書的独話

 
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03月08日 物語のおわり
05月17日 何度も読みたくなる本、その2
06月01日 何度も語りたくなる本
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08月13日 破壊と再生
10月18日 国家とは何か
12月31日 総括、2020年

 

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2020年03月08日
物語のおわり
 
 久しぶりに、読後に虚脱感の漂う物語に出会いました。

イサベル・ホーフィング
翼のある猫
 少年ヤッシェは商社ヒップハルトに、夢世界〈ウマイヤ〉のセールス員として雇われた。ヒップハルトの上層部では、時間旅行の秘密を探る目論みが進行中。時間旅行ができると思われているヤッシェは、ウマイヤでトラブルに巻き込まれ、閉じこめられてしまう。
 ヤッシェは仲間たちと共に、ウマイヤから脱出しようと旅にでるが……。

 結末が独特でした。
 この感じ、どこかで読んだことがある……。と、思ってたどりついたのが、

J・R・R・トールキン
指輪物語
 ホビット族のフロドは養父のビルボから魔法の指輪を譲られた。ビルボは指輪の正体を知らなかった。実は、冥王サウロンの主なる指輪だったのだ。
 サウロンは復活しつつあり、己の力のほとんどを封じ込めた指輪を取り戻したがっている。サウロンに指輪を渡してはならない。フロドは仲間たちと旅たつが……。

 これ以降、ネタバレあります。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 どちらの物語にも、旅があります。

 『翼のある猫』では〈ウマイヤ〉にとじこめられたヤッシェと仲間たちが、境目を目指して旅します。不確定要素として、ヤッシェの死んだ双子の妹イェリコがいます。ヤッシェを脅かす、ヤッシェの能力を狙うヘルマン・スプリックという存在もあります。

 《指輪物語》ではサウロンの指輪を葬り去るため、フロドと仲間たちが〈滅びの亀裂〉を目指して旅します。フロドにとってサウロンも脅威ですが、かつて指輪の所有者だったゴラムにも脅かされます。
 (旅以外にもありますが、ここでは省略します)

 起こっていることは、まったく違います。

 『翼のある猫』では、テンベとテンベリにまつわる物語が鍵になります。
 テンベの民はテンベリの子孫だといわれています。テンベリにはシッパルティという弟がいます。
 シッパルティはテンベリを陥れ、自身は巨大な商売帝国を築きあげます。一方テンベリの宮殿は、世界と時間から滑りだし、時間の果ての境目にかろうじて引っかかっています。

 あるときシッパルティはテンベリに約束しました。ある時期がきたら、自分の6人の子のうち一番かわいかっている双子のヒップとカットを送る。子どもたちが助けてあげられるだろう、と。
 実は、ヤッシェを雇ったヒップハルトは、ヒップ・シッパルティの子孫が興した会社でした。ヤッシェの旅は、かつてシッパルティが約束したテンベリの救援の旅でもあるのです。
 とはいえ、テンベの民はシッパルティを許していません。やがて訪れるシッパルティの子に、父親が犯した罪の代償を払わせるつもりでいます。

 ヤッシェは旅をするうちにシッパルティの本心を知ります。境目にたどり着き、テンベリ(生きてました!)に会ってシッパルティの言葉を伝えます。

 《指輪物語》では、サウロンの台頭と、それに対抗するさまざまな種族との闘いが語られます。フロドの旅はほんの一局面。世界では、あちこちで衝突が起こってます。

 サウロン率いるモルドールは、隣国の人間たちの国ゴンドールに襲いかかります。
 ゴンドールは、かつてサウロンを倒したイシルドゥアの一族が支配していた国。王家はすでに絶えていて、摂政家が王の代わりを務めてます。いつの日かイシルドゥアの子孫が帰ってくる、という予言があります。
 その予言の主が、フロドと共に旅をするアラゴルンです。フロドと分かれたのち、ゴンドールに帰還して王冠を戴くことになります。

 フロドの旅を主導していた魔法使いのガンダルフは、同じく魔法使いで長のサルマンの裏切りにあいます。サルマンは力におぼれ、サウロンに寝返っていたのです。
 サルマンは人間たちの国ローハンを攻め滅ぼそうとしますが失敗し、逃亡します。

 どちらも、真の目的の後に、エピソードがありました。

 『翼のある猫』では、ヤッシェたちが〈ウマイヤ〉からの脱出に成功します。
 ヤッシェたちが無事に帰ってきて、ヒップハルトはお祭り騒ぎ。現実世界ではヒップハルト側でもさまざまなことが試みられていたらしく、功労者に拍手喝采が送られます。
 ヤッシェは蚊帳の外、といった雰囲気。
 ヤッシェは、当代のヒップ・シッパルティと面会します。将来の話として、ヒップハルトの舵取りを任せたいと打診されます。ヤッシェは断りますが、含みを持たせた終わり方になってます。

 疲れているし、なんだか疎外感でいっぱい。なんとも重苦しく、とはいえ未来も予感させるいい結末でした。

 《指輪物語》では、指輪を葬り去り、サウロンが完全に消滅します。フロドたちは故郷のホビット庄に帰りますが、なんと、サルマンに乗っ取られてました。
 それも解決して、本当の平和が……といったところで、フロドの異変が語られます。フロドは決して癒えることのない傷を負っていて、ヴァリノール(神々の国)へと立ち去ります。

 まわりは平和だけど、いつまでも疲れがとれないし、旅したときの恐怖を忘れることのできない苦しさ。
 ヴァリノールでおだやかに暮らせよ、フロド。

 物語のおわりって、難しいですよね。
 そこまではよかったのに、結末でつまずいたらすべてが台無し。かと思えば、ちょっと思うところがあっても結末がよければいい印象が残せる。
 今回『翼のある猫』で虚脱感に襲われて、つくづく思いました。

 『翼のある猫』は、ヤッシェの〈ウマイヤ〉での冒険が主軸だと思われるのですが、そこまでが長い。なかなか冒険しない。なので、旅にでたときには、すでにかなりのページ数を消費してしまっている状態。
 なんとももったいない。
 もっとじっくり大冒険に浸れたらなぁ……と思っていたところに、あのラスト。大長編の《指輪物語》を彷彿とさせました。
 さまざまな感情が残りました。

 物語のおわりって、重要ですよね。


 

 
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