペルシダー=ピクチャーズのプロデューサー、マークスンから宇宙航行の依頼を受ける。マークスンは〈メアリー・ポピンズ〉のことを聞きつけ、火星を舞台に映画を製作する腹づもり。カメラマンや映画スター、宇宙航行のための医師を手配して、大々的に宣伝しようとするが、ディズニー=ガーバーの横槍が入ってしまう。
ディズニー・ガーバーはロシア資本の33.3%を保有しており、船の共同所有権を主張するつもりらしい。
マークスンにせかされた船長のキーロワは、あわただしく火星へと出発するが……。
映画撮影と聞いていたので、ハリイ・ハリスン『テクニカラー・タイムマシン』を想像してしまったのですが、まるで違いました。
撮影に使われるカメラは、デモゴーゴンという特殊なもの。生身の俳優のイメージをデジタル化し、保存し、編集し、作りなおし、再構築することができます。そのため、カメラマンはデータの収集に専念し、台本すら撮影後になります。
物語の世界では、政府機関は赤字解消のために、民間企業に売却されています。今や、火星航行のようなプロジェクトを実現できるのは、潤っている映画産業くらい。その映画界も、スターが血筋を云々されていたり様変わりしています。
そういった部分のドタバタ喜劇がコミカルに繰り広げられ、シリアス部分もあり、クライマックスへとなだれ込みます。心に残る作品でした。
地球資源は尽きかけており、人類は、深宇宙探査で発見した惑星アルファ・プライムに望みをかけていた。アルファ・プライムまでは片道10年かかるが、ハイパードライブ・ゲートさえ設置できれば自由に往来できるようになるのだ。
アルファ・プライムに赴きゲートを設置するのは、ジョン・ロビンソン教授とその家族たち。一家を目的地まで運ぶのは、パイロットのダン・ウエスト少佐。
一行は超光速宇宙船ジュピター2で出発するが、宇宙船には、反対派の破壊工作が仕掛けられていた。危機を脱するためロビンソン教授は、ゲートのないままハイパードライブを作動させる。ついた先は、どことも知れない宇宙の深淵。
謎の巨大宇宙船が現れるが……。
米テレビシリーズ「宇宙家族ロビンソン」の劇場用映画化作品のノベライズ。映画は観てませんが、テレビ版はカラーの第2シリーズをちょこっと見てました。
ヴィンジだったので内容を確かめず、ノベライズとは知らずに読み始めたのですが、すぐに、
あのロビンソンか!
と、気がついてしまいました。さすがのヴィンジも、ノベライズ特有の雰囲気は消せなかったようで……。
男の出生率が著しく低く、生まれてくるのは女ばかり。必然的に社会構造は姉妹たちが中心となり、男の兄弟は一家の貴重な財産となった。男たちは危険や教養から遠ざけられ、婿として売られていく運命。
かつてあった内戦で武勲をあげたウィスラー家は、土地を賜り、今では地主となっていた。男子にも恵まれ、順風満帆。そんな最中、領地で大事件が起きてしまう。
何者かに女兵士が襲われていたのだ。
歳若いヘリア・ウィスラーがいちはく駆けつけ、賊を銃で追い払ったものの、兵士は意識不明状態。運悪く母たちや姉たちがおらず、ひとりでは運ぶこともままならない。
知らせを受けた長男ジェリンは助けにおもむき、女兵士を連れ帰った。まもなくして現れたレンセラー王女によって、ウィスラー家が保護した人物がオディーリア王女だと知れる。王女たちと近衛隊は賊を追っていたが、オディーリア王女が単独行動にでたところで返り討ちに遭ってしまったのだ。
ウィスラー家は王女の救助の功によって、宮殿に招待されるが……。
中世的な世界を舞台にしたエンターテイメント。
婿入り間近のジェリンと、ジェリンに一目惚れしてしまったレンセラー王女と、王家をゆるがす大事件と、いろいろ揃ってます。女ばかりの世界もきっちり創ってあって、安心して読んでいられます。ただ、ジェリンが出来過ぎた子で、逆に、物足りなさが残ってしまいました。
エンターテイメントなので、そういうものなのかな、とは思うのですが。
2011年07月23日
サラ・ゼッテル(冬川 亘/訳)
『大いなる復活のとき』上下巻/ハヤカワ文庫SF1273
人類は銀河中に植民し、さまざまな文明を築き上げた。だが、あまりに広がりすぎ、ついには自分たちの出自を見失ってしまう。
システムズ・ハンドラーのエリク・ボーンはかつて、忘れ去られていた星〈施界(レルム)〉にいた。
〈施界〉の居住環境は過酷で、人間が住める土地はわずかしかない。文明は退行し、無名秘力への信仰と厳しい階級制度に支配されていた。
エリクは支配者階級だったが、止むに止まれぬ事情から〈施界〉を後にした。〈施界〉を去ったのはエリクがはじめて。〈世界の壁〉を越えた以上、帰ることはできない。
ある日エリクは、得意先であるルドラント・ヴィタイ属の大使バスク・ハンル・ゾーンから呼出しを受ける。ヴィタイは銀河の半分を支配している要注意一族。エリクは渋々応じるが、ひとりの女性に引き合わされてびっくり仰天。
ヴィタイが拘束している女性アーラは、〈施界〉の下層階級〈不触(ノータッチ)〉だったのだ。
エリクは通訳をさせられるが、ヴィタイたちがなぜ〈不触〉を重要と考えているのかが分からない。また、アーラの〈不触〉らしからぬ態度も謎だった。
エリクは成り行きから、アーラの逃亡を助けることになってしまうが……。
ローカス(処女長篇)賞受賞。
遠未来の複雑怪奇な世界を舞台に、さまざまな冒険が繰り広げられます。
アーラを助けたことで窮地に陥ってしまうエリク。エリクを手助けしてくれる者たち。母星を求めてやまないルドラント・ヴィタイたち。ヴィタイに対立する統一派たち。
登場人物が多く、世界設定も複雑。視点もエリクに固定されておらず、とにかく把握するまでが大変でした。分かってしまえば、その雰囲気を楽しめるのですが……。
エリクの過去やら、アーラの正体やら、〈施界〉の謎やら、きちんと決着つきます。ただ、いろんな人が、すーっと消えていってしまうので、中途半端に終わってしまった印象が残りました。
異空間グリムスペースを利用する超光速航法が開発され、人類は銀河へと進出した。グリムスペースの航宙は、J遺伝子を持ったジャンパーと、ウェット・ウェアでつながったパイロットの二人三脚で行う。
シランサ・ジャックスは、ファーワン社のエース・ジャンパー。
惑星マティンスIVへのジャンプでトラブルが発生し、唯一の生還者となってしまった。シランサは隔離され、犯人として拷問のような精神療法を施されてしまう。
シランサを救出したのは、ジャンパーを切実に必要としている辺境惑星ラキオンのダールグレン一族だった。
ジャンパーたちはファーワン社に囲い込まれ、J遺伝子保持者を見つけたとしても育成することができない。ジャンパーはあらゆる惑星で必要とされているのに。ダールグレン一族はファーワン社と対立しつつあるシランサに、密かに設立するジャンパー養成学校の教師として白羽の矢を立てたのだ。
シランサは計画に参加することを決意するが……。
全体的にはひとつの流れになってます。シランサのトラウマとなってしまっているマティンスIVでの事故も、きちんと解明されます。ただ、エピソード相互間のつながりがよくなく、呆然とすることが少なくなかったです。
どうも、いろんなことが唐突に、起こったり終わったりしていたようです。連続テレビドラマだと思って読めば、すんなり入れたかもしれません。
2011年08月13日
井上 靖
『額田女王(ぬかたのおおきみ)』新潮文庫
大化6年。
中大兄皇子らが蘇我氏を政治の表舞台から排除して5年。都は飛鳥から難波に移され、さまざまな改革が進められていた。
額田女王は、宮中において神事に奉仕する女官。18歳ながら落ち着きを身にまとい、神の声を聞き、歌才に恵まれ、天皇に代わって歌を詠むこともあった。特殊な立場におり、これまで、美しくとも求婚されたことはない。
そんな額田女王に、中大兄皇子の弟・大海人皇子は一目惚れしてしまう。
額田女王は大海人皇子の想いに応えるものの、心は与えないと言って譲らない。妃になることなく、大海人皇子の娘・十市皇女を出産した。
そのころ新政府は、二艘の遣唐船を派遣していた。国をあげた国家事業だったが、そのうち一艘が薩摩半島の南で難船してしまう。混乱する人心をひとつにまとめることが急務となった。
中臣鎌足は中大兄皇子に遷都を進言する。孝徳天皇は遷都に反対するが、中大兄皇子らは政府首脳陣をひきつれて大和に移ってしまう。
額田女王は難波京に残っていた。大海人皇子と住む場所を異にすることで、ふいに自由になり、気持ちを新たにする。神の声を聞く女としての自分を取り戻すが……。
西暦650年〜672年頃までを、額田女王を中心にして展開していきます。
激動の時代で、遷都はたびたび、遣唐使もたびたび、孝徳天皇が崩御されると、遺児である有間皇子の謀反疑惑が持ち上がり、百済の滅亡と白村江の戦い、最後には壬申の乱と、盛りだくさん。
そんな中、大海人皇子と結ばれた額田女王でしたが、中大兄皇子にも見初められてしまいます。大海人皇子は兄をたてて身を引くものの、心中穏やかでいられない。一方の額田女王は、大海人皇子だろうと中大兄皇子だろうと、自分は自分であろうとします。
史実に即しつつ、はっきりとは伝わっていない額田女王の人となりが披露されています。ただ、終盤で息切れしているのが残念。当初は同時代人の目線だったのが、後年の目線が入りこんできます。
最後まで、時代に浸れれば……