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2019年の記録
目録
 
 
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このページの本たち
貧しき人々』ドストエフスキー
黄金の羅針盤』フィリップ・プルマン
武器よさらば』ヘミングウェイ
スチーム・ガール』エリザベス・ベア
墓場の少年 ノーボディ・オーエンズの奇妙な生活』ニール・ゲイマン
 
パンプルムース氏のおすすめ料理』マイケル・ボンド
海竜めざめる』ジョン・ウィンダム
静寂の叫び』ジェフリー・ディーヴァー
猫の帰還』ロバート・ウェストール
パヴァーヌ』キース・ロバーツ

 
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2019年03月29日
ドストエフスキー(安岡 治子/訳)
『貧しき人々』光文社古典新訳文庫電子版

 マカール・ジェーヴシキンは、47歳の下級官吏。独り身でとても貧しく、服はボタンがとれたまま、靴は穴が開いたままで我慢している。教養はないが美しい文字を書くことができたため、清書係として役所に務めていた。
 マカールは、ワルワーラ・ドブロショロワと手紙のやりとりをしている。ときには、ちょっとした贈り物も送る。
 ワルワーラは、若くして両親を亡くした。身寄りはなく、とても酷い目にあったときマカールに助けられ、以来頼りにしている。手芸の内職で細々と生計を立てているが、貧乏から抜け出すことは難しい。
 ふたりは手紙で励ましあうが……。

 ドストエフスキーのデビュー作。
 4月7日づけのマカールの手紙ではじまり、だいたい半年程度、ふたりは手紙の交換をつづけます。ただ、交互にはなっておらず、マカールからのものが多め。ふたりは親子ほども年齢がちがいます。
 途中、ワルワーラの手記が挟まります。これも手紙のような書き方で、生い立ちなどが語られます。ただ、ワルワーラの直近の不幸については直接の言及はありません。
 ドストエフスキーの物語はとても長いものが多いように思うのですが、こちらは短め。手紙なのでとっつきやすくもあります。とはいうものの、やはり知識があった方が楽しめただろうな、と痛感しました。
 ワルワーラは貧しいとはいえ、それなりの教養を身につけてます。マカールはワルワーラに笑われないように努力していて、手紙の中で小説の批評などしあいます。
 同時代の人や、ロシア文学に造詣が深い人なら、さまざまことを考えながら読めるのでしょうね。解説を読んで、ようやく意味の分かったことが多々ありました。
 マカールが教養がなくて落ちこんでるの、身につまされる思いです。


 
 
 
 

2019年03月31日
フィリップ・プルマン(大久保 寛/訳)
『黄金の羅針盤』上下巻/新潮文庫

ライラの冒険》三部作、第一部。
 ライラ・ベラクアは11歳の少女。両親が飛行船の事故で亡くなり、おじのアスリエル卿によって、オックスフォードのジョーダン学寮に預けられた。
 ライラは従業員の子供たちと遊ぶのに忙しい。屋根にのぼったり、地下の墓地を探検したりと、やりたい放題。周囲に気をつかうこともなく、自由奔放に育ってきた。
 いつも一緒なのは、守護精霊(ダイモン)のパンタライモン。通常ダイモンの姿は、大人になると固定される。パンタライモンもまだ、さまざまな姿をとっていた。
 このところ巷では、子供の失踪事件が相次いでいる。船上生活者ジプシャンの子がよく狙われているらしい。ゴブラーがさらっていると噂が流れているが、誰もゴブラーの正体を知らない。
 ある日ライラは学寮長に、外の世界で生活するように告げられた。反発するライラだったが、引き取り手がコールター夫人と聞いて大喜び。コールター夫人は王立北極協会の会員で、ライラはコールター夫人の楽しい話に夢中だった。
 出発する日の早朝、ライラは学寮長より呼びだされ、真理計(アレシオメーター)を受け取る。数年前にアスリエル卿が寄贈した逸品で、世界に数個しかないらしい。
 ライラにとって、コールター夫人とのロンドン生活は夢のようだった。さまざまな人に紹介され、楽しく買い物をし、勉強を教えてもらった。
 だが、いい人だと思っていたコールター夫人に疑念が生じる。そして、ゴブラーのことを知ってしまった。ゴブラーとは、総献身評議会(GOB)のこと。コールター夫人が仕切っている組織だったのだ。
 ライラは逃げ出し、運良くジプシャンに拾われると、彼らと共に、子供たちの救出に動き出すが……。
 
 10年ぶりの再読。
 映画化したときだったか、大人向けの文庫版も出ましたが、基本は児童書。大冒険はアッサリ風味。三部作のため、さまざまな伏線が残ったまま終わってます。
 ライラは真理計をよむことで、さまざまな問題を解決します。真理計は、真実を教えてくれるすごい機械なんです。ただ、言葉として教えてくれるわけではないので、解釈に戸惑うこともしばしば。
 後から明らかになる真実の残酷なこと。
 ライラは大人ぶっていても子供らしさがあります。シリーズの結末を知っていると、そこまでの道程を計算したうえでの子供っぽさなんだろうな、と感慨もひとしおです。


 
 
 
 
2019年04月06日
ヘミングウェイ(金原端人/訳)
『武器よさらば』上下巻/光文社古典新訳文庫

 フレデリック・ヘンリーはアメリカ人。
 イタリアにいたときイタリア軍に志願して、中尉として、傷兵運搬車を指揮する任務についている。イタリアはオーストリアと交戦中。アメリカはドイツには宣戦布告したが、オーストリアとはまだだ。
 フレデリックは軍医をしている友だちの紹介で、看護婦のキャサリン・バークリと知り合った。
 キャサリンはイギリス人。結婚することになっていた男を去年失くした。フランス北部のソンムの戦いで死んだのだ。
 フレデリックはキャサリンのもとに通いだすが、遊びにすぎない。それはキャサリンも同じだった。
 戦況は悪化していき、フレデリックは敵の迫撃砲に脚をやられてしまう。いったんは野戦病院に収容されたものの、ミラノにできたばかりのアメリカ軍病院に移ることになった。
 ミラノについてみると、受け入れの準備が整っていない。医師すら不在だった。そんなところに、キャサリンが赴任してくる。
 そのとき見たキャサリンは息を飲むほど美しく、フレデリックは恋に落ちてしまう。ふたりは深い仲になっていくが……。

 舞台は、第一次世界大戦。
 イタリアはオーストリアと戦っているけれど、ドイツの影も見え隠れ。読者は結果を知っているでしょうが、登場人物たちはそうじゃない。先の見えなさが印象的。
 とにかく時間の流れがゆったり。フレデリックは長期休暇をとったりしていて、本当に戦争中なのかな?と思うほど。
 任務が傷兵運搬のため、前線近くにはいるけれども最前線でドンパチしているわけではない、というのも大きいと思います。負傷してからはミラノにひっこんでしまいますしね。
 前線に戻ることになったフレデリックが巻き込まれたのが、カポレットの戦い。後日イタリアでは〈カポレット〉が敗北の意味になったそうで。すごい混乱ぶりが伝わってきました。
 ヘミングウェイの体験が書かせたんだろうなぁ、と。


 
 
 
 

2019年04月10日
エリザベス・ベア(赤尾秀子/訳)
『スチーム・ガール』創元SF文庫

 19世紀。ゴールドラッシュに沸くアメリカ西海岸の港町ラピッド・シティ。
 カレン・メメリーは、16歳の〈縫い子〉。マダム・ダムナブルの高級娼館モンシェリで働いている。
 モンシェリは、港の桟橋ぎわのぬかるみにある安宿とは違う。マダム・ダムナブルは、雇った〈縫い子〉たちが怪我もせずいつも清潔でいられるようにしている。商売相手は、アンカレッジに行ったり、来たりする金脈目当ての男たちだ。
 夜中の3時少し前。
 ほとんどの客が帰って書斎でくつろいでいるとき、表で大きな物音がした。仲間たちと駆けつけると、大怪我をしたメリー・リーと娼婦らしき少女がいた。少女は、寒い夜に半裸で、ほとんど正気をなくしていた。
 ふたりは〈モンシェリ〉に匿われる。
 まもなく、ピーター・バントルが子分を連れて押し入ってきた。あの少女プリヤはバントルの売春宿の娘で、メリー・リーが助け出したらしい。バントルの娼館は劣悪な環境で有名だ。
 ラピッド・シティは自由の町。よその国でかわした奉公の契約は通用しない。
 バントルは追い返され、マダム・ダムナブルはプリヤをモンシェリに迎え入れる。
 翌日、モンシェリの勝手口そばで女の死体が発見された。娼婦のようだが、モンシェリの女ではない。
 実は、インディアン準州から、副保安官のバス・リーヴスが犯罪者を追ってきていた。今回の犠牲者も同じ犯人によるものらしい。カレンはバントルを疑うが……。

 ジャンル的には、スチームパンク?
 カレンが読者に語りかけるスタイルで展開していきます。
 スチームをシュウシュウさせたガジェットがいくつか出てきます。カレンがプリヤに一目惚れしたり、女の心をもった男性がいたり、モンシェリが解放奴隷をやとっていたり、とけっこう攻めている印象。ただ、どうも自分には合いませんでした。
 とにかく粗が目について仕方がない。
 カレンのいう〈縫い子〉は娼婦の隠語ですが、いまいち徹底されておらず、ときおり裁縫に関わることがでてくる程度。モンシェリは高級娼館という設定なのに、カレンが高級娼婦に思えないのも気になる。美人ではないらしいし、会話も巧みではないし、教養も感じられないし、身のこなしも優美どころか、はしたない。
 ストーリーのために登場人物をむりに動かしているのか、はたまたキャラクター重視でむりにストーリーを沿わせたのか。
 おそらく、この物語の世界観に合う人が読むとおもしろく楽しめるのだろうと思います。


 
 
 
 

2019年04月11日
ニール・ゲイマン(金原端人/訳)
『墓場の少年 ノーボディ・オーエンズの奇妙な生活』
角川書店

 ある夜、一家が殺害された。犠牲になったのは、夫婦と幼い娘。だが、犯人のジャックという男の目的は、赤ん坊にあった。その子をどうしても殺さねばならないのだ。
 そのとき赤ん坊は1歳と6か月。あんよを覚えてからというもの、あちこち歩きまわり、なんにでもよじのぼり、どこにでも出入りする子だった。
 その夜、赤ん坊は、ベビーベッドの柵を乗りこえ、部屋からはいだしていた。通りに出るドアが開いていることに気がつくと家からも出て、丘を上っていった。
 丘の上の墓地で赤ん坊を見つけたのは、オーエンズ夫妻だ。ミセス・オーエンズは、かわいい小さな男の子に夢中。ミスター・オーエンズがたしなめるが、幽霊が目に入って、あ然とし、言葉を失ってしまう。
 オーエンズ夫妻は死んでからすでに数百年がたっている。ところがその幽霊はなりたてだった。赤ん坊の母親らしき幽霊は、息子を守ってほしいと後願し、消えていった。
 夫妻は男の子を自分たちが育てると決意する。
 赤ん坊はノーボディ(だれでもない)と名づけられ、墓地の特別住民権が与えられた。後見人として、同じように特別住民権をもつサイラスがついた。サイラスは命ある者ではなく、墓地をでることも、もどってくることもできる。
 ノーボディは墓地に守られながら成長していくが……。

 児童文学。
 英国カーネギー賞と米国ニューベリー賞をダブル受賞。
 連作短篇のようにエピソードが積み重なっていきます。その間も墓地の外では、ジャックが赤ん坊の行方をさがしています。殺すために。
 子供むけなので、文章はやさしく分かりやすくなってます。とはいうものの子供騙しな雰囲気はなく、冒頭から殺人が書かれるなどけっこうハード。でも、ユーモアもちりばめられてます。
 ジャックが殺したがっている理由が明らかにされて、エピソードは伏線として回収されて、すっきり読めました。

 何年か前に映画化の話があって、いよいよ公開されるのか、今年に入って文庫化されました。


 
 
 
 

2019年04月16日
マイケル・ボンド(木村博江/訳)
『パンプルムース氏のおすすめ料理』創元推理文庫

 アリスティード・パンプルムースは、元パリ警視庁刑事。かつては、女にかけては凄腕の刑事と騒がれていた。現在は、退職し、グルメ・ガイドブック『ル・ギード』の覆面調査員をつとめている。
 月曜日の夜、パンプルムースは サン・カスティーユのホテル《ラ・ラングスティーヌ》のレストランにいた。採点は厳格に行うが、個人的な思い入れもある。
 この時点でレストランは、2個の〈赤鍋印〉取得の栄誉をものにしていた。いまや最高得点の3個め獲得を目指して邁進しているところ。ところが、その日の料理はどうも味付けがおかしい。
 パンプルムースにとって、テーブルをめぐるトラブルがあったのもいただけない。隅っこの専用テーブルがお気に入りなのだが、ブロンド娘と一悶着あったのだ。いつものように席についたものの、ブロンド娘は睨みつけてくるし、落ち着けなかった。
 そこにきて、給仕長のフェリックスのようすがおかしい。レストランの自慢料理のひとつ、ブレス産雌鶏の膀胱包みが運ばれてくるが、フェリックスは切り分けるのにためらう始末。やむなくパンプルムースがナイフを入れると、中から人間の顔がのぞいていた。
 レストランは騒然となってしまう。そして、あのブロンド娘は連れの男共々、いなくなっていた。
 パンプルムースは、料理からでてきた顔が、あの連れの男の顔だと気がつく。標的は彼らなのか?
 パンプルムースは刑事時代の経験を生かし、行動をおこすが……。

 お色気コメディ調ミステリ。
 ミステリ部分は、気がついたら解決してた、といった感じ。ではグルメがメインなのかといえば、そんなこともなく。舞台はフランスでも風味はイギリスという、不思議な手触りでした。(作者はイギリス人)
 パンプルムースの愛犬は、ブラッドハウンドのポムフリット。レストランの中でも一緒にいます。警察犬だったんだけどリストラにあってしまったという経歴の持ち主で、ポムフリット視点の箇所もあります。
 ポムフリットは独特な犬ですが、目玉ではないです。
 宣伝文句に使われているのは、《くまのパディントン》のマイケル・ボンドが大人向けに書いたシリーズ、というもの。けっきょく、そうとしか言えなかったんだろうな、と邪推してしまいました。


 
 
 
 

2019年04月18日
ジョン・ウィンダム(星新一/訳、長新田/画)
『海竜めざめる』福音館書店・ボクラノSF

 マイク・ワトソンは、イギリスの放送局EBCに勤めている。
 妻のフィリスとグイネヴィア号に乗船中、空から不可思議な発光体が落下するところを目撃した。船長によると、これまでにも似たような現象の報告はあったらしい。ただ、目撃者の数が少なく、記録にも残されなかった。
 興味を覚えたマイクは記事にしてロンドンに電送し、ニュースの埋め草としてオンエアされた。ちょっと不思議な海外トピックという扱いだったが、大量の投書が届き、マイクは担当者になってしまう。
 投書はぽつぽつとつづいたが、緊迫感はない。大衆は、もっと刺激的な記事を求めているのだ。
 13個の発光体の編隊が目撃されたのは2年後。それらは、フィンランドからスウェーデン、ノルウェー、スコットランド、アイルランドと飛行した。これを境に、世界各地で急激に目撃談が増えはじめる。
 陸上に落下したという報告はない。いずれも海に落ち、それも深海であることがほとんどだった。
 海軍省が実地調査に着手すると、マイクにも声がかかる。
 目標はケイマン海溝。ジャマイカとキューバの中間の海域にあり、深度は7000メートル。パチスコープという装置に人間がのりこむが、潜れるのは2400メートル程度。マイクは船上から見守った。
 バチスコープの降下は順調だった。なにも見つからなかったが、引き揚げを開始してまもなく、乗組員が巨大ななにかがひそんでいることに気がついた。やがて通話がとぎれ、映像も消えた。
 巻き上げられたケーブルは、きれいに切られていた。溶けてからふたたび固まったかのように、断面は丸みをおびていた。
 一方、アメリカ海軍もフィリピン沖で深海の調査を行っていた。彼らも、隊員2名の搭乗する潜水装置を失ってしまったらしい。さらなる調査隊が組織されるが、艦船ごと失い、調査は行きづまってしまう。
 大衆の興味が失われたころ、異変が起こった。海洋調査を目的とした船舶が次々と消息を絶っていったのだ。
 著名な地質学者のアラステア・ボッカーは、宇宙から飛来した異星生物が深海に潜んでいるという説を唱えるが……。

 破滅SF
 早川書房で出版されていた星新一訳(おとな向け)に、岩崎書店からでていた抄訳版(こども向け)の挿絵をドッキングさせた、という変わった経歴の一冊。読者対象は10代ですが、内容的にはかなり渋め。
 物語は、第一段階、第二段階、第三段階と展開していきます。
 その間、10年ほどが経過してます。地球は侵略を受けているのに、ゆったりしているため、人びとの関心が長続きしません。それどころか、警鐘を鳴らすボッカーが失笑されてしまいます。
 なんともいたたまれない……。

 宇宙からの侵略があり、その経過をマスコミ関係者が追う、というスタイルは本作(1953年発表)が先駆けだそう。でも、古さを感じるのは、ソ連があることくらい。先見の明があるというか、人類はちっとも進歩していない、というか。


 
 
 
 

2019年04月22日
ジェフリー・ディーヴァー(飛田野裕子/訳)
『静寂の叫び』早川書房

 メラニー・キャロルは、ローラン・クレール聾学校の教育実習生。25歳。8歳のころから聴力を失いはじめ、ふたたび音を感じたいと切に願っている。
 スーザンは8人の生徒たちと、スクールバスでトピーカに向かっていた。運転しているのは、ただ一人の健聴者、先輩教員のドナ・ハーストローンだ。トピーカで開かれる聾者たちのリサイタルでメラニーは、自作の詩を発表する予定だった。
 季節は7月。
 カンザス州南部中央では、冬小麦の収穫期を迎えている。小麦畑に囲まれた道で一行は、交通事故の現場を目撃した。
 ワイン色のキャデラックが灌漑用の水門に激突し、運転者の男性がぐったりしている。グレイのシヴォレーはボンネットがひしゃげ、ラジエーターからはもくもくと水蒸気があがっていた。
 メラニーは怖じ気づいてしまう。人のいるところに行って助けを求めた方がいい、そう考えていた。ところがミス・ハーストローンはバスをとめ、怪我人を救助しようとする。
 運転手は、撃たれていた。
 一方、FBIの特殊作戦部門の副部長であるアーサー・ポターは休暇中だった。迎えがやってきて、カンザス州での事件を知る。
 カラナ重警備連邦刑務所から、3人の男が看守を殺して脱走した。ルイス・ジェレマイア・ハンディ、シェパード・ウィルコックス、そしてレイ・ボナー。
 脱獄囚たちは車で北に向かって逃走中、キャデラックに追突してカップルを殺害。通りかかったスクールバスを乗っ取った。
 彼らは、廃墟となっている食肉加工場に、聾学校の生徒と教員を監禁してたてこもった。
 食肉加工場は、操業を停止してからかなりの年月が経っている。まるで火葬場のようだ。そこを、カンザス州警察とFBIウィチトー駐在事務所の捜査官が包囲した。
 ポターが人質解放交渉チームの責任者としてかけつけ、犯人側と人質解放交渉に臨むが……。

 ディーヴァーの初期の代表作。
 主軸は、人質解放交渉。
 連邦刑務所から脱走したのでFBIが主導権を握るけれど、所在地であるカンザス州も黙っていられない状況。しかもお約束的に、選挙が近い!
 州警察のチャールズ・バッド警部はポターに反発してます。そのうえ、駐在所所長ピーター・ヘンダースンは左遷されてきた身なので、手柄を欲しがってる。FBIの人質救出班が他の事件で出払っていて召集に時間がかかる、というのもネックになってます。
 さらに、人質側にもいろいろあります。
 聾者の世界にもヒエラルキーがあって、頂点にいるのは、聾者の両親から生まれてきた、生まれながらの聾者。それが、生徒のひとりであるスーザン・フィリップスです。
 臆病なメラニーは、生まれながらのリーダーであるスーザンに引け目を感じています。

 文庫だと上下巻になるような長い物語ですが、ほぼ18時間の出来事です。その中に、複雑な人間模様が仕込まれてます。
 ミスリードを誘おうとする書き方が、いかにもディーヴァー。初期の作品と分かって読んでいるせいか、ぎこちなさを感じてしまいました。ハラハラさせられておもしろいけれど、読むなら早い時期の方がよかったかもな、と。  


 
 
 
 

2019年04月23日
ロバート・ウェストール(坂崎麻子/訳)
『猫の帰還』徳間書店

 1940年。
 ドイツ軍がイギリスに迫りつつあった。イギリスは、ゴート卿(ロード・ゴート)の指揮のもと大陸派遣軍が海峡を渡っていたが、ダンケルクの海岸においつめられている。
 ベミンスターのミロン巡査部長は、ロンドン警視庁の公安課警部補の訪問を受けた。フローレンス・ウェンズリーにスパイ容疑がかかっているという。
 フローレンスは、ロード・ゴートが行方不明になっている、という電報を打っていたのだ。
 ミロン巡査部長がウェンズリーをたずねると、ロード・ゴートとは猫のことだった。それも雌猫だという。
 戦争が始まったころ、子猫だったのをもらってロード・ゴートと名づけた。そのときは雄だと思っていたのだ。やがて雌だと分かったが、名前はそのまま。
 フローレンスの夫ジェフリーは、ロード・ゴートを可愛がっていた。だが、ジェフリーは出征し、フローレンスは子どもとロード・ゴートを連れて疎開した。
 姿を消したロード・ゴートは、ドーヴァーに向かっていた。
 ロード・ゴートはいつだって、自分のやりたいとおりにやってきた。ベミンスターの家は、何かというと泣いたり、かんしゃくを起こしたりする女と子どもばかり。しずかにしていられる場所はなく、かまってくれる人もいない。
 そこでロード・ゴートは、くつろいで暮らしていた家に帰ろうと考えたのだ。なにより、ほんとうに会いたい人がいるところに行きたかった。
 ロード・ゴートは、大きな黒い雌猫だった。白い毛は、顎の下にほんの少しあるだけ。黒猫は縁起がいい。幸運の黒猫として、行く先々でかわいがられるが……。

 戦争文学。
 物語の舞台は、1940年〜1941年。イギリスのダンケルク撤退のころからはじまり、フランスが降伏し、ロンドンが空襲され、ドイツのソ連侵攻あたりでおわります。
 ときおりフローレンスやジェフリーの様子がはさまりますが、ほぼロード・ゴートの道中記になってます。ロード・ゴートの視点を入れつつ、行く先々で出会った人びとの物語が読ませます。
 医学上の理由で陸軍に入れず監視所で孤独に耐えていた教師や、自宅で軍曹ら兵隊をもてなすことになってしまう将校夫人、住むところを空襲で焼かれてしまう農夫、夫が戦死して生きる気力をなくしてしまった未亡人、その他いろいろ。
 児童書とはいうものの、やたらと漢字にルビが振ってあるくらいで、子ども向けな印象はないです。


 
 
 
 

2019年04月25日
キース・ロバーツ(越智道雄/訳)
『パヴァーヌ』扶桑社

 1588年。
 イギリスのエリザベス1世が暗殺された。国民は怒り、カトリック教徒たちは、新たな虐殺の恐怖にさらされた。彼らは、我が身を守るために武器を取り、同国人に立ち向かわざるをえなくなったのだ。
 最終的に勝利をおさめたのは、戦う教会だった。教会は再び往年の力を取り戻したのだ。
 フランスでは神聖同盟が勝利を得た。ネーデルランドの新教徒たちは破れた。ルター戦争にも終止符が打たれた。
 こうして法王とカトリック教会は最高の権力を握った。僧会と貴族が君臨する社会構造は盤石。教会はさまざまなものを禁止し、異端として制限した。
 20世紀半ばになると、至る所で不平のつぶやきが聞かれ、それが次第に高まって行った……。

 歴史改変SF。
 連作短編集。「序」と「終楽章」がついてひとつにまとまってますが、それぞれが独立しています。ただ、前の物語を受けているものもあるため、それぞれの短篇について書くとネタバレになってしまいます。
 簡単に、各物語の主人公についてだけ触れておきます。

 第一旋律「レディ・マーガレット」は、蒸気機関車の運転士ジェシー・ストレンジの恋物語。
 第二旋律 「信号手」は、しがない書記の子として生まれながらも腕木信号に魅せられ、信号手を目指すレイフ・ビッグランドの物語。
 第三旋律「ジョン修道士」は、絵を描くのが大好きだったために修道士となったジョンの物語。
 第四旋律「雲の上の人々」は、ティモシー・ストレンジの娘マーガレットの物語。
 第五旋律「白い船」は、漁師の娘ベッキーの物語。
 第六旋律「コーフ・ゲートの城」は、パーベック領主ロバートの一人娘エリナーの物語。本作が、各短篇の集大成。エリナーは、自分の主君はチャールズ国王だとして、法王ヨハネに反旗をひるがします。

 読みはじめたころは物語の着地点が見えず、こわごわと接していました。
 あえて書かない、というスタイルの作家は多いですが、あえて書かないというより、わざと書かない、という雰囲気。そのため分かりにくさはありました。そういうところが病み付きになりそう。

 
 

 
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