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2012年の記録
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このページの本たち
シップブレイカー』パオロ・バチガルピ
ドルイドの歌』O・R・メリング
重力が衰えるとき』ジョージ・アレック・エフィンジャー
太陽と月のアラベスク』リサ・ゴールドスタイン
すったもんだのステファニー』エヴァン・マーシャル
 
アラビアの夜の種族』古川日出男
アレクシア女史、飛行船で人狼城を訪う』ゲイル・キャリガー
イリーガル・エイリアン』ロバート・J・ソウヤー
ほんものの魔法使』ポール・ギャリコ
ロカノンの世界』アーシュラ・K・ル=グィン

 
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2012年10月07日
パオロ・バチガルピ(田中一江/訳)
『シップブレイカー』ハヤカワ文庫SF1867

 ネイラー・ロペスは、ブライト・サンズ・ビーチの少年シップブレイカー。
 石油資源が枯渇したため、タンカーや貨物船は無用の長物と化した。シップブレイカーは、そうした廃船から貴重な金属を回収することで日々の糧を得ている。
 ある日、ビーチを超弩級のハリケーンが襲った。一帯は壊滅的な被害を受け、ネイラーの雇用主も行方不明となってしまう。商品を買ってくれる相手もおらず、シップブレイカーたちは手持ち無沙汰。
 ネイラーは同じクルーのピマと共に、食物を求めて遠く沖合の小島へと向かった。そこで見つけたのは魚ばかりではない。クリッパー船が難破していたのだ。
 最先端のクリッパー船は、まさに宝の山。ネイラーとピマは船内を捜索し、家具の下敷きとなった少女を発見した。少女が身につけているアクセサリーだけで、一財産になる。
 ネイラーは少女を助けるが……。

 ネイラーの境遇は、使い捨ての底辺労働者。
 小柄な体格を生かした仕事に就いていますが、もう少し成長したらクビになるだろう、という不安定な立場にあります。母はすでに亡く、暴力親父に恐怖を抱いています。
 少女の正体は《パテル世界運輸》の跡継ぎ娘。パテルには親族間の抗争があり、世間に向かって堂々と名乗ることができない状況にあります。(はじめ、少女の正体は“ねじまき”だと思ってました…)

 一応、少年少女の冒険もの、ということになるのでしょうが、いかんせん展開が遅いです。
 ネイラーが難破船を発見してヒロインが登場するまでに、すでに三分の一が経過してます。ふたりが小島から脱出するのは、半ばを過ぎてから。なので、冒険を期待していると、その部分のボリュームが物足りなく思えてしまいます。
 実は、主題は、ネイラーと暴力親父の対決なのかもしれません。


 
 
 
 
2012年10月08日
O・R・メリング(井辻朱美/訳)
『ドルイドの歌』講談社

 ローズマリーとジェイムズの姉弟は、夏休みにアイルランドへと行くことになった。おじのパッツィが経営する農場の手伝いをすることになったのだ。
 農場では、一風変わった男が働いていた。パッツィも素性を知らず、姉弟は、謎の男ピーターのことが気になって仕方がない。ある夜ふたりは、出かけるピーターの後をつけていった。
 ピーターはまるで狂気に取り憑かれたようで、ローズマリーは恐ろしくなってしまう。おじの家に帰ろうとするが、ジェイムズ共々、気を失ってしまった。
 次に気がついたとき、ふたりは古代アイルランドにいた。
 姉弟は騎士たちに捕らえられ、コノハトの女王メーヴの面前に連れられていく。女王はアルスターを侵略しようとしているところ。ただ、ドルイドたちが出立にはしるしが必要だと主張したために、2週間も動けずにいた。
 メーヴ女王がドルイドを呼んで現れたのは、ピーターそっくりな男だった。彼は、ドルイドの司祭パーダル・ムルフー。パーダルが、姉弟はしるしなのだと告げたために、ついに進軍が始まる。
 ローズマリーは、女王の娘フィンバールに預けられた。フィンバールは、女王によって友軍の王たちに約束された報償。戦は好きではないが、母親の命令には逆らえずにいる。
 一方ジェイムズは、ファーガス・マク・ロイに帯同することになった。ファーガスは、アルスターを追放された身。先導を務めているものの、メーヴ女王に疑われている。
 女王軍を国境で迎え撃つのは、アルスターの勇者クーフーリン。クーフーリンと出会ったジェイムズは、すっかり意気投合。ファーガスの元を離れ、行動を共にすることとなる。
 残されたローズマリーはクーフーリンの内通者だと疑われ、女王に死罪を言い渡されるが……。

 題材は、アイルランドの国民的な神話叙事詩の「クーリーの牛捕り」。ただ、それだけではなく、ピーター(パーダル)が探し求めているものとか、ローズマリーの恋とか、いろいろ織り込まれてます。
 本作がメリングの処女作だそうで、まだ書きなれていなかったからか、少し散らかっている印象が残ってしまいました。


 
 
 
 
2012年10月13日
ジョージ・アレック・エフィンジャー
(浅倉久志/訳)
『重力が衰えるとき』ハヤカワ文庫SF836

 マリード・オードラーンは、アラブの暗黒街ブーダイーンの一匹狼。
 ロシア人ボガティレフから行方不明の息子捜しを引き受けるが、依頼人は目の前で射殺されてしまった。残されたのは、前金の3000キアム。3年前に行方不明になった息子は、警察の情報によるとすでに死んでいるらしい。
 気分のすっきりしないままマリードは、馴染みの娼婦ニッキーの相談を受ける。
 ニッキーは雇用主のアブドル・ハイイから独立したがっていた。アブドル・ハイイは、ブーダイーンを仕切っているフリートレンダー・ベイの子分のひとり。
 マリードは、フリートレンダー・ベイの代弁者であるハサンに仲介を依頼し、交渉は成立。ニッキーがアブドル・ハイイに金を払うことで話はまとまった。ところがニッキーは、金を払う前に失踪してしまう。
 マリードは、ニッキーの友人タミコから、ニッキーの失踪に関わっていると勘違いされ、暴行されてしまう。そのうえ、アドブル・ハイイからはニッキーの代わりに借金を取り立てられ、身も心もボロボロ。
 自分は潔白なのだとタミコと対決する覚悟を決めるが、そのころにはタミコは惨殺されていた。アブドル・ハイイも惨殺体となって発見され、マリードは、フリートレンダー・ベイから犯人ではないかと疑われてしまうが……。

 舞台は、電脳ソケットが一般化している近未来のアラブ世界。まったく別の人間になったり、能力を追加したりが容易に行えるようになってます。肉体改造手術も日常的に行われていて、ニッキーも元はといえば男だったりします。
 SF的なのは、そんなところぐらい。ハードボイルドな面の方が強いです。
 これまで一匹狼でやってきて、その生活を変えたくないマリード。フリートレンダー・ベイに見込まれてしまいますが、とにかく自分は一匹狼なのだと、懸命に意地を張ろうとします。
 ボガティレフが射殺されたのは偶然なのか?
 失踪したニッキーの行方は?
 タミコやアブドル・ハイイ(その他、死体多数)はなぜ殺されてしまったのか?
 いろんな謎が浮上しますが、それらはきちんと収拾されて結末へとつながっていきます。マリードはそれほど信心深くはないのですが、イスラーム教が根付いていて、アラブ世界のあれこれも楽しめます。


 
 
 
 
2012年10月23日
リサ・ゴールドスタイン(中原尚哉/訳)
『太陽と月のアラベスク』ハヤカワ文庫FT

 1590年、ロンドン。
 アリス・ウッドは未亡人の書籍商。亡夫ジョンの跡を継ぎ、セントポール寺院に売り場を構えている。ひとり息子のアーサーは生まれつき気まぐれで、数年前から所在不明のまま。
 ある日アリスは、謎の男にアーサーの行方を訊ねられる。奇妙な男で、お礼を払うからと、贋金を差し出してきた。アーサーはすでに死んでいるのだと思い始めていたアリスは、不安になってしまう。
 そんな折り、アリスの家にブラウニーが住み着き始めた。ブラウニーはアリスを、妖精たちの祝宴に招いてくれる。祝宴でアリスが見たのは、妖精の女王と一緒にいる友人マージョリーの姿だった。
 占い師のマージョリーは、なにか秘密を持っているらしいのだが……。
 そのころロンドンの一部では、王位継承者の噂が流れていた。何者かが、自分こそが王なのだと吹聴しているらしい。
 劇作家のクリストファー・マーロウは、政府の秘密諜報員ロバート・ポーリーに、噂の出所を調べるように命じられるが……。

 実在した人物たちを交えて、妖精たちの戦争が描きだされます。
 と言っても、なにを巡って争っているのか、なかなか見えてこないのが難点。妖精の女王オリアナと赤の王とに分かれているらしいのですが……。
 かなり読み進むまでずっと混乱し通しで、その原因は、妖精たちの行動の目的が分からないのと、登場人物の多さにもあるようです。キットとキッドなどのよく似た名前、トマスはふたり、ロバートもふたり、という混乱させる要素盛りだくさん。実在した人物を使うと名前を変えられないので、どうしてもこうなってしまうのでしょうね。  現実にあった事件も織り交ぜられているらしいので、そういったことを知っていると、もっと楽しめたんだと思います。残念ながら知識不足でした。


 
 
 
 
2012年10月27日
エヴァン・マーシャル(高橋恭美子/訳)
『すったもんだのステファニー』ヴィレッジブックス

 《三毛猫ウィンキー&ジェーン》シリーズ第三作。
(第一作『迷子のマーリーン』第二作『春を待つハンナ』)
 ジェーン・スチュアートは著作権エージェント。
 疲労を自覚し、ひとりきりでバカンスに行く計画を練っているところ。そんな矢先、亡夫ケネスのいとこ、ステファニー・タウンゼントから電話がかかってくる。
 ステファニーはボストン在住。広告代理店を辞職し、親友が経営する出版社〈カーソン・アンド・ハート〉に就職したらしい。出版社がジェーンの暮らすシェイディ・ヒルズに移転するため、住むところが決まるまでの間、ジェーンの家を間借りしたいと言うのだ。
 ジェーンにとってステファニーは、ケネスとの結婚式と葬式で会ったことがあるだけの存在。ケネスから話を聞いたこともなく、あまりいい印象は持っていない。それでも、ケネスの顔を立てて快く迎え入れることに決めた。
 ところがステファニーは、ろくにお礼も言えない嫌なやつ。ジェーンのアシスタントのダニエルや家政婦のフローレンスを見下し、ジェーンのストレスはたまる一方。わずかな間だけ、と我慢に我慢を重ねるが……。
 そのころシェイディ・ヒルズは、あのフェイスがやってくるというので大騒ぎ。
 フェイスは、小国アナンダの皇太子に見初められ玉の輿に乗った美女。その後アナンダ王妃となったが、国王が暗殺されて状況は一変。政変が起き、アナンダは中国に併合されてしまった。
 現在フェイスは、側近だったギャヴィン・ハートと再婚して出版社を経営している。そう、ステファニーの親友とは、フェイス・カーソンのことだったのだ。
 街の人たちを集めたお披露目パーティーが開かれるが……。

  ジェーンの日常が、ステファニーの登場でかき乱されていきます。そこにミステリらしい要素が加わっていく……のは物語も半分に達したころ。ミステリを読んでいるつもりだったので、この展開の仕方に戸惑ってしまいました。
 巻末の訳者あとがきには、この物語の紹介文が載ってます。なんと、全26章の内、23章までが要約されて。そのくらい、前振りが長大。
 かなり紙面を割いているアナンダ王国でのエピソードが、奇想天外だったら読み応えあったのでしょうけど。どこかで聞いたことがあるような話で構成されてます。
 残念な読後感となってしまいました。


 
 
 
 
2012年11月18日
古川日出男
『アラビアの夜の種族』角川書店

 1798年。
 エジプトの首都カイロに、ある知らせがもたらされた。コルシカ島出身のフランス人、ナポレオン・ボナパルトが軍隊を率い、エジプトに向かっているという。
 このときエジプトを実質支配していたのは、23人の知事(ベイ)たちだった。イスマーイール・ベイは、そのうちのひとり。カイロ最大の図書室を有する読書家でもある。
 フランス軍襲来の以前、イスマーイール・ベイはフランス大使館員と密会を重ねていた。そのため、近代兵器の脅威は正確に把握している。大多数のベイたちが異教徒の戦力を軽視する中、彼らに同調するふりをしながら、内心穏やかではいられない。
 そんなイスマーイール・ベイに従者のアイユーブは、ある提案をする。
 かつて、このうえなく美しい書物があった。読む人を惹き付けてやまない稀代の物語集で、魅せられた人間は、書物の持つ魔力ゆえに破滅に至ってしまう。それは、『災いの書』と呼ばれているという。
 アイユーブは、長いこと行方不明になっていた『災いの書』の所在をつきとめ、フランス語に翻訳し、敵の将軍に対して用いようと提案したのだ。
 実は、この話は偽りだった。『災いの書』は実在していない。アイユーブが見いだしたのは、書物ではなく、もっとも偉大な女物語り師、ズームルッドだった。アイユーブは、ズームルッドの語る物語をカイロ屈指の能書家に筆記させ、『災いの書』を創ろうとしていたのだ。
 アイユーブの求めに応じてズームルッドが語るのは、『もっとも忌まわしい妖術師アーダムと蛇のジンニーアの契約の物語』と呼ばれる年代記。それはまた、『美しい二人の拾い子ファラーとサフィアーンの物語』としても知られている。別名を『呪われたゾハルの地下宝物殿』ともいう。
 ズームルッドは夜になると現れて、すばらしい語りを繰り広げるが……。

 物語が幾重にも入れ子状になってます。アラビアの物語というより、書物についての物語のような印象でした。
 本来の著者は分からず英訳本から日本語化しました、というのが古川日出男氏の弁。翻訳でよく見かける訳注も入っていて、かなり凝ったつくりになってます。が、読んでみると、他言語から訳出したにしては……という感じ。
 これから語られるのは稀代の物語ですよ、という時点で相当に期待してしまったようで、残念ながら魅入られませんでした。 世間では大絶賛されているらしいのですが。 


 
 
 
 
2012年11月23日
ゲイル・キャリガー(川野靖子/訳)
『アレクシア女史、飛行船で人狼城を訪(おとな)う』出版社

 《英国パラソル奇譚》シリーズ第二巻。
 異界族も共存している19世紀ロンドン。
 アレクシア・マコンは、女王陛下の〈議長(マージャ)〉を務める反異界族。夫のコナル・マコン卿はウールジー人狼団のボス(アルファ)で、異界管理局(BUR)の主任捜査官。
 ある日ロンドンで、異界族が能力を失ってしまう事件が発生した。人狼や吸血鬼はただの人間となり、ゴーストは除霊されてしまったのだ。範囲は、波止場を中心にテムズ川北岸地域。
 こんなことができるのは、反異界族のみ。そして、ロンドンにいる反異界族はアレクシアただ一人。
 真っ先にアレクシアが疑われるが、これだけ広範囲に影響を及ぼす力はない。最新の兵器ではないかと考えたアレクシアは、独自の調査を開始するが……。
 一方、コナル・マコン卿は、単身、スコットランドへと向かっていた。
 スコットランドは、かつてマコン卿が率いていたキングエア人狼団の縄張り。キングエア団は海外に派兵されていたが、汽船で帰還したところだ。
 ロンドンの人間化現象の範囲は北へと移動しており、それはキングエア団の足跡と一致している。なんらかの関係があると思われるのだが……。

 人間化現象の謎を軸に、さまざまなエピソードが織り込まれています。
 アレクシアの親友アイヴィ・ヒッセルペニーは、フェザーストーンホー大尉と婚約します。が、ウールジー人狼団の世話人(グラヴィジャー)タンステルと恋におちてしまい、アレクシアはヤキモキします。
 新たに登場した科学者マダム・ルフォーは、マコン卿の依頼でアレクシアの特注パラソルを造ったところ。どうも、アレクシアのメイドであるアンジェリクの知人らしいのですが、どちらも口を閉ざしています。

 改めて人物紹介などはありません。前作を忘れてかけていたので、もう少し、間隔を狭めて読むべきだったと反省。


 
 
 
 
2012年11月24日
ロバート・J・ソウヤー(内田昌之/訳)
『イリーガル・エイリアン』ハヤカワ文庫SF1418

 ついに人類は、異星人の訪問を受けた。
 かれらトソク族の故郷は、4光年彼方のアルファケンタウリ。宇宙船は八名の人員を乗せ、地球年で211年をかけた旅をしてきた。船内では大半を眠りながら過ごし、太陽系に入った途端、事故に遭ってしまう。
 最初に目覚めたのは、一等のハスクだった。一番下っ端で、最初に対処するのが仕事だからだ。二等のセルターも目覚めるが、宇宙船の損傷はひどく、セルターまで失われてしまった。
 もはや、自力での修復は不可能。
 ハスクは人類に接触し、助けを求めた。船長のケルカッド以下、全員が目覚め、人類はかれらに協力することを約束する。ところが、事件が起こってしまった。
 随行団の一員、天文学者クリータス・カルフーンの残殺死体が発見されたのだ。
 容疑者は、ハスク。
 折しも、アメリカ大統領選の指名争いで山場となるスーパーチュースデーが近づいているところ。異星人が起訴されたことで各国から非難されるが、大統領は積極的に動くことができない。
 大統領は、随行団の一員という立場にある科学顧問フランク・ノビリオ博士に、すべてを一任する。ノビリオはハスクの弁護人として、公民権裁判で実績のあるデイル・ライスを選んだ。
 かくして、異星人を被告とした裁判が始まるが……。

 SFですが、法廷もの。
 ライス主導で、物語は展開していきます。検察が出してくる証拠は、ハスクに不利なものばかり。ライスは懸命に弁護しますが、はてさて。
 裁判の過程で明らかになっていく、トソク族の生態。ノビリオ博士はハスク側に立っていますが、カルフーンの友人でもあり、心中複雑。いろんなことが絡まりあって、真相へとたどり着きます。
 難点は、中心人物のライスが登場するまでがやや長いこと。そこまでに伏線が張ってあったり、仕方なかったのでしょうが。


 
 
 
 
2012年11月25日
ポール・ギャリコ(矢川澄子/訳)
『ほんものの魔法使』大和書房

 アダムは、物言う犬のモプシーと共に旅をする魔術師だった。
 旅の目的地は、名高い魔法都市マジェイア。マジェイアには世界の魔術師がつどい、魔術師名匠組合がある。アダムは、組合に加入して魔法を勉強したり、自分の魔法を伝えたりしたいと考えたのだ。
 マジェイアについたアダムは門番から、予選競技が市庁舎であり、締切時刻が迫っていると教えられた。街に入ると早速市庁舎を目指すが、道に迷ってしまう。
 ひとけのない裏通りでアダムは、とある家の窓が開いていて、小さな女の子が床にすわりこんでいるのを見つける。アダムが道を尋ねようと声をかけた少女は、偉大なるロベールの娘ジェインだった。
 偉大なるロベールは、マジェイアの市長にして魔術師の統領、かつ名匠組合の議長兼審査員。対外的には陽気な男だったが、家族に対しては別の顔を持っていた。アダムに声をかけられたときジェインは、叱責されて、謹慎を言い渡され、ひとり泣いているところだったのだ。
 アダムとジェインはすっかり打ち解けて、ジェインがアダムの助手となることに決まった。ふたりは市庁舎に向かうが……。

 アダムはほんものの、ちょっとした魔力を持っている魔法使い。一方、魔法都市マジェイアの魔術師たちは、トリックをつかった手品師や奇術師。魔力があるわけではありません。
 両者が、それぞれに常識と思っていることが食い違っていて、それが可笑しみになってます。ただし、この食い違いはやがて事件へと発展していくので、笑ってばかりもいられない……。
 ジェインはまだ11歳で、魔術師になりたがっています。純真ですが、アダムの魔法にはトリックがあると思っています。

 はじまりはアダムですが、内容的には、ジェインの成長物語。心に残る物語でした。


 
 
 
 
2012年11月28日
アーシュラ・K・ル=グィン(小尾芙佐/訳)
『ロカノンの世界』ハヤカワ文庫SF823

 全世界連盟はフォーマルハウト第二惑星において、グデミアール族と接触を持った。しかし、高度な知能を有する生命体は彼らだけではない。ギャヴェレル・ロカノンはより正確な調査を求め、民俗学調査隊を率いてフォーマルハウト第二惑星に降り立った。
 そのころフォーマルハウト第二惑星には、連盟の反逆者たちの秘密基地が設置されていた。ロカノンがそのことを知ったのは、仲間たちが乗った宇宙船を破壊された後。ロカノンは母星との通信装置をも失い、完全に孤立してしまう。
 反逆者たちの通信を傍受したロカノンは、彼らの基地の場所を掴む。そこは、未踏の南の大陸。即時通信装置アンシブルも設置されているらしい。
 ロカノンは、アンギャール族のモギーン、フィーア族のキョウと共に、南の大陸へと旅立つが……。

 ル=グィンの処女長篇。
 ブロローグの「セムリの首飾り」は、元は独立した短編。支配階級であるアンギャール族のセムリは、先祖がなくしてしまった首飾り〈海の眼〉を求め、ロカノンのいた博物館を訪れます。首飾りはセムリに返されますが、星の海を渡ったため、セムリにとってはたった一夜の出来事が、16年という歳月になってしまいます。
 本作は、ロカノンがセムリと出会ってから50年程後の物語。ロカノンと行動を共にするモギーンは、セムリの孫にあたります。ロカノンは旅立ちに際し、セムリの娘(モギーンの母)ハルドレから、あの首飾りを授けられます。

 全体的にしっとりとして、物悲しい雰囲気。文量が少ないので、さまざまなことが起こりながらもあっさりしてます。
 何度読んでもいいです。

 
 

 
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