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2019年の記録
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このページの本たち
時間線をのぼろう』ロバート・シルヴァーバーグ
アルファ/オメガ』フランチェスカ・ヘイグ
リンバロストの乙女』ジーン・ポーター
ネクサス』ラメズ・ナム
一九八四年』ジョージ・オーウェル
 
家康、江戸を建てる』門井慶喜
ロデリック』ジョン・スラデック
我が名は秀秋』矢野 隆
木のぼり男爵』イタロ・カルヴィーノ
村上海賊の娘』和田 竜

 
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2019年02月03日
ロバート・シルヴァーバーグ(伊藤典夫/訳)
『時間線をのぼろう』創元SF文庫

 ジャド・エリオットは24歳。
 コネで就職するものの続けられず、なんの計画もないままにニューオーリンズにやってきた。偶然知り合ったサムと意気投合。サムの家に居候するようになる。
 サムは、時間局のパートタイマーだった。
 それまでジャドは、時間局に偏見を抱いていた。そのため、大学院でビザンティン史を専攻したものの、自分が過去に行くことを考えたことはなかった。だが、サムの話を聞いたジャドは、ビザンティウムに行きたくてたまらなくなる。
 時間局はふたつに分かれていた。ひとつは時間警察(タイム・パトロール)、いまひとつは時間旅行部(タイム・クーリエ)。タイム・パトロールはタイム・パラドックスをとりしまり、タイム・クーリエは観光客を過去へ運ぶ。
 ジャドはサムに誘われ、タイム・クーリエに志願した。
 最初の訓練は、座学。タイム・パラドックスの種類とそれを回避する方法を学び、規則をたたきこまれる。そして、過去への実習旅行を経て、ようやくタイム・クーリエの資格を得られる。
 ビザンティウムに配属されたジャドは、ふたりの先輩クーリエから手ほどきを受けた。ひとりは、カピストラーノ。もうひとりは、メタクサスだった。
 カピストラーノの趣味は祖先さがし。行った先々で祖先を見つけだしては書きとめている。いま以上に生きるのに疲れたとき、罪深い祖先を見つけて消去するためだ。カピストラーノは遠回りな自殺志願者だった。
 メタクサスも、自分の家系をたどることに大いなる情熱を注いでいた。目的は、自分のご先祖さまと寝ること。父や祖父への反撥がそうさせているのだという。
 ジャドも自分の祖先を捜そうとするが……。

 同社の『時間線を遡って』の改訳版。
 軽快に、テンポよく、性的に奔放な物語。
 序盤で、内容紹介にもある「時間線をのぼってご先祖さまと出会い、恋に落ちる」というのが分かります。実際にそうなるまでが、意外と長い。
 さまざまなパラドックスとか、タイム・クーリエたちがこっそりしている犯罪行為やら、さまざまな話題を振りまいて、半ばもだいぶ過ぎたころ、ついにご先祖さま登場。そこまでの話も重要で、終盤にかけて関係してくるのですが。
 おもしろいんですけど、どうにもひっかかってしまいました。


 
 
 
 

2019年02月06日
フランチェスカ・ヘイグ(水越真麻/訳)
『アルファ/オメガ』ハヤカワ文庫SF2028

 爆発によってすべてが破壊されてから400年。
 爆発のあと、必ず双子が生まれるようになったという。それらはつねに男と女。そのうちひとりは正常。もうひとりはいろいろな姿で生まれてきた。
 手足がたりなかったり、多すぎたり。目がなかったり、多かったり、あっても閉じたままだったり。
 こうした特徴を持って生まれてきた者はオメガと呼ばれた。正常なアルファの影の存在だ。
 アルファはオメガを突然変異体と呼ぶ。オメガは、子宮のなかでアルファが吐き出した毒なのだ、と。
 双子は同時に生まれ、同時に死ぬ。どこにいようと、どんなに離れていようと、いつであろうと、ひとりが死ねば、もうひとりも死んでしまう。
 キャスとザックは、ふたりそろって五体満足で生まれた。まれに、身体に表われない特徴を持つオメガが生まれる。数千人にひとりいるかいないかという、超視者だ。
 キャスは、目覚める寸前や昼間に幻を見ていた。爆発の激しい閃光や、オメガ達が自由に暮らしているという島の光景。キャスが自分の特徴に気がついたころには、隠さなければならないとわかるくらいの年齢になっていた。
 いつまでも区別がつかない双子は疎外される。キャスの能力が知られてしまったのは、13歳のとき。ザックの策略だった。
 額にオメガの烙印を押されたキャスは村を追われてしまう。亡くなった父のオメガが暮らしていた土地に行くが、そこでもよそ者扱い。キャスは孤独に成長していった。
 オメガの日々の生活は苦しい。
 オメガが死ねばアルファも死ぬ。そのため世界を牛耳る〈カウンシル〉は、最終的にはオメガを守る。保護区に行けば食べものだけは与えられるらしいが、帰ってきた者はいない。
 一方、アルファと認められたザックは〈カウンシル〉の見習になった。キャスの、オメガへの憎しみを胸に、またたくまに出世していく。
 キャスとザックが区別されてから5年。
 ザックは〈改革者〉と呼ばれる権力者になっていた。権力者たちは、自身の双子が襲われることで間接的に命を狙われることがある。防御のために〈カウンシル〉地下の秘密の牢屋に双子を幽閉する者が少なくなかった。
 キャスも同じように幽閉されてしまうが……。

 文明崩壊もの。
 キャスの一人称で語られていきます。双子が生死を共にしている設定が目新しく、世界設定のひねりになってます。健康状態も反映されるらしいのに扱いが雑なのは、ちょっと謎でしたが。
 物語は、すでに幽閉されている状態からはじまり、ここまでの出来事を回想したのち、隔離部屋から脱出します。〈カウンシル〉から出る前にキャスは、オメガの烙印のある男の子を助けます。
 男の子は記憶喪失。キャスはキップという名前をつけます。元はといえば犬の名前、というところがモヤモヤするんですけど、犬が貴重な時代なのでいいのかな。
 絶対に双子で生まれてくる不思議とか、明かされないこともありました。というのも、実は、3部作だったんです。
 つっこみどころは多々あれど、練られた世界がおもしろいです。続きが翻訳される気がしないのがちょっと哀しい。


 
 
 
 

2019年02月16日
ジーン・ポーター(村岡花子/訳)
『リンバロストの乙女』上下巻/河出文庫

 リンバロストの森の端に、エルノラ・コムストックの家があった。母のキャサリンは、亡き夫から立派な森林を300エーカー継いだが開墾することもなく、税金の心配ばかりしている。
 エルノラがオナバシャにある高等学校に入学したがったときも大反対。なんとか母を説得できたものの、あまり協力的ではない。
 登校初日、エルノラは、生徒たちの見世物になってしまう。町の学校に更紗の服を着てくる人はいない。そのうえ、どたどたした長靴をはき、おかしな古ぼけた小さな帽子までかぶっていた。
 エルノラは、どこへ行ったらいいのか、なにをしたらいいのかもわからず、戸惑うことばかり。授業料を払わねばならないこと、教科書を買わねばならないことに愕然としてしまう。
 心が折れそうになったエルノラを助けたのは、隣人のウェスレイ・シントンだった。ウェスレイとその妻マーガレットは、いつも親身になってエルノラの世話をしてくれる。
 実は、エルノラが生まれるとき、不幸な事故があった。ウェスレイはそのことを知っていて、キャサリンが分別を失っていると思っていたものの、責められずにいた。
 エルノラはウェスレイの助言で、母に授業料のはなしをするが、とりあってくれない。自分で稼ぐ決意をしたとき、蝶や蛾などを買いとっている人のことを知った。
 エルノラはリンバロストの森で、虫を採取しては標本をつくっていたのだ。それらが高く売れることを知り、学校生活は好転していくが……。

 『そばかすの少年』の姉妹編。ですが、読んでいることを前提に書かれている印象。あとがきによると、本書が先に翻訳されてはいるのですが。
 ちなみに『そばかすの少年』が展開されているころ、エルノラは小学生。登場人物たちのその後の姿がちょこっと出てきます。

 本書は、上巻と下巻で別の話になってます。
 上巻は、母娘関係。下巻は娘の恋愛関係。上巻が作者の書きたかったことで、下巻は読者が読みたいことを書いたのだろうと推察。
 読みどころはなんといっても、母キャサリンの存在。がさつでぶっきらぼうで、娘を愛していると同時に憎んでもいます。その理由を知っているシントン夫妻は、エルノラを心配しつつ、キャサリンを気遣います。
 エルノラは、賢くて優しいいい子なんです。けれど、キャサリンの複雑な内面が変化していくさまを前にしては色あせてしまう感じ。キャサリンに大注目でした。  


 
 
 
 

2019年02月25日
ラメズ・ナム(中原尚哉/訳)
『ネクサス』上下巻/ハヤカワ文庫SF2142〜2143

 ケイデン(ケイド)・レインは、神経科学者。脳コンピュータ通信を研究している。
 ケイドは仲間たちとともに、密かにネクサス5を開発した。
 ベースとしたのは、ナノ構造物であるネクサス3。ネクサス・コアのプログラムを解読して、自由に働かせられるようにした。ロジックと機能のレイヤを追加し、脳内でソフトウェアを走らせることも可能となった。
 ネクサス5を使えば、他者とも繋がれる。行動を強制することもできる。ケイドもその危険性に気がついているが、いい影響があり、必要な技術だと考えていた。
 サマンサ(サム)・カタラネスは、国土安全保障省、新型リスク対策局(ERD)の特別捜査官。身分を偽り、ケイドに接近する。
 完璧な偽装に、ケイドはだまされてしまう。ERDだと気がついたときには手遅れになっていた。ケイドも仲間たちも捕まり、連行されてしまう。
 ERDはネクサス5を、人類への脅威にあたると断定。その場合に認められる権利はない。弁護士を呼ぶこともできず、ケイドは新型技術脅威法違反の重大な嫌疑をかけられてしまう。
 ケイドは、ERDから取引きを持ちかけられる。
 中国に、当代一流の神経科学者、朱水暎(ジュウ・スイイン)がいた。朱水暎は中国人民解放軍と協力関係を結んでおり、中国の、強制支配技術に主眼をおいた神経工学プログラムに関わっている。
 朱水暎はケイドの研究に興味をもっているらしい。
 近々、バンコクで国際神経科学学会が開かれる。そのあとの、高次脳機能のデコードをテーマとする特別ワークショップに、ケイドを招待しようとしていた。
 ケイドはERDから、朱水暎の招待を受けることを要請される。スパイとなれば、仲間たちの罪は問われない。ケイドは条件をのむが……。

 ナノテクもの。
 昔のサイバーパンクで、頭のソケットにいろんな機能を差し替えしていたことを思うと、随分スマートになったな、という印象。やってることは同じですけど。
 物語はケイドを中心に展開していきます。ケイドの仲間で、ERDに捕まらなかったワトソン・コールはケイドを助け出そうとします。サムはケイドを監視して、朱水暎はケイドをERDから引き離そうとします。
 コールもサムも朱水暎も、哀しい過去があります。それが、行動の理由になっています。その一方、ケイドの過去は明かされません。
 話を進めるためにケイドをお人好しにしたのでしょうけど、厳しい現実を体験してきた周囲の人たちと比べると、どうしても見劣りしてしまいます。今回の事件が、ケイドにとっての厳しい現実、ということになるのでしょうか。


 
 
 
 

2019年03月10日
ジョージ・オーウェル(新庄哲夫/訳)
『一九八四年』グーテンベルク21(Kindle版)

 1984年。
 世界は、オセアニア、ユーラシア、イースタシアに分かれていた。間にある紛争地域をめぐる戦争はやむことなく、同盟を結んだり、戦争状態になったりとめまぐるしい。
 現在オセアニアは、ユーラシアと交戦する一方イースタシアと同盟関係を結んでいた。公式には交戦の相手国は一度も変わっていない。党の主張する現実とそぐわない記録は書き換えられ、人びとの記憶すら改められる。それが日常だった。
 ウィンストン・スミスは、オセアニアの《真理省》で働いていた。《記録局》に所属し、指示されるまま、過去の記録を現実に即したものに書き換えていく。
 ある日ウィンストンは、スラム街の古道具屋で本を買い求めた。本には記入ひとつない。特別の目的を意識していたわけではなかったが、考えていることを日記として書いてみようと思いついたのだ。
 日記が広げられるのは、居間のテレスクリーンから死角となる小さなテーブル上でだけ。テレスクリーンには映像や音が送られてくるが、同じように、こちらの映像や音も送られてしまう。
 誰もが、常に監視されていた。
 なにかを書くことは、違法行為ではなかったが危険だ。発覚したとすれば、まず間違いなく死刑か最低25年の強制労働に処せられる。
 誰もが、常に警戒していた。
 とりわけウィンストンが気にかけているのは、同じ《真理省》の、名前も知らない女のことだ。目鼻のはっきりした若い女で、ウィンストンは、この女がスパイではないかと疑っていた。思想警察の手先かも知れないし、異端者に対する素人スパイかもしれない。
 ウィンストンは彼女が身近にいたりすると、いつもきまって恐怖と敵意の入り交じった不安を覚えた。
 そして、もうひとり、オブライエンという男。《党内局》の一員で、非常に重要な雲上のポストを占めている。ウィンストンはオブライエンを、腹を割って話し合える人間だと考えていた。
 やがてウィンストンは、オブライエンが自分の味方だという確信を深めて行く。いつしか、オブライエンのために日記を書き留めるようになるが……。

 ディストピアもの。
 強烈な監視社会になっているロンドンが舞台。テレスクリーンだけでなく、町中や郊外でも、いたるところにマイクが仕掛けられてます。人びとは、夫婦間や親子間の密告に神経を尖らせてます。
 自宅でも休まることがないとは。
 当局は監視するだけでなく、新しい言語〈ニュースピーク〉を公用語に定めて、思想統制もしています。人間扱いされていないプロレ階級が、もっとも人間らしいのも当然。
 物語の軸は、ウィンストンと、謎の女ジュリアと、オブライエンの3人。
 なんとも恐ろしい世界でした。


 
 
 
 

2019年03月16日
門井慶喜
『家康、江戸を建てる』祥伝社

 連作短編集。
 豊臣秀吉によって関東八か国をそっくり頂戴した徳川家康。家康が居城と定めたのは、武州千代田の地、江戸城だった。  
 江戸城は、100年ほど前には関東の名城などと呼ばれていた。ところが実際に見てみると、想像以上のお粗末さ。ただの田舎陣屋でしかない。
 東と南には海が広がり、西側は茫々たる萱原。北は多少開けていたが、農家が7、80軒ばかりぽつぽつならんでいるばかり。
 家康は方々に人を配し、町づくりをはじめる。

 徳川家康が〈江戸〉をこしらえようとして、役人が動く。そういう視点は珍しく、すごくおもしろいです。
 どの話も、ダイジェスト的に、駆け足気味に語られます。現代視点もちょくちょく入ってくるので、なんだか、教養番組の再現映像部分をつまみ読みしているような感覚。その分読みやすいです。

「流れを変える」
 家康は、伊奈忠次に江戸の地ならしの差配を一任した。
 伊奈は家康に、江戸に流れこむ川そのものをまげることを進言。2年かけて、田畑の調査などをしつつ関東平野をくまなく歩いた。
 伊奈の見たところ、利根川こそが、江戸の地を水びたしにしている元凶。江戸城の北東方に河口があり、おかげで周囲はいちめん海水まじりの湿地。武蔵国(埼玉県)あたりを南流しているうちに川そのものを東へ折り、河口を大きく東へずらさねばならない。
 世代を越えた大工事が始まる。

「金貨(きん)を延べる」
 家康が関東に入国して3年。
 江戸をゆくゆく天下一の街にするには独自の貨幣を持たねばならない。そのために後藤家の技が必要だった。
 後藤家は卓越した金工技術を持ち、その時々の権力者に仕えてきた。家康が秀吉に、当主の弟、長乗(ちょうじょう)の派遣を要請してから1年。ついに長乗が江戸に現われた。
 京に染まっている長乗にとって、江戸行きは不本意極まりない。2年がたち、大判鋳造のめどが立つと帰国してしまう。あとを任されたのは、まだ25歳の橋本庄三郎だった。
 実は、庄三郎こそが家康の狙い。庄三郎は家康から、大判ではなく小判を鋳造するように命じられる。

「飲み水を引く」
 家康が関東移封を命じられてまもなく。菓子司の大久保藤五郎(とうごろう)は、飲み水の確保を命じられた。
 江戸の地は泥湿地だらけ。地下水が得がたいところへもってきて遠浅の海がざぶざぶ江戸城のふもとを洗っている。たとえ井戸を掘っても、塩からくて飲めたものではないはずだ。
 藤五郎は、天下喫緊の大仕事だと理解して、ただちに調査にとりかかった。3か月の苦闘の結果探し当てたのは、赤坂の溜池と神田明神山岸の細流。水道工事を手早く終わらせ、藤五郎の上水は人々ののどをうるおした。
 それから13年。
 江戸は発展し、人口は五万をこえる。もはや藤五郎の上水だけでは足りなくなっていた。
 武蔵野の原野で鷹狩りを楽しんでいた家康は、地元の百姓、内田六次郎を召出し、水について尋ねた。家康が案内されたのは、〈七井の池〉と呼ばれる湧水点。泉どころかほとんど湖という水量に、家康も圧倒される。
 家康は六次郎に普請役を命じ、水を江戸へひかせる。

「石垣を積む」
 関ヶ原の戦いから3年。家康は朝廷より征夷大将軍の宣下を受け、江戸幕府が開府した。
 まもなく、江戸城の普請がはじまった。内濠、外濠あわせて約五里。10万個をはるかに超える巨石が投じられる。
 伊豆国には、ぞくぞくと人足たちが流れこみ、木を伐り、土を払って石丁場をひらいた。たちまち日本一の大規模開発地帯と化した。ただ、石丁場は、伊豆半島の東半分に集中している。運送の都合だった。
 採石業者の親方である吾平は、西で新たな石を捜そうと決意する。

「天守を起こす」
 幕府開府の3年後、家康は藤堂高虎に江戸城の大増築を命じた。新築といっていいほどの大工事だった。
 ある日家康の耳に、秀忠の苦言が入ってくる。そのころの秀忠は家康から将軍職をゆずられている。その秀忠が、天守は不要だと周囲にもらしているらしい。
 まだまだ泰平の世が来たとは言えないものの、いくさは格段に減った。昨今の城は、おしなべて実践よりも統治の便、交通の便をおもんじる造りになっている。ゆえに、天守などいらないのではないか、と。
 家康は秀忠の話を聞きつつも、天守の建設命令を出す。それも、通例の黒壁ではなく、白くするという。それには大量の漆喰が必要だ。
 漆喰づくりには石灰が欠かせない。高虎は、大工頭の中井正清に命じて石灰を捜させる。


 
 
 
 

2019年03月21日
ジョン・スラデック(柳下毅一郎/訳)
『ロデリック(または若き機械の教育)河出書房新社

 ミネントカ大学コンピュータ・サイエンス科のリー・フォン博士は、NASAのアヴリル・ストーンクラフトから接触を受けた。秘密裏に、本物のロボットを開発してほしいという。
 外見はどうでもよく、重要なのは頭脳。NASAがほしいのは、 機能する人造人間。予算は無制限。問題なのは機密処理だけ。
 ストーンクラフトは、軍や内務省を心配していた。かれらに知られないのが第一。表向きはローヴァー計画として、研究機材の発注はすべて指定されたダミー会社を通す。
 リーは言われた通り、極秘にロボット開発をはじめた。人を集め、ダミー会社を通じての請求もした。
 フォン博士のチームは、4年間、きついがすばらしい仕事をした。プロジェクト・ロデリックは順調。あと一歩というところでNASAから電報が届き、すべての資金が凍結されてしまう。
 実は、ストーンクラフトの嘘だった。ストーンクラフトは横領しており、ミネントカ大学をトンネルにして、NASAの金をダミー会社に流しこんでいたのだ。
 フォン博士は大学の緊急資金を狙うが、果たせない。
 ロデリックは、学習しきれていない状態で大学から放り出されてしまうが……。

 ロボットSFの最高傑作と呼ばれている(らしい)作品。
 ほぼ会話で成り立ってます。説明もなく、かなり読みづらいです。短めの第一部で大学でのすったもんだがあり、ロデリックの活躍は第二部から。
 ロデリックは、はじめは幼児のようなのですが、徐々に人間と対話できるようになっていきます。とある夫妻の養子となり子どもとして学校に通いますが、誰もロボットだと思いません。ロデリックが自分はロボットだと主張しても、知恵おくれの人間だと思われてしまうのです。
 ロボットとは?
 人間とは?
 そういった哲学的な問いが、コミカルに展開していきます。
 会話ばかりの本って、すいすい読めてしまって物足りない……そんな先入観があったのですが、見事に覆されました。


 
 
 
 

2019年03月23日
矢野 隆
『我が名は秀秋』講談社

 秀俊が豊臣秀吉の養子となって10年がたつ。秀俊の実の父は、秀吉の正妻の兄。幼いころに家をでたため、父という実感はない。
 秀俊は、齢13。自信を持つことができず、人の目を気にして生きてきた。秀吉の養子というだけで、己よりも何倍も歳を経た男たちが、ひれ伏す。ずっと心に違和を抱えていた。
 そんな秀俊に、新たな父ができることになった。小早川家へ養子にでることが決まったのだ。
 小早川家は、中国地方に絶大な力を得ている毛利家の一門。当初秀吉は、毛利本家への養子を考えていたらしい。だが、当主の毛利輝元が激昂し、危惧した小早川隆景がみずから名乗りを上げた。
 秀吉は隆景の才を高く買っている。隆景に実子はおらず、秀俊は小早川家の養子となることで落ち着いた。
 隆景は、はじめて対面した秀俊が、秀吉の縁者に生まれただけの無能な男だと、堂々と認める姿勢に好感を抱く。秀俊もまた、隆景を父と呼べることを喜んだ。
 一方、豊臣家では、秀次が危うい立場にいた。
 秀次は、秀吉の姉の子。秀俊と同じように秀吉の養子となっていた。秀俊は実の兄のように慕っている。
 3年前に秀吉は、たった一人の子供であった鶴松を亡くした。そのとき秀次に関白職と家督を譲っている。ところが拾が生まれ、関白の座が惜しくなった。
 秀次が危惧したことが起こってしまう。秀吉から謀反の疑いをかけられ、高野山に蟄居。まもなく、切腹の命がくだされた。
 秀次につづき、正室と側室、子供ら総勢39名が惨殺された。秀次に近しかった大名たちも、切腹を申し渡され、あるいは、改易、流罪といった刑罰を受けた。
 秀俊はなにもすることができない。
 その年の暮れ、秀俊は小早川家の総領となった。朝鮮への出兵が決まると総大将に任じられるが……。

 秀俊が秀秋に改名するのが、出陣の直前。13歳から21歳まで、秀秋主観で、綴られていきます。
 小早川秀秋といえば、関ヶ原の戦いの最中に東軍に寝返った裏切者。そういう評価がつきものでしたが、近年、新たな視点での再評価がされているようです。本書もその系統。
 かなり秀秋よりに脚色されてます。隆景は理想の父親像を体現しているし、秀吉や豊臣家は裏切られるのも当然と思わせるし、徳川家康も矮小化されている印象。秀秋だけが好きならそれでもいいかもしれませんが、少々物足りない。
 再評価ものはもっと評価されるべきだと思いますが……。


 
 
 
 
2019年03月25日
イタロ・カルヴィーノ(米川良夫/訳)
『木のぼり男爵』白水Uブックス

 《我々の祖先》三部作の二冊目。
 1767年6月15日。
 イタリアのディ・ロンドー男爵の一家は、オンブローザにある別荘の食堂にいた。供されたのは、長女バッティスタのこしらえたかたつむり料理。かたつむりのスープに、かたつむりのメイン・ディッシュ。
 その3日前、かたつむりをめぐるいざこざがあり、長男のコジモと弟のビアージョは牢屋代わりの小部屋に閉じこめられた。ふたりは三日の間、パンと水とサラダと牛の皮、それに冷えたスープで過ごした。
 それから、まるで何もなかったかのように、皆、時間どおりに集まって来た最初の一家そろっての食事が、あの日の昼食だった。コジモは食べることを拒否。まだ8歳のビアージョがこの軟体動物を嚥下しはじめると、コジモは孤立してしまう。
 コジモと男爵は対立し、食堂を立ち去ったコジモは樫の木によじ登った。
 このときコジモは12歳。
 男爵の不当な厳格さに、子どもらしく反発したのだろう。ところがコジモは、いつまでたっても地上に降りようとしない。
 樫の木にとどまらず、枝と枝の交わっている場所を捜し捜しして、となり合う楡の木に、蝗豆の木に、山桑にと移って行く。コジモは、一歩だって地上に降りる必要なしに数里の道を移動できたのだ。
 コジモは、枝を剪定して自分の世界をつくっていく。寝るのも食べるのも、勉強するのも木の上だった。大人になり、男爵になっても、まだ木の上で暮らした。
 その名は遠くパリにまで伝わるが……。

 ビアージョによる回想録。
 コジモは独特ですけれど、脇役たちも多彩。
 かたつむり料理をこしらえるバッティスタは、在家の尼。母のコンラディーネは将軍令嬢(ジェネラレッサ)の異名を持っているような気性。
 男爵の異母弟カッレーガは騎士で弁護士。いつもトルコ服を着ていて、ある秘密をかかえている。
 兄弟に勉強を教えているフォーシュセフルール師は、厳格だけれども、性根は無関心で成り行きまかせ。すぐに自分の世界に入ってしまう。
 父男爵はオンブローザの公爵位を望んでいて、となりのオンダリーヴァ侯爵が大嫌い。コジモは侯爵令嬢のヴィオーラに心ときめかすものの、彼女は馬に乗るのが大好き。木の上から眺めるしかない。

 時代は18世紀の終わりごろ。
 革命があり戦争があります。木の上で暮らしていても無関係ではいられない。環境が変わっていき、コジモは歳をとっていく。
 奇想天外、波瀾万丈。それができる時代だったんだなぁ、としんみりしてしまいました。


 
 
 
 

2019年03月28日
和田 竜
『村上海賊の娘』上下巻/新潮社

 大坂本願寺は、一向宗本願寺派の本山だった。
 これまで主の顕如は、織田信長の様々な難題に素直に応じてきた。だが、大坂の地を渡す要求だけは呑めない。大坂は蓮如上人が磨き上げてきた土地なのだ。
 鈴木孫市は、千人の雑賀鉄砲衆を束ねていた。戦に備え顕如に雇われるが、自身は一向宗門徒ではない。
 孫市の見るところ、大坂本願寺が圧倒的に不利。信長に土地を渡すべきだと主張するものの、聞き入れられない。そこで次善の策として、毛利家を味方につけるよう働きかける。
 大坂本願寺は包囲されつつあった。今なら難波海から兵糧を入れられるが、それも時間の問題だ。
 大坂本願寺が必要とするのは、5万人分の兵糧1年分、10万石。
 毛利家は要請を受け入れるが、手持ちの船だけでは兵糧を運ぶのが精一杯。守る兵船がなくなってしまう。そのとき、村上海賊の名前があがった。
 村上海賊は三家から成る。因島村上、能島村上、来島村上だ。因島村上と来島村上は毛利家に臣従するなどしていて、動かせる。問題は、最大勢力である能島村上だった。
 毛利家は使者として能島に、直属の警固衆(水軍)の長、児玉就英(なりひで)を送りこむ。能島村上家当主の村上武吉は、協力を約束しつつも条件をつけた。
 娘の景(きょう)姫を、就英に輿入れさせたいと言うのだ。
 景は、醜女にして荒者として名高い。海賊に嫁ぎたがっているが、20歳になっても独り身だった。
 景には、自身の容貌に自覚がある。ところが、偶然知り合った一向宗門徒から見目麗しいと告げられ混乱してしまう。景の顔立ちは南蛮人に近く、その基準では美人なのだという。
 喜んだ景は門徒たちのために船を出し、大坂本願寺へと向かうが……。

 本屋大賞受賞作。
 主人公は景。政治のことはおかまいなしに動きまくります。
 舞台は、天正4年(1576年)の天王寺合戦〜第一次木津川口海戦まで。  

 研究発表的でした。
 いたるところで『○○○』によると……という一文が入ります。あまりに多くて、引き気味に読んでました。ときには『○○○』にはこうありますが『×××』ではこう書いてあり……云々。
 時代小説で独自解釈すると批判がくるので防止策を施しておきました、といった印象。
 これがいい、という人もいるのでしょうけど。もうちょっと物語に集中させてもらいたかったな、というのが正直なところ。

 
 

 
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