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2019年の記録
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このページの本たち
クマのプー』A・A・ミルン
ライト』M・ジョン・ハリスン
ロボット・イン・ザ・ハウス』デボラ・インストール
ジャングル・ブック』ラドヤード・キプリング
魔術師を探せ![新訳版]』ランドル・ギャレット
 
未来の回想』シギズムンド・クルジジャノフスキイ
時鐘の翼』ルカ・マサーリ
完訳 ハックルベリ・フィンの冒険』マーク・トウェイン
マクベス』ウィリアム・シェイクスピア
フロリクス8から来た友人』フィリップ・K・ディック

 
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2019年10月31日
A・A・ミルン(森絵都/訳、村上勉/絵)
『クマのプー』角川文庫

 ウィニー・ザ・プーは、クリストファー・ロビンのテディ・ベアです。プーは、時に、ゲーム遊びを楽しみます。時に、暖炉の前で、静かにお話をききたがります。
 クリストファー・ロビンは、パパにお話をせがみました。プーむきのやつ。プーが好きなのは、プー自身のお話。
 パパは話しはじめます……
 むかしむかし、はるか遠いむかし。だいたい先週の金曜日ごろのことですが、ウィニー・ザ・プーは、森の家でひとり、暮らしていました。
 森のまんなかには原っぱがあり、そのまたまんなかには、大きなカシの木がそびえています。ある日プーは、カシの木のてっぺんで、ブンブン、ブンブンとやかましい音がしていることに気がつきました。
 ぼくが食べるためのハチミツがつくられている!
 よろこんだプーは木のぼりをしますが、うまくいきません。そこで、森を少し行ったさきにある、緑色の扉の家の、なかよしのクリストファー・ロビンをたずねました。
 クリストファー・ロビンから風船をもらったプーは、どろんこ沼でまっ黒になりました。ちっちゃい雨雲のふりをすることにしたのです。
 ハチたちは、気がつくかもしれないし、気がつかないかもしれない。ハチたちのことは、はかりしれないのです。
 プーは風船でうかびますが……。

 百エーカーの森で暮らすプーの物語。
 ディズニーのキャラクターとして、プーは知ってましたが、原作を読んだかどうか定かでないので改めて読んでみました。

 クリストファー・ロビンの父親が語っている、という設定。なので作中ではふれられませんが、プーの仲間たちもみんなクリストファー・ロビンのぬいぐるみたちなんだろうな、と推察。
 ユーモアたっぷり。遠いむかしが先週の金曜日とか、クリストファー・ロビンに対する絶大な信頼感とか、短い物語なのにいろいろ語りたくなります。


 
 
 
 

2019年11月06日
M・ジョン・ハリスン(小野田和子/訳)
『ライト』図書刊行会

 1999年。
 マイクル・カーニーは、物理学者のブライアン・テートと共同で、量子的事象の情報をコード化しようとしている。
 研究室には猫がいた。黒の雄と、白の雌。システムが、その並列迷路のどこかでデコヒーレンズが起きない亜空間のモデリングを開始する。人間にはなにも見えないが、猫にはなにかが見えているらしい。
 テートは手応えを感じているが、カーニーは研究に没頭することができない。カーニーは悪夢から逃げ回っていた。シュランダーと呼んでいるそいつは、姿形を変えてふいに現われる。
 そんなとき、ケファフチ宙域という言葉を耳にするが……。
 2400年。
 セリア・マウ・ゲンリヒャーは、Kシップ船長。肉体を捨て、船と同化している。
 セリア・マウの〈ホワイト・キャット〉は、銀河系を取り巻くハローを航行していた。ケファフチ宙域が空の半分をおおって流れ、目に見えぬ膨大な暗黒物質の尾をひいている。宙域の不規則にひろがる縁のあたりは〈ビーチ〉と呼ばれていた。
 そこでは、いにしえの前人類時代の腐食した観測所が、混沌とした軌道を織りなしている。何百万年もまえに放棄されたツール・プラットフォーム衛星や研究施設の成れの果てだ。
 セリア・マウは、モーテル・スプレンディードを尋ねた。遺伝子の仕立て屋アンクル・ジップから手に入れたパッケージがちゃんと動かなかったのだ。Kテクで、軍事関連のものだというふれこみだった。
 パッケージは、元々はピリー・アンカーがラジオ・ベイで手に入れたもの。セリア・マウはピリー・アンカーの居場所を聞き出すが……。
 そのころ〈ビーチ〉のヴィーナスポートでは、エド・チャイアニーズが仮想空間にいりびたっていた。ニュー・マンのティグ・ヴェシクルが経営するタンク・ファームだ。
 資金が尽きたエド・チャイアニーズは現実に帰らざるを得なくなる。そのころエドの債券はクレイ姉妹の手に渡っていた。クレイ姉妹は、ストリート全体を脅して金を吸いあげている。
 エドはヴェシクルにかくまってもらうが……。

 カーニー、セリア・マウ、エドと、順番に少しずつ物語が語られていきます。
 すごく雑多な雰囲気。アイデアてんこもり。めくるめく、を体現している感じ。
 とにかく分かりづらいです。カーニーが突然人を殺したときには、なにかの比喩表現かと思いました。
 注意しながら読むべきなのか、世界観に浸って前後不覚で読むべきなのか。どちらにせよ、覚悟してから読むべきでした。  


 
 
 
 
2019年11月07日
デボラ・インストール(松原葉子/訳)
『ロボット・イン・ザ・ハウス』小学館文庫

 『ロボット・イン・ザ・ガーデン』続編
 ベン・チェンバーズが自宅の庭でロボットのアクリッド・タングと出会って1年半。ボニーが産まれて9ヶ月。
 またもや庭にロボットが現れた。
 今度のロボットは、黒い球体で、頭から針金ハンガーのフックや肩の部分に似た金属が好き勝手な角度に突き出ている。名前はジャスミン。ジャスミンは、オーガスト・ボリンジャーからのメッセージを携えていた。
 タングはボリンジャーの所有物。それはベンにも分かっている。だが、ボリンジャーはタングを虐待していたのだ。返せるわけがない。
 ジャスミンは位置情報を送信すると告げる。ただし、ボリンジャーは過去の経歴から政府の監視下にあり、自由に動くことが難しい。受信までには時間を要する可能性がある。
 ベンは、自宅の敷地内で勝手に待機しているジャスミンをリサイクルセンターに運んだ。ところが、書類がないため拒否されてしまう。そこで特別収集を試すが、ジャスミンは戻ってきてしまった。
 ベンの一家は、いつまでも庭にいるジャスミンに神経をすり減らしていくが……。

 『ロボット・イン・ザ・ガーデン』を読んでいることが大前提。後ろ向きなベンの、語りかけ口調の独白が延々と続きます。
 未来世界でロボットが出てきますが、SFではないです。
 読む人によっては感銘を受けるらしいのですが。


 
 
 
 

2019年11月09日
ラドヤード・キプリング(井上里/訳、金原瑞人/監訳)
『ジャングル・ブック』文春文庫

 シオニー山脈のオオカミたちは自由の民。ジャングルの掟に従い暮らしている。
 洞くつでは、群れから独立した父親オオカミと母親オオカミが、四匹のこどもをそだてていた。そこに、ある知らせがもたらされる。
 ワインガンガ川の近くに住んでいるトラのシェア・カーンが、狩り場を変えようとしていた。それも、今夜狙っているのは人間だという。
 人間を殺せば、遅かれ早かれゾウに乗った白い肌の男たちが銃を持ってやってくる。そのうしろには、大勢の茶色い肌の男たちが銅鑼やのろしや松明をかかげて付き従ってくる。ジャングルにすむすべての動物たちが苦しむことになる。
 父親オオカミは、シェア・カーンの遠吠えを聞いた。どうやら獲物を逃がしたらしい。そのとき、人間の子どもが洞くつにやってきた。
 子どもは、やっと歩けるようになったばかり。オオカミをちっとも怖がらない。父親オオカミと母親オオカミは自分たちが人間の子どもを育てることを決め、追ってきたシェア・カーンを追い払った。
 子どもはモーグリと名づけられた。
 オオカミたちの集会でモーグリは、オオカミの子どもたちにジャングルの掟を教えている茶色いクマのバルーに受け入れられる。黒ヒョウのバギーラはモーグリの命を、仕留めたばかりのよく肥えた雄牛で買い取ろうと申しでた。
 裸の子どもを殺せばオオカミの恥だ。モーグリはシオニーのオオカミの群れに迎え入れられるが……。

 元々は2冊の短編集。そのうち、モーグリが登場する8編と番外編を足したものが本書。あえて時系列が前後する並びになってます。
 名作は色あせない、の言葉どおり。翻訳が新しいこともあると思いますが。分類としては児童文学に入るのでしょうけれど、あまりそういうことは感じなかったです。
 掲載されている短篇は以下のとおり。

「モーグリのきょうだいたち」
 オオカミ一家に拾われた人間の子どもは、モーグリと名づけられた。それから10年ほどがたち、モーグリは成長する一方、モーグリを受け入れてくれたオオカミたちは老いていく。
 モーグリは、トラのシェア・カーンに狙われている。黒ヒョウのバギーラはシェア・カーンを警戒し、モーグリに助言する。

「カーの狩りの歌」
 ジャングルのことを学んでいる最中のモーグリは、バンダーログ(サル)に攫われてしまった。クマのバルーと、黒ヒョウのバギーラが救出に向かう。二頭は、バンダーログがおそれているニシキヘビのカーに助力を頼む。

「「トラだ! トラだ!」」
 オオカミの群れから追放されたモーグリは、人間の村に戻った。村には、かつて我が子をトラにさらわれたメスーアがいた。モーグリはメスーア夫妻に引き取られる。
 モーグリは人間の言葉を覚えていくが、暮らしに馴染めない。

「恐怖が生まれた話」
 暑さがいつまでも続いていた。ジャングルの指導者であるゾウのハティは〈日照りの停戦〉を宣言する。そんなとき、トラのシェア・カーンが貴重な水を汚してしまう。
 モーグリは、ハティとシェア・カーンのやりとりに興味をいだく。ハティは、トラにかかわるジャングルよりも古い話を話す。

「ジャングルが襲ってきた話」
 モーグリはトラのシェア・カーンとの対決に勝利し、その皮をはいだ。だが、村人たちから〈悪魔の子〉と呼ばれ、村から追い出されてしまう。ジャングルに帰ったモーグリは、親切にしてくれたメスーアが殺されそうになっていることを知る。

「王のアンカス」
 モーグリは廃墟の地下で、白いコブラと出会った。白いコブラは王の宝の守護者。宝を盗みにきた者たちに死を教えているのだという。
 モーグリには宝の山の価値が分からない。ただ、ゾウの図柄が入ったアンカスだけは気に入って、明るいところで見ようとする。白いコブラは、王のアンカスは死をもたらすと警告する。

「赤犬」
 ドールがジャングルにやってこようとしていた。ドールは、デカン高原にすむ赤犬の殺し屋たち。デカンの獲物が乏しくなったため、南から北上してきているという。
 ドールを相手にすればトラでさえ自分の獲物を渡す。誰もが、生死をわける戦いを覚悟した。モーグリは一計を巡らす。

「春を走る」
 モーグリは17歳になった。いまでは〈ジャングルの主〉となっている。
 年が変わり、ジャングルは〈新たな歌の時〉を迎えようとしていた。そのときがくると、モーグリのことは忘れられ、ひとりぼっちでうろつく羽目になる。モーグリは憂うつに陥ってしまう。

「ラクの話〈番外編〉」
 ギズボンは森林監督官。広大なジャングル(ラク)のはしに暮らしている。ある日ギズボンは、ジャングルは自分の家だという若者モーグルと出会う。


 
 
 
 

2019年11月13日
ランドル・ギャレット(公手成幸/訳)
『魔術師を探せ![新訳版]』ハヤカワ・ミステリ文庫

 連作中短編集。
 ダーシー卿は、ノルマンディ公爵リチャードの主任犯罪捜査官。上級魔術師のショーン・オロックリンと協力し、犯罪を調べている。
 魔術は一般にも認知されているが、扱えるのは〈タレント〉を持つ者のみ。しかも教会による許可証が必要だった。魔術師たちは、正統的信仰に基づいておこなわれることが厳密に審査され、そののちに初めて許可証を与えられる。

「その眼は見た」
 フランスのデヴルー城で、デヴルー伯エドワールが殺された。
 私設秘書を務めるサー・ピエール・モルレーが、いつもの朝のように4階の私的スイートを訪れると、伯爵は寝室で射殺され、冷たくなっていた。知らせは、伯爵の聴聞司教であるブライト神父へ、爵位を継ぐことになる妹のレディ・アリスへと伝えられていく。
 ブライト神父はかねてより、放蕩三昧の伯爵は非業の死を遂げるのではないかと考えていた。伯爵は騒々しく、派手好みで、女好きだった。一方のレディ・アリスは20歳近くも若く、物静かで慎み深い。
 だが、レディ・アリスが手を下した可能性もあるのだ。
 事件を知ったノルマンディ公は、ダーシー卿を派遣するが……。

「シェルブールの呪い」
 シェルブール侯爵が行方不明になった。
 実は、侯爵には秘密があった。陛下直属のエージェントたちのひとりと協力し、シェルブールで暗躍しているポーランドの秘密工作員たちの動静を探っていたのだ。
 侯爵は行方不明になる前から、発作を起こすことがあった。ふいに体がぐったりとなり、顔は呆けたように、目から知性の光が失われてしまう。暴力的になることはない。呼び寄せるた治療師(ヒーラー)が到着するころには発作は静まり、原因は分からないまま。
 ノルマンディ公の命令で、ダーシー卿が捜査することになる。ダーシー卿は騒ぎを大きくしないため、ショーンを従者として連れていくが……。 

「青い死体」
 ケント公爵が逝去した。
 ケント公はかねてから体調がすぐれず、観念して死を受け入れていた。生きようとしない人を治療師が治すことは難しい。
 公爵のための棺が用意されるが、その中にはすでに死体が入っていた。ケント公の主任捜査官であるキャンバートン卿だった。全身が青く染められていたことに、アルビオン協会との関係が取りざたされる。
 聖古代アルビオン協会は、キリスト教会をまっこうから拒否する異教徒の集団。黒魔術を信奉し、自然崇拝の儀式をおこなう。ローマ帝国以前に起源を持つドルイド教の直系組織であると主張していた。現在は非合法化され、活動を禁じられている。
 ダーシー卿は、ジョン王からの直々の命令により調査におもむくが……。

 平行世界もの。
 産業革命はなく、魔術が発達してます。
 主人公はダーシー卿。ダーシー卿の仕えるプランタジネット朝は、イギリスだけでなくフランスも支配しています。北はスコットランドのダンカンズビー岬から南はガスコーニュの外れまで、東はゲルマンとの国境から西は大西洋を越えたニュー・イングランドおよびニューフランスまで。
 英仏帝国と訳されてますが、対峙するのはポーランド。間のゲルマン諸国が緩衝地帯となってます。

 魔術はとても便利なものですが、できることとできないことがあります。その区分けがしっかりつけられていて、とても納得しやすいミステリになってました。


 
 
 
 
2019年11月16日
シギズムンド・クルジジャノフスキイ(秋草俊一郎/訳)
『未来の回想』松籟社(しょうらいしゃ)

 マークス(マクシミリアン)・シュテレルは、時間にとり憑かれていた。
 4歳のころに父から聞いた、チックとタックの物語に心を奪われ、6歳のときには、逃げたというチックとタックを探しにいった。
 モスクワの学生寮に入ると、時間研究者として自分の世界に没頭していく。シュテレルは自分の寝台の下に、即席の物理化学実験室をこしらえていた。自分の考えにかかりきりになっていたので、教師と同級生のあいだでは、凡才の怠け者で通っていた。
 1914年。
 シュテレルは悟る。時間をつかまえるマシンをつくるときがきた。それには金が必要だ。
 なんとか資金を調達したシュテレルだったが、新聞では「戦争」の文字が踊りはじめていた。シュテレルも召集されてしまう。
 シュテレルは、兵役の最初の数日、前線にいた。そこで「自分をドイツ人によって保護させる」ことを決める。まんまと強制収容所に入るが……。

 ロジア文学の時間テーマもの。
 1914年といえば、第一次世界大戦。シュテレルは早々と捕虜収容所に入り、思考でもって時間研究に邁進します。その後、1917年の革命で、ロシア・ソビエト連邦社会主義共和国が誕生します。

 ジャンル的にはSFなんでしょうけれど、旧ソ連の独特の雰囲気に圧倒されていて、あまりSFという印象はありませんでした。独特の言い回しがとても小洒落ていて、合わない人は読むのがつらいかもしれませんが、たまにはこういうのもいいな、と。


 
 
 
 

2019年11月23日
ルカ・マサーリ(久保耕司/訳)
『時鐘の翼』シーライトパブリッシング

 1921年。
 マッテオ・カンピーニは、オーストリア=ハンガリーの爆撃機パイロット。イタリア語圏のトリエステ出身だが、トリエステはオーストリアの一部、イタリアは敵国だった。
 1914年にはじまった大戦争により、ヨーロッパは混乱が続いている。オーストリア=ハンガリー、ドイツを中心とする中央民主同盟国は、イギリスやフランスの協商国と戦っていた。
 その夜、中央同盟国は、イタリアのパドヴァを爆撃する作戦を実行した。
 マッテオは、同盟国ドイツのRFA(大型航空機部隊)に転属しており、巨大な複葉機シュターケンを操縦していた。ところが、エンジンの不調を調べたために編隊から遅れをとってしまう。シュターケンはヴェネツィアの飛行艇マッキに見つかり、撃墜されてしまった。
 ただ一人生きのびたマッテオは、謎の女性フラヴィア・マニンに助けられるが……。
 一方、マッテオの友人ハンス・クリークマンは、ヘルマン・ゲーリングの訪問を受けていた。
 ゲーリングは、ドイツ空軍の総司令官。マッテオが危険人物と接触を持ち、中央同盟国を裏切ったというのだ。
 ハンスの任務は、イタリア領内にスパイとして潜入し、マッテオと接触すること。逮捕してともに帰国するか、難しければ殺害しなければならない。マッテオの離反を、ハンスは信じることができない。
 ハンスが最初に送りこまれたのは、首都ウィーンのシュトラウス通り18番地だった。鋼板で囲まれた部屋に案内され、気がつけば、2021年にたどり着いていた。
 2021年の世界では時間旅行が実現し、〈ベル・エポック〉社がほぼ事業を独占していた。シュトラウス通り18番地の施設も〈ベル・エポック〉のものだ。
 未来の歴史を学んだハンスは、ホロコーストに衝撃を受ける。ヒトラーの台頭を阻止するため、ゲーリングに協力しようとするが……。

 時間テーマSF。
 特徴的なのは、時間旅行の間隔が技術的に定められていること。約100年なのですが、この制約のため、さらに過去にいってやり直す、という手段が使えません。
 それと、歴史改変には一手間必要になってます。本来の時間の流れを〈根源的時間線〉とし、改変した場合に〈派生的時間線〉が生まれます。このふたつは同時に存在しており、〈派生的時間線〉を〈根源的時間線〉に上書き処理することではじめて改変が行なえるシステムになってます。
 時間を扱っているにしては構成的にシンプルですが、その分、飛行機についての描写がこまかいです。時間テーマではなく、前時代の戦闘機テーマといった方が近いかもしれません。本当に書きたかったのは、その分野なのでしょう。

 本を開いたとき、文字の組み方が児童書のようだったのが気になったのですが、子どもが対象、というわけでもなさそうでした。ただ、終盤の怒濤の展開は、スピード感を出すためか端折ったように感じられて、若年層向けなのかな、とも。
 ヨーロッパの領土問題はとかく複雑。作中で言及はされてますが、広範囲な知識をもったうえで読み返すと、また別のものが見えてきそうです。


 
 
 
 
2019年11月25日
マーク・トウェイン(加島祥造/訳)
『完訳 ハックルベリ・フィンの冒険』ちくま文庫

 『トム・ソーヤーの冒険』続編。
 ハックルベリ・フィンは、セントピーターズバーグというちっぽけな村の浮浪児。なにも持っていなかったが、日々の暮らしに満足していた。
 ところが、親友のトム・ソーヤーと一緒に泥棒の隠し金を見つけたために、気ままで自由な生活を送れなくなってしまう。ダグラス未亡人にひきとられ、教育されることになったのだ。
 未亡人にはミス・ワトソンという妹がいた。ジムという黒人を所有しており、一緒に住むことになる。
 ハックが新しい生活になれたころ、失踪していた父親が現れた。ハックが大金持ちになったことを耳にしたらしい。だが、金はサッチャー判事に預けてあり、渡すことができない。
 セントピーターズバーグのミシシッピー川を挟んだ対岸に、古ぼけた丸太小屋があった。ハックは父によって、小屋に閉じこめられてしまう。
 ハックは逃げる算段をした。ひとりになったとき、自分が何者かに襲われて殺されたかのように装い、小屋を後にしたのだ。
 ハックは隠れて村のようすをさぐった。そして、もうひとり隠れている人間がいることに気がつく。ジムだった。
 そのときジムは逃亡者になっていた。ミス・ワトソンが、オーリンズに売るつもりだと話しているのを耳にしたのだ。800ドルになるという。それで逃げ出したのだ。
 ジムは、奴隷制を廃止している自由州にむかうつもりでいた。川下のカイロの町に。
 ハックとジムは協力して川を下りはじめるが……。

 前作『トム・ソーヤーの冒険』の結末が冒頭にきてます。
 全43章ですが、ヘミングウェイが、31章で読むのをやめるべき、と語ったとか。31章がひとつの山場で、その後、トム・ソーヤーが登場して物語をメチャクチャにしてくれます。
 ハックは子どもですけれど、その未熟さは、大人社会に入れてもらえないための経験不足に由来してます。一方のトムは、控えめに言ってもクソガキ。ろくな大人にならないだろうな、と思わせるタイプ。読んでいてストレスがたまります。

 発表当時もいろいろと物議をかもしたそうで。舞台は、黒人奴隷という存在があたりまえだった時代。差別用語も、当時の人たちが使っていたように使われてます。
 そんな中、ジムと行動を共にするハックの心情が揺れ動きます。
 なお、ジムが目指したカイロは、南北戦争時に〈自由州最南端の砦〉があったところです。


 
 
 
 

2019年11月26日
ウィリアム・シェイクスピア(安西徹雄/訳)
『マクベス』
光文社古典新訳文庫(Kindle版)

 スコットランドは戦争に勝利した。
 スコットランドではノールウェイ王に攻めこまれ、反乱も起こっていた。謀反人コーダーの領主がノールウェイの軍勢と結託したのか、国内の反乱軍に秘かに加勢したのか、詳しいことは分からない。だが、大逆罪を犯したことは疑いようがなかった。
 ダンカン王は士官やロスの領主から、マクベス将軍の勇猛果敢ぶりを耳にする。わが軍に勝利をもたらしたのは、グラーミスの領主マクベス。ダンカン王は、コーダーがこれまで身に帯びてきた称号をマクベスに与えることを決める。
 そのころマクベスは荒野で、友人のバンクォーと共に三人の魔女と遭遇していた。
 魔女たちはマクベスのことを、グラーミスの領主、コーダーの領主、やがては王になる者と呼ぶ。バンクォーのことは、代々の王の、その父祖となるという。
 マクベスとバンクォーは戸惑うが、魔女たちはすぐに消えてしまった。そこに、ロスが知らせをもたらす。
 マクベスがコーダーの領主となったという。
 マクベスの心が揺れた。やがては王になるという予言にとりつかれてしまう。そのことを、インヴァネスの居城にいる妻に手紙で伝えた。
 マクベスの思いとは裏腹に、ダンカン王は、長子マルコムを皇太子カンバランド公とすることを宣言する。
 自分が王になるのではないのか?
 居城にダンカン王を迎えたマクベスは、妻に背中を押される。マクベス夫人には夫が、野心もなくはないが、それには欠かせぬ毒気というものがないことを心得ていた。
 夫人の激励に奮い立ったマクベスはダンカン王を暗殺するが……。

 シェイクスピアの四大悲劇のうちのひとつ。(他『ハムレット』『オセロ』『リア王』)
 本書も戯曲形式。
 魔女の予言にふりまわされるマクベスは、自業自得といえば自業自得。でも、哀れですよねぇ。王を暗殺して玉座についたものの、今度は王たちの始祖になるというバンクォーのことが気にかかる。
 魔女の予言さえなければねぇ。


 
 
 
 

2019年11月27日
フィリップ・K・ディック(大森 望/訳)
『フロリクス8から来た友人』創元SF文庫

 ニコラス(ニック)・アップルトンは、タイヤの溝掘り職人。最低ランクである政府基準等級G1の資格もない。あるのは、非政府系のささやかな職だけ。
 ニックは息子のボビーに望みを繋いでいた。
 そもそものはじまりは、最初の〈新人〉が選出された2085年。それから8年たって、こんどは最初の〈異人〉が登場した。以降、かわるがわる政権を担当している。ニックのような、どちらでもない〈旧人〉は、締め出されたまま。
 〈旧人〉たちの希望は、トース・プロヴォーニだった。プロヴォーニが〈グレイ・ダイノソア〉に乗って宇宙へ旅立って10年。プロヴォーニは、外宇宙のどこかに救い主がいるはずだと考えていた。いずれ、助けを連れて太陽系にもどってくるのだ、と。
 政府はプロヴォーニの行方を追っていた。そして、プロヴォーニの代弁者であるエリック・コードンの身柄を確保していた。コードンは拘束されながらも、はてしない演説や書物でプロヴォーニの活動を報告しつづけている。
 とうとう〈異人〉の公共安全特別委員会議長ウィリス・グラムがコードンの処刑を決めた。〈グレイ・ダイノソア〉が見つかり、プロヴォーニの帰還も時間の問題。その前にコードンを始末しておこうと考えたのだ。
 そのころニックは、ボビーが不合格となったことを知らされていた。コードン処刑の報も伝わり、心が折れてしまう。
 ニックは上司のアール・ジータに誘われ、非合法のコードン文書に近づいてしまうが……。

 物語は、ニックと、帰還しつつあるプロヴォーニ、私生活がゴタゴタしているグラムの三者を中心に展開していきます。ディック作品でおなじみの、黒髪の女も登場。
 2019年に神の遺体が見つかった、というのがなにげに衝撃。宇宙を漂っていたんだそうな。そのうえでの、救世主プロヴォーニの存在。
 タイトルの「フロリクス8の友人」というのは、プロヴォーニが連れてくる異星人です。到着するのは終盤ですが、地球で待っている側はあれこれ考えて疑心暗鬼に陥ります。
 ときどき設定がぶれるのが、ディック・クオリティ。そういうところも楽しめてしまうのは、ひいきめすぎるでしょうか。

 
 

 
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