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2016年の記録
目録
 
 
 
 
 
 6/現在地
 
 
 
このページの本たち
スターダスト』ニール・ゲイマン
光圀伝』冲方丁
解錠師』スティーヴ・ハミルトン
跳躍者の時空』フリッツ・ライバー
残虐行為記録保管所』チャールズ・ストロス
 
ブロントメク!』マイクル・コーニイ
死せる魔女がゆく』キム・ハリスン
ひなこまち』畠中 恵
冬のフロスト』R・D・ウィングフィールド
ボイド 星の方舟』フランク・ハーバート

 
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2016年07月30日
ニール・ゲイマン(金原瑞人/野沢佳織/訳)
『スターダスト』角川文庫

 ウォールの町は高台にあった。西には森があり、南には湖、東には林が広がっている。東からは高い壁がのび、町の北の位置に一ヵ所だけ穴が開いていた。
 穴の向こう側に見えるのは、広々とした緑の草原。穴をくぐれるのは、9年に一度だけ。草原に市が立つ日のみ。
 市で売られているのは、奇跡や不思議のたぐい。店を開いているのは、毛むくじゃらで言葉を話す生き物や魔法使いたち。壁の向こうは、そういう者たちが住まう世界だった。
 ウォールのダンスタン・ソーンは、市で不思議な女性と出会った。
 市が終わっても、ダンスタンはどこか上の空。間もなく、壁の穴の向こうから、籠に入った赤ん坊が押しこまれた。赤ん坊のくるまっている毛布には、トリストラン・ソーンと書かれた羊皮紙がピン留めされていた。
 17年後。
 トリストランは、同い年のヴィクトリアに恋をしていた。
 ヴィクトリアを想うあまりトリストランは、流れ星を拾ってくる約束をしてしまう。ふたりで見た、あの流れ星を。
 こうしてトリストランは、壁の向こうの世界へと旅立つが……。
 一方、空の高みにある〈ストームホールド〉では、国王に死期が迫っていた。この時点で生き残っている息子は、3人。
 国王は死を前にして、星に向かって石を投げた。王たる証〈ストームホールドの力〉と呼ばれるトパーズを。石は夜空をのぼっていき、ひとつ、星が流れた。
 石を持ち帰った者に、ストームホールド国とその領地すべての支配者の地位が与えられる。息子たちは石を求めて旅立つが……。 

 なんとも美しい物語。
 トリストランや〈ストームホールド〉の息子たちの他、魔女の女王リリムも重要な役回りを演じます。17年前のダンスタンの行動がトリストランに関わってきたり、登場人物たちのその後が示唆される一文が入っていたり、かなり細かく伏線が張り巡らされてます。ちょっとした文章もあなどれない感じ。
 その分、訳が気になったのでした。スターダストとかストームホールドとか。英文をそのままカタカナではなくて、雰囲気のある日本語にできなかったのか、と。
 それさえなかったら……。


 
 
 
 
2016年08月03日
冲方丁(うぶかた とう)
『光圀伝』角川書店

 水戸光圀、齡67。
 江戸小石川邸にて家老の藤井紋太夫を手討ちにした。
 遡ること60年。
 三男坊の光國は、水戸徳川家の世子となっていた。次兄はすでに亡いが、長兄は健在。同じ母から生まれた兄を差し置き、なぜ自分が世子なのか、誰も教えてくれない。
 光國は、“お試し”と呼ぶ、父の常軌を逸した命令をこなしてきた。それに応えることで光國は、自分は世子にふさわしいと誇示しようとしてきた。自信にもつながった。だが、なぜ自分なのかという疑問が消えてなくなることはない。
 一方の兄は、光國が世子であることを受け入れている。そのことが光國にはやるせない。
 光國、18歳。
 谷左馬之助と名乗り、悪所に出入りするようになっていた。すでに腕力頼みの発憤には、恥ずかしさを覚えている。せいぜい娼家に通って酒を飲み、読書をし、詩を吟じることを愉しむ程度。
 いつしか、京の文化人を己の詩で唸らせることが目標となっていた。詩で天下を取る、と。そのために学問を修得し、若さからくる未熟さを読書で補おうとしていた。
 その流れで、僧侶たちと論法勝負するようになっていた。すでに8人を論破している。光國は得意の絶頂。しかし、9人目に完敗してしまう。
 その男は、僧の格好をしていた。その正体は、儒学者。林家の次男、読耕斎だった。やがて読耕斎は、光國の無二の親友となっていく。
 読耕斎と問答するうち光國は、ある決断をくだす。
 本来、水戸藩の世子の座は兄のもの。光國が世子として将軍に認められてしまった以上、もはや変えようがない。それならば、兄の子を養子として迎え、水戸藩を継がせる。それこそが大儀である、と。
 読耕斎の賛同を得た光國は、父にも兄も告げず、決意を固めていくが……。

 水戸光圀の生涯。
 水戸藩の統治についてはやや少なめ。
 光國(隠居を決めたあたりから光圀)は、剛胆で豪快な人。読耕斎に猛反発しても、その力量を認めることができるだけの度量を持ってます。
 はじまりは、家老を手にかけた事件。なぜ紋太夫を手討ちにしなければならなかったのか。それが全編を通じた問いかけ。
 もうひとつ、長年に渡って光國を苦しめるのが、なぜ自分が世子なのか、という疑問。兄の頼重がうつけ者だったら救われたんでしょうけど、よくできた人だったからこそ悩みも深まった、と。

 光國の心情が痛いほど分かる、分かる……のはいいんですけど、同感して読んでいると後世からの視点がちょこちょこ入ってきて現実に引き戻される、の繰り返し。もう少し、没頭したかったな、と。

 途中『天地明察』の主人公である安井算哲こと渋井春海が登場します。ただ、自著に遠慮したような書き方なので、どうせなら端折った方がよかったような……。


 
 
 
 

2016年08月11日
スティーヴ・ハミルトン(越前敏弥/訳)
『解錠師』ハヤカワ文庫HM

 マイクル28歳、刑務所にて服役中。
 マイクルは8歳のとき、悲惨な事件の主人公となった。どうにか生きのびて国じゅうに報道されると、さまざまな名前で呼ばれるようになる。もっとも有名なのは、奇跡の少年というものだろう。
 あれ以来マイクルは、一語もことばを口から発していない。
 刑務所にいるマイクルは、過去のあれこれを振り返り、書き留めることにした。ただし、あのときの事件はまだ書けない。
 まずは、はじめて本物の仕事に向かったときの話を。
 マイクルは解錠師だった。顧客は、金庫破りを必要としている犯罪者たち。彼らは、マイクルが持つポケベルに連絡を入れてくる。
 はじめての仕事は、成功だった。報酬を受け取ったマイクルは、新しい身分も手に入れる。ところが、その後の依頼者はまぬけたちだった。
 マイクルは未熟だった。危うい兆候はあったが、好奇心に勝つことができなかったのだ。そのために命からがら逃げ出すことになってしまう……。
 それから、9歳だったころの話を。
 マイクルは、伯父のリートに引き取られていた。伯父が暮らしているのは、ミルフォード。事件のあったあの家から50マイル離れている。けっして充分な距離ではない。
 話さないマイクルが入学したのは、特別学校だった。かよっているのは、聴覚障碍の子供たちがほとんど。マイクルは5年たったところで追い出され、ミルフォード高校に入ることになる。
 このころマイクルは、錠に魅せられていた。
 錠は、けっして動かぬように考え抜かれた、硬く揺るぎない金属の部品の数々からなる。ひとつずつピンを押しあげ、何もかもが正しい位置に並んだ瞬間、ドアは開く。
 解錠技術を同級生たちに知られたことから、マイクルの人生は移ろっていくが……。

 マイクルの回顧録というスタイル。
 ブロの解錠師になるまでと、仕事をはじめてから刑務所に入るまでの出来事が交互に書き記されていきます。いかにして解錠師になったのか、なぜ刑務所に入ることになったのか。物語はそれぞれの結末に向けて突き進んでいきます。
 さらに大きな謎が、8歳のときの事件。
 それも、やがて明らかになります。あの事件で、言葉を失って現在にいたるまで発声できないのはなぜなのか、しばし考えました。自己暗示か、強迫観念のせいか。
 どうも心にひっかかってしまったのでした。もっとじっくり読めば、ストンと理解できたのかもしれません。物語上に流れる時間が順番ではない(終盤の出来事でも、時間的には過去である)ために、よけいにそう思ってしまうのかもしれません。
 世間の、傑作との誉れは納得できますけれど。


 
 
 
 

2016年08月17日
フリッツ・ライバー(中村融/編)
(深町眞理子/中村融/浅倉久志/訳)
『跳躍者の時空』河出書房新社・奇想コレクション

 猫のガミッチが活躍するシリーズ全5篇と、その他の短編5篇を合わせた短編集。

「跳躍者の時空」(深町眞理子/訳)
 ガミッチは、知能指数160はあるスーパー仔猫。ただし言葉はしゃべれない。というのも、まだコーヒーを飲む儀式を経ていないから。
 ガミッチの家族は、人間になりそこねた先輩猫のアッシュールバニパルとクレオパトラ。そして、父親と母親こと〈馬肉のせんせい〉と〈ネコちゃんおいで〉。彼らの子供であるシシーと〈赤ん坊〉。
 ガミッチは大きな秘密を直感によって知っていた。自分は人間の子供なのだから、成熟期が訪れたあかつきには人間の若者に変貌することを。そしてシシーは、邪悪な雌猫になるのだ。
 シシーの悪意は、おもに〈赤ん坊〉に向けられていた。ガミッチは“前ネコ”である〈赤ん坊〉の非公式保護者として見守るが……。
 真面目に語る猫ガミッチが、すごくおもしろいです。そのうえ頼もしいんです。いまだにしゃべれないシシーのことを心配する〈ネコちゃんおいで〉を心配したり、シシーの攻撃から〈赤ん坊〉を守ろうとしたり。
 最後、ホロリとさせられました。  

「猫の創造性」(深町眞理子/訳)
 猫のガミッチは、専用の飲み水ボウルから水を飲むとき、あるまぼろしを見た。瞬時にして消え去ったそれについて、ガミッチはボウルから後退すると、思考しはじめる。
 この一部始終を見守っていた〈ネコちゃんおいで〉は、まるで毒でもよけるみたいに飲み水からあとずさったガミッチが、水の味を分かっているのではないかと考えていた。
 実際のところ、近ごろボウルの水が減っていない。心配した〈ネコちゃんおいで〉は、なんとかしてガミッチに水を飲んでもらおうとするが……。
 ガミッチと人間の視点、双方から語られます。そのすれ違いがおもしろい。そして明かされる、ガミッチの目的。さすが、スーパーキャット。

「猫たちのゆりかご」(深町眞理子/訳)
 ガミッチの暮らすハンター家に〈セクシーな新来の隣人〉が招かれた。彼女は〈馬肉のせんせい〉に、空飛ぶ円盤の実在を信じているはずだと指摘する。なにしろSF作家なのだから。
 その夜、ガミッチは妹分の仔猫サイコをつれて、夜の公園へと向かった。他の猫たちも次々とやってきて、猫の集会がはじまるが……。
 いきなり、異星人が登場。なんでも『放浪惑星』のタイガリシュカと同一個体だそう。寡聞にして未読なため、詳しいことは分かりかねますが。
 これまでのガミッチと雰囲気が変わってしまっていて、少々残念ではありました。オカルトめいたものが好きな人もいるでしょうけど。

「キャット・ホテル」(深町眞理子/訳)
 〈ネコちゃんおいで〉は、義母の入院先に見舞いの帰り、ウィックス・ホテルを知った。ホテルは、獣医学博士のウェンディーが経営している。医療設備の整った猫専門ホテルだという。
 帰宅した〈ネコちゃんおいで〉を待っていたのは、懸念と憤怒を漂わせるガミッチのうなり声だった。サイコが病に倒れていたのだ。サイコの意識はもうろう、目には膜がかかり、毛は逆だち、鼻は熱く乾いている。
 〈ネコちゃんおいで〉はウェンディーに助けを求めるが……。
 正直なところ、そういう方向に行くのか、と唖然。ガミッチも活躍はしますけれど。

「三倍ぶち猫」(深町眞理子/訳)
 ガミッチと〈ネコちゃんおいで〉は、魔女ウェンディーを見ていた。ウェンディーは猫医者で、臨床心理士である。〈ネコちゃんおいで〉は話を聞いてもらっていたが……。
 幻想といいますか、まるで、誰かが見ている夢の話のよう。「あり得たかもしれない人生」の物語だそうで。

「『ハムレット』の四人の亡霊」(中村融/訳)
 ギルバート・アッシャーは、シェイクスピア劇団を率いていた。あるときアッシャーは、かつてシェイクスピア劇のスターだったガスリー・ボイドを拾う。
 ボイドは名優なのだが、大酒飲みでもあった。飲酒癖のために失敗を重ね、表舞台から姿を消していた。
 アッシャーに拾われたボイドは立ち直り、とりわけ『ハムレット』の亡霊役では決まって称讃を集めている。酒を断っていられたうちは。
 劇団は、ウォルヴァートンでの三夜連続公演の初演に『ハムレット』を選ぶが……。
 語り手は、劇団の若手ブルース。舞台は、超自然のにおいがする劇場。女優たちはウィジャ盤(降霊術を崩した娯楽盤)にはまり、どうしたわけだか小道具係ビリー・シンプスンは酒に酔ってます。
 この作品が書かれたきっかけは、シェイクスピア生誕四百年記念コンテスト。
 ライバーの両親はシェイクスピア役者で、幼いころ、劇団とともに生活していたそうです。その経験が元になっているようですが、コンテストの条件に合わせるためか、ちょっと無理をしたような印象が残ってしまいました。コンテストに落選したのもそのせいかな、と。
 もっと、自由な条件下で書かれた作品として読みたかった……。

「骨のダイスを転がそう」(中村融/訳)
 ジョー・スラッターミルは、なけなしの1ドル銀貨を手に家を出た。たどりついたのは〈墓場(ボーンヤード)〉という賭博場。
 一番クラップ・テーブルに、その男はいた。ひときわ背が高く、縁の垂れた黒いソフト帽を目深にかぶり、黒いロング・コートという出で立ち。
 正真正銘の大物ギャンブラーだった。
 ジョーは、薄茶色のチップ一枚からはじめ、勝ちを積み上げていくが……。
 ヒューゴー賞、ネビュラ賞、受賞。
 残念ながら、クラップというダイスゲームのルールを知りません。調べてから読んだ方がよかったようです。知らなくても読めますけれど、他に集中できたかもな、と。

「冬の蠅」(浅倉久志/訳)
 アドラー家は、ゴットフリード・ヘルマス・アドラー、ジェーン、ハイニーからなる。一家は夕食後、居間で思い思いに過ごしていた。
 ジェーンは製図用テーブルにすわり、絵を描いている。ハイニーは宇宙船で旅行をしている。
 そしてゴットは、悪魔や魔女や死神を相手に、生死をかけた言葉をやりとりしていた。一見すると、安楽椅子にすわり、くつろいで本を読んでいるだけなのだが……。
 家族3人が、別々のことをしながら最後はまとまる、ちょっと不思議な物語。表面上と内面世界のギャップがおもしろいです。

「王侯の死」(中村融/訳)
 フランソワ・ブルサールはトラブルメーカーだった。ブルサールは謎の中心、さもなければ中心の近くに位置していた。1910年代の後半に生まれた同世代の友人たちのリーダーであり、問題児だった。
 ブルサールのおかげで、同級生たちは交流を続いていたが……。
 1910年というのは、ハレー彗星が地球に接近した年。そのあたりをからめてます。

「春の祝祭」(深町眞理子/訳)
 マシュー・フォートリーは生真面目な数学者。暮らしているのは、アメリカ南西部にある国家最高機密たる〈共存複合ビル〉の最上階。任務は特定されていない。
 嵐の夜、激しい落雷と共にビルは停電した。マシューが廊下に出たところで明かりは戻り、目の前には女が立っていた。マシューの理想、そのままの姿形で。
 女は、セヴリン・サクソンと名乗った。兄をさがしているという。
 成り行き上セヴリンを保護したマシューは、ゲームをすることになる。ふたりで「7」のつくあらゆるものを挙げていくが……。
 マシューは、数学者としては天才だろうけど人間としてはどうかな、というタイプ。そんなマシューを骨抜きにしてしまうセヴリン。
 幻想だなぁ。
 それにしても、7のつくものがこんなにあるとは。


 
 
 
 

2016年08月27日
チャールズ・ストロス(金子浩/訳)
『残虐行為記録保管所』早川書房

 ボブ・ハワードものの二作品を収録。

「残虐行為記録保管所」
 ロバート(ボブ)・ハワードは、英国極秘特殊機関〈ランドリー〉の二級コンピュータ技術官。
 現場業務部門の責任者アンディに頼まれ、深夜、さる多国籍企業の英国法人に侵入していた。ターゲットは、マルコム・デンヴァー博士のコンピュータ。
 実は、世界には秘密があった。
 チューリング定理にもとづいている魔術には効果があるのだ。
 宇宙は無数に存在している。そして、情報がひとつの宇宙からべつの宇宙へ漏れることがある。ある定理を解くだけでプラトン上位空間が泡立ち、適切なパラメータに適合するよう調整されたグリッドを通じて膨大なパワーをくみあげれば、時空に大穴をあけたり、ほかの宇宙と融合させられるのだ。
 デンヴァー博士は、第一原理から、チューリング−ラヴクラフト定理を導きだしていた。制御されない魔術は危険だ。恐るべき災厄を招き入れぬよう、英国では〈ランドリー〉が、秘密保持にあたっていた。
 ボブは目的のデータを見つけ出し、完全削除を行う。任務成功。ところが、翌朝、寝坊してしまい、直属の上司ハリエットから不評を買ってしまう。ボブと官僚的なハリエットは、まったくそりが合わない。
 しかも、派遣された研修ではトラブルに見舞われ、査問会に呼ばれる始末。だが、アンディに危険に対処する能力を認められ、作戦活動への移行を許される。
 ボブのはじめての現場任務は、アメリカでの気軽な実習ミッションだった。カリフォルニアはサンタクルーズに赴き、英国人の学者モーから話を聞く。
 モーの専門は、統計にもとづくベイズ推論。アメリカで職を得ていたが、一時帰国しようとしたところ、出国ビザがおりなかった。入国管理局で騒ぎになると、ペンタゴンが出てきたという。
 モーと接触したボブだったが、その日のうちに、米海軍情報部を名乗る男から警告を受ける。しかも男は、直後、何者かに射殺されてしまった。その上、モーが何者かに誘拐されたとの一報が入る。
 ボブはモーの救出に向かうが……。

 物語はユーモアを交えながら、のろのろと進んでいきます。
 魔術を科学の一分野として真面目に解説していたりと、なかなか読み応えがありました。その一方、査問会が開かれることになった事故や、誘拐されたモーの救出劇など、アクション的なところはカット。後日の回想というスタイルでの扱いを貫いてます。
 事件の背景にいるらしいのは、ナチス・ドイツの魔術研究機関アーネンエルベ。そこにたどり着くまでがとにかく長い。とんでもないゆったり展開に耐えられない人もいそうです。
 そのゆったりの間に起こった出来事も伏線だったりするのですが……。

 読んでいて、ニール・スティーヴンスン『クリプトノミコン』を彷彿とさせました。同じくナチスが絡んでいるからか、雰囲気が似ているのか。

「コンクリート・ジャングル」
 英国極秘特殊機関〈ランドリー〉のボブ・ハワードは、夜中の4時に叩き起こされた。〈コードブルー〉が発令されたという。
 ボブが任されたのは、ミルトンキーンズのコンクリートの牛の数を数えてくること。牛が多すぎるのだという。
 かつて、ゴルゴン症の研究があった。時代がくだってメデューサ効果を機械的に誘発することの実現可能性が実証されると、カメラを使って"視線で殺す"ことが可能になった。
 そのためのスコーピオンステア・コードが使われ、牛が石化したらしい。
 ボブは捜査にあたるが……。

 ヒューゴー賞受賞作。
 前作「残虐行為記録保管所」の続編という位置づけ。事件的には別のものですが、内容的には後日談ではないかと思います。
 こちらは中編のため、展開はスピーディ。登場人物や魔術に関する説明が省略されているのが大きいと思います。その分、前作を忘れてしまっていると厳しいかもしれません。
 個人的には、のんびり展開でもユーモアたっぷりの長編の方がいいな、と自分の好みを再確認したところです。

 ところで、冒頭の「ミルトンキーンズのコンクリートの牛の数を確認する」という任務がいまいち分かってなかったのですが、実際に、ミルトンキーンズにはコンクリートで作られた牛の像があるのだそうです。名物だそうで。


 
 
 
 

2016年08月28日
マイクル・コーニイ(大森望/訳)
『ブロントメク!』河出文庫

 ケヴィン・モンクリーフは、地球人。
 惑星アルカディアに、移民者としてやってきた。アルカディアは大陸がひとつきりの海洋惑星。風光明媚なところだが、ひとつ問題があった。
 52年に一度、アルカディアの6つの月は一ヵ所に集まる。そのとき、マインドと呼ばれるプランクトンが出産のときを迎える。
 マインドたちはブラックフィッシュに守られていた。そのお返しとしてマインドが提供していたのは、生き餌だった。
 餌になるのは〈中継効果〉でとらえた生きものたち。マインドは餌たちの思考能力をうばい、海にひきよせるのだ。動物も、人も。大人も子どもも。
 モンクリーフがアルカディアにやってきたのは、ちょうど〈中継効果〉の時期だった。なんとか生き延び、それから2年。
 アルカディアの人口は減り続けていた。深刻な人手不足に陥る一方、食料の供給は過多。経済が停滞しつつあった。
 そんなアルカディアに、超巨大企業ヘザリントン機構がひとつの提案をする。
 ヘザリントンはアルカディアに多額の投資をする。機械を導入し農業と漁業を発展させる。人を呼び寄せ、かつてのにぎわいを取り戻す。
 それには条件があった。
 ヘザリントンが必要と判断すれば、私有地は接収される。住民は最低賃金での労働を提供しなければならなくなる。5年間という期限を約束されはしたが、何もかもがヘザリントンに買われてしまうのだ。
 代償は大きかったが、アルカディアの未来はヘザリントンに託されることになる。
 このころモンクリーフは、ボート工場を経営しそれなりの地位を築いていた。だが、新式のヨット製作で大失敗。窮地に陥ったモンクリーフを救ったのは、ヘザリントンだった。
 ヘザリントンは、新たな移民を勧誘するため、広報キャンペーンを展開しようとしていた。ひとりのヨットマンによる単独世界一周航海を。その様子を、宇宙の広い範囲で放送しようというのだ。
 モンクリーフは、ヨット製作を請け負うが……。

 その場に多数の人がいるざわめきが聞こえてくるような、奥行きのある世界が展開されていきます。ただ、惑星の他地域のことが取り上げられることは、ほぼありません。あくまで、語り手であるモンクリーフの周囲に限定されます。
 モンクリーフの住むサブコロニー〈リヴァーサイド〉では、ヘザリントンへの抵抗運動が発生します。ストライキしたり、導入された農業機械ブロントメクをどうにかしたり。
 モンクリーフは、どちらかといえぱ傍観者的。ファン・ガールのスザンナ・リンカーンに年甲斐もなくドギマギしてたり、ヨット製作に心血を注いだり、自分のことに一所懸命。地元民ではなく、地球出身者という立ち位置が絶妙でした。
 不思議な〈アモーフ〉という生物や、快感作用がある薬品〈イミュノール〉など、小道具も効いていて、名作と呼ばれるのもなるほど納得。
 読んでいて、ひっかかりというか不思議に思っていたことがあったのですが、それも作中で解消されました。そういうことだったのか、と。これは大きい。


 
 
 
 
2016年08月30日
キム・ハリスン(月岡小穂/訳)
『死せる魔女がゆく』上下巻/ハヤカワ文庫FT

《魔女探偵レイチェル》
 研究所から流出した致死ウイルスは、遺伝子組み換えトマトに取り付き、人類に襲いかかった。実に、人間たちの四分の一が死に追いやられたのだ
 だが、人類に混じって息をひそめていた異界人たちは、ほとんどが免疫をもっていた。そのため、ついにウイルスが根絶されたとき、人間と異界人とはほぼ等しくなっていた。
 のちに〈大転換期〉と呼ばれる混乱があり、人間たちは異界人を受け入れざるを得ないことを悟った。
 それから40年。
 レイチェル・モーガンは、魔法使い。異界人による異界保安局(IS)の捜査官だ。
 レイチェルが4年の見習い修行をした後、正式採用されて3年がたつ。ここ2年は上司のデノンに嫌われ、ろくな仕事がまわってこない。不満はつのるばかり。
 レイチェルは、ついに辞職を決意する。
 ISは辞める者に容赦ないが、厄介者扱いのレイチェルの辞職はむしろ喜ばれると思われた。ところが、凄腕捜査員のアイヴィ・タムウッドが同時に辞職したことで事態は一変。
 アイヴィは〈生ける吸血鬼〉。デノンよりはるかに身分が高い上、ほぼ全財産を違約金として支払った。アイヴィに手を出せないデノンは、代わりにレイチェルの首に賞金をかけてきたのだ。
 殺し屋につけ狙われることになったレイチェルは、一計を案じる。
 トレント・カラマックという、正体不明の大富豪がいた。人間なのか、異界人なのか、それすら明らかでない謎の人物。犯罪に加担していることは間違いないが、証拠をつかませない。
 レイチェルは、トレントの犯罪を暴きISに引き渡すことで、違約金代わりにしようと目論むが……。

 表紙が漫画絵なので、若年層向けなのだろうと思いながら読み始めましたが、大人向けな描写があったり、児童書のような展開があったり、どうもつかみ所のない物語でした。
 レイチェルは、自分では敏腕捜査官だと思ってますが、かなり抜けてます。短大卒なので、単純計算で27歳。それにしては幼い。ガッツはあるけど空回りしている感じ。捜査も、地道な情報収集の結果というより、ほとんど直感で進めていきます。
 もしかすると、世界と人物紹介のためのシリーズ第一巻、という位置づけなのかもしれません。伏線らしきものが積み重ねられていくのですが、ほとんど回収できてません。わざと気になるように書いているのでしょう。


 
 
 
 
2016年09月04日
畠中 恵
『ひなこまち』新潮社

 《しゃばけ》シリーズ第11巻
 一太郎は、廻船問屋兼薬種問屋、長崎屋の若だんな。齡三千年の大妖を祖母にもつ。
 一太郎の世話をあれこれと焼くのは、手代の佐助と仁吉。ふたりの正体は、犬神と白沢。祖母によって送り込まれてきた。というのも一太郎が、商売よりも病に経験豊富であるほど病弱であったから。
 両親も手代たちも、遠方まで噂になるほどの過保護ぶり。一太郎は、甘やかされすぎることに憤るものの、それで性根が曲がることもなく、妖(あやかし)たちに囲まれた日々を送っている。

「ろくでなしの船箪笥」
 若だんなはある日、ひとつの木札を手に入れた。それには「お願いです。助けてください」と書かれてあった。それも五月の十日まで、という期限つき。
 木札が気になる一太郎の元に、小乃屋の七之助・冬吉兄弟が尋ねてくる。ふたりは上方から帰ってきたところ。亡くなった祖父から形見として譲られた船箪笥が開かなくなってしまったという。
 上方の親戚たちは、船箪笥に隠しものをしていると疑っている。そのため、すんなりと持ち帰れず、船箪笥は親戚筋の叶屋江戸店に預けられた。ところが、その叶屋で奇怪な現象が起こっているという。
 七之助は、妖たちが絡んでいるのではないか、と若だんなに協力を求めるが……。
 木札の謎はこの短編では解かれず、次作に続きます。若だんなは、いつも助けてもらっているからこそ困っている人をほっておけない、という姿勢でいます。

「ばくのふだ」
 若だんなは妖たちと共に、落語の夜席へ怪談話を聞きに行った。こわい話を楽しんでいたところ、突如として客の武士が噺家に斬りかかり、せっかくの夜席はめちゃくちゃになってしまう。
 その事件があってから、江戸では悪夢を見るひとたちが続出。若だんなも例外ではなかった。
 早速、広徳寺の高僧寛朝に悪夢払いのお札を依頼するが、寛朝から思いもよらないことを告げられる。悪夢払いの「貘の札」から貘がいなくなってしまったのだという。
 若だんなは、貘を捕まえるために協力してほしいと頼まれるが……。
 前作「ろくでなしの船箪笥」からはじまった、謎の木札の続き。またもや困っている人がでてきて、若だんなが助けようとします。

「ひなこまち」
 人形問屋平賀屋が、美しい娘をひとり雛小町に選び、その面を手本にして雛人形を作るという。その雛人形は、さる大名家に納められるもの。その際には手本にした娘も同道するらしい。
 うまくいけば、殿の目に留まり玉の輿。
 町人たちは浮き足立ち、町娘たちは、自分を綺麗に見せるために古着を買いあさった。一方で、古着屋が盗難にあう事件も増えていた。
 偶然、長崎屋の面々と知り合った於しなは、古着屋の娘。稼ぎ時だというのに着物を根こそぎ盗まれ、謎の書き付けを手に入れるが……。
 謎の木札、まだまだ続いてます。

「さくらがり」
 若だんながお花見に行くことになった。
 向かうは、広徳寺。泊まることもできるので、病弱な若だんなでも安心だ。寺に着くと、河童の大親分、禰々子(ねねこ)が尋ねてくる。先日若だんなが助けた、西の河童の親分の代わりに礼に来たと言う。
 禰々子が持参したのは、河童の秘薬の数々だった。
 そのことをたまたま聞きつけたのが、安居と名乗る武士。安居は、惚れ薬を譲って欲しいと頼んでくるが……。
 禰々子は「雨の日の客」(収録『ゆんでめて』)で登場済ですが、ある事情から、若だんなたちにとっては「はじめまして」という間柄になってます。西の河童のエピソードは「ろくでなしの船箪笥」の関連から。今本は、各短編を絡ませながら進めていくスタイルのようです。

「河童の秘薬」
 若だんなは、安居と名乗る武士に河童の秘薬を譲っていた。それは、平安の昔、狐の娘が幸せになる為に飲んだという薬。ただし薬効は分からない。河童の大親分の禰々子が言うには、人生を賭けて飲むべき薬だという。
 ある日若だんなを、安居の妻の雪柳が尋ねてきた。河童の秘薬を飲んだという。しかし、なにも起こらず、困ってしまっていた。
 困ったことは、もうひとつあった。雪柳は迷子を拾っていた。若だんなは、雪柳と一緒に迷子をしかるべきところに預けようとするが……。

 最初に「ろくでなしの船箪笥」で出てきた木札が、最後まで関わる連作短編集。ふりかえれば、各短編は木札以外でもつながりを持ってます。
 そういう細やかなところが、ちょっとおもしろい。
 ただ、関連づけるために、ちょっと無理矢理になっているような?  


 
 
 
 
2016年09月11日
R・D・ウィングフィールド(岸澤 恵/訳)
『冬のフロスト』上下巻/創元推理文庫

ジャック・フロスト警部》シリーズ第五作
 ジャック・フロストは、デントン市警察の警部。だらしのない格好で、時間には頓着せず、デスクワークは大の苦手。下品な冗談を所構わず口にする中年男だ。
 7歳のヴィッキー・スチュアートが行方不明になった。すでに2ヶ月ほどが経過している。捜査に進展はなく、フロストもガセネタに振り回されてしまう。
 フロストが抱える未解決事件の多さに、署長のスタンレー・マレットはおかんむり。その一方でマレットは、州警察本部による合同捜査に署員十名を派遣すると決めてきてしまう。ただでさえ少ない人手をさらに減らされ、フロストは不眠不休を強いられる。
 そんなとき、 ヘンリー・ヒューズという男が、女に財布を盗まれたと訴え出てきた。相手は、ロリータと名乗る娼婦。場所は、ロリータが商売している、クレイトン・ストリートの短期滞在者向け賃貸アパート。
 ロリータとトラブルになったヒューズは、怒り心頭のままアパートを出て、財布がなくなっていることに気がついた。すぐに引き返したものの、ドアには鍵がかけられ、応答はなかったという。
 フロストは、ヒューズにモーガン刑事をつけてクレイトン・ストリートへと向かわせる。ところが、ロリータは殺されていた。しかもモーガンは、ヒューズに逃げられてしまう。
 さらに、ロリータと同年代の娼婦が暴行を受ける事件が発生。フロストは、娼婦を束ねるハリー・グラフトンが事件に関係があるとにらむ。用心棒のミッキー・ハリスに襲わせたのではないか、と。
 早速、ミッキーを逮捕しようとするが……。

 今作も、大きいものから小さいものまで事件が目白押し。柱となるのは、連続娼婦殺人事件。ただし、フロストが最優先に考えているのは幼児の誘拐殺人事件の方。
 相変わらず勘に頼った捜査をするフロストですが、今作の勘は根拠を示す傾向にあるようです。本当に勘だけ、ということもありますが気にはならない程度。
 今作で登場のモーガン刑事は、救いようのないダメ刑事でした。ヒューズを逃がしてしまうのは序の口。不注意がすぎるというか、怠慢によるミス連発。一向に改まらないモーガンですが、フロストは全力でフォローします。
 逆に、見捨てた方が本人のためになるような気がしないでもありませんが。


 
 
 
 

2016年09月17日
フランク・ハーバート(小川 隆/訳)
『ボイド 星の方舟』小学館/地球人ライブラリー

 宇宙船〈地球人〉号は、有機知能核(OMG)によって運行されていた。
 目的地は、鯨座のタウ・ケチ。
 タウ・ケチまでは200年かかる。そのため、乗員3000名は冬眠タンクで過ごす。そして、基幹クルー6名が太陽系を離れるまで船を監視する任につく。いずれもがクローン体だった。
 ムーンベースを出発してまもなく。OMGにトラブルが生じてしまう。
 2つは緊張型分裂症に陥り機能停止。OMGによって3名のクルーが事故死し、ついに最後のOMGのスイッチも切られることとなった。ちょうど、先行する6隻の船が消息を絶った付近だった。
 残されたのは、クルー・キャプテンのジョン・ビッケル、心理・宗教担当員のラジャ・フラタリー、生命システム担当のゲリル・ティンバレイクの3名。
 ビッケルは補充要員として、外科・エコロジー担当のプルーデンス・ヴェイガンドを目覚めさせることを決める。
 そして、ムーンベースへと報告を送るが……。

 再読。
 前回読んだのは15年前。脚注の多さに嫌気が差していたようです。今回はそれをふまえて、あえて脚注無視で挑みました。
 実は、展開も結末も覚えておらず、わずかに基本設定が頭に入っている程度。先を見通した有利な読書、とはなりませんでした。

 主人公は、おそらくビッケル。
 ただし、他の3人の視点も入り込み、とても分かりづらいです。しかもそれぞれに秘密任務がある様子。そのうえ更に、ビッケル、フラタリー、プルーデンスの3人には共通の秘密がある雰囲気。
 ティンバレイクののけ者感がつらい……。
 頼り、というか指示を仰ぐべきムーンベースとの交信は、翻訳システムの不調のためにうまくいきません。ついにビッケルは、度重なる船のトラブルに対処させるため、OMGに代わる人工知能を創り出そうとします。

 なぜ、わざわざ人工知能なのか。船の制御が困難だから人工知能に意識を芽生えさせよう、となるのはなぜなのか。
 すべての答えは、結末にありました。
 この結末のために、それまでのことがあったんだろうなぁ、と。

 
 

 
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