2021年04月12日
ケルスティン・ギア(遠山朋子/訳)
『青玉(サファイア)は光り輝く』東京創元社
《時間旅行者(タイムトラベラー)の系譜》第二巻
グウェンドリン・シェパードは、ロンドンのセント・レノックス校に通う16歳。
タイムトラベラーだ。
グウェンドリンがその能力を発揮するまで、タイムトラベラーの遺伝子保持者はいとこのシャーロット・モントローズだと思われていた。そのために、シャーロットは生まれてからずっと努力し、準備してきた。グウェンドリンはなんの準備もしていない。
グウェンドリンは、秘密結社〈監視団〉で任務にかりだされる一方、警戒されて不満をつのらせる。
〈監視団〉は、サンジェルマン伯爵によって設立された。
タイムトラベラーは、時間跳躍をコントロールすることができない。そのため、クロノグラフを使う必要がある。クロノグラフは〈監視団〉が管理していた。
クロノグラフを利用するには、まず、タイムトラベラーの血を読みこませる。クロノグラフに予定された全員の血が集まったとき、秘密が開示されるという。
グウェンドリンは〈十二円環〉最後のひとりだが、生まれる前に、クロノグラフが盗まれる事件が起こっていた。
当時のタイムトラベラー、ルーシーとポールがサンジェルマン伯爵に疑問を抱いた。しかし、誰もが伯爵に心酔し、ふたりの訴えは聞き入れられない。ふたりは、クロノグラフを盗んで過去へ逃げた。
現在〈監視団〉は、予備のクロノグラフを使っている。ルーシーとポールの行方は分かっていない。
ふたりはなにを知っていたのか。サンジェルマン伯爵は本当に正しいのか。〈監視団〉の関係者はふたりを非難するばかりで、グウェンドリンには判断することができない。
そんなときグウェンドリンは、1948年にタイムトラベルした。地下の錬金術実験室は、長年使われていない。ところが、ひとりの青年がグウェンドリンを待っていた。
ルーカス・モントローズ。6年前に亡くなった祖父だった。
ルーカスは、5年前に何者かから渡されたというメモを持っていた。未来のグウェンドリンが書いたらしい。
グウェンドリンは、ルーカスを信用することに覚悟を決め、協力を頼むが……。
時間SF。
イギリス舞台のドイツ文学。
体裁は三部作になってますが、実際は全三巻。
大筋は、タイムトラベルに伴うあれこれと、サンジェルマン伯爵をめぐる謎。対立組織があり、待ち伏せされて命の危険にさらされたりと、事件続出。
ですが、基本ベースはグウェンドリンの恋模様です。
グウェンドリンは、2つ年上のタイムトラベラー、ギデオン・ド・ヴィリエに一目惚れ。そのギデオンからキスされて有頂天になります。が、ギデオンはサンジェルマン伯爵の信奉者。信じることはできません。
いろいろ起こりますが、終わってません。
2021年04月13日
ケルスティン・ギア(遠山朋子/訳)
『比類なき翠玉(エメラルド)』東京創元社
《時間旅行者(タイムトラベラー)の系譜》第三巻
グウェンドリン・シェパードは、ロンドンのセント・レノックス校に通う16歳。
タイムトラベラーだ。
タイムトラベラーは、自分で時間跳躍をコントロールすることができない。クロノグラフを使う必要がある。クロノグラフは、秘密結社〈監視団〉が管理していた。
〈監視団〉は、サンジェルマン伯爵によって設立された。
クロノグラフには秘密があり、〈監視団〉の関係者はサンジェルマン伯爵の主張を受け入れている。だが、一世代前のタイムトラベラーだったルーシーとポールが疑問を呈した。ふたりはクロノグラフを盗んで過去に逃げ、今も見つかっていない。
現在〈監視団〉は、予備のクロノグラフを使っている。最後の一台とあって管理は厳重で、つい最近まで部外者だったグウェンドリンは不必要に警戒されてしまう。
グウェンドリンは、6年前に亡くなった祖父ルーカスの協力を得て、ルーシーとポールが知った秘密を探ろうとする。そして、過去からのメッセージで、重要なものが自宅に隠されていることをつかむ。
出てきたのはクロノグラフだった。ルーシーとポールが盗んだものだ。
一方、もうひとりのタイムトラベラー、ギデオン・ド・ヴィリエは、ポールから秘密書類を受け取っていた。サンジェルマン伯爵の信奉者だったが、ついに疑いを抱く。
そのために、告白までしたグウェンドリンを遠ざけようとするが……。
時間SF。
イギリス舞台のドイツ文学。
体裁は三部作になってますが、実際は全三巻で、本作で完結です。
物語の中で、時間にまつわるあれこれは、きちんと解決されます。いろいろな辻褄は合います。スッキリします。
けれど、いろいろと腑に落ちない仕様になってます。というのも、根本的な謎が最初から無視されているんです。
そもそも本作は、基本ベースがグウェンドリンの恋愛にあります。
グウェンドリンはギデオンに一目惚れしますが、いかんせんギデオンがプレイボーイ体質。やきもきしっぱなし。告白されたり、友だち宣言されたり、すごい紆余曲折です。
女子高生の恋愛ものに時間SF要素を加えました!
という視点で読むと、楽しめます。過去にしまわれた謎があり、冒険と危険が満載で、信頼できる友人と、心を奪われる恋が花盛り。
逆に、期待するのは時間SFであって恋愛要素は不要、となるとキツイです。どれだけ時間ものが読みたくとも、決して読んではいけない物語だと思います。
2021年04月18日
カーター・ディクスン(厚木 淳/訳)
『白い僧院の殺人』創元推理文庫
ジェームズ・ベネットは、アメリカの外交官。
イギリス新聞界の大物、カニフェスト卿がアメリカにきたとき、接待を担当した。そして、マーシャ・テートとその取り巻きたちと出会った。
マーシャは、性的魅力に満ちたハリウッド女優。
はじめマーシャは、ロンドンで舞台に立った。劇評家たちに酷評され、二度目のチャンスは得られなかった。しかし、アメリカに渡って評価は一変。カール・レインジャー映画監督に拾われ、宣伝係のティム・エマリーの尽力もあり、大成功を収めた。
今度マーシャは、イギリスで新作劇に主演するつもりだ。かつての評価を引っ込めさせるため。チャンスをくれなかった興行主たちは無視し、自主興行に打って出る。
制作はジョン・ブーン、脚本はモーリス・ブーンだという。
ジェームズがそのことを知ったのは、イギリスへ派遣された船旅で一緒になったからだった。縁あって、ジェームズもブーン家の屋敷に招待される。
屋敷は、サリ州エプソム市の近くにあり〈白い僧院〉と呼ばれていた。大理石の別館は、かつてチャールズ王が建てさせたという。
ジェームズはマーシャのことが気になっていた。マーシャに毒入りチョコレートが送られてくる事件があり、心配だった。
ジェームズが外交官の仕事を済ませ、車で〈白い僧院〉についたときには、夜明け近くになっていた。雪はやみ、東の空はもう灰色。星は光が薄れていた。
ジェームズは、なにかが起こっていることに気がつく。別館でジョンが呼んでいる。別館へは、ジョンのものらしい足跡が一筋。降りたてのやわらかい雪の上に、ほんのちょっと前につけられたようだった。
白い別館に向かったジェームズは、ジョンから、マーシャが死んだことを聞いた。
孤立した別館でマーシャは、頭を打ち砕かれて倒れていた。石のようにつめたくなっている。雪がやむ前に死んだに違いない。
建物の四方は、木一本、茂みひとつない。別館は池で囲まれており、薄氷がはっている。あるのは、ジョンの足跡だけ。
捜査がはじまるが……。
不可能犯罪ものミステリ。
本書は、ヘンリ・メリヴェール卿の登場するシリーズのひとつ。
ヘンリ・メリヴェール卿は、イギリス陸軍情報局として知られる辣腕の機関全体を切り回していた人物で、犯罪捜査の天才として名前が知れています。
メリヴェール卿の甥が、ジェームズ・ベネット。
ジェームズはメリヴェール卿と面会し、マーシャに危険が迫っているのではないかと懸念を伝えます。そして殺人事件が発生し、メリヴェール卿もかけつけます。
登場人物による、さまざまな思惑による推理合戦が繰り広げられます。
あいつが犯人だと告発し、もっともらしい理由が語られます。それを覆す内容の証言が出てきて、今度は別の人物が犯人を名指しし、(憶測の)犯行の一部始終を語ります。
マーシャが抱えているトラブルも相まって、人間のドロドロしたところがわんさか出てきます。読み応え抜群。
《通い猫アルフィー》シリーズ
アルフィーは通い猫。エドガー・ロードを本拠地にしている。 本宅は、クレアとジョナサン夫婦の家。サマーとトビーという子どもたちがいる4人家族だ。
それと、ジョージ。アルフィーは父親代わりを務めている。母親代わりは、ガールフレンドのタイガーだ。
タイガーは別の家で暮らしている。あまり行動的なタイプではないが、最近は家にこもりがち。寒さのせいもあるだろう。
冬が近づいているので日が短くなり、空気も身を切る冷たさになり始めている。ジョージはどんな天気だろうが出かけるのが大好きだ。寒さなんか感じないらしい。
通い猫を自認するアルフィーには別宅がある。同じ通りの、ポリーとマットの家。それから、少し離れた通りにはフランチェスカとトーマスの家もある。
3つの家族をつないだのは、アルフィーだった。クリスマスまでもう2ヶ月もない。3家族の母親たちは、みんなで集う計画をたてている。
アルフィーは今でも、新たな別宅を求めてやまない。
そんなある日、ジョージが大きな車に気がついた。引っ越しだ。空き家だった隣に、人間がやってくる。
アルフィーはさっそくようすを見に行く。
犬はいない。クレアと同年代の女の人がいる。女の子もいる。ティーンエイジャーというやつだ。
猫がいた。ずいぶん小柄で、白と黒と薄茶が混じった毛並みはつやつやしている。エキゾチックな、見たことがない変わった猫だった。
人間たちの話によると、越してきたのはシルビーとコニーの母娘。外交官の夫と離婚したばかりで、日本に住んでいた。あちらでは、猫は室内飼いがふつうらしい。
三毛猫のハナは、一度も外に出たことがない。新しい友だちになれるかもしれないと、アルフィーはシルビーの家に通うが……。
シリーズ5作目。
前作とつながってませんが、登場人物が多いため、いきなり読むのは厳しいと思います。
猫たちは擬人化されてます。とはいえ、絶妙なところで猫なんです。アルフィーは、シルビーに歓迎されていることを知ってもらおうとプレゼントを用意します。ねずみを。
第一作で、ジョナサンにも同じことをしてましたっけ。
基本的に、過去作と同じです。
シルビーは、夫に浮気された末に離縁されて傷ついてます。まだ気持ちが切り替えられていない状況。コニーは、フランチェスカの子アレクセイと恋仲になりますが、シルビーは許そうとしません。
エドガー・ロードには荒れた家があり、ジョージは遊び場にしてます。その家の主も、ちょっと問題を抱えてます。
今作での変化は、タイガーのこと。
ネタバレに絡むので具体的には書きませんが、タイガーの飼い主さんたちが終盤にある決断をします。その理由がとても印象的でした。
ところで、ジョージは3作目で登場したときには、生後3ヶ月でした。その後、クリスマスを過ぎて夏休みシーズンに入ったのが4作目。さらにクリスマスがあり、またもやクリスマスを迎えようとしているのが、今作。
相変わらず仔猫っぽいです。そこが気になって仕方ないのです。
とはいえ、今作の出来事で大きく成長します。
2021年04月25日
マルク・デュガン(中島とおり/訳)
『透明性』早川書房
2020年代。
デジタル革命が、経済を根本的に変えた。
何十億もの個人情報が集められ、処理され、フィードバックされていく。情報には対価が支払われ、ベーシックインカムの役割を果たした。
そのころ、カッサンドル・ランモルドティルは20歳。トランスパランス社を創立していた。
トランスパランスの提供するサービスでは、集められた情報から最適なパートナーを見つけだす。ビジネスモデルは大成功を収め、ついにグーグルから声がかかった。
カッサンドルはトランスパランスを売却し、自身もグーグルで5年間働いた。グーグルにいるだけで、彼らのデータに自由にアクセスできる。ただ、彼らの考えには賛同できなかった。
2060年代。
環境破壊と地球温暖化が進んでいた。人々の住む都市はどんどん北上し、北欧ですら暑くなりつつある。出生率は低下。グーグルによる個人データの完全な可視化が人間を変えていた。
カッサンドルは、エンドレス社を立ち上げていた。
エンドレスは、アイスランドのスタートアップ。カッサンドルは、志を同じくする12人の男女と秘密の計画を進めていた。肝心なのは、目立たないこと。そのために細心の注意が払われた。
カッサンドルが極秘にしてきたのは、トランスヒューマニズムの研究。人の外見とその本質的な機能を、集められた何十億のデータをベースに、心理や魂をそのままに再生させる。
エンドレスは、今、生きている人間に永遠の命を保証する。死後も変わらない知性や感受性を、見かけの同じ体に移す計画だ。
グーグルも、死を克服しようとしていた。一握りのエリートのために。彼らは、金持ちたちに永遠の命を保証しようとしていた。
大量のデータを用いるエンドレスは、個人情報を売らざるを得ない一般人が対象だ。
カッサンドルは用意周到に準備を整え、全世界を驚愕させるが……。
フランス文学。
設定的にはSFですが、そういう雰囲気はなかったです。
カッサンドルの独白で、淡々と語られていきます。
カッサンドルは環境破壊を憎んでいます。どうすれば世界を変えられるか考えていて、人々に、永遠の命が手にはいる方法を説きます。
12人の同志についてはあまり語られません。カッサンドルは使徒と呼んでます。永遠の命と宗教との関係も取り上げられますが、キリスト教のことがクローズアップされてます。
キリスト教と12使徒……。
とにかく、淡々と、淡々と展開していきます。結末がどういう着地になるのか、興味津々でした。
そうきたかー!
連作短編集。
江戸は豊島町の鳩屋は、おなごの奉公人だけを扱う口入屋。女中奉公は年季奉公が尋常なのだが、鳩屋では、繁忙期だけ手伝う通いの奉公人も斡旋している。
お咲は、鳩屋がかかえる介抱人のひとり。
介抱人は、身内に代わって年寄りの介抱を助ける奉公人だ。武家も町人も、親には孝養を尽くすのが人の道。家を継ぐものが親の老後を看取るものだが、なかなかそうもいかない。
きつい仕事だけに、介抱人は女中奉公の何倍もの稼ぎができる。
お咲には借金があった。
お咲は水茶屋で奉公をしているとき、地主の跡取り仙太郎に見初められた。姑は仙太郎に甘い。仙太郎が押し切って夫婦となったが、歓迎されはしなかった。
とりわけ問題だったのは、お咲の母の佐和だ。かつては妾奉公をしており、途方もなく美しい女だが、口が悪く、何もかもにだらしがない。佐和は、舅の仁左衛門に金子を無心していた。
仙太郎の心は離れ、お咲の味方は、お咲が介抱している仁左衛門だけ。仁左衛門はかばってくれたが、お咲は離縁された。仙太郎から30両の借金を押しつけられて。
お咲が嫁家を去る朝、仁左衛門が銀の猫の根付をくれた。お咲は、根付をいつも懐に入れている。
介抱人になったのは、仁左衛門のことがあったからだ。
お咲は佐和の面倒をみながら、仙太郎に金を返しつづけている。
「銀の猫」
お咲は、料理茶屋のご隠居の介抱をすることになった。いつも介抱している倅の重兵衛が、少し家を空ける用事ができた代わりだった。
ご隠居は半身不随で痩せており、あまりしゃべらない。だが、耳も頭もしっかりしている。
お咲はご隠居が、日々の暮らしを、生きることを投げていないことに気がつくが……。
「隠居道楽」
深川佐賀町で干鰯商を営む相模屋から、変わった依頼が入った。
女隠居のおぶんは、還暦を迎えたばかり。介抱は必要なく、風邪も滅多にひかない。しかし、あまりに道楽が過ぎて手に負えないでいた。
女中の見張りでは太刀打ちできず、鳩屋に相談したのだ。年寄りの扱いに慣れた介抱人ならどうだろう、と。
お咲は、おぶんの遊びにつきあわされてしまうが……。
「福来雀」
青物町の芸者、染吉の母のお蔦が足の骨を折った。お咲は、夜だけの通いを頼まれる。
お蔦の娘自慢は尽きない。娘のためにいろいろとしているものの、染吉はそっけない。お咲はいぶかしむが……。
「春蘭」
ご隠居の白翁は、先の公方様、大御所様の長年のご側近であられたお方。端正な面貌に純白の鬚をたくわえている。隠居して4年がたつ。
鳩屋が武家の介抱を頼まれるのは、はじめて。お咲は緊張するが、白翁の老碌の症に気がつく。
白翁は突然、女性になってしまうが……。
「半化粧」
左分郎太は日本橋は通油町で、杵屋という貸本屋を営んでいる。新しい介抱の指南書を作ろうと、鳩屋に相談があった。
江戸には『養生訓』という、長寿を全うするための養生法を説いた本がある。120年以上も読み継がれてきた名著だ。養老についても説いてある。
介抱する者の心得はもちろん、年寄り自身が持つべき心構えにまで筆が尽くされている。ただ、孝行心や人の道を訴えているのは古い。親子の実状に合ってない。
お咲や他の介抱人たちは、左分郎太に請わて仕事の説明をするが……。
「菊と秋刀魚」
お松は、齢70。取り次ぐのは、妹のお梅、68歳。
お松は町人の出だが、長年、御殿女中だった。お梅は市中の大店に嫁いだが亭主に先立たれ、子もなかったので、姉の隠居屋敷に身を寄せている。
お咲はお松の介抱をしているが、御殿風なのか、お松自身は口を開かず、妹に差配させている。お咲はふたりの関係が、考えていたものとちがうことに気がつくが……。
「狸寝入り」
佐和に、光兵衛という男ができた。妾ではなく、後添えを望まれているらしい。
お咲は心穏やかでいられない。勝手にすればいいと思うが……。
「今朝の春」
鳩屋も協力した『往生訓』が完成した。
お咲は、借金を返すため、たびたび仙太郎に会っていた。だが、もうこれきりにしようと考え、鳩屋から前借りする。仙太郎には、結婚すると伝えるが……。
最後の二篇「狸寝入り」と「今朝の春」は、集大成的物語。それまでに登場したご老人たちが亡くなったりと、後日談のような雰囲気でした。
物語のはじまりは、天保8年(1837年)。
お咲が離縁されて4年。介抱人になってから3年が経過したところです。
簡単に言ってしまえば、江戸人情もの。そこに介抱という問題が入ってます。当時、介抱人なる奉公があったかどうかは存じませんが、新たな切り口で、興味深く読みました。
タイトルの銀の猫は、仁左衛門からもらった根付。仁左衛門はすでに他界しています。お咲はときどき根付を手にしては、仁左衛門のことを思い出してます。
本物の猫もほんのちょっぴり登場します。ドラマで、画面のはじにちょこっと写っているような、そんな扱いです。
《マジプール年代記》第三巻
マジプールには、広大な3つの大陸があった。アルハンロエル、ジムロエル、そしてスヴラエル。大陸は、内海を介して向き合っている。外海はいまだに征服されていない。
世界を統治する〈皇帝〉が住まうのは、アルハンロエルの〈城ヶ岳〉。さらに上位の者である〈教皇〉は、巨大な地底の都である〈迷宮〉に暮らしている。
ヴァレンタイン卿が〈皇帝〉に即位して8年。
伸ばし伸ばしにしていたが、ようやく世界を巡る旅に出発した。ところが〈迷宮〉に滞在しているとき、不調に見舞われてしまう。なんらかの呪文にかかったらしい。
妖術師のデリアンバーによれば、おのれの内部の、魂のからっぽの領域から生まれでる呪文があるという。夢のすべてがお告げではないように、呪文の場合も、かならずしもかけた者がいるとはかぎらない。なんらかのしるしが外にあらわれようとしているのだろう。
〈皇帝〉はマジプールを体現するもの。〈皇帝〉は世界、世界は皇帝。嵐が起ころうとしている。
側近のスリートは、戦争の予兆だという。いまやその戦さが避けられないものとなった。デリアンバーは、戦争はすでに始まっている、と指摘する。
マジプールには敵がいた。14,000年の昔、人類が入植するよりも前から〈変化〉たちはマジフールに暮らしていたのだ。
ヴァレンタインはこれまで、虐げられてきた〈変化〉に寄り添おうとしてきた。彼らが必要とするものを理解しようと、懸命に力をつくしてきた。それなのに、いまだに何ひとつ知ることができないでいる。
ヴァレンタインは戦争状態であることに同意できない。
そのころ〈変化〉のファラータァは、マジプールを養っている食糧を標的に、行動を起こしていた。女王の賛同は得られていないが、仲間たちからは支持されている。
自分たちの世界を取り戻そうと、ヴァレンタインの元にスパイを送り込むが……。
異世界ものSF。
前作『マジプール年代記』の直後からはじまります。
前作で主人公だったヒスーンも登場します。18歳のヒスーンは序位騎士に昇格し、〈城ヶ丘〉で訓練にはげみます。はやい段階で分かるので書いてしまうと、ヴァレンタインはヒスーンを次期〈皇帝〉にするつもりです。
通常は〈教皇〉が亡くなると、〈皇帝〉が〈教皇〉に昇格し、大公の中から〈皇帝〉が選ばれます。ちなみに、序位騎士は大公の前段階です。
ただいまの〈教皇〉ティエベラスは、2代続いて〈皇帝〉が早世したために、かなりの高齢になってます。もはや意思表示も難しく、〈皇帝〉に助言することができません。
本作では〈変化〉との戦争が書かれます。
〈変化〉は数は少ないですが、外見を変えられます。人類をマジプールから追い出そうと、長年にわたって準備してきていて、ヴァレンタインは〈教皇〉の助力も得られず、劣勢です。それでもなお、〈変化〉の女王と面会して和平を実現しようとします。
いかんせん世界が広大すぎて、時間の感覚が狂いがち。ヴァレンタインの一行はたいした行動をしていないように感じる一方、ヒスーンの成長に年月を感じてしまいます。
そのギャップには戸惑うばかり。
小幕エピソードに見えてヴァレンタインと絡んできたり、構成がうまいし面白いのですけれど。ちょっと一言いいたくなります。
2021年05月03日
ホルヘ・ミゲル・ココム・ペッチ(吉田栄人/訳)
『言葉の守り人』図書刊行会
ぼくたち子供は、おじいさんたちが話す昔話や小話が大好きだった。ぼくはそうしたお話を通して、思いもよらない人間や動物が存在すること、あるいは場所があることを知った。
なかでもグレゴリオおじいさんのお話は格別だった。おじいさんはその言葉使いと身振りで、いつもぼくたちを虜にした。
ある日おじいさんは、ぼくと、ぼくのいとこたちに言った。
誰かひとりに、お話を覚えるという大切な仕事を引き受けてもらいたい。そしていずれはそれを文字にしてもらいたい。
ぼくたちはひとりずつ、おじいさんの左のポケットに入っているトウモロコシの種を取った。特別なトウモロコシは、約束を果たせる者の手に吸い寄せられる。ひとりだけ違う色の種を持っていた者が、選ばれた者となる。
ぼくは選ばれた者となるが……。
《新しいマヤの文学》業書の一冊。
児童文学。
マヤの文学と聞いて、勝手に、マヤ文明を想像してました。違いました。時代は20世紀。脈々と受け継がれてきた先祖の知恵とか、習慣などなど、マヤ先住民の文化的伝統をベースにした小話集でした。
8章からなってます。
ぼくの一人称で語られ、常におじいさんが出てきます。おじいさんに名前があるときには、決まってグレゴリオ。
それぞれの章の関連性はよく分からず。短編集なのか、全体でひとつなのか。トウモロコシに選ばれて、教えを学んで、少しずつ成長してますよ、ということでしょうか。
各章は、こんな感じ。
「トウモロコシの種の力」
トウモロコシに選ばれる話。
「通過儀礼−風の修行、夢の修行」
夢の話。夢を思い出すことで、自分の本来の光り輝く根源を取り戻すという話。
「七つの質問」
おじいさんにあれこれと質問する話。
「秘密の名前」
秘密の名前を得た話。自分の名前を持つことで、自分の魂を持つ唯一無二の人間となった。
「鳥の秘密(一)」
鳥の五つのさえずりを集めて得られた名前の中に、歌の力が詰まっているという話。
「鳥の秘密(二)」
おじいさんと鳥の歌を見つけにいく話。
「風の秘密」
夜の秘密の言葉に耳を傾ける話。
「言葉の守り人」
自分の言葉で自分の歳とすべての時間を書き留めなければならない、という話。
言葉によって、過去が現在と再会することを可能とする。
2021年05月05日
アントニイ・バークリー(巴 妙子/訳)
『レイトン・コートの謎』図書刊行会
《ロジャー・シェリンガム》シリーズ
ヴィクター・スタンワースは温和な60がらみの老紳士で、かなりの財産家だった。
スタンワース氏は毎年夏になると、違う土地に家を借りる。愉快で陽気な集まりが好きだった。少人数の仲間たちを周りに集めるのが彼の楽しみだったのだ。
スタンワース氏は独身のため、そういうときには、義妹のレディ・スタンワースが女主人の役目を果たす。
その年、スタンワース氏が夏の住居にしたのは、レイトン・コートだった。
最初に招待されたのは、レディ・スタンワースの旧友ミセス・シャノン。ミセス・シャノンは、娘のバーバラと一緒だった。
バーバラのために、アレグザンダー(アレック)・グリアスンも招かれた。アレックはかなりの財産を持った若者で、オックスフォードではクリケットの代表選手を3年間務めた経験もある。
アレックと親しかったために、ロジャー・シェリンガムにも声がかかった。
ロジャーは小説家。 世界的な名声と豊かな学識を備えている。スタンワース氏が借りるような家なら必ず、ロジャーのような人物を泊める余地があるのだ。
それから、メアリ・プラントも招かれていた。上品な26歳くらいの黒髪の女性で、夫はスーダン在勤の文官であるらしい。
ある朝、ロジャーは妙な雰囲気に気がつく。
スタンワース氏の個人秘書ジェファスン少佐のようすがおかしい。まもなくして、ロジャーとアレックは食堂から呼びだされた。
スタンワース氏の姿がなく、ベッドにも寝た様子がないという。書斎のドアと窓に内側から鍵がかけられ、そこにいるものと思われた。しかし、呼びかけても応答はない。
レディ・スタンワースも立ち会い、男たちがドアを体当たりで壊した。
スタンワース氏は、死んでいた。
大きな書き物机の椅子に腰掛け、垂れた右手は、小さなリボルバーをしっかり握り締めている。指はまだひきつったように引き金に巻きついている。額の中心のちょうど生え際あたりには、小さな丸い穴。その縁は奇妙に黒ずんでいた。
スタンワース氏は、銃で自殺したのだ。
タイプで打った短い遺書も見つかった。しかも書斎は密室だった。誰もが自殺と思った。
一方で、ロジャーは疑念をいだく。そもそもスタンワース氏の遺体がおかしい。自殺する人間が、額の中心を撃つだろうか?
ロジャーはアレックと共に捜査を始めるが……。
探偵もの、ユーモア・ミステリ。
スタンワース氏の死を巡る謎を、ちょっと思い込みがはげしいロジャーが解決しようとします。犯人が云々というより、真相を知りたい、という動機が大きいです。
こういう設定、ホームズもので知っている……という箇所もありました。ですが、作中でロジャーは自身とアレックを、ホームズとワトスンに見立ててます。おそらく、あえてぶつけてきたのでしょうね。
1925年の発表作なので、古さは否めません。
ロジャーの迷走ぶりにハラハラしながら楽しみました。
《テメレア戦記》第五作
19世紀初頭。
フランスではナポレオンが権力を握り、大陸全土を狙っていた。イギリスは海峡をはさんでフランスと睨み合っている。
ウィリアム・ローレンスは、英国空軍の戦闘竜テメレアのキャプテン。
ドラゴンたちの間で竜疫が広がったものの、特効薬となるキノコの発見で英国のドラゴンはことなきを得た。そんなときテメレアは、フランスのドラゴンを全滅させる企てを知る。英国の上層部がフランスに、病気のドラゴンを送りつけたのだ。
ローレンスとテメレアは、独断で薬を届けた。
帰国したローレンスは、国賊として捕らえられてしまう。国家反逆罪を問われ、死刑が確定した。ただ、絞首刑は執行されないままに延期され、軍艦ゴライアス号の監獄に入れられてしまう。
テメレアは、中国の希少な〈天の使い(セレスチャル)〉種のドラゴン。戦闘能力も知能も非常に高い。ローレンスが死んでしまえばどうなるか分からなかった。
そのころテメレアは、ペナヴァン繁殖場にいた。
繁殖場にいるのは、軍務から退役した老いたドラゴンたち。あるいは、若くしてキャプテンから離れたものたち。最初からハーネスを拒否したものもいる。
ペナヴァン繁殖場は快適さからはほど遠く、日々の秩序すらない。あるのは、食事の提供と境界線だけ。
テメレアには、規律に従わなければローレンスが絞首台送りになることが分かっている。我慢をしなければならないが、情報がまったく入ってこないことに辟易していた。
そんなときテメレアは、モンシーを知った。
モンシーは小柄で目立たず、外へ出ようが、食事の時間に姿を消していようが、誰も気づかない。英国空軍から脱走したが、ひどく社交的で、仲間といっしょにいたいがために繁殖場にいる。
食事を提供すれば、モンシーが、ブレコン伝令竜発着場まで行ってくれるという。
テメレアはローレンスの安否を問い合わせた。
返事は、開戦の知らせと同時だった。
フランスがイギリス海峡を渡って攻めてきた。ローレンスが収監されていたゴライアス号は撃沈され、海の底に沈んだという。
テメレアは絶望するが……。
改変歴史もの。
史実にドラゴンを絡ませているのが特色。今作は史実から外れている印象でしたが。
前作で、それまであった冒頭のあらすじ紹介がなくなり、今作では、巻末の作中人物による文献紹介がなくなりました。物語とは独立していて必須ではないものの、さびしくなりました。
今作は、テメレア視点も多め。
ローレンスは国賊になる予測はしていたし悔いてはいないけれど、自暴自棄気味。テメレアは、そこまで大事になるとは考えておらず、人間たちの激変にショックを受けます。
ローレンスとテメレアは、互いの存在がなければ生きていけないのに、本心を話さないんですよ。そのために、とにかく雰囲気が暗い。
暗い話はめげますね。