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2017年の記録
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このページの本たち
ウォッチメイカー』ジェフリー・ディーヴァー
猫はブラームスを演奏する』リリアン・J・ブラウン
猫は郵便配達をする』リリアン・J・ブラウン
ダーウィンの使者』グレッグ・ベア
双頭の鷲』佐藤賢一
 
予告された殺人の記録』G・ガルシア=マルケス
スミソン氏の遺骨』リチャード・T・コンロイ
猫はシェイクスピアを知っている』リリアン・J・ブラウン
猫は糊をなめる』リリアン・J・ブラウン
竹屋ノ渡』佐伯泰英

 
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2017年07月05日
ジェフリー・ディーヴァー(池田真紀子/訳)
『ウォッチメイカー』文藝春秋

 《リンカーン・ライム》シリーズ、第七作
 リンカーン・ライムは、犯罪学者。科学捜査の専門家。四肢麻痺という障害を抱えているが、明晰な頭脳は健在。障害者だからと気を遣われることを何よりも嫌っている。
 あの9月を経験したニューヨークは、きれいに消えてしまった2つのビルと共に喪失感に襲われていた。もはや以前と同じではない。
 それでも街は、クリスマスを前に浮き足立った人々でいっぱいになっている。
 そんなころライムの元に、ニューヨーク市警のロン・セリットー刑事が「厄介な事件」を持ち込んだ。
 残忍な、連続殺人事件だった。
 ハドソン川のタグボード修理施設の桟橋で、大量の血が見つかっていた。どうやら被害者は、桟橋の端につかまされた状態で手首を切られたらしい。力尽きて川に落ちたのだろう。遺体は見つかっていない。
 もうひとりの被害者は、ダクトテープで口を塞がれて仰向けに転がされていた。喉をつぶされて。死の直前まで、自分の上に吊るされた重い金属バーを落とさないように、必死でロープをひっぱっていたことだろう。だが、やはり力尽きた。
 それぞれの現場に残されていたのは、まったく同じ時計。旧式で、文字盤に月が描かれていた。そしてメッセージには、ウォッチメイカーの署名が。
 一方、アメリア・サックスは、刑事に昇格して初めて、殺人事件の捜査指揮を任されていた。
 初動では自殺に思われたベン・クリーリーの死は、殺人事件だったのだ。確かにクリーリーはなにかに悩んでいた。遺書もあった。だが、不審な点がいくつかあり、親指の骨折が決定打となった。
 首を吊るためのロープを結ぶには、親指が骨折していては不可能だ。
 サックスの捜査で、クリーリーとニューヨーク市警118分署との接点が浮かび上がってくる。麻薬がからんでいるようだ。
 サックスはライムの元で鑑識の仕事もしているが、ライムはふたつの事件を同時に手がけることに懐疑的。ウォッチメイカー事件を優先するように助言する。なにしろ犯人は、同じ時計を10個買っているのだから。
 やがて、ふたつの事件が衝突するときがきてしまうが……。

 いつものディーヴァーらしく、どんでん返しの連続。それがふつうなので、どうしても身構えながら読んでしまいました。
 いつもと違うのが、いわゆる善玉側に新たな登場人物がでてきたこと。カリフォルニア州捜査局捜査官のキャサリン・ダンス。尋問のエキスパートで、たまたま講演のためにニューヨークを訪れていて、捜査協力を頼まれます。
 実はライムは、証言というものをまるきり信用していません。確かなのは、物的証拠のみ。
 そんなライムとキャサリンは折り合えるのか?

 全然関係ないですけど、不動産王としてドナルド・トランプの名前が出てきたのが印象的。あの9月の大事件のころだったら「誰それ?」だったでしょう。今なら、誰だか知ってますけどね。


 
 
 
 
2017年07月07日
リリアン・J・ブラウン(羽田詩津子/訳)
『猫はブラームスを演奏する』ハヤカワ文庫HM

 《シャム猫ココ》シリーズ第5作
 ジム・クィラランは〈デイリー・フラクション〉の記者。このところの〈フラクション〉の変わりように心を痛めていた。そのうえ今度は、記者クラブが改装されこぎれいになってしまった。ついにクィラランは決意する。
 三ヶ月の休暇をとる。
 三週間の休みがくるのに合わせ、たまった代休と有給休暇も使って三ヶ月休む。ちょうど、避暑地のログキャビンを無償で貸してくれると申し出があったところだった。
 北に行き、都会のまやかしと都会の汚染と都会の騒音と都会の犯罪から、逃げ出したい。
 貸し主は、資産家のフランセスカ・クリンゲンショーエン。亡くなった母の親友で、子どものころファニー伯母さんと呼んで、本当の伯母のように親しくしていた。
 クィラランは、早々と荷造りをして出発した。シャム猫のココとヤムヤムも一緒だ。
 キャビンは、ムースヴィルの町から3マイルほどはなれた湖のそばにある。鍵の必要がないような田舎だ。
 ところが、置き忘れた金の腕時計が盗まれてしまう。しゃれた金のボールペンも見当たらず、クィラランは疑心暗鬼。ファニー伯母さんがよこしたトムが犯人ではないかとにらむが……。

 今までとがらりと雰囲気を変えて、人の手がほどほど入った自然が舞台。
 夜中に、屋根の上から謎の足音がしたり、悲鳴がひびいたり。そのうえクィラランは、湖で死体らしきものを目撃してしまいます。確認できないまま、その物体は湖に沈められてしまったのですが。
 鍵の必要のない田舎とはいっても、いろいろとありまして。一筋縄では行かないようです。クイラランの聞き間違いの可能性も示唆されます。
 変わらないのは、ココとヤムヤム。二匹は、客間の窓から見える沈下した墓に夢中。 相変わらずクイラランに、犯罪のヒントを教えるかのような行動をしてくれます。
 猫ってそうだよねぇ。


 
 
 
 
2017年07月12日
リリアン・J・ブラウン(羽田詩津子/訳)
『猫は郵便配達をする』ハヤカワ文庫HM

 《シャム猫ココ》シリーズ第6作
 クィラランは、亡くなった資産家フランセスカ・クリンゲンショーエンの遺言により、莫大な遺産の唯一の相続人になっていた。ただし、それには条件があった。5年間はピカックス市のクリンゲンショーエン屋敷に住まなければならないのだ。
 かくしてクィラランは〈デイリー・フラクション〉を退職し、ムース郡で一番の金持ち男となった。
 クリンゲンショーエン家の財産を管理しているのは、三代続く法律事務所の弁護士たち、アレグザンダー・グッドウィンターと妹のペネローペ。
 アレグザンダーは頻繁にワシントンを訪れ不在がち。代わってペネローペがさまざまな手配をしてくれている。ペネローペは、優雅で魅力的で謎めいていて、どこまでいってもビジネスライク。事務所の仕事を一手に引き受けているせいか、疲れが見え隠れしている。
 クィラランの元には郵便が殺到していた。郵便配達人がやってくると、郵便受けからあらゆる大きさと形の封筒が滝のように流れ落ちてくる。この出来事に、飼い猫のココとヤムヤムは大興奮。やがてココが、いくつかの封筒を選び出しはじめる。
 ココは、ピアノに飛び乗って音を出すこともやってのけていた。クィラランが耳にしたのは、四音が上がっていく音階だった。ソ、ド、ミ、ソ。《デイジー、デイジー》の冒頭部分だ。
 一方、屋敷内を見て回ったクィラランは、使用人部屋のひとつが、めちゃくちゃないたずら描きで満たされているのを発見する。それをした若きメイドは、すでに町を去っていた。その名は、デイジー・マル。
 クィラランはデイジーに興味を抱く。突然いなくなったということだったが、理由は分からない。
 家政婦も決まって生活環境が整っていく中、クィラランの周辺では不可解な事件が起こり始めていた。どうもデイジーの失踪に関係があるらしいのだが……。

 冒頭は、病院で目覚めたクィラランが記憶喪失に陥っているところから。かけつけた、親友にして〈デイリー・フラクション〉の記者時代の上司アーチ・ライカのおかげで、記憶はすみやかに戻ります。
 クィラランがなんらかの事件に巻き込まれていることを示しつつ、これまでの来し方を効率よく紹介するための書き出しだったんだろうな、と想像。
 本作では、前作『猫はブラームスを演奏する』からの登場人物や、『猫はスイッチを入れる』のアイリス・コブとか、『猫はソファをかじる』で覚えたドレーパリーが出てきたり、ひとつの通過点になっているようでした。
 もちろん、謎の方もしっかりばらまかれてます。 

 それにしてもクィラランは、最初はバカにしていたデイジーのいたずら描きを、すばらしい芸術作品と持ち上げるなど、他人の評価に左右されすぎ。いや、人の意見に耳を傾ける広い心の持ち主と言うべきか。


 
 
 
 

2017年07月15日
グレッグ・ベア(大森 望/訳)
『ダーウィンの使者』上下巻/ヴィレッジブックス

 ケイ・ラングは分子生物学者。配偶者のソール・マドセンが経営するエコバスター・リサーチ社に勤務する34歳。
 ケイは、グルジアに出張中だった。
 首都トビリシには、エリアヴァ研究所がある。西洋の研究者たちは、ファージを使った医療について学ぶため、エリアヴァ詣でをしている。ケイもそのうちのひとり。ソールは、エリアヴァ研究所の提携相手のひとつに選ばれることに社運をかけていた。
 そんなころケイは、国連平和維持活動本部からの命令を受け取る。
 ゴーディという小さな町で、大量の惨殺死体が発見された。グルジア側は、内戦よりずっと前、大祖国戦争の前の大粛清のころのものだと主張しているらしい。国連は、非グルジア人の医学専門家を派遣し、真偽を確かめる必要に迫られていた。
 ケイには、犯罪捜査の分野に進もうと考え、法医学を学んだ経歴があった。本物の専門家ではないが、他に人がおらず、駆り出されることになったのだ。
 掘り起こされた遺体は、妊婦ばかりだった。彼女らは一様に腹を撃たれている。若い男たちもいた。おそらく、父親になるはずだったものたち。
 ケイが見たところ、5年以内の出来事だった。
 そのころ、アメリカ国立感染症センターのウイルスハンター、クリストファー・ディケンは、奇病の情報をつかんでいた。その病は、流産をもたらすという。ゴーディでも5年前に流行したらしい。当時の状況は分かっていない。
 感染症の原因は、動きを潜めていた内在性レトロウイルスにあった。病にかかるのは女性だけ。性交渉を通して感染し、妊婦のみに作用する。感染後は必ず流産をしてしまう。
 アメリカ疾病対策予防センターは、この謎の感染症を世界に公表した。ウイルスは〈SHEVA〉と名づけられ、注意が呼びかけられる。記者会見で引用された論文は、かつてケイが発表したものだった。
 ケイは一躍時の人になるが……。

 物語のはじまりは、雪のアルプス。
 人類学者のミッチェル・レイフェルスンは、洞窟で冷凍保存された遺体を見せられます。ネアンデルタール人のペアの傍らには、新生児まで。ところが、その新生児にはホモサピエンスの特徴があったのです。
 ケイの周囲の出来事と、ミッチの事件とか平行して語られていきます。ときどきディケンの物語もあり。

 ケイは、研究者としては一流なのかもしれませんが、精神年齢が幼い印象。夫のソールが精神を病んでいて、エリアヴァ研究所と提携できなかったとき、ソールが自殺してしまいます。そのダメージがあるとはいえ、ときどき、苛立たしくなります。
 主役の言動を受け入れられないと、読むのが辛いです。


 
 
 
 

2017年07月20日
佐藤賢一
『双頭の鷲』新潮社

 1356年。
 フランスとイングランド両軍は、フランス中西部のポワティエ近郊モーペルテュイの草原に衝突した。イングランドは大勝し、フランス王ジャン二世はイングランドの捕虜になってしまう。
 そのころブルターニュでは、継承戦争が続いていた。世継ぎのいなかったブルターニュ公、ジャン三世の崩御から16年。プロワ伯シャルルとモンフォール伯ジャンとが、跡目を争って熾烈な争いを繰り広げていたのだ。
 モンフォール党はイングランド王と同盟を結んでいる。ポワティエで勝利をおさめたイングランド軍は、ブルターニュへと向かった。そのうち1500の軍勢で包囲したのは、プロワ党が死守する二大都市のひとつレンヌ。
 レンヌにかけつけたのは、傭兵隊長ベルトラン・デュ・ゲクランだった。手勢はわずかに100。だが、デュ・ゲクランは、巧妙な作戦によってイングランド軍を蹴散らすことに成功する。
 デュ・ゲクランは、かつて占われた言葉を常に意識していた。
「この男子、人知の及ばぬ栄光の定めを授かりて、系譜に未踏の輝きを得ん。天下に無二の人となり、百合の花に飾られたる、未曾有の名誉を楽しまん。遠くエルサレムの果てにさえ、名を轟かせるに至るなり」
 自身を天才と公言してはばからず、無邪気なうえに傍若無人でお調子者。異端児というだけでなく小貴族であるため、36歳になった今も出世にほど遠い状態だった。
 レンヌでの勝利に大感激したシャルル・ドゥ・プロワ伯は、できうる限りのことをした。姻戚関係にあるフランス王家に頼み込み、ノルマンディの城代職をひとつ回してもらったのだ。しかも棒給は王家持ちだ。
 ところが、半年たっても金子が届かない。
 ついに金策の尽きたデュ・ゲクランは、パリに向け出発する。
 ちょうどパリでは市民革命の真っ最中。王宮のあるシテ島では王国統治に関する大集会が開かれていた。ジャン二世の身代金を払うために提示された重い税金に、パリ市民は怒りに震えていたのだ。
 混乱の中デュ・ゲクランは王宮に侵入し、王太子シャルルに会う。あくまで給金が目的だった。そのとき、シャルルがまとったマントに目が釘付けとなってしまう。
 王家の紋章は百合の花だったのだ。
 デュ・ゲクランは、あの予言を思い出していた。そして、シャルルに仕えると宣言する。そのまま王太子シャルルのパリ脱出を手助けし、シャンパーニュを経由してプロヴァンに入った。
 王太子シャルルはパリの奪還を目論んでいた。
 作戦会議に呼ばれたデュ・ゲクランは、見当違いのモーとモントローを落とすことを提案する。小城で、わずかな手勢で落とせるから、と。集った貴族たちは相手にしようとしない。
 だが、王太子シャルルは地図を見て、意味を悟っていた。モーとモントローは河畔にある。城が接する河が行き着く先は、パリに流れ下るセーヌ河だ。2つの小城を押さえるだけで、パリに物資を送るも止めるもこちらの胸先三寸となる。
 このときシャルルは、デュ・ゲクランを不出生の天才だと確信した。側近たちを退け、デュ・ゲクランを重用しだすが……。

 のちに大元帥となり「軍神」と崇められたデュ・ゲクランとフランスの物語。
 デュ・ゲクランの相談役を務めているのが、従兄弟のエマヌエル。フランシスコ会に属する托鉢修道士なのですが、従軍神父というだけでなく、あらゆる面倒をみてます。手紙の代筆だの、家族関係の修復まで。
 好敵手として登場するのは、イングランドの天才ジャン・ドゥ・グライー。デュ・ゲクランがシャルルと出会って強力な後ろ盾を得た一方、グライーは、才能を認められながらも上司にめぐまれず……。

 デュ・ゲクランは、母親のせいで女性にコンプレックスがあったり、弟たちと確執があったり、順風満帆だけでない人生で、非常に読み応えがありました。
 ただ、大出世してからは、全体を見せるためにか、デュ・ゲクラン個人からは離れてしまった印象でした。代わって表に出てくるのが、フランスと、のちに「賢明王」と呼ばれるフランス王シャルル5世。
 できれば、こまかく丁寧だったデュ・ゲクランの描写を、最期のときまで変わることなく読んでいたかった……。


 
 
 
 

2017年07月21日
ガブリエル・ガルシア=マルケス (野谷文昭/訳)
『予告された殺人の記録』新潮文庫

 自分が殺される日、サンティアゴ・ナサールは、司教が船で着くのを待つために、朝、五時半に起きた。
 サンティアゴを殺したのは、パブロとペドロのビカリオ兄弟だった。前日にバヤルド・サン・ロマンと結婚式をあげた、アンヘラ・ビカリオの兄たちだ。
 バヤルド・サン・ロマンが町にやってきたのは、つい最近のことだった。ハンサムで、きちんとしていて、おまけに二十一で自分の財産を持っていた。
 一方のアンヘラ・ビカリオは、資産の乏しい家庭の末娘。バヤルド・サン・ロマンの目に留まったものの、結婚は望んでいなかった。家族に押し切られてしまったのだ。
 ふたりの結婚式は、前代未聞の一大響宴となった。
 その翌日、充分すぎる犯行予告にもかかわらず、サンティアゴ・ナサールは殺されたのだった。
 サンティアゴ・ナサールは、なぜ殺されねばならなかったのか?

 1982年にノーベル文学賞を受賞したガルシア=マルケスが、1981年に発表したルポタージュ風の物語。
 1951年に起こった事件を取材し、最終的に小説に仕立て上げたけれども各方面に考慮して、だいぶたってからの発表、となったそうです。

 語り手は、サンティアゴ・ナサールの友人にして、パブロとペドロのビカリオ兄弟の従兄弟。当時の自分の記憶や、町の人たちから事件のことを聞き取っていきます。
 中には、30年近くの年月が経過し、少々記憶違いをしている町人も。そのため、証言者によって天気が違っていたりします。そこがまたリアル。
 自身の最高傑作と言っているだけあって、最初にサンティアゴ・ナサールが殺された事実を示しつつ、ずっと興味をひっぱっていく構成は見事。
 ただ、証言集の体裁のため、次から次へと新たな登場人物がでてきます。田舎の小さな町だけあって、みんななんらかの繋がりがあるんです。誰と誰が親子で、親戚で、友達で……。ついていくのが大変でした。
 後になって、名前なんて覚える必要はなかった、と気がつきました。重要なのは、ビカリオ兄弟によってサンティアゴ・ナサールが殺された、ということだけなんですから。


 
 
 
 

2017年07月22日
リチャード・T・コンロイ(浅倉久志/訳)
『スミソン氏の遺骨』創元推理文庫

 《スミソニアン・ミステリ》第一作
 ドクター・クラフトは、スミソニアン協会の次官補。
 外国旅行から帰ったところだ。予定より二週間も早いため、オフィスに秘書の姿はない。早急に、それもこっそりと行動の必要なことがあったのだ。
 要件が終わってほっとしたのもつかの間、ドクター・クラフトは殺されてしまう。
 スミソニアン協会は、政府の内部団体でありながら、外郭団体でもあった。資金の一部を議会に仰ぎ、あとの残りを民間資金でまかなっている。職員の一部は公務員であり、あとの残りは民間人だった。
 42歳のヘンリー・スクラッグズは、スミソニアンの渉外業務室職員。国務省から出向して半年がたつ。
 スクラッグズにとって悩みの種のひとつが国際文化交流協会だった。交流協会は、国務省の教育文化局が招待した外国人をまわしてくる。それも、特別な舞台裏の見学を組みこませて。
 受け持つのはいつだって、渉外業務室だった。
 今回やってきたのは、ケープ・ロイヤル共和国のドクター・サブキ。ヘンリーは、スミソニアンの概略を話すことで時間をかせぎつつ、自然史博物館へと案内する。
 博物館では、大量の頭蓋骨コレクションの目録を作成するため、コンピュータを使い始めていた。今までの登録番号をふるやり方では、頭蓋骨をほかの頭蓋骨と比較することはほとんど不可能だ。だが、立体スキャナとコンピュータで目録をつくれば、ひとつとしておなじ頭蓋骨はない、と断言できるようになる。
 研究員は、ドクター・サブキに登録作業を見てもらおうと、頭蓋骨を保管ボックスから取り出しスキャンした。するとコンピュータは返事をよこした。それが登録済みで、ジェイムズ・スミソンのものである、と。
 ジェイムズ・スミソンは、スミソニアンの設立者。大広間の隣にある納骨堂の石棺の中で眠っている。と、思われていた。
 ヘンリーの進言で石棺のふたを開けてみると、フリーズドライにされた死体の各部分でぎっしり。その正体は、法律顧問のウィリアム・ライトだった。
 実はスミソニアンには、連絡のとれてない者が他にもいる。たとえば、ドクター・クラフトとか。
 ヘンリーはさらなる殺人を予見するが……。

 ユーモア系のミステリ。
 作者は実際にスミソニアンで働いていた人で、そちらの面でかなり楽しめました。半官半民のため、お役所ではないながらもそういう雰囲気があって、ユーモアたっぷりに語られます。
 ヘンリーは大の女好きで、かなり下品。下心を隠そうともしません。人によって許容範囲はちがうでしょうが、不愉快になる人は少なくなさそうです。
 残念。


 
 
 
 
2017年07月28日
リリアン・J・ブラウン(羽田詩津子/訳)
『猫はシェイクスピアを知っている』ハヤカワ文庫HM

 《シャム猫ココ》シリーズ第7作
 クィラランは、亡くなった資産家フランセスカ・クリンゲンショーエンの遺言により、莫大な遺産の相続人となった。仕事を辞め、ムース郡はピカックス市の屋敷に引っ越してくる。
 クィラランは、長年新聞記者だったこともあり、地元の新聞〈ピカックス・ピカユーン〉の編集長ジュニア・グッドウィンターを応援していた。古巣の〈デイリー・フラクション〉でのパーティに連れて行き〈ピカユーン〉を紹介するお膳立てをする。
 そこに知らせが舞いこんだ。
 ジュニアの父、シニア・グッドウィンターが死んだ。
 事故だった。
 これまでずっとシニアは、古きよき〈ピカユーン〉を守ってきた。頑なまでに。ジュニアはその姿を見て育ったのだ。やがては自分が社主となり跡を継ぐのだと、信じてきた。
 クィラランは、ショックを受けたジュニアをはげまし、新聞の発行を続けさせようとする。ジュニアが采配をふるい、新聞を存続させていくことを期待していた。なにしろ〈ピカユーン〉は唯一の地元紙なのだから。
 一方、ジュニアの母ガートルードは、新聞社を売ろうとしていた。自宅も手放し、シニアのアンティークはオークションにかけるという。このままでは〈ピカユーン〉は消えてしまう。
 クィラランは、知人の投資家ノイトンに声をかける。ノイトンに新聞社を持つという夢を見せ、〈ピカユーン〉を買収してもらおうと考えた。より有利な条件を提示すれば、買い取れるのではないか、と。
 ノイトンはすっかり乗り気。ガートルードとも意気投合し、つきあい始めるが……。

 今作のココは、シェイクスピアの全集から任意の本を落とす、という技で自分を主張します。
 シェイクスピアは何作か読んでますが、読みが浅いからか、ココが落とした作品を知っていても、どうも意味がつかみきれず。自分には崇高すぎました。
 すごいぞココ。
 ココとヤムヤムはいいけれど、すごく後味が悪い物語でした。すぐに次の巻を読みたくなるくらい。
 クィラランは周囲に死体がでまくるので、感覚がマヒしているのかもしれません。ココとヤムヤムのことで半狂乱になるのは救いでした。 


 
 
 
 
2017年07月29日
リリアン・J・ブラウン(羽田詩津子/訳)
『猫は糊をなめる』ハヤカワ文庫HM

 《シャム猫ココ》シリーズ第8作
 クィラランは、亡くなった資産家フランセスカ・クリンゲンショーエンの遺言により、莫大な遺産の相続人となった。仕事を辞め、ムース郡はピカックス市に引っ越してくる。
 ピカックスでは、唯一の地元紙〈ピカックス・ピカユーン〉が発行を停止していた。社屋の焼失や社主交代などがあり、新しく再出発するところだ。
 発行人兼主筆として招かれたのは、クィラランの親友アーチ・ライカ。前社主のころに編集長を務めていたジュニア・グッドウィンターをはじめとして、スタッフは大張り切り。クィラランは関わらないつもりでいたが、我慢しきれずに執筆に名乗りをあげる。
 着々と準備が進む中、創刊号の一面記事が決まらずにいた。
 そこに大事件が舞い込んだ。
 ハーレー・フィッチと妻のベルが、射殺体となって発見されたのだ。事件を聞いたハーレーの母マーガレットは、心臓発作で亡くなってしまう。そのうえ、父ナイジェルは拳銃自殺をとげた。
 フィッチ夫妻殺害の容疑をかけられたのは、チャド・ランスピークだった。
 チャドの父は、デパートのオーナー。社会的名声がある。ところがチャドは、町の不良グループと行動を共にしてやりたい放題。
 しかし、犯行があったころ、クィラランとチャドは顔をあわせていた。
 クィラランは、新聞記事のためのインタビューをしつつ、ハーレー家のことを調べていくが……。

 新しい新聞の名前は〈ムース郡なんとか〉になりました。
 もうちょっと訳しようはなかったのか、と思いつつ、英語でもそんな感じなのか。
 ちょうどクィラランは、部屋のリフォームを頼んでいるところ。担当するのは若いフランセスカ。フランセスカはクィラランにモーションをかけてきます。
 ヤムヤムはそれが気に入らないらしく、問題行動を起こしてしまいます。ヤムヤムは寂しがり屋ですものね。一方のココは、なにやら舐めていますけど……。

 クィラランの猫たちへの愛情を痛感する一冊。猫好きなら一緒にハラハラしたはず。でも、前作『猫はシェイクスピアを知っている』でも似たようなことがあったような……。


 
 
 
 
2017年08月04日
佐伯泰英
『竹屋ノ渡』双葉文庫

居眠り磐音江戸双紙》シリーズ50
 坂崎磐音(いわね)は、剣の達人。江戸は小梅村に尚武館道場を開いている。このころ、松平定信の改革はうまくいかず、速水左近が幕閣に返り咲いていた。
 左近の口利きか、磐音は嫡男の空也共々、将軍家斉に呼びだされる。家斉から直々に告げられたのは、神保小路での尚武館道場再興だった。
 すでに普請が始まっており、磐音も弟子たちも大喜び。見学に赴くと、見所には一段高い御座所が設けられていた。御座所は上様の指定席だ。
 尚武館道場の背後には幕府がある。御座所の存在が、ただの道場ではないことを示していた。
 そのころ小梅村を訪れる者がいた。向田源兵衛。間宮一刀流の使い手だ。
 磐音と向田が出会ったのは10年ほど昔。別れ際、磐音は向田に、いつの日か道場に来てくれるように誘っていたのだ。
 久しぶりの再会に磐音は、あることを思いつく。
 尚武館道場は神保小路で再出発するが、小梅村には小梅村のよさがある。そこで小梅村にも道場を残そうと考えていた。師範代はいる。だが、それだけでは足りないものがあった。
 そこで向田に、客分として小梅村の尚武館道場を手伝ってもらえないかと願ったのだ。
 向田が快諾し、話は決まった。こうして、移転準備が着々と進んでいくが……。

 道場が神保小路に戻ったり、相変わらず刺客との死闘があったり、やっぱりな別れがあったり。
 このシリーズも次の51巻で終わり。
 まとめに入ってる雰囲気でした。これまで登場してきた人たちの始末をつけるかのように、いろんな人が顔出ししていきます。おそらく向田の再登場もその一環。
 ちなみに向田の初登場は25巻の『白桐ノ夢』でした。ほぼ半分の位置なのは、狙ったのか、偶然か。
 
 磐音、48歳。空也、14歳。次の世代が育っているのが印象的でした。

 
 

 
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