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2019年の記録
目録
 
 
 
 
 
 6/現在地
 
 
 
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このページの本たち
ロボット・イン・ザ・ガーデン』デボラ・インストール
トード島の騒動』カール・ハイアセン
クロニカ 太陽と死者の記録』粕谷知世
夜は千の目を持つ』ウィリアム・アイリッシュ
獅子』池波正太郎
 
神秘の短剣』フィリップ・プルマン
セミオーシス』スー・バーク
新選組の料理人』門井慶喜
空中庭園の魔術師』ベン・アーロノヴィッチ
時間帝国の崩壊』バリントン・J・ベイリイ

 
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2019年07月11日
デボラ・インストール(松原葉子/訳)
『ロボット・イン・ザ・ガーデン』小学館文庫

 ベン・チェンバーズは34歳。妻のエイミーと、イギリス南部の村で二人暮らし。6年前に両親が事故死して、家と多額の遺産を相続した。獣医師を目指していたが叶わず、家にいて家事をすることもなく、ぼんやりと日々を過ごしている。
 ある朝エイミーが、庭にいるロボットを見つけた。
 エイミーはよく、門を開けっ放しにする。ベンが門を直してくれないからだと言う。時間がないというエイミーにうるさく指図され、ベンは渋々ようすを見に行った。
 ロボットは高さが130センチ弱、幅はその半分くらい。金属製の四角い胴体と頭で構成されていた。
 ボディは塗装されておらず、剥き出しのまま。あちこちへこみだらけ、ぼろぼろの状態だ。腕と脚はホースを繋げただけ。手はマジックハンドでできていた。
 ロボットの名前はアクリッド・タングらしい。
 庭にいる理由は語らない。しきりにオーガストと言い募る。ベンが今は9月だと教えたが頑だった。
 1週間がたっても、タングは出ていこうとしない。庭に居座ったまま。どうやら故障しているらしい。
 ベンはタングが気に入っていた。エイミーは、ぽんこつロボットが庭にするのが目障りでならないようだ。なにより体裁が悪い。
 ベンが、タングを少しでもきれいにしようと掃除をすると、底面に金属板を見つけた。金属板には文字が刻まれており、確認できたのは「PAL…」と「Micron…」と「所有者はB…」という文字。
 製造元はアメリカのマイクロンシステムズだろうか。そこに行けば直るのではないか。ベンは考えたが、言うだけでなかなか実行しない。
 まったく行動を起こさないベンは、エイミーに離婚を言い渡されてしまう。
 残されたベンは意を決して、タングをつれてアメリカに飛び立つが……。

 ハートフル系のなにか。ロボット系とは言いにくい。
 前半で、ベンとタングの旅が語られます。いろんな人と出会います。後半は、旅から帰ってきてからの出来事。後日談がダラダラ続いている雰囲気。
 とにかくベンにはイライラさせられます。相続財産があるとはいえ、法廷弁護士としてバリバリ働いてるエイミーが家事全般をこなしているって、どう考えてもおかしい。
 そのうえ、タングがまるで子どもでわがまま放題。腹を立てながら読んでました。
 が、後日談に入ってからはいいんです。
 ベンは反省して改善が見られるし、タングも成長した。前半とはほぼ別の話になってます。旅はダイジェストにして後半を主軸にした方が読み応えあったかも。
 最初のイライラはどこへやら、残ったのは好印象でした。


 
 
 
 

2019年07月14日
カール・ハイアセン(佐々田雅子/訳)
『トード島の騒動』上下巻/扶桑社ミステリー

 パーマー・ストウトは、フロリダ州でもトップスリーに入る有力ロビイスト。
 匙加減次第の助成金や官職は、政治に欠くことのできない栄養だ。崇高と思われていても、税金でまかなわれる事業には、それで甘い汁を吸うものが必ずいる。パーマーのようなロビイストが間に入ることで政治は動いていくのだ。
 ある日パーマーは知事のディック・アーテマスから、シアウォーター島への橋の建設を取りまとめるように頼まれる。
 シアウォーター島の現在の名称は、トード島。スワニー川の河口に近いメキシコ湾に位置する。島への交通は、60年たった木の橋があるきり。セメントトラックも支えられない。
 トード島はシアウォーター島と改名し、湾岸地区コミュニティーになる予定。ビーチと高層コンドミニアム間のボードウォーク。公共公園、カヤックツアー、自然遊歩道。選手権大会も開催可能なゴルフコース2つ。クレー射撃場。ヨットハーバー、滑走路、ヘリポート。
 まずは橋が必要だった。
 一方、トゥイリー・スプリーは、レンジローヴァーからゴミが投げ捨てられるのを目撃していた。ターンパイクを走行中の出来事だった。
 トゥイリーは、短いが軽くはない精神的な問題をかかえて大学を中退した26歳の失業者だった。そして、相続した何百万ドルもの財産の持ち主でもあった。
 トゥイリーには、銀行の支店をダイナマイトで爆破した経歴がある。伯父が、鉱山会社に1400万ドルもの融資をしたのだ。アマゾン川の流域に大きな穴ぼこをあけてる会社に。
 そんなトゥイリーが、運転席の窓からゴミが投げ捨てられるのを見過ごせるわけがない。憤慨したトゥイリーは、ポイ捨て男を家までつけていった。それが、パーマー・ストウトだった。
 トゥイリーはポイ捨て男に警告しようと画策するが、パーマーには通じない。ついにトゥイリーは、パーマーの愛犬、黒いラブラドール・レトリバーのブードルを誘拐した。
 実は、ブードルは病み上がり。そのことに気づいたトゥイリーは、薬をもらいにふたたびストウト邸に侵入する。そして、パーマーの妻デジラータに見つかってしまった。
 そのころのデジラータは、パーマーとの結婚をちょっと後悔していた。警察を呼ぶこともなく、トゥイリーについていってしまう。ブードルはデジラータの愛犬でもあるのだ。
 トゥイリーはデジラータから、トード島の情報を得るが……。

 島の開発をめぐる、群像劇。
 物語の中心は、パーマー・ストウトとトゥイリー・スプリー。
 脇役たちも多彩。それぞれ、きっちり人となりを書き込まれてます。おかげで読み応えがあります。
 その分、長いです。
 情報量が多いためか、随分読んだ気になっていてもページが全然進んでなくて驚きました。軽妙で、すごくおもしろいんですけど。


 
 
 
 

2019年07月17日
粕谷知世(かすやちせ)
『クロニカ 太陽と死者の記録』新潮社

 インカ帝国は、文字をもたなかった。
 最盛期には1000万におよぶ人口を抱え、百以上の民族集団から成り立つ一大文明圏でありながら、彼らは文字を用いなかった。王家の由来、各種の法律さえ口伝であって、何の不便も苦痛も感じていなかった。
 死者は生者の近くに住み、子供や孫から相談をもちかけられれば助言を与えた。死してなお木乃伊として子孫とともに生きる先祖たちがいるのだから、文字による記録は必要なかったのだ。
 インカ帝国は、1572年9月、完全に消滅した。
 侵略したスペイン人たちは、キリスト教改宗を徹底させるため、集住政策を強引に推し進めた。アンデス山脈の高原部に点在していた村々をかたっぱしから破壊し、自分たちが建設した町へ村人たちをまとめて住まわしたのだ。
 ビルヘン・デ・ラ・デセンシオンもそうした町のひとつ。
 町は、クスコの南東、アンデス東山系の渓谷沿いに造られた。町並みは、中央広場に小さな教会堂と町会堂をそなえたスペイン風。人口は600人ちかい。タルキ村、プユ村、ムナスカ村の3つの村民が集住していた。
 エルナンド・アマル・ワチャカは12歳。司祭館の雑用係を務めている。
 ある日アマルは、町に巡察使がくることを知った。アマルには、偉い人がくる程度の認識しかない。ところが祖母のチャカラに伝えると、大人たちは慌ただしくなった。
 アマルはチャカラに連れられ、はじめてムナスカ村に行く。チャカラはムナスカ村の最年長だ。そのチャカラがほんの小娘の頃、ムナスカ村から移住させられたのだという。
 放棄されたムナスカ村は荒れ果てていた。そこからさらに小路をたどり、アマルはご大祖さまの木乃伊に会った。キリスト教の教えを受けているアマルは、木乃伊の声が聞こえることをなかなか受け入れられない。
 ご大祖さまの名は、ワマンといった。
 村長で父のプキオらも駆けつけ、ムナスカ村の村人たちは、ワマンに巡察使のことを相談する。ワマンは村人たちに自分を差しだすように頼むが、村人たちは大反対。
 ワマンの意思は固く、これまで誰にも話してこなかった昔語りを始めるが……。

 ファンタジーノベル大賞受賞作『太陽と死者の記録』を大幅に加筆したもの。
 よく時代小説で、突然解説が入って興ざめしてしまうことがあるのですが、本書はその逆。歴史書の中に物語が入り込んでいる構成で、それが自然で好印象でした。
 ワマンの一人語りの他、後世の視点からワマンが知り得ないことも語られます。
 ワマンが生きていたのは、はじめてスペイン人たちがやってきた激動の時代。ワマンの青年期に、大インカ、ワイナ・カパクが亡くなります(1527年)。後継者も同時期に亡くなってしまったため、王位を巡って、ワスカルとアタワルパの争いが勃発します。
 終盤、蛇足と思えるほどいろいろと書かれてます。あれもこれもと欲張ってしまったのか。

 なお、本文中に、H・G・ウエルズ『宇宙戦争』のネタバレがあります。古典ですけど、そういうことは書かないでもらいたかったな、というのが正直なところ。


 
 
 
 

2019年07月18日
ウィリアム・アイリッシュ(村上博基/訳)
『夜は千の目を持つ』創元推理文庫

 トム・ショーンは28歳。刑事だった。
 勤務を終えたら、バスに乗って帰る同僚とは別れ、毎晩、川っぷちを歩いて家へ帰った。毎晩、一時ごろ、一時ちょっとすぎに。快活で、小さな音で、あまりじょうずでもない口笛をふきながら。
 ある夜ショーンは、風にとばされてくる紙幣に気がついた。それも何枚も。カーブにさしかかり、前方に橋の渡り口があった。欄干には、女物の黒いハンドバッグ。
 ハンドバッグは見るからに高価。さかさまにひらいて、中身があたりにまき散らされていた。
 見回したショーンは、橋の欄干の上にすっくと立った女を見つけた。女は、川面を見ていた。身なげをしようとしていたのだ。
 ショーンは女を助けた。
 女の名は、ジーン・リード。
 ショーンはジーンを落ち着かせると、話を聞いた。
 ジーンの父ハーランは、 実業家で財産家。母はすでに亡い。
 ある日、メイドのアイリーン・マッガイアから尋ねられた。ハーランが出張する、その日程をずらせないか、と。帰りの飛行機に問題があるらしい。アイリーンは怯えていた。
 そのときジーンは気にもしなかった。だが、飛行機のことが心に重くのしかかってくる。アイリーンの顔を見るだけで気が滅入るので、アイリーンを解雇してしまう。
 とうとう問題の日。
 ジーンは、飛行機が行方不明になったことを知った。放心状態のジーンはアイリーンに会い、予言した者への面会を申し込む。アイリーンからは断られてしまうが、はなしを聞いてきてくれるという。
 アイリーンがもたらしたのは、ハーランは無事だという予言だった。
 果たしてジーンが帰宅すると、ハーランの電報が届いていた。予定の飛行機には乗らなかったのだ、と。
 予言したのは、ジェレマイア・トムキンズ。
 トムキンズの予言が本物であることを信じたハーランは、たびたびトムキンズに会った。予言はいつも正確。そして、ある日、ハーランの死が予言された。
 3週間後、獅子が死をもたらす、という。
 ハーランは今では、時計の針をじっと見つめ、恐怖におののきながら待っているだけ。たまらなくなったジーンは悲嘆にくれた。そして身なげしようとしたのだ。
 ショーンはジーンを、上司のマクマナスに会わせた。
 マクナマスは7人を選び、極秘捜査を指示する。予言された日まで3日もない。予言に裏はないのか?

 サスペンス。
 と思って読んでいたら、別の系統の話でした。死を目前にした人間の有様を描こうとしたのか。
 ジーンの告白だけで半分近くあります。その後、捜査と、ハーランの周辺に目を光らせるショーンが語られます。
 名作、というより迷作のような……。


 
 
 
 

2019年07月22日
池波正太郎
『獅子』中央公論社

 明暦4年(1658年)。
 真田信之は、信州・松代十万石を次男の信政にゆずり、隠居所を松代城下の北方半里余の柴村にかまえていた。すでに93歳。
 ある朝、知らせが舞い込んだ。
 信政が、御殿の廊下で卒倒したという。子供とはいえ信政は63歳。信政の身に万一のことがあれば、真田家の存亡にかかわる一大事だ。
 信政の跡つぎ右衛門佐(うえもんのすけ)は、庶子である上に満一歳の幼児だった。しかも、まだ幕府へとどけ出ていない。
 将軍おひざもとの江戸で大火があり、幕府当局は、江戸復興に繁忙をきわめていた。信政が、いますこし、江戸の様子が落ちついてから、出生をとどけ出てもおそくはないと考えるのも自然なことだった。
 実は真田家には、上州沼田三万石に分家がある。
 分家を継いだのは、信之の長男で亡くなった信吉の妾腹の子・信利。信吉が亡くなったとき、まだ幼かったことを理由に本家は継がせなかった。現在は24歳になる。
 信利の妻は、老中筆頭・酒井忠清の義妹だ。酒井家は、もはや徳川将軍の一門といってよい家柄。しかも忠清は、現将軍・家綱の寵臣だった。おそらく義弟である信利を当主にしようと画策するだろう。
 信之のみたところ、信利は当主の器ではない。信利では真田家が傾いてしまう。
 まもなく、信政が亡くなった。信政は跡継ぎに右衛門佐を指名するが……。

 直木賞受賞作の短篇「錯乱」を、信之視点で書いたもの。なお「錯乱」では藩士の堀平五郎が主人公でした。本作でも登場してます。
 本作発表の翌年『真田太平記』の連載がはじまります。
 物語としては、右衛門佐は跡継ぎになれるか、その一点。信之としては右衛門佐に継がせたいし、そのために手紙を書いたりはするけれど、いかんせん93歳。
 のんびりしたいのに〜、という方面で苛立ってます。ちょっと、なるようになれ〜、的なところも。でも策をこうじてしまうんですよね、やっぱり真田。

 もちろん単独で読めますが、真田家の知識が少しはあるとより楽しめると思います。


 
 
 
 

2019年07月25日
フィリップ・プルマン(大久保 寛/訳)
『神秘の短剣』上下巻/新潮文庫

 ウィル・パリーは12歳。
 父は、物心つくころには行方不明になっていた。母の話では、父は英国海兵隊の士官だったが、退役して探検家になり、さまざまな探検隊をひきいて世界各地の辺境へおもむいていたという。
 小さいころウィルは、母に敵がいることを知った。最初は遊びだと思っていた。徐々に、母の敵は心のなかにいるのだと理解した。
 母は精神に異常をきたしている。
 ウィルがなによりおそれたのは、お役所に知られてしまうこと。お役所は、母をつれさり、ウィルをどこかの施設に入れてしまうだろう。
 ウィルは母の問題を秘密にした。具合のいいときに家事をならい、誰にも気がつかれないように暮らした。めだたないようにしている方法、近所の人の注意をひかない方法をおぼえた。とにかく、大人たちの注目を集めないように。
 あの男たちが来たのは、そんなときだった。
 男たちは警官ではない。福祉関係者でもない。犯罪者でもなかった。父の、ジョン・パリーのことを知りたがった。
 ウィルには、男たちがなにを手に入れようとしているのかわかっている。手紙だ。母のいちばんたいせつな、緑色の革の文具箱に入っている。
 ウィルは知人に母をかくまってもらい、あの箱を持って逃げた。父をさがすつもりだ。そうしてオックスフォードにたどり着き、不思議な窓を見つけた。
 窓の向こうには、ちがう世界が広がっていた。
 街の名は、チッタガーゼ。こぎれいなところなのだが、人の気配がない。
 ウィルはチッタガーゼで、少女ライラと出会った。
 ライラは〈ダスト〉の秘密を追っているところ。ライラにとっても、チッタガーゼは自分の世界ではない。
 ふたりはウィルの世界とチッタガーゼとを往来し、それぞれの目的を果たそうとする。
 ところが、ライラはちょっとした油断から真理計を盗まれてしまった。犯人は、名士で通っているチャールズ・ラトロム卿だ。ふたりはラトロム卿から、ある短剣と真理計との交換を持ちかけられる。その短剣はチッタガーゼにあるという。
 チッタガーゼにはスペクターがいた。スペクターは大人だけを襲う魔物。ラトロム卿には手が出せないのだ。
  ふたりは短剣をさがすが……。

 《ライラの冒険》シリーズ第二部。
 第一部のライラの大冒険を受けた物語で、いくつかの結末がおとずれ、新しいことが始まり、次作へひきつがれます。
 ウィルの物語が中心ですが、ライラの物語も進行中。前作の大冒険に別のテイストが入ってきて、しかもそれがけっこう強め。そういうところが嫌だ、という人がいるのも納得できます。


 
 
 
 

2019年08月01日
スー・バーク(水越真麻/訳)
『セミオーシス』ハヤカワ文庫SF2214

 50人の志願者が地球を発ってから157年。冬眠から目覚めたかれらを待っていたのは、予定とはちがう星だった。
 その星には、酸素と水が豊富にあり、生きた生命体もいる。ただ、地球よりも重力が20パーセント強い。
 入植者たちは6台の着陸ポットで星に降り立ったが、重力が操縦を誤らせた。2台が墜落し、13名の乗員と食料合成機など機材を失ってしまう。
 苦難と、危険、起こるかもしれない失敗は予期していた。楽園などは期待していない。荒廃した地球をあとにしてきた入植者たちが望むのは、自然と完全に調和した新しい故郷だ。
 その星は〈平和(パックス)〉と名づけられた。
 それから1ヶ月。
 オクタボ・パスターは、コロニーの植物学者。
 着陸直後、木の幹に、もつれあってからみついた、竹みたいな節の蔓が発見された。蔓には、すきとおった柿のようなオレンジ色の実が熟している。蔓自体は雪のように白かったため、スノーヴァインと名づけた。
 スノーヴァインの実の安全が確認され、オクタボは畑に植えることを勧めた。ところが、3人の女性が死んでしまう。安全だったはずの実から毒が検出された。
 オクタボは責任を痛感する。調査をすすめるうちにオクタボは気がついた。
 パックスの植物には、知性がある。スノーヴァイン同士が争っていたのだ。一方は人間たちを利用し、一方は排除しようとしていた。
 地球の戦争から逃れてきたが、ここにも戦争があったのだ。
 コロニーはひとつの決断をするが……。

 7世代、およそ100年にわたる物語。
 はじまりは、オクタボによるパックス暦1年の出来事。このときオクタボは、多くの仲間が命を落としたけれど、 もしものときのために凍結した卵子と精子を保管してある、と語ります。
 ところが。次の章で、第2世代シルビアによるパックス暦34年の事件が語られたとき、凍結した卵子と精子は、嵐で冷凍庫が故障したために半分が使えなくなってます。
 すべてがそんな感じ。万全の備えをしていたのに、トラブルの連続で利用できなくなっていく。さらに、第一世代の、地球での失敗を繰り返すまいという気負いが物事を悪化させてしまいます。
 なお、第3章はパックス暦63年ですが、第4章以降はパックス暦106年〜107年と、後半の比重が大きくなってます。
 知性がある植物の思考もでてきます。それが、かなり人間的というか、人間でも理解できるように翻訳されているというか。まるでコンピュータのようでした。
 分かりやすい反面、異質さが薄らいでしまっているのが残念。 


 
 
 
 

2019年08月02日
門井慶喜
『新選組の料理人』光文社

 連作短編集。
 菅沼鉢四郎は、32歳。出身は備後国福山藩。
 武家の四男で婿養子となったが、うまくいかず、庄屋の娘おこうをはらませてしまう。おこうをつれて京にでたものの、やっぱりなにをやってもうまくいかない。
 おこうは料亭で、通いの女中をはじめた。鉢四郎は長屋にいて、娘おきよの面倒を見る日々。そこで気がついたのが、自分が料理に向いている、ということだった。

「新選組の料理人」
 元治元年(1864年)。
 蛤御門の変が勃発した。戦場付近から出た火は、おりからの北風にあおられて南へ南へと燃えひろがり、さらに東西方面へも延焼して京の南半分が焦土と化した。
 薩摩藩が炊き出しを行なうと、たちまち救国の星となった。となれば幕府も黙っていることはできない。新選組に命令がくだるが、料理のできる人材がいなかった。
 鉢四郎も被災者のひとり。
 新選組から粥をもらったものの、あまりのまずさに食べきることができない。不満顔を、新選組幹部の原田左之助に見とがめられてしまう。
 それがきっかけとなり、鉢四郎は新選組の賄方として入隊させられてしまうが……。

「ぜんざい屋事件」
 大坂は瓦屋町の石蔵屋というぜんざい屋が、土佐を脱藩した過激派浪士の隠れ家になっているらしい。その情報を得た左之助は、鉢四郎を大坂に送りこんだ。
 鉢四郎は料理の修業といつわり、店に入り込もうとするが……。

「結婚」
 左之助が祝言をあげた。相手は、建具商・高嶋屋のあるじ長兵衛の娘、おまさ。
 宴席もお開きになり、新選組局長の近藤勇は、左之助と長兵衛をつれて伏見に向かう。ついたのは、南浜町の寺田屋だった。
 近藤には、寺田屋にどうしても入り込みたい理由がある。だが、いつも門前払いされていた。
 しかし、今回は新妻の父をつれている。婚礼の客をことわるというのは、料理屋にとって、かなり外聞がわるい。近藤たち一行は座敷に案内されるが……。

「乳児をさらう」
 左之助の子供が誘拐された。
 ひとり息子の茂は、まだ赤子。下手人は、鉢四郎の使いの者だと名乗ったという。鉢四郎は左之助を疑うが、どうやら違うらしい。
 鉢四郎は、近藤に人員をさくように願い出る。
 左之助と敵対している斎藤一が怪しいのだが……。

「解隊」
 新選組の屯所をうつすことになった。陸軍としての稽古をするためだ。
 もはや時勢は、ちまちま市中を巡邏して浪士をひとりずつ刈り取ったところでどうにもならない。新選組も、組であることをやめ、軍にならなければならないのだ。
 鉢四郎は、屯所の移転にかかわる費用の計上を任させる。というのも、勘定方のひとりが不祥事を起こして切腹したため、人員不足なのだ。
 鉢四郎は賄方も兼任して奮闘するが……。

 1864年の蛤御門の変からはじまり、1867年の坂本龍馬暗殺のあたりまで。
 一応、主人公は鉢四郎。ときどき、鉢四郎はオマケで左之助が主役じゃないかと思うこともあり。料理主体ではなく、あくまで新選組を別の側面から書いた話になってます。
 賄方目線を考えていたので、少々拍子抜け。
 門井慶喜は『新選組颯爽録』でも新選組を書いていますが、そちらの人物設定がほぼ踏襲されているそうです。両方読むとおもしろさが深まるのかもしれませんね。残念ながら未読なので分かりかねますが。


 
 
 
 
2019年08月04日
ベン・アーロノヴィッチ(金子 司/訳)
『空中庭園の魔術師』ハヤカワ文庫FT

 《ロンドン警視庁特殊犯罪課》 第四巻
 ピーター・グランドは、ロンドン警視庁、特殊犯罪課の刑事。主任警部の魔術師トーマス・ナイティンゲールの弟子でもある。
 警察内部で魔術について語られることは滅多にない。知らない者もいるし、知ってはいても忌諱されることがほとんど。それゆえ特殊犯罪課は、あまり歓迎されていない。
 午後11時。ロバート・ウェイルが自動車事故を起こした。
 ウェイルは、クロウリー市街をめざして車を走らせていた。その運転は、疑わしいくらいに慎重なもの。なのに、なぜか信号を無視。右から侵入してきた車に衝突されてしまった。
 かけつけた巡査は、ウェイルの車の後部に血痕を発見。血は、サイドパネルにべっとりとついていた。だが、車内の後部にも、周囲にも人の姿が見当たらない。
 まもなく警察は、ウェイルがいた可能性のある森から、ウェイルの車のタイヤ痕と女性の遺体を見つけた。女性の指はすべて第二関節のところで切り取られ、顔が欠けていた。顎から上はぐちゃぐちゃの赤いかたまりでしかない。
 ウェイルは証言を拒否。弁護士に対してさえもなにも話さない。
 実はウェイルは、ピーターのリストに名前が乗っていた。〈顔のない魔術師〉に関わりがある可能性がある者リストだ。
 さらにピーターは、二次的なリストに載っている人物の死を知らされる。鉄道警察の巡査部長から、不可解な自殺者がいたという情報が寄せられたのだ。それが、リチャード・ルイスだった。
 ルイスは、サザーク区議会で働いていた。防犯カメラに自殺する場面が録画されていたが、何者かに強要された可能性がある。
 時を同じくして、回収された盗難品リストのなかに、魔術に関係がある本が見つかった。ドイツの魔術書だった。
 盗んだのは、錠前師のパトリック・マルカーン。ピーターがマルカーンを尋ねると、マルカーンは身体を内側から焼かれて死んでいた。茹であがったロブスターのようだった。
 もはやマルカーンから本の出所を聞くことはできない。だがピーターは、ハイゲートのウェストヒル・ハウスで不法侵入があったことを掴んだ。
 ウェストヒル・ハウスは、エリック・ストロムボーグの屋敷だった。ストロムボーグはすでに故人だが、高名な建築家でドイツからの亡命者だ。ストロムボーグの代表作は、空中庭園(スカイガーデン)公営団地。サザーク区にある。
 生前のストロムボーグは、団地を気にかけていたらしい。
 ピーターは同僚のレスリー・メイと共に、団地に潜入調査するが……。

 シリーズ四作目。
 既出キャラクターの軽い説明はありますが、あくまで忘れている人向け。どうも忘れすぎていたらしく、登場人物一覧表に助けられました。
 いろんな事件が起こり、すべてが〈顔のない魔術師〉へとつながっていきます。全容が見えてくるようになるまでは、読んでいて不安でした。数々の事件をどうたたむのかな、と。
 終わってみれば、すべては計算ずくで書かれたのだと、納得。
 なお、シリーズものですので、区切りはついてますが、まったく終わってません。衝撃の展開があり、自作以降に持ち越されてます。
 実は、この巻(2014年)を最後に翻訳されてません。絶版にはなっていないし電子書籍化もされてますが、どうやることやら。


 
 
 
 

2019年08月05日
バリントン・J・ベイリイ(中上 守/訳)
『時間帝国の崩壊』久保書店

 サン・ヘヴァタルが時間航法を発見し、時間帝国が誕生した。
 帝国の実質的な長は〈至高者〉と呼ばれる機械だった。皇帝は、いわば代理人としてその地位に就いている。皇帝は〈至高者〉から助言を与えられるが、そのお告げの不可解さはご宣託の様相を帯びていた。
 時間帝国の最大の脅威は、覇権大国の存在だ。
 覇権大国は未来の方向に位置している。間には荒廃期があり、直接的な繋がりはない。
 覇権大国は時間歪曲装置を持っていた。時間の構成をいっきに改変することのできる機械だ。時間歪曲装置で都市を消滅させれば、過去にも未来にも、その痕跡が絶えてしまう。人々の記憶からも消え、〈時流層〉にいる者か、時間都市にある公式記録保管局内部の人間しか思いだすことはできない。
 モンド・アトンは、時間帝国の時間戦士。第三航時艦隊の駆逐艦〈粉砕者〉の艦長。艦隊はヘイト司令官が指揮している。
 艦隊は〈時流層〉を航行中、覇権大国の艦隊を発見。アトンの元にも戦闘に備えるよう指令がくる。艦内を見回ったアトンは、クェル軍曹が狂信派であることをつかんだ。
 狂信派は〈時流層〉の一番奥底に住むハレムという神を崇めている。監禁したいところだが、クェルは〈粉砕者〉の貴重な戦力でもあった。やむなく拘束を解いたものの裏切られてしまう。
 覇権大国の挟み撃ちにあった〈粉砕者〉は崩壊した。助かったのはただひとつの救命艇だけ。アトンは最後まで残るつもりでいたが負傷して意識を失い、救命艇に担ぎ込まれていた。乗り合わせたのは、クェルと仲間たちだった。
 アトンは軍法会議にかけられてしまう。クェルの証言によりアトンは、悪質な職務怠慢の罪に問われた。艦長としての責務を果たさず、救命艇に乗り込むために自分の部下と争い、かれらを犠牲にして助かったのだという。
 アトンは〈時流層〉を垣間見たために記憶を失っており、否定するものの根拠を示せない。アトンは有罪となり、伝達囚にされてしまった。
 帝国では、〈時流層〉にいる艦隊との連絡手段として伝達囚を使う。伝達囚は〈時流層〉を通って艦隊に指令を運ぶが、役目は一度きり。到着した伝達囚は規定時間内に死ななければならないのだ。
 アトンは、ヘイト司令官の〈至誠の光〉へと送られるが……。

 ワイドスクリーンバロックと呼ばれる系統の時間テーマSF。
 アトンを中心にして物語は展開していくものの、脇のストーリーも多彩。
 皇帝の息子であるブロ皇子は、恋仲だったヴェア皇女の遺体を盗まれてしまい、必死に探してます。探偵のパーロ・ロルスに捜索を依頼しますが不可解な現象が発生します。
 狂信派は集会を開き、ハルムに捧げる生贄を選び出します。標的にされたのは、インプリス・ソース。インプリスは襲撃され、逃げ惑います。
 時間ものはたいてい複雑になりますが、本書も最初は読むのが大変でした。分からないままでいいや、と読み進めていって、気がつけば加速度的におもしろくなってました。
 勢いのある物語なので、読むときも勢いが大切。こまかいことは気にせずに。

 
 

 
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