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2019年の記録
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 10/現在地
 
このページの本たち
犬神家の一族』横溝正史
ホープは突然現れる』クレア・ノース
マンハッタン・ビーチ』ジェニファー・イーガン
嘘の木』フランシス・ハーディング
サイモン、船に乗る』ジャッキー・ドノヴァン
 
声の物語』クリスティーナ・ダルチャー
猫の町』ナリ・ポドリスキイ
通い猫アルフィーの奇跡』レイチェル・ウェルズ
クリスマスに少女は還る』キャロル・オコンネル
大統領失踪』ビル・クリントン&ジェイムズ・パタースン

 
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2019年11月30日
横溝正史
『犬神家の一族』講談社

 《金田一耕助》シリーズ
 昭和2×年、2月。
 犬神佐兵衛が亡くなった。犬神佐兵衛は日本の生糸王といわれる信州財界の巨頭のひとり。遺族は、残された財産の行方が気にかかって仕方ない。
 遺言状は、顧問弁護士の古館恭三が預かっていた。ところが、佐兵衛の3人の孫が揃うまで、開封しないという。戦争は終わったが、まだひとりが復員していない。
 同年、10月。
 探偵の金田一耕助のもとに、若林豊一郎から手紙が届けられた。若林は、古館の事務所で働いている。まるで殺人を予想しているかのような内容に金田一は驚く。
 金田一は、那須湖畔にある那須ホテルに部屋をとって若林の到着を待った。ところが、湖畔で発生したトラブルに気を取られている隙に、ホテルを尋ねてきた若林が殺されてしまった。
 金田一は、古館弁護士から事情を聞く。
 犬神佐兵衛は、孤児だった。17になる年まで、乞食同然の身の上。それを助けたのは、那須神社の神官、野々宮大弐だった。すでに故人だが、佐兵衛にとっては終世の恩人だ。
 佐兵衛は独身を通したが、3人の愛人との間に3人の娘がいる。松子、竹子、梅子の3人だ。それぞれ婿をとり、犬神家の事業に関わっている。そして、その子どもたち、佐清(すけきよ)、佐武(すけたけ)、佐智(すけとも)が、遺言状の開封の条件になっている佐兵衛の孫たちだった。
 古館によると、犬神佐兵衛の遺言状に開封された跡があるという。若林が何者かに頼まれて見たのではないか、と。古館は遺言の内容を知っている。それだけに、遺族に伝えられれば一波乱あることを心配していた。
 そして、ついに孫たちが揃った。最後に親族の前に姿を現した佐清は、ゴムマスク姿。顔に大怪我を負ってしまったのだという。果たして、マスクの下の顔はくずれて判別できない。
 佐清の正体が不確定なまま、遺言状の開封がなされた。相続人として指名されていたのは、珠世だった。珠世は、野々宮大弐の孫娘。孤児となり、犬神家に引き取られていた。
 珠世が相続人となる条件は、佐清、佐武、佐智のうちの誰かと結婚すること。佐兵衛の娘たちは色めきたつが……。

 何度もドラマ化された名作。
 いろんなバージョンで視聴しましたが、原作を読むのははじめて。あたりまえですが、ドラマとほとんど一緒でした。ただ、珠世が、美女をもかすませる程の美貌の持ち主、というのは、文章だからこその設定だったな、と。
 原作を読んでもあまり驚きがないのは残念、というより、そのまま映像化したのは凄いと、そちらの方を評価するべきなんでしょうね。


 
 
 
 

2019年12月01日
クレア・ノース(雨海弘美/訳)
『ホープは突然現れる』角川文庫

 ホープ・アーデンは、人に記憶されない特異体質。
 はじまったのは16歳のとき。最初に顔が忘れられ、声が忘れられ、したことが忘れられた。先生に、友達に、幼なじみに、両親に忘れられ、存在しない存在となった。
 住むところはなく保護も求められないとなると、できることは限られる。ホープは必然的に泥棒となった。
 ホープにとって、あの事件のはじまりはドバイだ。
 ホープは、ドバイの七つ星ホテルにいた。標的は、クリサリス・ダイヤモンド。過去5年間、3つの窃盗団が盗みに失敗している。
 現在クリサリス・ダイヤモンドは、王族のシャーマ・ビント・バンダルが所有している。シャーマは〈プロメテウス社〉の祝宴に出席するためドバイ入りしていた。ホープの狙いは、シャーマのめいのリーナだ。
 リーナに近づこうとするホープは、従姉妹のレイナ・ビント・バダ・アル・ムスタクフィを知った。レイナは、ブログを運営し、社会改革と女性の権利の拡張を訴えている。ホープは何度となくレイナと初対面の会話をし、好感を持った。
 そのころ、ライフスタイル・アプリの〈パーフェクション〉が大流行。リーナはのめりこみ、レイナも使っているという。今よりいい自分になりたいのだ、と。
 そして、レイナは自殺した。
 ホープには、レイナが〈パーフェクション〉に追い詰められたとしか思えない。〈パーフェクション〉がレイナを殺したのだ。その〈パーフェクション〉を運営しているのが〈プロメテウス社〉だった。
 ホープはパーティに侵入し、プリンセス・シャーナの胸元からクリサリス・ダイヤモンドを奪い取った。〈プロメテウス社〉の顔に泥を塗ってやったのだ。爽快だった。
 オマーンに逃亡したホープは、ダークウェブに広告を出す。〈ムグルスキー71〉を名乗る人物と取引きすることを決めるが……。

 はじめて読むタイプの物語。
 ホープの一人称。かなり深刻な特異体質ですが、暗くなりすぎることもなく、メリハリが利いていて読みやすいです。ホープがやった盗みなどは忘れられてしまうのですが、物がなくなった事実は残っているはず。そこが気になってしまう人は、読むのにひっかかるかもしれません。
 主軸となるのは〈パーフェクション〉。完璧をめざすアブリです。世界的に大流行してます。

 とにかく、ホープの特異体質がすごい。
 1分ほど視界から消えただけでもう忘れられてる。初対面の会話に失敗しても、ちょっと席をはずせば改めて初対面の会話ができる。尾行していて目があっても、すぐに忘れられるので堂々としていられる。
 電子機器などには記録されるので、そこがネックになってます。
 ホープは国際指名手配されていて、国際刑事警察機構(インターポール)の捜査官ルーカス・エヴァードに追われてます。ホープにとって、自分のことを覚えていてくれる人がいるのは望外の喜び。直接会うと忘れられてしまうのですが。
 なお、登場人物一覧表がありますが、見ない方がいいです。序盤で臥せられている設定が書かれてます。


 
 
 
 

2019年12月08日
ジェニファー・イーガン(中谷友紀子/訳)
『マンハッタン・ビーチ』早川書房

 アナ・ケリガンはもうじき12歳。
 父のエディは、仕事ででかけるときにアナを連れていく。アナは連れていってもらえるのがうれしくてたまらない。
 エディは大恐慌のあおりで、堅気の仕事を失っていた。今は、養護院時代のツテで、港湾労働組合の仕事をしている。アナは知らないが、運び屋だった。
 あるときアナは父と一緒に、コニー・アイランド近くのマンハッタン・ビーチを訪れた。ビーチに面して、デクスター・スタイルズの屋敷がある。
 実は、その日エディがデクスターと会ったのは、港湾労働組合の仕事ではなかった。もっと割のいい職を得ようとしていたのだ。
 アナには3歳下の妹がいる。妹リディアは、生まれたときから重い障害をかかえていた。寝たきりで、エディの収入では車椅子を買ってやることもできない。
 それから8年の年月が流れ、戦争が始まった。
 大学生だったアナは、志願して海軍工廠で働きはじめる。父エディは5年前から帰ってきていない。アメリカは戦場にはなっておらず、戦争は遠くの出来事だった。
 ある日アナは友人のネルに誘われ、ナイトクラブ〈ムーンシャイン〉に行った。店のオーナーはデクスター・スタイルズだという。デクスターはギャングだという話だ。
 聞き覚えのある名前にアナは、デクスターの顔を見てみる。そのとき、忘れていた記憶が呼び覚まされた。マンハッタン・ビーチで会った男だ。
 あのころから、アナが父エディの仕事に連れていってもらうことが減っていった。それでアナとエディの仲は冷えてしまったのだ。アナの心がはなれ、やがてエディは失踪した。
 デクスターと話す機会を得たアナは、とっさにフィーニーと名乗ってしまう。父のことを聞きたかったが、言い出せない。
 一方のデクスターにとってエディ・ケリガンは、忘れたくても忘れられない名前だった。アナがエディの娘とは知らないままに好意をいだくが……。

 ミステリ?
 どういうジャンルになるのか寡聞にして思いつかず。こういう話です、とはっきり言いにくい物語でした。
 アナが主人公ですが、エディやデクスターの側からも語られます。
 アナはリディアのことが大好きで、懸命に世話をやいてます。ただ、リディアの反応が鈍くなってきていて心配しています。本書は、障害児をかかえた家族の話でもあります。
 工廠で働きはじめたアナは、潜水士という仕事に興味を覚えます。志願しますが、女であるため相手にしてもらえません。でも諦めないんです。本書は、潜水士を目指す女性の話でもあります。
 アナはデクスターが父の生死を知っていると考えています。ただ、失踪前から父と疎遠になっていたこともあって、少々覚めてます。すぐさま問いつめる、という行動にはでません。本書は、ギャングの話でもあります。
 そして迎える大転換。
 どこに向かっているのか分からない。けれど、読み終わってみるとがっちり組み合っていて、爽快感が残りました。


 
 
 
 
2019年12月10日
フランシス・ハーディング(児玉敦子/訳)
『嘘の木』東京創元社

 フェイス・サンダリーは、牧師にして植物学者のエラスムスの娘。エラスムスは、化石については右に出る人のいない権威だ。
 エラスムスの発表した化石〈ニュー・ファルトン・ネフィリム〉は、世紀の発見とたたえられている。それは、聖書のネフィリムの話が真実であることを示す美しい証拠だった。
 フェイスも博物学が大好きだ。だが、女であるために学ぶことができず、6歳の弟ハワードの世話を押しつけられている。
 サンダリー家の一行は、住み慣れたケントを離れヴェイン島へと向かっていた。母マートルの弟マイルズ・カティストックも一緒だ。
 昨日、国内でも購読者の多い一流の〈インテリジェンサー〉紙に、エラスムスを糾弾する記事が載った。名声をもたらした化石について、ひとつだけでなく、すべての正当性に疑義が呈されている、と。うまく加工された偽物だ、と。
 一家は逃げるようにして島に渡った。ところが、島にも〈インテリジェンサー〉が届けられ、島中から敵視されてしまう。
 そうした中、エラスムスが死体となって発見された。
 エラスムスの遺体は、浜で、崖のなかほどの木に引っかかっていた。上から落ちたと思われる。
 自殺と考えられたが、マートルは、谷で見つかったのだと言い張った。急な斜面で転んで首の骨を折ったのだ。マートルは検死した医師をも言いくるめ、すぐさま葬儀が行なわれる。
 しかし、埋葬される直前に、エラスムスの死に疑いが持ち上がる。自殺だとしたら、聖別された墓地には葬れない。審問を行なうことになってしまう。
 実はフェイスは、遺体が発見される前夜に会っていた。父に頼まれ、植物の運搬を手伝ったのだ。そのとき父は、ピストルを持っていた。
 自殺するなら、ピストルを使ったほうが簡単だ。それに、木が生えている箇所で飛び下りるなど考えられない。父は何者かに殺されたのではないか?
 フェイスは、父の残した書類を調べはじめる。
 遺品の中に、偽りの木についての手記があった。偽りの木は、光を遮断した環境で育ち、嘘を養分にしたときだけ花を咲かせて実をつける。その実を食した者は、心の奥深くに抱えている事柄について、極秘の知識を得られるという。
 フェイスは、あの最後の夜に運んだ植物のことを思いだし、ようすを見にいくが……。

 ※本来の「嘘」は異字体です。
 児童書。
 とにかく序盤は暗くて暗くて、読んでいて気が滅入る思いでした。エラスムスが亡くなったあたりから、ミステリ色が強くなってきて、どんどんおもしろくなっていきます。
 フェイスは殺人犯を見つけるため、偽りの木を利用することを考えます。どういう嘘をつけばいいのか、実を食べたらどうなるのか。
 〈ニュー・ファルトン・ネフィリム〉の真相とか、そもそもヴェイン島にくることになった理由とか、マートルの行動の意味とか、いろんなことに解決が用意されてます。
 暗くはあるのですが、すっきり。


 
 
 
 

2019年12月12日
ジャッキー・ドノヴァン(梶山あゆみ/訳)
『サイモン、船に乗る』飛鳥新社

 猫のサイモンは、香港のストーンカッターズ島で暮らしていた。兄のジョジョとふたり。母はいない。
 そこは港だった。大きな船が、いつもたくさんとまっている。真っ白にかがやく船、暗い時間みたいな灰色の船、煙突が突きでているものもあるし、小さい船もいる。
 ジョジョがあらゆることを教えてくれた。
 ところが、ジョジョはボス猫のチェアマンに襲われ、止まってしまう。もう、なにをしても動かない。止まってしまったのだ。サイモンにはどうすればいいのか分からない。
 サイモンが人間に拾われたのはそんなときだった。
 港には、イギリスの軍艦アメジスト号が停泊しているところ。サイモンは乗組員のジョージに連れられ、船に乗り込むことになる。
 幸い、艦長は猫好きだった。サイモン三等水兵として、ネズミ獲りの職に任命される。
 ネズミを止めるのが仕事と知ってサイモンは動揺する。ネズミと遊んで追っかけるのはいい。だが、ネズミが止まるのを見たいとは思わない。
 水兵犬のペギーは、ネズミには悪いところしかないのだと、サイモンを説得しようとする。ネズミは、鍋とか粉の袋とか、調理室にある食べ物の上を走りまわって、みんなを病気にしてしまう。しかも楽しんでやっているのだ。
 サイモンは、ネズミでも話せば分かると主張し、ネズミのリーダー、モータクトーを説得しようとするが……。

 猫物語。
 1949年に実際に起こった「揚子江事件(アメジスト号事件)」を題材に、船に乗っていた猫を主人公にして語られる物語。
 事件後、猫のサイモンはイギリスで英雄と讃えられ、戦時の勇敢な動物に贈られる勲章ディッキン・メダルを受賞してます。猫としては史上唯一だそう。
 ただし、本書は、史実を元にして不明点を創作した……のではありません。基本的な流れは史実ですが、サイモンについては書きたいように書かれてます。巻末の解説で「物語の便宜上、実際とは異なるようにした」とあるのには驚きました。
 挿絵のようにして実際の写真が載ってますが、文面から受けるサイモンのイメージと合ってないのが残念。(写真は野良猫っぽさを残してますが、本作では去勢された草食猫って雰囲気)
 サイモンについても史実に基づいたものを読みたかった、というのが正直なところ。


 
 
 
 

2019年12月14日
クリスティーナ・ダルチャー(市田 泉/訳)
『声の物語』新☆ハヤカワ・SF・シリーズ

 ジーン・マクレランは、国内トップレベルの認知言語学者。ウェルニッケ野の損傷が引き起こす言語障害を研究してきた。
 1年前までは。
 今では、無口な女。というのも、左手首にワードカウンターが巻かれているから。
 国内全ての女が、1日に喋れるのは100語のみ。それを越えると電流が流れる。それでもしゃべると電流は強くなっていき、やがては死に至る。
 超保守政権が誕生したときも、ジーンは気にしてなかった。ところが今では、連邦政府がテレビ放送を独占し、女たちは公共圏から締め出されている。女たちは仕事を失い、喋ることを制限され、料理本すら読むことができない。
 夫のパトリックは大統領の科学顧問だ。政策に積極的に加担することはないが、反対もしない。ジーンに同情してはいるが、なにもしない。
 ジーンが心配しているのは、子どもたちのことだ。
 長男のスティーヴンが、ピュア・ムーブメントに感化されていた。女たちの境遇も当然のことと受けとめている。なにより、まだ6歳の娘ソニアのことが気にかかる。
 そんなある日、ジーンは、カール・コービン牧師とシークレットサービスの訪問を受けた。カール牧師こそが、ピュア・ムーブメントの先導者。引きかえに大統領に票を提供した。
 ニュースにもなったが、大統領の兄が、スキー中の事故で脳に損傷を負っていた。左脳後部。ウェルニッケ野だ。
 ジーンは、研究再開を提案される。プロジェクトに参加すれば、その間ワードカウンターを外せる。最先端の実験室と研究資金、必要な援助も得られる。相当額の棒給と、期日までに完成すればボーナスもでる。
 だが、ジーンは参加を断った。
 その日ソニアの学校ではコンテストがあり、ソニアはご褒美にご満悦。ソニアは、一日じゅう口をきかなかったために誉められて、褒美を受け取ったのだ。
 改めてプロジェクトの参加要請を受けたジーンは、ソニアのために引き受ける。ソニアのワードカウンターも外すこと、学校に行かせないことを条件に。
 上役は、かつて所属していた学科のモーガン・レブロン。どこまでも無能でいけ好かない若造、とジーンは蔑む。
 実は、抗ウェルニッケ血清はほぼ完成していた。被験者への投与を開始する寸前までいっていたのだ。モーガンはそのことを知らない。
 ジーンは、かつての同僚たちと再会するが……。

 ディストピアでフェミニストもの。
 ジーンの語りで展開していきますが、昔のことをよく思いだす人で、現在と過去が入り交じってなかなか読みづらい。
 100語制限は単語の数ですが、もちろん英語での話。日本語とは感覚がちがうだろうとは思うものの、詳細は不明です。もちろん、何語だろうと制約するのは言語道断ですけど。
 読みはじめた当初は極端な設定に引き気味だったのですが、徐々に考えが改まりました。作中のジーンも、同じだったんですよね。
 ジーンにはフェミニストの友だちがいて、運動に誘われたり、本を勧められたりしてました。でも、忙しいからと、無関心。ジーンは選挙にも行ってませんでした。
 本書で、無関心であることの恐さを痛感できました。それだけに、物語が進むにつれて明らかになっていくジーンの私生活が気にかかる。
 4人も子供がいて何やってんだか。


 
 
 
 

2019年12月16日
ナリ・ポドリスキイ(津和田美佳/訳)
『猫の町』群像社

 コンスタンチン・コズロフスキイは、レニングラードの海洋学者。夏の休暇の間、クリミア半島の海辺の町を訪れた。
 町では、深海調査の科学者たちを主人公とする映画のロケが行なわれる予定。コンスタンチンは、科学的実証性を監修することになっていた。
 町の人口は1万人ほど。そして、猫が多い。住民たちは猫を大切にしていた。
 昔、このあたりで戦争があった。不毛の地で囲まれた町は飢えに襲われてしまう。そんなとき、食料を満載した帆船が流れ着く。
 最初に口をつけたのは猫だった。痙攣しはじめた猫によって、毒が盛ってあることが明らかとなった。住民は猫のおかげで死ななくてすんだのだ。
 住民たちは猫のために記念碑を立てた。スフィンクスのかたちをしていて、今でも彫像が残っている。
 町には、先にシナリオ作家のユーリイ・ヴロンスキイが来ていた。コンスタンチンは、一軒家を借りているユーリイと合流する。そして、新しい仲間も到着した。
 ところが、コンスタンチンのもとに警告文が届く。ここで得るものは何もない、ここを去るように、と。
 そのうえ仲間たちが役所ともめてしまう。調査さえ、ダメだという。担当の課長が休暇から戻って来るまでは決定は動かない。ほんとうに不在なのかどうかも分からない。
 仲間たちは帰ることを決めるが、連れてきた犬のアントニーが行方不明になっていた。残ることにしたコンスタンチンは、アントニーを探すことを約束するが……。

 コンスタンチンの一人称小説。
 1970年代のソ連で書かれた物語です。なお、レニングラードは現在のサンクトペテルブルグになります。
 町に残ったコンスタンチンに、教師のラヴレンチイ・ソーヴィンが接近してきます。ラヴレンチイは生徒たちから〈タンポポ〉と呼ばれていて、気がふれているという評判があります。〈タンポポ〉は、猫が人様を暗示にかけて思い通り動かしている、と主張しています。
 その後、猫インフルエンザが発見され、検疫のため町は封鎖されてしまいます。感染を恐れた町の人たちは、猫を殺しはじめます。
 なので、
 猫好きさんは読まないほうがいい!
 です。犬好きさんも。ただただ想像しないように気をつけながら読んでました。
 舞台がソ連のため、町の雰囲気そのものが英米文学のそれとは違います。そういう点で、昔に書かれたものですが、とても新鮮でした。

 ところで、シナリオ作家は、ユーリイ・ヴロンスキイと自己紹介するのですが、町の人からユーリイ・ニコラエヴィチと呼ばれることがあります。
 ロシア人の名は「名前+父称+名字」というのが一般的で、敬意をこめて呼ぶときには「名前+父称」となるそうです。


 
 
 
 

2019年12月18日
レイチェル・ウェルズ(中西和美/訳)
『通い猫アルフィーの奇跡』ハーパーBOOKS

 《通い猫アルフィー》シリーズ
 アルフィーは4歳の雄猫。膝乗り猫として幸せな毎日を送っていた。
 ところが、高齢だった飼い主のマーガレットが、ある日、ベッドから起きてこなかった。死んでしまったのだ。アルフィーは、保護施設(シェルター)に行くことになってしまう。
 シェルターは、猫社会では死刑囚監房とみなされている場所だ。絶対に行きたくない。
 アルフィーは、未知の世界へ飛びこむ覚悟を決めた。
 旅でさまざまな経験をしたアルフィーは、通い猫だというボタンと出会う。ボタンは、飼い主をひとりに限定せず、通り沿いの別の家にも通っているという。
 アルフィーとしても、一途な飼い主を一途に慕う猫になりたいのはやまやまだけれど、それでは危なっかしい。二度と運任せにしたくない。万一に備える必要がある。
 ボタンに助言をもらったアルフィーは、エドガー・ロードにたどり着いた。
 エドガー・ロードでは、長い通り沿いにさまざまなタイプの家が立っていた。ビクトリア朝風のテラスハウスや現代風のシンプルな家、大きめの一戸建て、複数の家族が住めるように分割された建物。なにより気に入ったのは、売り家や空室ありの看板がたくさんあること。
 新しい住民がいちばんほしがるのは、猫に決まっている。
 アルフィーは、78番地に目をつけた。売却済の看板が出てまもなく、若い女性が住みはじめた。
 クレアは離婚したばかり。アルフィーの登場に驚くものの、歓迎してもらえた。
 アルフィーはクレアといい関係を築くが、昼間は仕事でいなくなってしまう。早速、通い猫としての別宅を探すが……。

 猫が主人公の猫情もの。
 78番地のクレアの次に登場するのが、46番地のジョナサン。このあたりでいちばんいい家ですが、またもやひとり暮らし。気むずかしい男で追い出されてしまうものの、徐々に仲良くなっていきます。
 そして、22番地のアパート。一階のAには、マンチェスターから越してきた若夫婦と赤ん坊。二階のBには、ポーランド出身の夫婦と子供2人が入居します。
 アルフィーは4箇所で通い猫となりますが、それぞれが助けを必要としてます。いずれの問題もステレオタイプ。ひねりがない分、ストレートで分かりやすいです。
 アルフィーは、かなり擬人化されてます。人間の言葉(英語のみ)も理解してますが、絶妙なところで猫なんです。そのズレがおもしろいです。
 幸せなことばかりではありませんが、安心して読めました。


 
 
 
 

2019年12月25日
キャロル・オコンネル(務台夏子/訳)
『クリスマスに少女は還る』創元推理文庫

 ルージュ・ケンダルは、25歳。メイカーズ・ヴィレッジ署の警察官。パトカーが一台しかないような小さな町だ。特徴といえば、聖ウルスラ学園があることくらい。
 クリスマスも近い真夜中のことだった。
 ルージュが《デイムのバー》に寄った帰り道。ミス・ファウラーの家の前で、ちょっとした騒ぎが起きていた。壊れた柵のまんまんなかには紫の自転車。ふたりの男と、制服警官も呼ばれていた。
 ルージュは9歳まで、ミス・ファウラーからピアノを習っていた。いまでも命令には逆らえない。ミス・ファウラーに呼び止められては従わざるを得ない。
 自転車は子供向けの高級モデルだった。男たちの風体から、窃盗なのは明らか。一同は警察署に向かうことになり、ルージュは自転車を運ぶのを手伝った。
 どういうわけか、警察署は大勢の人で混み合っていた。駐車場には、ニュース番組のロゴの入った何台ものバンがあり、ニューヨーク州警察の車も並んでいる。
 ふたりの少女が行方不明になっていた。
 グウェン・ハブルと、サディー・グリーン。聖ウルスラ学園の生徒たち。紫の自転車はサディーのものだった。
 グウェンの母親マーシャは、ニューヨーク州の副知事だ。政治力でもって、隣接三州にまたがる誘拐犯の集中捜査を主張していた。まだ家出の可能性も残っている。
 実は、15年前、ルージュの双子の妹スーザンも、クリスマス休暇の直前にさらわれていた。そのころケンダル家は、新聞業界に君臨する大富豪。莫大な身代金を払ったが、スーザンは、クリスマスの朝に死体となって発見された。
 そのとき犯人とされたのは、神父のポール・マリーだった。証拠はすべて状況的なもの。身代金は見つからず、無実を主張していたが有罪になった。今でも刑務所にいる。
 ルージュは州警察に引き抜かれ、行方不明事件の捜査に参加することになるが……。

 群像劇系のミステリ。
 ルージュは25歳にして老成してます。スーザンが亡くなって、熱を失ったように生きてます。
 そんなルージュの前に現れる謎の女が、アリ・クレイ。右頬に走る醜い傷跡は唇にまで達しているのですが、隠そうともせずに堂々としてます。昔のルージュを知っていると語りますが、ルージュは思いだせません。
 現在のアリは、小児性愛専門の法心理学者。ボランティアで捜査に参加します。アリは、グウェンとサディーの誘拐は過去の類例と同じで、サディーはすでに死んでいると断言します。
 被害者グウェンの視点でも語られます。グウェンは閉じこめられていて、脱出を試みます。
 その他、指揮をとる州警察のコステロ警部、FBI特別捜査官のアーニー・パイル、アリの伯父で精神科医のモーティマー・クレイ、モーティマーの主治医のウィリアム・ペニーとその弟マイルズ、などなど多彩な人物が登場します。
 政治劇も展開されていきます。それから15年前の事件も。長い物語で、不必要な情報もちりばめられてます。
 気持ちと時間に余裕があるときに読むべき本でしょう。読むなら、ぜひともクリスマスの時期に読みたいもの。


 
 
 
 
2019年12月29日
ビル・クリントン&ジェイムズ・パタースン
(越前敏弥/久野郁子/訳)
『大統領失踪』上下巻/早川書房

 ジョナサン・リンカーン・ダンカンは、アメリカ合衆国大統領。テロリストに内通している疑惑が取りざたされていた。
 次の月曜日、下院特別調査委員会での聴聞会が開かれる。側近たちは、聴聞などに出ては大統領生命の終わりであると大反対。だが、ダンカン大統領は出席を決める。
 フランスの〈ル・モンド〉紙に大統領が接触していると報じられたのは、スリマン・ジンドルク。最重要指名手配のテロリストのひとり。大統領がジンドルクに電話をかけ、テロ組織と西洋諸国の妥協を模索した、と。
 さらに、ジンドルク暗殺を、アメリカ合衆国の特殊部隊とCIA工作員たちが妨害した疑惑もある。
 疑惑は本当だった。だが、公表できない理由があった。
 国防総省内部のシステムにウィルスが突如出現し、いきなり消えた。なんの前ぶれもなく、最新鋭のセキュリティ警報もまったく作動しなかった。
 技術チームは〈ジハードの息子たち〉のしわざと考えている。だが〈ジハードの息子たち〉は、いつものような犯行声明を出さなかった。
 ダンカン大統領は、これを予告と受け取った。いずれ、もっと大規模な攻撃が起こる。アメリカ全土が麻痺してしまうような、おそろしいサイバー攻撃が。それを止められるのは、〈ジハードの息子たち〉の首謀者であるジンドルクしかいない。
 大統領の懸念は、テロリストだけではなかった。政権中枢に裏切者がいるのだ。極秘情報がもれていた。
 聴聞会が迫る中、ダンカン大統領は謎の女から接触を受ける。大統領は側近たちの反対を押し切り、単独でホワイトハウスを後にするが……。

 元大統領による、スリラー。共著者のジェイムズ・パタースンはベストセラー作家。
 大統領の章は一人称。その他、何者かに雇われたバッハとして知られる暗殺者、謎の女ニーナと、大統領と秘密裏に接触しようとするオーギーなどなど。そちらは三人称。
 派手な銃撃戦を冒頭にもってくるような小細工はなく、ミスリードをさそうようなあざとさもなく、時系列通り、順当に進んでいきます。大転換は用意されてます。
 バッハが絡むところは謎めいていて、他と雰囲気が違います。バッハはパタースンが造形したのでしょうねぇ。

 スリラーとしてのおもしろさはちょっと疑問。ただ、元大統領が執筆しているだけあって、ホワイトハウスの内情やら大統領としての考え方など、読みどころはあります。
 ロシアにたいしてかなり辛辣なのが印象的。それと、大統領が頼るのが、イスラエルだったりドイツだったりするのが、なるほど、と。もうイギリスではないんだなって。
 こういう大統領になりたかったんだろう、とか、現職大統領へのメッセージなんだろうか、とかいろいろ考えさせられました。

 
 

 
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