2021年03月21日
ロバート・シルヴァーバーグ(森下弓子/訳)
『マジプール年代記』ハヤカワ文庫SF661
《マジプール年代記》第二巻
マジプールには、広大な3つの大陸があった。アルハンロエル、ジムロエル、そしてスヴラエル。大陸は、内海を介して向き合っている。外海はいまだに征服されていない。
世界を統治する〈皇帝〉が住まうのは、アルハンロエルの〈城ヶ岳〉。さらに上位の者である〈教皇〉は、巨大な地底の都である〈迷宮〉に暮らしている。
ヒスーンは〈迷宮〉の記録院事務官。
人生が大きく変わったのは、10歳のとき。ヴァレンタイン卿の道案内をつとめ、気に入られた。精力と機知と冒険心を誉めたたえられ、戴冠式にも列席した。
〈皇帝〉の被保護者となるのは、けっこうなことだ。でも〈記録院〉にはいるのは、それほどけっこうじゃない。
あれから4年。
ヒスーンは退屈だった。収税吏関係の公文書目録の作成などという仕事が何の役に立つのか。ヒスーンは疑問を抱き、別の楽しみをみつけようとしていた。
ヒスーンは〈迷宮〉で、8つのときから道案内をしていた。〈迷宮〉のことは、すみからすみまで知っている。禁じられた場所のことも知っている。
ヒスーンは〈霊魂記録室〉に目を留めた。そこには、マジプールに生きていた人たちの記録がある。カプセルを特別なスロットにいれると、あっというまに、自分がその記録をつくった人みたいな気持ちになって体験できる。
もちろん〈霊魂記録室〉は、立入禁止だ。入れるのは、許可を受けたお歴々だけ。
ヒスーンは、税関系のデータが必要だという口実をこしらえ、許可証を偽造した。まんまと〈霊魂記録室〉に入りこむが……。
前作『ヴァレンタイン卿の城』から4年後。
ヒスーンをつなぎとして、マジプールのいろんな時代のさまざまな地方での物語が展開されていきます。
最初は、セスム。25歳。無名の田舎町ナラバルの生まれ。人間たちに嫌気がさして、ジャングルにひとりで暮らしてます。ある日セスムは、負傷した異星人を助けます。
次は、スティアモット卿の飛行隊長エレモイル。メタモルフ戦争終結間際という時代。メタモルフは、マジプールの原住民。入植してきた人類と対立しています。
その次は……
前作とはつながってません。ただ、世界設定の説明があまりないので、いきなり読むのは厳しいかもしれません。
《マジプール年代記》は三部作なので、この本そのものがつなぎなのかな、と思いながら読んでました。
2021年03月23日
アイザック・アシモフ(福島正実/訳)
『鋼鉄都市』ハヤカワ文庫SF336
地球では、ほぼすべての人間がシティに暮らしていた。
ドームにおおわれたシティは半ば独立した自治権をもち、経済的には完全な自給自足態勢を備えている。シティは、鋼鉄とコンクリートとの想像を絶する大洞窟だった。
イライジャ・ベイリは、ニューヨーク・シティの私服刑事。
しがないC−5級で、ようやく2年前に平刑事から昇進した。大学時代の友達であるジュリアス・エンダービイは、もう警視総監だ。ふたつ年上だが、どうしても比べてしまう。
ある日ベイリは、エンダービイから特別な任務を言い渡される。
3日前、宇宙人がひとり死んだ。何者かに熱戦銃で撃たれて。
宇宙人が地球にやってきたのは、25年ばかり前。彼らは、地球を離れ宇宙へと植民していった者たちの子孫だ。圧倒的な軍事力を背景に、地球を教え導いてやろうというのだ。
そのとき、ニューヨーク・シティに隣接して宇宙市が建設された。だが、宇宙人たちは地球人と交わったりはしなかった。宇宙市に用のあるものは、身元証明をし、身体検査を受け、厳重な医師の診察を受けたのち、消毒処置をされて、はじめて市中に入ることを許される。
地球人が宇宙市に入るのは容易ではない。それでも宇宙人は、地球人の仕業だという。
そして今日まで、なにひとつ判明していない。
宇宙人は地球外法権を持っていた。独自に捜査することもできるし、本国政府に、好き勝手な報告をすることすらできる。これを口実に厖大な賠償を要求することも考えられた。
地球側としては、犯人を地球人の手で発見して、宇宙人側に引き渡さねばならない。
交渉し、地球側が捜査することになったものの、条件があった。宇宙人の代行者をひとり、事件全体の捜査に参加させねばならない。
それはロボットだった。
ベイリは仲間たちと同じように、ロボットが嫌いだった。ロボットは人間の仕事を奪っていく。宇宙人の後押して急速にロボットが増えており、軋轢を生んでいた。
誰もがロボットとの仕事を嫌う。ベイリは、エンダービイにC−7級を提示され、渋々承諾するが……。
SFミステリ。
8年ぶりの再読。殺人犯は覚えていたのですが、動機はきれいさっぱり忘れていて、ちょっと不思議な感覚でした。
ベイリと一緒に捜査するのは、ロボットのR・ダニール・オリヴァー。人間そっくりに造られたプロトタイプです。
事件の謎に、ベイリの生い立ち、家族関係、シティ社会のあれこれと盛りだくさん。ほんのささいなことが伏線になってます。
ベイリは、結論に飛びつくタイプ。
そういうところは、少々こそばゆいです。
2021年03月24日
アイザック・アシモフ(冬川 亘/訳)
『はだかの太陽』ハヤカワ文庫SF558
地球にやってきた宇宙人は、宇宙へと植民していった者たちの子孫。圧倒的な軍事力を背景に、地球を教え導いてやろうというのだ。情報は一方的で、地球側は歯がゆい思いをしている。
イライジャ・ベイリは、ニューヨーク・シティの私服刑事。突然ワシントンに呼びだされた。
地球人は、鋼鉄のドームで守られたシティで生まれ育っている。そのため、外の世界は脅威だった。ベイリは、飛行機に乗るのも嫌で嫌で仕方がない。
司法省に出向いたベイリが言い渡されたのは、ソラリアでの臨時任務だった。
宇宙国家が地球に、軽蔑以外の態度を示すことは珍しい。よくても、せいぜい恩着せがましい態度くらい。それが、地球に応援を求めてきたのだ。
ソラリアで殺人事件が起きた。
情報はそれだけ。なにも分からないまま、ベイリは宇宙船に乗せられてしまう。
ソラリアは、宇宙国家連合最高のロボット工学を持っていた。人口を2万人に抑制する一方、陽電子ロボットは2億台。住民が直接会うことはまずなく、ロボットに世話されて暮らしている。
ソラリアに到着したベイリは、R・ダニール・オリヴァーと再会した。ダニールは人間そっくりのロボット。ベイリに同行することになっているという。
ダニールが所属するのは、宇宙国家連合で最大最強最古の宇宙国家オーロラ。ロボットであることは隠しておくつもりのようだ。
ベイリとダニールは、ソラリアのハニス・グルアー国家安全保障責任者に話を聞いた。
殺されたのは、リケイン・デルマー。犯行が可能であった人間はたったひとり、妻のグレディアだけ。ほかは全員、可能性がない。絶対に不可能。
しかし、グレディアも犯人ではありえないという。
ベイリは、グルアーがダニールにひとことも話しかけないことに気がつく。宇宙人同士の紛争があるのではないか。
ベイリは独自捜査をはじめるが……。
SFミステリ。
『鋼鉄都市』の続編。
20年ぶりの再読。ベイリとダニールは、もっと仲良しだったような気がしていたのですが、気のせいでした。ロボットに対する嫌悪感は和らいでますが、しゃべる道具扱い。
いろいろ覚えているつもりでいたのですが、次作と取り違えていたのかもしれません。人間の記憶なんて当てにならないですね。
ベイリが戸外に恐怖感を抱いているのと同じように、ソラリア人は人と直接会うことを極端に嫌います。
直接会うのは、遺伝子情報を元に割り当てられた配偶者だけ。連絡は常に、三次元映像。
そのことが我慢ならないベイリは、関係者の家や職場に直接おしかけます。強引さはあいかわらず。
2021年03月26日
アイザック・アシモフ(岡部宏之/訳)
『ファウンデーション』ハヤカワ文庫SF
《銀河帝国興亡史》
銀河帝国は、12,000年にわたって繁栄していた。
銀河系には、2,500万個に近い居住惑星がある。そのなかで、トランターを首都とする銀河帝国に忠誠を誓わない世界はひとつとしてない。
誰もが、今後も栄え続けると思っていた。
そんな中、心理歴史学者のハリ・セルダンは、ちがう考えを持っていた。
トランターは専門化するにつれて、ますます弱体化し、自己防衛力が弱まっていく。さらに、帝国の管理センターとしての度合いが強くなればなるほど、その戦利品としての価値が高まっていく。帝位継承がますます不安定になり、豪族間の不和が激しくなるにつれて、社会的責任が消失する。
帝国が5世紀以内に崩壊する確立は、92.5%。
きたるべき暗黒時代は3万年つづく。
セルダンの予測は貴族にもれ、逮捕されてしまう。
セルダンは、自身のプロジェクトの目的は銀河百科辞典の編纂にあると主張した。最先端の知識を後世に伝えるため、集積しておかなければならない。
セルダンとスタッフは、ターミナスへの追放が決まった。
実は、それこそがセルダンの望んでいたことだった。
ターミナスは銀河系の縁にある。孤絶していて資源に乏しく、経済価値はほとんどない。しかし、居住は完全に可能だし、ある程度は改造もできる。
セルダンは、帝国崩壊を防ぐには手遅れだが、無政府状態を1000年にまで縮められると考えていた。
心理歴史学は、統計科学だ。一定の社会的、経済的刺激に対する人間集団の反応を扱う。人間集団の反応が真に任意のものであるためには、その集団自体が心理歴史学的分析に気づいていないことが条件となる。
ターミナスに〈百科事典第一財団(ファウンデーション)〉が設立された。セルダンの真の計画を知らないままに、辞典編纂作業がはじめられるが……。
宇宙SF。
《銀河帝国興亡史》の初期三部作の第一部。
15年ぶりの再読。五部構成になってます。
長い年月の中で、ファンデーションに危機がおとずれ、解決されていきます。
基本的に、語られるのは危機が示されるところまで。時代が進み、あのときはどうした、という形式で明らかにされます。
非常にあっさりした印象。さくさく読めます。
なお、前回は連作の短編集という捉え方をしていたので、それぞれの物語について触れてます。参考までに、こちら『ファウンデーション』 まで。
2021年03月27日
アイザック・アシモフ(岡部宏之/訳)
『ファウンデーション対帝国』ハヤカワ文庫SF
《銀河帝国興亡史》
銀河帝国は、崩壊しつつあった。
それに気がついたのは、心理歴史学者のハリ・セルダン。科学的に計算し、文明の継続的、加速的崩壊を予測した。また同時に、廃墟から新しい帝国が生まれてくるまでに、三万年の断絶があることも分かった。
帝国を救うには、もはや手遅れ。しかし暗黒時代を短くすることはできる。そのためにセルダンは、銀河系の縁にあるターミナスに〈ファウンデーション〉を設置した。
それから2世紀。
ベル・リオーズは、銀河帝国軍の将軍。
実績は充分。部下からも信頼されている。その一方で宮廷と折り合いが悪く、政治的に疎んじられていた。
辺境のシウェナに派遣されたリオーズは、ある噂を耳にした。辺境守備隊の向う側、外縁部に魔法使いたちがいるという。
実際に〈ファウンデーション〉の存在を確かめたリオーズは、今のうちに叩いておくべきだと判断した。宮廷に増強を直訴するが……。
宇宙SF。
《銀河帝国興亡史》の初期三部作の第二部。
15年ぶりの再読。
前半は、ファウンデーションと帝国の最後の戦い。 後半では、ミュールが登場します。
帝国との戦争で、人々は、セルダンによって敷かれた第二銀河帝国への道は盤石だと確信するに至ります。なにがあっても、最後は必ずファウンデーションが勝利する。
そんなときに突然変異体のミュールが現われて、セルダンの絶対性がゆらぎます。そして〈第二ファウンデーション〉がクローズアップされていきます。
セルダンは生前、銀河の両端にふたつの〈ファウンデーション〉を設立したと明言していました。ターミナスの〈ファウンデーション〉は知られていますが、もうひとつの〈第二ファウンデーション〉については、所在地すら分かっていないんです。
前作『ファウンデーション』よりひとつのエピソードは長いですが、やっぱりアッサリとしてます。そこで終わるんだ、というのが驚きでした。
2021年03月28日
アイザック・アシモフ(岡部宏之/訳)
『第二ファウンデーション』ハヤカワ文庫SF
《銀河帝国興亡史》
銀河帝国が崩壊しつつあるとき、心理歴史学者のハリ・セルダンは、銀河系の両端に〈ファウンデーション〉を設置した。
計算によると、廃墟から新しい帝国が生まれてくるまでに、三万年の断絶がある。しかし〈ファウンデーション〉が適切に発展していけば、暗黒時代を短くすることができるのだ。
数々の危機を乗り越えた人々は、セルダンによって敷かれた第二銀河帝国への道は盤石だと確信する。そんなとき、突然変異体のミュールが現れた。
心理歴史学は、一定の社会的、経済的刺激に対する人間集団の反応を扱う。ミュールの登場は、まったくの計算外だった。
ターミナスを主星とする〈ファウンデーション〉は破れた。
それでもミュールは満足できない。セルダンは、銀河系の両端に〈ファウンデーション〉を設置した。もうひとつ、あるはずなのだ。所在地さえ明らかになっていない〈第二ファウンデーション〉が。
ミュールは、目を留めたベイル・チャニスを探索に送りだす。チャニスは、帝国主星だったトランターからみた銀河の端であるタゼンダに狙いを定めるが……。
宇宙SF。
《銀河帝国興亡史》の初期三部作の第三部。
15年ぶりの再読。
今作は〈第二ファウンデーション〉の探索でまとめられてます。
相変わらずの、あっさり風味。肩肘張らずに読めます。
2021年03月30日
O・R・メリング(井辻朱美/訳)
『妖精王の月』講談社
グウェニヴァー(グウェン)は、フィンダファーのいとこだった。
ふたりは仲がよく、秘密の夢とあこがれという共通点があった。ふたりで別世界に通じる扉や通路を探そうとしたこともある。扉は見つからず、いずれもっと広い世界でその探索をつづけよう、と約束した。
ところが、グウェンの一家はカナダに移住してしまう。ふたりは手紙のやりとりを続けた。
グウェンがフィンダファーと再会したのは、16歳になってから。
アイルランドを旅してまわろうと、手紙で計画を練ってきた。ところがフィンダファーが、突然、タラから始めようといいだす。大昔の王国の中心地だから、と。
タラこそ〈上王〉の御座。アイルランドの部族の集まる地。王も女王もドルイドもタラに集まる。タラから始めるに決まってる。
グウェンは今までのやりとりから、タラは最後だと思っていた。驚くが、フィンダファーの意気込みにのまれてしまう。
タラについたふたりは、14世紀も前に見捨てられた王都の残骸を観光した。そして、〈人質の墳墓〉にたどり着く。ひっくり返した鉢の形をした小さな丘で、入口には南京錠がかかっていた。
門からのぞきこんだグウェンは、不思議な感覚におそわれる。あまりにも夢のようで、完全には思いだせないなにか。まるで招待されているような気配があった。
塚山の中で野営しようといいだしたのは、フィンダファーだった。
グウェンは自分が臆病なのを知っていたが、それは探索にふさわしい冒険になる。反対する理由はなかった。
その夜グウェンは、おかしな夢を見た。
夜のように黒い牡馬がいた。タカのようなおもざしの若者が乗っていて、黒いマントをひるがえしている。グウェンは若者の誘いを拒絶した。
目がさめたとき、フィンダファーの姿はどこにもなかった。荷物もない。
グウェンは、フィンダファーが妖精たちにさらわれたのだと確信する。フィンダファーは拒絶しなかったのだ。
想像もつかない、夢まぼろしのようなものを求めて探索の旅に出るのはいい。だが、実際にそれらに遭遇するとなると、話は別だ。
グウェンは不思議な人物から助言を受け、ある場所のことを教えてもらうが……。
児童文学。
ケルトファンタジー。
フィンダファーをさらったのは、不死の妖精王。花嫁にするためですが、別の目的もあります。
グウェンは、フィンダファーを人間世界に帰してもらうためにアイルランドを旅します。勇気をふりしぼったり、失敗したり、いろいろ経験して、どんどん成長していきます。
夢見ることと現実との落差、というのが印象的。
2021年04月03日
ニール・ゲイマン&テリー・プラチェット
(金原瑞人/石田文子/訳)
『グッド・オーメンズ』上下巻/角川書店
エデンの園のクローリーは、ヘビの姿をしていた。今は悪魔だが、かつては天使だった。そこから堕ちるつもりはなく、ただちょっと悪い連中とつきあっただけだ。
アジラフェールは、天使のランクでいえば第七階級の権天使だった。エデンの園では東の門を守っていた。
20世紀になり、ふたりはイギリスにいた。
所属する陣営は異なるものの、6000年の付き合いになる。良識的な協定の一種が結ばれていた。ある領域においてはお互いの活動の邪魔をしないという、暗黙の了解だった。
クローリー改めクロウリーは、20世紀を気に入っていた。20世紀は14世紀とはちがって、退屈しない。
ところがある日、思いがけない重要な任務を言い渡される。
クロウリーが同僚から受け取ったのは、赤ん坊。不倶戴天の敵にして破壊の王、地獄の使い、ドラゴンと呼ばれるおおいなる獣、冥府の王子、いつわりの父、サタンの息子、闇の王。反キリストだった。
ハルマゲドン。何世紀ものあいだ目指して努力してきた瞬間がすぐそこにきている。天国と地獄の最後の戦いが。世界はなくなり、ただ果てしない天国か地獄があるだけになる。
クロウリーは、ターゲットにしたダウリング氏の赤ん坊との取り替えを手配した。ところが、手違いがおこってしまう。別の赤ん坊と取り替えられてしまったのだ。
そんなこととは知らないクロウリー。この先を心配して、アジラフェールに相談していた。もし世界が終わったらどうなるか。地獄になったほうがひどいのはあたりまえだが、天国がいいかといえばそうとも限らない。
ふたりの意見は、いまのままがいいとまとまった。
誕生はスタートにすぎない。反キリストは、潜在的に邪悪であると同時に善でもある。すべては教育だ。
クロウリーとアジラフェールはダウリング家に入りこみ、子供を教育した。悪魔流に、あるいは天使流に。相手陣営の邪魔をすることなら、どちらにとっても問題にならない。
年月が流れ、クロウリーは地獄からメッセージを受け取った。
11歳の誕生日に、地獄の番犬がやってくる。主人につきしたがって、あらゆる危害から守るために。
子供を見守ってきたクロウリーは、反キリストがあまりにもふつうであることに困惑していた。アジラフェールの影響を考えても、まともすぎる。それで地獄の番犬を手なずけられるかどうか。
その犬は、いつまでたっても来なかった。クロウリーは、ついに手違いがあったことに思い当たるが……。
ブラック・ユーモア・ファンタジー。
イギリス流のブラックユーモア満載。
ほんのちょっとしたことでもおもしろ可笑しく書かれていて、楽しめました。ですが、ちょっとリズムが合わなかったな、と。
いかんせん登場人物が多いです。場面転換が頻繁で、スムーズに読めません。
終盤に一同に介しますが、そこまでの間にちょこちょこと出番があります。その人物がどういう役割なのか分からないまま読むのは不安でした。
脚注も、リズムをくずす原因でした。脚注とはいえ作品の一部になっていて、読んで損はないです。ただ、本編を中断することになるので悩ましかったです。
おそらく、初読よりも再読のほうが、はるかに楽しめるのではないでしょうか。ほどほどに忘れたころにまた読みたいです。
なお、本作はキリスト教的世界観が背景にあります。重要なところでは説明がありますが、本筋とは関係のないところや小ネタはそのままなので、ある程度の知識があった方が楽しめると思います。
熱心な信者は怒るでしょうけど。
2021年04月07日
ソフィア・サマター(市田 泉/訳)
『翼ある歴史 図書館島異聞』東京創元社
ラスと自称するヘルナスの民は、ケステニア人とネイン人を力ずくで統合しようとした。彼らは東と北東の隣人であり、ラスの言語とつながりのある言葉を話す。こうして始まった〈言語戦争〉は、もっとも長く血なまぐさい戦いとなった。
戦いの果てに誕生したのが、オロンドリア帝国だ。
帝都ベインはきらめくドームと巨大な港を抱えている。沖合の〈浄福の島〉にあるのは、聖なる町ヴェルヴァリンフゥ。巨大な図書館や宮殿の尖塔がそびえている。
オロンドリアでは、男性から姉妹の息子へ地位や財産が継承されてきた。姉妹がおらず、生前に跡継ぎを指名しなかった場合は、自身の息子に受け継がれる。
王家は常に、ラス人のものだった。ケステニヤとネインの貴族は、オロンドリア王と婚姻を結ぶには遠すぎる。もし息子しか生まれなかったら、王権が奪われてしまう。
ところがエイルロ王は、ケステニア人のウスカーに妹を妻として与えた。
帝国に衝撃が走った。王家に、ケステニアの血が入る。しかも、ウスカーの子供3人は全員男だった。
長子が王位を継ぎ、ネイン人の貴族を娶った。生まれた子供は、アンダスヤ王子だけ。アンダスヤは、三民族よる一本の組紐。ついに三民族が統一された。
由緒あるラスの旧家は納得していない。
成長したアンダスヤは、古いアヴァレイ信仰をおおっぴらに支持した。父王は、新興の〈石〉の教団を庇護している。アヴァレイ信仰は弾圧の対象だった。
アンダスヤはついに反乱を起こすが……。
『図書館島』姉妹編
時代が重なってます。
4部構成。
「剣の歴史」は、アンダスヤの従妹であるタヴィスの物語。タヴィスの父は国王の兄弟で、母は王妃の姉妹です。軍人となる道を選びます。自身のルーツをケステニアに求め、独立を掲げてアンダスヤに反乱をうながします。
「石の歴史」は、〈石の祭司〉イヴロムの娘ティアロンの物語。アンダスヤの反乱で軟禁されてしまいます。イヴロムの人生や教団の由来なども入ってきます。反乱の結末も語られます。
「音楽の歴史」は、タヴィスの恋人でもある詩人セレンの物語。
「飛翔の歴史」は、タヴィスの姉シスキの物語。シスキも家族から逃げ出します。タヴィスが剣に逃げたように。それまで謎だったことが明らかになります。
それぞれ中心となる女性が独白します。
独白なので、風習などの解説はほとんどなし。そのカタカナ名詞が、人名なのか肩書きなのか地名なのか建物名なのか、混乱しながら読んでました。
前作の『図書館島』もかなり混乱していたと思いますが、視点人物が田舎者(他者の説明を受けられる)という利点がありました。今作はそれがなく、さらに4部構成であるために、ようやくつかめたころに視点が切り替わってしまうというハンデがあります。
いろいろと分かってきて、おもしろさを実感するまでにかなり時間がかかりました。全体的に暗いということもあり、途中で挫折する可能性もありました。
じっくり浸りながら読める人が、時間のとれるタイミングでひとつひとつ噛み締めて読むべきなのでしょうね。
なお、巻末に用語辞典があります。
2021年04月11日
ケルスティン・ギア(遠山朋子/訳)
『紅玉(ルビー)は終わりにして始まり』東京創元社
《時間旅行者(タイムトラベラー)の系譜》第一巻
グウェンドリン・シェパードは、ロンドンのセント・レノックス校に通う16歳。昼食中、一瞬のめまいに襲われてしまう。
最近、自宅では、めまいのことばかりが話題になっている。そのせいだろうと思った。
シェパード家は母と子供たち3人だが、大邸宅には、祖母や大おば、母の姉とその娘シャーロットもいる。いとこのシャーロット・モントローズは、タイムトラベラーの遺伝子保持者だった。
最初のタイムトラベルは、遺伝子保持者が16歳のときに起きる。その予兆が、数時間前か数日前か、めまいとして現われるのだ。そのせいで、家族中がシャーロットのめまいを待っていた。
シャーロットは生まれてからずっと、準備教育を受けてきた。遊ぶ時間はない。ダンスのレッスンを受け、フェンシングや乗馬を習っていた。語学と歴史に習熟し、1年前からは〈秘儀の授業〉もはじまっている。
グウェンドリンはのけ者扱い。だから詳しいことはなにも知らない。自分もモントローズ家の血筋なのにどうして遺伝子保持者ではないのか、疑問に思うこともある。
遺伝子保持者かどうかは、家系と、誕生日によって判断される。保持者は、計算されたまさにその日に生まれるのだ。グウェンドリンは1日遅かった。
ところが、実際にタイムトラベルしたのは、グウェンドリンだった。
自宅近くを歩いているとき、突然、すべてが変わった。道路をクラシックカーが走っている。いつもの店がない。黒いコートを着て帽子をかぶった男が歩いていた。
現代に戻れたグウェンドリンは、母のグレイスに話そうとするが機会を逃してしまう。しかし、大親友のレスリー・ヘイは別。レスリーとの間に秘密はない。
ようやくグレイスに打ち明けられたのは、学校で3回目のタイムトラベルをした後だった。レスリーが強引に電話をかけさせたのだ。
グウェンドリンは、すぐに秘密結社〈監視団〉に連れていかれた。誰もが、遺伝子保持者はシャーロットだと考えていたため、ちょっとした騒動になってしまう。
実はグレイスが、出生証明書の記載を変えていた。グウェンドリンを守るためだったと主張するが、信じてもらえない。というのも、グレイスには〈監視団〉のお尋ね者をかくまっていた前歴があるのだ。
グウェンドリンの能力は証明されるが……。
時間SF。
イギリス舞台のドイツ文学。
体裁は三部作になってますが、実際は全三巻。
タイムトラベラーは、いつどこで何年に行くのか、自分でコントロールすることができません。そこで、クロノグラフという装置を利用し、タイムトラベル能力を調整します。
クロノグラフを利用するには、まず、タイムトラベラーの血を読みこませます。タイムトラベラーは12人(※)出現することが計算により明らかにされていて、全員分の血が集まったとき、秘密が開示されることになってます。(※実際には双子が一人計算されていて13人)
グウェンドリンは12人目です。
グウェンドリンが生まれる前になりますが、その重要なクロノグラフを盗んだカップル(ルーシーとポール)がいて、グレイスがかれらを一時的にかくまいました。そのため、グレイスは色眼鏡で見られてます。
ふたりはまだ見つかっておらず、〈監視団〉は予備のクロノグラフを使ってます。血を集め直している、という状況です。
一応、時間SFですが、どちらかといえば女子高生の恋愛もの。
グウェンドリンは、2つ年上のタイムトラベラーであるギデオン・ド・ヴィリエに一目惚れ。容姿端麗、頭脳明晰ですが、かなりプレイボーイ。ちなみに、当代のタイムトラベラーはこのふたりだけ。
時間SF要素を期待すると、ちょっと違うかな、と思います。