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このページの本たち
ボーン・クロックス』デイヴィッド・ミッチェル
太陽の召喚者』リー・バーデュゴ
魔獣の召喚者』リー・バーデュゴ
白光の召喚者』リー・バーデュゴ
テメレア戦記 VI 大海蛇の舌』ナオミ・ノヴィク
 
よろずお直し業』草上 仁
火星無期懲役』S・J・モーデン
ダークホルムの闇の君』ダイアナ・ウィン・ジョーンズ
ウィッチフォード毒殺事件』アントニイ・バークリー
黒魚都市』サム・J・ミラー

 
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2021年05月15日
デイヴィッド・ミッチェル (北川依子/訳)
『ボーン・クロックス』早川書房

 ホリー・サイクスは、英国グレイヴゼンドのパブの娘。
 7歳のとき、頭のなかで声が聞こえた。はじめは、隣の部屋のラジオがついていると思った。だから、彼らはラジオ人間。
 いくつかの声が同時につぶやくので、なにを言っているのかはわからない。それが普通じゃないにしても、人びとがもつ秘密のうちのひとつだろうと考えた。
 ある夜ホリーのもとに、声の訪問者があった。ミス・コンスタンティンと名乗り、ラジオ人間を追い払ってくれた。
 ミス・コンスタンティンは毎晩、数分だけ訪れる。いつだってホリーの味方。いじめっ子に絡まれてこわい思いをしたときも、ミス・コンスタンティンにだけは話をした。
 翌日、いじめっ子は、トラックにはねられた。
 ショックを受けたホリーは、気絶してしまう。気がつけば、ラジオ人間が戻ってきていた。何百人もがいっせいに囁いている。
 周囲の大人に助けを求めたホリーがたどりついたのは、小児精神科医のマリナス先生のところだった。マリナス先生がホリーの額の真ん中の部分に親指で触れると、声はきれいさっぱり消えた。
 それからは、普通だった。
 そんな過去を持つホリーは、もうすぐ16歳になる。
 ホリーは、ヴィニー・コステロに夢中。ところが、母に大反対されてしまう。ヴィニーは24歳。24歳の男が15歳の女生徒に手を出すのは違法だ。
 ホリーは家出を決意する。荷物をまとめていると、弟のジャッコから、円形の厚紙を渡された。迷路が描いてある。
 迷路を進むと〈薄暮〉が追いかけてくる。〈薄暮〉から逃げるために、迷路をそらで覚えておかなくてはいけない。必要があれば、闇のなかでも進路を決められるように。
 ホリーはジャッコの言葉に戸惑いながらも、迷路を覚えることを約束する。そして、ヴィニーの家に向かった。しばらく泊めてもらうつもりで。
 ところが、ヴィニーのベッドには、親友のステラ・イヤーウッドがいた。素っ裸で。
 ホリーは帰宅することもできず、歩きだす。
 ホリーは不思議な体験をしていく。謎の老婆エスター・リトルと、〈保護施設〉を提供するという取引きをした。ここにはいないはずのジャッコを見かけた。凄惨な殺人現場に遭遇し、その記憶を失った。
 ホリーは、同級生のエド・ブルーベックが話していたフルーツ農園で、住み込み作業員となる。
 まもなく、エドが探しにきた。ジャッコが行方不明になっているという。ホリーが家出をした日、ジャッコも姿を消した。大人たちは、ホリーとジャッコが一緒にいると考えているらしい。
 ホリーは帰宅するが……。

 世界幻想文学大賞受賞作。
 ホリー・サイクスの物語です。
 はじまりは、1984年。ホリーはもうすぐ16歳という時期。
 その後、1991年、2004年、2015年、2025年、2043年と、視点人物を変えながら物語は展開していきます。常に絡んでくるのが、ホリー・サイクス。
 ホリーの章は青春小説のようでいて、数々の謎がつめこまれてます。その謎がアンカーになっていて、第2章でまったく違う話がはじまっても、安心して読めました。
 謎だらけの話を読む醍醐味は、謎が少しずつ明らかになっていく過程。できれば、事前情報なしに読みたいところ。
(書的独話〈時間超越者〉で、もう少し書きました)

 途中まで、これは傑作だと思って読んでいたのですが、最終章には戸惑いました。


 
 
 

2021年05月17日
リー・バーデュゴ(田辺千幸/訳)
『太陽の召喚者』ハヤカワ文庫FT

魔法師グリーシャの騎士団
 ラヴカは北南を敵国に挟まれ、東にはシルク・ゾイ山脈、西は海に面している。王は軍隊をふたつ持っていた。通常の第一軍の他に、グリーシャたちによる第二軍だ。
 第二軍は、最強のグリーシャである〈闇の主(ダークリング)〉が率いている。グリーシャは自分たちを、微小科学の実践者と呼んだ。隣国で忌み嫌われている魔法を使う者たちだった。
 グリーシャがいても、交易に海は不可欠。最新式の武器も海から入ってくる。しかしラヴカは、〈影溜まり〉を渡らなければ、海に出ることができない。
 何百年も昔のこと。
 当時の〈闇の主〉が〈影溜まり〉を生み出してしまった。彼はいまでは〈黒の異端者〉と呼ばれている。国土を縦に走る黒い筋は、強欲が生んだ産物だ。
 ラヴカは〈影溜まり〉によって、西ラヴカと分断された。
 暗闇の世界である〈影溜まり〉には、ヴォルクラがいる。翼のある巨大な生き物は、想像のなかのどんな怪物よりも恐ろしい。〈闇の主〉でさえ、ヴォルクラを退治することはできなかった。
 〈闇の主〉は代替わりしていくが、〈影溜まり〉は依然として存在しつづけている。
 アリーナ・スターコフは戦争孤児だった。同じ施設に引き取られたマルイェン(マル)・オレツェフとは大の仲良し。
 ふたりは共に成長し、第一軍に入った。
 マルはアリーナが見るところ、よりハンサムに、より勇敢に、より生意気になった。一方のアリーナは不健康なまま。背が伸びたくらいだ。
 〈影溜まり〉を越える任務が言い渡され、アリーナは戦々恐々としている。〈影溜まり〉が怖くて仕方ない。
 〈影溜まり〉を渡るには、砂船と呼ばれるそりを使う。砂船はグリーシャによって、灰色の死の砂の上を滑るように進む。ヴォルクラに気づかれず渡りきれるかは、いかに音を立てずに進めるかどうかにかかっている。
 誰もが息を潜めていた。しかし、一行はヴォルクラの大群に襲われてしまう。
 マルが負傷し、かばったアリーナも襲われた。死を覚悟したアリーナは、自分のなかでなにかが崩壊したのを感じた。そして世界が白一色に染まった。
 アリーナはグリーシャだったのだ。誰もが待ちわびる〈太陽の召喚者〉だった。〈太陽の召喚者〉だけが〈影溜まり〉を破壊できるという。
 アリーナは訓練をはじめるが……。

 三部作の第一部。
 アリーナの一人称で展開していきます。
 語りのアリーナの心が屈折気味なので、物語全体も暗め。アリーナが〈太陽の召喚者〉だと分かるのは、かなり序盤。いくつか事件はあるものの、教育がはじまるとペースが落ち着きます。
 少しだれてしまいました。
 終盤になって急展開が待ってます。そこで、さまざまな謎が明らかになりますが、不可思議なことがまだまだたくさん残っていて「乞う、次作!」って感じ。
 本格的に物語が始まるのは次作からでしょうか。


 
 
 
2021年05月18日
リー・バーデュゴ(田辺千幸/訳)
『魔獣の召喚者』ハヤカワ文庫FT

魔法師グリーシャの騎士団
 ラヴカは北南を敵国に挟まれ、東にはシルク・ゾイ山脈、西は海に面している。
 ラヴカは、多くのグリーシャたちを召し抱えていた。グリーシャは自分たちを、微小科学の実践者と呼んでいる。隣国で忌み嫌われている魔法を使う者たちだった。
 グリーシャでもっとも力があるのは、闇を操る〈闇の主(ダークリング)〉だ。
 何百年も昔のこと。
 当時の〈闇の主〉が〈影たまり〉を生み出してしまった。彼はいまでは〈黒の異端者〉と呼ばれている。国土を縦に走る黒い筋は、強欲が生んだ産物だ。
 アリーナ・スターコフは〈太陽の召喚者〉。
 〈太陽の召喚者〉は〈影溜まり〉を破壊できる。そこに棲む、恐ろしいヴォルクラに対処できるのは〈太陽の召喚者〉だけ。
 アリーナは、当代の〈闇の主〉から協力を求められる。〈影溜まり〉を消し、この国を正しい状態に戻すために。
 しかし、すべては嘘だった。
 〈闇の主〉は〈黒の異端者〉その人。厄介なヴォルクラを〈太陽の召喚者〉の力で始末し、〈影溜まり〉を広げて隣国をも支配しようとしていたのだ。
 アリーナは〈闇の主〉を止めようとするが、力を増幅させる〈モロツォーヴァの牡鹿〉を通じて支配されてしまう。正体を現わした〈闇の主〉は、力を誇示するために、ひとつの町を壊滅させた。
 アリーナは、なんとかして〈闇の主〉から逃れると海を渡った。グリーシャがほとんど存在しない土地を目指すが、果たせない。すぐに〈闇の主〉に捕まってしまった。
 〈闇の主〉は、ストゥルムホンドを雇っていた。ラヴカの私掠船の船長で、密輸業者。海賊だ。
 アリーナは船に乗せられるが、ラヴカには戻らなかった。
 〈闇の主〉は北を目指していた。北の海には、氷のドラゴンと呼ばれる海竜ルセイユがいる。伝説によれば〈海竜の鱗〉は、〈太陽の召喚者〉の第二の増幅物となる。
 〈闇の主〉は鱗をアリーナに与えることで、自身の力を強化するつもりらしい。
 海竜は見つかるが、捕獲の最中にストゥルムホンドが〈闇の主〉に反旗を翻した。別の誰かに雇われているという。アリーナには、ストゥルムホンドが信じられるのか分からない。
 〈闇の主〉から逃れた一行は、ラヴカに帰還するが……。

 三部作の第二部
 アリーナの一人称で物語は展開していきます。
 前作『太陽の召喚者』で、アリーナは幼なじみのマルと逃げました。今作は、ふたりが〈闇の主〉に捕まるところから。
 中間の巻ですが、中だるみはないです。風雲急を告げる感じ。
 アリーナとマルの関係性は、ぐらぐら気味。マルは〈追跡者〉でグリーシャでありませんが、特殊能力があります。その謎については明かされません。
 いろいろと明らかになるけれど、疑問がすべて解決するわけでもない巻です。
 中間ですからね。


 
 
 
2021年05月20日
リー・バーデュゴ(田辺千幸/訳)
『白光の召喚者』ハヤカワ文庫FT

魔法師グリーシャの騎士団
 ラヴカは北南を敵国に挟まれ、東にはシルク・ゾイ山脈、西は海に面している。
 ラヴカは、多くのグリーシャたちを召し抱えていた。グリーシャは自分たちを、微小科学の実践者と呼んでいる。隣国で忌み嫌われている魔法を使う者たちだった。
 アリーナ・スターコフは〈太陽の召喚者〉。
 〈太陽の召喚者〉だけが、ラヴカを縦断している〈影溜まり〉を取り除ける。そのためには、もっと力が必要だった。アリーナは、3つめの増幅物である〈火の鳥〉を手に入れようと考えはじめる。
 とにかく〈闇の主(ダークリング)〉の存在が気がかりだった。闇を操る最強のグリーシャである〈闇の主〉は、世界を支配しようとしている。その力に対抗するには、伝説の〈火の鳥〉が必要だ。
 〈闇の主〉の襲撃は突然だった。
 アリーナは〈闇の主〉との共倒れを目論むが、失敗してしまう。
 ラヴカは陥落した。瀕死のアリーナは、秘かに地下の〈白の聖堂〉に担ぎ込まれる。
 それから2ヶ月。
 アリーナは回復しつつあったが、力は戻っていない。〈太陽の召喚者〉であるアリーナにとって、日の光の届かない地下はいるべき場所ではなかった。〈太陽の召喚者〉に必要なのは光だ。
 アリーナの窮状は、〈白の聖堂〉の司祭アパラットの策略でもあった。信者たちはアリーナを、聖アリーナとして奉っている。アパラットにとっては、利用する相手は死んでいたほうが都合がいい。
 アリーナは隔離されるが、仲間たちの反乱が成功し、力を取り戻した。アパラットに信者たちを説き伏せさせ、アリーナは地上に出る。
 ラヴカは〈闇の主〉に支配されていた。
 アリーナは、潜伏するニコライ・ランツォフ王子と合流する。そして、〈闇の主〉に対抗するため〈火の鳥〉を手に入れようとするが……。

 三部作の完結編。
 アリーナの一人称で語られます。
 本作のはじまりは、〈闇の主〉の襲撃の2ヶ月後。
 実は、アリーナと〈闇の主〉の間には、つながりができています。前作『魔獣の召喚者』では、〈闇の主〉がつながりを利用し、アリーナを精神的に苦しめました。今作でアリーナは、つながりを逆手にとって、利用しはじめます。
 それまでアリーナにとって〈闇の主〉は、恐怖の対象でした。その感情が変化していきます。
 アリーナも力ある者なので、力への欲望があり、力があるが故の孤独を感じています。〈闇の主〉に同情し、彼も人間であることに気がつきます。
 この気づきには唸りました。「〈闇の主〉=人間」の図式が、最終決戦で生きてきます。
 それと、幼なじみのマル。なるほど、なるほど、と。
 最初から仕込まれていた数々のアレコレに、きちんと答えが用意されてます。そういう物語は読んでいて気持ちがいいです。
 腑に落ちないところはありますけどね。

 表紙の絵柄(シリーズ名も)が、物語の内容に合ってないのは残念でした。


 
 
 
2021年05月31日
ナオミ・ノヴィク(那波かおり/訳)
『テメレア戦記 VI 大海蛇の舌』ヴィレッジブックス

テメレア戦記》第六作
 19世紀初頭。
 フランスではナポレオンが権力を握り、大陸全土を狙っていた。イギリスは海峡をはさんでフランスと睨み合っている。
 ウィリアム・ローレンスは、英国空軍の戦闘竜テメレアのキャプテン。 竜疫が広がったとき、フランスのドラゴンをも救おうと行動したことで国家反逆罪に処された。
 死刑を言い渡されたローレンスだったが、戦功により、流刑罪へと減刑される。
 ローレンスはテメレアと共に、オーストラリアのニューサウスウェールズ植民地に送られた。隔絶されたオーストラリアは、空を飛べたとしても自力脱出はできない。
 ローレンスにとって頼みの綱は植民地総督だ。総督による赦免は復権につながる。あるいは、復権を促すような報告書を総督から本国政府に送ってもらえるだけでもいい。
 ところが植民地総督のウィリアム・ブライは、ニューサウスウェールズ軍団の反乱によって総督職を解任されていた。すでに1年が経過しているという。
 そのとき英国は、ナポレオンによる本土侵攻という激震のまっただなか。反乱事件にかまっている余裕はなく、放置されてきた。いまだに新たな命令書が届かず、総督の代理もいない。
 ローレンスは、離島に追放されたブライと関わることになってしまう。
 ブライは、言葉遣いもふるまいも粗野で不作法。権威を振りかざし、稚拙なおべんちゃらをも口にする。一方の植民地当局首席を名乗るジョン・マッカーサーの方が、人間的にはマシだ。
 ローレンスはマッカーサーから、遠征計画を持ちかけられる。オーストラリアはほとんどが探査されていない。ブルーマウンテンズを越えて向こうの平地まで、家畜を移動させられるルートを見つける目的だ。
 提案は、ローレンスにとっても渡りに船だった。立場上、総督とは対立できない。しかし、味方とは言い難い。とにかく、両者の対立に巻き込まれたくなかった。
 ローレンスは了承し、旅立つが……。

 改変歴史もの。
 史実にドラゴンを絡ませているのが特色。
 今作の舞台は、オーストラリア。ニューサウスウェールズ軍団の反乱のあたりは史実らしいです。
 オーストラリアには、気心の知れたキャプテン・グランビーと、火吹きドラゴンのイスキエルカも来ています。こちらは流罪ではないので、帰国の予定はあります。それから、孵化を待つドラゴンの卵3つを託されてます。
 ニューサウスウェールズ植民地を旅立って、未開の大地を大冒険……ということになるのですが、不思議とワクワクしません。
 とにかく、ローレンスが暗い。やろうと思えば、もっとハラハラどきどきの大冒険活劇にできたと思うんです。あえてそれをしなかった点に、作者の意図があるのでしょう。

 なお、本シリーズは全10巻ですが、翻訳出版されているのはここまで。なにかのきっかけで話題にならないと、もう無理かな、と思います。


 
 
 

2021年06月13日
草上 仁
『よろずお直し業』PHP研究所

 サバロは、よろずお直し業を営んでいた。この商売を始める前のことは少しも覚えていない。記憶は5年ほど前で、ぷっつりと跡切れている。
 サバロは毎日、自分の命のねじを巻く。柱時計のねじを巻くように。命を一日分だけ、巻き戻す。
 見えない命のねじは、ものにもある。ねじを巻かれたものは少しばかり若返り、もとの健康を取り戻す。だからこそサバロは、なんでも直すことができるのだ。
 ただし、若返らせても、時間が経てば再び老いはじめる。一度壊れたものは、また必ず壊れるだろう。そのことが分かっているだけに、サバロは騙しているような気分になる。
 土と風の神が、この能力を授けてくれた。理由は分からない。サバロは迷いながらも、依頼者の話を聞き、あらゆるものを修理していく。

 連作短編集。
 異世界もののようです。登場する人たちは、サバロの行為に驚くものの、すんなり受け入れてます。そういう土壌があるのでしょうね。
 サバロは、ひとつの短篇でひとつの依頼を受けます。ものを直すには、そのものを知らねばならない、と考えていて、由来などを聞きます。
 直す行為そのものはねじをまくだけなので、その前後が読みどころ。人情系のいい話が揃っているものの、いかんせんサバロが疲れまくっていて雰囲気が暗い。それがパランス、というものなのでしょうか。

「砕けた石」
 その彫像は、夫婦となる前に夫が彫った。ふたりの絆が、堅く、いつまでも続くようにという願いを込めて。石に彫り込まれた男女は、手を取り合い、互いに見つめ合っている。
 その結び合った手を、亀裂が断ち切ろうとしていた。
 修理を頼まれたサバロは、妻の様子が少しおかしいことに気がつくが……。

「割れた壺」
 サバロは、小さな村の小さな泉で休んでいた。
 泉では子供が、茶色い陶器のかけらを並べている。子供は真剣そのもの。水を地面に流し、濡れた土をこね、破片に塗りつけている。割れたかけらをつなぎ合わそうとしているらしい。
 見かねたサバロは声をかけるが……。

「折れた枝」
 裕福な商人が死にかけていた。
 邸宅の庭にあるイチニチガシの木は、商人が生まれた時、庭に植えられたもの。いつでも商人と共にあった。その木も死にかけている。
 サバロは家族から、木の延命を頼まれた。ほんの数日でいいというが……。

「裂けた布」
 かつて、サタ島民とナシ島民はいがみ合っていた。現在のように良好な間柄となれたのは、サタ島領主が苦労して覚書を作り、ナシ島領主と取り交わしたからだ。それ以来、覚書は毎年更新され、よりいいものと取り替えられている。
 実は、覚書が取り交わされた当初、サタ島が保管していた覚書が割かれる事件があった。直すためにサバロが呼ばれたが……。

「融けた氷」
 見事な彫刻の腕前を持つ男がいた。名人と評判だったが、変わり者で、人づきあいを嫌っていた。人真似の疑いをかけられたときも、一言の弁解もしなかった。
 男は亡くなり、ただひとりの友人はその死を悼んだ。心残りは、最後の作品が失われてしまったこと。それは、氷でできていた。誰にも見られることなく、融けてしまった。
 サバロは復元に挑むが……。

「燃えた紙」
 サバロは気力の衰えを感じていた。もう自分の命のねじを巻きたくない。
 そんなとき、女が声をかけてきた。開封もせず燃やしてしまった手紙を、読みたいのだと言う。サバロは、最後の仕事と思って、手紙だった灰を手に取るが……。


 
 
 

2021年06月14日
S・J・モーデン(金子 浩/訳)
『火星無期懲役』ハヤカワ文庫SF2226

 フランクリン(フランク)・キットリッジは、第二級殺人者。
 大勢の目撃者がいる前で男の顔を撃った。冷静な計算と慎重な判断にもとづく、故意で計画的な暴力行為だった。
 その結果が、仮釈放なしの懲役120年。第一級殺人者にならなかったのは、殺した男の犯罪行為が証明できたからだ。他に方法がなかった。いまでも、かけらも後悔していない。
 それから8年。
 刑務所を運営するパノプティコン社から提案を受けた。パノプティコン社の親会社が、NASAから火星基地建設を請け負った。それを囚人にやらせようというのだ。
 計画では、火星に送られるのは7人の囚人と、プロジェクトを監督する社員ひとり。基地はプレハブ部材で、建造後も囚人は火星にとどまる。後から訪れる民間科学者のアシスタントをしたり、施設の保守や、増築するかもしれない。
 刑の減免はなし。ただの転所だ。地球には二度と帰れない。ただ、刑務所にいるよりは自由がある。
 フランクには、建設業界で現場監督として働いた経験があった。それで声がかかったらしい。
 フランクは同意するが、予想していなかった事態が次々と起こってしまう。
 監視者のブラックは命令するだけ。スケジュールは変更不可。フランクたち7名の囚人たちは、あきらかに訓練不足のまま、火星に行く日が来てしまう。
 出発の直前、フランクはブラックから取引きを持ちかけられる。火星に同行するブラックには、帰りの切符がある。自分の背中を守ってくれるなら、同じ切符を手配をしてくれるというのだ。しかも、その後は自由になれる。
 フランクは後ろめたさを感じながらも取引きに応じた。
 囚人たちは人工冬眠状態にされ、気がつけば火星だった。
 火星でも、予想していなかった事態に陥ってしまう。着陸船は目標地点から3キロほどずれている。物資が入っているコンテナが予定どおりのころにない。
 基地を建造するために必要なもの、生きのびるために必要なもの、すべてのコンテナが、砂漠にばらまかれていた。いちばん遠いやつは130キロ離れている。
 最優先は、24キロ離れたコンテナだ。記録どおりであれば、バギーが入っているはずだ。
 フランクは、仲間と共に取りに向かうが……。

 火星SFのサスペンス風味。
 フランク視点で物語は展開していきます。ちなみに、フランクは51歳。ちょっと疲れやすいお年頃です。
 物語と並行して、火星基地建設計画の紆余曲折が少しずつ明らかにされていきます。
 NASAと契約したのは、パノプティコン社の親会社ゼノシステムズ・オペレーションズ社。当初は自動建設の予定だったのが、度重なるトラブルに見舞われ、次々と変更されていきます。予算は限られ、スケジュールもどんどん押していく状況。もはや後戻りはできない。
 火星では、補給品の不足が発覚。ふつうにやっていては、生き残れません。事故が起こり、自殺者もでて、人員が徐々に減っていきます。
 とにかく不穏。
 ゼノシステムズ・オペレーションズ社も、もうちょっとうまいことできなかったのか、と思わなくもないです。


 
 
 

2021年06月15日
ダイアナ・ウィン・ジョーンズ(浅羽莢子/訳)
『ダークホルムの闇の君』創元推理文庫

 魔法世界は、チェズニー氏の巡礼観光会に疲弊していた。
 チェズニー氏は別世界に住んでいて、そこから団体旅行を運営している。はじまったのは、40年前。チェズニー氏は、たいへん力の強い魔物の後押しで、魔法世界と契約を交わした。
 それ以来、魔法世界は逆らうことができない。総出で、チェズニー氏が巡礼団に見せたいものを見せなくてはならない。闇の君に蹂躙される世界を。お客は、最大級の悪に金を払っているのだから。
 魔術師たちは過重労働に疲弊していた。王族も、市民も、農民も、あらゆる人々が損害を被っている。
 チェズニー氏の窓口になっている魔術師大学のケリーダ総長は、必要なことは何でもやる覚悟。とにかく現状を変えたい。しかし方法は見つからず、お告げに諮った。
 巡礼団を廃止し、チェズニー氏を永久に厄介払いするにはどうすればいいか。
 こうしてダーク魔術師が、今年の闇の君に選ばれた。
 巡礼が開始されるのは2週間後。
 毎日3団ずつ、異なる3つの地点から出発し、6週間で予定の冒険をこなす。チェズニー氏が提示した今年の企画は、闇の君の唯一の弱点を中心に構成されている。
 各組は旅の過程で、闇の君の弱点に関する手がかりを得る。その後、その弱点が秘められている品物を龍から回収。戦を経て、闇の君を殺しに行く。
 弱点を考え手配するのは闇の君の仕事。自宅も改装して城砦にしなければならない。
 チェズニー氏の指示によると、闇の君の城砦は必ず、黒くて中は迷路のようになり、不気味な火で照らされている必要がある。黒くて眼だけ赤い猟犬の群れと、鉄の牙を持つ馬数頭、皮の翼でとぶものなどの提供も義務づけられている。そして、陰気な前庭と、鬼火の燃える大きな穴、適当な魔物に護らせろという。
 ダークは、普通の魔法はあまり得意ではなかった。学生時代、魔物の召喚に大失敗した過去もある。植物を育てたり、新たな動物を創出するのは好きなのだが。
 ケリーダ総長は、魔物も、チェズニー氏が要求した神の顕出も、自分が手配すると請け負った。ところが、事故に遭って自ら眠りについてしまう。
 ダークは子供たちの協力を得て、悪戦苦闘するが……。

 異世界ファンタジー。
 17年ぶりの再読。
 とにかく登場人物が多いです。ダークの家族だけで、妻と子供たち(人間2、グリフィン5)がいます。それぞれに個性があり、問題を抱えています。
 主人公は、ダークと、その息子ブレイドのふたり。ブレイドは14歳ですが、お告げによって、巡礼団最終組の先導魔術師になります。
 なんとなくおぼろげに覚えていたので、人物を把握した状態で読めました。それでも、読みづらさを感じるところはありました。
 登場人物の内心が書かれた地文に一貫性がないです。ケリーダ総長の心内が書かれた直後にダークのものに切り替わり、ブレイドの内心が明かされたりします。
 注意深く読めばいいんですけど、素早く読んでしまうと混乱します。コミカルでテンポがいいだけに、ちょっともったいないな、と。
 読み進めていくうちに、そんなことどうでもよくなるんですけどね。


 
 
 

2021年06月16日
アントニイ・バークリー(藤村裕美/訳)
『ウィッチフォード毒殺事件』晶文社

 《ロジャー・シェリンガム》シリーズ
 ロンドン近郊の町ウィッチフォード在住の実業家ジョン・ベントリーが毒殺された。容疑者として逮捕されたのは、妻のジャクリーヌだった。
 ジョンは41歳。亡くなった父親の会社を継いで3年。仕事は順調だったが、妻との仲はそうでもない。
 ジョンは、神経質で、身勝手で、絶えず健康のことを気に病んでいる。対してジャクリーヌは、陽気で、快活。しかも16歳も若く、夫妻の友人でもあるロナルド・アレンと浮気していた。
 ジャクリーヌは、ジョンと大ゲンカした後、薬屋で砒素入りの蠅取り紙を2ダース購入している。小間使いと女中が、水につけられていた蠅取り紙を記憶していた。ベントリー家では使われたことがなかったため、不思議に思ったという。
 まもなくジョンは体調をくずし、ジャクリーヌの浮気も明るみになった。小間使いが蠅取り紙のことを報告してジャクリーヌに疑いがかかると、ふたりの弟が呼ばれた。
 一旦は回復したジョンだったが、けっきょく亡くなってしまう。ジョンの弟によって夫人の所持品が捜索されると、大量の砒素が発見された。
 トランクからは、高濃度の砒素をふくんだレモン水。いっしょにあったハンカチからも砒素。薬戸棚に残された処方薬の瓶からも、入っていないはずの砒素が見つかった。さらに、ジャクリーヌの寝室の、鍵のかかった引き出しからは純粋な砒素が丸々2オンスも。
 検死解剖が行なわれた。ジョンの体内には、通常の致死量を越える砒素が残されていた。それは、胃からも、腸からも、肝臓からも、腎臓からも、とにかくあらゆるところから見つかった。皮膚や、爪や、毛髪からも。
 検死審問では、殺人の評決が出ている。これはジャクリーヌによる計画的殺人だ。治安判事は彼女を公判にふすことに決定した。
 国じゅうの人間がジャクリーヌを、どうみても有罪だと考えている。
 ロジャー・シェリンガムは、毒殺事件に興味津々。
 どうにも引っかかってならない。
 なにしろ証拠が多すぎる。まるで誰かがわざわざ用意したみたいに揃っているのだ。蠅取り紙を地元の薬局で買ったのもおかしい。ロンドンで買っていれば分からなかっただろうに。
 しかも、砒素の量が多すぎた。
 ロジャーは、独自に調査するが……。

 《ロジャー・シェリンガム》シリーズ2作目。
 前作『レイトン・コートの謎』に登場したアレックが、今回も相棒役をつとめます。
 都合のいいことに、ウィッチフォードにはアレックのいとこが住んでます。いとこのピュアフォイ夫人は、ふたりのことには口出しせず、その夫の医師は、専門家としての視点を提供してくれます。さらに娘のシーラは、事件の関係者と知人で、調査に参加します。

 ロジャーは、容疑者が無実と確信しているわけではないです。ただ漠然と疑いを抱いていて、すっきりしたくて調べまくります。担当弁護士すら有罪と考えていて、憤ります。
 基本的に心情重視路線。いろんな人の話を聞きます。そのため、会話が多くなりがち。
 どうしてそういう行動をしたのか、考えていくのは楽しいです。


 
 
 

2021年06月18日
サム・J・ミラー(中村 融/訳)
『黒魚都市(くろうおとし)新☆ハヤカワ・SF・シリーズ

 地球温暖化により海面上昇が進み、陸地は水没。内戦もあって国家は崩壊した。
 その主要な原因は〈シス戦争〉だった。制御不能のマルウェアと寄生虫と感染媒介物がつぎつぎと生みだされ、都市は炎上し、水没した。北へ逃れた難民たちが押し寄せたのが、格子都市(グリッド・シティ)と呼ばれる洋上巨大建造物だった。
 クアナークはそうしたもののひとつ。グリーンランドの東、アイスランドの北の北極圏に浮かぶ。深海熱水噴出孔の上に位置し、そこからエネルギーを得ている。人口は百万人。
 クアナークを治めているのは、10万のコンピュータ・プログラムだった。〈衛生〉〈安全〉〈登録〉などをはじめとする諸機関のロボット知性体たち。
 しかし、支配しているのは株主だ。
 株主たちは隠れている。アメリカ人のグリッド・シティが階級闘争に陥り富者が火だるまになったとき、クアナークの所有者たちは学んだ。それ以来、徹底的に姿をくらまし表に出てくることはない。
 このところ、世界中で〈ブレイクス〉と呼ばれる病が広がっていた。心因性の症状は、罹患者にヴィジョンを見せる。自分のものではない記憶を思い出す。感染させた人間から来るのだと考える者もいる。
 原因はわからず、治療法もない。
 そしてクアナークには、謎の女がやってきていた。人々は、彼女がシャチの引く小舟に乗ってやってきたと噂した。そのため彼女は〈オルカ使い(マンサー)〉と呼ばれた。オルカマンサーは、ホッキョクグマをも引きつれていた。
 オルカマンサーの噂はあらゆるところでささやかれた。だが、その正体を誰も知らない。
 メッセンジャーのソクは、犯罪組織のボスからオルカマンサーを調べるように命令されるが……。

 キャンベル記念賞受賞作。
 文明崩壊後ものSF。
 4人の視点から語られます。
 フィル・ポドロヴは、株主の孫。不注意からブレイクスに感染し、恐怖におののきます。ブレイクスのことを知ろうとします。
 アンキット・バハワランザイは、アーム管理官(政治家)フョードロヴナの部下。母が〈療養所(精神科病棟)〉に収容されていて、孤児として育ちます。兄がいますが、精神的にどこかがおかしいため距離をおいてます。
 カエフは、アンキットの兄。梁上の格闘選手ですが、犯罪組織のボスから命令されて、かませ犬に徹してます。(この犯罪組織のボス、ゴーは、ソクに命令しているのと同一人物。街でいちばん権勢を誇っていて、実はカエフの元カノです)  
 ソクは孤児。自分が権力を握る日を夢見てます。  
 それから、〈地図のない街〉という放送があります。電波に乗ったものではなく、データとして広まってます。誰が誰に向けて語っているのか、謎につつまれてます。
 物語の鍵を握るのは、オルカマンサーのマサーラク。ある目的をもってクアナークにやってきました。

 視点が次々と切り替わり、そのうえ〈地図のない街〉も入ってくるので、かなり細切れ。世界のありさまとか、クアナークの現状とか、4人のこととか、情報が小出しにされてます。  
 蓄積された情報がつながっていく過程はおもしろいです。はっきりと書かれていないため、こういうことだろうと、想像しながら読むのも楽しかったです。
 ただ、そういうのが嫌だ、という人もいるでしょうね。読む人を選びそうです。

 
 

 
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