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このページの本たち
竜のグリオールに絵を描いた男』ルーシャス・シェパード
タボリンの鱗』ルーシャス・シェパード
迷惑なんだけど?』カール・ハイアセン
物語 北欧神話』ニール・ゲイマン
テメレア戦記I 気高き王家の翼』ナオミ・ノヴィク
 
楽園の泉』アーサー・C・クラーク
竜に選ばれし者イオン』アリソン・グッドマン
SF的な宇宙で安全に暮らすっていうこと』チャールズ・ユウ
vN』マデリン・アシュビー
象牙の塔の殺人』アイザック・アシモフ

 
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2020年01月03日
ルーシャス・シェパード(内田昌之/訳)
『竜のグリオールに絵を描いた男』竹書房文庫

 《竜のグリオール》シリーズ1
 カーボネイルス・ヴァリーの一帯は、竜のグリオールによって支配されていた。グリオールはひと時代を生きぬいたもっとも巨大な獣たちの一匹。何世紀もかけて成長し、背中までの高さは750フィート、尻尾の先端から鼻面までの長さが6000フィート。
 ただし、もう動かない。肩口から尻尾まで、グリオールの体のほとんどは土と草木におおわれ、見る方向によってはすっかり風景に溶け込んで、谷を取り巻く丘のひとつに見える。
 グリオールの殺害をまかせられた魔法使いは、最後の瞬間に失敗した。心臓が止まり、呼吸も途絶えたが、グリオールは生きのびた。今でもグリオールは、暗い霊気を送り出し続けている。  

「竜のグリオールに絵を描いた男」
 横たわるグリオールの傍らにあるテオシンテ市は、長年、グリオールを殺してくれる者を求めていた。これまで、どんな計画もうまくいかなかった。1853年のある春の日、市の長老たちの前にメリック・キャタネイが現われるまでは。
 キャタネイは、グリオールの体に絵を描くことを提案した。絵の具は毒になりうる。鱗を染みとおった化学薬品が骨格を弱らせて、グリオールは崩れ落ちるだろう、と。
 かくして大事業がはじまるが……。
 他のアンソロジーで何度か読んでいるのですが、ようやく、グリオールは背景に過ぎないと気がつきました。記憶しているのは、殺されようとしている動けないグリオールのことばかり。
 背景に魅力がありすぎて、キャタネイの存在がすごく薄く感じてしまう。あくまでキャタネイの物語なのですが。グリオールに目がいってしまうのも、グリオールの力のせいでしょうか。

「鱗狩人の美しき娘」
 ハングタウンという村は、竜のグリオールの背中にあった。
 村の住人の多くは鱗狩人だ。グリオールの翼や体表から土を取り除き、ひびが入ったり割れたりした鱗を探し出して、削りとった破片をポート・シャンティで売りさばく。
 グリオールは彼らの存在をこころよく思っていない。狩人たちの重大な関心事は、竜の機嫌をとることにあった。
 鱗狩人のライオルは娘のキャサリンが生まれると、小屋の床下をグリオールの背中が出てくるまで掘った。そして、金色の鱗をむきだしにした上に、キャサリンの寝床を作った。竜のエキスが娘の体に染み込んで、竜の怒りをそらしてくれることを祈って。
 キャサリンはとても美しい女へと成長した。ただ、心はそうはいかず、自己中心的で、尊大で、人の心を傷つけることもあった。とうとう不幸に見舞われてしまう。
 暴漢に襲われたキャサリンが逃げ込んだのは、グリオールの口の中だった。
 キャサリンはエイモス・モールドリーの出迎えを受け、グリオールの体内で暮らすことになる。そこでは、フィーリーたちが居留地を築き上げていた。
 彼らはグリオールから指示を受けていた。キャサリンは、竜の心臓の秘密を知っていて、グリオールの深遠なる望みを伝えられる唯一の人なのだ、と。
 キャサリンは脱出を試みるが……。
 ローカス賞受賞作。
「竜のグリオールに絵を描いた男」より昔の話。キャサリンはグリオールの体内を探検します。死んでいるけれど死んでいない竜の体内が魅惑的。
 グリオールの〈暗い霊気〉というのがひしひしと。

「始祖の石」(旧題「ファーザー・オブ・ストーンズ」
 〈竜の宮殿〉の僧侶マルド・ゼマイルが殺された。犯人は、ポート・シャンティの宝石研磨工ウィリアム・レイモス。
 レイモスの妻は、3年前に亡くなっている。妻のぶんの権利は娘ミリエルに譲られ、ミリエルは、その半分の権利を宮殿に寄贈していた。ミリエルは僧侶のもとで、奔放かつ自堕落な服従の生活をしていたらしい。
 凶器となった〈始祖の石〉は、レイモスのもの。そのときゼマイルは儀式の最中で、ミリエルは生贄にされそうになっていた。
 自白があり、動機も明確。物証もそろっている。
 ところがレイモスは、弁護士アダム・コロレイに驚愕の証言をした。グリオールの意思のままに行動したのだ、と。
 グリオールが人に影響を与えることは知られている。だが、ポート・シャンティにまでは、その支配はおよばない。
 実は〈始祖の石〉の出所が、グリオールにあった。グリオールの天然物なのか、グリオールの遺物なのか、暗い体内の奥深くで作りあげたのか、正確なところは分からない。
 レイモスは、〈始祖の石〉を通じてグリオールに操られたのだと主張し、コロレイの助言を退けてしまう。コロレイは、前代未聞の弁護をすることになるが……。
 法廷ミステリ。
 「鱗狩人の美しき娘」のちょっと後の話。コロレイは〈始祖の石〉を巡る裁判で名を挙げようとします。調査したり、ミリエルから誘惑されたり、いろんなことが起こります。
 本当にグリオールの力は及んでいたのか。かなり深いです。

「嘘つきの館」
 あえて竜に近づく者がほとんどいなかったころ、後に都市となるテオシンテは、密生するヤシやバナナの木に囲まれた大きめの集落にすぎなかった。そのころテオシンテで泊まることができるのは〈嘘つきの館〉ただひとつ。余所で殺人犯となったホタ・コティエブも〈嘘つきの館〉に滞在していた。
 ホタには財産があり、働く必要はない。そこで、グリオールを題材にした木の彫刻に取り組んだ。それは、子供のころの遊びがそのまま趣味になったようなもの。才能をあらわすことはなかった。
 ホタがテオシンテにやってきて11年。
 ホタは、見たままのグリオールを描いた像を彫るつもりになった。それまで、もっと活発だったころの姿を想像して彫っていたのだ。
 ホタは、グリオールの見える丘に材料を運びこむ。そして、グリオールの鼻面の上空で舞う竜を見た。ブロンズ色の竜は、グリオールと比べるとずっときゃしゃ。雌のように思えた。
 竜がグリオールの広い背中に降下していくと、ホタは、竜を見たいという思いを強くし、グリオールを登っていく。ところが、ホタが出会ったのは竜ではなく、女だった。
 女はマガリと名乗った。自分とホタには、ともに進むべき道があるという。ホタは、マガリが竜の変身した姿だと気がつく。以来、マガリの世話をやくが……。


 
 
 
 
2020年01月05日
ルーシャス・シェパード(内田昌之/訳)
『タボリンの鱗』竹書房文庫

 《竜のグリオール》シリーズ2  
 カーボネイルス・ヴァリーの一帯は、竜のグリオールによって支配されていた。グリオールはひと時代を生きぬいたもっとも巨大な獣たちの一匹。何世紀もかけて成長し、背中までの高さは750フィート、尻尾の先端から鼻面までの長さが6000フィート。
 ただし、もう動かない。肩口から尻尾まで、グリオールの体のほとんどは土と草木におおわれ、見る方向によってはすっかり風景に溶け込んで、谷を取り巻く丘のひとつに見える。
 グリオールの殺害をまかせられた魔法使いは、最後の瞬間に失敗した。心臓が止まり、呼吸も途絶えたが、グリオールは生きのびた。今でもグリオールは、暗い霊気を送り出し続けている。

「タボリンの鱗」
 ジョージ・タボリンは、貨幣学者だった。趣味は、希少な古銭の収集。
 ジョージは、毎年春になるとテオシンテ市へ3週間ほど出かけ、モーニングシェードにある娼館で遊んで過ごした。モーニングシェードはジャンク品を扱う商店や屋台が多いことで知られている。
 そのころのテオシンテ市は、竜のグリオールを殺す事業が終わったところ。だが、本当に死んでいるのか、はっきりした証拠があるわけではない。
 その年ジョージは、ロットで買い求めた硬貨やボタンや錫のバッジの中に、ある小片を見つけた。年経て汚れて硬くなった黒っぽい革のようなもの。洗浄すると、中心部に青みがかった緑色の点がぽつんと見えてきた。
 居合わせた娼婦のシルヴィアが、子供のころにそれと似たものを見たという。その正体は、若い竜の鱗。グリオールみたいなでかいやつではなく、生まれたばかりの赤ん坊のもの。
 ジョージは、鱗をきれいにして磨きをかけていく。親指で鱗をなでると、強い日差しを浴びた平原に来ていた。シルヴィアも一緒に。
 シルヴィアはそこが、家も人も、横たわるグリオールもいないが、テオシンテのあった場所だと断言する。やがて、生きたグリオールと思われる竜が現れ、ジョージらは移動を余儀なくされてしまう。
 ふたりの生活がはじまるが……。

「スカル」
 グリオールが死ぬと、鱗や肉や臓器が、さまざまなかたちで保存され、売られていった。最後に運び出されたのが、頭蓋骨(スカル)だった。
 グリオールの頭蓋骨を購入したのは、テマラグアのカルロス八世。だが、ジャングルの中を1100マイル運ばれる間に亡くなった。
 テマラグアの支配者は次々と変わり、経済は破綻し、君主制が廃止された。頭蓋骨は放置され、濃密な植生によって覆い隠されてしまう。
 ジョージ・クレイグ・スノウは、テマラグアのいかさま慈善団体で働くアメリカ人。ある日、ヤーラという若い女と出会った。
 ヤーラはジャングルで暮らしているという。案内されてついていくと、頭蓋骨にたどりついた。
 ジャングルの中にひらけた場所があり、集落が形成されている。石器時代の暮らしの過酷な現実に厳しい都会の貧困を合わせたようなところだった。不思議なことに、人がいる気配はあっても話し声も音楽もない。静けさはまるで教会のようだ。
 広場のいちばん奥を占拠しているのが、ヤーラの住まいとなっている巨大な爬虫類の頭蓋骨。
 スノウはそこで4ヶ月を過ごした。
 ヤーラが言うには、居留地にいるのは信者たちだと言う。その信者たちに話を聞くと、自分たちは奇跡の原料だと語った。自分たちは、世界を変えることになる奇跡の原料となる。竜の生まれ変わりを手助けするために。
 恐怖を覚えたスノウは、アメリカに逃げ帰ってしまう。
 それから10年。
 ふとしたことからスノウは、テマラグアのカルト教団の記事を目にする。2年前のこと。総勢800名のメンバーを擁した教団が、崇拝する巨大な頭蓋骨とともに姿を消したという。教団のリーダーは、カリスマ性のある若い女性だという。
 スノウは仕事をやめ、テマラグアに飛んだ。昔のツテを頼りに、ヤーラの消息を尋ね歩くが……。

 テマラグアは、グアテマラのアナグラム。アメリカ人が登場することもあって「スカル」がもっとも現実世界に近い雰囲気。時代も現代ですし。
 《竜のグリオール》シリーズでは『竜のグリオールに絵を描いた男』に掲載されている作品の方が好みなのですが、こちらも、ずっと手もとに置いておくことになると思います。
 とにかく装丁がすごくいいんです。文庫本でこだわりが感じれる本って貴重です。


 
 
 
 

2020年01月14日
カール・ハイアセン(田村義進/訳)
『迷惑なんだけど?』文春文庫

 ハニー・サンタナは、フロリダはエヴァーグレーズ・シティに暮らしていた。離婚し、息子のフライを引き取っている。
 ハニーはルイス・パイジャックの鮮魚店で働いていたが、ルイスのセクハラに思わず木槌でなぐってしまった。
 仕事を辞めたハニーは、大自然に目をつける。エコツアーと称して、カヤックでマングローブの森を行く。友だちの話では、仕事は楽しいし、けっこういいお金になるらしい。
 そんな話をしているとき、電話がかかってきた。
 フライとの夕食の時間は貴重なものだ。それなのに、毎晩、どこの誰かもわからない人間に夕食を中断させられる。電話に出たハニーだったが、相手と口論になってしまう。そして、セールスマンの失言に大激怒。
 男を見つけだし、買えないものを売りつけてやる!
 ハニーは決心するが……。
 一方、リレントレス社のボイド・シュリーヴは、ハニーとの電話で暴言を吐いたためにクビになっていた。ボイドは外見とは裏腹に、その声は滑らかで、さわやかで、じつに感じがいい。電話セールスに特性を見いだしていたが、会社はそっけなかった。
 そのころボイドは、同僚のユージェニー・フォンダと浮気中。妻のリリーには失業したことは言えない。ユージェニーとの関係もどうなるか分からない。
 そんなとき、セールス電話がかかってくる。相手は、フロリダの不動産会社。今なら無料の体験旅行に、テン・サウザンド諸島をカヤックで行くエコツアーがついてくるという。土地は買わなくてもいい。
 ボイドは、無料の往復航空券にそそられ、エコツアーへの参加を決める。ユージェニーを連れて旅立つが……。

 軽快な群像劇。
 ハニーは、フライ第一で強迫観念にとりつかれている女性。ボイドのような男はフライへの脅威になると考えていて、孤島におびき寄せ、根性を叩き直してやろうとします。
 ペリー・スキナーは、ハニーと離婚した元夫。今もハニーのことを気にかけてます。ルイスのセクハラ行為を知って、指をちょん切るように画策したりします。
 サミー・タイガーテイルは、セミノール族の血をひくネイティブ・アメリカン。身を隠す必要性に迫られ、テン・サウザンド諸島に潜んでます。
 その他大勢。登場してくる人物のほとんどに、さまざまなエピソードがありました。
 死体があって、そちら方面でも展開していくのでは、と期待したのですが、それはありませんでした。夢に出てくるくらい。
 死んでしまった人のことも知りたかったな。


 
 
 
 

2020年01月17日
ニール・ゲイマン(金原瑞人/野沢佳織/訳)
『物語 北欧神話』上下巻/原書房

 北欧神話を現代文で語り直したもの。『散文のエッダ』と『詩のエッダ』が主な出典元。巻末に用語集も完備。
 かなり分かりやすく、やさしいつくり。神々のダメダメっぷりは理解不能ですけど。いろんな物語で耳にしたことのある名称がいくつもてできて、これが出所だったのか、と驚かされました。
 北欧神話の特徴は、神々の死が定められていること。まだ神々が生まれる前、最初の創世のときにはすでに霜の巨人スルトが存在していて、燃える剣を持っています。スルトは〈ラグナロク〉が訪れたとき、世界を焼きつくし、神々をひとりずつ倒していきます。
 元々がいろんなエピソードの集大成のため、つじつまが合っていない箇所があります。それは仕方のないことなので、あえてそのままになってます。

 「序文」で執筆にいたった顛末などを、最初の「北欧神話の神々」で、主な神々の紹介があります。
 頻繁に登場するのは、アース神族の主神オーディン。勇敢な戦死者たちをヴァルハラでもてなします。
 雷神トールは、オーディンの息子。力が倍になるメギンギョルズという帯をつけ、強力な槌ミョルニルを愛用してます。
 ロキは巨人の子ですが、オーディンと血の誓いを交わした義兄弟でもあります。策略家で、しばしば災難を引き起こします。
 フレイとフレイヤの兄妹はヴァン神族。アース神族との和平の印として、アース神族たちの世界〈アースガルズ〉に住んでます。

「始まりの前と、それから」
 創世物語。
 オーディンが〈万物の父〉と呼ばれるようになった経緯。
 北に霧のニヴルヘイム、南に火のムスペッルがあり、他はなにもなかった。やがて、ニヴルヘイムとムスペッルのはざま、ギンヌンガガプで命が生まれ、巨人の祖先ユミルが生まれた。ユミルの子どもたちは増えていき、オーディン、ヴィリ、ヴェーの三兄弟が生まれた。
 三人がユミルを殺すことで、世界が生まれる。

「ユグドラシルと九つの世界」
 九つの世界が接するところにある世界樹ユグドラシルについて。

「ミーミルの首とオーディンの目」
 巨人のミーミルは賢者で、記憶の守り手。ミーミルのもとへ知恵を求めてやってきたオーディンは、ミーミルの泉から水を飲むために片目をさしだす。

「神々の宝物」
 トールの妻シヴの髪が失われた。ロキのいたずらのせいだった。激怒したトールはロキを脅し、ロキは一計を案ず。
 トールの槌ミョルニルなど、名だたる秘宝が誕生する。

「城壁づくり」
 アース親族がヴァン神族と和平を結んだばかりのころ。アースガルズは外敵からの守りが十分とはいえず、神々は城壁が必要だと考えた。
 そこに見慣れない男がやってくる。男は、18ヶ月で神々の求める城壁を作るという。見返りは、美しい女神フレイヤと、太陽と月。
 フレイヤは大反対。だが、完成するとは思えなかったため、神々は期間を短縮したうえで条件をのんでしまう。

「ロキの子どもたち」
 ある日、オーディンは夢をみた。
 ロキがひそかに、霜の女巨人との間に3人の子どもを設けており、彼らは将来、神々にとって最大の敵になるらしい。オーディンは神々を呼び集め、巨人の国ヨトゥンヘイムまではるばる旅をして、ロキの子どもたちを捕らえた。
 一番目の子は、ヨルムンガンドという名の大蛇。あらゆる国の果てにある、ミズガルズをとりまく大海に放した。
 二番目の子は、右半分は美しく、左半分は死斑が浮き出ていた。ヘルという名で、最も深い暗黒の場所の支配者とした。
 三番目の子は、フェンリルといった。アースガルズに連れてきたときには子犬ほどの大きさだったが、またたくまに成長し、巨大なオオカミとなった。神々はフェンリルを縛っておくことに決める。

「フレイヤのとんでもない結婚式」
 トールの槌ミョルニルが、霜の巨人の王スリュムによって盗まれた。スリュムは、美しいフレイヤを妻にできたら、花嫁への贈り物として婚礼の夜に返すという。
 話を聞いたフレイヤは大激怒。代わりにトールが花嫁に変装して巨人の国にいくことになる。

「詩人のミード」
 クヴァシルは、アース神族とヴァン神族との祝宴で生まれた。神々のなかでいちばん賢く、明晰な頭脳と、温かい心を併せ持っていた。
 旅にでたクヴァシルだったが、小人の兄弟に殺されてしまう。兄弟はクヴァシルの血から、ミードを作った。この特別なミードは、知恵と詩の才能を授けてくれる。
 兄弟は、ミードのために巨人のギリングとその妻を殺した。ところが、ギリングの息子スットゥングに捕らえられてしまう。仕方なく、命とひきかえに詩人のミードを渡した。
 詩人のミードの話は、オーディンの耳に入る。

 ・・・ここから下巻・・・

「トールの巨人国への旅」
 ある日、シャールヴィの暮らす農場に、ロキとトールがやってきた。ふたりは、巨大な二頭の山羊〈うなるもの〉と〈くだくもの〉がひく戦車に乗っていた。
 きびしい冬のために肉がなく、トールは自分の山羊を提供し、骨はそのまま残し肉だけを食べるように命じた。シャールヴィはロキにそそのかされ、こっそり骨髄を食べてしまう。
 翌朝になってトールが二匹の山羊をよみがえらすと、〈くだくもの〉の後ろ脚が折れていた。トールは怒り、シャールヴィは罰としてトールの奴隷となる。
 トールとロキとシャールヴィは、巨人の住むヨトゥンヘイムの外れウートガルズをおとずれる。ウートガルズでは能力を試される。

「不死のリンゴ」
 ヨトゥンヘイムの外れの荒れた山地を、トールとロキとヘーニルが探検していた。そこに、みたこともないほど大きなワシが現れ、ロキがさらわれてしまう。命の危険を感じたロキは、ワシの条件をのむ。
 ワシは、イズンと、イズンの不死のリンゴをもらいたいという。神々は年をとるとイズンのところへいき、リンゴをもらって食べる。すると若さと強さを取りもどすことができるのだ。
 ロキはイズンをだまし、ワシにイズンとリンゴをさしだした。実はワシの正体は、巨人のシャツィだった。
 やがて神々はイズンの不在に気がつき、ロキに疑いがかかる。ロキは、イズンとリンゴをとりもどすため、ハヤブサになってシャツィの館へ向かう。

「ゲルズとフレイの話」
 フレイは、ヴァン神族のなかでいちばん力が強かった。顔立ちもよく、気高くて、戦士であると同時に恋多き神でもあった。だが、自身ではいつも何かが足りない気がしていた。
 ある日フレイは、オーディンが館を留守にしているときに玉座に座り、九つの世界を見わたしてみた。そして、北にひとりの美しい娘を見つけ、心をうばわれてしまう。娘は、大地の巨人ギュミルと、山の巨人アウルボザの娘ゲルズだった。
 フレイの話を聞いた光の妖精スキールニルは、使者に立つ報酬として、フレイの無敵の剣を要求する。

「トール、ヒュミルと釣りにいく」
 神々の一団が、海の巨人エーギルの館にやってきた。エーギルは神々に、宴のための、全員分のビールを醸造できる大釜を頼む。
 戦いの神チュールによると、継父である巨人の王ヒュミルが、深さが5キロメートルもある釜を持っているという。そこでトールが、チュールとつれだってヒュミルに会いにいった。
 ヒュミルは釣りの名人として知られる。トールはヒュミルと一緒に釣りにいくと、雄牛を餌に使って、ミズガルズ蛇のヨルムンガンドを食いつかせた。一方、ヒュミルは二頭のクジラを釣った。
 トールはヒュミルの頼みを聞いたうえで交渉するが、ヒュミルは世界一の醸造釜を貸したくないという。ただし、あるコップを壊せたら、大釜をくれるという。
 トールはヒュミルの挑戦を受ける。

「バルドルの死」
 バルドルはオーディンの二番目の息子で、すべてのものに愛されていた。アース神族のなかで最も賢く、最もやさしく、最も雄弁だった。
 だが、悪夢をよくみた。その意味は誰にも分からない。そこでオーディンは、あらゆる夢の意味を知っていたという死んだ女の占い師に会いにいった。
 死んだ女はオーディンに、バルドルの死とロキの解放を予言する。だが、ロキはまだ捕らえられていない。
 オーディンは女から聞いたことを、妻であり神々の母であるフリッグにだけ打ち明けた。フリッグは地上を歩きまわり、出会ったすべてのものに、バルドルを決して傷つけないと誓わせる。ただ、ほかの木に寄生するヤドリギだけは、危害を及ぼすようにはみえなかったので、話しかけずに通り過ぎた。
 ロキはヤドリギのことを知り、バルドルの弟である盲目のホズをだまして、バルドルを殺させてしまう。

「ロキの末路」
 秋になり、エーギルの館で恒例の宴が催された。ロキはビールを飲みすぎて酔っ払い、騒ぎを起こしてしまう。
 翌朝、ロキも酔いが覚めて、前の晩にしたことを思い返した。ロキは恥を知らなかったが、神々を怒らせすぎたことはわかっていた。そこでロキはサーモンに姿を変え、高い滝の滝壺に隠れた。
 ロキの家にやってきた神々は、ロキの策略を見抜く。

「ラグナロク−−神々の終焉」
 世界の終わりについて。
 ついに神々に終焉が訪れる。その後、世界は新しくなる。


 
 
 
 

2020年01月19日
ナオミ・ノヴィク(那波かおり/訳)
『テメレア戦記I 気高き王家の翼』ヴィレッジブックス

テメレア戦記》第一作
 19世紀初頭。
 フランスではナポレオンが権力を握り、大陸全土を狙っていた。イギリスが最大の敵国として立ちふさがっていたが、優位にあるわけでもない。
 ウィリアム・ローレンスは、英国海軍リライアント号の艦長。嵐のあった翌日、フランスのフリゲート艦を拿捕する。船倉で見つかったのは、ドラゴンの卵だった。
 ドラゴンの卵は、同じ重さの金塊1000倍の価値を持つ。乗組員たちは喜ぶが、卵の硬化がはじまっており、まもなく孵りそうな状態になっていた。マデイラ島に到着する前に生まれてしまうだろう。
 イギリスは、竜の調教技術や飛行技術は優秀なのだが、繁殖技術におとり、絶対的な数が足りていない。専門家がいない中、生まれた竜の子にハーネスを装着しておくことが責務となった。
 生まれたてのドラゴンが誰かと口をきき、ハーネスの装着を許したら、その人間とドラゴンは終生の絆を契ることになる。その絆があるからこそ、人は竜を操れるようになる。その契りゆえに、飛行士は人並みに土地に根づく人生を望めないし、家庭を営むことも、社交生活すらもむずかしくなる。
 海軍と空軍は仲が悪い。海軍に、飛行士にはなりたがる者はいない。飛行士になることは、人並みの人生を放棄するのと同じことなのだ。
 ローレンスや乗組員が見守る中、ドラゴンの子が生まれる。そして、ドラゴンの子が選んだのは、ローレンスだった。
 ローレンスは衝撃を受けるが、どうしようもない。ドラゴンにテメレアと名づけた。戦列艦テメレア号が帆走するときの優美な姿が脳裏にあった。
 マデイラ島に到着したローラントはリライアント号を離れ、空軍所属となった。ロック・ラガン基地に配属が決まる。スコットランドのインヴァネスシアにある、空軍の秘密基地のひとつだ。
 ドラゴンだけでなく、ローラント自身も訓練が必要だった。空軍のやり方にとまどうローレンスだったが……。

 改変歴史もの。
 ナポレオンとかネルソン提督とか、歴史的有名人がいて、海戦も勃発します。史実にドラゴンを絡ませているのが特色。
 若年層向けなのか、ローレンスがすごく若い印象でした。艦長なのでそこそこの年齢のはずですが、言葉の選び方に若さを感じます。
 物語の序盤で、テメレアが、中国が門外不出にしている希少種だと知れます。(清王朝の時代ですが、あえて中国表記にしたようです)
 なぜ、フランスのフリゲート艦が持っていたのか。護衛がいなかったのはなぜか。そういったミステリ部分もあります。が、今作では憶測のみ。
 シリーズものの初巻なので、今後、いろいろと展開していきそうです。


 
 
 
 

2020年01月25日
アーサー・C・クラーク(山高 昭/訳)
『楽園の泉』ハヤカワ文庫SF1546

 カーリダーサは、タプロバニーの国王だった。父王からその地位を奪いとり、異母弟を追放した。霊山スリカンダの僧侶たちとは対立し、巨岩ヤッカガラに空中宮殿を築きあげた。
 それから2000年。
 ヴァニーヴァー・モーガンは、地球建設公社技術部長。担当は陸地部門だったが、密かに、宇宙エレベーターの構想をあたためていた。
 いまのところ人類は、宇宙への輸送手段をロケットに頼っている。だが、ロケットには致命的な弱点があった。騒音や大気汚染といった深刻な問題を抱えているのだ。
 モーガンは宇宙エレベーターを、宇宙への橋だと考えていた。開発された超繊維で、静止軌道上の衛星と地上とをでつなぐ。ロケットは不要になり、宇宙はぐっと近くなる。
 モーガンは、タプロバニーのスリカンダ山に狙いを定めた。さまざまな条件を考えた結果、その場所がもっとも適していることが分かったのだ。問題は、先客がいることだった。
 スリカンダ寺院のマハナヤケ・テーロ師は、にべもない。モーガンは、公共工事であることを理由に裁判を起こすが、破れてしまう。
 失脚し、隠遁生活に入ったモーガン。そこへ、仕事の依頼が舞いこんだ。火星が宇宙エレベーターを欲していたのだ。
 モーガンは火星行きを決断するが……。

 クラークの代表作のひとつ。
 主軸は、モーガンの手がける宇宙エレベーター。そこに、アルファ・ケンタウリの方角から送られてきた電波信号が絡んできます。それから、カーリダーサの物語は単なる導入部にとどまらず、効果的に使われてます。
 クラークらしく、風味はあっさり。
 読むたびに印象に残るのがちがう場面、という不思議。何度読んでも、美しいのです。


 
 
 
 
2020年01月27日
アリソン・グッドマン(佐多千織/訳)
『竜に選ばれし者イオン』上下巻/ハヤカワ文庫FT

 〈天竜の帝国〉を守護するのは12頭の竜たち。
 竜は、12年でひと巡りする天獣になぞらえられている。どの竜も、12の神聖な方位の守護者であり、大徳のひとつの守り手。毎年元日に周期は巡り、次の獣の年がはじまる。その年の竜は昇竜となり、力が倍になる。
 記録されていないほどの遠い昔、人間と霊獣のあいだで取り決めが結ばれた。以来、12人の竜眼卿がそれぞれの竜の声を聞き、その力を操る。
 新しい年が訪れるたび、12年前に誕生した12人の少年が昇竜位にある竜と向き合い、そのうちのひとりが選ばれる。12年前に選ばれた見習いは新しい竜眼卿に昇進し、全権を握る。それまでの竜眼卿は引退する。
 自分の生まれ年の竜を見ることができるのはまれな才能だ。それ以外の波動の竜を見ることができるのはさらに珍しい。
 イオンは、かつて虎の竜眼卿だったブラノンによって見いだされた候補生。塩田にいたところを買い取られて4年前がたつ。イオンには、すべての波動の竜が見られた。
 この10年でブラノンは、6人の候補者を訓練し、その全員がしくじっていた。 財産は干上がりかけている。ブラノンにとって、イオンが最後の望みだった。
 イオンには秘密がある。実は、16歳で、イオナという名の女だったのだ。
 イオンは儀式にのぞむが、選ばれることはなかった。ところが、突然、鏡の竜が現れ、イオンは竜の声を聞いた。
 鏡の竜は、500年前に姿を消した幻の竜。資料はほとんど残っておらず、謎につつまれている。鏡の竜には、昇竜位にある鼠の竜さえお辞儀をしていた。
 イオンは鏡の竜から要求される。世界に向かって自分の名を叫び、竜との結びつきが真実であることを祝わねばならない、と。だがイオンにとって、女であることを明らかにすることは、死を意味する。イオンは拒絶し、竜と結びつかないままに気を失ってしまう。
 気がつけばイオンは、鏡の竜眼卿となっていた。鼠の竜眼卿とならび、共同昇竜位として評議会の席が与えられる。
 そのころ、宮廷も竜眼卿の評議会も、皇帝と皇帝の弟セソンによって二分されていた。皇帝は病におかされ、皇子はまだ若い。
 イオンは権力闘争にまきこまれていくが……。

 中華風ファンタジイ。
 12の天獣は中国の12支がベースになってます。日本とは微妙に異なりますが、とっつきやすいです。ちょうど今年は子年ですから、いいときに読んだな、と。

 イオンには、誰が味方なのかが分かりません。そのため、鏡の竜の力が操れていないことをブラノンにも隠してます。ひとりで解決しようとしますが、得られたかもしれない助言が与えられず、事態を悪化させてしまいます。
 舞台を説明するためにかなりの文量が割かれているため、上下巻ですが、紆余曲折はないです。イオンの「迷い」はあるものの、かなりすんなりと展開していきます。

 なお、本作は二部作の一冊目でして、終わってません。


 
 
 
 

2020年01月31日
チャールズ・ユウ(円城 塔/訳)
『SF的な宇宙で安全に暮らすっていうこと』
新☆ハヤカワ・SF・シリーズ

 チャールズ・ユウは、タイムマシンの修理とサポートを担当する技術者だった。手間賃仕事を請け負っているが、このごろではそれも減りがち。
 そこはTM−31型娯楽用タイムマシンの内部で、外部からは孤立していた。時制オペレータのギアを〈現在−不定形(P−I)〉にセットしたまま、漂いつづける。
 父は行方不明。
 母は時間ループの中に閉じこもってる。いつでも、日曜日の夕食どきの1時間。楽しそうに夕食をつくり、仮想版のユウと会話している。
 ユウはマネージャーからの電話で、メンテナンス予定を超過している現実を突きつけられる。しぶしぶ中央港へと向かった。そして、未来の自分を目撃してしまう。
 本来、SF的な宇宙で自分自身を目撃したときには一目散に逃げねばならない。ところが、パニックを起こしたユウは、実験段階のパラドックス中和用試作兵器を抜き、撃っていた。
 未来の自分は死ぬ間際、 本について語った。
 ユウにはなんのことだか分からない。ただ、誰もが恐れる展開にはまったことは分かる。時間のループにとらわれてしまった。
 ユウはタイムマシンに乗って逃げるが……。

 ユウの一人称小説。
 死ぬ前の自分に託された本のタイトルが、『SF的な宇宙で安全に暮らすっていうこと』。タイムマシンの操作盤の上で発見されます。
 行方不明の父のことがクローズアップされて、家族小説になってます。
 少々、気もそぞろなときに読んでしまいまして。おもしろさを掴みきれませんでした。もったいないことをしました。
 おそらく、時間のあるときにじっくりと読むべき本。


 
 
 
 

2020年02月09日
マデリン・アシュビー(大森 望/訳)
『vN(ブイエヌ)
新☆ハヤカワ・SF・シリーズ

 〈vN(ブイエヌ)〉は、フォン・ノイマン式自己複製ヒューマノイド。
 開発したのは、教会だった。世界規模の巨大な教団で、いますぐにでも携挙が起こるとかたく信じていた。
 そのときには、哀れにも神の怒りに触れて地上にとり残される者がでてくる。残された人びとには伴侶が必要になるだろう。けっして人間を傷つけない配偶者が。
 こうして、安全機構(フェイルセイフ)が組み込まれたvNが生まれ、人間と変わらず暮らすようになった。専用の食品を食べ、フェイルセイフに配慮されたテレビ番組を見て、複成することによって子どもを生む。子どもは親と同じ外見、特質をもっており、系統(クレード)が形成されていった。
 エイミーは、5歳のvN。
 シャーロットの娘で、人間のジャック・ピータースン共々、3人家族として暮らしている。ジャックは、エイミーを人間と同じように育てたいと考えていた。
 通常、vNの成長は早い。速度をコントロールするには、成長を抑制するダイエット食が欠かせない。それは、エイミーを常に飢餓状態に置くことでもあった。
 エイミーは人間の5歳児と同じように、幼稚園に通っている。友だちはいない。フェイルセイフがあるために、人間の子どもと遊ぶことが難しかった。
 エイミーの卒園式の日。
 会場に、シャーロットの母ポーシャが現れた。強引なポーシャは、エイミーを連れ去ろうとする。妨害した子どもが殺され、会場は大混乱。
 シャーロットがかけつけポーシャと対決するが、劣勢だった。ジャックに連れ出されたエイミーは、母親を助けようと戻ってしまう。エイミーはポーシャに噛みつき、飢餓状態にあったために、食べてしまった。
 エイミーは急激に成長した。さらには、フェイルセイフが壊れていることが発覚する。
 エイミーは捕らえられてしまう。
 囚人となったエイミーは、内なる声に気がつく。ポーシャだった。エイミーはポーシャを吸収し、同居することになってしまっていた。
 エイミーは、同じくvNの囚人で脱獄を狙っていたハビエルに助けられ、逃走するが……。

 エイミーが主人公のヒューマノイドもの。
 冒頭はジャック視点で、基礎的なことが説明されます。
 メインは、エイミーの逃避行。ただ、このエイミーが5歳児をひきずった印象で、急激に成長するvNとしてどうなのかな、と。
 何度か怒濤の展開があって、おもしろいんでしょうけど、どうも、作者が思い描いている絵面を受け取りそこねたようです。


 
 
 
 

2020年02月11日
アイザック・アシモフ(池 央耿/訳)
『象牙の塔の殺人』創元推理文庫

 ラルフ・ノイフェルトが死んだ。
 ノイフェルトは3年前に学士号を取り、修士課程を終えて博士課程に進んでいた。博士課程の大学院生は、教官の監督なしに実験を行なう。その実験のさなかの出来事だった。
 発見したのは、化学の助教授ルイ・ブレイド。
 ブレイドには指導している学生が4人いる。そのうちのひとりがノイフェルトだった。
 その日ブレイドはいつものように、帰宅前に実験室を覗き、声をかけようとした。そして死んでいるのに気がついた。
 死後2時間。シアン化物が原因だった。
 ノイフェルトは、酢酸ナトリウムとシアン化ナトリウムを取り違えたらしい。だが、几帳面なノイフェルトは、実験の前にすべてを用意していた。一列に並べたフラスコを左から順に毎日ひとつずつ使っていくのだから、ひとつだけ間違えたとは考えにくい。
 何者かが実験室に入り込み、フラスコをひとつだけすり替えたのだ。特定の日に使うように。ノイフェルトの実験を知悉していた人物による、周到な計画。
 ブレイドは、自分が疑われることを恐れた。なにしろ、もっとも機会があったのは自分なのだ。
 ブレイドの助教授生活は11年におよぶ。毎年契約更新をしなくてはならない不安定な立場だ。その上の准教授ならば終身在任資格が得られるのに、毎年昇進を見送られてきた。ここで問題を起こしたくはなかった。
 そもそもノイフェルトは、問題児だった。あちこちで軋轢を起こしている。ブレイドとしては、ノイフェルトとうまくやろうと努力してきた。
 ところが、学部長の秘書ジーン・マクリスは、ノイフェルトがブレイドを憎んでいたと告げる。なぜジーンがそんなことを言うのか、分からない。
 ノイフェルトを殺したのは誰なのか。
 ブレイドは独自に調べようとするが……。

 SF作家の大御所アシモフによる長編ミステリ。
 発表が1958年のため、人びとの思考回路は古め。アカハラ、セクハラ、あたりまえ。当時だって、大事にすれば大問題ではあるものの、誰も声を上げていない状況です。
 ブレイドはクヨクヨと、誰が犯人だろう? と考えつづけます。作中、転機が訪れて開き直り、物語的にもそのあたりから加速していきます。
 なお、警察の捜査もあります。担当するのは、ジャク・ドヒーニ。ちょっと刑事コロンボに似た感じ。この人がまた、いいタイミングで現れるんですわ。
 化学の知識は豊富だけど捜査は素人なブレイドと、人間観察のプロ中のプロであるドヒーニとの対比があざやかでした。

 
 

 
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