航本日誌 width=

 
2024年の記録
目録
 1/現在地
 
 
 
 
このページの本たち
闇の狩人』池波正太郎
九人と死で十人だ』カーター・ディクスン
美しき血』ルーシャス・シェパード
第三の魔弾 コンキスタドール異聞』レイ・ペルッツ
ロボット』カレル・チャペック
 
ストレンジ・トイズ』パトリシア・ギアリー
迷路荘の惨劇』横溝正史
第四の扉』ポール・アルテ
ブロックルハースト・グローブの謎の屋敷』シルヴィア・ウォー
失われた世界』アーサー・コナン・ドイル

 
各年の目録のページへ…

 
 
 
 

2024年01月01日
池波正太郎
『闇の狩人』上下巻/新潮文庫

 雲津の弥平次は、盗賊・釜塚の金右衛門の片腕だった。釜塚一味の盗賊四十余名を束ねる首領のすぐしたで、小頭の立場にある。
 右脚の骨をいためたが、42歳になったこともあり、とにかく治りが悪い。盗賊仲間が、山深い谷間の〈坊主の湯〉を紹介してくれた。
 それから2ヶ月。
 その日弥平次は、山道で、ひろいものをした。散歩にでられるまでに回復し、人気のない山道をつらつらと歩いていたときだ。
 草むらの中に、若い侍が倒れていた。泥まみれの旅姿で、大刀の鞘だけを腰に帯し、中身はない。切傷と擦過傷の血がにじみ、かたく噛みしめた口からも血がひとすじ、ながれていた。
 おそらく、崖の上のどこかで斬り合いをしたのだ。そのうちに足をすべらし、崖から此処へ落ちたのだろう。
 弥平次は数人の声を聞き、追われているらしき若い侍をかくまった。自身も追われる者。人ごととは思えなかった。
 介抱をうけた若い侍はよみがえったが、なにもおぼえていない。いつまでも面倒をみるわけにもいかず、弥平次は脇差しと金15両をそえて渡してやった。そのとき、谷川弥太郎と名づけた。
 それから2年。
 雲津の弥平次は江戸にいる。釜塚の金右衛門が急死したが、弥平次としては、一味の首領をつぐのは柄ではないと思っている。
 一味を直接束ねてきたものは、雲津の弥平次のほかにふたり。五郎山の伴助と、土原の新兵衛がいる。このふたりのあいだで、一味は真っ二つに割れてしまった。
 さんにんで話し合いをするために、日が暮れてから弥平次は隠れ家を出た。そのとき新堀川の対岸で、辻斬りの現場を目撃してしまう。浪人は、谷川弥太郎だった。
 弥平次と別れた弥太郎は、放浪の旅をしていた。1年で金がつき、なにも食べられずに倒れているところを五名の清右衛門に助けられた。そのとき弥太郎は、弥平次に救われた経験から、清右衛門の人柄をうたがわなかった。
 清右衛門は、香具師の元締め。盛り場の見世物から物売り、屋台店、公許以外の売春組織をも牛耳っている。清右衛門は弥太郎の剣の腕前を知り、仕掛けをたのむようになった。
 金をもらって人を殺す稼業についている者を、この世界では仕掛人と呼ぶ。たのまれて仕掛人となった弥太郎だったが、弥平次への恩を忘れてはいない。
 弥平次は釜塚一味の対処をしつつ、ふたたび弥太郎を助けてやろうとするが……。

 時代小説。
 弥平次は弥太郎を手助けするし、逆もあり。
 釜塚一味のあれこれがあり、清右衛門のあれこれがあり、谷川弥太郎の過去のあれこれがあり、いろんなことが絡みあって展開していきます。人の縁ってこういうものなんでしょうね。
 どういう結末になるんだろうと思いながらさしかかった終盤には驚かされました。そういう選択をするのか、と。これは生半可の作家には書けないな、と。
 振り返ってみれば予兆はありました。納得しない人もいるかもしれませんが、やむなくそうしたのではなく、あらかじめ結末は決まっていたのだろうと思います。


 
 
 
 

2024年01月03日
カーター・ディクスン(駒月雅子/訳)
『九人と死で十人だ』図書刊行会

 マックス・マシューズは、ニューヨークの新進気鋭の新聞記者だった。怪我をするまでは。
 火事の取材中に撮影用のやぐらが崩れ、火のなかへまっさかさま。幸い、火傷を負う前に救出された。半身不随も免れたが片足を骨折し、足をひきずるようになってしまった。
 1年近く入院していたマシューズは、イギリスへ帰国することを決める。世界大戦がはじまっており、あちらにも仕事はあるはずだ。静けさを求め、エドワーディック号に乗船することにした。
 エドワーディック号は、兄で海軍中佐のフランシスが船長を務めている。軍需品輸送を担い、50万ポンド相当の強力な爆薬と爆撃機が積載されているため、乗客は少ない。急いでイギリスへ渡らねばならないような差し迫った事情がなければ、南欧航路の安全な定期船を選ぶのが普通だ。
 マシューズは船長から頼まれごとをされる。
 出航前、船倉から時限爆弾がふたつ発見された。船内をしらみつぶしに調査し、ほかの爆弾もなければ密航者もいないことは確認済みだ。だが、もしかすると、爆弾犯人が乗客のなかにいるかもしれない。
 船長に頼まれ乗客のようすに気を配るマシューズは、奇妙な話を耳にした。誰かが、夜中にナイフ投げの練習をしていたというのだ。標的代わりの紙がピンで留められ、それは女の顔だったという。
 その翌日、乗客のひとりエステル・ジア・ベイ夫人が殺された。のどをかき切られ、凄惨をきわめる、むごたらしい死に様だった。
 死体の右の肩甲骨付近には、親指とおぼしき血染めの指紋がべったりとついている。ややぼやけているものの、指紋は左腰あたりにもあった。
 死体はマシューズが発見し、事件は秘せられた。その間に、乗員乗客全員の指紋が集められる。鑑定作業が行なわれるが、血染めの指紋の持ち主がみつからない。
 この船に乗っているうちの、誰の指紋でもなかったのだ。
 事件の捜査は、秘密裏に乗船していた名探偵サー・ヘンリー・メリヴェールに委ねられるが……。

 《ヘンリー・メリヴェール卿》シリーズ11作目。
 ハウ・ダニットもの。
 作中、ヘンリー・メリヴェールが解決した過去の事件のことがチラチラっと出てきますが、そのくらいで、いきなり読んでも困ることはありませんでした。
 ヘンリー・メリヴェールは途中からの登場になりますが、その後もマシューズが主人公なのは一貫してます。

 出航から天気は荒れ模様。ドイツの潜水艦を警戒して暗かったり、雰囲気たっぷり。
 犯人の指紋と一致する人物がいないことも謎ですが、マシューズは、犯人がわざと指紋を残していったのではないか、と考えてます。怪しい言動をする人もいるし、スパイが乗っているという情報があったりと、一筋縄ではいきません。
 そうしたことがキレイに解決してスッキリ。 


 
 
 
 

2024年01月05日
ルーシャス・シェパード(内田昌之/訳)
『美しき血』竹書房文庫

 《竜のグリオール》シリーズ3
 カーボネイルス・ヴァリーの一帯は、竜のグリオールによって支配されていた。グリオールはひと時代を生きぬいたもっとも巨大な獣たちの一匹。何世紀もかけて成長し、背中までの高さは750フィート、尻尾の先端から鼻面までの長さが6000フィートある
 グリオールの殺害をまかせられた魔法使いは、最後の瞬間に失敗した。心臓がほぼ止まり、呼吸も途絶えたが、グリオールは生きのびた。ただし、もう動かない。

 肩口から尻尾まで、グリオールの体のほとんどは土と草木におおわれている。見る方向によってはすっかり風景に溶け込んで、谷を取り巻く丘のひとつに見える。
 今でもグリオールは、暗い霊気を送り出し続けている。

 テオシンテ市はグリオールの周囲に築かれた。横腹の真下には、最貧地区モーニングシェードがある。そのモーニングシェードに、リヒャルト・ロザッハーは住んでいた。
 ロザッハーは幼少期からグリオールに夢中だったが、テオシンテの人びとのように迷信じみた信仰の対象とはしていない。グリオールの意思が人間を支配しているなど、考えられないことだ。
 26歳になったロザッハーは科学的好奇心に突き動かされ、グリオールの血の研究をしている。グリオールの心臓が動くのは千年に一度。送り出される血液が凝固することはなく、なんらかの秘密があるのは明らかだ。
 グリオールの血を手に入れるには、巨大な口に入って舌から血を抜き取らねばならない。採血を依頼した男に割り増し料金を要求されたロザッハーは、暴力で解決しようとした。
 そのときはうまくいった。だが、すぐに暴力で返されてしまう。
 ロザッハーは怒った相手に、注射器を突き立てられた。グリオールの血が入っている、大切な注射器を。
 ロザッハーが最初に感じたのは、しびれるような冷たさだった。つぎに、強い幸福感をともなう温かさ。目に入るものすべてが美しく輝き、至高の存在へと押し上げられていた。
 グリオールの血は、まるで麻薬だ。禁断症状はなく、満足感と幸福感を得られる。心理的な中毒性は、ロザッハーを最貧から抜けださせるだろう。
 ロザッハーは自分で血を採りにいった。グリオールや、そこに棲むなにかの恐怖に押しつぶされそうになり、グリオールの口から転落してしまう。
 気がつけば、朝。ロザッハーは豪華な部屋に寝ていて、痛みもうずきもない。あの転落から、4年の年月が流れていた。
 新たな薬物〈マブ〉は、ロザッハーを裕福にした。ロザッハーはたびたび年月を飛ばしながら生きることになるが……。

 シリーズ最終巻。集大成的作品。
 シリーズ最初の短編「竜のグリオールに絵を描いた男」(『80年代SF傑作選』『竜のグリオールに絵を描いた男』収録)で主人公だった、メリック・キャタネイも登場します。
 ロザッハーは年月を飛ばしますが、その間の記憶は思い出していくので支障はないです。周囲の人びとは変わっていってるのにロザッハーは変わらない、そういう意味があります。
 ロザッハーの特異な経験はグリオールの意思なのか。
 まだまだ読みたかったですね。絶筆になってしまいましたが。


 
 
 
 

2024年01月09日
レイ・ペルッツ(前川道介/訳)
『第三の魔弾 コンキスタドール異聞』図書刊行会

 フランツ・グルムバッハはスペイン人の敵。コルテスの逆鱗に触れても逃げださず、三発の銃弾で勇敢にスペインの全無敵軍(アルマダ)と渡り合った。
 あれから多くの年月が流れている。グルムバッハも年老いて、義眼のためにガラスの大尉などと呼ばれるようになった。皇帝の陣営で消えかかっている焚火にあたり、過ぎ去った歳月のことを考えている。
 とにかく疲れていた。なにしろ15時間もの間、びっこの駄馬の背で揺られっぱなし。法王の不倶戴天の敵、ルッター派のザクセン侯をとらえて引っ立ててきたのだ。
 グルムバッハは皇帝の錬金術師に、過去の再現を依頼する。
 この1時間で3回も、グルムバッハの耳にはある年に関係のある声が聞こえていた。その年を再現したいと考えたのだ。
 錬金術師から杯にいっぱいの液体を渡されたグルムバッハは、呑み込んだ。硫黄の火のような味だった。息が止まりそうな感じがして、さながら心臓が燃えるよう。
 グルムバッハの耳に噂話が入ってくる。
 ガルシア・ノバロの最期は、なんとも惨めなものだった。ノバロは百発百中の銃弾を鋳造することができる男。ドイツ人の従僕と賭けをして火縄銃を巻きあげられ、コルテスに首吊りにされた。
 ノバロは、ドイツ人に銃を返してくれるよう、懸命に頼んだり、金を積んだりした。訴えは聞き入れられず、ノバロは片目のドイツ人の三発の銃弾に呪いをかけた。一発目は異教徒の王に、二発目は罪もない娘に、三発目はそのドイツ人本人に命中するように、と。
 グルムバッハは、錬金術師に求めた1年を思い出していく。
 かつてグルムバッハは、ラインの暴れ伯爵と呼ばれていた。だが、神聖ローマ帝国の名において追放され、国と貴族の身分、皇帝の寵愛を失った。そのとき旧世界から逃亡して、新世界へと逃れたのだ。
 新世界でグルムバッハたちドイツ人を助けたのは、インディオだった。かれらは、コルテスに激しく抵抗している。
 グルムバッハはインディオたちのために立ち上がるが……。

 歴史のIFもの。
 幻想寄り。
 南米大陸に、スペイン人の征服者(コンキスタドール)より先にドイツ人が上陸していた……という設定で展開していきます。そうした史実は確認されてませんが、あり得ないわけでもないそうです。

 とにかく分かりにくい話でした。
 最初に、呪われた魔弾のことが語られてます。そこから過去に飛んでグルムバッハの冒険が始まるのですが、どうにも、ごちゃついている印象が残ってしまいました。
 グルムバッハは落とし胤で、異母兄弟の公爵も新世界にきてます。このふたりの関係性も物語に入ってきて、さらに、二発目の魔弾が当たることになる娘の話もあります。
 読み切ったあとで最初から読み返すと、そういうことだったのか、とスッキリした気分になりました。一回だけで終わらせず、何度か読むべき本なんでしょうね。


 
 
 
 

2024年01月10日
カレル・チャペック(阿部賢一/訳)
『ロボット』中公文庫

 ロッスム・ユニヴァーサル・ロボット社(RUR)は、人造人間(ロボット)を製造している。
 1920年。
 偉大なる哲学者ロッスムは、海洋生物を研究するため、ある島に渡った。ロッスムが島で作り出そうとしていたのは、原形質(プロトプラズマ)という生きた物質に似たもの。そのとき、有望な物質を発見した。
 それは、1932年のことだった。ねばねばしたコロイド状のゼリーの塊が、生きた物質のような反応を見せている。ロッスムは、自然がうみだしたものとは別に、生命が進化しうるもうひとつの道を発見したのだ。
 ロッスムは研究をつづけ、臓器、骨、神経といったものを作り、触媒、酵素、ホルモンといった物質を発見していった。もはや何でも思いどおり。ロッスムは、人間の創造に挑んだ。
 ロッスムは、産業についてはこれぽっちも理解がない。知識をもつ労働機械を作るようになったのは、若いロッスムの代になってからだ。
 若いロッスムがしたのは、余計なものを省くこと。労働に直接役立たないものはいらない。人間を人間たらしめているものを排除し、若いロッスムはロボットを作った。
 ロボットは、驚くべき理性的な知能を備えている。その一方で魂というものがない。大量に製造され消費されていくロボットの登場で、ものの値段は落ちていった。
 若いロッスムもすでに亡い。そんなRURの島に、ヘレナ・グローリーが訪ねてくる。対応するのは、代表取締役のハリー・ドミン。
 ヘレナは人道連盟を代表している。連盟は、ロボットの保護と、ふさわしい扱いを求めていた。しかし、ロボットには人間のような感情はない。
 ヘレナには、人間とロボットの区別がつけられない。ロボットと話すが、戸惑うばかり。ドミンもヘレナを戸惑わせる。
 それから10年。
 ヘレナはドミンと結婚して、島に留まっている。
 このとき島の外の世界では、労働者がロボットに反旗を翻し、ロボットを破壊していた。対抗してロボットに武器が与えられ、大勢の人が殺されていく。
 戦争がいたるところで起き、島にも戦火が迫るが……。

 戯曲。
 設定の紹介、ドミンの求婚までが序幕。
 10年後から、第一幕が始まります。
 RURの人間ではないヘレナの存在が、物語の鍵となってます。
 序幕でドミンは、ヘレナを島にとどめるために強引な求婚をしてます。それはそのまま物語の都合のようでした。舞台で役者が演じているのを見れば、また違った印象になるのでしょうね。

 本作を読むまで、ロボットって、歯車を持った機械を想像してました。
 チャペックのロボットは有機物。ただ、寿命は短く、子孫を残すこともできません。労働には不必要なことだから。
 ロボットの製造法は、10年後でもRURが握ってます。RURがもっとうまく立ちまわっていれば、と思わずにいられませんでした。
 考えさせられます。


 
 
 
 

2024年01月19日
パトリシア・ギアリー(谷垣暁美/訳)
『ストレンジ・トイズ』河出書房新社

 その知らせがあったとき、ペットは姉のジューンと一緒に、プードルたちのテントをつくっていた。ビロードの縫いぐるみは外遊びには向かないが、秋用のうちが必要だと思ったのだ。
 このとき、ペット9歳、ジューン12歳。
 ふたりには、16歳になる姉ディーンがいる。ディーンにはワルい友だちが何人かいて、去年、おっかないカトリックの女学校にほうりこまれてしまった。ところが学校から脱走し、警察につかまったというのだ。
 その知らせで、母のリンウッドも継父のスタンも、ディーンのことで頭がいっぱい。ペットも、神様にこっちを向いてもらうためにできることを考える。
 聖書にならって犠牲を捧げるのはむりだ。手放せるものを持っていない。次善の策として、怖くてできないことに挑戦しようと思いつく。
 ペットにとって恐怖そのものは、ディーンの部屋だ。ガレージを改造したディーンの部屋は、昼間でも、ディーンがいるときでさえ怖かった。やりとげれば神様も感心してくれるだろう。
 こわごわとディーンの部屋に入ったペットは、奇妙なものを目にする。そして、赤い革表紙のノートを見つけた。ペットは、このノートを持ち去ろうと決める。
 それから一週間ほどがすぎ、一家は旅にでることになった。
 ディーンは大変な厄介事に巻きこまれているらしい。おかしな電話が度々あり、リンウッドとスタンは、しばらく家を離れたほうがいいと判断したのだ。
 最初の行き先がディズニーランドと聞いて、ペットとジューンは大喜び。ところが、楽しいはずのディズニーランドで、ペットは奇妙なアトラクションに入ってしまう。
 そこは、サミーのスノーランドといった。カヌーが一艘あるだけで、ひとりも並んでいない。ひとりだけいる係員は、ハマグリ色のスーツを着て、氷の色の目とペカンナッツのような肌をしていた。
 謎めいた魅力に惹きつけられたペットは、細長い黒いカヌーに乗ってサミーのスノーランドを体験する。カヌーは、真っ暗な長く続くトンネルで止まった。あの係員が乗った白いカヌーが近づいてくる。
 ペットは男から取引を持ちかけられた。一家の前途には、恐ろしい危険が待っている。だが、それと引き換えにできるものをペットが持っているという。
 ペットは、ディーンのノートのことだと直感するが……。

 60年代アメリカを舞台にした、マジック・リアリズムもの。
 三部作で、それぞれちがう年齢のペット視点で展開していきます。
 第一部は9歳となりますが、語るのは成長したペットです。9歳の言動ではあるものの、大人の思考が入り込んでいて、変化球的な味わいがありました。
 なお、ヴードゥー魔術が絡んでますが、イメージを借りただけ、という印象でした。

 この本では、猫がひどい目に遭います。


 
 
 
 
2024年01月23日
横溝正史
『迷路荘の惨劇』角川文庫

 《金田一耕助》シリーズ
 昭和25年10月。
 探偵の金田一耕助は、開業を控えたホテル名琅荘に招かれた。
 名琅荘はもともと、明治の権臣古館種人(たねんど)伯爵の別荘だった。北に富士山、南に田子の浦を臨み、風光明媚なところが気に入ったのだという。種人が、邸内のいたるところにどんでん返しや抜け穴を設けたために、迷路荘などともよばれている。
 種人の跡を継いだ一人(かずんど)は、凡庸のうつわで、放蕩がはげしく、浪費家でかつ見え坊だった。破産の一歩手前まで追いやられ、手元に残ったのは名琅荘だけ。
 やむなく一人は、後妻の加奈子を連れて名琅荘に移り住んだ。そのとき名琅荘には、加奈子の遠縁である尾形静馬がいた。まもなく一人は、加奈子と静馬の仲を疑いだす。
 昭和5年の秋、奥庭の東屋で加奈子と一人が斬り殺された。現場には切り落とされた左腕がころがっており、着衣から静馬の片腕と思われた。静馬の姿はなく、真相は分からない。
 おそらく、ふたりでいるところを一人が咎め、日本刀でもって加奈子を斬り殺し、静馬の左腕をも斬って落としたのだろう。それから静馬の逆襲に遭い、刀を奪われて殺されてしまったのだろう。
 血の跡は、名琅荘の背後の洞穴までつづいていた。奥には深井戸がある。そこで血痕が跡切れていたため、静馬は身を投じて自決した、と結論づけられた。
 一人の財産を受け継いだのは、先妻の息子である辰人(たつんど)だ。辰人も才覚がなく、とうとう名琅荘も手放すことになってしまう。こうして名琅荘は、篠崎慎吾のものとなった。
 篠崎は、戦後の新興財閥のひとり。篠崎が金田一耕助を呼んだのは、不審なできごとがあったためだった。
 金曜日の夕方、真野信也という男が名琅荘を訪れた。東京に滞在中の篠崎の紹介だということだったが、それは嘘だ。ダリヤの間に通された男は、忽然と姿を消した。応対した女中によると、左腕がなかったという。
 まもなく、一人と加奈子の21回忌だ。篠崎は名琅荘に、辰人と、辰人の叔父の天坊邦武、加奈子の実弟の柳町善衛を招いている。謎の男のことを放っておくこともできず、篠崎は金田一耕助に相談しようと考えていた。
 その矢先、古館辰人が殺されてしまう。その左腕は上着の下で身体にくくりつけられ、腕がないかのようにされていた。
 実は、辰人こそが、一人に加奈子と静馬の仲を疑わせた張本人。静馬は生きていたのか?
 警察の捜査がはじまるが……。

 探偵の金田一耕助が活躍するシリーズ。
 名琅荘には使用人と招待客のほか、篠崎慎吾の妻子もいます。
 妻の倭文子は後妻で、なんと古館辰人の元妻。篠崎が名琅荘を購入するときに知り合い、関係を深め、昵懇の間柄となっていることが辰人の知るところとなり、ふたりは離婚しました。そのとき、莫大な代償が払われたとか。
 それなのに、名琅荘に招くとは???
 さすがの金田一もびっくり。

 地下の秘密通路がたびたび出てくることもあって、じめじめ感が強かったです。風光明媚なところのはずなのに。
 金田一耕助の世界にぴったりとは思いますけど。


 
 
 
 

2024年01月24日
ポール・アルテ(平岡 敦/訳)
『第四の扉』ハヤカワ文庫HM

 戦争が終わって3年。
 ジェイムズ・スティーヴンズには、ふたりの親友がいた。
 ひとりは、隣の屋敷のヘンリー・ホワイト。父親のアーサーは高名な作家だが、ヘンリーはサーカスやアクロバットに熱中している。ジェイムズの妹エリザベスに恋しているが、なかなか言いださない。
 もうひとりは、ジョン・ダーンリー。赤レンガの大きな屋敷に暮らしている。ジョンが12歳のときまで、父のヴィクターは実業家として活躍していた。あの日以来、生きる意欲を失っているが。
 ある10月の晩のことだった。
 ジョンを連れて帰宅したヴィクターは、屋根裏部屋で自死した妻エレノアを見つけた。包丁を握ったエレノアは、突然の信じがたい狂気の発作にかられたのか、切り傷だらけ。
 以来、ヴィクターはふさぎ込み、会社は倒産、屋敷の一部を間貸しするはめになった。部屋は何組かの夫婦に借りられたが、すぐに出ていってしまう。どことなく雰囲気がおかしく、屋根裏部屋から奇妙な物音が聞こえるというのだ。
 ジェイムズが考えるに、ヴィクターが妻と再会するため、夜の闇に乗じて呪われた部屋に行っているのだろう。
 ジョンもエリザベスに恋していた。ヘンリーとは違い、ジョンはきちんと求婚している。
 エリザベスが恋しているのはヘンリーのほうだ。ただ、プライドが邪魔をして、自分からは言いだせない。エリザベスに頼まれたジェイムズは、ヘンリーに行動を促すべく会いに行った。
 その夜、ヘンリーの両親はロンドンに行っていて不在。分かってはいたが、夜中の3時をすぎても帰らず、ふたりは心配しはじめる。そのとき、自動車事故でヘンリーの母ルイーズが亡くなった電話が入った。  
 それから3週間。
 アーサーが昼食会を開いた。新しくダーンリーの屋敷に越してきたパトリックとアリスのラティマー夫妻も招かれる。
 アリスの美しさに、ヘンリーは興味津々。エリザベスはおもしろくない。突然ようすがおかしくなったアリスに一堂は驚くが、パトリックによると、アリスには霊能力があるという。
 アリスは、ルイーズと交霊しようとするが……。

 本格推理派の殺人ミステリ。
 殺人の容疑者が別々の場所で同時期に目撃されていたり、殺されたと思った人が生きていたり、とにかくいろいろ。エレノアの自殺が実は他殺だったんでは疑惑がでてきたりも。
 作者のアルテは、ジョン・ディクスン・カーの熱烈なファンだそうです。カーは、密室殺人や不可能犯罪を得意とした本格ミステリ界のレジェンド。
 古さを感じさせられたのですが、書かれたのは1987年でした。
 カーが好きでたくさん読んでいる人とそうでない人で、違う受けとめ方になりそう。


 
 
 
 

2024年01月26日
シルヴィア・ウォー(こだまともこ/訳、佐竹美保/絵)
『ブロックルハースト・グローブの謎の屋敷』講談社

《メニム一家の物語》
 ブロックルハースト・グローブの家々は、大きな広場の三方をぐるりととりかこむように建てられていた。どの屋敷も大きな一戸建てで、庭が生け垣でしっかりと囲われている。メニム一家は、大通りからいちばんとおく、四番地と六番地に挟まれた五番地に住んでいた。
 メニム一家がそこで暮らして、40年になる。だが、一家のことは近所でもほとんど知られていない。たまに出かけるときも、すっぽりと隠れる服と縁のついた帽子、もし天気が許せば大きな傘で顔を隠すようにしていたからだ。
 実はメニムたちは、人間ではなかった。全員が等身大の布人形だったのだ。メニムちは、血と肉ではなく、布と詰め物のパンヤで生きている。
 40年前に亡くなったケイト・ペンショウは、たぐいまれな裁縫の才能を持っていた。創造物が沈黙を破ったのは、ケイトが亡くなったあとのことだ。
 屋敷は、オーストラリアに住むケイトの甥チェズニー・ロフタスが相続した。メニムたちは電話をかけ、不動産代理業者を通じて店子としてひきつづき暮らしたい、と伝えた。すべて法律にのっとって進められ、現在にいたっている。
 最初のころは、ケイトが隠していた現金が役にたった。それからは、メニム一家の主マグナス卿が原稿を執筆したりするなどして稼いでいる。
 メニムたちは、 毎月きちんと代理業者に小切手を送ってきた。値上げにも応じてきたし、どこかを修理してほしいなんていったことは一度もない。
 10月の朝。
 オーストラリアから手紙が届く。
 チェズニーが亡くなり、甥のアルバート・ポンドが屋敷を相続したという。オーストラリアから出たことのないアルバートは、古き良きイングランドを訪ね、屋敷も訪問したいという。メニム一家と、友人として会いたいのだ、と。
 メニム一家は大慌て。正体を知られたら、なにをされるか分からない。なんとかしてアルバートと会わないように画策するが……。

 児童文学。
 冒頭で手紙が届きます。手紙はほんのとっかかり。
 アルバート問題以外にもいろんな事件があり、メニムたちの生活が綴られていきます。
 アルバートとどういうことになるのか、楽しみに読んでました。すごくいい人かもしれないし、秘密を守れない人かもしれない。
 予想外の方向に展開していって、びっくりしました。児童文学にとどまらないです。続編が書かれているのも納得。


 
 
 
 

2024年01月30日
アーサー・コナン・ドイル(中原尚哉/訳)
『失われた世界』創元SF文庫

 エドワード・D・マローンは、初恋の情熱に燃える23歳。
 ハンガートン氏の娘グラディスに求婚しようとしていた。グラディスは、美しく、気高く、真率で思いやりに満ちている。友人だが、宙ぶらりんの状態にはもう耐えられそうにない。
 ところが、告白する前からグラディスにたしなめられてしまう。
 グラディスには、殿方の理想像があるのだという。実行力と行動力があって、死に直面しても恐れず、偉業をなし、珍しい経験をしている男。英雄になる機会をつかむのが男性であり、そんな男性に愛でむくいるのが女性なのだ、と。
 マローンは〈デイリー・ガゼット〉紙の記者だ。早速、特派員としてどこかへ派遣してもらえないか打診する。マローンに提示されたのは、詐欺をあばくというものだった。
 エンモアパークのジョージ・エドワード・チャレンジャー教授は、有名な動物学者。2年前に南米へ単独調査旅行に出かけ、昨年帰国している。奇妙な動物を発見したと発表したが、大きな嘲笑を浴びただけだった。
 マローンは、一介の学生として面会をとりつける。チャレンジャー教授は新聞記者が嫌いなのだ。正体はすぐにばれてしまうが気に入られ、マローンもまた、チャレンジャー教授の話を信じた。
 南米アマゾンの奥地にいたときの話だ。
 チャレンジャー教授はインディオから、治療を急ぎ必要とする者がいると頼まれた。残念ながら、小屋にはいったそのとき、患者は事切れてしまう。その者はインディオではなく、白人だった。
 ナップザックの名札によれば、メープル・ホワイトという名前らしい。スケッチブックには、ステゴサウルスの絵が残されていた。
 河畔のインディオたちには、どの部族にも共通して伝わる、森の精霊クルプリの伝承がある。クルプリは悪辣で恐ろしく、忌避すべきもの。アマゾン一帯で恐怖の代名詞として語られている。
 メープル・ホワイトは、体力を消耗しきった状態で森の奥からやってきた。クルプリが棲むとされている方角だったという。
 チャレンジャー教授は調査しはじめる。だが、雨季に入り、食料も尽きかけ、巨大な断崖絶壁に阻まれてしまう。やむなく帰国するが、証拠のほとんどを持ち帰ることができなかった。
 チャレンジャー教授の画策で、主張を直接検証することが決まる。主導するのは、比較解剖学のベテラン教授であるサマリー氏。サマリー氏を助けるため、アマゾンへの旅行経験がありスポーツマンでもあるジョン・ロクストン卿、そして新聞記者であるマローンも参加が許される。
 3人はアマゾンへと旅立つが……。

 1912年発表の冒険小説。
 マローンの回想というスタイルで語られます。
 ロスト・ワールドものというサブジャンルができるきっかけとなりました。
 そこに住む動植物ごと大地が隆起し、垂直の断崖絶壁によって大陸全体から隔離されたために、普通なら絶滅するはずの生物が生き延びていた、と。
 ちなみに、恐竜絶滅の理由として隕石衝突説がでてくるのは1980年、それらしいクレーターが見つかったのは1991年です。

 読む前は、恐竜が次々とでてくくる展開を想像してました。でてきますし、恐竜によってピンチになったりはしますが、恐竜云々の話ではないです。
 冒険ものとして大満足。
 なにしろ、結末がいいです。すっきりとまとまって、登場人物たちのその後の人生を想像させる余地が残されていて。
 古さを感じさせませんでした。

 
 

 
■■■ 書房入口 ■ 書房案内 ■ 航本日誌 ■ 書的独話 ■ 宇宙事業 ■■■