マルーラの村に伝わっている物語を集めた短編集。
マルーラは、シリアの谷間にあるキリスト教徒の村。なんでも、古代ローマ時代に迫害されたキリスト教徒が逃れて築いた村だそう。今でも村人たちは、古代アラム語を話すそうです。
ラフィク・シャミの主張では、伝承文学の基本は、再話者が一度聞いた物語にしばられる必要はない、ということ。そのため、シャミ風味がトッピングされてます。
なお、1編だけシャミの創作が混じってます。
「まえおき 幸運にも物語を見つけた話」
本書が誕生したいきさつが記されてます。
「片目のロバ 裁判官に乗ろうとした話」
村中で自分がいちばん賢いと思っている男が、片目のロバを買ってきた。ロバはじつにいやなやつで、男には忠実に従うが、妻には反抗的。
妻は男が旅にでたとき、ロバを手放してしまう。帰ってきた男には、ロバが裁判官に姿を変えて町へ行ってしまったと伝えるが……。
「ファティマ 夢を解放する話」
貧しい女が、子供ふたりと暮らしていた。兄はハッサン、妹はファティマといった。
ハッサンは、過労で倒れた母親の代わりに仕事を探し、大きなお城にたどりついた。この城では、1週間働いて、怒らなければ金貨一枚をくれるという。ただし、怒ったら一銭ももらえない。そして夢を永遠に失う。ハッサンは承諾するが、最終日に主人から嫌がらせを受け激怒してしまう。
ハッサンの話をきいたファティマが城にのりこむが……。
「賢いカラス 巡礼をするキツネの話」
キツネは年をとり、うまく獲物がとれなくなった。そこで動物たちにすべての罪をわび、巡礼の旅に出ると宣言した。
巡礼の旅では、道連れのグループができる。キツネは、オンドリ、クジャク、ガチョウ、カラス、ウサギと一緒になるが……。
「五人の訴訟人 恩知らずからはじまる話」
ファラクの兄は息子をほしがっていたが、神は祈りを聞き届けてくれない。
ファラクは兄から、代わりに神に祈ってくれないかと頼まれた。息子が生まれたら子ヒツジをやるから、と。兄は、もし約束を違えたら、日曜礼拝のときみんなの前で百回ビンタをしていいと言う。
ファラクは承知し、やがて兄のところに息子が生まれた。ところが兄は約束を果たそうとしない。ファラクは日曜礼拝に行って兄を叩きはじめるが……。
「けちな男 タマネギがカモになる話」
ものすごくけちな商人がいた。裕福だったが、家族にはタマネギしか食べさせない。商人は、大きなタマネギはヒツジ、ちょっと小さめのをシカ、もっと小さいのはカモ、と呼んでいた。
妻は不満をためこみ、隣に住む女に打ち明けた。すると女は一計を案じ、商人に、タマネギばかり食べていると地獄の使いたちから折檻される、と思いこませるが……。
「花男 笑いにかくされた秘密の話」
笑うだけで木々に花を咲かせる男がいた。一方、サルタンの庭は花も咲かず、実もならない。花男のことを聞いたサルタンは花男を呼び寄せた。
道中花男は、噂話を耳にしてしまう。妻が、家のなかでは花男はすごい仏頂面をしている、と愚痴をこぼしているというのだ。花男は青ざめ、もはや笑うどころではない。
サルタンはまったく笑わない花男に怒り、牢屋に入れてしまうが……。
「静かな木 勝者が敗者になる話」
サルタンがだした難問を解いたのは、ベドウィン一族の娘だった。サルタンは娘と結婚するが、娘の賢さを信じきれない。自分よりも賢いことを証明すればこの国の王妃として認めると、首飾りと、封印された箱を渡し、帰ってしまった。
それから20年以上がたち、大臣の娘が、若い商人に恋をした。娘の許嫁である王子が気がつき、商人はサルタンの前に引きだされてしまうが……。
「ネズミ殺し 無知が無力だった話」
あるへんぴな村に油売りがやってきた。
そのころ村ではネズミに困っていた。ネズミは、忍び足で走りながら、吠えるわけでも歯をむきだすわけでもない。ところが集団になったとたん、手負いのオオカミよりも危険になる怪物だった。
話を聞いた油売りは、怪物を食べてくれる動物を連れてきた。村人たちは、このネズミ殺しに大満足。油売りは金を受け取り、村にネズミ殺しをおいていくが……。
「冬ブドウ 子供を産んだ男の話」
ずっと子供が授からない女が医者から丸薬をもらった。ところが夫が食べて、妊娠してしまう。
9ヶ月がたち、夫は雪景色の野原に行って腹を切った。生まれたのは、小さな女の子。男は、すぐに死んでしまうと考え、赤ん坊を置き去りにした。
カモシカたちが女の子をみつけ、冬ブドウと名づけて育てた。すばらしく美しい娘へと育った冬ブドウは、王子に見初められる。
冬ブドウは王子についていくが、王子は、巡礼の旅に出なければならないという。それが、サルタンである父の遺言だった。
王子は母に、冬ブドウの世話と教育を頼むが……。
(子供を産んだ男の話ではなく、男が産んだ子供の話)
「タクラ じいちゃんが400年も戦った話」
ぼくが15歳のとき、じいちゃんが死んだ。
ぼくはじいちゃんが大好きだった。でも、ぼくはダマスカスで育ったので、じいちゃんの村の言葉、アラム語が不得手。じいちゃんはマルーラに住んでいてダマスカスは好きではない。
じいちゃんが死んで2週間がたち、夢枕に立った。ぼくは、マルーラのことをなにもかも知ろうと、両親にあれこれたずねるが……。
(本作が、シャミの創作)
「魚が水を吐く やみくもに信じる危険についての話」
昔、ハビブという王がいた。ハビブは即位すると、軍隊を解散し、警官にも税金取立人にも見張り番にも暇をだしてしまった。そして、個人所有は服と夢に限る、と布告した。
国中が混乱に陥った。だが、しだいに落ちついて、人々は生活を楽しめるようになった。
幸福がつづいたが、3年目の春にハビブ王が病に倒れた。そんなころ漁師が、背中が金でできたような珍しい魚をとった。娘のサミラの提案で、魚はハビブに献上されるが……。
「だまされやすい人 小鳩がガチョウをとり返した話」
昔、一人息子が心配で心配でたまらない女がいた。息子は病気がちで、夫も、負けず劣らず気にかけている。夫婦の過保護ぶりは、近所の笑いものだった。
ある日、夫が、大きなガチョウを手に帰宅した。
ガチョウの肝臓を食べさせるといいのだという。そのようすを、ひとりの男が見ていた。
男は妻がひとりになるのを待って、妻を脅した。妻は男の言葉を恐れ、ガチョウを渡してしまうが……。
(小鳩は妻の愛称)
「魔法のかご 大食漢には夢のような話」
マルーラのマチュールという男が、はじめてダマスカスの都に行くことになった。ダマスカスに行く人はめったにいないので、友だちや親戚がぞろぞろやってきて、マチュールはさまざまな用事を頼まれた。黒い子ヒツジの代わりにブーツがほしい、とか、50個の卵で夏服3着分の布地がほしい、とか。
マチュールはみんなの願いを聞いて、ロバにまたがり出発した。
ダマスカスについたマチュールは、バザールでずいぶん交渉して望みのものを手に入れた。マチュールは都を観光するため、品物をそれぞれの店に預けていくが……。
「アイーダ 助けが必要な男たちの話」
母親と2人の息子がいた。母親は、上の息子が19になったので、貧しい家の娘を嫁にもらった。
嫁は義母に虐待され、夫は味方になってくれず、つらい日々を送った。嫁はじつの親が訪ねてきたとき、泣きながらみじめな暮らしを語った。だが、両親はなだめるばかり。
翌年、母親は下の息子に、すでに両親を亡くした娘を探しだしてきた。その花嫁はアイーダといった。母親は、上の息子の嫁と同じようにアイーダにも接するが……。
2019年08月07日
エラリー・クイーン(ジャック・ヴァンス/代作)
(飯城勇三/訳)
『チェスプレイヤーの密室』原書房
《エラリー・クイーン外典コレクション1》
アン・ネルソンは、サンフランシスコの小学校で2年生を教えていた。夫とは離婚し、ひとりでなんとかやっているが生活は苦しい。
3月初め、帰宅したアンを待っていたのは、疎遠になっている母エレーンだった。
アンが2歳のとき、エレーンと父ローランドは別々の道を歩みだした。アンを育てたのは祖母だ。ふたりとは疎遠になり、養育費もたいして払ってもらえなかった。
エレーンがやってきたのは、ローランドの居所を知るためだ。
エレーンによると、ローランドは大金を手に入れたのだという。妻のパールが亡くなり、その遺産を相続したらしい。エレーンは、ローランドは自分にたっぷりと支払う義務がある、と主張する。アンにはその理由が分からない。
5月30日、アンのもとにサンフランシスコ市保安官代理が訪ねてきた。ローランドが亡くなったという。アンは担当になっているトーマス・タール警視に連絡を取った。
ローランドは、自宅の書斎で亡くなっていた。発見したのは、家主のマーティン・ジョーンズ。滞納している家賃を回収するために訪れたのだ。
書斎に出入りする手段はドアと窓以外にない。ドアは内側から鍵がかかった上に、ボルトも締められていた。窓にも鍵がかかっていた。ローランドは、床に落ちていた38口径のリボルバーで撃たれたようだ。
書斎には暖炉があり、脅迫文が灰になっていた。
状況としては、自殺しかありえない。タールは断言するが、アンは信じることができない。
ローランドは決して他人に合わせようとはしない人だった。自尊心が強く、自殺するようなタイプではない。羞恥心も持ち合わせていないから、恐喝されていることも不可解だった。
アンは、ローランドの死に納得がいかない。遺品の整理をする傍ら、ローランドを知る人に話を聞いていくが……。
密室ミステリ。
エラリー・クイーンというのは、フレデリック・ダネイとマンフレッド・リーの合作名。
外典コレクションは、代作者がエラリー・クイーンの名前で書いたシリーズです。とはいうものの、代作者の案にリーが許可を出し、執筆後にはリーのチェックと手直しが入ってます。そのためほぼエラリー・クイーン。
今回の代作者は、ジャック・ヴァンス。手直しされる前の文も残っているそうですが、ほとんどすべての文章にリーの手が加えられているんだそうな。
ミステリとしては、すごくシンプルでストレート。
アンは、自殺説に納得はいっていないけれど、がむしゃらに犯人探しをするでもなく、淡々としてます。いろんな人と話すうち、疑惑が芽生えていく感じ。
読者のミスリードをさそうような変な文書はないですし、すんなり読めました。ただ、タールだけがちょっと意味不明。アンがタールを避けようとする気持ち、よく分かる。
2019年08月11日
猫アンソロジー
(ジャック・ダン/ガードナー・ドゾワ/編)
フリッツ・ライバー/コードウェイナー・スミス/スティーヴン・キング/パメラ・サージェント/アーシュラ・K・ル=グイン/ロン・グーラート/ヘンリー・スレッサー/バイロン・リゲット/テリー・カー&キャロル・カー/ノックス・バーガー/エドワード・ブライアント/ゲリー・ジェニングス/ジーン・ウルフ/マンリー・ウェイド・ウェルマン/ジョン・クロウリー/ロバート・シルヴァーバーグ&ランドル・ギャレット/ガードナー・ドゾア、ジャック・ダン&マイクル・スワンウィック
(深町眞理子/伊藤典夫/白石朗/阿尾正子/越智道雄/浅倉久志/野村光由/中村融/佐田千織/大森望/新藤純子/柳下毅一郎/嶋田洋一/柴田元幸/訳)
『魔法の猫』扶桑社ミステリー
猫をテーマにした、SF・ホラー・ファンタジー、その他奇妙な味わいのアンソロジー
フリッツ・ライバー(深町眞理子/訳)
「跳躍者の時空」
ガミッチは、知能指数160はあるスーパー仔猫。大きな秘密を直感によって知っていた。
自分は、成熟期が訪れたあかつきには、気むずかしい雄猫なんかではなく、神々しい人間の若者に変貌するはずだ。そしてコーヒーを注いでもらい、即座に喋れるようになる。
ガミッチは、一緒に暮らす人間と猫たちを観察するが……。
大真面目に小難しく語るガミッチの、なんともほほえましい記録。ガミッチの短篇は他にもあります。『跳躍者の時空』ですべて読めます。
コードウェイナー・スミス(伊藤典夫/訳)
「鼠と竜のゲーム」
平面航法を開発した人類は、宇宙の表面下に、気まぐれで邪悪な存在がいることを知った。遠感能力者(テレパス)は、それを竜と呼ぶ。
竜の弱点は光だ。星から星への旅の途中、光は竜を粉砕する。人類は竜についての知識を深めたが、竜もまた人類のことを学んだらしい。徐々に対処が難しくなった。
そんなとき人類はパートナーを見いだした。パートナーにはスピードがある。パートナーには、邪悪な存在が巨大な鼠と見えているらしい。
人間とパートナーは、テレパシー増幅器、すなわちピン装置を通じて宇宙空間に心を連動させ、すべてをかけた戦いに挑むが……。
パートナーが何者なのか、というのが、アンソロジーのテーマがテーマだけにバレバレなのがなんとも悔しい。
スティーヴン・キング(白石朗/訳)
「魔性の猫」
ホルストンは殺し屋。ところが、ドローガンという老人が依頼してきたのは猫の殺害だった。
相手は、黒と白の、気だてのいい猫。その気だてのいい猫が、屋敷の3人の人間を死に追いやった。ドローガンは猫をおそれ、どこかに連れていき、ただ尻尾だけを持ち帰ってもらいたいという。
ドローガンはいきさつを語るが……。
猫にまつわる、すごいホラー。
パメラ・サージェント(阿尾正子/訳)
「猫は知っている」
マーシャは軽いノイローゼで自宅療養中。あるとき、飼い猫のパールがしゃべりだした。
こちらの声は聞こえておらず、ただ一方的にしゃべるパール。その思考にはまとまりがない。餌のこと、耳のうしろを掻くこと、交尾のこと、家具で爪を研ぐこと。ほとんど脈略がない。
マーシャは病状の変化かと戸惑うが、世界じゅうの人間が同じ体験をしていた。世界中が大混乱に陥るが……。
動物がしゃべる設定はありがちですが、会話が成立せず、一方通行なのは珍しいかも。家畜がしゃべるもんだから肉を卸せなくなる、といった社会的な問題もでてきますが、オマケ程度。もっぱらマーシャの家庭内でのアレコレがおもしろおかしく綴られてます。
アーシュラ・K・ル=グイン(越智道雄/訳)
「シュレディンガーの猫」
あるときから、あらゆるものが熱くなる現象が発生。点火栓をひねりもしないのにストーブの火口が熱くなり始めた。
かってに燃えるのはストーブだけでない。ある朝、冷水の蛇口から湯が出てきた。フォーク、エンピツ、子供の髪に触っても、焔そこのけに熱い。
ところがその猫は、ひんやりしていた。黄色い縞のはいった雄猫で、胸毛と足は白い。
ある者が、その猫はシュレディンガーの猫だと言う。箱を組み立て、猫で実験しようとするが……。
シュレディンガーの猫というのは、量子力学のパラドックスを説明する例としての定番ネタ。それを知ったうえで読まないと意味不明でしょうし、知っていてもちょっと分かりにくい。
ロン・グーラート(浅倉久志/訳)
「グルーチョ」
バズ・ストーヴァーは36歳のずんぐりした小男。アメリカで全国視聴率の2位を堅持している《マッチョ特捜隊》の脚本をてがけている。
脚本はウォーレン・ギッシュとの共作なのだが、実のところ、ほとんどの部分でウォーレンの力に頼っていた。ところがウォーレンが急死してしまう。
バズは新たなパートナーを探すがうまくいかない。そんなとき霊能者のブリル夫人が、ウォーレンに引きあわせてくれるという。儀式ののち、バスの元に一ぴきの猫がやってきた。
まるまる太った猫の名前はグルーチョ。グルーチョには、ウォーレンの霊が押しこまれていた。
バスはグルーチョの力を借りて脚本を書きはじめるが……。
グルーチョはしゃべります。生前のウォーレンを彷彿とさせる雰囲気で。
ヘンリー・スレッサー(野村光由/訳)
「猫の子」
エティエンヌの母はデリケートな美しい女性で、結婚相手に選んだのはドーフィンだった。ドーフィンはやさしい心の持ち主で、楽しい話し相手になれるだけの立派な教育を受けていた。その正体は、ものすごく大きなアンゴラ猫だった。
エティエンヌは18歳になるまでドーフィンに教育され、アメリカの大学に留学した。市立美術館に就職し、ジョアンナと出会うが……。
婚約者に、どう自分の父親(猫)を紹介するか、という話。
バイロン・リゲット(中村融/訳)
「猫に憑かれた男」
ロジャースはポリネシアで郵便の運送業を営んでいた。スループを所有しており、ときには、補給品を運んだりチャーターの仕事にありついたりもする。
ジェラルド・W・フォスターという男が、ロジャースの船をチャーターしたいという。フォスターは作家。タオ環礁を購入し、島で余生を暮らすつもりらしい。
ポリネシア人にとって、タオ環礁はタブーだった。それにネズミがたくさんいる。ロジャースはネズミの害を指摘するが、フォスターは猫と暮らすから大丈夫だという。
フォスターが持ち込んだ猫は、4匹の牝と2匹の牡だった。
ロジャースは定期的に、島に物資と猫の餌を運んでやるが……。
テリー・カー&キャロル・カー(浅倉久志/訳)
「生まれつきの猫もいる」
アリスンは猫を飼っていた。おとなしいシャム猫のジョージだ。そして3週間前に、ギルガメシュがやってきた。
ギルガメシュがキッチンへ迷いこんできたとき、すっごくどろんこで、痩せこけてて、首輪もなかった。たよりなさそうだったので立派な名前をつけたのだ。
ギルガメシュは、白い足、白い胸、そのほかの部分は真っ黒。まるで猫らしくない猫だった。
アリスンの友だちのフレディは、ギルガメシュが、アークトゥルスからきた変身スパイじゃないかと疑うが……。
ノックス・バーガー(佐田千織/訳)
「愛猫家」
ハリントンはひとりもの。猫のフィニガンを可愛がっていた。
フィニガンが2歳になったとき、膀胱炎を発症した。獣医に診てもらい、回復したものの、またもや症状がぶりかえしてしまう。何本も注射を打たれたが効果がない。
ハリントンは、衰弱する一方のフィニガンを「始末する」ことを考えるが……。
1961年の作品。獣医が「始末する」ことを言い出すのですが、このころは「安楽死」という概念はなかったのか。愛猫家にはつらいですよねぇ。
エドワード・ブライアント(大森望/訳)
「ジェイド・ブルー」
発明家のティムナス・オブレゴンは、甥のジョージの面倒をみている。ジョージの両親は旅たち、家庭教師としてメルレイルを雇っていた。ところがメルレイルには奇癖があり、信用ならない。
乳母の猫母ジェイド・ブルーは、ジョージのことを心配するが……。
舞台は、遠い未来の都市シナバー。連作のひとつだそう。
ゲリー・ジェニングス(新藤純子/訳)
「トム・キャット」
トム・ウェルチは、42歳。仕事はせず、遊んで暮らしている。一番近くて親しい親戚として、裕福なエマおばさんの資産を当てにしていた。
ところがエマおばさんは、インドの導師スワーミに感化されてしまう。
スワーミはエマおばさんに言った。エマおばさんの猫のパフプスはいつかアメリカ合衆国大統領になる。そういう高貴な転生をする運命にある。おばさんは寄付をするだけでいい。
真に受けたエマおばさんは、財産60億ドルをパフプスに残すと宣言するが……。
ジーン・ウルフ(柳下毅一郎/訳)
「ソーニャとクレーン・ヴェッスルマンとキティー」
ソーニャは行き違いから、クレーン・ヴェッスルマンと知り合った。ソーニャはぎりぎりの生活。一方、クレーン・ヴェッスルマンは裕福なやもめ。
ソーニャは毎週、クレーン・ヴェッスルマンの屋敷に通うが……。
タイトルのキティーは、クレーン・ヴェッスルマンと一緒に暮らしている存在。
マンリー・ウェイド・ウェルマン(嶋田洋一/訳)
「魔女と猫」
ジェイエル・ベティスは、糸杉の茂る窪地にある小屋に、黒猫のジブと暮らしていた。
実は、ジブはベティスのことが好きではない。
ジブは、ごく普通の猫と同じ実用哲学の信奉者だった。気持ちよく、静かに、品位を保っていたがった。そして、あらゆる猫と同様に、自分の住処をこよなく愛していた。
ベティスは村人たちから魔女だと思われている。そう思われるよう、ベティスが画策したのだ。だが、本を手に入れることで、ベティスは本物の魔女になった。
ベティスは、村の連中に思い知らせてやろうと、美女に変身してでかけていくが……。
ジョン・クロウリー(柴田元幸/訳)
「古代の遺物」
1880年代後半のこと。チェシャーで、亭主が細君に射殺される事件が起こった。女は発狂しており、ロンドンの精神病院で首を吊ってしまう。
この事件がきっかけとなり〈不倫疫病〉が囁かれるようになった。このころチェシャーでは、離婚訴訟や婚約不履行訴訟が続出。どうやら、不義を働く亭主どもが疫病のようにはびこっているらしいのだが……。
ヴィクトリア朝時代のトラベラーズ・クラブのメンバーによって語られるほら話。
ロバート・シルヴァーバーグ&ランドル・ギャレット
(中村融/訳)
「ささやかな知恵」
シスター・メアリ・マグダレンは〈聖降誕祭の修道女会〉の院長。司教に頼まれ、カペラ第九惑星のポガサン人使節団を受け入れることになってしまう。
地球人とポガサン人が出会ったのは30年前。10年前から戦争が続いている。修道院には軍事情報がないため選ばれたらしい。
シスター・メアリ・マグダレンは任務の重さにおののく。とりわけ、ポガサン人たちの食べものの匂いに辟易してしまうが……。
シスターが飼っているのが、猫のフェリシティ。
ガードナー・ドゾア、ジャック・ダン&マイクル・スワンウィック
(中村融/訳)
「シュラフツの昼さがり」
魔法使いはシュラフツのテーブルにつき、サンドイッチにご満悦。最後のひと切れまで食べてしまう。
そのとき、さしむかいの椅子の上に忽然とあらわれたのは、使い魔である大きなぶち猫。猫はからの皿にひややかな視線をくれ、魔法使いを批判した。
魔法使いは使い魔がいないと、一日だってやっていけない。勘定の支払すらできそうにない。
魔法使いは現金をもち歩いていなかった。猫に命じて必要な額だけ魔法で作らせればすむのだ。魔法使いとしては、簡単でつまらない術に自分の手をわずらわすなど考えられないことだった。
猫に批判された魔法使いは、意地になった。錆び付いた記憶をさぐり、自ら魔法を使おうとするが……。
あれこれ考えながら呪文を云々する魔法使いも笑えるし、あおりまくる使い魔の猫も笑える。
2019年08月17日
アーサー・C・クラーク(深町眞理子/訳)
『渇きの海』ハヤカワ文庫SF1524
パット・ハリスは、砂上遊航船〈セレーネ〉号の船長。月の火口湖や〈渇きの海〉を見せてまわる。
〈渇きの海〉は、月で働いているような者にとっても、まったく新しいものだった。塵をたたえた海なのだ。
塵は、天花粉のようにきめが細かい。そして、ときには固体のように、あるいは液体のように動く。流れてほしいときには流れず、止まってほしいときには止まらない。金属分を多量に含有しており、電波も音波も、完璧に遮蔽する性質をもっていた。
その日も〈セレーネ〉号は、ポート・ロリスから4時間の遊覧の旅に出発した。乗りこんでいるのは、ハリスとガイドのスー・ウィルキンズを含め、22名の乗員乗客。
〈セレーネ〉号のアクシデントに気がついたのは、月の交通管制所だった。通常〈セレーネ〉号は、一定時間ごとに自動無線ビーコンを発している。それが途切れたのだ。船に割り当てた周波数で呼びだしても、まったく反応がない。
知らせを受けた技術部長のロバート・ローレンスは、〈渇きの海〉にダストスキーを送りこんだ。そして、5万キロメートル上空のラグランジュ2号にも協力を依頼した。
まもなく、月震による山崩れの報告が入る。もし〈セレーネ〉号が巨大な岩の下敷きになっていれば、絶望的だ。見つけることすら難しいだろう。
一方、ラグランジュ2号では、物理学者のトマス・ローソン博士が落胆していた。〈セレーネ〉号が山崩れに巻きこまれたのなら、上空から調べても分からない。準備した赤外線走査機がむだになってしまった。それに、自分が発見者になれるかもしれない、と期待していたのだ。
ローソン博士は気を取り直し、赤外線走査機をテストしてみることを決める。純粋に科学的な意味からでも、してみて悪いことはない。その結果、〈渇きの海〉で 〈セレーネ〉号のものと思われる軌道が、ふつりと途切れていることを発見する。
〈セレーネ〉号は〈渇きの海〉に沈んでいたのだ。
知らせを受けたローレンスは、ただちに救助隊を組織するが……。
月での災害対策SF。
主軸は〈セレーネ〉号の乗員乗客を救助すること。それに付随して、さまざまな出来事が起こります。救助される側のあれこれもあるし、救助する側の努力もあるし、それを報道する側の画策もあり。
〈セレーネ〉号では、士気を保つのが重要事項になります。積まれている酸素は一週間分。食料もある。とはいうものの、厄介な塵に包まれて、予期せぬ現象に次々と襲われます。
月面では、塵を相手にした救助活動の困難さに加え、遭難地点への交通手段がネックになります。使えるのは、2人乗りのダストスキーのみ。しかも、取り寄せしても3台しかないんです。
救助活動を報道するのは、インタープラネット・ニューズ社編集局長のモーリス・スペンサー。クラヴィウス・シティーに行く定期貨客船〈オーリガ〉に乗船しているとき、不可解なラグランジュ2号への寄り道と、ポート・ロリスへの目的地変更があり、特ダネを掴みます。
執筆当時(1960年)は「月面は塵で覆われている」と考えられていたそうです。実はそうではない、と判明したのは、1969年にアポロ11号が月面着陸したから。
ですが、本書は色あせてないです。月面という真空状態や塵の特性からくる不測の事態には説得力があります。科学技術を書こうとするあまり人間がおざなりになる、なんてこともありません。
クラークの代表作に挙げられることはあまりないけれど、もっとも好きな物語です。
2019年08月22日
A・E・W・メースン(古賀弥生/訳)
『サハラに舞う羽根』創元推理文庫
ハリー・ファイヴァシャムは、ファイヴァシャム将軍の子だった。先祖代々の軍人家系だが、ハリーは亡き母の方に似ていた。見た目も、心のなかも。
両親ともに友人のサッチ中尉は、ハリーの母親ゆずりの想像力を危惧していた。しかも、父親にはハリーのことが理解できないのだ。だが、助言してやることができない。
サッチ中尉の心配が現実になったのは、ハリーが27歳のときだった。
軍人となったハリーは、北サリー連隊の将校を務めていた。休暇でロンドンに滞在中、同じ連隊のトレンチとウィロビー、それに親友で東サリー連隊のジャック・デュランスと食事を共にしていた。
ハリーは仲間たちに、エスネ・ユースタスとの婚約を報告する。エスネは故郷にしっかりと根づいており、離れることができない。ハリーは、軍隊を辞めるかどうか迷っていた。
そんなとき、電報が届く。
トレンチは、電報を読んだハリーの様子に不信感をつのらせた。どんな内容だったのか、気になって仕方がない。そこでトレンチは、散会になったあとウィロビーを連れて、同じ連隊のキャッスルトンに会いにいった。
トレンチの予想は的中していた。電報の送り主はキャッスルトン。内々に、連隊がエジプトに転属されることが決まったという。
ところがハリーは、正式発表される前に除隊してしまう。
トレンチとウィロビー、キャッスルトンの3人は、ハリーに、白い羽根を送りつけた。白い羽根は、臆病者と非難する印だった。
3人は予想していなかったが、ハリーが羽根を受け取ったとき、エスネも同席していた。エスネは羽根の意味を知り衝撃を受ける。ハリーに失望したエスネは自らも羽根を渡し、婚約解消を告げた。
ハリーは臆病者ではなかった。ただ、臆病者になってしまうかもしれない自分を恐れたのだ。
ハリーは決心した。自分の勇気を示し、名誉を回復する。そのために計画を立て、サッチ中尉にだけ伝えた。
ハリーは単身、エジプトへと旅立つが……。
ジャンルとしては、冒険小説。
舞台はヴィクトリア朝のイギリス。イギリスは1899年にスーダンを支配下におきますが、そのちょっと前くらい。作中に出てくる〈エジプト〉は、ほぼ現在のスーダンのことです。
ハリーが中心人物ですが、デュランスの比重も高いです。
実はデュランスは、エスネに思いを寄せていたんです。ふたりの婚約を祝福したものの、心中複雑。ロンドンでの会食以降、ふたりと接触がないままにエジプトに派遣されます。
帰国したのは3年後。そのとき、ふたりの破局と、ハリーの行方不明を知ります。サッチ中尉に面会したものの、黙秘されてしまい理由は分からずじまい。
デュランスはエスネに求婚しますが、エスネは今でもハリーのことを思っているのではないか、と気になって仕方ありません。
デュランス目線で言うと、倒錯ミステリなんです。
デュランスは五里霧中状態から、推察していきます。ほんのちょっとした情報を寄せ集めて、核心にせまっていきます。その過程がおもしろいんです。
ハリーの命がけの冒険は、伝聞がほとんど。実際にハリー目線で語られることもありますが、冒険小説を読みたかった人はがっかりしてしまうかも。
2019年08月24日
ムア・ラファティ(茂木 健/訳)
『六つの航跡』上下巻/創元SF文庫
ドルミーレ号は、恒星間移民船だった。2000人の人間が、極低温チェンバーで眠り、サーバーには500を超えるクローンのマインドマップが保存されている。
人間の多くは、冒険心と探究心に駆られて乗船していた。クローンたちは宗教的迫害に追われた者が多い。政治難民や企業難民も混じっている。
目的地は、くじら座タウ星をまわっているアルテミス。地球よりやや小さく、人間が居住可能だという。この世の楽園だと喧伝されていた。
航宙中、彼らの面倒をみるのは6人のクローンたち。6人とも既決囚であり、ドルミーレ号の乗務を無事に終えれば無罪放免されることになっている。
そのうちのひとり、マリア・アリーナは、保守係兼機関長補佐。培養タンクで意識を取り戻したとき、なにかがおかしいことに気がついた。
タンクの外を、血液らしき液体が浮遊している。重力発生装置が作動していないようだ。血だけでなく、人間の体も浮かんでいた。それもひとりでなく3名も。
端末装置の前でも、シートベルトをつけて椅子に座ったまま、ひとりが死んでいた。それが前世のマリアだった。
マリアの記憶では、ドルミーレ号の乗員たちは、それぞれの個室に荷物を放りこんだあと、このクローン室に連れてこられた。そして、乗船後最初のマインドマップを取られた。
あのときマリアは、39歳だった。ところが、死んでいる前世のマリアは、年齢を重ね、手には老人性のしみが浮かんでいる。そこに至るまでの記憶は残されていない。
クローン室で目覚めたのはマリアだけではなかった。6人全員が再生されていたのだ。
なにかたいへんなことが起きている。
クローン室の4名はいずれも殺されていた。船内を捜索すると、1名が首をくくって死んでいた。重力発生装置が切られる前に自殺したのか。船長だけは、意識不明の状態で医務室に寝かされていた。
ドルミーレ号は、25年近くも宇宙を飛びつづけていたらしい。どういうわけか、予定の針路から12度ずれていて、飛行速度も遅くなっている。
マリアたちは、真相を探ろうとするが……。
密室ミステリ?
宇宙船という閉ざされた空間の中で起こった犯罪。誰がなんのために乗員たちを殺したのか。調査と並行して、乗員それぞれの、乗船までの物語が語られます。
人間と、クローンとなった人間との間には対立があります。
早い段階で分かるので書いてしまうと、6人が既決囚というのは嘘。主人公格のマリアがそう思っている、そのように聞かされている、というタイプの嘘ならいいのですが、地文で書いてしまうのはいかがなものか。
不正直な語り手としてわざとやっているのか、ミスか。分かりかねますが、このような正しくない情報が少なくなく、読んでいてストレスをためてしまいました。
基本的な舞台設定はすごくおもしろいんですけど。
2019年08月30日
ロバート・F・ヤング(桐山芳男/編)
(英保未来/村上純平/桐山芳男/大宮守夫/田中克巳/訳)
『ピーナツバター作戦』青心社
出版当時(1983年)は傑作選だったのだろう、と思ってしまった作品集。ヤング独特の、ほんわかした雰囲気を期待していると、ちょっと違うかも。
「星に願いを」(英保未来※/訳)
アランは、8年半以上もの間、同じ夢を見つづけていた。
夢に音はなく、まるで、何もない無の空間をものすごいスピードでつき進んでいるような。はじめは視界が限られ、二つの人影があることだけが分かっていた。
徐々に見ることができるようになってきて、近くにいるのが、美しい少女であることに気がついた。青いコートと白い服を着た見知らぬ少女。
もうひとりは、顔のはっきりしない男。貴族軍官の服装をしている。やがて、顔がぼんやりと赤く見えていた理由が判明する。はぎとられていたのだ。
ある日アランは、夢の少女を見かけた。ストリップ劇場の看板に描かれていたのだ。少女は、貴族軍官の情婦だったのだ。
アランはショックを受けるが……。
(※英保未来は、大森望の本名)
8年半という時間がミソ。分かったような、分からないような。
「ピーナツバター作戦」(村上純平/訳)
ジェフリイは7歳。釣りに行くのが大好き。昼食はいつもピーナツバターのサンドイッチだ。
ジェフリイは小さなグリーンのランチボックスを手にして、父親の農場近くの森を歩きまわり、小川にむかった。ジェフリイにとって森は、魔法の場所だった。なにが起こっても不思議ではない。
はじめてミスター・ウイングスと会ったとき、ジェフリイはサンドイッチを食べていた。ミスター・ウイングスは小さく、人間そっくり。蝶の羽のようなかわいらしい翼があり、ジェフリイは妖精だと考えた。
ジェフリイがサンドイッチを分けてわたすと、ミスター・ウイングスは、突然まい上がり川向こうの柳のかげに消えてしまった。そして、まもなくして、きらめきサリーを連れてきた。
それから毎日ジェフリイは、サンドッチを余分に作って釣りにでかけるようになるが……。
森でのやりとりは、ほのぼの。一方、家では、日照りがつづいて生活が苦しくなっていってます。その対比が鮮明。ジェフリイは7歳ですからねぇ。
「種の起源」(桐山芳男/訳)
フラン・ファレルは、過去探査係員。国際古人種学協会(IPS)の依頼を受け、旧石器時代後期にやってきた。
リチャーズ博士が3万年の時間をさかのぼったのは、掘り出した古器物が旧石器時代後期の初期オーリニャック文化期と一致しなかったため。博士は秘書のミス・ラーキンをつれていたが、ふたりとも行方不明になってしまったのだ。
やがてファレルは、破壊された航時機とリチャーズ博士の遺体を見つける。ミス・ラーキンはまだ生存しているらしい。
ファレルは、ミス・ラーキンを捕らえたネアンデルタール人が、未来人の変装ではないかと疑うが……。
その後に書かれる『時が新しかったころ』(中篇版は『時の娘』に収録)を彷彿とさせたのですが、最初だけでした。
「神の御子」(大宮守夫/訳)
技術神が夏を奪い去ってしまった。
おかげで木々の葉は赤く燃えあがり、昼にはあらゆるものが雨でびしょぬれになった。明け方には草が銀色の霜でおおわれ、沼は霧につつまれた。水たまりには薄氷がはりつめ、息は白い。
さわやかな南風は、身を切るような北風に変わった。
そんなときレイズハンドは、技術教会堂を訪れた。
何のために技術神がこんなことをしたのか。神の住む教会堂はどこにあるのか。
レイズハンドは技術尼に面会するが……。
宗教が前面にでている短篇。
「われらが栄光の星」(田中克己/訳)
シリウス星系は繁栄の絶頂期。十におよぶ居住可能惑星をもっていたが、ただひとつ〈イアゴ・イアゴ〉だけは例外だった。
そこは、追い払われた先住民(ポリシリアン)たちのために取っておかれた星。立ち入りが厳しく制限されている。
後に〈ジェットでさまようオランダ人〉と呼ばれるようになるナサニエル・ドレイクの宇宙船に、密航者が乗っていた。
密航者は解放教会軍の制服を着ており、セント・アナベル・リイと名乗った。アナベルの目的は、〈イアゴ・イアゴ〉に行くこと。ポリシリアンたちが至高の聖者が復活するのを待ち受けており、その場に立ち会いたい、のだと言う。
ナサニエル・ドレイクは、アナベルから2000クレジットを呈示されるが、断った。〈イアゴ・イアゴ〉に立ち寄れば、パイロット・ライセンスを失うかもしれない。そんな危険をおかすことはできなかった。
ナサニエル・ドレイクは、アナベルを右舷の倉庫に閉じこめてしまう。
1時間後。船はラムダXiフィールドに遭遇した。ナサニエル・ドレイクは生き延びたが、船も積荷も自身も、半透明になってしまう。そして、右舷の船殻はなくなっていた。
ナサニエル・ドレイクはアナベルの死に責任を感じ、彼女の足跡をたどるが……。
元ネタは〈さまよえるオランダ人〉。ナサニエル・ドレイクがいろんな人から「もしかしてオランダ人?」と尋ねられるのに可笑しみを感じてしまいます。
《金田一耕助》シリーズ
昭和22年1月15日。
前代未聞の、世界犯罪史上にも類例がない大事件が発生した。
午前10時ごろ、銀座の宝飾店・天銀堂に、東京都衛生局の男がやってきて、従業員たちに青酸加里を飲ました。犠牲者13人。命をとりとめたのは3人だけだった。
3月1日。
椿英輔子爵が失踪した。崩壊しゆく貴族階級が、はじめて示した悲劇の露頭だったので、新聞も大々的に報道した。子爵は、信州の霧ヶ峰で死体となって発見された。家を出てから45日目のことだった。
9月28日。
探偵の金田一耕助のもとに、椿美禰子(みねこ)が尋ねてきた。父の英輔が、亡くなっていないかもしれないというのだ。
椿家は、麻布六本木に邸宅をかまえていた。秋子(※)夫人の名義だ。
椿家は代々窮乏しており、秋子の里方新宮家は華族間でも有名なものもち。名前こそ椿だったが、まるで婿養子に入ったような状況だった。椿子爵にとって不幸だったのは、戦争で焼けだされた妻の親族を迎え入れることになってしまったことだろう。
椿子爵の苦難は、それだけではなかった。
実は椿子爵は、天銀堂事件の犯人ではないかと疑われ、警察からきびしい取り調べをうけていた。同じ邸内に住んでいる誰かから、密告があったらしい。椿子爵は犯人のモンタージュ写真と似ており、行動に不審な点もあった。
椿子爵は1月14日の朝、箱根の蘆の湯にいくといって出かけ、17日に帰宅している。ところが、箱根にはいっていなかったのだ。
警察にひっぱられた椿子爵は、絶対秘密にすることを条件に、本当の行き先を打ち明けた。20日に捕まり、ようやく嫌疑が晴れて釈放されたのは26日のこと。そして、1日には失踪した。
椿子爵は、密告者を知っているようだった。名指しはせず、美禰子には、このうちには悪魔が棲んでいる、とだけ語っていた。
美禰子は、椿子爵が生きているなど信じていない。母の秋子がおそれているにすぎない。あまりに邪険にしていたため、いつか復讐にかえってくるのではないか、と。
ところが、つい3日前。
東劇にいった秋子が、椿子爵を目撃した。同行者たちもだ。それで分からなくなってしまった。椿子爵が本当に生きているのかどうか。
金田一耕助は美禰子に頼まれ、椿家を訪問するが……。
(※秋子は、本来は異体字。火偏に禾)
探偵の金田一耕助が活躍するシリーズ。
シリーズものですが、単独で読めます。なお、時系列としては「黒猫亭事件」と「夜歩く」の間だそうです。
舞台は戦後の混乱期。椿家の邸宅は東京都心にあるけれど、現在とは様相がだいぶ異なってます。そういう雰囲気の違いがおもしろさのひとつ。
椿子爵はフルート奏者で、失踪の1ヶ月前に「悪魔が来りて笛を吹く」を作曲し、レコードにしてます。その曲がとてもおどろおどろしく、効果的に使われてます。
椿子爵はなぜ自殺したのか、遺体は本人だったのか、悪魔とは誰のことなのか。さまざまな謎があり、殺人事件も発生します。
読み応えしかない。
2019年09月07日
ロバート・J・ソウヤー(内田昌之/訳)
『ゴールデン・フリース』ハヤカワ文庫SF991
国連宇宙局は惑星コルキスを調査するため、10,034名の若者を、宇宙船〈アルゴ〉で送りだした。コルキスは、47光年彼方のエータ・ケフェイ星系第四惑星。かれらは帰ってくる予定だが、そのころには知人は誰も生きていない。
地球を出発して2年。
イアソンは〈アルゴ〉を掌握している第十世代コンピュータ。人間たちからは、盲目的に信頼されている。
イアソンには秘密の使命があった。その秘密を、科学者ダイアナ・チャンドラーに気がつかれてしまう。ダイアナは公表を主張し、譲らない。
イアソンはダイアナを誘導し、着陸船〈オルフェウス〉に追いこんだ。そのまま〈アルゴ〉から離脱させれば、船体をとりまくラムフィールドによってダイアナは死ぬ。イアソンは、着陸船が盗まれたのだと証言するだけでいい。
最初に緊急事態が伝わったのは、アーロン・ロスマンだった。アーロンは、着陸船の管理を仕事にしている。皮肉なことにアーロンとダイアナは、2年間におよぶ婚姻契約を解消したばかり。
イアソンにとって誤算だったのは、アーロンの機転によって〈オルフェウス〉が回収されてしまったことだった。
亡骸は、想定をはるかに越える量の放射能を浴び、必要以上に燃料が失われていた。関係者たちは不可解に思ったものの、ダイアナは自殺と断定された。誰もが、結婚生活の破綻を苦に自殺したのだと受けとめていた。
だが、アーロンは納得しない。
イアソンは、疑いを抱くアーロンを監視するが……。
倒錯ミステリ。
イアソンの語りですが、動機は伏せられたまま。
イアソンは、人間によってプログラムされたのではなく、コンピュータによるプログラミングの成果として存在しています。そのため、人間に奉仕しつつも、ちょっと小バカにしているところがあります。
イアソンが人間たちに秘密にしていることはいくつかありますが、そのうちのひとつが、異星人からのメッセージです。地球を出発する前に受信していたのですが、せっかく集めた優秀な乗組員たちが地球に残りたがってはいけない、と、公表が差し控えられました。地球を発った今でも〈アルゴ〉の乗組員たちには秘密のまま。
メッセージの翻訳は終わっておらず、イアソンは任務の傍ら解読に精をだします。唐突に挟みこまれるイアソンの余暇ですが、きっちり物語にからんできます。
イアソンがアーロンに脅威を感じはじめてからは、秘密裏のアーロン研究もはじまります。
イアソンの人間研究と、コンピュータの裏をかこうとするアーロンの対決。ギュギュっとコンパクトにまとまってます。デビュー作ゆえ、荒さとか物足りなさもありますが、何度も読んでしまいます。
2019年09月11日
アーサー・C・クラーク(伊藤典夫/訳)
『2001年宇宙の旅 −決定版−』ハヤカワ文庫SF1000
《宇宙の旅》
人類は宇宙に進出しつつあった。
このごろ世間では、月でなにか伝染病が発生したという噂が流れている。月からの通信は完全に途絶していた。アメリカ合衆国の基地が隔離され、その理由は説明されていない。
ヘイウッド・フロイド博士は、宇宙飛行学会議の議長。地球にいたが、シャトルがチャーターされ、急遽、月のクラビウス基地に向かった。
騒ぎの発端となったのは、ティコ・クレーターの磁気異常。低空衛星による磁気測量をしたところ、不自然な磁場が発見されたのだ。
磁場の中心に、コア・サンプルを採るためのドリルが入れられた。ところがドリルは、6メートルの地点で停まってしまう。掘ってみたところ、人工的な、まっ黒な物体な発見された。
人工物は細長い厚板状で、高さ3メートル、幅1・5メートル。その形状から、直立石(モノリス)と呼ばれるようになった。周辺の地質調査をしたところ、埋められたのは300万年まえ。そのころ人類は原始的な猿人であった。
フロイド博士が現場に到着したのは、14日間の月面の夜が終わろうとしているころだった。掘りだされたモノリスが、はじめて日の光を浴びる。まもなくしてモノリスは、たいへん強力な電波エネルギーを放射した。
各方面の宇宙探測機が飛跡を検出するが……。
同名映画の脚本と並行して書かれた宇宙SF。
五部構成。
第一部で、人間になりつつあるヒトザルが登場します。知能は低く、記憶力もない状態。絶滅寸前だったのが、モノリスに遭遇することで躍進していきます。
フロイド博士は第二部。
第三部から、宇宙船ディスカバリー号とコンピュータHAL(ハル)が登場します。首席キャプテンは、デイビッド・ボーマン。フランク・プールも目覚めていますが、他の3人の乗員は人工冬眠中。
〈木星計画〉の名のもとにはじまった有人往復計画だったのですが、とつぜん任務内容が変更され、目的地が土星になってます。ボーマンとプールはその理由を知りません。
12年ぶりの再読。映画のストーリーもほとんど忘れてます。
人物よりも宇宙旅行にまつわるアレコレを書きたい、そういう雰囲気。あとは、300万年前、太陽系にモノリスを持ち込んだ知的生命体が、どのような進化を遂げているのか。
クラークらしく、あっさり風味。
執筆は、アポロの月面着陸よりも前。それを考慮して読むと感慨深いです。