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2013年の記録
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このページの本たち
人喰い鬼の探索』ピアズ・アンソニイ
ダーク・シーカー』K・W・ジーター
さよならダイノサウルス』ロバート・J・ソウヤー
珍妃の井戸』浅田次郎
アーサー王ここに眠る』フィリップ・リーヴ
 
夢馬の使命』ピアズ・アンソニイ
王女とドラゴン』ピアズ・アンソニイ
幽霊の勇士』ピアズ・アンソニイ
ペルディード・ストリート・ステーション』チャイナ・ミエヴィル
13時間前の未来』リチャード・ドイッチ

 
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2013年05月04日
ピアズ・アンソニイ(山田順子/訳)
『人喰い鬼の探索』ハヤカワ文庫FT

 《魔法の国ザンス》シリーズ第五巻。

 タンディは、ニンフのジュエルと人間のクロンビーとの間に生まれた。現在は、ジュエルと共に地下の洞窟に暮らしている。
 ある日タンディは、悪魔のフィアントに見初められてしまった。
 タンディは拒絶したものの、悪魔に通じるわけがない。母ジュエルに訴えても信じてもらえず、夢馬が運ぶ悪夢を見るようになってしまう。タンディはついに、一大決心をした。
 父クロンビーに助けを求めるため、夢馬を捕まえたのだ。ところが夢馬に連れていかれたのは、クロンビーがいるルーグナ城ではなく、よき魔法使いハンフリーの城だった。
 一方、人喰い鬼のメリメリは悩みを抱えていた。自分になにかが欠けているのだが、それが何なのか分からないのだ。
 よき魔法使いハンフリーに面会したメリメリは、質問しようとする。ところが、人喰い鬼の知能はそう高くなく、胸のもやもやを言葉にすることができない。
 そんなメリメリにハンフリーは、先祖の人喰い鬼たちの中で必要なものを見つけられる、と教えてくれた。そして、タンディと引き合わされ、共に旅をするように言いつけられる。
 通常、ハンフリーから答えを得るには、1年間、奉公をしなければならない。メリメリは、1年間の奉公の代わりに、道中、タンディを守る義務を負った。そしてまたタンディは、すでに1年の奉公を終え、メリメリと旅することが答えであると告げられる。
 ふたりは納得がいかないまま、渋々旅立つが……。

 主人公は、人喰い鬼のメリメリ。メリメリは純粋な人喰い鬼ではなく、人喰い鬼(ただし菜食主義者)と悪霊の女優ニンフとの間の子です。そこがポイント。
 旅の序盤でメリメリは、知能蔓に取り憑かれてしまいます。そのせいで、知的に会話することができるようになります。メリメリにとっては呪いなのですが、読者にとってはありがたい出来事でした。

 きっかけのために使われた、と思っていたエピソードが重大な局面で生きてきたり、驚かされる場面がたくさんありました。一方で、予測どおりの展開に落ち着いてしまう場面もたびたび。
 期待は裏切らないけれど、期待しすぎはよくないですね。自分にとっても、物語にとっても。


 
 
 
 

2013年05月05日
K・W・ジーター(佐田千織/訳)
『ダーク・シーカー』ハヤカワ文庫SF1239

 マイケル・タイラーは、古びた映画館の支配人。かつては、ワレン・グループの一員だった。
 世間では、ワレン・グループは殺人カルトとして知られている。タイラーも殺人事件にかかわり、裁判にかけられた。当時タイラーは〈ホスト〉と呼ばれるドラッグの影響下にあり、精神病院に送られ、現在は仮釈放の身だ。
 タイラーの体内には現在も〈ホスト〉が残留しており、一日に4回、中和するための薬が欠かせない。
 ある日、タイラーの暮らしを一変させるニュースが舞いこんだ。
 裁判中に失踪していたリンダが逮捕されたのだ。リンダは、同じワレン・グループの一員というだけでなく、タイラーの妻だった時期もあった。
 動揺するタイラーに、リンダの弁護士から連絡が入る。リンダがタイラーに会いたがっているという。
 タイラーは面会に応じるが、リンダに会いたかったわけではない。ただ、もはや自分が過去を恐れていないことを証明したかったのだ。そんなタイラーにリンダは、昔の仲間であるスライドが、ブライアンをさらっていったと告げた。
 ブライアンはタイラーとリンダとの息子だが、すでに死亡している。しかし、勾留されていたタイラーは、遺体と対面したわけではない。
 確信が持てなくなってきたタイラーは、昔の仲間たちに接触をはかるが……。

 タイラーの他、タイラーと同棲しているステファニー、タイラーにつきまとう作家のビードル、若くしてホームレスとなったジミー、など、さまざまな人物の視点で細切れに物語は展開していきます。
 ワレン・グループはどういう集団だったのか。〈ホスト〉はどういうドラッグなのか。基礎的情報が明らかになっていく過程は、爽快。
 ただ、世界が見えてくるのに反比例して、タイラーの頭の中はぐちゃぐちゃになっていきます。なので、爽快さは長続きせず……。
 タイラーが関わった殺人事件は、とんでもなく凄惨なものだったようなのですが、そちらへの言及がほとんどないのが気にかかりました。ドラッグのことばかりで、被害者への罪の意識は感じないのか、と。


 
 
 
 

2013年05月06日
ロバート・J・ソウヤー(内田昌之/訳)
『さよならダイノサウルス』ハヤカワ文庫SF1164

 ブランドン・サッカレーは古生物学者。
 恐竜を研究しているおかげで、はじめての有人時間旅行で、中生代への派遣隊のひとりに選ばれた。恐竜の大量絶滅の原因をさぐるのが目的だ。
 同行するのは、マイルズ・ジョーダンことクリックス。
 クリックスは、かつては親友だった。だが、現在のサッカレーにとってクリックスは、腹立たしい存在でしかない。別れた妻テスとクリックスとの関係は、離婚する前から続いていたらしい。
 ふたりは無事に中生代にたどり着くが……。
 一方、ロイヤル・オンタリオ博物館にいるサッカレーは、仕事を終え、日記を書こうとしていた。そのとき、前日の日記に覚えのない文章を見つけ、愕然とする。日記の中の自分は最愛のテスと離婚し、時間をさかのぼる旅に出ていた。
 何者かのいたずらかと思ったサッカレーだったが、文章の書き癖はまさしく自分のもの。時間旅行技術を開発したというチン=メイ・ファン博士を捜し出し、接触をこころみるが……。

 ふたりのサッカレーが、登場します。中生代でびっくり仰天な出来事に遭遇してしまうサッカレーと、そんなサッカレーの日記を読んで行動を起こすサッカレー。
 1994年の作品なので、とりあげられた恐竜論争に少し古さを感じてしまうかもしれません。ですが、恐竜にまつわる謎をSF的にキレイに解決していて、かなりすっきりします。SFはこうでなくては……。
 ただひとつ、サッカレーの謎がすっきりできなかったのが残念。


 
 
 
 

2013年05月11日
浅田次郎
『珍妃の井戸』講談社

 義和団の乱から2年。
 英国のエドモンド・ソールズベリー提督は満州皇族の舞踏会で、ミセス・チャンと名乗る女性から、ある噂話を耳打ちされた。
 八カ国連合軍が北京になだれこんだあの日、紫禁城の奥深くである女性が死に至った。小さく深い井戸の底に、頭から投げ込まれて。殺されたのは、光緒帝の寵愛する側室、珍妃。
 ソールズベリーが北京に滞在しているのは、2年前の、八カ国連合軍による非人道的な行為を調査するため。しかし、珍妃殺害事件をこのまま放置してはならないのではないか?
 ソールズベリーは、個人的に面識のあるドイツの駐在武官、ヘルベルト・フォン・シュミットに相談する。シュミットはひとりの貴族として、ソールズベリーの調査に協力してくれることになった。さらに、ロシアのセルゲイ・ペトロヴィッチ公爵と、日本の松平忠永子爵を紹介してもらい、共に行動することになる。
 4人は、ニューヨーク・タイムズの駐在員を皮切りに、光緒帝に仕えていた宦官の蘭琴、清国総司令官の袁世凱、光緒帝側室にして珍妃の実の姉瑾妃……と、証言を集めていくが……。

 物語の大半は、証言者たちの独白。しかも事件の当事者たちは、それぞれが異なることを証言します。
 というのも、列強諸国が珍妃殺害の犯人探しをしているということは、真犯人は外国の軍隊に捕まり銃殺刑となる、と誰もが考えたため。自分にとって都合の悪い人物の名をあげてしまうのです。
 さまざまな証言のどれを信じていいのか。登場人物だけでなく読者も惑わしてくれます。

 惑わされたまま終わってしまって、どうもすっきりとできませんでした。
 実際にあった事件で、一般的には、西太后が犯人らしい、と言われているようです。


 
 
 
 
2013年05月15日
フィリップ・リーヴ(井辻朱美/訳)
『アーサー王ここに眠る』東京創元社

 ブリテン島、紀元500年ごろ。
 グウィナは農場で働いていた。農場の主人は、バン卿に仕えている。ある日バン卿は、アーサーが率いる戦団に襲われてしまった。アーサーの要求する貢ぎ物を断ったためだ。
 グウィナの暮らす館も炎に包まれ、グウィナは川をつたって逃げのびた。ただ、孤児のグウィナに頼れる親戚などはいない。
 途方にくれるグウィナを拾ったのは、吟遊詩人のミルディンだった。ミルディンはアーサーに仕え、アーサーの評判を高める物語をつくっている。
 グウィナはミルディンに言われるがまま、湖に潜り、用意された剣をアーサーに手渡した。それは、アーサーが土着の神々に選ばれたと思わせる計略。周囲にいた人々だけでなく剣を受け取ったアーサー自身、湖の底に住む妖精の貴婦人が魔法の剣を渡したもうた、と思い込んでしまう。
 グウィナはミルディンに仕えることとなった。だが、女の子のままでは、水の妖精の正体を詮索される怖れがある。そこでグウィナはグウィンとなった。
 男の子として、ミルディンに仕えるが……。

 イギリスの児童文学賞であるカーネギー賞を受賞。
 装丁も、児童文学を意識している雰囲気。ただ、児童文学だとは思わずに読んでました。

 アーサーは、ブリテンにあってサクソン人の侵攻を撃退した、と言われている人物。数々の伝説が残されていますが、本書は、それらを元にして書かれたもの。
 伝説を脚色しなおすとか、アーサー王の実像に迫る、とかではなく、現実の出来事がいかにして物語となるか、が語られます。
 物語がつくられていく過程だけでなく、グウィナの人生そのものも、波瀾万丈。読み応え抜群でした。


 
 
 
 
2013年05月18日
ピアズ・アンソニイ(山田順子/訳)
『夢馬の使命』ハヤカワ文庫FT

 《魔法の国ザンス》シリーズ第六巻。

 夢馬であるインブリの仕事は、悪夢を運ぶこと。ところが最近は仕事に生彩を欠き、闇の馬将軍から呼び出される始末。
 それもこれも、レディ・セントールの魂を半分もらったせい。魂を持っていると、真に残忍でいることが難しくなるのだ。捨ててしまえばいいのだが、インブリは決断することができない。
 そんなインブリに馬将軍は、秘密の任務を与えた。
 インブリは魂を半分持っているため、昼の世界にも現われることができる。そこで、次期国王ドオアの母カメレオンの持ち馬となり、トレント王にメッセージを伝える役割を仰せつかったのだ。
 伝えるべきメッセージは、「馬の乗り手(ホースマン)にご注意あれ」。
 早速、インブリは昼のザンスに現れた。インブリにとって昼の世界は、夜の世界と勝手が違う。とまどっているうち、マンダニア人たちに捕らえられてしまった。
 彼らは、ザンスを侵略しようとしているところ。インブリは、腹に当てられた拍車の痛みに耐えかねて、秘密の使命をすべて話してしまう。
 夜になってなんとか逃げ出したインブリは、トレント王に接触を果たした。しかしトレント王は、対抗策を打つ前に意識を失ってしまう。
 ただちにドオアが王位に就くが……。

 序盤は、インブリのおばかさんぶりにやきもき。
 インブリは、悪夢を運んでいたにしては、世間知らずで能天気。だからこその配置転換なのでしょうか。幸い、少しづつ成長してくれます。
 一応、今回のマンダニア人たちの侵攻は、ザンスの有史以来の最大の危機、ということになってます。 確かにそのとおりなのですが、おちゃらけてる部分が少なくなく、どうも深刻さが迫ってこない……。
 暗くなりすぎないように、との配慮だとは思うんですけど。


 
 
 
 
2013年05月19日
ピアズ・アンソニイ(山田順子/訳)
『王女とドラゴン』ハヤカワ文庫FT

 《魔法の国ザンス》シリーズ第七巻。

 ドオアが王位に就いて5年。  
 大裂け目にかけられていた忘却のまじないが変化し、忘却の渦巻きとして動き回っていた。そのためにゾンビー城の周辺では、谷ドラゴンが出没し、記憶喪失に陥る人が散見されるようになっていた。
 ドオア王は、王妃イレーヌ、3歳の王女アイビィと共にゾンビー城を訪れるが、谷ドラゴンに襲われてしまう。なんとか撃退したものの、戦いの最中、アイビィが行方不明になってしまった。
 そのころよき魔法使いハンフリーは、ひとり息子ヒューゴーと共に、〈若返りの泉〉を訪れていた。
 慎重に泉の水を採取したハンフリーだったが、そこに谷ドラゴンが出現。谷ドラゴンを若返らせて危機を脱出したものの、ハンフリーも泉の水を浴びてしまった。
 赤子にまで若返ったハンフリーは、悲劇を知った妻のゴルゴンによって救出されたものの、ヒューゴーを取り残す結果になってしまう。ヒューゴーは8歳で、やや知能に問題がある。ゴルゴンは単身、ヒューゴーの探索に出発するが……。
 一方、迷子になったアイビィは、子供になった谷ドラゴンと遭遇していた。アイビィは、かわいい谷ドラゴンを一目で気に入り、スタンリーと名付ける。
 アイビィの魔法の力は、そのものの持つ性質をよりよい方向に強化すること。アイビィがスタンリーをいいドラゴンだと宣言したために、スタンリーは戸惑いながらもアイビィを受け入れ、守ろうとする。
 アイビィとスタンリーはヒューゴーと出会い、共に、家を目指して旅立つが……。

 アイビィと、アイビィを探すイレーヌ、それぞれの冒険が語られます。(ヒューゴーを探すゴルゴンは、途中でイレーヌと合流します)
 何より楽しいのは、アイビィのエピソード。
 天真爛漫なアイビィは、意識することなく、強力な魔法をふるいます。スタンリーは善なるものに変わり、身体能力も、アイビィの言った通りに強化されます。ヒューゴーは、アイビィが天才だと断言したために、本人もびっくりする活躍を見せるようになります。
 それに比べてイレーヌのパートは、ちょっと……。
 とっとと居城に帰ってしまうドオアといい、大人って……と痛感しました。 


 
 
 
 
2013年05月25日
ピアズ・アンソニイ(山田順子/訳)
『幽霊の勇士』ハヤカワ文庫FT

 《魔法の国ザンス》シリーズ第八巻。

 ドオア王の治世7年。
 王子ドルフが誕生した。おとなたちは、ドルフにかかりきり。アイビィ王女は誰からも構ってもらえず、つまらないことこの上ない。
 アイビィが退屈しのぎに魔法のタペストリーをながめていると、幽霊のジョーダンが現れた。折しも、タペストリーが織りなしている400年前のザンスは、ジョーダンが生きて活躍していた時代。
 アイビィはジョーダンに冒険のお話をねだり、ジョーダンは、タペストリーを見て記憶を新たにしながら、アイビィに冒険を語って聴かせる。
 ジョーダンは、ザンス北部の〈沼の村〉に産まれ育った。故郷に残って家庭をきずくか、冒険の旅にでるか、どちらかを選ぶことになったとき、村を飛び出した。
 ジョーダンが目指したのは、南部にあるルーグナ城。道中、幽霊馬のプーカを相棒とするなど冒険を繰り広げ、やっとのことでルーグナ城に到着する。ところがルーグナ城の周辺は荒れ果て、とても都とは思えないありさま。
 入城したジョーダンを待っていたのは、死にかけたグロムデン王だった。
 ザンスの王は、魔法使い級の力を持つ男子と決められている。そこで、次の王を決めるため、魔法使いの陰と陽が、魔法の力くらべをすることになった。しかし、彼らは直接対決することができない。
 ジョーダンは協力を求められ、快諾する。
 ジョーダンが目的のものを持ち帰れば陰が勝ち、できなければ陽が勝つ。目的のものの正体は告げられない。陰の用意したまじないの品々を持ち、ジョーダンはルーグナ城から旅立つが……。

 今回の主人公は、野蛮人を自称するジョーダン。
 ジョーダンの魔法の力は、再生力。自身にしか効果はないものの魔法使い級ではないかと思うほど強力で、たとえ死んでもへこたれません。生き返ったりします。
 ジョーダンの冒険は故郷を出るくだりから始まりますが、メインとなる冒険は、次期国王を決するための探求の旅。ところが、そこにたどり着くまでが、けっこう長いんです。しかも、冒険を語り始める前にも、ちょっとした出来事があります。
 少々、全体のバランスの悪さが気になりました。
 聴き手のアイビィが5歳のため、ジョーダンが表現に気を遣っていたり、おもしろいところは随所にあるんですけどね。


 
 
 
 
2013年05月29日
チャイナ・ミエヴィル(日暮雅通/訳)
『ペルディード・ストリート・ステーション』上下巻
ハヤカワ文庫SF1853〜1854

 アイザック・ダン・デア・グリムネブーリンは、都市国家ニュー・クロブゾンに暮らす科学者。大学を去って10年になる。
 ある日アイザックは、鳥人〈ガルーダ〉の訪問を受けた。
 彼の名前は、ヤガレク。1000マイルは彼方にある故郷サイメックから、はるばるニュー・クロブゾンにやってきた。すべては飛翔のため。ふたたび、自由に空を飛びまわりたいがため。
 ヤガレクは犯罪者だった。罪名は、第二級選択権強奪罪。そのために根元から翼を切り落とされ、ヤガレクは飛ぶことができなくなったのだ。
 アイザックはヤガレクの依頼を受け入れ、飛行の研究を始める。文献をあさり、翼を持つ生き物を片っ端から収拾した。さらに理論を飛躍させたアイザックは、何年も研究していた危機エネルギーにヤガレクへの答えがあると発見する。
 アイザックは、用済みとなった翼を持つ生き物を解放していくが、ただひとつ、正体不明の幼虫だけは手放さなかった。どのような成虫となるのか知りたかったからだ。
 ところがそいつが羽化すると、とんでもないことが分かった。スレイク・モスだったのだ。
 スレイク・モスの食料は、知的生命体の精神。アイザックの元を逃げ出したスレイク・モスは、施設に囚われていた仲間を解放し、ニュー・クロブゾン市民を襲いだすが……。

 序盤は、アイザックと、アイザックの恋人リンの物語。
 ゆーったりとした展開の中、ニュー・クロブゾンの街並や人物が書き込まれていきます。
 スレイク・モスが街に解き放されるのが中盤。
 リンのエピソードがアイザックとどう関係しているのかが判明し、登場人物が一気に増えて、物語は大きく動いていきます。それまで単なる依頼人であったヤガレクも、アイザックと行動を共にするようになります。

 表面上はアイザックが主役ですが、終わってみれば、ヤガレクの物語だったな、と。ヤガレク中心で読みたかったような、これはこれでいいような……。


 
 
 
 
2013年06月01日
リチャード・ドイッチ(佐藤耕士/訳)
『13時間前の未来』上下巻/新潮文庫

 午後9時22分。
 ニコラス・クインは、ニューヨーク州バイラムヒルズ警察署の取調室にいた。
 容疑は、妻ジュリアの殺害。凶器は、19世紀に制作された骨董品のコルト拳銃。ニコラスの車で発見され、指紋もついているという。
 ニコラスには、まったく身に覚えのないことだった。
 その日の午後6時42分。
 自宅で仕事をしていたニコラスは、銃声を耳にした。驚いてかけつけると、血が飛び散り、ジュリアが倒れていた。
 すっかり動転してしまったニコラスを助けたのは、マーカス・ベネットだった。親友のマーカスは隣家に暮らしている。ふたりは警察の到着を待ち、そのままニコラスは逮捕されてしまった。
 折しも警察は、昼に発生した悲惨な飛行機事故の対応で人手不足。ジュリア殺害事件に割かれた人員は、イーサン・ダンスとロバート・シャノンのふたりだけ。ふたりはニコラスに自白を迫り、手間を省こうとする。
 窮地に立たされたニコラスを救ったのは、謎の男だった。
 警察官たちの隙をついて秘密裏に接触してきた男はニコラスに、あと12時間あると告げる。そして、手紙と懐中時計を手渡した。
 とまどうニコラスだったが、まもなく男の言葉を実感することとなる。
 気がつけばニコラスは、マーカスの書斎に立っていた。時刻は午後8時12分。逮捕される直前だ。手紙によると、懐中時計の分針がまわって12の文字に到達するたび、120分前に時間が逆戻りするらしい。
 ニコラスは1時間ずつ調査を進め、ジュリア殺害の真相にたどり着くが……。

 ニコラスのタイムトラベルはかなり便利なもの。身につけていれば、物品を過去に持って行くことができます。ただし、時間を巻き戻すタイミングを自分で選べないため、なかなか真犯人にたどり着けません。
 タイムパラドックスはあまり考慮されていませんが、時間軸の分岐はあります。ジュリアを助けるために行動しても、別の死に方になるだけだったり、マーカスを巻き込んでしまったり。

 SFとしては腑に落ちない点が多いですが、ミステリとして楽しめました。あまり深く考えず、真犯人が誰なのか、なぜジュリアは死ななければならなかったのか、どうすれば助けられるのか、そちらを軸にして読むといいと思います。
 
 

 
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