2018年07月05日
パトリシア・A・マキリップ(原島文世/訳)
『アトリックス・ウルフの呪文書』創元推理文庫
ショームナルドは、魔法使いと学者の国、そして農夫の国。
ショームナルドはペルシールと境を接している。ペルシールは、広い野となだらかな丘の王国。そのペルシールの王城は今、カルデス軍に包囲されている。
ショームナルドの魔法使いであるアトリックス・ウルフがカルデス王を訪ねたのは、そんなときだった。
確かに、カルデスはペルシールを包囲している。だが、カルデス自身、冬に包囲されていた。アトリックス・ウルフはカルデス王に、戦をやめ立ち去るべきだと忠告する。
カルデス王は拒否し、逆にアトリックス・ウルフに協力を求めた。カルデスに味方し、ペルシールに対抗する術をかけてほしい、と。
そのころ森では森の女王が、伴侶イリオスと、一人娘のサローと行動を共にしていた。女王の森は、ペルシールの森と重なりながらも別のところにある。
イリオスとサローには、人の血がわずかにまじっていた。それゆえ、森のむこうの世界を白昼夢として感じとれる。ふたりは、魔法使いが話しているのを見ていた。
そのときだった、アトリックス・ウルフの怒りが爆発したのは。
アトリックス・ウルフは、闇の乗り手を生みだした。あらゆる力を使い、戦よりも冬よりもすさまじい姿へと結実していく。双方の兵士が震え上がるような、両軍ともに逃走して戦を終わらせるような闇の乗り手を。
すべては、戦をやめさせるため。
ところが魔法が変質してしまう。戦場に現われた闇の乗り手は、ペルシール王を殺し、カルデスを敗退せしめた。イリオスとサローもいなくなってしまう。
女王はふたりの行方をさがすが……。
それから20年。
ショームナルドの魔法学院に、王弟タリス・ペルシールは学んでいた。あの戦のことは、アトリックス・ウルフが語らないままに姿を消したため、誰にも真相が分からずにいる。
タリスは学院で不思議な本を見つけ、引きつけられていた。書かれている呪文は実に正確でわかりやすく、基本的なもの。著者名はないが、偉大な魔法使いが新米の学生のために記したようだった。
タリスは謎の呪文書をたずさえてペルシールに帰還する。
そして、ペルシールの台所には、サローがいた。
サローは、自分が何者であるか知らず、話すこともできない。泣いたためしがなく、ほほえむこともない。誰の心にも残らない、地味な娘に変わっていた。
サローは毎日鍋を磨き続けるが……。
物語は、タリス、サロー、アトリックス・ウルフの三方向から語られます。
タリスは、20年前は生まれたばかり。サローには記憶がなく、アトリックス・ウルフは勘違いをしています。森の女王は20年前の事件のあらましをつかんでいますが、人間世界に接触することができません。
サローの章が際立ってました。台所は魔法とは無縁の、労働と噂話の世界。各々が専門分野を持っています。大釜から生まれてきたサローは、鍋をきれいにする担当。
台所は物語の中心ではありませんが、国王などのおえらいさんの動きが、それとなく伝わってきます。事件が起こって、せっかく作った食事がそのまま返されてきたり、狩りの成果がバンバン送られてきたり。
台所だけでも物語になりそうな勢い。そういうのも読んでみたいかも。
2018年07月06日
ロバート・A・ハインライン(大森 望/訳)
『ラモックス』創元SF文庫
ラモックスは、ジョン・トマス・スチュアート11世のペット。曾祖父が、宇宙船トレイル・ブレイザー号の冒険で連れ帰った。こっそりジャンプバッグに入れて運んだらしいが、今では怪物級に大きい。
ラモックスからすると、ジョン・トマスこそがラモックスのペットだった。ラモックスは長いあいだずっと〈ジョン・トマスたち〉を育ててきたのだ。だから、ジョン・トマスがガールフレンドのベティ・ソレンセンとの時間を優先するのも理解している。
とはいうものの、ひまであることに変わりはない。それに、西どなりのドナヒュー家の庭のバラが食べたくて仕方がない。ラモックスはすぐに帰るつもりで、ちょっとしたつまみぐいに出かけた。
怪物さながらのラモックスの出現に、人々は大パニック。町は大混乱に陥り、怯えたラモックスはさらに被害を拡大させてしまう。ジョン・トマスが警察署長と一緒にかけつけたとき、ラモックスは高架橋の下に縮こまっていた。
事件は裁判沙汰になり、その書類が宙務省常任次官閣下のヘンリー・グラッドストーン・キク氏のオフィスに届いた。
キク氏は、地球電離層の外側で起こることはすべて、既知宇宙のあらゆる星々との関係にかかわること一切の責任を負っていた。ラモックスは、地球外生命体であることは明白だ。だが、種名も発祥地も不明とあっては対処のしようがない。
キク氏は、部下のセルゲイ・グリーンバーグを現地に送りこむ。
グリーンバーグが見たところ、ラモックスは条約で守られるべき異星人ではない。片言の英語をしゃべるものの知能はウサギ並み、手もなかった。そもそも地球は、トレイル・ブレイザー号が訪れたどの星とも条約を結んでいないのだ。
ラモックスは凶暴な動産として、殺処分が言い渡される。
そのころキク氏は、やっかいな問題に頭をかかえていた。相手は、未知のフロシー星人。
フロシー星人たちの目的は、同胞のひとりを救出すること。彼らはすでに地球周回軌道におり、地球人がフロシー星人の少女を隠していると確信しているらしい。
はじめはつっぱねていたキク氏だったが、ある事実に気がつく。少女がいなくなった時期と、トレイル・ブレイザー号が出航した時期とがぴたりと一致していたのだ。
ただちにラモックスの保護が命令されるが……。
ユーモアSF。
序盤は、ラモックス裁判。
ジョン・トマスの父はすでに他界しています。母は、ラモックスを手放したいと考えています。理解のない保護者って、本当にやっかい。
ジョン・トマスの味方は、ラモックスを別とするとベティだけ。
同い年のベティは、勝気で口が達者な女の子。自分にもラモックスに権利がある状態をつくりだして、裁判に首を突っ込んできます。ひとりで生きてきたため大人びてますが、やっぱり子どもなんですよねぇ。
何度か読んだ物語ですが、今回は、グリーンバーグに目が釘付け。ラモックスに死刑判決を出しますが、その後、但し書きをつけくわえてラモックスを救おうとします。キク氏の苦手な人物と打ち解けあったり、人間味あふれる人です。
読むたびに新たな発見があります。
2018年07月14日
イギリスSF傑作選
(クリストファー・エヴァンズ&ロバート・ホールドストック/編)
(室住信子/美濃 透/中村 融/大森 望/浅倉久志/内田昌之/友枝康子/幹 遙子/訳)
『アザー・エデン』ハヤカワ文庫SF827
あまり見かけない、イギリス在住作家限定の短編集。
傑作選とありますが、実は、書きおろし。すごくおもしろいものもあれば、反応に困るものもあります。
大きな流れの中に本書がある印象。好みは人それぞれですが、編まれたのが1987年のため、時代を感じさせるのは万人共通だと思います。
タニス・リー(室住信子/訳)
「雨にうたれて」
グリーナは母に連れられて〈センター〉に行った。ミスター・アレクサンダーと面会するためだ。グリーナは母によって売られようとしていた。
汚染によって、ほとんどの人が30歳にもなれずに〈癌死〉してしまう。人間が生きのびる手段は、ドームに守られた〈センター〉に迎えられることのみ。
グリーナの母は、グリーナを〈センター〉で暮らさせようと躍起になっている。もっともいい条件が、ミスター・アレクサンダーだった。グリーナはミスター・アレクサンダーに気に入られるが……。
やっていることは人身売買なのですが、それを糾弾する話ではなく、書かれているのは母娘のこと。口汚くて厳しくて怖いお母さん、30歳なんです。
クリストファー・エヴァンズ (美濃 透/訳)
「人生の事実」
ガイアは、祖父と、父と、3人の叔父と6人の兄、1人の弟と暮らしていた。そして、別棟で暮らす奴隷女が2人いる。父はいつも、女はけだものにも劣ると言っていた。
ある夜ガイアは、兄と女が裸でなにかやっているところを見てしまう。それがどうにも気になって仕方がない。
ガイアは祖父に相談するが……。
M・ジョン・ハリスン (中村 融/訳)
「ささやかな遺産」
キットの兄が亡くなった。キットが遺言執行人に指名されていたため、兄が残した原稿の山に目を通さねばならない。兄のジョンは小説家。亡くなるその日まで、書きつづけていた。
レディントンまで旅をして、ようやくジョンの小さな家についたキットは、残されたノートや日記に目を通していくが……。
イアン・ワトスン(大森 望/訳)
「アミールの時計」
リンダの友人のバニーは、生意気なくらいハンサム。そしてまた、モハメットの子孫でもある。バニーは、富めるアル・ハジャ首長国の後継者なのだ。
ある日リンダはバニーと一緒に、バーフォードの教会に行って、古い時計を見物した。そして、メッセージを受け取った。
3か月後、首長(アミール)が暗殺され、バニーが新しいアミールになった。リンダがバニーと会うこともなくなり、ただ定期的に葉書を受け取るだけになるが……。
ブライアン・オールディス(浅倉久志/訳)
「キャベツの代価」
惑星チェンチは、銀河の中央圏から隔たったところにあった。
ランディニスン一族は。チェンチのビアトリス島に住んでいる。島そのものは土地がよく肥えており、キャベツとトウモロコシを栽培していた。収穫した野菜は12年ごとに、宇宙のダンプまで運んでいく。
ディックがダンプに出発したとき、娘のトレサは15歳だった。
まもなく、ディックが帰ってくる。ダンプまで往復するには60日あまり。チェンチでは12年が経っている。
一家は再会するが……。
グレアム・チャーノック (美濃 透/訳)
「フルウッド網(ウェッブ)」
フルウッドとわたしは学校の同級生。共通点はほとんどなく、在学中はとくに親しくしていたわけではない。
再会したのは、オールド・コートの町はずれにあるタバコ屋。同じブランドの葉巻を買ったのは、驚くべき偶然の一致だった。
それだけで終わらず、とある公園の中でも偶然に出会った。話してみると、さらに共通点がみつかった。似たような研究をしていたのだ。
以来ふたりは、かなり頻繁なペースで会ってアイディアと推論を出しあうようになるが……。
ロバート・ホールドストック(中村 融/訳)
「スカロウフェル」
村の〈主の夕べ〉は最高のお祭りだった。踊り手たちは、川岸にそって、それぞれの村で足をとめ、スカロウフェルまでやってくる。
ジニイはまだ子供だったが、お祭りが近いことは気がついていた。お祭りはうれしい。だが、このところ悪夢をみるようになっていた。お祭りの当日も悪夢にうなされ、寝坊してしまう。
あわてて家を飛び出したジニイだったが……。
マイクル・ムアコック (中村 融/訳)
「凍りついた枢機卿」
地球から遠く離れたモルタヴィアには、地球のおよそ2倍の量の氷があった。氷河期の終わりにあり、溶けているまっさいちゅうだ。
人類初の探検隊がクレパスの北壁に、妙なものをみつけた。濃緑と青ばかりの氷の中、そこだけが赤い。調査してみると、ローマ・カトリックの枢機卿だった。
枢機卿は、きちんと正装して、祝福している。立った状態で凍りついたようだった。
探検隊は騒然とするが……。
探検隊の一員が書いた手紙、という体裁で展開していきます。
ギャリー・キルワース(大森 望/訳)
「掌篇三題」
ショート・ショートを三篇収録
「黒い結婚式」
ガスリーとシーリアのカップルは結婚式を控えている。シーリアは会う男ぜんぶと結婚しなければならない。今日の相手はアレックだ。
シーリアは黒い結婚衣裳を身につけて、教会に向かうが……。
「殺人者の歩道」
ふたつの大国にはさまれて、ひとつの都市国家があった。街の中央には〈殺人者の歩道〉が走っている。道沿いの宿屋ではゲームが行われていた。
ゲームで選ばれたプレーヤーは、24時間後、朝8時きっかりに首を吊らなければならないのだが……。
「豚足ライトと手鳥」
老婆は身寄りがなく孤独だった。飼っていた猫が死んだが、新しい猫を買う余裕がない。そこで、福祉機械に相談した。
福祉機械は、老婆の体の一部でペットをつくることを提案した。片足を切除すれば、それを使って子豚に似たものをつくれる。老婆はなにからなにまで面倒を見てくれる移動式ベッド・チェァの上で一日じゅう過ごしているから、足を使う必要はないのだ。
老婆の右足からつくられた生きものは、豚足ライトと名づけられた。
老婆は豚足ライトを見て楽しんだが、猫の代わりにはならない。そこで、左足からバジルをつくった。バジルは大成功だった。
老婆は、私設動物園を拡張していくが……。
R・M・ラミング(内田昌之/訳)
「神聖」
ルイスの妹キャスは、ホスキンと結婚していた。ルイスはホスキンの臆病者ぶりにうんざりしている。ある夜、〈推奨時間〉をずっとすぎての散歩に連れ出した。
向かった先は、〈禁制建造物〉である〈教護院〉。謎に包まれた過去、〈暗黒時代〉の建築物だ。
ルイスは、ホスキンの態度に苛つくが……。
背景説明がほとんどない小話。ただただ、ルイスはホスキンのことが嫌いなんだなー、と。
デイヴィッド・S・ガーネット(内田昌之/訳)
「月光団」
アランは駐車するときに車体をこすってしまい、茫然自失。だが、後で確認してみると、あるはずの傷がない。傷は、反対側についていた。
アランと妻のルースは、友人を招いての食事会を開く。訪れたキャロラインを前にして、アランは考えた。
アランがルースと出会ったのは9年前。その場には、キャロラインもいた。もし、キャロラインと結婚していたらどうなっていたか……。
デイヴィッド・ラングフォード(友枝康子/訳)
「砂と廃墟と黄金の地で」
メッキスは〈現実のもの〉が欲しかった。
ここかしこに旧世界の永久機械が、傾きあるいはなかば土に埋れて、しきりに彼に食物、飲み物、薬、夢想を供したがっている。メッキスは狂った機械から、青い球果(コーン)を贈られた。禁じられ、忘れられていた秘薬だ。それをメッキスは、何食わぬ微笑を浮かべながら持ち歩いている。
そんなとき、リーと出会った。
メッキスはリーに惹かれるが……。
キース・ロバーツ (大森 望/訳)
「笛吹きの呼び声」
むかし、笛吹きと呼ばれる男がいた。たいそう変わった男で、人間の言葉をしゃべらず、フルートで話していた。
あるとき笛吹きは、ひとりの娘の語る言葉に熱心に耳を傾けた。娘の声は小川のせせらぎのよう。笛吹きのフルートは沈黙し、その日から笛吹きは姿を消した。
それから2年。娘は自作農の倅と結婚した。ところが、娘と村の領主の息子との仲を疑ううわさが広がってしまう。娘はすっかり人が変わり、勘当され、婚家を追い出された。
娘のうわさは笛吹きの耳にも入った。戻ってきた笛吹きは、フルートの調べによって、領主の屋敷も宝物もすべて燃やしてしまうが……。
リサ・タトル(幹 遙子/訳)
「きず」
オーリン・メルケイトは数学教師。10年続いたダヴとの結婚生活は、2年前に終わった。
ある日オーリンは、新任の音楽教師のセス・タラントに、オペラ鑑賞に誘われる。セスは、若くハンサムで、生徒の受けもいい。セスも離婚して独り身だという。
ふたりは良好な関係をつづけていくが……。
分類的には、フェミニズム。とはいうものの、そこはSF。基本設定がぶっとんでました。
2018年07月18日
フィリップ・K・ディック(大森 望/訳)
『銀河の壺なおし[新訳版]』ハヤカワ文庫SF2150
ジョー・ファーンライトは、壺なおし(ポット・ヒーラー)。
陶器は、戦争前、プラスチック以外の材料がまだ使われていた旧時代の遺物。現存する陶器はあまりに少なく、所有者は陶器が割れないよう細心の注意を払っている。そのため、この七ヶ月、仕事をしていない。
ジョーは、退役軍人失業手当でなんとか生活しているが、物価はつねにインフレ傾向にある。手もとに届けられる政府発行紙幣の交換価値は、2日で80パーセント下落するのだ。
唯一の楽しみは、仲間たちとの〈ゲーム〉。
東京の翻訳コンピュータに電話して、ある書名を日本語訳にしてもらう。次いで、ワシントンDCの翻訳コンピュータにダイヤルして、日本語訳を英語に翻訳してもらう。その結果を仲間内で当てっこする。
今やジョーは、仕事を辞めようとしている、貯めた硬貨をはたいて、ミスター・ジョブの託宣に縋ろうとしている。
仕事場に速達が届いたのは、そんなときだった。
メッセージは一言。
「壺なおし求む。謝礼保証」
続くメッセージは、自宅の、硬貨の隠し場所にあった。
「報酬は3万5千クランブル」
クランブルは、シリウス第五惑星のプラブク語で貨幣単位のことらしい。地球の通貨では、途方もない金額になる。
翌朝、ふたたび仕事場に指示が届けられた。プラウマンズ・プラネットへ向かえ、と。ジョーの壺なおしの技術が必要なのは、ヘルズカラを引き揚げるためだった。
プラウマンズ・プラネットとは、シリウス第五惑星の別名。ヘルズカラとは、かつてプラウマンズ・プラネットの支配種族だった〈霧もどき〉が遺した古代の大聖堂。何世紀も前に海中に没した。
現在のプラウマンズ・プラネットの支配種はグリマング。
ジョーは、他のグリマングに雇われた生命体たちと共に、プラウマンズ・プラネットへと旅立つが……。
ディックのSF。
ガジェットが盛りだくさん。
プラウマンズ・プラネットには、カレンドの〈本〉があり、毎日版が新しくなるのですが、過去、現在、未来のありとあらゆることが記録されています。〈本〉は「グリマングの〈事業〉は失敗し、協力するため徴募された人々のほとんどは、永遠に変えられてしまう」と予言しています。そのことで、グリマングに集められた人たちは不安に陥ります。
ディックが好きな人は快作だと思うかもしれないし、思わないかもしれない。ディックを知らない人は読まない方がいい、そういう感じ。
ディックにしてはあんまり暗さを感じないのは意外でした。たしかに、序盤の地球のありさまは、やってられるか状況ですけれど。
2018年07月22日
ブラッドフォード・モロー(谷 泰子/訳)
『古書贋作師』創元推理文庫
ウィルは、かつて贋作師だった。
大好きな作家の書簡や手書き原稿をそっくりそのまま偽造することに無上の喜びを感じていた。だが、逮捕され、司法取引きに応じた。おかげで処罰は限られたもので済んだ。保護観察と罰金、社会奉仕活動。
そのとき、贋作師はやめた。
徐々に信用も回復し、小さいが一流のオークションハウスに雇ってもらえた。あのつらい日々、支えとなってくれたのがミーガンだった。
ある日、ミーガンから電話があった。兄のアダム・ディールが自宅で襲われたという。
発見されたときアダムは、後頭部を強打され、両手を切断されていた。そのときはまだ息があったが、意識を取り戻すことなく10日後に亡くなった。両手はついに見つからなかった。
倒れたアダムの周囲には、偉人たちの直筆の手紙やら生原稿やらが大量に、部屋いちめんめちゃくちゃに散らばっていた。稀覯本の類も、床を埋めつくさんばかりに散乱していた。
ウィルは、アダムの知られざる生活について、直接尋ねたことはない。だが、見当はついていた。彼も同業者なのではないか、と。
アダムとはできるだけ近づかないようにしていたから、知っていることは少ない。警察から、ヘンリー・スレイダーという名を聞かされたときも分からなかった。アダムはスレイダーに、何かしらの代金を分割払いで毎月、支払っていたらしい。
ウィルは、馴染みの稀覯本ディーラー、アティカス・ムーアから、コナン・ドイルが書いた貴重な手紙を大量に入手したことがある。全部で17通。ある原稿の進捗状況が記されていた。
ここ何年も見た中で群を抜いて素晴らしい贋作だった。
アダムが同業者だと確信したのは、アティカスから出所がアダムだとほのめかされたときだ。あの17通に関する書類が、アダムの遺品にあった。売り手の名前は、ヘンリー・スレイダー。
アダムは贋作師ではなく、仲介しただけなのか?
ウィルは、ヘンリーの住所を尋ねるが……。
ウィルの一人称小説。
ミステリにしては珍しく、登場人物の一覧に名前があるのは5人だけ。自分とミーガン、殺されたアダム、稀覯本ディーラーのアティカスとスレイダー。
アダムが死んだあたりからはじまり、ウィルの回想を入れつつ物語は展開していきます。
ウィルとミーガンの真剣交際がはじまったのが、5年前。そのころ、ウィルに脅迫の手紙が届きます。ヘンリー・ジェイムズならではの流れるような筆跡で書かれていたのが、いかにも贋作師。
そして、逮捕されて今にいたるわけです。
アダムの死亡後、あの手紙がまたもやウィルの元に届きます。
ウィルというのが、芸術家きどりで、贋作師はやめたけれども、ちょこちょこと書いてしまう反省しない人。なにやら言い訳しながら。
このウィルが許容できるかどうかで評価が決まりそうです。
2018年07月25日
L・P・デイヴィス(矢口 誠/訳)
『虚構の男』図書刊行会
アラン・フレイザーは、SFを得意とする小説家。
36年前、ビューデイの村で生まれた。
10年ほど前、交通事故で両親が亡くなり、自身もひどい火傷を負った。以来、意識喪失に襲われるようになり、ミセス・ロウの世話になりながら暮らしている。今でもビューデイの村で。
自宅の前を通る村道は、右に進んでいくと小さな郵便局があり、クラッドヒルの町へとつづいている幹線道路につながっている。左方向に進むと、食料雑貨店と、駐在所、三軒のコテージがあり、オールド・オーク農場で行き止まり。農場には10年以上まえから誰も住んでいない。
隣の家に住んでいるのは、リー・クレイグと妻のシビル。フリーのコマーシャル・アーティストだ。
アランは、催促されている長篇を書こうとしていた。この数週間、背景設定に関する覚え書きをおりにふれてタイプしている。ひとつだけはっきりしているのは、架空の伝記であること。
作品の舞台は50年後。リーのアイデアだった。2016年を舞台にした伝記を書く。
アランは朝の散歩で、奇妙なことに気がついた。
村道を歩いているといつものように、食料雑貨店に商品を運んでくる小型バンに追い越された。その後アランは、雑貨屋の店主と会話を交わし、農場で折り返して、帰ってくる。そのとき、バンが村道を引き返してこなかったことに思いいたった。バンは消えていたのだ。
往診にやってきたドクター・クラウザーに相談すると、ほんの数秒間の意識喪失を経験したのだろうと言う。そのときに小型バンがうしろを通り過ぎたのだと。
おかしなことが続き、アランは、ひとりでじっくり考えたくなり、ふたたび散歩に出た。
村人たちと気さくに交わすやりとりは途切れることがない。つねに誰かが監視につくように計画されていたかのよう。
偶然か、意図的か?
一旦帰宅したアランは、誰にも見つからないようにこっそりと家を出て、斜面をのぼっていく。そこで、見知らぬ若い女に出会った。
女の名は、カレン・サマー。ビーチャーズ・エンドに行くつもりだったらしい。アランはビーチャーズ・エンドを知らない。一方のカレンは、ビューデイもクラッドヒルも聞いたことがないと言うが……。
1965年に発表された作品。
デイヴィスはイギリスのミステリ作家。本作はジャンル・ミックスものだそうで。いや、ただのディックでしょ? と反応してしまうくらい、フィリップ・K・ディックっぽさがあります。
ただ、ディックよりも圧倒的にスマート。
いつもはミステリしか読まない人が、たまには変わったものを読みたいと思ったときには、いいのかもしれません。ディックのガジェットてんこもり感が好きだと、ちょっと物足りない。
2018年07月28日
M・R・ケアリー(茂木 健/訳)
『パンドラの少女』東京創元社
メラニーは、だいたい10歳。
いま暮らしているところには、長い廊下と独房、教室、そしてシャワー室がある。長い廊下は教室につながっているが、反対側のドアの先のことは分からない。
朝になると独房に、パークス軍曹が部下をつれて迎えにくる。メラニーたちはひとりずつ、車椅子に乗って教室に連れていってもらう。車椅子は特製で、両手と両足、それに首を椅子についているストラップで固定している。
先生は何人かいるが、メラニーが大好きなのはミス・ジャスティノーだ。ミス・ジャスティノーの授業は、楽しいしおもしろい。
メラニーは、ときどき聞こえてくる大人たちの会話にも注意を怠らない。
ここは〈ブロック〉と呼ばれている。〈基地〉の中にあり、その外は〈第六地区〉で、30マイル南にはロンドンが、さらに14マイル南へ行くとビーコンがある。ビーコンから先は、海のほかはなにもない。
基地の周辺にも〈餓えた奴ら(ハングリーズ)〉がたくさんいる。守られて暮らせるのは幸せだ。
20年前、やがて〈大崩壊〉へとつながっていく奇病が流行しはじめた。病原体は、人間をゾンビ化する。
原因の特定には困難をきわめた。患者たちは、医師と科学者に襲いかかり、殺し、喰い尽くしてしまう。今では、突然変異した冬虫夏草属のキノコであると判明している。
この大発見をしたのは、キャロライン・コードウェルだった。
コードウェルは〈ブロック〉の責任者として、特異な子供たちの研究に余念がない。この子供たちは〈餓えた奴ら〉なのに、人間と同じように行動するのだ。
コードウェルは、治療法を見つけることで自分が人類を救う日がくると信じていた。そのためには、貴重な子供たちをも解剖しなければならない。その日、選ばれたのは、メラニーだった。
研究室に連れていかれたメラニーは、不安で仕方がない。ミス・ジャスティノーがかけつけてくれるが、そのとき異変が起こった。
基地が、集団の〈餓えた奴ら〉に襲われてしまった。
ついに基地を維持できなくなったパークス軍曹は脱出をはかる。連れ出せたのは、部下のキーラン・ギャラハーの他は、ヘレン・ジャスティノーとコードウェルだけ。大誤算だったのは、ジャスティノーがメラニーを連れてきたこと。
一行は、ビーコンに助けを求めようと旅立つが……。
メラニーの視点ではじまり、他の人たちの思考も織り交ぜながら逃避行が語られていきます。
圧巻は、心情の変化。当初メラニーは、自分が何者なのか知りません。さまざまな事件を通じて、〈餓えた奴ら〉の一員なのだと理解し、克服していきます。
メラニーだけでなく、メラニーを怖れて厳しく当たる軍曹も、ギャラハーも、変化していきます。
メラニーは天才児という設定なんですが、単なる設定だけではありませんでした。抜群の記憶力で、いろいろなことを観察して推察して結論をだしていく。10歳にして、自分だけでなく他人がどう考えているかも推し量っちゃう。パークス軍曹を思いやったりしちゃう。
そんなメラニーでも、決定的な証拠を突きつけられるまで、自分が何者なのか気がつかなかったって、深い話だと思います。
ジャック・ヴァンスの傑作選。短篇5篇に中篇3篇。
収録作品を決めたところで編者が亡くなられ、掲載順は、ひとまず発表順にしてみた、とのこと。
ヴァンスは、他のSF作家に影響を与えていた作家です。なんといっても、この地球上に存在しない異文化が、血肉をともなってそこにあるのが魅力的。
無能な上司に泣かされている人は読むべき「フィルスクの陶匠」、科学と魔法が逆転した「奇跡なす者たち」、日本の伝統社会の様式的主従関係がモデルになっている「最後の城」、仮面と音楽という独自進化した社会の魅力だけでなく、すべてがラストにつながっていた「月の蛾」の見事さ。
あまりに読むのがもったいなくて、購入後7年も寝かせてしまいました。(ほとんどが他のアンソロジーや雑誌で既読ですが)
「フィルスクの陶匠」(酒井昭伸/訳)
ケセルスキー記者は、星務省のトーム人事部長にインタビューしている間、デスクに飾られた黄色の大鉢に目を奪われていた。取材後トームは、いわくがあるという鉢の来歴を語ってくれた。
トームは若いころ、惑星フィルスクへ赴任していた。フィルスクの気候は温暖で、万事にわたって暮らしやすい。金属をあまり産しないため、道具や日用品の大半は陶磁器で代用されている。その陶磁器は驚くほど巧みに造られていて、金属がなくても不便をかこつことはない。
トームは防疫管理を任され、里を巡回するうち〈フィルスクの陶匠〉の話を耳にした。
ある店で、みごとな陶器の値段を尋ねると、予想を大きく上まわる高値。驚いていると、店番の少女は、わたしたちの“祖先”だから安値で売るのは失礼だ、と説明した。陶匠たちは、人間の遺骨を陶器の材料として使っていたのだ。
トームが上司のコーヴィルに報告すると、いつもはなにもしないコーヴィルが急に積極的になり、ふたりはヘリコプターで陶匠の村へと向かうが……。
「音」(浅倉久志/訳)
救出されたハワード・エヴァンズが、地球を目前にして、航宙日誌を残して宇宙船を出ていった。日誌には奇妙なことが書かれてあった。
エヴァンズは救命艇で漂泊した後、見知らぬ世界にたどりついた。大気があり、水があり、樹木もある。濃縮食料がたっぷりあるから、ここでの生存は、べつにそれほどむずかしい問題とは思えない。
だが心が落ち着かなかった。この世界は美しいが、鳥も、魚も、虫も、甲殻類も、どんな種類の生物も見かけない。風の囁きをべつにすると、この世界は絶対的な静けさに包まれている。
やがて緋色の太陽が沈み、次に昇ってきた太陽は、強烈な藍色をしていた。この世界は前とおなじはずなのに、どこかがちがう。
エヴァンズは、遠くに、華やかな町がひろがっているのを目撃するが……。
「保護色」(酒井昭伸/訳)
大型探索船〈ブラウエルム〉は、母星青き星(ブルー・スター)に帰還する途中、惑星を発見した。その星系は、ブルー・スターとケイ星系のちょうど中間にあった。
惑星には大気があり、気温は適温。重力もちょうどいい。呼吸不能だが有毒気体はなく、自生の植物もなし。原住生物はおらず、開発にはうってつけ。
この星系のことをブルー・スターはマラプレクサと呼び、ケイではメリフロと呼んでいる。どちらの側にも、探査したり開発したりした記録はなかった。
探索士バーニスティーはこの星を、ブルー・スターの開拓星系だと宣言するが……。
「ミトル」(浅倉久志/訳)
彼女の名前はミトル。カブトムシたちはそう呼んでいる。彼女の持ち物は、その名前と、草の寝床と、カブトムシたちから盗んだ茶色の布地だけ。
カブトムシたちは浜辺に棲んでいる。ミトルは古いガラスの都のそばにたったひとり、最後の生き残りのミトルがたったひとりで住んでいる。
ある日ミトルは、黒く細長い空の魚が、火を吐きながら視野のなかへ下りてくるところを見た。空の魚の体からは、生き物が三つ。どことなく彼女に似ているが、もっと大柄で、赤っぽく、たくましく、ふしぎな恐ろしい生き物。
ミトルは隠れるが……。
「無因果世界」(浅倉久志/訳)
人間が地球ぜんたいを支配できたのは、因果律があったから。どんな結果も、もとをただせばひとつの原因に行きつくし、その原因もまた、それに先立つ原因の結果だ、という前提があったから。
地球が因果律不在の空間にはいりこんだため、原因と結果の秩序正しい緊張状態は、ことごとく消えうせた。
生き残れたのはほんのわずか。
いまや〈有機体(オーガニズム)〉と呼ばれる、気の狂った人間。彼らのちぐはぐな言動は、この世界の気まぐれな変動にぴったり溶けこんで、一種独特の、とっぴょうしもない知恵を作りあげている。
それと〈残存種(レクリト)〉と呼ばれるひと握りの人間。
フィンは〈残存種〉。四人の仲間と暮らしている。そのうちのふたりは老人で、まもなく死ぬだろう。フィンも、食べ物が見つからなければ、やはり死ぬだろう。
そういうとき、フィンは〈有機体〉のアルファを見つけた。フィンは彼らの肉を食べ物として高く評価している。だが、彼らがやることは予測不可能。それに、彼らはフィンを食うだろう。
フィンは岩棚の影に身を貼りつけてようすをうかがうが……。
「奇跡なす者たち」(酒井昭伸/訳)
フェイド卿はバラント城を攻め落とそうとしていた。ところが、バラント城にいたる道が封じられていた。
〈先人〉たちが、南北の原生林の裂け目を塞ぐために新しい森をこしらえていたのだ。〈先人〉は青白くて弱々しい種族で、一対一ではおよそ人間の敵ではないが、無数の罠と落とし穴を仕掛けて森を護ろうとするのがわずらわしい。
フェイド卿は咒師の頭(とう)のハイン・フスに命じて〈先人〉に話を通じさせる。彼らはあっさりと、フェイド卿の軍勢を通した。
フェイド卿はバラント城を手に入れ、ついに全土に君臨した。
ところが、帰り道、あの森で〈先人〉たちから予想外の攻撃を受けてしまう。フェイド卿はフェイド城に帰りついたものの、大敗だった。
いまから1600年前、宇宙船団の船長たちが戦火を逃れて惑星パングボーンに避難所をもとめた。やがて戦火は衰え、パングボーンは忘れ去られた。人類は、原住民である〈先人〉を森へと駆逐し、築いた大城砦に住んだ。
いまでは、古き魔法は消え去り、もはや機能しそうにない。古代人たちは優秀でありながら、ひどく原始的であり、非現実的でもある。彼らには、テレパシーも千里眼もなく、鬼神を使役する力とてなかった。
人類は進化していったが〈先人〉たちは変わらず、侵略者たちを恨みつづけていた。そして、ついに反撃に出たのだ。
フェイド卿は咒で〈先人〉たちに対抗しようとするが、ハイン・フスは不可能だという。彼らに咒は効かない。だが、フェイド卿を納得させることができない。
ハイン・フスは、咒師イサーク・コマンドアと咒師見習いのサム・サラザールと共に、〈先人〉のいる原生林に入るが……。
「月の蛾」(浅倉久志/訳)
惑星シレーヌに派遣されていた領事代理は、ズンダーで殺された。〈酒場の暴漢〉の仮面をつけたまま、〈彼岸の心構え〉のリボンを飾った若い娘に、うっかり言葉をかけたからだ。
後任に選ばれたのは、連合大学を卒業してまもないエドワー・シッセルだった。
惑星シレーヌは、食物は潤沢、気候は温和。住民は、十二分にある余暇を利用して、凝り性を発揮している。いついかなるときにも仮面を着用し、小型楽器の伴奏に合わせて歌われる言葉は、微妙な気分や感情のひだをこまやかに表現する。
彼らがもっとも重視するのは、ストラクーだ。ストラクーは、地位、顔、霊力、評判、栄誉、それらが合わさって決定される。
赴任したシッセルは、宙港長のエステバン・ロルヴァーから仮面を借りた。悲しげで滑稽な〈月の蛾〉の仮面だった。ロルヴァーはこれならトラブルを回避できるというが、シッセルにはストラクーがまるで理解できない。
それから3ヶ月。
シッセルの仕事は、週に一回、人類学者のマシュー・カーショールを尋ねて楽器の手ほどきを受けることだけ。最低限必要な六種の楽器をなんとか弾けるようになり、さらには、魚が仮面をつけてないのを見てショックを受けるまでになった。
そんなころ、ハゾー・アングマークに関する指令が届く。
アングマークがカリーナ・クルゼイロ号に乗船している。シレーヌに着陸したら、逮捕、監禁すること。凶悪な暗殺者ゆえ、抵抗の気配を見せた場合は容赦なく殺すように、と。
電報の日付は、3日前。
あわてて宙港にかけつけたシッセルだったが、カリーナ・クルゼイロ号は到着済。アングマークの姿はなかった。
アングマークはシレーヌの商事代理人だったことがあり、風習には馴染んでいる。だが、シレーヌ人からすれば外星人であることは一目瞭然だ。外星人はシッセルを入れても四人しかいない。すぐに噂になると思われたところに、外星人の水死体が見つかる。
どうやらアングマークは、殺害した誰かと入れ替わっているらしいのだが……。
「最後の城」(浅倉久志/訳)
六星戦争のあと、3000年間にわたって地球は顧みるものもなくなった。やがて700年前、アルタイル星系の富み栄えた貴族たちが、いくぶんかは政治的不満もあったが、なかば気まぐれな動機で地球に帰ろうと決心した。
貴族たちはメックと農奴をつれてきて、奴隷として働かせた。
メックはエタミン星系のある惑星に発生した類人種族。農奴はスピカ第十惑星からきた小柄な類人種族だった。
ある日、メックたちは居住区域をからにし、獣車と工具と武器と電気機器を奪って立ち去った。九つある城砦のすべてが同じ状況だった。
城の運営はメックたちに依存している。メックのしてきた仕事ははばひろく、連れ戻そうにも、農奴は暴力行為には不向きな性格。そのうえ紳士たちは、メックがしてきたようなことはやりたがらない。
ヘゲドーン城では会議が開かれるが、なにも決められない。
まもなく、ハルシオン城がメックの攻撃を受けた、と一報が入る。どうやら全滅したようだった。
他の守りの弱い城のことが心配されたが、心配ごとはもうひとつある。宇宙船は〈故郷の星ぼし〉を結ぶ絆だ。どの宇宙船もこれまで一度も使われなかったが、損害から守らねばならない。
ヘゲドーン城のザンテンが宇宙船の格納庫へ向かうと、すでにメックによって就航不能にされていた。補修をしてきたのがメックだったため、残された紳士たちに修理はできない。
そして、ついに難攻不落と思われたジャニール城が陥落し、城の住人たちは全滅した。死をまぬかれたのは巨鳥たちだけ。これで、残る城はヘゲドーン城のみとなった。
ヘゲドーン城ではたびたび会議が開かれるが……。
ヒューゴー賞、ネビュラ賞、受賞作。
2018年08月09日
ムア・ラファティ(杉田七重/訳)
『魔物のためのニューヨーク案内』創元推理文庫
ゾーイ・ノリスは、仕事を求めていた。
それまでゾーイは、ローリーの新地球社でガイドブックの編集に携わっていた。取材部門と執筆部門の部長を任され、上司のゴドフリー・サリヴァンと深い仲になって公私ともに順調。そう思っていたのは、ゴドフリーが、実は妻帯者だったと知れるまで。
ゴドフリーの妻ルーシーに自宅に踏み込まれて荒らされても、ゾーイは隠れていることしかできなかった。警察に通報しても黙殺されるだけ。暴れているルーシーも共犯者たちも警察官だったのだ。
ゾーイはすぐさま辞職してローリーから逃げ出した。
こうして故郷のニューヨークに帰ってきたゾーイだったが、なかなか再就職できない。そんなとき、プラチナ社のライター募集の広告を見つけた。
プラチナ社は、旅行ガイドを出版する新しい会社。経験者を求めているという。ゾーイが勤めていた新地球社は、旅行ガイドを出版する業界において国内二位だ。ゾーイは自信をもって応募しようとするが、社主のフィリップ・ランドに門前払いされてしまう。
フィリップは、経歴は立派だが、社員と馴染めるとは思えないの一点ばり。説明しようともしない。
それでも食い下がるゾーイに明かされた真相は、彼らが〈稀少種〉だということだった。読者対象は〈稀少種〉だし、社員全員が〈稀少種〉。(モンスターは差別用語なので使ってはいけない)
ゾーイは、依然として興味をひかれている自分に気がつき、プラチナ社で働く決心をする。フィリップから、得がたい人材と大歓迎されたものの、不安がないわけではない。
フィリップはヴァンパイアだし、販売とマーケティングを担当するのは、水の精モルゲン。部下のライターたちには、死の女神グウェンやゾンビの社員もいる。インキュバスである広報のジョンに誘惑されたり、同僚たちと食事に行けば、持ち込み食糧と勘違いされる始末。
必死に慣れようと努力するゾーイだったが、予期せぬ事態が起きる。
新しく入った怪事(人事)部のウェズリーは人造人間(コンストラクト)なのだが、頭部に使われていたのは、元カレのスコットだった。元カレが死んで、切り刻まれて、蘇生した。あまりに気持ちの悪い偶然にゾーイは動揺する。
グウェンは、偶然ではあり得ない、裏があると言う。フィリップの指示のもと、ウェズリーについて調査が行われるが……。
大きな流れは、ゾーイが就職し、旅行ガイドを作ろうとあれこれ思案すること。〈稀少種〉のためのガイドなのですから〈稀少種〉のことを知らねばならない、とそちらの勉学に勤しみます。
さらに、ゾーイは、進行中の大きな陰謀に巻き込まれていきます。偶然でなく必然で。
サブストーリーのように語られるのは、メイ婆婆(バーバ)の存在。初登場は、ゾーイがまだ〈稀少種〉のことを知らなかったころ。ゾーイの認識は、頭のおかしいホームレス。
実は、メイ婆婆は〈稀少種〉狩りを請け負うこともあるような人物。当然〈稀少種〉からマークされてます。ゾーイは同僚から身を護るため、会社には内緒で、メイ婆婆の特訓を受けます。
考え抜かれた〈稀少種〉の生活様式、おもしろいです。軽いタッチで、おぞましさが軽減されているようでした。ニューヨークのことをよく知っていれば、もっと楽しめたのでしょうが……。
2018年08月11日
ソフィア・サマター(市田 泉/訳)
『図書館島』東京創元社
ジェヴィックの父は、広大な胡椒農園を経営していた。
ところは、ティニマヴェト島の西部、ティオム村。紅茶諸島に属しており、オロンドリア帝国の南にある。
父は一年に一度、オロンドリアの首都ベインへと旅立つ。香料市場で胡椒を商うためだ。
ある年父は、オロンドリア人のルンレを連れて帰ってきた。
ジェヴィックはルンレから、オロンドリア語を学んだ。島のキデティ語は文字を持たない。取引記録をつけるために使うのは木片だ。ジェヴィックは、はじめて見た本というものに魅せられてしまう。
ある日、父が急死した。
このときジェヴィックは22歳。すでにオロンドリア語を修得し、読み書きができる。ついに島をでる機会がめぐってきたのだ。
北へと向かう船旅でジェヴィックは、キトナ患者の少女と出会った。少女の名は、ジサヴェト。オロンドリアに渡り、山岳地帯にあるという治療の町、ア・レイ・リンに行くという。
北方は魔法の国で、偉大な魔法使いが大勢いると言われている。ジサヴェトの母は、異国の女神の神殿がある町でなら治し方が見つかるはずだと考えているらしい。しかし、キトナは遺伝性の業病で、治る見込みはない。
ジェヴィックはジサヴェトに、オロンドリアの本の話をする。
島では、言葉は息みたいなもの、オロンドリアでは言葉は息以上のもの。言葉は永遠に生きる。本を示し、言葉がこの中で生きている、と。
ベインについたジェヴィックは、華やかな街に夢中になってしまう。香料市場での取引きが終わると、いつも街をうろついた。そんなころ、ベイン名物の〈鳥の祭り〉がはじまった。
〈鳥の祭り〉は、愛と死の女神アヴァレイに捧げられている。ただ、国王によって、アヴァレイ教団の天使信仰は禁じられていた。アヴァレイの大巫女は〈浄福の島〉から出られず、祭りにも参加しない。
〈鳥の祭り〉で浮かれ騒いだジェヴィックは、ジサヴェトの幽霊に取り憑かれてしまう。アヴァレイ教団が天使と呼ぶ存在に。
島の信仰では、よい死に方をしなかった者は、死んだけれど生きている者たちの国へいく。おそらくジサヴェトは、ア・レイ・リンで亡くなり、遺体が火葬されなかったため、安らぎを得ることができずにいるのだ。
ジェヴィックは夢遊病者のようになってしまう。これでは船旅は不可能だ。ただひとりベインに残ったジェヴィックは、心を病んだ者の治療院である〈灰色の館〉に入れられてしまった。
ジェヴィックはジサヴェトを火葬するため、アヴァレイ教団と取引きをするが……。
世界幻想文学大賞・英国幻想文学大賞、受賞作。
このタイトルは、書物好きに向けてのメッセージだろうと思います。書物に関する描写には、心躍りました。が、図書館の物語ではないです。
とにかく、集中力が必要とされます。独自用語が多く、巻末に一覧が載っています。なんだったか忘れるたびにめくっていたら、集中力が削がれてしまったようです。
でも、またこの世界に浸りたくなります。傑作。
はやい段階で明らかになるので書いてしまうと、ジサヴェトの望みは、ヴァロン(本)を書いてもらうこと。自分は死んでしまったけれど、ヴァロンは永久に消えないから。
この、文字のないキデティ語の物語をヴァロンにする、ということにジェヴィックはおののいてしまうわけです。