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2021年の記録
目録
 
 
 
 
 
 
 
 
 
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このページの本たち
少女と少年と海の物語』クリス・ヴィック
トマス・モアの大冒険 −パスト・マスター−』R・A・ラファティ
ありえざる都市』デイヴィッド・ジンデル
星の王子さま』サン=テグジュペリ
物体E』ナット・キャシディ&マック・ロジャーズ
 
パイの物語』ヤン・マーテル
宇宙人フライデイ』レックス・ゴードン
グレート・ギャツビー』スコット・フィッツジェラルド
グレート・ギャツビーを追え』ジョン・グリシャム
蜂の物語』ラリーン・ポール

 
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2021年10月19日
クリス・ヴィック(杉田七重/訳)
『少女と少年と海の物語』東京創元社

 イギリス人のビルは15歳。四六時中、科学の本を読みふけっているような少年だ。そんなビルが、挑戦をすることになった。セーリング・コンテスト出場に向けた訓練のための航海に参加したのだ。
 航海は順調だった。
 現在地は、カナリア諸島から12海里。太陽は真上にあり、全方向に雲は見当たらない。南西の風は強いものの、激しいというほどじゃない。
 ところが、スコールに襲われてしまう。
 帆をあげたヨットは、大きな弧を描いて向きを変える。まるで疾走する馬に乗っているようだった。でも、逃げ切れなかった。
 ビルは、何か巨大なものの影を見た。そいつがヨットと衝突し、キャビンに水が入りはじめる。
 船長は無線で救援を要請すると脱出を決断した。広げられた救命ボートが海のなかへ落とされ、ひとりずつ移っていく。船長は全員を救おうとしたが、嵐は容赦なかった。
 ビルはひとり、ヨットに取り残されてしまう。
 ビルはあきらめなかった。まだ手漕ぎボートがある。ビニール袋に手当たりしだいに物資を詰めこんで、ボートに乗り込んだ。
 なんとか生きのびたビルだったが、何時間経っても、翌日になっても、何も起こらない。飛行機が飛んでこないか、空に目をやるのがむなしくなってくる。いつまで待っても、救助はやってこなかった。
 3日目。水平線に点が見えた。
 ビルは、一本だけ残ったオールで近づいていく。プラスチックの樽がぷかぷか浮いていた。てっぺんで、ビルと同じくらいの年の女の子がぐったりとしている。
 ビルは女の子をボートのなかに入れると、水を分け、桃の缶詰をあけた。食料も水もわずかしかない。他人と分け合わなきゃいけなくなると、助けが来なければ、それだけ生き残れる時間が減る。
 それでもビルは心を決めた。たとえ骸骨になって見つかったとしても、二体ある。だから、なんでも分け合うのだ、と。
 女の子の名前は、アーヤといった。ベルベル人で、フランス語がいくらかしゃべれる。苦手な英語は、ほんの少ししかわからない。
 ふたりは協力して、水を作り、亀や魚をつかまえて生きのびようとする。そして、お互いの言葉を覚えようと努力した。
 アーヤの叔父は、れっきとした語り部だという。ビルは、お話ではお腹いっぱいにならないと思う。そんなビルにアーヤは、シェヘラザードはもう一日生き延びるために、物語を語ったのだと力説した。
 ビルはシェヘラザードを知らない。アーヤがシェヘラザードの話をしてくれるが……。

 児童文学。
 ビル視点の一人称。
 そのため、ビルが眠っているときのこと、気を失っていて目撃していない間の出来事は書かれません。
 ひとりでの漂流が堪えて、ふたりのほうがいいと判断したビルはえらい。実際、サバイバル能力はアーヤのほうが上で、ビルがアーヤを見殺しにしていたら、缶詰を食べ切ったところで終わっていたと思います。島にたどり着くこともなかったでしょう。
 読みながら、なんという傑作だろうと感嘆していました。
 途中までは。
 終盤の展開の評価は好みの問題なので、気になる方は、ぜひ読んで確かめてもらいたいと思います。

 ところで、本作のウリは物語の力。お腹をいっぱいにすることができなくても、物語が、ビルの心を救います。そのため、読む前はたくさんの物語がでてくると予想してました。
 その点では拍子抜け。シェヘラザードと、シェヘラザードの語った物語がいくつか。それだけでした。数ではないのですが。


 
 
 
 

2021年10月25日
R・A・ラファティ(井上 央/訳)
『トマス・モアの大冒険 −パスト・マスター−』青心社

 〈黄金のアストローブ〉は、人類が最高の理想に基づいて作りあげた。およそ百年前、その〈アストローブ〉の崩壊が始まる。
 かつて〈アストローブ〉は、隅から隅まで美しく磨き上げられていた。いまではどうだ? 前世紀の遺物である悲惨と貧困が生き残っているかのような地域が幅を利かせている。
 〈バリオ〉や〈猫がしら〉といったような世界だ。易々と生きられる〈アストローブ〉を捨て、多くの人々が、過酷な世界に身を投じていく。どういうわけか、自ら辛酸を熱望しているのだ。
 これまで人類は2度のチャンスを与えられてきた。もし〈アストローブ〉でも失敗すれば、これが人類の最後になってしまうかもしれない。
 世界に迫りつつある破滅をなんとかするための大使命が、秘密顧問委員会に託された。〈アストローブ〉の3人の大立者に。
 大きすぎる富をたくわえた男コスモス・キングメーカー。恵まれすぎた運を思いのままにする男ピーター・プロクター。良すぎる頭を抱えた男フェビアン・フォアマン。
 話し合った3人は、フォアマンの提案を採用する。
 フォアマンの提案とはこうだ。世界大統領候補者として、地球の過去の世界からトマス・モアを連れてくる。世界を救ってもらうために。
 この男は最後の最後の時に、一瞬だけ、心の底から正直になった。トマス・モアならば、過去から来た救世主(パスト・マスター)として、この世界の破滅への歩みを押し止められる。さらには世界の進行方向を反対にできるはずだ。
 フォアマンは飛行士ポールに、トマス・モアを連れてくるよう命じた。
 ポールは、皮肉が人間の体を手に入れて歩いているような男だ。巨体を抱え、タフで、すばしこく、寡黙。外見は残忍そのものだが、優しい心をした男。それがポールだった。
 プログラム殺人機はポールの名前を、〈アストローブ〉の理想に敵対し死刑を宣告されたもののリストに列ねている。そのポールが、〈アストローブ〉の理想の最高の守護者たる秘密顧問委員会から与えられた任務に着こうとしていた。
 ポールは地球へと旅たち、トマス・モアを連れてくるが……。

 終末期SF。
 要素てんこもり。軽い読物であるように見せかけて、おそろしく深いです。深いんですけど、タッチは軽い。その相反するスタイルがラファティなんだろうなぁ、と。
 登場人物のそれぞれが、まったく異なる背景と思想を持っていて、次々と披露されていきます。少々、読むのに手間取りました。

 なお、ラファティはカトリック信者。
 トマス・モアも同様。英国国教会を創設したヘンリー8世と対立して処刑されました。死後400年に政治家と弁護士の守護聖人として列聖されてます。『ユートピア』の著者。


 
 
 
 

2021年11月01日
デイヴィッド・ジンデル(関口幸男/訳)
『ありえざる都市』全三巻
ハヤカワ文庫SF1099〜SF1101

 〈虚無〉の紀元2929年、パイロット長官のレオポルド・ソリが帰還した。
 〈虚無〉は、位相空間を貫通している道筋が紐の堅いこぶのようにもつれ、閉道となっているところにある。かつては、そうした空間のこぶはごくまれにしか、あるいはまったく存在していないと信じられていた。そんなわけで〈虚無〉と名づけられた。
 ソリの航宙は、これまでの最長となる25年。だれもが、かれは死んだと思っていた。位相空間の漆黒のベールに呑みこまれてしまったか、ヴィルドの爆発する星々に焼き焦がされてしまったのではないか、と。
 そのソリが帰還した。イエルドラ人からのメッセージを携えて。
 謎の種族であるイエルドラ人は、銀河系に自分たちのDNAを播いた存在。ソリは、星々の密集した、重力の漆黒の淵から発せられるレーザー・ビームを受信したが、それがイエルドラ人のメッセージだった。
 かれらは、特異点に自分たちの集合自己、意識を投影していたのだ。それによると、人類の不滅の秘密は、人類の過去と未来にあるという。追及すれば、生命の秘密が発見でき、人類は救われる。
 人々は歓喜にわき、遠征が計画される。
 マロリー・リンゲスは21歳。数日後にパイロットの宣誓をすることになっている。ソリの甥にあたるが、血はつながっていない。
 ところがマロリーは、ソリの息子と間違えられるほどよく似ていた。そのことでは、とても嫌な思いをしてきた。マロリーは初対面のソリと仲違いし、不必要な宣言をしてしまう。
 エタ・カリナ星雲の先まで航行し、ソリッド・ステート・エンティティへ進入することを誓ったのだ。エンティティは、最高のパイロットですら失敗している。帰ってきたものはいない。
 正式にパイロットとなったマロリーは〈虚無〉を出発するが……。

 遠未来数論SF。
 マロリーの回想録。宇宙航行が数論ベースになっていて、パイロットには数学的才能が求められます。
 位相空間とはなんなのか、理解できないままに読んでしまいました。位相空間の最大の課題が連続帯仮説で、証明できれば、任意の星から任意の星まで一度の降下で写像を定めることが可能となるそうです。写像ってなんだろうな、と思いつつ、雰囲気だけでも楽しめました。
 マロリーの母モイラがキョーレツ。毒があるというか、アクが強いというか。すごく嫌な感じの自己中人間。とはいえ、物語を動かすのに必要不可欠な存在で、モイラの言動で物語は展開していきます。
 回想録ですから、当然、エンティティへの遠征は成功します。マロリーは、イエルドラ人のいう秘密が、人類最古のDNAに書かれていることを突き止めます。
 そこで、アラロイ人のDNAを不法採取する話になります。
 アラロイ人は、文明人とネアンデルタール人のDNAを接合して誕生した人種で、文明の腐敗と悪とを嫌い、大自然の中で穴居生活をしています。マロリーは、アラロイ人が人類最古のDNAを受け継いでいると考えたんです。充分な数のDNAを集めるため、整形してアラロイ人に成り済まし、集落に潜入します。
 そういうわけで、途中から原始人小説になります。
 そもそも〈虚無〉すら、あえて便利なことを捨ててきた社会で、遠未来とは思えないところがあります。何度も若返ったりDNAをいじくったりするだけの科学技術がある一方で、都市の中で即時通信手段がないなど、アナログな部分を残してます。
 ときには独特な社会もいいですね。

 なお、タイトルの〈ありえざる都市〉は、集合論者たちによる〈虚無〉の別名です。


 
 
 
 

2021年11月02日
サン=テグジュペリ(浅岡夢二/訳)
『星の王子さま』ゴマブックス(Kindle版)

 ぼくが熱帯にいるボアのことを知ったのは、6歳のころでした。ヘビのボアは動物をまるごと呑み込むと、ゆっくり、ゆっくり消化します。
 わくわくしたぼくは、象を消化している大ヘビの絵を描きました。ところが大人たちは、帽子の絵なんか描いていないで勉強したほうがいい、と言うのです。そのときぼくは、画家になるのをあきらめました。
 ぼくの人生は、6年前に大きく変わりました。
 飛行機のパイロットになったぼくが、サハラ砂漠の上空を飛んでいたときのことです。飛行機のエンジンが故障して、ぼくは砂漠の真ん中に不時着しました。
 自分一人で飛行機を修理して、なんとかして脱出しなければなりません。一週間分の飲み水さえ充分にはなく、生きるか死ぬかの瀬戸際でした。
 明け方、ぼくは、それまで聞いたことのない不思議な声で起こされました。びっくりして飛び起きると、不思議な恰好をした男の子が、ぼくをしげしげと眺めていました。
 男の子は、ヒツジの絵を描いてほしいと言います。6歳で画家をあきらめたぼくは、これまで絵を描く練習をしてきませんでした。ヒツジを描いたことはなく、どうやって描けばいいのかわかりません。
 そこで、ぼくが人生でいちばん最初に描いた絵を描きました。あのボアの絵です。その絵を見た男の子は言いました。
 象を呑んだヘビの絵なんかほしくない。
 こうしてぼくは、星の王子さまと知り合ったのです。
 男の子は、小さな小さな星からきた王子さまでした。その星はあまりに小さくて、ちょっとでもまっすぐ歩いたら、すぐもとの場所に戻ってしまいます。そんな小さな世界で一輪のバラのことが信じられなくなって、王子さまは旅立ってしまったのです。
 星の王子さまは、6年前に、ヒツジといっしょに自分の星に帰りました。王子さまとともだちになったぼくは、彼のことを忘れたくないので、お話を書きました。 

 童話。
 15年ぶりの再読。日本での版権が切れているため、いろんな人が翻訳してます。
 15年前にはいろいろ読み比べたいなどと言ってました。前回とはちがう訳者さんですが、さすがに忘れていて、読み比べにはなってません。残念ながら。

 『星の王子さま』というと、作中の「大切なことは目に見えない」のフレーズが取り上げられがち。それも重要ではありますが、主人公と同じもの(象を消化しているボア)を見ていたのが印象的です。
 王子さまの見えないものを見る能力、すごいですね。


 
 
 
 

2021年11月07日
ナット・キャシディ&マック・ロジャーズ(金子 浩/訳)
『物体E』ハヤカワ文庫SF2250

 ダコタ(ダク)・プレンティスは、クイル・マリンの警備主任。元レンジャーで、雇われて8年になる。
 11年前の夜。アーサー・クイル海軍基地に、小型宇宙船が落ちてきた。海軍基地はその2年後に民営化され、クイル・マリンとなる。
 クイル・マリンを運営しているのは、巨大防衛企業シエラ・コーポシーション。小型宇宙船は〈物体E〉と名づけられ、まわりに建物が建てられた。以来、極秘の研究が続けられている。
 〈物体E〉の内部には、謎の装置〈ハープ〉があり、エイリアンがいた。
 エイリアンは生死不明。標準的なエイリアンににそっくりだが、胴体を、コケのようなものにおおわれている。ふれると暖かく、生命活動の兆候らしいものはないが、死んでいると断定できずにいる。
 〈ハープ〉は、保護絶縁体でおおわれているエンジンルームに固定されていた。ときどき作動しては、電力と人間の生命力を吸収する。間隔は、およそ100時間ごと。
 〈ハープ〉がうなりをあげてよみがえると、居合わせた人間は放心状態に陥ってしまう。すわりこんで宙の一点を見つめ、なにもしようとしなくなるのだ。回復はしない。そうなったら殺さなくてはならなくなる。
 クイル・マリンでしくじったら、錯乱したら、それでおしまい。
 ダクも、たくさんの書類に署名して、縛られていた。クイル・マリンが雇うのは、失うものがなにもなく、切るに切れないきずながなく、行くあてもない人間だ。秘密を知った以上、それまでの生活にはもう戻れない。
 ある日クイル・マリンに、マット・セーレムが配属されてきた。タグの新たな部下となる。出身は、海軍特殊部隊。
 ダクはマットに、どうしようもなく惹かれてしまう。マットは、大きくて熱意に満ちた目をしていて、美しく、同時に迷子の子犬のようなかわいさもあった。
 契約書には、交際禁止条項がある。友人関係すらご法度だ。ダクは、自分を抑えようと必死になる。
 そんなころ、トリップ・ヘイドンの視察が入ることになった。シエラ・コーポシーションのオーナーの息子だ。ヘイドンは、エイリアンの現金化を考えているらしい。そして〈ハープ〉に興味を持っている。
 ヘイドンから無理難題をおしつけられ、ダクのストレスはたまる一方。マットと一線を越えてしまうが……。

 宇宙人ものSF。
 ロジャース脚本のポッドキャスト・ドラマを、キャシディが小説にしたもの。ノベライズ特有のぎこちなさは感じなかったです。
 ダクの一人称で「あなた」に語りかけるスタイル。「あなた」というのがマットのこと。ダクは、あのとき自分は死んだのだと、死後の世界について語ります。
 なんといっても、脇役たちが魅力的。とりわけ、エイリアン部門の責任者のロイド博士。ダクはうんざりしてますが、教えたがりのロイド博士のおかげで、読者もいろいろと知れるようになってます。
 まったく期待しないで読んだからか、なかなか楽しめました。
 あとから考えると、いろいろおかしなところはあります。気にしないのが一番。


 
 
 
 

2021年11月14日
ヤン・マーテル (唐沢則幸/訳)
『パイの物語』竹書房

 ピシン(パイ)・モリトール・パテルの父は、インドのポンディシェリで動物園を経営していた。
 動物園は文化施設だ。さして儲かる事業ではないが、公共図書館や美術館と同じように人々の教育や科学に貢献している。
 政変があったとき、父はカナダへの移住を決めた。政治が悪化すると動物園経営をも傾くことになるからだ。こうしてポンディシェリ動物園は、あちこちの動物園に動物たちを買ってもらい、店じまいをした。
 1977年6月21日。
 パイとその家族、それに売られた動物たちは、パナマ船籍の日本の貨物船〈ツシマ丸〉で、マドラスを出航した。マドラスからベンガル湾を横切り、マラッカ海峡を抜け、シンガポールをまわりこんで、まずはマニラた。パイは、動物の世話で休む間もない。だが、船がこんなにわくわくするものとは思っていなかった。
 マニラを出航すると、太平洋に入った。その4日後、ミッドウェイ諸島への途中で、事件はおこった。
 そのときパイは、眠っていた。なにかで目を覚ましてメインデッキに上がると、風と雨の競演が繰り広げられていた。
 貨物船というのは巨大で安定した構造を持っている。造船技術の粋であり、最悪の場合でも浮いていられるように設計されているはずだ。
 安全な船内にもどった方がいいと船室に戻りかけたとき、下から水が来た。水は泡立ち、渦巻き、猛り狂っている。すぐに階段は暗い水の下に消えた。
 パイがメインデッキにもどると、そこには動物たちもいた。逃げ出したらしい。なにがどうなっているのか分からないままに、パイは居合わせた水夫たちに海に投げ落とされた。
 落ちたのは、救命ボートを半分ほど覆った防水布の上。できることはなにもない。貨物船は、ゴボゴボブクブクと音を立てながら沈んでいった。
 救命ボートは、深さ1メートル5センチ。幅2・4メートル、長さ7・8メートル。最高32人まで乗れるらしい。
 今ではパイの他に、リチャード・パーカーが乗っている。
 リチャード・パーカーは、3歳の大人のベンガルトラ。生後3ヶ月くらいのとき動物園にやってきた。200キロの巨体は、鼻先から尻尾の先までで、ボート三分の一を占めてしまう。
 リチャード・パーカーは、とても一緒にボートに乗りたい相手ではない。幸いパイには、トラの調教の知識がある。
 パイは、なんとかして生きのびようとするが……。

 漂流もの。
 三部構成ですが、パイという人物紹介の第一部と、後日談の第三部は短め。漂流記の第二部が物語の大部分を占めてます。
 トラのリチャード・パーカーは、正体を伏せられた状態で登場します。とはいえ、トラと一緒の漂流記が売り文句なので、表紙を見た瞬間にバレているし、あらすじにもばっちり書いてある状態。人名のような名前にも由来があるのですが、作者は本当は、読者を驚かせたかったんでしょうね。


 
 
 
 

2021年11月21日
レックス・ゴードン(井上一夫/訳)
『宇宙人フライデイ』早川書房

 イギリス人のゴードン・ホルダーは発火技師。オーストラリア砂漠のどまんなかのウーメラで、ロケット開発に参加していた。
 上層部は、せいぜい30トンかそこらの、きまった軌道のロケットだと思っている。その実、開発しているのは、高さ200フィートのM76号ロケット。視察に来る政治家や大蔵省の役人、一緒にいる保安管理員の目をも欺いてきた。そうしなければ予算がおりない。
 M76号がうまく飛んで、火星に行って写真を撮ってこられれば、世界的な関心が起こるだろう。そうなれば、もう一台を作れるようになるはずだ。
 ホルダーは、燃料係りの技師として、最初に乗り込む7人のうちのひとりに選ばれる。
 地球を飛び立ったロケットだったが、トラブルが発生してしまう。外部に設置していた垂直離陸偏向板が原因らしい。
 ロケットには、二重に気密障壁のついた気密室と、完全装備の宇宙服がひと組ある。ホルダーは志願して、ロケットの外に出た。
 修理はうまくいった。ところが、船内の誰かがヘマをした。気密室の操作を誤ったのだ。
 気密室で入船できるのを待っていたホルダーは、ロケットからはじき出されてしまう。かろうじて電話コードが命綱となった。ロケットを見ると、内側のドアも外側のドアも両方とも大きく開いている。
 今やロケットは棺桶となったのだ。
 ホルダーには、軌道を計算することはできない。そもそも、ひとりでこのロケットを扱える人間はいない。当初の目的そのままに、火星に向かうしかなかった。
 火星に不時着したホルダーは、生きのびるために火星調査をはじめるが……。

 火星SF。
 1956年の作品。
 24年前に抄訳版を読んでます。抄訳版では、いきなり火星到着からはじまっていたと思います。その前にもいろいろありました。いろいろあっても、そんなに長くないですが。

 漂流ものの一種ということで、デフォーの『ロビンソン・クルーソー』と比べられるかと思います。そもそもタイトルからして『ロビンソン・クルーソー』がネタ元ですし。
 作中でもたびたび言及されます。その都度解説が入るので必読ではないですが、読んであると理解が深まると思います。


 
 
 
 

2021年11月22日
スコット・フィッツジェラルド(村上春樹/訳)
『グレート・ギャツビー』中央公論新社

 ニック・キャラウェイは、アメリカ中西部の生まれ。
 1915年にイェール大学を卒業したが、ほどなくして世界大戦に巻き込まれてしまう。その後、帰国したものの、いまひとつ気持ちが落ち着かない。
 かつては、中西部を世界の中心のように思っていた。それが、だんだんみすぼらしく見えてきたのだ。そこで、東部に行って証券の仕事を勉強してみようと思い立った。
 1922年のことだった。
 ニックは、ニューヨーク郊外に一軒家を借りた。ニューヨークから20マイルほど離れていて、電車通勤できる地域だ。
 このあたりは、ウェスト・エッグと呼ばれていた。借りたのは、かなりくたびれた安造りのバンガロー。
 対して、隣接している屋敷はまさに壮麗だった。40エーカーを超える芝生の庭が広がっている。借景として申し分ない。
 この豪勢な屋敷の主は、ジェイ・ギャツビー。エレガントだがどこかに粗暴さのうかがえる若い男。ギャツビーは、とても注意深く言葉を選んでしゃべる。どこの出身で、どういう仕事をしているのか誰も知らない。
 ギャツビーは、たびたび盛大なパーティーを開いた。ニックは隣人として正式に招待されて以来、友だち付き合いをしている。
 海峡を挟んで反対側には、高級住宅街イースト・エッグがあった。
 イースト・エッグには、大学時代からの知り合いであるトム・ブキャナンが住んでいる。その妻のデイジーは、再従弟の子供だ。ふたりには、3歳になる娘がいる。
 トムの屋敷は、うきうきするような赤と白のジョージ王朝風コロニアル様式だった。ニックには、すべてがうまくいっているように見える。ところがトムは、ニューヨークに愛人を囲っているという。 
 ほどなくしてニックは、ギャツビーから頼み事をされた。
 実は、ギャツビーとデイジーは、かつて恋人同士だった。デイジーには、ギャツビーを待っていることができなかった。そして、トムと結婚してしまったのだ。
 ギャツビーがあの家を買ったのは、湾を隔ててデイジーの家の向かい側にあるから。今でもギャツビーはデイジーのことを想っている。
 ニックはギャツビーから真剣に頼まれた。デイジーを、いつかのお昼、自宅に招待して、自分も顔を出させてもらえないだろうか、と。デイジーに自宅を見せたいのだ、と。
 ニックは承諾してデイジーを招待するが……。

 ニックによる、ギャツビー回想録。
 あとで明らかになったことを断ったうえで先に書いたり、巧みな構成にうなりました。
 ギャツビーは、とても多感で純情な好青年。ただし、ヤバい仕事をしているのがひしひしと伝わってきます。
 デイジーは裕福な良家の出身で、ギャツビーはそうではない。アメリカにもある階級問題が漂ってます。名作ですけれど、そういう雰囲気があることを分かったうえで読む本かな、と思います。

 物語とは関係ないですが、大恐慌は1929年。ニックのその後が気になります。その後に思いを馳せられる物語って、いいですね。


 
 
 
 

2021年11月25日
ジョン・グリシャム(村上春樹/訳)
『グレート・ギャツビーを追え』中央公論新社

 F・スコット・フィッツジェラルドは、20世紀のアメリカ文学を代表する作家。ただ、存命中はさほど人気はなく、1940年に心臓発作で亡くなった。44歳だった。
 遺児のスコッティーは、オリジナルの原稿など貴重な「文書」を、フィッツジェラルドの母校であるプリンストン大学に寄贈した。いまでは、値のつけようもない、貴重きわまりないものとなっている。
 その世界に5点しかない直筆原稿が、強奪された。
 それから6ヶ月。
 マーサー・マンは、31歳。悩める作家。生きていくためにノース・キャロライナ大学の非常勤講師として働いていたが、失職することが決まっている。
 マーサーの24歳のときの処女長編『十月の雨』は、批評家たちから評価され売り上げはなかなかのものだった。その次の短編集『波の音楽』も絶賛された。だが、次の長編が書けない。すでに締め切りを3年経過している。
 そんなとき、イレイン・シェルビーから仕事のオファーを受けた。フィッツジェラルドの直筆原稿をとりもどすのに協力してほしいというのだ。
 イレインの組織はいくつかの糸口を掴み、ブルース・ケーブルがフィッツジェラルドの原稿を所有していると掴んだ。ただし、証拠はない。今のままではFBIは動けない。
 ケーブルは、カミーノ・アイランドのベイ・ブックスという書店のオーナー。全米でも有数の独立系書店に数えられ、業界では有名人。また相当なやり手でもある。現代文学の初版本の熱心なコレクターだが、盗まれた書籍の取引に手を染めていることでも知られている。
 イレインたちは、稀覯本を使ってケーブルに近づこうとした。しかし失敗し、逆に警戒させてしまった。そこでマーサーに声をかけたのだ。
 マーサーの一族は、カミーノ・アイランドに海辺のコテージを所有している。マーサーがコテージに帰ってきて、新しい長編小説を書こうとしてもなんの不思議もない。地元の作家たちと近づくのも自然だ。その先には、書店主のケーブルがいる。
 マーサーが依頼されたのは、情報を集めることだけ。金に困っていたマーサーは仕事を引き受け、カミーノ・アイランドへと赴くが……。

 稀覯本系サスペンス。
 全8章のうち、第1章で強奪団の仕事ぶりが書かれ、第2章でケーブルの詳細が語られ、主人公のマーサーが登場するのは第3章から。ずいぶん回りくどい構成にしたな、というのが正直なところ。
 ただ、きちんと割いただけあって、強奪団も直筆原稿を現金化して終わり、というわけではなく、ちょこちょこ登場します。それに、ケーブルの過去が分かっているおかげで楽しめる部分もあると思います。
 マーサーの足がカミーノ・アイランドから遠のいていたのは、祖母テッサの事故死が関わってます。通常のミステリなら、テッサの謎の死になにかを付け加えると思うのですが、今作ではそういうのはなし。
 ミステリを期待すると拍子抜けするかもしれません。
 読みどころは、悩める作家のマーサーと、やり手の書店主ケーブルとの駆け引きでしょうか。


 
 
 
 

2021年11月30日
ラリーン・ポール(川野靖子/訳)
『蜂の物語』早川書房

 フローラは〈到着の間〉で目覚めた。
 フローラは働き蜂だった。族名が植物(フローラ)で、番号は717。最下層の衛生蜂だ。
 生まれながらにするべきことを心得ていたフローラは、早速片づけに取りかかる。巣房は、遠くまでえんえんと続いていた。そこで騒ぎが持ち上がる。
 黒集団の刺のついた籠手は警察の証。警察蜂は、一匹の若蜂をその場で処刑した。
 奇形だったのだ。まだ濡れている翅の4枚の膜のうち、1枚の縁がしなびていた。奇形は許されない。
 フローラも警察から目をつけられてしまう。大きすぎたのだ。処刑されそうになるフローラを助けたのは、シスター・サルビアだった。
 巫女であるサルビア族は、女王と同じ高貴な族の一員。秘密の実験をするのだという。フローラはシスター・サルビアにつれられて、〈育児室〉へと向かった。
 雨つづきの天候不順で、花は咲く前に枯れ、外役蜂は仕事ができずにいる。蜂たちは飢え、赤ん坊がみな死ぬとまで噂されていた。〈育児室〉でも、前回の検査から6匹の育児蜂を失っている。
 フローラが幼虫の温かいにおいに刺激されると、両頬がぴくぴくと脈動し、口の中に甘い汁が満ちはじめた。衛生蜂が王乳(ロイヤルゼリー)を出せるとは、育児蜂は思いもしなかった。現在の巣は異例の状況にある。みなが協力しなければならない。
 フローラは〈育児室〉で働きはじめた。
 〈太陽の鐘〉が鳴ると〈育児室〉では、新しい千個の卵が清らかに整然とベッドに寝かされる。〈育児室〉の全員が〈不死なる母の豊穣〉を称える歌を口ずさみ、〈太陽の鐘〉がもう三回鳴ると、卵は孵化して幼虫となる。
 授乳は、幼虫の体が変化して甘いにおいがただよいはじめるまでの三日間。乳離れした幼虫は〈第二区〉に移される。
 やがてフローラの両頬からなにも出てこなくなり、シスター・サルビアの実験は終わった。〈育児室〉にいられなくなったフローラだったが、衛生蜂に戻ることもなかった。規格外の大きな体から外役蜂に抜擢されたのだ。
 フローラは賢明に蜜を集めていく。その一方、奇形が生まれ続け、不穏な空気が広がっていくが……。

 衛生蜂フローラの一生。
 擬人化されてますが、蜂の生態がベースになってます。そのためフローラのいる世界は、全体主義で、女王を頂点にした階級社会。別格で、数少ない雄蜂たちがいます。
 合言葉は〈受け入れ、したがい、仕えよ〉。
 フローラは教えられていなくても〈教理問答〉の文言を唱えられます。それがいかにも蜂っぽい。随所にはさまれる祈りの言葉に、ときどき「アーメン」がくっついているのには、さすがに違和感がありましたが。
 フローラが卵を産んで隠そうとしたり、ある秘密が終盤で明らかになったり、起伏のある物語でした。擬人化されている分、昆虫っぽさは薄らいでいるので、蜂好きでなくても、楽しめると思います。

 
 

 
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