2023年11月01日
ロバート・A・ハインライン(井上一夫/訳)
『異星の客』創元SF文庫
エンヴォイ号は4組の夫婦を乗せて、火星へと旅立った。最後となった通信は、フォボスの軌道の内側の待機用軌道に達し、これから着陸する、というもの。その後どうなったのか、わからない。
それから25年。
科学技術が発展し、火星との距離はぐっと近くなった。2回目の探検隊を乗せて、チャンピオン号が火星に旅立つ。船長はエンヴォイ号を捜しだすつもりだ。
最後に報告された着陸地点で、エンヴォイ号は発見された。生存者は1名。火星で生まれた、乗組員の息子ヴァレンタイン・マイケル・スミスだ。乗組員は全員亡くなり、マイケルは火星人によって育てられていた。
チャンピオン号で地球に帰ってきたマイケルだったが、地球の重力や気圧に馴れていない。習慣も言葉もわからない。ベセスダ医療センターに隔離され、水圧ベッドに保護される身となった。
ジリアン(ジル)・ボードマンは、医療センターの看護婦。
マイケルは、まだ地球の女を見たことがない。そのため身のまわりの世話は男性が担い、女性たちは遠ざけられている。ようすはまるでわからない。
好奇心にかられ、ジルは病室に忍びこんだ。会話は片言。ジルはほかの患者に接するように、マイケルに水をあげようとする。
実は火星人にとって、水をわかちあうことには特別な意味があった。
マイケルはジルを水兄弟として、心から信頼するようになる。
このころマイケルは、微妙な立場にいた。マイケルはエンヴォイ号乗組員全員の相続人であり、過去の判例から、火星全体のただひとりの所有者となっているのだ。
マイケルに死んでもらいたがっている者がいる。
マイケルの偽物がテレビ・インタビューに登場し、ジルは不安にかられる。親しい新聞記者のベン・カクストンとマイケルの極秘会談に協力しようとするが、決行直前になってベンが行方不明になってしまった。
決意したジルは、マイケルを秘かに連れ出した。向かうは、ベンが頼るつもりでいた、ジュバル・E・ハーショーの屋敷。
ジュバルは、弁護士にして医師、理学博士、善人で美食家、逸楽の徒にしてなによりも人気作家、しかも超厭世派哲学者である。
ジュバルはふたりを受け入れてくれるが……。
火星で生まれ育った男の半生記。
マイケルが体現する火星文明が、独特。その価値観を待っているマイケルが、地球の文明に適応していきます。まるで子供なマイケルが、精神的にどんどん成長していくような感じ。
ただ、芯のところには火星文明があって、そこはぶれない。
宗教という隠れ蓑を使うのが、うまくはまってました。
章ごとに話題がきっちり別れていて、1961年の作品ですが、書き方も新鮮でした。
2023年11月02日
ジャック・ヴァンス(浅倉久志/訳)
『竜を駆る種族』ハヤカワ文庫SF1590
ジョアズ・バンベックは、惑星エーリスにあるバンベック平の領主。そのジョアズの閉められた書斎に波羅門がいるところを目撃された。
祖先たちがエーリスにやってきたとき、すでに波羅門たちがいたという。かれらは、他人の問題への積極的干渉を禁じる教義を奉じている。それゆえ今にいたるまで親しく交流したことはない。
出先から呼び戻されたジョアズは書斎の下層にある工房を調べ、秘密の通路に気がついた。ただ、波羅門がなにに興味をひかれたのか、さっぱり分からない。
ジョアズの気がかりは他にもあった。バンベック家に伝えられている天球儀が、異星人の襲来が近いことを告げていたのだ。
かつてエーリスでは、バンベック平から10マイルほどはなれた幸いの谷が、権勢を誇っていた。そこに異星人の宇宙船がやってきて、住民を殺戮し、捕虜をとり、爆裂弾を投下して、廃墟とした。
後年、バンベック平も襲われている。ジョアズの祖先カーガンが、伝説となる目ざましい武勲をあげた時代だ。
船を降りた異星人を迎え撃ったカーガンは、23びきの〈とかげ〉を生け捕りにした。それらを人質に異星人の使者と交渉するが、言葉は通じても話がまるきり通じない。使者は、尊いあるじがどうにかされるなど、まったく理解できなかったのだ。
なんの成果もなかった。ところが、使者たちが船にもどって間もなく、突如としてかれらは狂ってしまう。考えられぬことがおき、正気で居られなくなったらしい。
捕えた23びきの異星人たちにも変化が生じていた。尊いあるじは捕虜になどならない。それゆえ尊いあるじたることを棄て、まったく別の生物となったのだ。
捕えた〈とかげ〉を源流として、竜たちが生み出されていった。
幸いの谷のアービス・カーコロは、新たな竜を登場させることで、かつての権勢をとりもどすつもりだ。だが、うまくいかず苛立っている。ジョアズ・バンベックから異星人襲来の警告を伝えられたのはそんなときだった。
ジョアズと対面したカーコロは、共同戦線の提案をする。なにより問題は波羅門たちだ。かれらはなにかを知っている。
ジョアズも同意見だ。波羅門たちから訊き出したいことがある。しかし、異星人襲来に備えようともしないカーコロに協力するつもりはない。
ジョアズと別れたカーコロは、バンベック平を襲う計画をたてるが……。
SF
ヒューゴー賞受賞作。
18年ぶりの再読。今回は新装版で読みました。
旧版では挿絵が入っていて、どうしても挿絵の雰囲気にひっぱられて読まざるをえなかったのですが、新装版には挿絵がなく、文字から受ける印象だけで読むことができました。
こんなにおもしろかったんだ、と再発見。
惑星エーリスの外でなにが起こっているか、などの大きな話へは発展しません。中編規模のため、そこは割り切らなきゃならないですね。
なお、カーガンの時代に〈とかげ〉と呼ばれていた異星人は、ジョアズの時代には〈ベイシック〉と呼ばれてます。
2023年11月03日
パット・マガー(大村美根子/訳)
『七人のおば』創元推理文庫
7人のおばがいるサリーがピーター・ボーインと結婚して英国に渡り、3ヶ月。おばたちは一度も便りをくれない。ひと月前には懐妊の知らせを送ってもいたが、返事はなかった。
ついに届いた手紙は、学校時代の女友達から。
手紙を読んだサリーは衝撃を受ける。サリーのおばのひとりが夫を毒殺し、自殺したというのだ。女友達は、どのおばのことなのか書いていなかった。
サリーは15歳のとき、事故で両親を亡くした。それから7年間、面倒を見てくれたのは父の姉夫婦だ。ほかのおばたちとも、親しく交流してきた。
サリーの考えでは、おばたちは全員変わり者。ひとり残らず殺人を犯す素質を備えてる。だが、それが誰なのか分からないことが、サリーを不安にさせた。
電話で切り出せる話ではなく、電報も、誰に宛てて打てばいいものやら見当もつかない。サリーとビーターは、朝になったらニューヨーク・タイムズのバックナンバーを調べに行くことに決める。とはいえ、サリーは落ち着かず、寝付くことが出来ない。
サリーを心配したピーターは、おばたちの思い出話を聞く。おばたちの人となりがわかれば、おのずと誰が罪を犯したのかも見当がつくだろう、というのだが……。
安楽椅子探偵系のミステリ。
サリーが語る思い出話から、犯人と被害者を推理していきます。
サリーの父ハリーの姉が、クララ。夫のフランク・キャズウェルがウォール街の大物で、金銭的に余裕があります。
クララとハリーを産んだ後に母(サリーの祖母)が亡くなり、後妻が迎えられます。そのため妹たちは歳が離れてます。後妻は6人の娘を産んで他界し、父も亡くなりました。
6人の妹たちの面倒を見たのが、キャズウェル夫妻です。
サリーの7人のおばの内訳は、こんな感じ。
クララは、とにかく世間体を気にするタイプ。
テッシーの夫は3年前から失踪してます。
アグネスは毒舌家で癇癪持ち。子連れで再婚してます。
イーディスは心の病で酒浸り。
モリーは引っ込み思案。クララに無理やり結婚させられてます。
ドリスは奔放。姉妹の夫を平然と誘惑します。
ジュディは金遣いが荒め。夫にたしなめられてます。
1947年の作品なので、価値観は古め。
思い出話の中心は、テッシーと、その夫バートとドリスの三角関係。結婚式前日が初対面だったバートとドリスが恋におちてしまったところから、ドロドロな関係がはじまります。
おばたちが嫌な人間の見本市みたいで、だんだん嫌な気持ちになっていきました。それほど人間描写が的確なんでしょうね。
犯人をあてるミステリなんだと言い聞かせながら読んでました。
2023年11月06日
アヴラム・デイヴィッドスン(池 央耿/訳)
『エステルハージ博士の事件簿』河出書房新社
スキタイ=パンノニア=トランスバルカニア三重帝国の首府、全盛のベラの観光名所は多くあるが、とりわけ見るべきところのひとつに、タークリング街33番地がある。
そこが、世に言う「タークリング臆して退散の地」だ。
そのタークリング街33番地に、エンゲルベルト・エステルハージ博士は住んでいた。優れた器量は右に出る者なし、法学博士、医学博士、哲学博士、文学博士、理学博士、その他もろもろの博士号を持ち、貴族の紋章も数知れず。
あまねく知られたエステルハージ博士は、新奇なことが大好き。好奇心も旺盛で、不可思議な事件に関わっていくが……。
架空の、こうなるかもしれなかったヨーロッパを舞台にした連作短編集。
ミステリというより幻想文学。はっきりした答えが用意されておらず、不思議なこともあったもんだ、で終わってしまうこともありました。8つに章立てされたひとつの物語、かもしれません。
エステルハージ博士は肩書きをいっぱいもってますが、気さくでおもしろがりや。カチンときて立腹したりはありますが、えらぶってはいないです。
こじゃれた文章で、おもしろい言い回しが目白押し。ついつい反復読みしてしまいました。その結果、肝心の内容がちょっと入ってこなかったかも。
何度も読み返したくなりました。
簡単に、それぞれの短編について書いておきます。
「眠れる童女、ポリー・チャームズ」
新奇の小科学展にポリー・チャームズが登場する。ポリー・チャームズは、15歳のとき昏睡に陥り、齢を重ねることもなく30年も眠りつづけているという。また、眠れるまま、問いかけに答えるという。
「エルサレムの宝冠 または、告げ口頭」
キプロスの王冠、またはエルサレムの王冠と呼ばれる宝冠がある。その宝冠が盗まれてしまった。そのことで国王皇帝の権威が失墜し、デマが広がる。エステルハージ博士は国王皇帝から捜査を命じられる。
(時期的に、エルサレムはまだ再建されておらず、王もいない)
「熊と暮らす老女」
フラーハで植物採取していたエステルハージ博士は、市長に訊ねられる。年取った女が熊と暮らすというのは、法にかなうことなのか。
野生の熊は誰の所有でもなく、どこで暮らそうと自由だとエステルハージ博士は答えるが、熊のことが気になって仕方ない。
「神聖伏魔殿」
三重帝国の文化相ウラデック伯爵のもとに「下記秘密礼拝集会公許認可」書類が届けられる。団体の名前は「神聖伏魔殿」だった。
書類にはひとつとして不備がなく、認可の署名を拒むことはできない。ウラデック伯爵はエステルハージ博士に相談する。
「イギリス人魔術師 ジョージ・ペンバートン・スミス卿」
イギリス人魔術師と知り合ったエステルハージ博士は、スミスのいう自然力オッドに興味津々。実験に立ち会わせてもらう。
一方、在留外国人局では、スミスのことを捜していて……。
「真珠の擬母」
エステルハージ博士は、ルールライがここへ来てまた真珠貝をひり出すようになった、と小耳に挟む。ローレライかと思いきや、地元ではルールライと呼ばれているらしい。
伝説のルールライが現れたと不安が広がるなか、エステルハージ博士が調べに行く。
「人類の夢 不老不死」
許可を得ずに指輪を売りさばく男が現われた。指輪は、ゆがんだりちぎれたり使い物にならない。だが、調べてみると、純金よりもなお純度が高い本物だった。
「夢幻泡影 その面差しは王に似て」
雨が少なく、社会不安がかつてなく深刻の度を増している。
エステルハージ博士は、工事現場の作業員の中に、気になる老人を見かける。さらに、聖ドミニクの塵を求める者たちのなかにも。その老人は、75歳になる老皇帝イグナッツ・ルイに似ていた。
2023年11月08日
モンゴメリ(谷口由美子/訳)
『青い城』角川文庫
ヴァランシーは、古い家柄であるスターリング一族の一員。
29歳になったが、いつもおびえていて、さからうこともできず、母や親戚たちの言うなり。ひとりぼっちで、だれからも求められず、かわいそうなオールド・ミスとしか見られていない。
このところヴァランシーは、心臓のあたりに奇妙な痛みを感じていた。高名なトレント医師にみてもらいたいが、気後れしている。一族に知られたら大騒ぎになり、忠告やら注意やらが深い海のように押しよせてきて、きっと溺れてしまう。
ヴァランシーが自由にできるのは、想像の世界だけ。
ヴァランシーは子供の頃から、心の中に青い城をもっていた。青い城でのヴァランシーは美しく、ありとあらゆる美しいもの、すばらしいものと暮らすことができた。
ヴァランシーにはもうひとつ、なぐさめを見出せるものがある。ジョン・フォスターの本だ。
おもしろい本は危険だと、小説は許されていない。だが、フォスターの本は別だ。図書館員が、自然についての本だと説明してくれたから、楽しさを態度にださなければ読めるのだ。
フォスターの最新作に勇気づけられ、ヴァランシーはトレント医師を訪ねた。ところが、診察したトレント医師は、結果を告げることなくいなくなってしまう。その理由を知ったヴァランシーは理解するものの、見捨てられたような気分はどうしようもない。
ヴァランシーがバーニイ・スネイスを見かけたのは、そういうときだった。
ミスタウィス湖の島にひとりで住んでいるというバーニイには、いろんな悪いうわさがある。殺人犯だとか私生児の父だとか。だがヴァランシーには、幸せそうで、だれにも気がねしないその気楽さ、陽気さがうらやましかった。
まもなくヴァランシーのもとに、トレント医師から手紙が届いた。手紙は、心臓の病気が、致命的な状態にきていると告げていた。細心の注意を払えば、1年は生きられるだろう、と。
そのときヴァランシーは、決意した。うそや、見せかけや、ごまかしはやめる。これからは、自分を喜ばせるようにしよう。
ヴァランシーは独断で、アベル・ゲイの住み込み家政婦となった。アベルのひとり娘セシリアは、肺の病を患っている。そんな家ではいい家政婦は寄りつかず、困っていたのだ。
アベルは常に酔っぱらい、あまり評判がよくない。それにバーニイが立ち寄ることもある。一族は大反対するが、ヴァランシーは意に介さない。
ヴァランシーはバーニイと親しくなっていくが……。
ハッピー・エンドの物語。
序盤のヴァランシーの境遇が悲惨すぎて、ハッピー・エンドだとわかっているうえで読まないと厳しいです。一族の束縛がすごくて、くしゃみすら許可がいるとは。
そんな状態で結婚させられなかったのは不思議ですが、スターリング家が、家柄はよくても貧乏だったせいなんでしょうね。
原書は、1926年。
価値観は古め。それでも、自由に生きる決意をしたあとのヴィランシーはイキイキして、ハッピー・エンドでよかったな、と。
2023年11月12日
ジェイムズ・ホワイト(伊藤典夫/訳)
『生存の図式』早川書房
タンカー〈ガルフ・トレイダー〉は、元はといえばアメリカ海軍の軍用タンカーだった。平和な時代に民間貿易用に改装されたが第二次世界大戦がはじまり、ふたたびの改装が決まった。
イギリスに向けた輸送船団が出発して11日。敵襲や暴風で隊列は細り、今また襲撃におびえている。下部のタンクは広々として居心地もいいが、魚雷を恐れて誰も降りたがらない。
医師のラドフォードが11号タンクを特別病室にしたため、3人の患者には選択肢がなかった。ウォリスが説得しに赴くが、〈ガルフ・トレイダー〉が魚雷攻撃を受けてしまう。
下部のタンクにいた5人は脱出できなかった。
船尾と船首をやられた〈ガルフ・トレイダー〉は沈没。タンクは密閉状態にあって物資も食料も満載しており、生存するための条件は整っていた。
5人は生きのびようと悪戦苦闘するが……。
一方宇宙では、アンサ人の難民たちが船団を組んでいた。
アンサ人は、海を住みかとする。その海に危機が迫っていた。アンサの太陽が温度を上げつづけ、海の領域がせばめられつつあったのだ。
生き延びるためには、故郷を捨て去るしかない。
すでに宇宙旅行をなしとげていたアンサ人たちは、条件にかなう惑星を見つけてあった。全表面の五分の四が海であり、水温は涼しく、質量も適当で、知的生命の存在をほのめかす兆候も見当たらない。ただ、15回も世代が交替するほどの歳月がかかる。
人工冬眠技術で乗り切るつもりだった。少数のクルーが冷却ならびに加温を繰り返しながら、司令船で船団をリモート・コントロールしていく。
ところが、人工冬眠システムに欠陥が見つかってしまう。母星では、無重量がどういう影響をおよぼすか、予測することはむずかしかった。冷却と加温を重ねるたびに、細胞構造に変化が起こることが分かったのだ。
船長デスランが決断をくだす。旅の最後まで、全員が眠っていることはできない。自動装置にまかせきりでは、船団はとんでもない方向にそれてしまう。
船長と医療士だけが残ってふたりの女性を選び、世代を越えて見守っていく。そうするしかなかった。
アンサ人の船団は、子孫たちに受けつがれていくが……。
海洋&宇宙SF。
海中のタンカーに取り残された人びとと、宇宙のただ中で海中にとじこもった人びと、両者を対比させながら物語はすすんでいきます。
つまり〈ガルフ・トレイダー〉でも世代交替が行なわれます。1966年の作品とはいえ、さすがにそれは無理があるような……。
そこは目をつぶって読みました。結末を考えると、この展開にも意味はあるのですが。
2023年11月15日
C・A・ラーマー(高橋恭美子/訳)
『マーダー・ミステリ・ブッククラブ』創元推理文庫
アリシア・フィンリーは、本が大好き。とりわけ、推理小説、なかでもアガサ・クリスティーが大好きだった。
参加している〈月曜夜のブッククラブ〉は、今回が4回目。アリシアは居心地の悪さを感じている。どうも生真面目に純文学について討論するのは性に合わない。
ブッククラブを退会したアリシアは、妹のリネットに後押しされて、自らブッククラブを立ち上げた。堅苦しいのは願い下げ。気軽で、もっと趣味の合う仲間が集まる会を目指した。
それが〈マーダー・ミステリ・ブッククラブ〉だ。
メンバーを募集し、これはと思う人たちに声をかけるアリシア。〈マーダー・ミステリ・ブッククラブ〉は、アリシアも含めて7人でスタートを切った。
シェフの卵であるリネット、ヴィンテージ古着ショップ・オーナーのクレア・ハーグリーヴス、毒を使うミステリに興味のある開業医アンダース・ブライト、陽気な博物館学芸員ペリー・ゴードン、クリスティーに造形が深くおしゃべりな図書館員ミッシー・コーナー、そして、平凡な中年主婦だというバーバラ・パーラー。
アリシアは、バーバラのことが気がかりだった。
もらった手紙はひどく悲しげで、読書が心の癒しになっているらしい。ペリーの元気はつらつな雰囲気とはまるで違う。元気づけたいと考えていた。
最初の回合は滞りなく、第一回読書会の世話人をバーバラがつとめることに決まる。
当日になりバーバラの自宅を尋ね当てたアリシアは、立派な大邸宅にびっくり。噴水があり、玄関扉はとにかく重厚。テニスコートもあった。
にこやかに応対したバーバラだったが、どうも様子がおかしい。なにかに怯え、不穏な空気が漂っていた。夫や娘ともうまくいってないようだ。
バーバラは、第二回の集まりに姿を現さなかった。連絡もなく、ブッククラブのメンバーは心配する。
アリシアが自宅に電話を入れると、前日から帰っていないという。夫も娘も、気にしていない。警察に届け出はしておらず、そのうち帰ってくるの一点ばり。
アリシアとブッククラブのメンバーは、バーバラの行方を捜そうとするが……。
ミステリ。
バーバラの行方不明にはじまり、殺人事件も発生します。かなり曰くありげなシーンなども挟まり、物語を盛り上げてます。
ブッククラブのメンバーがそれぞれに個性的で、楽しめました。少々ステレオタイプ的ではありますが、うまく噛みあってて、ちゃんと全員が生きてます。
アリシアは「ほぼ全作品ある家に生まれた子供のころからのクリスティー好きの30歳」という設定。かなり筋金入りの印象でしたが、違いました。
本書のミステリ部分は、クリスティーに依存してます。主人公が詳しすぎると謎が謎にならないため、ほどほどに知ってる程度にしたのだろうと思います。
読者も同じです。詳しすぎず、まったく知らないわけでもない程度の知識量がちょうどよさそうです。
2023年11月21日
劉慈欣(りゅう・じきん/リウ・ツーシン)
(大森望/光吉さくら/ワン・チャイ/訳、立原透耶/監修)
『三体』早川書房
時代は文化大革命。
かつて尊敬されていた人々が殺されたり、自死したりしていた。理論物理学者だった葉文潔(イエ・ウェンジエ)の父も、惨殺されてしまう。狂乱に支配された群衆を相手に、文潔ができることはなにもなかった。
それから2年。
生産建設兵団に配属された文潔は、労働の日々を送っている。心の傷は癒えず、無口で、他人と交わることもない。ただ、連隊の取材におとずれた機関紙の記者とだけは親しくなった。
ところが、保身をはかった記者に裏切られてしまう。文潔はすぐさま理解する。罠にはめられ、もはやどんな抵抗も無駄だ、と。
そんな文潔を助けたのは、楊衛寧(ヤン・ウェイニン)だった。
楊衛寧は、文潔の父の教え子のひとり。紅岸基地の最高技術責任者の地位にある。専門知識を持つものを捜しているが、最高機密レベルの研究プロジェクトは隔離を伴い、誰もやりたがらない。
文潔は大学院で天体物理を専攻していた。政治的には無力な楊衛寧だったが、必要な頭脳として推薦することができたのだ。
さらに40数年後。
ナノマテリアルを専門とする汪(ワン・ミャオ)は、突然、警察の訪問を受けた。問われたのは〈科学フロンティア〉との接触だ。汪謔ノとって〈科学フロンティア〉は、世界的に大きな影響力のある学術組織にすぎない。
きっかけは、申玉菲(シェン・ユーフェイ)だった。知り合った当時、玉菲は大手企業の研究室でナノマテリアルの開発にたずさわっていた。何人かの物理学者を紹介され、その全員が〈科学フロンティア〉の会員だったのだ。汪謔焉q科学フロンティア〉に誘われたが、断っている。
汪謔ェ警察に求められたのは、その〈科学フロンティア〉への参加だった。
この2ヶ月足らずのうちに、エリート科学者たちがたてつづけに自殺していた。ほとんどが〈科学フロンティア〉となんらかの関係があるという。内側からの情報が必要だった。
汪謔ヘ〈科学フロンティア〉への参加を決める。玉菲を訪ねると、ちょうどVスーツを着てネットゲームをしているところ。Vスーツは、ヘルメット型の全方位ヘッドマウントディスプレイと触覚フィードバック全身スーツで構成されている。
玉菲は、ひまつぶしにゲームで遊ぶような人間ではない。アドレスを盗み見た汪謔ヘ「三体」というゲームを体験するが……。
SF。
汪謔ェ見た自殺者名簿の最後の名前が宇宙論研究者の楊冬(ヤン・ドン)で、楊冬の母親が葉文潔、というつながりになってます。
存在感あったのが、汪謔フもとにやってきた警察官の史強(シー・チアン)。
粗暴で口が悪くて、すごく嫌な人物として登場します。汪謔煬凾「ますが、身の回りで不可思議なことが起こって現実がゆらぐと、史強の強い個性に安心感をもらうようになります。その変化がおもしろいです。
ゲーム「三体」の目的とか、〈科学フロンティア〉の正体とか、まぁ、いろいろありました。それらは回答がありますが、物語そのものは三部作だそうで、まだ終わってません。
2023年11月22日
ケイト・アルバス(櫛田理絵/訳)
『図書館がくれた宝物』徳間書店
1940年。
ピアース家の3人きょうだいは、ウィリアム12歳、エドマンド11歳、アンナ9歳。3人とも、亡くなった祖母のことが好きではなかった。
両親のことを覚えているのは、ウィリアムだけ。とはいえ、まだほんの5歳だったから、あまり細かいことまでは覚えていない。わずかな記憶に、自分で想像したことをどんどんつけ加えて、きょうだいに話して聞かせていた。
なかでも気に入っているのは、母が子どもたちを「まるで夜空に輝くお月さまのよう」と言っていた話だ。本当に言われたことなのか、でっちあげたことなのか、もはや自分でも分からなくなっている。それでもエドマンドとアンナは、喜んで耳をかたむけた。
孤児となった3人は、祖母の弁護士だったハロルド・エンガーソルさんから、奇抜な提案をされる。
3人には相続する遺産があったが、大人になるまでめんどうを見てくれる人がいない。誰かの養子になろうにも、戦争中ではかんたんにはいかないだろう。自分の子どもすら守れるかわからないというときなのだから。
そこで、学童疎開に参加してみてはどうか、と。事情を隠したまま田舎に疎開し、そのまま家族として迎え入れてくれることにかける。
荒唐無稽な話に3人はおどろくが、やってみるしかなかった。
3人は、ロンドン北部の小学校の子どもたちといっしょに疎開した。しかし、やはり3人まとめてというのは難しい。受け入れ先が次々と決まっていくなか、取り残されてしまう。
そんなとき、アンナを気に入った夫人が現れる。ネリー・フォレスターは、ずっと女の子がほしかったのだ。夫のピーターも、双子の息子サイモンとジャックも、反対はしなかった。
受け入れ先が決まった3人だが、フォレスター家の居心地はよくない。サイモンとジャックはいじわるで、フォレスター夫妻は自分たちの子どもが常に正しいと思っている。
3人の心の拠り所となったのは、図書館だった。3人とも本が大好き。図書館司書のミュラー夫人は親切で、3人によくしてくれた。
3人は、耐えるしかない生活が続くが……。
児童文学。
ウィリアムはしっかりしてますが、がんばって背伸びしてる雰囲気。
エドマンドはやんちゃ盛り。問題児だけど、それなりにがまんしたり、相手を思いやったりもできる。
アンナは優等生タイプ。兄たちにかわいがられていて優遇もされているけれど、わがままも言わないし、9歳なりにがんばってる。
そんな3人が寄り添って、自分たちの家族をさがそうとします。
児童書なので、あまりつっこんだ話はないものの、かなり理不尽なことも起きます。最後にどうなるか、タイトルで察しがつくのが残念。
原題の「A PLACE to HANG the MOON」を生かしたタイトルにしてくれればなぁ。
2023年11月26日
ピップ・ウィリアムズ(最所篤子/訳)
『小さなことばたちの辞書』小学館
エズメは、ことばには重要なことばと、それよりも重要でないことばがあることを知っている。写字室(スクリプトリウム)で育つ中で学んだことだ。ただ、なぜそうなっているのか、理解するには長い時間が必要だった。
スクリプトリウムというのは、ジェームズ・マレー博士の命名だ。オックスフォードのとある家の裏庭に建てられている。博士は編纂主幹として「オックスフォード英語大辞典(OED)」の出版に情熱を注いでいた。
マレー博士の友人でもある辞典編纂者のハリー・ニコルが、エズメの父だ。
エズメは父から、スクリプトリウムでは、協力者たちが送ってきたことばを解読して〈辞典〉で定義できるようにしている、と聞かされた。だが、5歳のエズメにとって、スクリプトリウムは魔法の場所だった。
エズメは仕分け台の下にいるとき、宝物を手に入れた。ことばが書かれたカードが舞い降りてきたのだ。
誰も、落ちたカードを拾おうとはしなかった。助手の誰かが捨てたのだろう。余分だったり、いらなかったりすることばは捨てられ、煖炉の炎にくべられてしまうのだ。
リリー(百合)がそうだったから、よく分かる。エズメの亡き母の名前が書かれたカードは、燃やされてしまった。エズメが助け出そうと手にとって、皮膚が溶けてしまったことがあるのだ。
エズメが拾ったカードには「bondmaid(ボンドメイド)」と書かれてあった。それ以来、エズメは捨てられたカードを集めるようになる。
少女になってもエズメは、スクリプトリウムに出入りしていた。
ところが、新しい助手のクレインがやってきて、なにもかも変わってしまう。エズメはクレインから嫌われた。カードを拾った所をとがめられ、居づらくなってしまう。
エズメは、スコットランドのコールドシールズ女子寄宿学校に転校した。名づけ親のイーディス(ディータ)・トンプソンの勧めだった。ディータの古い友人が校長をしているという。
エズメはコールドシールズが嫌いだった。帰ってこられたのは、会いに来た叔母が、エズメの両手の甲についた痣に気がついたからだ。
そのときにはクレインはクビになっており、エズメはまたスクリプトリウムに出入りするようになる。そのまま働きはじめるが……。
ことばをめぐる物語。
OEDの編纂事業はもちろん史実。ジェームズ・マレー博士やハリー・ニコル、イーディス・トンプソンも実在人物。エズメは架空。
OEDが完成するまでには、婦人参政権運動や、第一次世界大戦が時代背景としてありました。史実として記録に残っていることの隙間を縫うようにして、エズメの物語が展開されていきます。
エズメが注目するのは、辞典には載らないことば。
文献などに書かれることのない庶民の、とりわけ女性たちの使うことばです。辞典には、今でいうジェンダーバイアスがかかっているのではないか、と考え、独自に収集をはじめます。
史実を曲げることなく紡がれていく物語、すごく巧みで、興味深く読みました。ただ、いかんせん、エズメの手癖が悪いです。クレインが嫌うのも分かる。
それも人間の弱さ、といえばそうなのですが。
なお、きっかけとなった「ボンドメイド」は、実際にOEDに載っていません。理由は不明らしいです。