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2017年の記録
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このページの本たち
アナと雪の女王』ディズニー
アッチェレランド』チャールズ・ストロス
破壊された男』アルフレッド・ベスター
叛逆航路』アン・レッキー
鯖猫長屋ふしぎ草紙』田牧大和
 
ザ・ロープメイカー 伝説を継ぐ者』ピーター・ディッキンソン
ドラゴンキーパー 紫の幼龍』キャロル・ウィルキンソン
ロックイン −統合捜査−』ジョン・スコルジー
ドラゴンキーパー 月下の翡翠龍』キャロル・ウィルキンソン
12番目のカード』ジェフリー・ディーヴァー

 
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2017年01月02日
サラ・ネイサンシーラ・ローマン/著
ジェニファー・リー
/脚本
クリス・バック
ジェニファー・リーシェーン・モリス/原案
ハンス・クリスチャン・アンデルセン
/原作
有澤真庭
/ノヴェライズ
『アナと雪の女王』竹書房文庫

 アレンデールは、フィヨルドを臨む緑豊かな小国。
 王家にはふたりの王女がいたが、姉のエルサ姫には秘密があった。魔法の力を持って生まれてきたのだ。エルサは魔法で、冷気を、氷を、雪を生み出すことができる。
 エルサが8歳の時、事故が起こった。
 妹のアナ姫と魔法を使って遊んでいるとき、魔法の氷がアナを直撃してしまったのだ。まだ5歳のアナにとって、致命的なミスだった。
 事態を知ったアグナル王が助けを求めたのは、なかば伝説となっているトロールたち。彼らは、知恵と不思議な力を持っている。おかげでアナは一命を取りとめたものの、エルサと分かちあった魔法の思い出を失うこととなった。
 それから10年。
 エルサの魔法の力を隠すため、あれ以来、王家は城門を閉ざしてきた。禁断の力のことを知るのは、国王夫妻とエルサのみ。
 その間エルサは、国王夫妻から直々に帝王学を授けられ、禁断の力を抑制するように努力してきた。感情を表に出さぬよう、常に心を平静に保つよう自分に言い聞かせる日々。だが、なかなか思いどおりにはならない。
 そんなある日、国王夫妻が近隣諸国を訪問することになった。予定は2週間。しかし、船は突然の嵐に見舞われ、ふたりが戻ることはなかった。
 さらに3年がたった。
 エルサは21歳。新女王となる日がきた。
 戴冠式のために城門が開かれ、アナは有頂天になって町に繰り出す。そんなとき出会ったのが、南諸島のハンス王子だった。
 アナの人生は、門前払いの連続。いつもいつも、目の前で閉じられた扉を見つめてきた。周りからは、エルサになにかあったときの代用品と思われ、どんなに懇願してもエルサの部屋の扉が開くことはない。冷たく拒絶され続けてきたのだ。
 ハンス王子はアナにとって、はじめての扉を閉ざさなかった人。感激したアナは、自分はハンス王子と一緒に未来への扉を開くのだと確信し、結婚の約束をしてしまう。
 アナから婚約を告げられたエルサは、大反対。衆人の目もあり女王らしく振る舞おうとするエルサと、周りのことが見えていないアナは対立。感情をコントロールできなくなったエルサは、魔法の力を発現させてしまう。
 妖術使いと怖れられたエルサはアレンデールから脱出し、ひとり北の山に向かう。今まで抑えるだけだった魔法の力で氷の宮殿を築きあげ、もはや自由なのだと、ひとりで暮らすことを決意するが……。

 ディズニー映画「アナと雪の女王」のノヴェライズ本。
 原作はアンデルセンの「雪の女王」(電子ブック版『スノークィーン』)ですが、雰囲気も展開もまるで違います。かろうじて、召使いと侍従の名前(ゲルダとカイ)に痕跡がありました。

 ノヴェライズとはいえ、単純に完成した映画の小説化ではなく、カットされたシーンやら設定やらも織り込まれてます。そのせいか、バランスが悪いです。
 序盤、後にアナの冒険を手助けすることになる山男のクリストフの生い立ちやらがあり、エルサのアナに対する(届くことのない)愛情がつづられ、中盤にさしかかるころ、ようやくアナが旅立ちます。エルサに帰ってきてもらうために。
 実は主人公はアナの方。エルサの心情に気を使いすぎたのか、アナの冒険はあっさりとしてます。小説版にも、尺の都合の影響が及んでいたようです。

 映画を見て、疑問を抱いた方は読むといいと思います。少し、解決すると思います。


 
 
 
 
2017年01月09日
チャールズ・ストロス(酒井昭伸/訳)
『アッチェレランド』早川書房

 マンフレッド・マックスは、恵与経済(アガルミクス)の実践者。人は与えることで裕福になると信じ、行く先々で有益なアイデアを授けていく。すべて無償だが、マンフレッドに感謝している企業や団体からサービスの提供を受けることで何不自由なく暮らしている。
 マンフレッドがアムステルダムに到着したとき、謎の人物から連絡が入った。どうやら相手は、元KGBドットRUのために稼働しているAIの一種らしい。
 実はその正体は、ロブスターのアップロード群。昨今では、アップロードが非知性状態でいることは難しい。たとえロブスターであろうとも。
 マンフレッドが求められているのは、亡命の手助け。ロブスターたちは、間近に迫る特異点(シンギュラリティ)の光錐(ライトコーン)から逃亡したがっていたのだ。
 はじめは相手にしていなかったマンフレッドだったが、あるアイデアを思いつく。
 さる事業主にマンフレッドが話していた工場までは、短周期彗星軌道をとっても50年の旅になる。工場に人間を常駐させたのでは経費が甚大になるし、遠隔操作も難しく、それだけの期間となるとAIでは工場を制御しきれない。その点、人間たちから離れたがっているロブスターたちは最適。
 マンフレッドの提案は、事業主にもロブスターたちにも受け入れられるが……。

 ローカス賞受賞。
 難解で、駆け足気味に読んでしまいました。そのため、どう考えても理解しきれてません。あしからず。
 物語は、三部構成。
 マンフレッドと、その娘のアンバー、さらにその息子のサーハン。3世代に渡る年代記となってます。ただ、世代ごとに完全に切り離されているわけではありません。マンフレッドは最後まで登場します。
 はじまりは21世紀の初頭。マンフレッドが主人公の第一部は現代と比較的近く、これから訪れる未来の姿が予想として描かれます。物語が加速していくのは、第二部でアンバーに視点が移ってから。
 ロブスターはとっかかり……と思いきや、ちょこちょこと関わってきます。それと、ペット的に登場するアイネコが、これまた意外なご活躍。


 
 
 
 
2017年01月12日
アルフレッド・ベスター(伊藤典夫/訳)
『破壊された男』ハヤカワ文庫SF2111

 モナーク産業の社長ベン・ライクは〈顔のない男〉に悩まされていた。夢に現れては、自分のことをじっと見ている〈顔のない男〉。
 折しもモナーク産業は、ドコートニイ・カルテルとの競争に敗れつつあるところ。ライクは自分でも〈顔のない男〉の正体がドコートニイだろうと見当をつけていた。
 ライクにとってドコートニイは、憎悪の相手。会ったが最後、殺さねばならない相手。殺しの顔に顔がないのはあたりまえだ。
 それでもライクは、ドコートニーに合併の提案をした。しかし、まもなく届いた返事を見て、ライクは激怒。ドコートニーの殺害を決意する。
 計画を実行するにあたって最大の障害となるのは、エスパーたちの存在。この時代、テレパシー能力をもつエスパーの活躍により、犯罪行為は考えただけで知られてしまうのだ。
 実は、ライクには策があった。
 まずは、エスパー・ギルドに不満を持つ一級エスパーのオーガスタス・テイトを買収。ドコートニイの行動を調べ上げ、偶然をよそおい罠をしかけていく。
 かくして殺人が実行されるが、予期せぬことが起こってしまった。ドコートニイの娘のバーバラに、殺害現場を見られてしまったのだ。
 ライクは、逃走したバーバラの行方をさがすが……。
 一方、捜査の指揮をとることになったリンカーン・パウエルは、ライクが犯人だと疑ってた。一級エスパーとして心をのぞけば、たちまち疑いは確信に変わるだろう。だが、それでは起訴することすらできない。
 必要なのは、動機、方法、機会の、3つの確固たる証拠なのだ。
 パウエルとライクの、銀河を股にかけた駆け引きが始まるが……。

 ヒューゴー賞受賞作。
 1953年の作品で、翻訳は1965年。同時期に出版された創元SF文庫版の『分解された男』と同じもの。
 不思議と古さを感じさせないのですが、『分解された男』を先に読んでいたため、違和感を感じるところがあったり、こっちの方がいいなと思ったり。

 ライクは強烈な個性の持ち主。エスパーではありませんが、持ち前の勘の鋭さと金の力と人脈で、パウエルの捜査を妨害しつづけます。
 一方のパウエルには、欠点があります。心の内に〈うそつきエイブ〉と名付けた人格を抱えているのです。エイブは豊かな想像力を駆使して、途方もないほら話をでっちあげます。エイブの真面目な大嘘に、パウエルはいつもヒヤヒヤ。
 そんなふたりの、せめぎあい。
 おもしろくないわけがありません。


 
 
 
 

2017年01月14日
アン・レッキー(赤尾秀子/訳)
『叛逆航路』創元SF文庫

 惑星ニルトで死にかけていたのは、1000年前に消息を絶ったセイヴァーデン・ヴェンダーイだった。虫の息のセイヴァーデンを助けたのは、ブレクと名乗る人物。
 ブレクは19年前まで、星間国家ラドチの兵員母艦〈トーレンの正義〉のAIだった。当時〈トーレンの正義〉は、4000体の元人間からなる属躰(アンシラリー)を操っていた。プレクはそのうちの一体。
 2000年前に就航した〈トーレンの正義〉には、セイヴァーデンが副官として乗船していたこともある。ブレクにとってセイヴァーデンは、知らない人間ではない。ただ、セイヴァーデンにとってブレクは、〈トーレンの正義〉の数ある属躰のひとつ、名もなき備品に過ぎなかった。
 今のブレクは、ただひとり。
 惑星ニルトにいるはずのアリレスペラス・ストリガン医師を訪ねるところだ。ガルセッドの遺物を手に入れるために。
 星間国家ラドチは19年前まで、併呑によって版図を拡大してきていた。方針転換したのは、絶対君主アナーンダ・ミアナーイが蛮族プレスジャーと条約を結んだため。
 ラドチにとってプレスジャーは、唯一、打ち破ることのできない相手。ただ、無視できない存在はもうひとつあった。それが、ガルセッド。
 1000年前ラドチは、ガルセッド星系を併呑しようとしていた。ガルセッドは降伏したものの、〈ナスタスの剣〉に乗船した代表者たちは、あり得ない武器を用いて艦を撃破した。艦長セイヴァーデンが行方不明になったのはそのときだ。
 怒った皇帝アナーンダは、ガルセッドの徹底破壊を命じた。星系にあるすべての惑星、衛星、ステーションが破壊され、全生命が抹殺された。
 ガルセッドの武器の正体は、いまだに分からない。
 ブレクは、ストリガン医師の手元にある遺物を求め、ニルトにやってきたのだが……。

 ヒューゴー賞、ネビュラ賞、アーサー・C・クラーク賞、英国SF協会賞、ローカス賞、英国幻想文学大賞、キッチーズ賞、星雲賞受賞。
 物語は、現在と、19年前にブレクがいた惑星シスウルナでの出来事が交互に語られます。現在のブレクはひとり。19年前には〈トーレンの正義〉そのものや他の属躰と意識を共有しています。
 なぜ単体になったのか。
 ガルセッドの遺物でなにをしようとしているのか。
 謎や目的が徐々に明かされると同時に、ラドチや皇帝アナーンダのことが語られます。AIブレクや、麻薬におぼれたセイヴァーデンの成長物語でもあります。
 最大の特徴は、言語による文化の違いを際立たせている点。たとえばラドチでは男女の区別がないため、人間に対する三人称が“彼女”しかありません。

 あまり親切な書き方ではないので、手探りしながらの読書でした。それが楽しくもあり、腹立たしくもあり。
 各賞を総なめにして話題になったものの、もしかすると、目新しさからの受賞だったのかな、と。拍手喝采の方々もいるでしょうし、ついていけない人もいそう。読んで判断するしかないでしょうけど。


 
 
 
 

2017年01月15日
田牧大和
『鯖猫長屋ふしぎ草紙』PHP研究所

 江戸は宮永町にある九尺二間の割長屋は「鯖猫長屋」と呼ばれていた。その呼び名の由来は、三毛猫のサバから。白と茶と鯖縞柄のサバは、長屋の住人青井亭拾楽(しゅうらく)の飼い猫だった。
 拾楽は、猫の絵ばかりを描いている売れない絵描き。実は拾楽には、差配の磯兵衛にも話していない秘密があった。
 弟分のようにかわいがっていた以吉(いきち)の遺言で、三毛猫を手掛かりに訪ねてくる相手を待っているのだ。それがどこの誰なのか分からないままに……。 

「猫描き拾楽」
 拾楽の部屋の斜め向いに、謎めいた女が家移りしてきた。独り者で、人当たりが丁寧で、身持ちもよさそう。手伝いに来ていた三次という小男からは「お嬢様」と呼ばれていた。
 訳ありの臭いがぷんぷん漂う女の名は、お智。拾楽はお智に、自分をモデルに絵を描いて欲しいと頼まれるが……。

「開運うちわ」
 魚売りの貫八(かんぱち)が、大きな包みをふたつ持って来た。中には、白無地の団扇が50本ほど。拾楽に絵付けをして欲しいという。
 拾楽は仕事として引き受けるが……。

「いたずら幽霊」
 読本作家の長谷川豊山が家移りしてきた。
 この半年ほど、豊山の周囲には奇怪なことが起こっており、それが知れると家移りせざるを得なくなる。その現象は、さる物語の執筆を中断したころから始まっていた。
 その怪奇現象が、豊山の部屋にサバが居着くようになると、ピタリとやんだ。どうやらサバが鎮めているらしいのだが……。

「猫を欲しがる客」
 拾楽の元に、品川町にある笠屋真砂屋の手代が訪ねてきた。主の幼い跡取り息子のために、サバを買い受けたいという。拾楽は断るが、開き直った手代に脅されてしまう。
 それでも手放そうとしない拾楽だったが……。

「アジの人探し」
 雪の大晦日、拾楽の部屋に灰色の犬が迷い込んで来た。大きい犬の登場に長屋の住人たちは不安を抱くが、サバが子分のように扱ったことで受け入れられていく。犬はアジと名付けられた。
 アジは浪人の木島主水介につれられ、大道芸の手伝いをはじめるが……。

「俄か差配」
 磯兵衛が風邪を引いた。差配の代わりを頼まれたのは、なんと拾楽。店子たちは了承したものの、ここぞとばかりに用を押し付けてくる。
 そんな折、お智の部屋が荒らされる事件が起きた。どうやら長屋に人がいなくなったときを狙ったらしい。
 拾楽はお智の身の上話を聞くが……。

「その男の正体」
 磯兵衛の風邪が治り、長屋の面々で快気祝いをすることになった。藤の花見を兼ねてさる屋敷に集まるが、後からくるはずの主水介が姿を見せない。
 心配して迎えに行った貫八の妹は行方知れず。さらに、三次が死体となって発見された。
 面通しをしたお智は、人違いだと証言するが……。

 連作短編集。
 と見せかけて、一本筋の通っている物語になってます。それぞれの話の冒頭には「問はず語り」という短い独白がつき、それが本書の背骨。拾楽の過去、以吉がしでかしたこと、お智の目的……それらが徐々に明かされていきます。
 江戸の長屋を舞台とした小話部分は、既視感がありました。
 売れない絵描きとか、猫とか、人情とか、同心とか、やたらと世話をやく年配の女性とか。ただ、それらがきれいにはまっているので、借りてきた感はありませんでした。
 不思議だったのは、それぞれの小話にちりばめられた謎が先読みできるのに興ざめにならないところ。おそらく、拾楽が事件の真相に気がついたであろうタイミングとだいたい一致しているから。先が見えても自然に受け入れられたのかな、と。

 猫目当てでしたが、いい物語でした。
 こういう長屋、住みたいねぇ。


 
 
 
 

2017年01月19日
ピーター・ディッキンソン(三辺律子/訳)
『ザ・ロープメイカー 伝説を継ぐ者』ポプラ社

 ウッドボーンは特殊な谷。
 ウッドボーンの北では騎馬民族が猛威をふるい、南は帝国の脅威にさらされている。ウッドボーンが平和を享受してきたのには理由があった。
 森では、代々のウルラスドウターの女が、ヒマラヤスギに歌をきかせてきた。山では、代々のオルタールサンの男が、雪に歌をきかせてきた。彼らの祖先が、偉大なる魔法使いファヒールに言われた通りに。
 そのおかげで、谷の北は氷河に閉ざされ、南の森は男を寄せつけない。
 ところが、この年、異変が起こる。
 ファヒールが与えてくれた魔法が消えつつあった。そのことに気がつき危機感を募らせているのは、ウルラスドウターとオルタールサンの両家のみ。
 ティルヤは、ウルラスドウター家の長女。
 魔法の力を持たず、ヒマラヤスギの声を聞くことができない。声が聞こえるのは、妹のアンヤの方。疎外感に苛まれるティルヤにアンヤが伝えたのは、ヒマラヤスギの言葉だった。
 ヒマラヤスギは、ティルヤがファヒールを捜す旅にでることを望んでいたのだ。
 かくしてティルヤは、祖母ミーナと、オルタールサンの男たちと共にウッドボーンを後にするが……。

 区分けとしては、児童書。
 ただし、児童書を卒業しかけてる人向けかな、と。通常の児童書で結末となるだろうあたりから、さらに何歩か展開があります。なんとも凝った造りで、読ませます。
 ティルヤ、ミーナ、タール、アルナーの一行は、帝国でファヒールの行方を探します。谷は隔離されていたため、4人は帝国のことをなにも知りません。少しずつ分かってくるのが、帝国が、歪んだ危険な状態にある、ということ。
 それと、魔法の力のないティルヤの持つ魔法の力のこと。矛盾しているようにみえますが、きちんと整合性がとれているのです。

 本書は、ティルヤたちがご先祖の冒険を語り継いできたように、子孫たちが伝説として語り継いでいくだろうという物語になってます。そうなると続編を期待してしまうのですが、それはないようです。
 残念。


 
 
 
 

2017年01月21日
キャロル・ウィルキンソン(もきかずこ/訳)
『ドラゴンキーパー 紫の幼龍』金の星社

 ピンは、老龍ダンザの龍守り(ドラゴン・キーパー)。寿命の近づきつつあるダンザは、海の彼方の蓬莱島に旅立った。ピンに、誕生したばかりの息子カイデュアンを託して……。
 世の中には、龍と見れば切り刻んで売りものにすることしか考えないやからがいる。ピンは幼龍カイの存在をひた隠しにするが、カイは言葉も通じないやんちゃ盛り。しかもピンは、皇帝を裏切って逃走したお尋ね者だった。
 人目を忍ぶピンが見いだしたのは、黒龍淵。
 黒龍淵は禁断の地である泰山の西側に位置する。人間がくることはまずない。
 ところが、つれていた山羊が何者かに殺される事件が起こった。
 死霊使い(ネクロマンサー)の気配を感じたピンは、思い切って黒龍淵を後にする。無人の山小屋を見つけ身を寄せるが、実はそこは、宮廷の羊飼いの番小屋だった。
 ピンは衛士たちに見つかり、捕らえられてしまう。
 こうしてピンは、皇帝リュウチャと再会した。
 ピンは、罪を許され、ふたたび宮廷の龍守りに任じられる。当面の命は保障されたが、ピンにとって気がかりなのはカイのことだった。
 龍は人間よりもずっと長生きする。自分が死んだ後、カイの面倒を見てくれる人物が必要だと思い立ったのだ。
 代々の龍守りは、常にふたつの血筋から出ていた。ホァンか、ユイか。奴隷として売られたピンは、自分の出自を知らない。
 ピンは、もしや自分もその血筋なのではないかと考え、皇帝に、彼らの末裔たちの捜索を直訴する。カイのために、と。
 ユイ家が見つかり、ピンは、自ら会いにいくことにするが……。

 三部作の二作目。
 ダンザとの逃避行を扱ったのが、前作『最後の宮廷龍』でした。今作で大きなウエイトを占めるのは、皇帝リュウチャ。16歳にして、不老不死に魅せられています。そのために不健康なこともしてしまう。
 ピンは、そんなリュウチャを心配します。
 ですが、宮殿に入ってからのおだやかな部分が、いささか退屈ではありました。こんなにぬるい物語だったかなぁ、と。
 雰囲気が一変するのは、ピンがユイ家を訪ねてから。その後、怒濤の展開が待ってました。物語ですから当然ですけれど、ピンの、決して諦めない不屈の精神、すごいです。まだ12歳なのに。
 それでも物足りなさを感じてしまうのは、前半を占めているおだやかさのせい。波瀾万丈な部分とのバランスがちょっと悪かったかな、と。
 ピンには酷ですが。


 
 
 
 

2017年01月31日
ジョン・スコルジー(内田昌之/訳)
『ロックイン −統合捜査−』新☆ハヤカワ・SF・シリーズ

 突如として発生し、全世界で4億人以上が命を落とした病は、後にヘイデン症候群と名づけられた。
 初期段階はインフルエンザのような症状だが、やがて、髄膜炎に似た脳および脊髄の炎症を起こし、ついには随意神経系が完全に麻痺。患者は、意識がありながら身体を動かすことのできない〈ロックイン〉に陥る。
 生き延びたヘイデンたちを救済するため、脳の機能に対する研究は最優先課題となり、数々の技術革新が実現。埋め込み型ニューラルネットワークや、個人輸送機(スリープ)、ヘイデン専用のオンライン空間〈アゴラ〉が誕生した。おかげでヘイデンたちは、健常者のように社会活動が可能となった。
 だが、最初の流行から20年ほどがたち、ヘイデンが優遇されすぎているとの批判が起こりはじめる。アメリカでは、助成金を削減するエイブラムズ=ケタリング法が成立した。
 社会の混乱が予期されるなか、ウォーターゲート・ホテルで奇怪な事件が発生する。
 7階からソファが投げおとされ、客室では死体が発見された。死体の傍らには、全身血まみれの男。
 男は、ニコラス・ベル。〈統合者〉だった。
 ニコラス・ベルは、ホテルにはいたが仕事中だったと主張する。統合者が統合している最中にした行為は、罪に問われない。罪に問われるのは、統合していた顧客だ。そして、統合者には顧客の秘匿特権がある。
 ニコラス・ベルの弁護のため駆けつけたのは、サミュエル・シュウォーツだった。シュウォーツは、アクセレラント社の法律顧問でもある。ニコラス・ベルとは個人的につきあいがあり、好意から弁護を引き受けたというが……。

 主人公は、新人FBI捜査官のクリス・シェイン。
 クリスの父マーカスは、元・バスケットボールのスター選手。今は実業家で、上院議員選挙への出馬を検討中。ヘイデンの権利のために力を尽くしています。
 クリスは2歳でロックインに陥り、子ども時代にはヘイデンの広告塔としての役割を担っていました。金持ちであるだけでなく、とっても有名。そのためか、ちとシニカル。人当たりはいいです。
 クリスのパートナーは、レズリー・ヴァン。元・統合者。
 ちょっと斜に構えたところがあります。攻撃的で、酒浸り。有能だろうけど、対人関係に注意を払わないタイプ。
 統合者というのは、特殊な人がなれる職業です。ヘイデン症候群に感染して脳構造が変化したものの、ロックインの段階にまでは進まないまま回復した人が、訓練とニューラルネットワークの処置を受けて、統合者となります。統合者は、一時的にヘイデンの意識を受け入れて、生きたスリープとして身体を提供します。

 物語は、とっても複雑。
 はじめに、ヘイデン症候群についての解説が、教科書風に強調書体を駆使しながらあります。ただ、その段階では頭に入ってこず、何度となく立ち戻りました。
 容疑者のニコラス・ベルは、ヘイデン分離主義の活動家カッサンドラ・ベルの兄。その後、アクセレラント社の会長兼CEOのルーカス・ハバートと雇用関係があることが判明します。
 ハバートは、ラウドン・ファーマ社の画期的な研究に否定的。そのラウドン・ファーマ社が爆破され、研究成果が失われてしまいます。実行者は、犯行声明を残していました。カッサンドラ・ベルを讃え、爆破は彼女の理念に従ったものだ、と。

 クリスの一人称の上、とにかくセリフが多いです。セリフで説明させているからか、誰の発言か分からなくなることもありました。パンデミック後の特異な社会が舞台なので、どうしても説明が多くなりますから致し方ないのか……。
 おもしろいけれど、SF的なおもしろさで、ミステリを期待して読むのはちょっと違うかも。


 
 
 
 

2017年02月04日
キャロル・ウィルキンソン(もきかずこ/訳)
『ドラゴンキーパー 月下の翡翠龍(ひすいりゅう)金の星社

 ピンは、幼龍カイデュアンの龍守り(ドラゴン・キーパー)。皇帝リュウチャの漢を脱出し、燕の北白城(ベイバイパレス)に身を寄せていた。
 カイが来てから燕ではいいこと続き。漢が日照りで苦しむ一方、燕には豊かな雨の恵みがあった。匈奴との和睦はすんなりまとまり、流血の争いはなくなった。その上、燕候には待望の世継ぎが。
 ところが、龍のことがリュウチャの耳に入ったらしく、北白城は漢軍に襲われてしまう。リュウチャは不死の秘薬を作るため、カイの血を狙っているのだ。
 匈奴の援軍もあり漢軍は撃退したものの、ピンは決意した。
 ピンの手元には、カイの父龍ダンザの地図がある。用心深いダンザのこと、地図は謎かけのようになっていた。正しく読み取れれば、龍の楽園へと導いてくれるだろう。
 燕候は、龍が幸運をもたらすものであることをよく承知していて、カイを手厚くもてなしてくれた。ピンの気がかりは、燕候の許しを得られるかどうか。幸運の龍は手元に置きたいものであるゆえに。
 燕候は八卦見を呼び、ピンに占わせる。その結果は、燕を去ることが吉。燕候も納得し、ピンとカイは旅立つが……。

 三部作の三作目。
 ダンザとの逃避行を扱ったのが、第一作『最後の宮廷龍』でした。第二作『紫の幼龍』では、カイの成長と不老不死に魅せられた皇帝リュウチャのことを。
 今作は探求の旅です。龍の楽園を目指します。
 道中で出会うのは、龍守りを輩出してきたユイ家のジュン。そして、かつてダンザの龍守りだった老人ラオ・ロンザ。
 ラオ・ロンザは龍の楽園〈ロン・カオ・ユエン〉で暮らしていた時期があり、案内をしてくれます。このシリーズは情け容赦がない印象があったのですが、さすがに最終巻は暖かみが感じられました。
 なかでも結末は、意外でした。衝撃の結末というわけではなく、そうまとめたか、と。けっきょく、それが一番なんだろうな、と。
 納得はできるけれど、少しひっかかるものはあります。


 
 
 
 
2017年02月07日
ジェフリー・ディーヴァー(池田真紀子/訳)
『12番目のカード』文藝春秋

 《リンカーン・ライム》シリーズ、第六作
 リンカーン・ライムは、犯罪学者。科学捜査の専門家。四肢麻痺という障害を抱えているが、明晰な頭脳は健在。障害者だからと気を遣われることを何よりも嫌っている。
 事件の一報が入ったのは、ロン・セリットー刑事がライムの元を訪れている時だった。
 アフリカン・アメリカン博物館で、強姦未遂事件が発生した。
 被害者は、16歳のジェニーヴァ・セトル。5階にある博物館付設図書室で、レポートのための調べ物をしていた。先祖の開放奴隷チャールズ・シングルトンのことを。
 セリットーはライムに協力を依頼し、現場鑑識のスペシャリスト、アメリア・サックス刑事も博物館に向かった。
 5階からは、犯人が残していったらしきレイプパックが見つかっている。そして、タロットカードも。それは〈吊るされ人〉のデザインだった。
 犯人はレイプを偽装しているが、目的は別にあるようだ。
 どういうわけだか、ジェニーヴァが読んでいた雑誌がなくなっていた。ジェニーヴァは図書室長から、同じ1868年の『週刊黒人グラフ』を探しにきた人がいることを聞いている。
 その図書室長は、セリットーの事情聴取の最中に射殺されてしまった。目の前で人を殺され血を浴びたセリットーは、心に傷を負ってしまう。
 140年前、チャールズ・シングルトンは何らかの事件に関与していたらしい。それが、今回の事件の発端となったのか?

 今回もどんでん返しの連続。
 ジェニーヴァはたまたまそこにいたのではなく、狙われていることが明らかになり、護衛がつきます。
 ジェニーヴァの住まいは、ハーレム。大学教授の娘で、ちょっといい家に暮らしています。たまたま両親は海外に行っているところ。
 実は、ジェニーヴァにも秘密があります。

 現代の事件と、140年前の事件。昔のことが入っている分、いつものディーヴァーとは少し違ってました。

 
 

 
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