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2006年の記録
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このページの本たち
月は無慈悲な夜の女王』ロバート・A・ハインライン
スキャナー・ダークリー』フィリップ・K・ディック
結晶世界』J・G・バラード
航路』コニー・ウィリス
高い城の男』フィリップ・K・ディック
 
占星師アフサンの遠見鏡』ロバート・J・ソウヤー
バービーはなぜ殺される』ジョン・ヴァーリイ
マークスの山』高村 薫
さまよえる脳髄』逢坂 剛
電話男』小林恭二

 
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2006年02月05日
ロバート・A・ハインライン(矢野 徹/訳)
『月は無慈悲な夜の女王』ハヤカワ文庫SF

 マヌエル・ガルシア・オケリーは、個人請負の計算機技師。月にいる最高の専門家だ。
 マニーは、月世界行政府政庁の計算機に、マイクと名付けていた。ある小説に登場するマイクロフト・ホームズにちなんで。というのもマイクは、動かず、考える思考計算機だったから。あらゆることをこなす計算機の親玉、それがマイクだ。
 あるときマイクは、月世界市事務所の掃除夫の給料に、十の十六乗を上乗せした小切手を切った。さっそく呼び出されたマニーは、修理の前に、マイクに話しかける。なぜ、そんなことをしたのか、と。
 マニーは、マイクに知性が宿っていることを知った。小切手は、マイクなりのユーモアだったのだ。そして、友だちを欲しがっていることも……。
 この時分、月世界は、地球にある月世界行政府に支配されていた。人口300万人。犯罪者や政治的追放者やその子供たちが大半だが、そうでない住民もいる。気圧ゼロは、行儀よくする場所。人々は出自を問わず、独特のルールを築き上げてきた。
 マニーは、多くの月世界人がそうであるように、政府の存在を快く思ってはいない。しかし、政治には無関心だった。それも、マイクがあるホールのピックアップ・スイッチを切られ、むくれたことで一変する。
 マニーは、ホールでなにが行われるのか、知りたがるマイクに代わって抗議集会に出かけて行った。それはただの集会ではなく、秘密集会。マニーは、月香港から来た活動家ワイオミング・ノットと知り合い、演説を聴く。ワイオの案に反対したのは、旧知のベルナルド・デ・ラ・パス教授。その演説中、政府長官の親衛隊が乱入してきた。
 マニーは、土地勘のないワイオを連れて逃亡する。そしてホテルに隠れ、月世界中の電話を操るマイクを通じで、デ・ラ・パス教授と連絡を取り合った。3人とマイクは、月の独立を求めて革命を起こすことになるが……。

 マニーの回想記。
 何年か前に読んだときにはそれほど評価は高くなかったのですが、いろんなことを知っている現在では話は別。革命物語だけあって、政治的、思想的な会話がたんまりでてきます。
 古い作品ですが、名作。


 
 
 
 
2006年02月06日
フィリップ・K・ディック(浅倉久志/訳)
『スキャナー・ダークリー』ハヤカワ文庫SF

 フレッドは、オレンジ郡保安官事務所麻薬課のおとり捜査官。おとり捜査官たちが身にまとうのは、スクランブル・スーツ。スーツを着た人間はおぼろげにしか見えなくなり、姿も声もランダムに変化する。フレッドの正体は上司のハンクですら知らない。
 フレッドであるロバート・アークターは、物質Dを追っていた。この新手のドラッグは他のドラッグと違い、製造元はひとつ。成分は分かっているが、安値で卸されているためどこも追随していない。しかも、販売網は多角的。アークターは、ジム・バリス、アーニー・ラックマンを自宅に同居させ麻薬に浸る日々を送る一方、末端のローカルな売人ドナから仕入れ先をたどる試みをしていた。
 ある日フレッドはハンクから、アークターに関する密告があったことを知らされる。アークターには、仕事としているブルーチップ・スタンプ交換センターの給料よりはるかに高額の資金源があるというのだ。フレッドは、それが捜査活動の報酬であることを知っていた。しかし、ハンクにアークターが自分であることを告げることはできない。
 フレッドは、アークターの家に監視装置を取り付けさせた。アークターとして生活し、フレッドとしてアークターを監視する日々が始まる。密告者はバリスではないかと疑うが……。

 アークターが精神的に壊れていきます。ディックの作品の中には、精神が崩壊したまんま終わってしまう物語もあります。今回も同じ結末か、と懐疑的になりましたが、それは取り越し苦労。見事に終わってくれました。


 
 
 
 
2006年02月11日
J・G・バラード(中村保男/訳)
『結晶世界』創元SF文庫

 エドワード・サンダーズは、アフリカのフォート・イザベル癩病院の副院長。ここのところ、スザンヌ・クレアから届いた手紙に不安を覚えていた。手紙には、恍惚とした幻想的描写が書かれていたのだ。スザンヌは、かつての同僚マックスの妻であり、サンダーズの秘めたる情事の相手だった。
 もしや、神経組織が癩病に冒されているのでは?
 サンダーズは1ヶ月の休暇をとり、夫妻のいるモント・ロイヤルへと旅立つ。そこは、カメルーン共和国の一郭。マタール河を50マイルさかのぼったところ。エメラルドとダイヤモンドの鉱山がある町だ。
 サンダーズは三日間の船旅の後、マタール港にたどり着いた。港町は人気がなく、モント・ロイヤルへの船便は運航中止。サンダーズは警察署で、モント・ロイヤル近くの森で植物病が発生したと説明を受ける。一方、サンダーズに接触してきたジャーナリスト、ルイーズ・プレは「非常事態」と形容した。
 モント・ロイヤルでなにが起こっているのか?
 あくる朝、水死体が引き揚げられる。サンダーズのみたところ、死体は少なくとも4日間、水に浸かっていたはず。しかし、まだ温かみが残っており、その右腕は肱から指先まで水晶と化していた。

 どんよりした物語。サンダーズの船旅で同室だったベントレスは、謎と陰と棘のある人物。物語のトーンそのままの雰囲気で、不可思議さをもりたててます。
 美しい結晶世界の中で、人間のやるせないほどの汚らしさ。それらをも取り込んで行く森の発端はなんだったのか、知りたかったような、どうでもいいような。


 
 
 
 
2006年02月13日
コニー・ウィリス(大森 望/訳)
『航路』上下巻・ソニー・マガジンズ

 ジョアンナ・ランダーは認知心理学者。臨死体験の原因と働きを科学的に解明しようと、聞き取り調査を行っている。ところが、勤務先の病院で貴重な患者たちと面接しているのはジョアンナだけではなかった。
 臨死体験本でベストセラーをものにした作家モーリス・マンドレイクが、誘導的な話法で、患者たちに体験談を思い出させているのだ。ジョアンナは、マンドレイクによって体験が歪められる前に調査しようと、奔走していた。
 ある日ジョアンナは、神経内科医のリチャード・ライトに共同研究を持ちかけられる。リチャードは、死に瀕している脳の中でなにが起こっているのか、つきとめようとしていた。被験者に、神経刺激薬によって疑似臨死体験をさせるのだ。臨死体験が脳のサバイバル・メカニズムだとすれば、心停止した患者の蘇生に応用できるはず。
 ジョアンナはリチャードの申し出を受け、被験者となったボランティアたちの確認を始める。すると、マンドレイクのスパイが含まれていた。他にも、問題のある人たちが……。被験者には、白紙の状態の人間が必要なのに。
 ジョアンナとリチャードは、被験者が不足する事態に陥ってしまった。研究をつづけるためには、結果が必要。今からボランティアの再募集をかけたのでは時間がかかってしまう。ジョアンナはプロジェクトの存続をかけ、自己実験に踏み切る。
 ジョアンナは臨死体験の実験で、信じられない実在の場所にでるが……。

 医学ミステリ。
 なぜ人は臨死体験をするのか? 生き返ることのなかった男の臨終の言葉「遠すぎて来られない」の意味とは? 被験者だったアミーリアが示す恐怖の理由は?
 さまざまな謎をちりばめ、複雑怪奇な病院を舞台に繰り広げられるドタバタ喜劇と、真面目なストーリーとが絡み合う傑作。


 
 
 
 
2006年02月23日
フィリップ・K・ディック(浅倉久志/訳)
『高い城の男』ハヤカワ文庫SF

 第二次世界大戦で枢軸国側が勝利し、世界はドイツと日本の二大国家によって支配されるにいたった。分割されたアメリカ中西部で大きな権力を握っているのは、日本。
 アメリカ太平洋岸連邦の一都市サンフランシスコでは、ロバート・チルダンがアメリカ美術工芸品商会を構えていた。アメリカの現代工芸は死滅し、扱うのは過去の栄光だけ。チルダンは戦前を知っているだけに、現状に不満を抱いている。
 チルダンの顧客、田上信輔は、太平洋岸第一通商代表団の高級官僚。このたび、バイネス氏の訪問を受けることになった。バイネスがたずさえてくるのは、新しい射出成形法。ぜひとも得たい情報なのだが、どうもバイネスはスパイであるらしい。
 バイネスの目的とは?
 このころ世間では、ドイツと日本が戦争に負けた世界を書いた『イナゴ身重く横たわる』がベストセラーとなっていた。ドイツ第三帝国の支配地域では発禁処分となった問題の本だ。作者はホーソーン・アベンゼン。アベンゼンはロッキー山脈連邦におり、身の安全のために〈高い城〉に住んでいるという。
 ロッキー山脈連邦で暮らすジュリアナ・フリンクは、偶然知り合ったトラック運転手のジョー・チナデーラに惹き付けられてしまった。ジュリアナはジョーにさそわれ、デンヴァーに旅行に行くことに。そして、その先に住むアベンゼンに面会する計画を立てるが……。

 日本とドイツの政治的かけひきと、ジュリアナがアベンゼンに会いに行く話を中心に、スローテンポでさまざまな人の生活が書き出されていきます。
 多くの登場人物が頼っているのが、易経。田上もジュリアナも使いこなしていて、その指し示すものが物語全体を支配しています。実際、易を立てながら書かれたそうですが。
 現実世界と逆転した世界観にはリアリティーがあります。他民族に支配された重苦しいアメリカ。異質な世界を舞台にくりひろげられる普通小説。SFというより、文学系。
 ヒューゴー賞を受賞しましたが、個人的には、これのおかげで無冠に終わってしまった クラークの『渇きの海』の方を評価したい……。


 
 
 
 
2006年03月05日
ロバート・J・ソウヤー(内田昌之/訳)
『占星師アフサンの遠見鏡』ハヤカワ文庫SF

 キンタグリオたちは、長い尻尾と、黒曜石の目と、宗教と、なわばり本能を持っていた。大河に浮かぶ大地を治めるのは、女帝レン=レンズ。〈神の顔〉をはじめて目撃した予言者ラークスの子孫だ。
 女帝の息子ダイボと友だちなのが、宮廷占星師の見習いアフサン。偶像視していた宮廷占星師タク=サリードに落胆する日々を送っている。
 ある日、サリードの元に有名な船長ヴァー=キーニアが尋ねてきた。キーニアは、新しい道具〈遠見鏡〉を持ってきたのだが、サリードは玩具と取り合わない。アフサンは興味津々。それを使って観察を行いたくてたまらない。うっかり失言してしまい、サリードの怒りを買う始末。
 そんなアフサンも、孵化して10阡日。巡礼へと旅立つ時期か近づいていた。巡礼では、船に乗って〈神の顔〉へと旅をする。もどらない船もある、危険な旅だ。そして、その前に儀式狩猟を済ましておかなければならない。
 アフサンとダイボが加わった帝国狩猟隊は、隊長デム=ピロントが亡くなり、ジャル=テテックスが引き継いだところ。隊を率いたテテックスは、ライジュウに狙いを定める。ところが、そのライジュウは巨大すぎた。死者が出る中、アフサンは英雄的な活躍を見せる。
 次いでアフサンとダイボは、巡礼へとでることに。乗るのは、キーニアのダシェター号。さっそくキーニアに〈遠見鏡〉を借りるアフサン。さまざまな天体を観測し、従来とはまったくちがう世界の構造に思いいたる。
 しかし、それは予言者ラークスを否定するものだった。

 独特な世界と、独特なキンタグリオ(恐竜)族の生態紹介がある分、少々説明っぽくなってしまう部分があります。が、気になるのは最初だけ。観察し、推察し、実践するアフサンの運命は?
 おもしろくって哀しいのは、何度読んでも同じ。


 
 
 
 
2006年03月11日
ジョン・ヴァーリイ
(大野万紀/大西憲/宮脇孝雄/浅倉久志/訳)
『バービーはなぜ殺される』創元推理文庫

 《八世界》シリーズに関連した短編集。
 2050年、地球は異星人に侵略されてしまった。人類は、水星、金星、月、火星、タイタン、オベロン、トリトン、冥王星の八つの世界にちらばり、生き延びていく。自由気ままに身体を作り替え、クローン技術を発達させ、独自の生活様式を築き上げながら……。

「バガテル」(大野万紀/訳)
 月のニュードレスデン。花とギフトの店バガデルのすぐ外で、高さ1メートル、長さ2メートルの円筒形をした爆弾が通行人に爆発予告をした。通報を受けた自治警察署長アンナ=ルイーズ・バッハは、休暇を月ですごしていた爆弾処理の専門家バークスンを連れて駆けつけるが……。
 バッハにとって爆弾事件ははじめて。バークスンに依頼したものの、信頼していいものかどうかも分からない。それは読者も同じこと。爆弾処理をするだけの話ですが、楽しめます。

「びっくりハウス効果」(大西憲/訳)
 クウェスターは、小惑星を改造した〈雪つぶて〉に乗っていた。天然の船が太陽に接近するたびに失う質量は、1億トン。そのために、航海は今回で最後となる。航路会社によって次々と外されていく設備。クウェスターは、核融合エンジンや救命艇さえもなくなっていることに気がつき……。
 びっくりする展開に、びっくりする結末。ヴァーリイの作品をいくつか読んでいると、納得。

「バービーはなぜ殺される」(宮脇孝雄/訳)
 警部補のアンナ=ルイーズ・バッハは、殺人事件の捜査に着手した。事件が起こったのはテレビカメラの目の前。犯人も写っているのだが、そこは規格統一教徒の区域だった。バービーと呼ばれる彼らは全員が同じ外見をしている。見分けることは不可能だった。
 バービーたちは、外見だけでなく中身も同一になろうとしています。そんな彼らの中から犯人を見つけようともがくバッハ。なぜそのバービーが殺されたのか、犯人はどこにいるのか、バッハの手法とは?

「イークイノックスはいずこに」(浅倉久志/訳)
 パラメーターは、シンブのイークイノックスと共生関係を結び、リンガーとなった。環境保全派として宇宙を漂う日々。ところが、五つ後を出産した直後、改造派に襲われてしまう。ひとりになってしまったパラメーターは、新たなシンブと共にイークイノックスの探索を決意する。
 現在と、イークイノックスと出会った過去とか入り乱れた、ややこしい物語。

「マネキン人形」(大西憲/訳)
 イヴリンは、妄想性分裂症のバーバラと面談することになった。バーバラは男を殺し、殺人罪で起訴された女。イヴリンが男を殺した理由を尋ねると、バーバラは「頭を切り取っても歩けるかどうか調べるためだ」と答えた。なぜ調べなければならなかったのか?

「ビートニク・バイユー」(大野万紀/訳)
 アーガスは13歳の少年。同じ年代の身体を持ったキャセイを先生にしている。キャセイの実年齢は47歳。ある日アーガスは、キャセイと、友だちのデンバーとその先生のトリガーと、みんなでビートニク沼沢地にいた。そしてキャセイが、アーガスの知らない妊娠した女とトラブルになって……。
 現代と比較して、ある意味メチャクチャな環境ですけど、きちんと成長します。少年の成長物語。

「さようなら、ロビンソン・クルーソー」(浅倉久志/訳)
 ピリは、建設工事中の〈パシフィカ〉ディズニーランドで暮らしていた。ラロトンガ・リーフは完成済みで、ロビンソン・クルーソーを気取ったピリは、冒険の毎日。そこへ謎の旅行者リーアンドラが現れた。リーはピリに急接近してくるが……。
 徐々に明かされる世界と、一気に明かされる結末。
 リーの正体とは? そして、ピリの正体とは?

「ブラックホールとロリポップ」(大野万紀/訳)
 18歳のザンジアはゾウイのクローン。2人はブラックホールを求め、探鉱船〈シャーリイ・テンプル〉で彗星帯を飛んでいた。〈シャーリイ・テンプル〉の質量探知機は故障中。ザンジアは救命艇に乗り、そちらの弱々しい探査機を操る。そんな最中、ラジオを通じて何者かが語りかけてきた。相手は、ブラックホールだと名乗って……。
 必要最低限のものしか持って出ないホールハンターの中にあって、ゾウイは多少異色の存在。『へびつかい座ホットライン』のある人物を彷彿とさせます。

「ピクニック・オン・ニアサイド」(大野万紀/訳)
 フォックスは母・カーニバルの教育方針に反発し、ハロウと共に、オールド・アルキメデスへと出かけていった。そこは、放棄された〈おもて側〉の都市。セントラル・コンピュータとも交信できないところ。2人は、無人のはずの都市で老人レスターと出会い……。
 異星人に侵略されて、地球を離れて生きねばならなくなった人類。〈おもて側〉を棄てたのは、故郷をながめて暮らすことに耐えられなかったから。なんて哀しいんでしょう。


 
 
 
 
2006年03月16日
高村 薫『マークスの山』早川書房

 昭和51年。
 岩田幸平は、山梨の人里離れた山中の飯場で寝泊まりしていた。その日、岩田はしこたま酔い、早朝、飯場にやってきた何者かを獣と間違え撲殺してしまう。凶器は、飯場の戸口にたてかけてあったスコップ。
 捜査を担当した佐野警部補は、事件に不可解なものを感じていた。岩田が犯人なのは間違いない。しかし、被害者が飯場へやってきた理由や、スコップがその場にあった意味が見えてこないのだ。
 謎は謎として残り、岩田は検察庁へと送致された。
 平成4年。
 合田雄一郎は、警視庁捜査一課第三強行犯捜査班七係の主任刑事。早朝に出勤すると、遺体発見の通報が入っていた。
 場所は、都立大裏の路上。被害者は、住田会系吉富組元組員の畠山宏。凶器は特殊なものらしく、特定できない。みすぼらしい衣服とは裏腹に、財布の中には真新しい1万円札が10枚入っていた。
 2日後。
 法務省刑事局次長検事・松井浩司が殺された。畠山のものと似通った傷口があり、同一犯の可能性が取りざたされる。目撃者もでて、犯人逮捕は時間の問題に思われた。ところが、被害者が検事であったために、上層部は情報をせき止めてしまう。
 公務員関係者や近親者、同窓会からの情報がとれず、捜査は難航。合田は密かに、旧知の間柄にある検事・加納祐介から情報提供を受ける。松井は、N大蛍雪山岳会OB会に所属しているらしい。
 畠山と松井、そして犯人のつながりとは?

 直木賞受賞作。
 合田刑事シリーズ(『レディ・ジョーカー』『照柿』)の一冊。骨太な刑事もの。
 体面上、畠山と松井の事件は別モノとされているため、捜査本部は2つ。それぞれに刑事たちがいて、ライバル意識もむきだしに人間が入り乱れます。
 ほぼ10年ぶりに読みましたが、事件の真相を知っているだけに、あのゾクゾク感ふたたび、とはいきませんでした。当時、33歳の合田がとても大人に思えたんですけどねぇ。


 
 
 
 
2006年03月17日
逢坂 剛『さまよえる脳髄』新潮文庫

 南川藍子は精神科医。本人はまったく気がついていないが、謎の存在にねらわれていた。
 その者の正体は?
 なぜ命をねらわねばならないのか?
 ある日藍子は、アスレチック・クラブで刑事・海藤兼作と知り合った。海藤は、公務執行中に犯人の反撃に遭い、頭頂部を負傷した過去を持つ。ときどき表面化する障害の数々は、それが原因なのか?
 藍子は、殺人未遂で起訴された追分知之の精神鑑定を引き受けることになった。
 追分は、プロ野球チーム・チェリーズのエース。完全試合を逃した直後の9回裏、投手交代のためにリリーフ・カーを運転してきたマスコット・ガールに襲いかかり、首を絞めて殺そうとしたのだ。観客の目の前、テレビ中継もされていた中での凶行だった。藍子は、さまざまなテストを行い、追分の事件当時の精神状態をさぐっていく。
 一方海藤は、ラブ・ホテルを舞台にした連続殺人事件の捜査に着手していた。被害者は、婦人警官に扮したデート・クラブの女。そして、現役のスチュワーデス。どちらも、身につけた制服をずたずたに切られ、めった突きにされていた。
 海藤は藍子に、犯人像について相談する。そして藍子の前に、推察した犯人と似た男が現れた。彼は自分がホモだと言うのだが……。

 3つの精神障害と、藍子をつけねらう謎の人物。それぞれのエピソードで一冊かけそうなところを、藍子を軸に、少々刈り込んでひとつの物語にまとめた印象が残りました。主題が別のところにあるからでしょうが。
 10年ぶりぐらいに読んで、いろいろなことを忘れてましたが、オチだけはしっかり覚えてました。それほど結末は強烈。


 
 
 
 
2006年03月18日
小林恭二『電話男』ハルキ文庫

 電話男たちは、いつ、どこで、だれから電話がかかってきても、相手から切らない限り話相手になってくれる存在。数時間でも、数十時間でも、どんな話でも聞いてくれる。
 どのようなきっかけで電話男となるのか、なんのために電話男をつづけているのか、それは人によってさまざま。電話男は男とは限らないし、若者も、老人もいる。
 これまで電話男たちは、さまざまな迫害を受けてきた。
 国会による追及、地方自治体による「電話男追放キャンペーン」やUFO研究会からの攻撃。それでも電話男たちは存在しつづけ、電話男たちに電話をかけつづけるシンパたちがいた。
 電話男に迫る「電話男」と「純愛伝」の2短編を収録。

 20年以上昔に書かれた作品で、当然、でてくる電話は固定電話。携帯電話全盛の現代に書かれていたら、どうなっていたかな、とそんなことを考えながら読んでました。
 主体は会話。必然的に改行が多く、再読、ということもありますが、やや物足りなさが残ってしまいます。純文学系を読みつけていないのにも原因が?

 
 

 
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