時代小説の話ではないです。もっとずっと大きな歴史の流れがフィクションに入っている、ということについて。
たまたま目の前にあった本を読んだら、歴史の勉強が入っている本でした。
それが、今回の読了本である、
ニコル・バシャラン&ドミニク・シモネ
『ネモの不思議な教科書』
11歳のネモは事故で記憶を失ってしまった。思い出せるのは自分の名前だけ。テレビ番組に出演したネモは大評判となり、ドキュメンタリーが作られることになる。
ネモは叔父のガスパールに連れられて、世界を再発見していく旅にでるが……。
児童書です。Amazon分類ではフランス文学扱いになってました。版元が児童書専門ではないせいか。
11歳のネモが主人公のため、当然子供視点。あきらかに、子供向けに書いてあります。
とはいえ、やはりフランス。ネモに最初に渡される本がサン=テグジュペリの『星の王子さま』だったことにしみじみきました。ごくごく簡単なものながら性教育もあったりします。
ネモの再学習が主軸なので、出だしは、いかにも子供向けの学習書。ビックバンからはじまる歴史の勉強は、どうしたって教育番組的になってしまう。
正直なところ、ちょっと失敗したな……と思いました。読みはじめたころには。
ところが、読み進めると、どんどん文学になっていくんです。
ネモは記憶と同時に感情もなくしてます。ただ「怒り」だけはあります。旅が進んでいくと同時に感情も取り戻していきます。そのネモが最後になってようやく理解したのが「愛」という感情。
ネモが、世界を旅してまわって歴史を勉強していく……だけだったら物語として厳しかっただろうな、と思います。勉強にはなってもおもしろくない。歴史以外もしっかりあったから、受け入れられて翻訳もされたんでしょうねぇ。
実は、わずか8日前に、歴史の勉強になる本を読んでます。
ドゥニ・ゲジ
『フェルマーの鸚鵡はしゃべらない』
古書店主リュシュ氏のもとに、旧友のグロスルーヴルから大量の蔵書が届けられた。どれも数学の貴重な著作だったが、まったく整理されていない。グロスルーヴルは自宅の火事で亡くなり、遺された手紙によると、ふたつの未解決の命題を解いたが秘密にする決心をしたという。
数学のことをなにも知らないリュシュ氏は、蔵書をきちんと扱うため、また、旧友の真意をさぐるため、数学の歴史をひもといていくが……。
こちらは、数学に特化してます。
はじまりは11歳の少年マックスが、蚤の市でオウムを助けるところから。
関係ないですが、マックスの家庭はちょっと意味不明な状態で目を引きます。
母は独身のまま双子を出産し、雇用主のリュシュ氏と共同生活をはじめます。シェアハウスのようなものでしょうか。
その後、母は養子をもらおうとしますが、独身のため果たせません。代わりにリュシュ氏が養父としてマックスを引き取ります。マックスは書類上はリュシュ氏の子ですが、実体はちがいます。
マックスの一家は古書店の2階で暮らしてます。リュシュ氏は事故のため車椅子生活になり、今では、1階のガレージだったところを改装して暮らしてます。2階に行くこともできますが、ほぼ1階にいるようです。
この人間関係はクローズアップされることなく、流されてしまいます。すごくおもしろそうなのに。フランスだと珍しくもないのでしょうか。
そう、こちらもフランス文学です。偶然ですけど。マックスが11歳なのも偶然。
リュシュ氏は数学の歴史をひもといていきますが、子どもとオウムがついてきます。オウムのおしゃべりも利用して、子どもたちに、自分が調べた数学の歴史を披露します。ときには演劇なども取り入れて。
子どもたちが勉強の成果として、数学の歴史をはなすこともあります。聴衆に大人が加わることもあります。
いろいろ工夫はしてあるのですが、やはり広範囲だと名前の羅列になりがち。数学の天才たちのおもしろエピソードも圧縮されて、どうも物足りない。
予後知識※があったのは幸いでした。なかったら、途中で読み止めてしまったかもしれません。
物語の中に歴史講義を入れこむのって、難しいんですねぇ。
※予備知識……サイモン・シンのドキュメンタリー
『フェルマーの最終定理 −−ピュタゴラスに始まり、ワイルズが証明するまで』(書的独話「フェルマーの最終定理」)で、大雑把に数学史が紹介されてます。
〈フェルマーの最終定理〉というキーワードがある分、範囲は狭まりますが、勉強としてはとっつきやすいかも。
ところで、この文章を書きはじめてから「歴史」を他に言い換えられないか、調べました。
当初は「歴史を語る」というタイトルをつけてたんです。でも、6月の「何度も語りたくなる本」と被ってしまうんですよね。それで、別の言い回しでなにかないかな、と。
最終的にはご覧の通り。「歴史」を使いましたが、調べた中に「来歴」がありました。
それでようやく思い出しました。
ジェラルディン・ブルックス
『古書の来歴』
内戦のために行方不明になっていたサラエボ・ハガダーが再発見された。修復するため、古書の鑑定家ハンナ・ヒースに声がかかる。製本をくずしたハンナは、本がたどってきたであろう手がかりを見つけた。蝶の羽、ワインらしき染み、塩の結晶、白い毛……。 それらは何を語るのか?
実在するサラエボ・ハガダーに着目した一冊。
ハガダーとは、ユダヤ教徒たちが過越しの祭で使う書のことです。ユダヤ人と共にありました。この古書の来歴は、ユダヤ人の歴史を辿ることでもあるんです。
来歴は、短篇という形で語られていきます。
大きな流れを、少しだけすくいとるスタイル。区切りが読みやすさにつながるのかもしれません。
ちなみに、こちらはフランスではなくオーストラリアです。