偉そうな話ではなく、哲学的な話でもなく。
とある本の、冒頭の一文です。
国家とは何か。
昨年、服部正也氏の『ルワンダ中央銀行総裁日記』を読みました。(書的独話「知ったことでも全部はいわない」)
一九六五年、経済的に繁栄する日本からアフリカ中央の一小国ルワンダの中央銀行総裁として着任した著者を待つものは、財政と国際収支の恒常的赤字であった―。本書は物理的条件の不利に屈せず、様々の驚きや発見の連続のなかで、あくまで民情に即した経済改革を遂行した日本人総裁の記録である。今回、九四年のルワンダ動乱をめぐる一文を増補し、著者の業績をその後のアフリカ経済の推移のなかに位置づける。
(「BOOK」データベースより)
中央銀行総裁として、国が国であるための経済の仕組みをどう整えていくか。植民地という立場からは脱したものの経済は独立できていない、その状況をどうやって建て直すか。
そういう観点から、これから発展していく「国家」を見ました。
そして今回は、まったく別の、民間人の視点から。
高野秀行氏の『謎の独立国家ソマリランド そして海賊国家プントランドと戦国南部ソマリア』
"崩壊国家ソマリア"の中で奇跡的に平和を達成しているという謎の独立国ソマリランド。そこは"北斗の拳"か"ONE PIECE"か。それとも地上の"ラピュタ"なのか。真相を確かめるべく著者は世界で最も危険なエリアに飛び込んだ。覚醒植物に興奮し、海賊の見積りをとり、イスラム過激派に狙われながら、現代の秘境を探る衝撃のルポルタージュ。第35回講談社ノンフィクション賞、梅棹忠夫・山と探検文学賞受賞作。
(「BOOK」データベースより)
著者の高野秀行氏のモットーは
「誰も行かないところへ行き、誰もやらないことをやり、誰も知らないものを探す。それをおもしろおかしく書く」
だそうです。
ミャンマーの少数民族の地域に通ったりもしてます。そこで「自称国家」郡と出会ってきた経験があります。
そのうえで、無政府状態が続いている「崩壊国家」ソマリアの一角に、十数年も平和を維持している独立国がある、という話を小耳にします。それがソマリランド共和国。国際社会ではまったく認められていません。
いろいろ情報を集めてみたけれど、どうもわからない。それならば、と、実際に行ってみた記録が本書です。
章立てはこんな感じ。
第1章 謎の未確認国家ソマリランド
第2章 奇跡の平和国家の秘密
第3章 大飢饉フィーバーの裏側
第4章 バック・トゥ・ザ・ソマリランド
第5章 謎の海賊国家プントランド
第6章 リアル北斗の拳 戦国モガディショ
第7章 ハイパー民主主義国家ソマリランドの謎
ソマリアは、ソマリ民族の国でした。
ソマリアは、95%以上が言語と文化を共有する同一民族です。それなのに内戦が勃発してしまったのは、氏族抗争があるため。日本がかつて、北条氏や武田氏、徳川氏と別れていたように、氏族単位で諍いが起こるんです。
現在ソマリアは3つの勢力に別れてます。
北部に、イサック氏族のソマリランド。
北東部に、ダロッド氏族のプントランド。
南部には暫定政府があり、ハウィエ氏族が仕切ってます。
各章のタイトルを見て、気がつきましたか。
本書は、たとえ話が多いです。
いかんせん、ソマリランドのことを語るには歴史的背景について語らねばなりません。氏族を抜きには話にならず、当然、氏族は数々の分家に至るまですべてカタカナ。
著者は、分かりやすさを優先させて、便宜上、日本の歴史上の氏族名を付記しました。
北部のソマリランドは、イサック奥州藤原氏が中心。分家同士が対立して覇権争いを繰り広げていたけれど、第三者の氏族が仲立ちして民主主義国家となったところ。
北東部のプントランドは、ほぼダロッド平氏の国。独立しているものの、あくまでソマリア共和国内の独立政府の立場。というのも、ダロッド平氏は旧ソマリア時代に栄華を極めた氏族で、ソマリア天下再統一の野望を抱いているから。
ソマリランドの独立は認めてないけれど、軍事力がないため直接対決などはできません。
南部ソマリアは、ハウィエ源氏の勢力圏。ハウィエ源氏はかつて、ダロッド平氏の政権を武力でひっくり返し、都を奪い返しました。現在は、アル・カイダとも関係を持つ過激派「アル・シャバーブ」が入りこんでおり、ほぼ無政府状態。
いかんせんソマリ人に関する予備知識がないので、たとえが適切なのかどうかは判断できませんが、とても分かりやすいです。
平氏と源氏、藤原氏の関係性が、これまた絶妙。
ハウィエ源氏には、義経と頼朝も登場します。予想どおり、ダロッド平氏を相手に戦って勝利するものの、対立します。
あのふたりじゃ、そういうことになるよねぇ。
著者は、ソマリランド以外にも足を伸ばします。
ソマリランドの謎に迫るには、そもそもソマリアがどういう国だったのか、知っておく必要があるのです。その関係で、ケニア領にあるソマリ難民キャンプも訪れてます。
プントランドは、ソマリランドのすぐ隣。海賊国家とも呼ばれてます。公式には認めてませんが、海賊と関係が深く、人質の母国政府と海賊との仲介ビジネスで潤ってます。
著者はプントランド滞在中、現地でカネを稼ぐことを考え始めます。
そこで現地の同行人に聞いてみます。
海賊がどうやって外国の船を捕まえるのか、そういう映像を撮れないかな?
そこから、海賊行為の実地取材を行なう場合、どうすればいいのか具体的な話が展開していきます。地元有力者への根回しにはじまり、ボート代と海賊の日当、どういう武器が必要か、レンタルしたらいくらかかるか、などなどなど。
商船三井のタンカー襲撃事件が脳裏をよぎりましたよ。
(エピローグに言及あり)
そして、南部ソマリアにも向かいます。
首都モガディショは、ちょうどアル・シャバーブが撤退したところ。長年戦闘下にあったのでボロボロな町並みを想像していたら、まったく違いました。
予想外に街がきれい。内戦時代、携帯と送金の会社は攻撃されなかったそうです。どちらの陣営も、携帯と送金会社が必要だったから。
なるほど、なるほど。
内戦が勃発したとき参考になりそうです。
著者は、ホーン・ケーブルTVとのコネを最大限活用し、モガディショ支局の世話になります。大きな戦闘は収まってますが、散発的なものはあります。なにより、外国人には拉致される危険があったんです。
モガディショでは、なんと日本人に出会います。
著者は警察の部隊と一緒に行動していますが、その日本人はひとり。その代わり、護衛の兵士を雇ってました。
10人!
そういうところなんですね。
シリアで過激派組織に拘束された某氏は何人雇っていたんだろうな……とか考えてしまいました。
ソマリランドに帰ったとき、なんと平和に感じられたことか。
国家とは何か、の結論は『謎の独立国家ソマリランド』でどうぞ。
高野秀行氏のモットー
「誰も行かないところへ行き、誰もやらないことをやり、誰も知らないものを探す。それをおもしろおかしく書く」
に違わず、おもしろおかしいです。そして、読みやすい。