《ロジャー・シェリンガム》シリーズ
ロジャー・シェリンガムは、小説家。従弟のアントニイ・ウォルトンと旅行に行くつもりだった朝、〈クーリア〉紙の編集長から仕事を頼まれる。ロジャーが依頼を受けることに決めると、アントニイも旅行をキャンセルした。
目的地は、ハンプシャー。
つい先日、ラドマス湾の崖からご婦人が転落死した。検死審問の評決でも事故死とされたが、ここにきて、ただの事故ではない疑惑が浮上しているらしい。
現地で、スコットランド・ヤードのモーズビー警部がうろついているのだ。モーズビー警部は、ここ10年の重大な殺人事件にはほとんど関わっている。ただの事故死に駆り出されるような人物ではない。
亡くなったのは、エルジー・ヴェイン。28歳。年が離れている夫は、趣味で科学をやっているお金持ち。屋敷には、夫妻と使用人たちの他、夫人の従妹のマーガレット・クロスも暮らしている。
その日、夫人とマーガレットは散歩に出かけた。その帰り道に事件が起こる。
夫人は、ラッセル夫人の家に寄るため別れた。マーガレットは夫人に言われた通りにその場で待っていたが、1時間半近く経っても戻ってこない。やむなくひとりで帰宅した。
夫人が見つかったのは、崖の下。転落死だった。夫人は、ラッセル夫の家には現われなかったらしい。
ロジャーとアントニイは村に滞在し、事件をさぐる。
夫人が落ちたのは、特に幅が広い岩棚だった。偶然人が転落するようなところではない。しかも、ジャンプしたのか、誰かに押されたのか、崖の真下から数フィートばかり離れていた。小径には二組の足跡が残り、夫人が誰かと一緒だった可能性をうかがわせていた。
モーズビー警部は、マーガレットを疑っているらしい。夫人は相続人としてマーガレットを指定していた。そして、夫人の右手には、大きなボタンがしっかりと握りしめられていた。マーガレットが散歩に出かけたときに着ていたスポーツ・コートのボタンを。
個人的にマーガレットと知りあったアントニイは、一目惚れしてしまう。
ロジャーもマーガレットの無実を確信するが……。
《ロジャー・シェリンガム》シリーズ3作目。
このシリーズは、探偵役であるロジャーが、人の心の動きを元に推理していくのが特徴。
今作ではとりわけ、モーズビー警部への対抗心がクローズアップされてます。推理合戦が繰り広げられる……といいますか、ロジャーの空回りといいますか。
いろんなものが出そろってから推理するのではなく、その段階で判明した事実を元にして語られます。そのため、新事実が出ることで、二転三転していきます。
ミステリをよく読んでいる人ほど、唸りそうです。
2021年08月24日
エドゥアルド・ヴェルキン(北川和美/毛利公美/訳)
『サハリン島』河出書房新社
第三次世界大戦により、世界は終了した。
はじめは、核ミサイルの応酬だった。世界の大国小国が混在していた場所には、熱い放射能に汚染された空っぽの地が広がった。さらには、移動式発射台からの砲撃も続けられた。
最初のミサイルから2ヶ月。
朝鮮半島に最後のミサイルが落ちた。そして、移動性恐水病(MOB)が勢いよく表に出てきた。
MOBは、軍事遺伝子工学の産物。空気感染はせず、感染者との接触でうつる。MOBがハバロフスク地方一帯に広がると、中国人とコリアンはサハリンに逃げた。そのとき居住していたロシア人は、ほとんどが殺されてしまった。
世界大戦を耐え抜くことのできた工業国は、日本だけ。日本では帝政が復活し、鎖国体制に入っていた。日本はサハリンとクリル列島に近衛部隊を送り、保護領とした。
現在のサハリンは、人口約2000万人。
島民は3つのグループに分けられる。
刑務所もしくは集落で服役している徒刑囚。サハリンは監獄の島なのだ。
もうひとつは、条件付き自由民。彼らは、戦前、戦中に島へと逃げてきた。モネロン島に設けられた選別収容所を経てきた中国人や、ごく少数のコリアンもいる。
最上位は、自由民。官僚や刑務所の管理職、軍人、エンジニアや技術者たち。大多数が日本人だ。自由民だけが、望めばいつでも日本に帰れる。
シレーニは、日本人を父に、ロシア人を母に持つハーフ。東京帝国大学の哲学科に入り、未来学を専攻。応用未来学研究室のオダ教授の指導をあおぎ、未来学者となった。
サハリン島への訪問機会を得たシレーニだったが、サハリン島のことはなにも知らない。知らないことが重要だった。
事前に情報を入れると色眼鏡で見てしまう。代わりに、噂や伝説、憶測について蒐集した。伝説上のサハリンと実際のサハリンの不一致こそ、応用未来学の素材となる。
シレーニは船旅を経て、南のホルムスクに上陸した。そこから北部のアレクサンドロフスクへと向かう予定だ。
形式的に知事を訪問したシレーニは、随行者を押しつけられてしまう。現地人の意見を耳にすることで、情報が歪められる可能性があった。シレーニは辞退しようとするが、危険もあり、断りきることができない。
こうしてシレーニの前に現われたのが、アルチョームだった。
シレーニは計画に従い、アルチョームをつれてサハリン島の監獄を訪れるが……。
終末もの。
400ページ程の、長い長い物語。シレーニの一人称で語られます。いくつか、アルチョームが語る章もあります。
アルチョームは〈銛族〉のひとり。珍しくロシア系。〈銛族〉はサハリン島で、警察のような役割を担ってます。
当初は、知られていない地域を旅するドキュメンタリーのようでした。現在とは価値観がまったく違います。同じ世界で生きているシレーニもびっくり。
異様なサハリン島を巡って、ひととおり紹介する話なのかなって思いはじめたころ、物語が大きく様変わりします。ドキュメンタリーであることは変わらないのですが、雰囲気は一変。冒険が繰り広げられます。
宣伝文句は「この10年で最高のロシアSF」。
ロシアは日本の隣国なんですよね。英米文学だと、こういう日本は出てこないだろうな、と思います。すごく新鮮でした。
2021年09月01日
ホメロス(松平千秋/訳)
『オデュッセイア』上下巻/ワイド版岩波文庫
トロイア戦争が終結して10年。
勝利したアカイア勢はほとんどが、死ぬか帰国するかできている。ところが、ゼウスの末裔にしてラエルテスが一子、知略縦横のオデュッセウスは、いまだに故国イタケを遠くはなれ放浪の身。帰国の道を妨げられていた。
眼光輝く女神アテネはオリュンポスの主ゼウスに、オデュッセウスを国許へ帰らせてやるべきではないかと進言をした。そもそもオデュッセウスは、故国の棟木高き屋敷へ戻り、親族と再会する定めになっている。
アテネの訴えを聞き入れたゼウスは、アルゴス殺しのヘルメイアスをオデュッセウスのいるオギュギエへ遣わす。そしてアテネには、オデュッセウスの子テレマコスの面倒をみてやるように命じた。
早速イタケに赴いたアテネは、賢明なアンキアロスの息子、タポス王メンテスの姿をとり、オデュッセウスの古い友人をよそおう。
イタケ王オデュッセウスの屋敷には、その妻ペネロペイアへの求婚者が押しかけて久しい。屋敷の主はまったく跡形もなく行方知れず。生死が分からないため、ペネロペイアは求婚者たちを拒むことも受け入れることもできずにいた。
神とも見紛うテレマコスは、求婚者たちも母のことも苦々しく思っていた。求婚者たちは、近隣の豪族たちやイタケの島で権勢をふるう者たちだが、来る日も来る日も、群れなす羊、角曲り足をくねらす牛を屠り啖っている。どこぞから父が立ち返り、屋敷内の求婚者どもを蹴散らして領主の地位を取り戻し、再び自領を治める日を夢みていた。
メンテスの姿をしたアテネは、オデュッセウスの噂をテレマコスの耳に入れ、叱咤激励する。テレマコスは、オデュッセウスの消息を求めて旅立つが……。
一方オギュギエでは、髪美わしき仙女カリュプソに黄金の杖持つヘルメイアスが、ゼウスの命令を伝えていた。
美貌の女神カリュプソは、ひとり海に漂うオデュッセウスを助け、いずれ不死を与えて夫にするつもりでいた。しかし、ゼウスの命令には逆らえない。渋々、準備を整えさせて船出させてやった。
実のところオデュッセウスの帰国が遅れているのは、大地を支えるポセイダオンが腹を立てているため。オデュッセウスは、ポセイダオンの息子であるキュクロプス一族のポリュペモスを盲いにしたのだ。オデュッセウスの帰国が不可避であることはポセイダオンも承知しているが、怒りはおさまっていない。
ポセイダオンは、オデュッセウスの邪魔をしてやろうと嵐を起こすが……。
古代ギリシアの英雄叙事詩。
トロイア戦争の物語だった『イリアス』の続編。大雑把にいえば、英雄オデュッセウスが10年かけて帰国して、大暴れする物語。
小説よりも戯曲に近い雰囲気です。吟遊詩人が物語の一部を抜きだして語ることもあったためか、アテネのゼウスへの進言は2回ありますし、何度か同じセリフが出てきたりします。
読んでみると、意外と構成が凝っていて驚きました。
最初に語られるのは、テレマコスの物語。オデュッセウスがイタケを出発したときには子どもだったテレマコスは、本作で大人へと成長します。トロイア戦争に10年、帰国するまでに10年、と思うとかなり遅咲き。ゼウスの末裔なので、長寿という裏設定があるのかもしれません。
一段落ついたところで、いよいよ物語はオデュッセウスへ。
カリュプソの元から旅立ったオデュッセウスは、パイエケス人の国スケリエ島にたどり着きます。(このとき出会うのが王女ナウシカア)オデュッセウスの10年に渡る冒険の数々は、パイエケス人を前にしてオデュッセウスが語ることで紹介されます。
パイエケス人によってイタケへと送り届けられたオデュッセウスは、アテネの助力を得て、テレマコスと合流し、求婚者たちに対峙します。ちなみに、求婚者は108人であるようです。
帰国までの10年の冒険がメインだと思っていたので、その部分がかなり圧縮されていたのが驚きでした。むしろ、イタケに帰国してからの方が長い。古代ギリシアの人たちは、異形のものに戦いを挑む姿より、人間同士の争いの方が好きだったのかもしれませんね。
2021年09月02日
R・A・ラファティ(柳下毅一郎/訳)
『宇宙舟歌』図書刊行会
10年に相当するあいだ続き、1000万人の生命を奪った戦争が終わった。この世で一番平明率直な大船長ロードストラムをはじめとする6人の大船長と、並はずれた猛者ぞろいの乗組員たちは、ついに家路についた。
ところがパケット船長が、快楽惑星ロトパゴイに寄ろうと言い出した。ロトパゴイは、帰る方向とはまったく逆。とはいえ、すぐにでも行けるところにある。
ロトパゴイはいつも昼下がり。一行は、ねっとりと甘い歓迎を受けた。砂糖を採って、船いっぱい故郷に送れそうなほどだった。
低重力の惑星の例にもれず、ロトパゴイではなんについても倦怠感がつきまとう。大気が薄いせいで、ロトパゴイはでは怠惰な生物以外は生きていけない。空気が薄いとすぐに気分がハイになる。怠惰な生活を愛する者にとっては、まさしく促進剤であった。
大船長も船員たちも、一直線に怠惰な暮らしへ落ちこんだ。
ロトパゴイがほんの数日で済むはずがない。この地こそ、すべての放浪者がたどりつく旅路の果て。いっさいの苦痛抜きで完全な快楽を味わえる世界。ここで手に入らない快楽はない。それがロトパゴイ。
天女のマーガレットは言う。嫉妬深い世界ロトパゴイは、簡単には犠牲者を逃さない。ここから旅立てるのは、百万人に一人の男じゃないと駄目。
ロードストラムは百万人に一人の男だった。
あるときロードストラムは、命がいまだかつてなかったような危険にさらされていることに気がつく。この地に残るのは危険だ。今すぐ家に帰らなければ。
ロードストラムは、この安楽な惑星においてもエネルギーの塊だった。仲間たちを叩き起こし、マーガレットも連れてロトパゴイを立ち去った。そのときにもロトパゴイは昼下がりだった。
ロードストラムと仲間たちは脱出に成功するが、どういうわけか船もロトパゴイの無気力に感染しており、ほとんど操縦不能。修理が必要な状態になっていた。
一行は手近な惑星に降り立つが……。
宇宙叙事詩。
ホメロスの『オデュッセイア』の舞台を宇宙におきかえた物語。
先に『オデュッセイア』を読んだおかげで、あのシーンがベースになっているな、と気がつくこともあれば、ここでひとりじゃないのは違和感がある、というところも。北欧神話も入ってます。
ネタ元を知っている分、終盤の駆け足っぷりが気になりました。一番の読ませどころは外せなかったのでしょうけど、帰国するまでの冒険部分だけで終わらせていても、おもしろかっただろうにな、と。
『オデュッセイア』のエピソードは、いろんな物語で引用されたり利用されたりしていて、なじみのあるものが多いです。あのネタが下敷きになっていると発見する楽しみは、その知識だけで充分得られると思います。
2021年09月05日
ケイト・マスカレナス(茂木 健/訳)
『時間旅行者のキャンディボックス』創元SF文庫
1967年。
4人の若き女性科学者が、共同生活を送りながら前代未聞のプロジェクトに取り組んでいた。
バーバラ・ヘレフォードは、核分裂の専門家。ルシール・ウォーターズは超光速、グレース・テイラーは熱力学に精通している。みんなを束ねるマーガレット・ノートンは宇宙物理学者だった。
4人は、ついにタイムマシンを完成させる。
はじめてのタイムトラベルは、1時間先の未来だった。未来の自分たちに歓待され、4人は大興奮。翌日には、一日に何回もタイムトラベルをくり返した。まさに目がくらむようだった。
マーガレットは、BBCに電話してタイムマシンの完成を伝えた。いちばん重要なのは、視聴者にいい印象を与えることだ。ところが、生中継のインタビュー中にバーバラが発狂してしまう。
バーバラは躁鬱病の疑いで精神病院に入院した。むやみにタイムトラベルをしすぎたため、24時間周期のリズムに変調をきたしたらしい。バーバラのキャリアは終わり、友情も終わった。
一方マーガレットは、タイムトラベルを独占的に運営管理する特殊法人〈タイムトラベル推進協議会(コンクレーヴ)〉を設立。会長に就任した。コンクレーヴは、特別な犯罪捜査チームまでをも内包する、政府から独立した組織として発展していく。
2017年。
バーバラに、グレースからのメッセージが届く。あの日発狂してから、接触があったのははじめてだ。
内容は、死因審問の実施通知書だった。2018年1月6日、80代の老女の変死体が発見された。氏名は書かれていない。
それを見た孫のルビー・レベロは心配になる。死んだのはバーバラではないのか。
グレースの意図はまったく分からない。それを知る唯一の方法は、グレース本人に尋ねることだ。ルビーはグレースに接触しようとするが……。
2018年。
オデット・ソフォラはおもちゃ博物館のボランティア。その日は、クリスマスから年明けまでの休館日明けだった。
オデットが正面ドアを開けると、強烈な悪臭が流れ出てきた。オデットは臭いをたどり、地下のボイラー室にたどり着く。血だまりの中、頭の一部が吹っ飛ばされた女性が壁にもたれかかっていた。
警察に事情聴取され、オデットが解放されたときにはすっかり暗くなっていた。オデットは、待ち構えていた女性に名刺を渡される。心理学のルビー・レベロ博士は、犯罪被害者の支援をしているという。
オデットはルビーの診察を受けるが……。
タイムトラベル・ミステリ。
よくあるタイムトラベルものと違うのは、精神面に注目しているところ。タイムトラベルには精神を狂わせる要因が潜んでいます。バーバラの発狂は分かりやすいものでしたが、実はマーガレットも、狂気に陥っています。
タイムトラベルが精神に与える影響と、殺人事件の謎が二大柱。
ルビーは、祖母バーバラを案じて未来に起こる事件を調べようとします。ルビーはタイムトラベルしませんが、さまざまな年齢のグレースが現われてルビーを翻弄しまくります。
オデットは、あの死体が誰で、どうしてあんな死に方をしたのか気になって仕方ありません。調べる過程でコンクレーヴの暗部を知り、潜入調査を試みます。
登場人物たちが意外なところで接点があったり、なかなか複雑な構成でした。ただ、本筋ではないもののタイムトラベルに関わる謎を放置したまま終わってしまったのが残念。
ルスエル・ステーションは、人口3万人の小さな採鉱ステーション。それでも、パーズラワントラック・セクター宙域では最大規模だ。かろうじて、テイクスカラアン帝国から独立を保っている。
テイクスカラアンは、5つのジャンプゲートと2週間の亜光速飛行を経た位置にあった。ルスエルにはもうひとつジャンプゲートがあり、そちらはテイクスカラアンの手が伸びていない。未知の宙域は心配の種だ。
ある日、帝国巡洋艦がやってきて新しい大使を要求した。イスカンダー・アガーヴン大使がどうなったのか、まったく分からない。死んだのか、失脚したのか、捕虜になったのか。
ルスエルとしては、従うしかなかった。
ルスエルのマヒート・ドズマーレは、テイクスカラアンの文字と言語に強い関心を抱いている。しかも、職務にふさわしい年齢に達していながらまだイマゴラインに加えられていない。新しい大使として最適だった。
イマゴこそ、テイクスカラアンも知らないルスエル最大の秘密。イマゴマシンは精密に調整された神経インプラントで、人の記憶と思考パターンの記録を残す。その人が死ぬと後継者の脳幹に移され、知識を伝える。
イスカンダーが大使となったのは20年前だ。最後に帰郷したのは15年前。そのときの記録が最後となった。それでもないよりはましだ。
マヒートはイスカンダーのイマゴを装着し、帝国の中心惑星であり首都であるシティへと赴く。心の中にいる若いイスカンダーとは、まだ多くの隙間がある。連鎖する記憶とマヒートがまとまり、ひとりの人間として働くには、もっと時間が必要だった。
シティに到着したマヒートは、司法省に案内される。
マヒートを待っていたのは、防腐剤で保存されたイスカンダーの死体。科学大臣との夕食会の席上、アナフィラキシーで死んだのだという。20年もシティで暮らして、帝国市民が食べていたものを食べていたイスカンダーが、アナフィラキシーで死んだ。
マヒートの心にいる若いイスカンダーは、パニックに陥ってしまう。そのとき、イマゴマシンになにかが起きた。若いイスカンダーは消えてしまった。
妨害工作があったのか、機械的な故障か。あるいは、感情の激変が完了していない統合をぶち壊したのか。
ひとり残されたマヒートは、イスカンダーのきわめて不都合な死の状況を調べようとするが……。
宇宙帝国もので、宮廷陰謀もの。
テイクスカラアンの文化が独特で、面白みがあります。テクノロジー一辺倒でなく、あえて物でメッセージをやりとりしたり、血で誓約を交わしたり。最先端を自負し、市民でないものは野蛮人と蔑んでます。
どういう世界なのか、つかむまでが大変でした。下巻末に用語解説がありますが、いちいち確認しながら読むというのも考えもの。分からないままに世界にひたることにしました。
再読する日がいまから楽しみです。
《ロジャー・シェリンガム》シリーズ
ロジャー・シェリンガムは、ベストセラー作家。探偵としての能力に確固たる自信を持っている。ところがこの9ヶ月、興味を掻きたてられる殺人も、女優が宝石を盗まれるといった騒動すら起こっていなかった。
ロジャーが退屈を持て余しているとき〈デイリー・クーリア〉紙の読者から手紙が届く。ドーセット州の牧師が、娘の身を案じる内容だった。
娘の名は、ジャネット・マナーズ。牧師の次女で、少しでも苦しい家計を助けようと働きに出ていた。
ジャネットは、生活の基盤を確立するまで居所は教えない、と宣言したが、ロンドンに居住しているらしい。ほぼ毎週送られてきた手紙の消印はいずれもロンドンだった。その手紙が6週間前に途絶えた。それ以降の消息は分からない。
ロジャーは犯罪学の専門家として、軽妙な語り口で〈デイリー・クーリア〉にコラムを執筆している。そのため牧師は、わらをもすがる思いで手紙を書いたのだ。
ロジャーは、礼儀正しくも痛ましい手紙に心を打たれ、力になることを決める。ジャネットの調査をすることで、探偵としての訓練にもなるはずだ。そしてまず、なんらかの事故に巻きこまれている可能性を考えた。
1ヶ月程前、駆け出しの女優ユニティー・ランサムが自殺した。サザランド街の自宅フラットで、絹のストッキングで首を吊ったのだ。
ユニティーは、二流のレビューでコーラスガールをしていた。発見したのは、同じ劇団に所属するモイラ・カラザーズ。直筆の遺書も残されていた。
ユニティーの正体がジャネットだった。ロジャーはモイラに接触して話を聞くが、ジャネットが自殺をしたことに違和感を覚える。どこかがおかしかった。
少しして、またもや若い女性が絹靴下で首を吊る事件が発生する。死んだのは、ナイトクラブの常連だったという女優。やはり現場には遺書が残されていた。
さらに、伯爵令嬢のレディー・アースラ・グレイムまでもが絹靴下で自殺した。やはり遺書があったが、不自然なものだった。
ロジャーは、レディー・アースラの検死審問を傍聴しに足を運ぶ。自殺と認定されるが、会場には、モーズビー首席警部の姿もあった。警察は、レディー・アースラは殺されたと考えているのだ。
ロジャーはモースピーに売り込み、捜査に参加させてもらうが……。
《ロジャー・シェリンガム》シリーズ4作目。
シリーズではじめて、現在進行形の事件を扱ってます。
状況的にはスリラーですが、そういう雰囲気はないです。その一方で、前作までにあった軽い雰囲気も控えめでした。ロジャーが誰かと会話することで事件を整理していく姿勢は相変わらず。
犯人については、かなり早い段階で、こいつは……となりました。が、どうやらロジャーも警察も気がついていないようす。やがてロジャーも、犯人が分かっているような行動をとりはじめますが、少々もどかしいです。
いかんせん1928年の作品。その後のミステリに影響を与えてきたでしょうから、割り引いて考えるべきでしょうね。
単独でも読めますが、ロジャーとモースビーの関係は、前作『ロジャー・シェリンガムとヴェインの謎』(9ヶ月前の事件)を踏まえたもの。知っていると楽しみが増えます。
《古王国記1》
古王国から王や女王がいなくなって200年。一時、王国は摂政がおさめた。しかし、それもうまくいかなくなり、ここ20年は無秩序が支配している。
サブリエルは、アブホーセンの娘。
アブホーセンは死霊を操るネクロマンシーだが、役割は、死者を冥界にしばりつけておくこと。死者を蘇らせ悪用するフリー・マジックのネクロマンサーとはちがう。卓越したチャーター魔術師だった。
サブリエルが古王国と〈壁〉を隔てたアンセルスティエールの寄宿学校に入学したのは5歳のとき。
アンセルスティエールは科学文明の国だが、〈壁〉のあたりではまだ魔術が力をもっている。ワイヴァリー学院は〈壁〉までわずか40マイル。希望者にはチャーター魔術も教えている。アブホーセンが学院を選んだのはそのためだった。
古王国は日に日に暗黒の中に沈んでいく。チャーター・ストーンは破壊され、死霊が跋扈している。やがては、だれ一人として立ちあがれなくなるだろう。
サブリエルは古王国に帰省することもなく、学院で成長した。
新月の夜になると、アブホーセンが自分の影を送ってよこす。そのときサブリエルは、学院では教えられないネクロマンシーを学んだ。
11月の新月の夜。サブリエルもすでに最終学年になり、父と、これからのことを話しあいたいと思っていた。アンセルスティエールに滞在したまま大学に進むのか、古王国に帰るのか。
ところがアブホーセンは、日付が変わろうとしているのに現われない。代わりにやってきたのは、化け物だった。
サブリエルは化け物と対話するため冥界に入る。実は化け物はアブホーセンの使いで、サブリエルはアブホーセンの剣と、7つのハンドベルを渡された。ベルは死霊を操るときに必要となる。ネクロマンシーが手放すことのない道具だった。
アブホーセンは冥界にいる。生の世界に戻れない状況にあるのだ。死んだか、あるいは何者かに捕まってしまったか。
サブリエルは、古王国に行く決心をする。自分にできることがあるのかどうか、わからない。父の家の場所すらわからない。それでも、案内役を呼ぶ方法を知っているし、もう一人前のネクロマンシーなのだ。
サブリエルは単身、古王国に入るが……。
児童書。
ダークファンタジー三部作の第一部。
サブリエルは、産まれたときから波乱含み。古王国の惨状は、アンセルスティエール側にも影を落としてます。
サブリエルには能力に裏打ちされた自信がみなぎってます。主人公に安定感があると、物語全体が引き締まりますね。さすがに経験値は足りてないので、そこがネックになってます。
アブホーセンの館にたどりつくまでが一段落。
家では、代々のアブホーセンに仕えてきた白猫のモゲットが待ってました。モゲットはフリー・マジックの精霊で、古代からの力を秘めた存在です。魔術で縛られて渋々従っている身なので、ちょっと意地悪。
モゲットは貴重な情報源ですが、強力な魔術で守られた大きな陰謀があり、モゲットの意志に関わらず口外することができません。知っていても話せないって、うまいな、と。
次々と危機に襲われ、最後まで飽きることなく読めました。残り二部が楽しみです。
《古王国記2》
無秩序に陥っていた古王国で王政復古がなされて14年。王と王妃が賢明に国を建て直そうとしているが、道はけわしい。
クレア族には、未来を視る力があった。起こりうる無数の未来をのぞくのが、クレア族の主な務め。その領土は、古王国の北部。地下に広がっており、氷河をなす巨大な氷解に接した山の岩盤に穴をうがって作られた。
クレア族のライラエルは、14歳の誕生日を迎えたところ。
ライラエルはまだ〈先視の力〉を授かっていない。同い年の者たちはみな〈先視の力〉をもっている。年下の子どもたちの中にも、目覚めが訪れて大人として認められた者がいるというのに。
ライラエルは、クレア族らしくない容貌にも劣等感を抱いていた。
たいていのクレア族は、金髪に浅黒い肌、瞳は淡い青か緑をしている。ところがライラエルは、肌は白く、瞳は茶色く、髪は黒い。
チャーター魔術は得意だ。これは誇れる。しかし、クレア族では〈先視の力〉がすべてなのだ。
絶望に陥っていたライラエルに転機が訪れる。大図書館で働く許しを得たのだ。
クレア族の大図書館は、何代にもわたって書き残された予言や目にした映像の記録で埋まっている。古王国中から集めた、魔術や神秘現象、古代から今にいたる知の記録も収められていた。
ライラエルは、大図書館の封印された扉が気になって仕方ない。図書館員たちが出払っているとき、扉を開けてしまうが……。
そのころ古王国の西部では問題が起こっていた。
どういうわけか、そのあたりは、クレア族にもなにも視えない。〈紅の湖〉の近くで目を曇らせているものがある。偶然かもしれないし、なんらかの力が邪魔をしているのかもしれない。
〈先視の力〉をもつ者たちは、大勢の力でのぞき視ようとするが……。
児童書。
ダークファンタジー三部作の第二部。
三部構成になってます。
第一部は、14歳のライラエルの物語。ライラエルは〈不評の犬〉と出会います。
第二部は、王政復古から19年目の物語。
ふたり主役体制。ひとりは、サメス王子。17歳前後。王位は姉のエリミアが継ぎ、自分はアブホーセンになることが決まってます。アブホーセンは冥界と深く関わることになります。ところが、冥界がこわくて仕方ない。
もうひとりの主役は、成長したライラエル。〈不評の犬〉をお供に、大図書館を探検してます。まだ〈先視の力〉を授かってません。
第三部は、ライラエルとサメス王子の物語。ようやく本題がでてきたな、といったところ。
事件はちっとも解決されず、次巻につづきます。
前作の『サブリエル 冥界の扉』は、冒頭から矢継ぎばやに事件が起こり、引き込まれました。今作は、かなりトーンダウンしてます
続編ゆえに冒頭から惹き付けなくても大丈夫、ということもあるのでしょうか。少々拍子抜け。
《古王国記3》
無秩序に陥っていた古王国で王政復古がなされて19年。復興は途上で、国民は、邪悪なフリー・マジックと、死者を操るネクロマンサーに脅えている。
北部に住むクレア族には、未来を視る力があった。ところが、西部の〈紅の湖〉のあたりは、なにかが邪魔をして視ることができない。大勢の力を結集し、ついに起こりうる無数の未来のひとつを視たとき、そこにいたのはライラエルとニコラスだった。
ライラエルはクレア族。チャーター魔術は得意だが〈先視の力〉を授かることはなかった。自分の出生の秘密を知らず、ニコラスが何者かも分からないままに旅立つ。
一方、古王国のサメス王子は、王宮を抜け出してニコラスを探していた。ネクロマンサーから逃げるうち、ライラエルと出会う。
ニコラスは、アンセルスティエールに留学していたサメス王子とは学友だった。
古王国と〈壁〉を隔てたアンセルスティエールは科学文明の国だ。アンセルスティエールでチャーター魔術が使えるのは〈壁〉に近い地域のみ。南の方では、魔法は空想だと思われている。
ニコラスも、古王国に興味を抱いているが、魔法のことはまったく信じていない。サメス王子の忠告に耳を貸さず、出迎えを待つこともなかった。古王国に詳しいというヘッジを案内人として雇っただけで充分だと考えていた。
ヘッジこそ、古王国に敵対するネクロマンサー。
ニコラスは〈紅の湖〉近くに案内される。そこには、科学の発展に寄与するものが埋まっているという。発掘したものをアンセルスティエールに運搬し実験する。そのことでニコラスの頭の中は一杯になってしまう。
埋められているのは〈殲滅者〉だった。
はるか昔、チャーター魔術創設のころ。チャーター聖賢たちは捕らえた〈殲滅者〉の霊魂を割って、ふたつの半球に閉じこめた。銀色の半球は地中深く埋められ、その上を七種の守りで覆って〈殲滅者〉を封じた。
ニコラスは、徐々に〈殲滅者〉に蝕まれてく。
そのころライラエルとサメス王子は、アブホーセンの館に逃げ込んでいた。館は急流に守られているが、奴霊たちによって包囲されつつある。いつまでも無事ではいられない。
ライラエルに従う〈不評の犬〉は、井戸の底から、地底深くにある洞穴に抜けられるはずだと指摘する。代々のアブホーセンに仕えてきた猫のモゲットは大反対。
太古の力が揺り動かされると、多くのものが目を覚ますもの。地底には、根源的な意味で危険な力の名残があるのだ。あれに見つかったらただではすまない。
しかし、他に脱出路はなかった。
ライラエルとサメス王子は地下に降りるが……。
児童書。
ダークファンタジー三部作の完結編。
三部作とはいえ、前作『ライラエル 氷の迷宮』とは上下巻の間柄にあります。本作のはじまりは、アブホーセンの館から。すでにライラエルの出生の秘密は明らかになってます。
大筋は、ライラエルが〈殲滅者〉復活を阻止しようとする話。いろんなことが起こるとはいえ、初巻の『サブリエル 冥界の扉』と比べてしまうと、どうしても引き延ばされた印象が残ってしまいます。『サブリエル 冥界の扉』がよすぎました。