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このページの本たち
魔法使いのウエディング・ベル』シャンナ・スウェンドソン
オオカミ族の少年』ミシェル・ペイヴァー
生霊わたり』ミシェル・ペイヴァー
魂食らい』ミシェル・ペイヴァー
追放されしもの』ミシェル・ペイヴァー
 
復讐の誓い』ミシェル・ペイヴァー
決戦のとき』ミシェル・ペイヴァー
模造世界』ダニエル・F・ガロイ
隣接界』クリストファー・プリースト
ジャンピング・ジェニイ』アントニイ・バークリー

 
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2021年02月06日
シャンナ・スウェンドソン(今泉敦子/訳)
『魔法使いのウエディング・ベル』創元推理文庫

 《(株)魔法製作所》シリーズ
 キャスリーン(ケイティ)・チャンドラーは、魔法が通用しない免疫者(イミューン)。ニューヨークの株式会社MSI(マジック・スペル&イリュージョン)で、エルフや妖精や魔法使いと一緒に働いている。
 ケイティは、この2年ほどの間、さまざまな任務を全うしてきた。魔法の戦いに挑み、スパイを捜し、陰謀の黒幕と対決し、魔法界のマフィアに潜入した。しかし、そのいずれにおいても、このミッションほど緊張したことはない。
 今日の目的は、ウエディングドレスだ。
 魔法使いオーウェン・パーマーとの結婚式は近い。すてきなウエディングドレスを獲得するのだ。
 デザイナーブランドのサンプル売り尽くしセールは、ルームメイトのジェンマが情報を入手してきた。ほぼすべてのウエディングドレスが定価の75パーセントオフ。これは見のがせない。
 ケイティは友達6人と会場に入った。女性たちがドレスを奪い合っている。
 そのとき、魔法が使われた。
 ジェンマは魔法界のことを知っているが、知らない友達もいる。ケイティは魔法の応酬から遠ざかり、妖精の友達がMSIに電話して事態は収められた。
 ケイティはレジの列で、後ろに並んだ女性に話しかけられる。ドレスが勝手に人と人の間を飛んでいくのを見なかったか、と。手もとからふいに消えて、また現われたり。まるで魔法みたいに。
 ごまかそうとするケイティに、相手の女性は名刺を差し出した。
 このてのことに興味があるなら、このブログをチェックしてみて。魔法が存在することを証明するために、さまざまな証拠を集めているから。
 名刺には、アビゲイル・ウイリアムズとあった。
 警備部長のサムによると、ときどきあることらしい。人々の目を完全にごまかすのは不可能だ。幸い、一般社会はそういう話を信じない。
 そうは言われたものの、ケイティは気になって仕方ない。
 そんなときケイティとオーウェンは、バスが宙に浮いた現場に居合わせてしまう。公共の場で魔法が使用されたことにふたりは驚く。魔法を公然と使うことは魔法界の法律に抵触する。
 アビゲイル・ウイリアムズのブログを見ると、バスのことが投稿されていた。都合良く写真が撮れていることに、ケイティは疑問を抱くが……。

 シリーズ最終巻。
 結婚式に向けた準備と、魔法の存在を一般人に知らしめようと画策する人たちとのあれこれ。
 過去作で登場して消えていった人が、ちょこっと出てきたりします。その一方、絶対そこにいる人が無視されてたりもします。やや中途半端な印象。
 とはいえ、最終巻としてきれいにまとめられてました。


 
 
 
 

2021年02月09日
ミシェル・ペイヴァー(さくま ゆみこ/訳)
『オオカミ族の少年』評論社

クロニクル 千古の闇》第1巻
 トラクは父とふたりきりで森に暮らしていた。
 楽しい毎日だったが、死がとつぜん襲いかかってきた。そいつは、恐ろしい巨大なクマで、たけり狂っていた。クマに、あの世の悪霊が入りこんでいたのだ。
 トラクは、息も絶え絶えな父から、死出の旅のしたくをととのえるようにたのまれる。さらに父は、トラクが、北へ何日も歩いたところにある〈天地万物の精霊〉が宿る山に行かなければならないという。
 悪霊がいちばん強くなるのは〈赤い目〉が夜空のいちばん高くへのぼったとき。今は〈吠える雄ジカの月〉の終わりに近い。次の〈リンボクの月〉が来ると〈赤い目〉があらわれ、あのクマの力は強くなる。
 〈赤いヤナギの月〉になると、無敵の強さになってしまう。そうなったら、もうだれもあのクマを倒せなくなる。〈天地万物の精霊の山〉にしか望みはない。
 トラクは、ずっと父と一緒だった。まだ12回の夏しか過ごしていない。不安がるトラクに父は、〈案内役〉がおまえを見つけると告げる。
 クマの気配におびえながら、トラクはひとり旅立った。
 まもなくトラクは、オオカミの子と出会った。生まれて三ヶ月くらいになるだろうか。近くには、溺れ死んだ二匹のオオカミと、死んだ子どものオオカミが三匹。 山から大水がうなりをあげておしよせてきたのだ。
 トラクは、オオカミの子ウルフにつきまとわれてしまう。
 ウルフは遊びたいさかり。ところが、ときおり、確信を持った目をする。トラクは、ウルフこそが〈案内役〉だと気がつく。
 ウルフにみちびかれるトラクだったが、途中でワタリガラス族につかまってしまう。
 ワタリガラス族には、ひとつの予言が伝わっていた。
 ひとつの影が森を襲う。その影に立ち向かえる者はいない。〈聞く耳〉は、心の血を山にささげ、影はくだかれる。
 ワタリガラス族たちは、トラクが〈聞く耳〉ではないかと考えていた。生け贄として心臓の血を山にささげ、それによってクマを滅ぼすのだ、と。
 トラクは逃げ出した。そんなトラクを助けたのが、ワタリガラス族のレンだった。
 レンは、予言をちがう意味にとらえていた。〈聞く耳〉は〈天地万物の精霊の山〉に行かなければならない。レンは、トラクが山に行くのを見届けるつもりだ。
 ふたりは、反目し合いながらも旅をつづけるが……。

 全六巻のシリーズもの。
 舞台は、6000年前のヨーロッパ北西部。氷河期時代が終わったところです。
 スタイルとしては、児童書。予言やら、謎めいた言葉が、お約束のようにでてきます。
 レンは、ワタリガラス族の族長フィン=ケディンの姪。魔導師のセイアンから情報を仕入れてます。年齢は、トラクよりちょっと下。弓の名手です。
 フィン=ケディンは、トラクの父の友人でもあります。邪悪な魔導師〈魂食らい〉のことを教えてくれます。
 ウルフの視点からも語られます。ウルフはトラクのことを〈背高尻尾なし〉と呼んでいます。自分のことを助けてくれた兄貴で、群れの仲間だと認識しています。
 ある理由から、トラクはオオカミ語ができます。オオカミ語では未来を語るすべがないそうで、ときどきそれがネックになります。

 シリーズ初巻だけあって謎は残されていますが、きちんと終わってます。
 雰囲気は暗め。とはいえ、ウルフとの信頼関係とか、トラクとレンの関係性とか、ほんわかしたところもちゃんとあります。


 
 
 
 
2021年02月13日
ミシェル・ペイヴァー(さくま ゆみこ/訳)
『生霊わたり』評論社

 《クロニクル 千古の闇》第2巻
 かつて森には〈魂食らい〉と呼ばれる7人の魔導師がいた。
 それぞれ別の氏族の者たちで、最初は治療師だと自認していた。病人を治し、悪霊から守り、善いことをなすつもりだと。間もなく権力を持ちたいという欲望に負けて、悪事に手を染めるようになった。
 13回ほど前の冬のことだ。事件が起き、その力は打ちくだかれ、〈魂食らい〉たちは散り散りになった。自身も〈魂食らい〉だったオオカミ族の魔導師が立ちふさがったのだ。
 それが、トラクの父だ。父は〈魂食らい〉のはなった邪悪なクマに殺されてしまった。
 ひとりになったトラクが、ワタリガラス族のもとに暮らして6ヶ月になる。族長のフィン=ケディンはよくしてくれるし、その姪のレンとは仲がいい。しかし、ワタリガラス族の暮らしになじめずにいた。
 今は〈闇なしの月〉のはじめで、日の光をあびた森の中は暑く、けだるい。鳥の歌がこだまし、暖かい南東の風にのって、シナノキの花のあまい香りがただよってくる。
 トラクは森で、イノシシ族の狩人を見かけた。頭を右へ左へと傾けながら、ふらふらと千鳥足で歩いている。髪の毛やひげはところどころがむしり取られて、じくじくした赤肌が見えていた。
 狩人はブナの木のところでよろけると、四つんばいになって、黄色いへどを吐いた。さらに背中を丸め、けいれんのように体を波打たせると、ぬるぬるする黒っぽいものも吐き出した。毛のかたまりのように見えた。
 いつかレンが、熱病は、夏の盛りにはよくある病だといっていた。お日様が眠らない白夜の季節になると、病の虫が沼からはい出してきて悪さをする。
 野営地にもどったトラクは、ワタリガラス族にもようすがおかしい者たちがいることに気がつく。熱病にしては妙だ。
 病人が地面をひっかいたあとには、ひとつのしるしが残されていた。魂をおびき寄せるための三つ又のフォーク。〈魂食らい〉のしるしだった。
 森を支配しようとして、病をもたらしているのだろうか。
 トラクは治療法を求めて、ひとり旅立つが……。

 シリーズ2作目。
 基本的には、児童書。
 トラクは〈深い森〉で、さがしものは海のそばにあると告げられます。今作の主な舞台は、アザラシ諸島。
 トラクの父はオオカミ族ですが、亡き母は〈深い森〉のアカシカ族。トラクは祖父母の世代で、アザラシ族と血縁関係にあります。
 トラクは、〈魂食らい〉たちが自分の運命とも深くかかわっていると悟ってます。ついに、トラクの特殊能力があきらかになります。  


 
 
 
 
2021年02月15日
ミシェル・ペイヴァー(さくま ゆみこ/訳)
『魂食らい』評論社

 《クロニクル 千古の闇》第3巻
 かつて〈魂食らい〉と呼ばれる7人の魔導師がいた。悪事に手を染め支配者になろうとしたが、ある事件によって散り散りになり、姿を消した。
 トラクは、〈魂食らい〉たちを打ち砕いたオオカミ族の魔導師の子。孤児となり、ワタリガラス族のもとに身をよせている。
 森は雪に覆われていた。
 トラクは、レンと共に森で狩りをしていた。野営地からは、北東に歩いて一日ほどはなれている。オオカミである仲間ウルフも一緒だ。ふたりは、トナカイの足跡を追っていた。
 ウルフが奇妙な獲物に気がつき、走っていく。トラクは呼び止めるが、ウルフはいうことを聞かない。屋根の頂きに立ったとき、ウルフの姿が消えた。
 トラクとレンがかけつけると、落とし穴による罠の跡があった。何者かが、網を使ってウルフを生け捕りにしたのだ。ウルフは賢く、知りたがり屋で、心底忠実だった。いつもトラクの仲間であり弟分だった。
 ふたつの足跡をみつけたふたりは、追跡をはじめる。
 途中〈歩き屋〉と再会し、〈ヘビの目〉をさがせと教えられた。キツネたちが教えてくれるという。しかし〈ヘビの目〉に入ったら、無傷ではいられないだろうとも。
 足跡を見失い、レンは野営地にもどろうとする。族長のフィン=ケディンに相談するべきだというが、トラクはもどる気になれない。
 トラクはレンの反対を押し切り、ワタリガラスに〈生霊わたり〉をした。トラクの魂が鳥の体の中に入りこみ、鳥の見るものが見え、鳥の感じるものが感じられる。
 ワタリガラスになったトラクは、ふたつの影を見つけた。そりを引っ張っている。ウルフはそりに縛りつけられて、動くことができない。そして、〈魂食らい〉のしるしを目の当たりにした。
 〈魂食らい〉がウルフをさらっていったのだ。
 トラクとレンは追跡を再開した。
 広い雪原を越えると急なのぼり斜面になり、吹きだまった雪がまぶしい青い峰をつくっている。北風はいつになってもやまない。猛然と吹きつけてくる。雪嵐にあったふたりは、シロギツネ族のイヌクティルクに助けられた。
 イヌクティルクがふたりをさがしていたのは、シロギツネ族の長老のひとりが、死者の霊が送ってきたものを見たからだった。トラクが、大いなる悪を働こうとしているところを。
 ふたりは、西にある野営地に連れられていってしまうが……。

 シリーズ3巻目。
 基本的には、児童書。
 本作の舞台は、北の氷河。ついに、宿敵〈魂食らい〉の生き残りたちが一堂に会します。
 トラクとレンは大冒険を繰り広げますが、情報が効率的に活用されているのが印象的でした。ひとつの出来事が、さまざまな役割を果たします。決して長くないのに重厚さがあるのはそのためなんでしょうね。


 
 
 
 
2021年02月21日
ミシェル・ペイヴァー(さくま ゆみこ/訳)
『追放されしもの』評論社

 《クロニクル 千古の闇》第4巻
 かつて〈魂食らい〉と呼ばれる7人の魔導師がいた。悪事に手を染め支配者になろうとしたが、ある事件によって散り散りになり、姿を消した。
 トラクは、〈魂食らい〉たちを打ち砕いたオオカミ族の魔導師の子。孤児となり、ワタリガラス族のもとに身をよせている。
 冬が去り〈サケが走る月〉に入った。氷に閉じこめられていた〈緑の川〉は、サラサラとささやいている。
 トラクはふた月前から、秘密をかかえていた。
 〈魂食らい〉たちに捕まったトラクは、クサリヘビ族の魔導師セシュルによって、胸にしるしを入れられた。三つ又のフォークをした〈魂食らい〉のしるしを。
 セシュルは言った。
 ちょっと引っ張るだけで、おまえをたぐり寄せることができる。どんなにもがいても、おまえはもう、われらの仲間。
 トラクは逃げおおせたが、しるしは残ったまま。削り取ることができないでいるうちに、みんなに知られてしまった。
 トラクはハズシとして追放されてしまう。
 ハズシは死者とおなじ。見つかれば殺される。追放されたハズシを助けようとした者も、追放されることになる。
 トラクは、オオカミである仲間ウルフと共に、森に入った。
 なぜ、しるしが見つかってしまったのか。だれかが、トラクを氏族たちの中から追い出そうとしているのではないか。
 トラクは〈魂食らい〉のことを考えていた。たぐり寄せようとしているのだ。トラクの〈生霊わたり〉の力を、自分たちのものにしたいのだろう。
 追放されたトラクだったが、親しくしていたレンに助けられる。
 レンは、しるしを取りのぞく方法を調べてくれた。きちんとした儀式を行なわずに削り取ると、しるしがもどってしまう。
 儀式は、満月の夜に行なう。森と氷と山と海、四種類の場所にいる氏族たちのものをそろえなければならない。
 そして、入れ墨のまわりを切る。筋肉に届くほど深く切ってはだめだ。皮膚の真ん中をフックでひっかけて持ち上げると、傷の両側を寄せて縫い合わせる。
 トラクは、レンまでハズシになることを恐れていた。ひとりで儀式を行うが……。

 シリーズ4作目。
 基本的には、児童書。
 大転換でした。
 はじめて、オオカミ族が登場します。オオカミ族だと思っていたトラクですが、実は氏族なしでした。母が死ぬ前に、この子を氏族からはずすと宣言していたんです。氏族なしというのは、この世界の人にとってハズシ以上の衝撃。
 それから、レンの秘密があきらかになります。
 さらに、フィン=ケディンの態度の謎もあかされます。
 フィン=ケディンは、ワタリガラス族の族長。トラクの庇護者ですが、気遣ったり、突き放したり、ちょっとぶれがち。物語の都合で動かされているような疑いもありました。
 ついに、フィン=ケディンの複雑な胸のうちが語られます。

 今作でトラクは、セシュルと対決します。
 確認されている〈魂食らい〉の生き残りは、セシュルを入れて3人。仲良しグループではないので、ひとりずつ登場していくのでしょうね。


 
 
 
 
2021年02月27日
ミシェル・ペイヴァー(さくま ゆみこ/訳)
『復讐の誓い』評論社

 《クロニクル 千古の闇》第5巻
 かつて〈魂食らい〉と呼ばれる7人の魔導師がいた。悪事に手を染め支配者になろうとしたが、ある事件によって散り散りになり、姿を消した。
 トラクは、〈魂食らい〉たちを打ち砕いたオオカミ族の魔導師の子。孤児となり、ワタリガラス族のもとに身をよせている。
 〈魂食らい〉は、悪霊をあやつるファイアオパールを利用していた。ファイアオパールは砕かれ、3つのかけらになっている。ふたつは始末できたが、まだひとつあった。死んだアザラシ族の魔導師が持っていたらしいが、行方はわからない。
 〈カバの樹液の月〉も終わろうとしていた。
 トラクは、ワタリガラス族の族長フィン=ケディンと、その姪のレンと共に、アザラシ諸島に渡っていた。ファイアオパールを求めて〈魂食らい〉が現われるかもしれない。
 アザラシ族たちは、交替で見張りに立った。今夜はトラクとベイルの番だ。
 アザラシ族のベイルは、トラクの親戚。トラクが追放されていたときにも助けてくれた。兄のような存在だった。
 ベイルはもうすぐ17歳。近いうちに連れ合いを見つけて、自分の寝小屋を建てることになる。ベイルはトラクに、レンに残ってくれるようにたのむつもりだと打ち明けた。
 トラクは動揺してしまう。見張りをベイルに押しつけ、立ち去った。夜明け前、心を入れ替えベイルに謝ろうと決心するが、そのころにはベイルは死んでいた。
 ベイルは岩山から落ちたらしい。爪の間には、こびりついた血がついていた。何者かに殺されたのだ。
 岩山にのぼったトラクは、何者かの跡を見つける。おそらく犯人は、トナカイの毛をまとった大きなどっしりとした男だ。岩棚のへりに残った手の跡は、指が3本しかなかった。  
 北の果ての洞穴で〈魂食らい〉と対決したとき、ウルフがあの男にとびかかり、2本の指を食いちぎった。オーク族の魔導師シアジだ。
 シアジはファイアオパールを見つけたらしい。
 トラクは、ベイルの仇を討つと誓う。
 一方、森に残っていたウルフは、大きらいなにおいを見つけていた。捕まって洞穴にとじこめられていたとき、助けにきたトラクを襲ったあいつだ。あいつに飛びかかったウルフは、前足に牙を立て、肉と骨を食いちぎってやった。
 あの〈噛まれたやつ〉のにおいだ。
 ウルフはトラクの一行と合流し、〈噛まれたやつ〉のにおいを追って〈深い森〉へと向こうが……。

 シリーズ5作目。
 基本的には、児童書。
 今作の舞台は〈深い森〉。
 前の夏以来〈深い森〉では、オーロックス族とモリウマ族がもめてます。ほとんど戦争状態。フィン=ケディンは〈深い森〉のことを知っている自分が行くべきだと譲りませんが、ちょっと気になる予言がでてます。
 それから、今作でついに、ウルフが、トラクはオオカミじゃないと気がつきます。さすがに「いまごろ?」と思わずにはいられなかったのですが、物語の流れ上、ウルフの葛藤が後回しになっていた、ということでしょうか。
 最終巻に向けた情報整理が行なわれたように思えます。


 
 
 
 
2021年02月28日
ミシェル・ペイヴァー(さくま ゆみこ/訳)
『決戦のとき』評論社

 《クロニクル 千古の闇》最終巻
 かつて〈魂食らい〉と呼ばれる7人の魔導師がいた。悪事に手を染め支配者になろうとしたが、ある事件によって散り散りになり、姿を消した。
 トラクは、〈魂食らい〉たちを打ち砕いたオオカミ族の魔導師の子。孤児となり、ワタリガラス族のもとに身をよせている。
 ふたたび〈リンボクの月〉になった。トラクの父が邪悪なクマに殺されて3年がたつ。
 森は、灰色のガに襲われていた。〈影の病〉が広まり、人々は不安にかられている。病人たちは、自分の影の中に悪霊があると口走っていた。
 トラクは、父の助けを求める声を聞く。
 あのときトラクは、死のしるしを描いただけでその場をはなれた。ナナカマドの枝もおかず、唱え言葉も言わずに、森におきざりにしたのだ。
 養父のフィン=ケディンは、イオストラの罠だと言う。
 イオストラはワシミミズク族の魔導師。〈魂食らい〉のなかでも最も恐ろしい存在。山のどこかに身を隠し、森じゅうにクモの巣みたいな怪しい網をかけようとしている。
 トラクは、イオストラに立ち向かう決心をする。イオストラの狙いは、トラクの〈生霊わたり〉の能力だ。トラクを手に入れるまでは殺さないだろう。
 ひとりで旅立ったトラクは、ウルフにも別れを告げようとする。
 そのころウルフは〈ウマはね川〉の上流にある尾根で、連れ合いの〈黒毛〉と、子どもたち〈影〉と〈小石〉と共に暮らしていた。トラクには、ウルフを巻き込むことはできなかった。
 トラクは、ワシミミズクの姿を見かける。ウルフの巣穴のある方角だ。あわてて向かうが、間に合わない。
 そのときウルフは留守だった。子どもたちを守っていたのは〈黒毛〉一頭きり。〈影〉が殺され、〈黒毛〉はワシミミズクに立ち向かうものの、崖から下の川へと落ちていってしまう。
 ワシミミズクは〈小石〉をさらっていった。かけつけたウルフはワシミミズクを追いかけ、南へと走っていく。
 トラクもあとを追うが、父が、東にきてほしがっていることに気がつく。イオストラが自分を東にさそっているのだ。東に向かっては、ウルフを見捨てることになる。
 トラクは南へと向かうが……。

 シリーズ最終巻。
 基本的には、児童書。
 今作は、初巻の『オオカミ族の少年』で登場したあれこれが語り直される趣向になってました。あのときのあれは、これにもかかってくるのか、と緻密さを感じさせます。
 これまでのトラクだったら、ウルフは自分の面倒を見られるからと東に向かっていたように思います。自分の思いを振り切るのはトラクに限らず。登場人物のそれぞれが成長してます。
 やはり最終巻だけありますね。
 これまで読んできてよかった。

 なお、本作でトラクは15歳、レンは13歳になります。現代では子どもですけれど、舞台は6000年前。当時の平均寿命を想像すると、老成しているフィン=ケディンでさえ、30歳代じゃないかと思います。
 児童書に分類されてしまうのがもったいないです。


 
 
 
 

2021年03月06日
ダニエル・F・ガロイ(中村 融/訳)
『模造世界』創元SF文庫

 ダグラス・ホールは、ホレス・P・シスキンのパーティに招かれていた。
 ダグラスはシミュレクトロニクスが専門。ハノン・J・フラー博士の助手になって5年がたつ。
 フラー博士は、完全環境シミュレーターに取り組んでいた。
 フラー博士のシミュレーターと比べれば、従来のシミュレクトロニクスは子どもだまし。コンピュータ方式の蓋然性予測は、ある一定の刺激=反応調査に限定される。
 一方、完全環境シミュレーターは、社会環境を電子的にシミュレートするもの。主観的相似物(アナログ)を住まわせ、環境を操作することで、仮定の状況下における行動を予測できる。どんな質問にも回答をだせるのだ。
 現代社会は、世論調査員と呼ばれる公認反応モニターが席巻していた。お節介の大群が、庶民の日々の活動に首を突っこんでくる。そんな煩わしさも、シミュレーターが稼働すれば一掃されるだろう。
 フラー博士が財政的援助を求めたのが、事業家のシスキンだった。リアクションズ株式会社が設立され、シミュレーターは完成目前。
 ところが、フラー博士が事故死してしまう。
 ダグラスは、博士に代わって新たに技術監督となった。まだ1週間しかたっていない。リアクションズのためのパーティとはいえ、楽しむことはできなかった。
 そんな場へ、モートン・リンチが現われる。リアクションズの内部保安の責任者で、フラー博士と親しくつきあっていた。ダグラスがリンチと会うのは一週間ぶりだった。
 リンチは、フラー博士は事故ではないと言う。殺されたのでもない。博士は、命を落とすことを予期していた。
 驚くダグラスだったが、呼びかけられて目をはなした瞬間にリンチは消えていた。
 やがて、リンチの記憶が人々から消えていく。シスキンはリンチのことを忘れ、フラー博士の娘も、そんな人は知らないという。リンチは、10年以上もフラー家に居候していたというのに。
 ダグラスは、フラー博士がリンチに伝えたことを調べようとするが……。

 仮想世界系SF。
 「13F」というタイトルで映画化されてます。
 物語は、ダグラスの一人称。
 序盤からですでに、真相の予測がつきます。ちっとも気がつかないダグラスが不思議でならない。なぜ、気がつかない。
 一人称だと、読者とのギャップがあるときに辛いですね。
 世論調査員とのやりとりは、ユーモア系作家が書けばコミカルな場面になったと思いますが、ダグラスはひたすら真面目。面白みはないです。

 本作は、1964年の発表。
 当時は、こういう設定は驚きだったのかもしれません。


 
 
 
 

2021年03月12日
クリストファー・プリースト(古沢嘉通/幹 遙子/訳)
『隣接界』新☆ハヤカワ・SF・シリーズ

 ティボー・タラントは、フリーのカメラマン。
 アメリカ人の父とハンガリー人の母を持ち、イングランドで生まれ、ほぼそこで育った。妻のメラニーは看護師をしている。
 タラントは仕事で頻繁に旅をし、ときには一週間かそれ以上家を留守にした。メラニーも、病院勤務だったのが国境なき医師団に移り、家を空けるようになった。
 結婚生活は破綻寸前。
 ふたりのあいだの絆をもう一度固めようと、メラニーは英国政府が設立した新しい支援機関の仕事に応じることにする。タラントも一緒だ。それが、アナトリア東部への派遣だった。
 グレート・ブリテン・イスラム共和国では、医療従事者にしか海外への渡航を許していない。配偶者であっても同じだ。そこでタラントも海外支援局に所属し、特別な外交旅券を取得した。
 アナトリア東部の病院に到着するのに2ヶ月。旅はふたりを引き寄せた。
 ところが、野戦病院に到着したとき、ふたりの仲は終わった。タラントは不必要な存在であり、臨床の仕事にとってただの邪魔者。できるだけ頻繁に撮影にでかけたが、施設の外はどんどん危険になっていく。
 ふたりが辛辣な口論をしたとき、メラニーはひとりになりたいと言って出ていった。防弾チョッキを羽織り、ライフルを手にして。とても危険な時間帯だった。
 まもなく、すぐ近くで爆発の音が聞こえ、いつもの緊急点呼がおこなわれた。メラニーの姿はない。調査チームは、大きな三角形の形に黒く焦げた土壌を見つけた。
 メラニーが死んだのは確実だ。
 タラントはせきたてられるように帰国するが……。

 隣接する物語の集合体。
 ティボー・タラントが縦軸になってます。
 ある時点でイギリスはイスラム国家となったようですが、そのあたりの解説はなし。海外渡航の制限とか、気候変動とか、暗い雰囲気満載でした。
 タラント以外では、第一次世界大戦下の奇術師トミー・トレント、第二次世界大戦下の一等航空機整備兵マイク・トーランスなどなど。
 それぞれの関係性は、読み進めていくうちに、うすらぼんやりと分かったような分からないような、そんな感じでゆるゆるに隣接してます。

 プリーストは、何作が読んだことがある程度。すべて愛読しているような熱心な読者だったら、もっと隣接する世界におもしろみを見いだせるのかもしれません。


 
 
 
 

2021年03月14日
アントニイ・バークリー (狩野一郎/訳)
『ジャンピング・ジェニイ』創元推理文庫

 素人探偵のロジャー・シェリンガムは、ロナルド・ストラットンの招きで〈セッジ・パーク〉に滞在していた。
 〈セッジ・パーク〉は、ロンドン近郊のウェスターフォードから3マイルほど郊外に建つカントリー・ハウス。屋敷の主人であるロナルドは、まだ中年にさしかかったばかりの比較的裕福な男だった。自分の楽しみのために探偵小説を書いている。
 ロジャーはロナルドから、屋上の絞首台を見せられた。ぶらさげられているのは、男性と女性を模した藁人形。ロジャーに敬意を表したパーティの余興だった。
 ロナルドが開いたのは〈殺人者と犠牲者〉パーティ。参加者全員が有名な殺人者か犠牲者の扮装をするという、わくわくするほど悪趣味なパーティだ。
 ロジャーは、イーナのことが気になって仕方ない。
 イーナはロナルドの弟デイヴィッドの妻。まだ若く、不器量でもなければ美人でもない。とにかく強い印象をふりまいていた。
 ロジャーがロナルドにイーナの話題をふると、ロナルドからいつものユーモラスな調子が消えてしまう。その声は平板で感情のないものになり、なにかがあることをうかがわせた。
 ゲストのひとりはイーナのことを、完全にいかれてると評していた。ますます気になるロジャー。
 ようやくイーナに紹介されて、すぐに気がついた。イーナは、自分が目立つことを考えている。
 イーナは話した。
 こわいくらい内省的になっていること、結婚は自分を満たしてはくれなかったこと、すべてを終わりにしようと考えていること。それから、自分のいまいましい魂のことを猛烈に。
 イーナは、他のゲストにも同じ話をしているらしい。
 ロジャーはイーナに辟易してしまう。デイヴィッドはどうしてイーナと結婚しようと思ったのか。ロジャーは心底、デイヴィッドに同情した。
 パーティも終わりとなるころ、事件が発覚した。あの絞首台の藁人形が、イーナにすり替わっていたのだ。
 ついにイーナは自殺した。
 ロジャーは、イーナの足もとに椅子がなかったことに気がつく。自ら首を入れるには、絞首台は高すぎた。
 ロジャーは犯人をかばおうとするが……。

 《ロジャー・シェリンガム》シリーズ9作目。
 バークリーの恰好の入門書、というふれこみで読みました。本書には、最初に「ロジャー・シェリンガムについて」というプロフィールがついてます。そこでロジャーの人となりが分かるようになってます。
 ロジャーはそれでいいものの、パーティゆえに登場人物が多いです。たえず一覧表を見てました。なんとなく掴めてくるとおもしろさが増してくるのですが。
 ロジャーは“名”探偵ということになっていると同時に、うっかりさんでもあり、思い込みも強め。独特の雰囲気でした。
 シリーズは他に『毒入りチョコレート事件』を読んでますが、そのときには、ロジャーのことがよく分かってませんでした。こんなにおもしろいとは。
 1933年の作品とはとても思えないです。

 
 

 
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