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このページの本たち
九段下駅 或いはナインス・ステップ・ステーション
小惑星ハイジャック』ロバート・シルヴァーバーグ
哀れなるものたち』アラスター・グレイ
都市』クリフォード・D・シマック
カリブ海の秘密』アガサ・クリスティー
 
復讐の女神』アガサ・クリスティー
夏への扉[新訳版]』ロバート・A・ハインライン
ワニの町へ来たスパイ』ジャナ・デリオン
HHhH プラハ、1942年』ローラン・ビネ
はなればなれに』ドロレス・ヒッチェンズ

 
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2023年10月04日
マルカ・オールダー
フラン・ワイルド
ジャクリーン・コヤナギ
カーティス・C・チェン
(吉本かな/野上ゆい/立川由佳/工藤澄子/訳)
『九段下駅 或いはナインス・ステップ・ステーション』
竹書房文庫

 連作短編集
 2033年。
 東西に分断された東京は、西側は中国の、東側はアメリカの管轄下にあった。緩衝地帯としてASEANも駐留している。
 きっかけは、震災だった。
 日本が大地震で混乱している中、北朝鮮が秋田県と新潟県を攻撃。北朝鮮に報復した日本を、今度は中国が侵攻し、九州が武力制圧された。
 中国の真の狙いは、首都東京だ。だが、国際社会が介入したために中国の全域支配とはならなかった。東西の境界線はドローン障壁で隔てられ、往来はできるが、検問所を通らねばならない。
 震災から15ヶ月。かりそめの平和が戻って9ヶ月。
 ニュース・ドローンが飛び回り、人びとの間では人体改造が人気を博している。
 東東京は震災と戦争からいまだ立ち直っていない。電力の供給は不安定でしょっちゅう停電が起き、ガソリンも不足している。西東京では電力は充分だが、中国のプロパガンダが流されている。  
 霞ヶ関の庁舎を爆破された警視庁は、九段下駅のオフィスビルを徴発して東京警視庁本部とした。
 ある日、アメリカ大使館から警視庁に要請があり、平和維持軍のメンバーを警視庁の捜査チームに迎えることになった。
 新しくパートナーを組むのは、是枝都(みやこ)とエマ・ヒガシ。
 都は、警視庁の警部補。アメリカに留学経験があり、オリンピック柔道で4位に入賞した経歴を持つ。エマがどこまで信用できるのか分からず困惑している。
 エマは平和維持軍中尉。片目にインプラントを施し、ドローンと視覚を共有することもあれば、赤外線モードや情報処理機能も使える。日本語も話せるが、母国語のようにはいかず、もどかしさを感じている。
 エマは日本政府担当上席連絡官から、港でおろされた直後に強奪された輸送コンテナの行方を捜査するように命じられていた。極秘だという。コンテナの中身については教えてもらえず、疑心暗鬼に陥ってしまう。
 ふたりは事件を解決していき、徐々にパトーナーとして認めあうようになるが……。

 近未来ミステリ。
 今回の本は「シーズン1」として、それぞれの短編は「エピソード1」などと割り振られてます。ほぼ1話完結。
 ドラマのシリーズを意識している印象。各短編の背後で事態が動いてます。それが奔出するのが、つながっている最後の2話、という構成になってます。
 映像の力があれば押し切れるでしょうけど、文字だけでは考える余地がありすぎて、情報が不足気味。不思議に思うことがそこかしこにありました。海外から見た日本の姿なので、こんなものかな、と思わなくもないですが。
 あまりこまかいことを考えず、書かれたそのままを楽しむべきなのでしょうね。

 簡単に、各短編で発生する事件について書いておきます。

マルカ・オールダー(吉本かな/訳)
「顔のない死体」
 駅の薄暗い一角で死体が発見される。刺し傷が3か所あり、顔がなくなっていた。
 強奪された輸送コンテナの行方については、あっさり判明。

フラン・ワイルド(野上ゆい/訳)
「体のない腕」
 利用期限の切れたロッカーから、肩からきれいに切断された人間の腕が発見される。腕にはある特徴があった。

カーティス・C・チェン(工藤澄子/訳)
「堕ちた重役」
 高層ビルから谷口グループの会長が転落死した。自殺か、他殺か。都とエマで見解が分かれる。

ジャクリーン・コヤナギ(立川由佳/訳)
「停電殺人」
 隅田川で、精神科医の死体が発見される。他にも停電中に殺人事件が発生しており、関連が疑われる。

マルカ・オールダー(吉本かな/訳)
「決死の逃亡」
 アメリカの日本政府担当上席連絡官が暗殺されそうになる。
 そのすぐ近くでは、女性を殺した男が亡命を求めてくる。殺した女性に見張られていたと主張するが、逆の可能性もある。

カーティス・C・チェン(工藤澄子/訳)
「盗まれた娘」
 中国の日本政府担当上席連絡官の娘がお台場で誘拐される。

フラン・ワイルド(野上ゆい/訳)
「声の大きな政治家」
 国会では外患罪が継続審議中。入谷で住宅火災があり、女性が亡くなった。その女性は外患罪を強力に進めている参議院議員だった。

ジャクリーン・コヤナギ(立川由佳/訳)
「鉤爪の手」
 女性が恋人に襲われる事件が発生する。恋人は鉤爪の持ち主で、手が勝手にやったことだと主張する。

カーティス・C・チェン&フラン・ワイルド(工藤澄子/訳)
「暗殺者の巣」
 東京都知事が主催する公式晩餐会に、政府関係者、各界の著名人、大企業のトップ、中国の官僚、ASEANの代表団、アメリカの平和維持軍の代表団が集う。その集まりで、平和維持軍司令官が射殺される。

マルカ・オールダー(吉本かな/訳)
「外患罪」
 所属不明の過激派が国会を占領。エマの活躍で鎮圧されるが、都が傍聴席で野党議員の他殺体を発見する。
 混乱する中、中国の攻撃がはじまる。


 
 
 
 

2023年10月05日
ロバート・シルヴァーバーグ(伊藤典夫/訳)
『小惑星ハイジャック』創元SF文庫

 23世紀。
 宇宙産業を推し進める諸金属の供給源として注目されているのが、小惑星帯だった。火星と木星のあいだにあった惑星がなにかの理由で粉砕された名残だ。
 そのあたりの小惑星に軽金属が含まれているのは確か。だが、どこになにが、どれほどあるかは分かっていない。ちょっとした大当たりの情報はちらほらとあり、富を求めた人びとが大挙して宇宙に飛びたっている。
 ジョン・ストームもそうした者のひとり。
 ジョンは2年前、大手のユニヴァーサル探鉱カルテル(UMC)にエンジニアとして誘われた。好条件だったが、2年待ってほしいと頼みこんだものだ。担当者からは、小惑星帯など、うすばか連中が行くところだと言われたが、ジョンは2年の猶予を譲らなかった。
 ジョンは、それだけの値打ちはあると考えていた。だが、宇宙航路をあてどもなくさまよう流れ者にはなりたくない。2年かけてだめだったら、すっぱりあきらめるつもりだ。
 その約束の期限がせまるなか、ジョンはついに大当たりを引き当てる。直径八マイルの小惑星で、市場価値のある鉱脈を発見したのだ。賭けに勝ったのだ。
 火星に立ち寄ったジョンは、ひとまず採掘権の仮登録をする。
 ところが、地球で手続を進めようとしたとき、火星での申請記録がなくなっていた。申請書の写しはあるが、申請番号が、別人が別の小惑星を登録したものに差し替えられていた。
 ジョンは市民番号すら無効になっており、途方にくれてしまう。しかも何者かに殺されそうになり、ジョンは確信した。
 何者かが、あの小惑星を横取りしようとしている。
 ジョンは真相をさぐろうとするが……。

 SF。
 翻訳されたのは2021年ですが、原書は1964年。60年代にはまだ〈レアメタル〉って総称がなかったんですね。シルヴァーバーグ初期の、中編規模の短い作品でした。
 昔のSFはあっさりしてた……という思い出どおり、無駄なくサクサク展開していきます。ジョンが即決の人で、右往左往することなく動くのが小気味いいです。
 ジョンの小惑星を巡る謎には、UMCが絡んでます。UMCほどの会社がなぜ? という理由が、60年代を感じさせました。


 
 
 
 

2023年10月09日
アラスター・グレイ(高橋和久/訳)
『哀れなるものたち』早川書房

 1990年。
 作家のもとに、ある本が持ちこまれた。
 医学博士ヴィクトリア・マッキャンドレスが子孫に遺したもので、同じく医学博士で夫のアーチボルトが自費出版した『スコットランドの一公衆衛生官の若き日を彩るいくつかの挿話』という本だった。ヴィクトリアが子孫に宛てて書いた手紙には、この書物には嘘があふれている、と告げていた。
 作家はアーチボルトの本を読み、あちらこちらと調査したうえで、本の内容は虚言だけではないと結論づける。そこに書かれているのは、驚くほど善良で逞しく、知性あふれるひとりの奇人の姿。ヴィクトリアの手紙も含めて出版することが決まった。
 1879年。
 医学生のアーチボルトは、解剖学科の助手で天才外科医のゴドウィン・バクスターと出会う。バクスターは警察医でもあった。
 その2年後、バクスターが大学に現れなくなった。さらに6ヶ月たってバクスターと再会したアーチボルトは、ひとりの女性を死から救ったという話を聞く。そして、ベラ・バクスターを紹介された。
 ベラはとても美しい女性だったが、まるで白痴や幼児のように話す。アーチボルトは、ひどい脳損傷を負っているのだろうと考えた。ところが、バクスターによると、脳機能が低下したのではなく、まったく健康な小さい脳から成長したのだという。
 6ヶ月前のことだ。バクスターのもとに妊娠した女性の溺死体が持ちこまれた。死亡を確認し公表したが、引き取り手は現れない。
 バクスターにとって、以前から考えていた手術を行なうのに絶好の機会だった。死んだ女性の脳を、腹の中にいた9ヶ月の胎児の脳と取り替えたのだ。
 ベラはそのことを知らない。ただ、記憶喪失だと思っている。
 アーチボルトはベラに魅せられ、ふたりは婚約した。ベラも結婚を楽しみにしているようすだが、ダンカン・ウェダバーンと駆け落ちすると言い出す。ウェダバーンは、ハンサムで、りゅうとしたみなりをして、口がうまくて、無節操で、好色な弁護士。
 バクスターはベラを止めようとしない。ベラが帰ってこられる場所をつくるため、ベラのすることに反対しないのだ。
 アーチボルトの説得もむなしくベラは去り、やがてヴェダバーンから手紙が届く。ヴェダバーンはベラを悪魔と呼び、バクスターを糾弾するが……。

 クリーチャーもの。
 作家というのは、アラスター・グレイ自身。また、ベラ・バクスターが、ヴィクトリア・マッキャンドレスです。
 なにが起こるのか、はじめに知らされたうえで、アーチボルトの本を読むことになります。
 アーチボルトの本の中には、アーチボルトの主観的な考えのほか、ヴェダバーンからの手紙、ベラの手紙もあります。また、全編に渡って編集をした作家による脚注がほどこされてます。もちろん、その脚注そのものも物語です。
 登場人物たちの視点の相違により、ものの見方が二転三転します。アーチボルトの本の後に掲載されたヴィクトリアが子孫に宛てた手紙にしても、それが真実とは限りません。
 なにが本当なのか。
 なかなか手強い物語でした。


 
 
 
 

2023年10月11日
クリフォード・D・シマック
(林克己/福島正実/三田村裕/訳)
『都市』ハヤカワ文庫SF205

 知性を持った犬たちには、語り継がれてきた物語があった。
 現代の犬たちにとって、かつて人間というような生き物がいたかどうか定かでない。その人間が登場する物語が、数え切れぬほどの世紀を重ねる間、いつどこで発展してきたものなのか。
 伝説刊行委員会は、伝承されてきた物語を厳選して、一冊の本としてまとめあげた。
 第一話で一貫しているのは、都市という概念だ。人間たちが、都市というものを捨てようとしている。
 ジョン・J・ウエブスターは、会議所秘書。議会で発言する機会があり、クビになるのは承知のうえで発言した。
 もはや、都市は時代錯誤。都市は滅亡したのだ。
 自動車は使われなくなっており、道路も修理せぬままに放置されている。というのも、家庭のひとりひとりに、ヘリコプターや飛行機が行きわたっているからだ。
 水耕法が主流となっているため農地は不要となり、地価は下落している。都会の人間は、安価で広い土地へと移っていった。
 都市には空家ばかり。宿なしが断わりなしに住みこんでいる。市議会では、社会の脅威とばかりに全部焼いてしまうのが一番いいと議論している。
 ウエブスターは、反対だ。都市に人がおらず、工場も四散した今、もはや爆弾の目標にはなり得ない。よって戦争もない。滅亡状態を存続するのが最善ではないのか。
 予想どおり、ウエブスターは失業した。
 ウエブスターは、人類を新しい環境に順応させる仕事に誘われるが……。

 連作未来史もの。
 犬社会で出版された伝承集というスタイル。刊行者の序文があり、八つの物語が紹介されます。それぞれの物語には覚え書きが付されています。
 常に絡んでいるのが、ウエブスターを名乗る者。最初のジョン・J・ウエブスターにはじまり、子孫たちが、活躍の場を変えながら時代をくだっていきます。
 最後の物語でもまだ人間は忘れられてません。この伝承集が編まれるまでには、もっとずっと途方もない時が流れたのでしょうね。
 19年ぶりの再読でしたが、なにひとつ覚えてませんでした。


 
 
 
 

2023年10月15日
アガサ・クリスティー(永井 淳/訳)
『カリブ海の秘密』ハヤカワ・クリスティー文庫

ミス・マープル》第9作。
 パルグレイヴ少佐は、思い出の中で、幸せだった過ぎし日々をふたたび生きるために、聞き手を必要とする老人だった。赤黒い顔をして、片目は義眼。全体としてはひきがえるの剥製といった感じで、たいへん長たらしい退屈な話をする。
 ジェーン・マープルは、どんな老人にもわけへだてなく優しい思いやりをかけてきた。相手の話にじっと耳を傾け、ときおり静かにうなずいて相槌を打ちながら、そのじつ自分の考えにふける。
 前の冬、ひどい肺炎を患ったミス・マープルは、医者から南への転地療養をすすめられた。住み慣れたセント・メアリ・ミード村から出る気になれないでいたところ、西インド諸島での療養をプレゼントしてくれたのは甥のレイモンドだった。
 レイモンドが手配したのは、西インド諸島のサン・オレノ島。快適で暖かく、リウマチにはもってこいの気候だ。
 島のゴールデン・パーム・ホテルで、専用のすてきなバンガローに住んで一週間。なに不自由なく、話し相手になる年配の滞在客にもこと欠かず、ふつうの老婦人なら、これで満足したことだろう。
 だが、ミス・マープルはふつうの老婦人ではない。いささかたいくつしていた。毎日が判で捺したように変わりばえせず、事件らしきものはけっしておこらないのだから。
 パルグレイヴ少佐の話は、殺人事件へと移っていく。たまたま写っていたという殺人犯のスナップ写真を見せようとしている。中身のぎっしりつまった紙入れから写真をだし、しかし少佐の手は急に動きを止めた。
 少佐はミス・マープルの右肩ごしに、じっとなにかを見ているようだ。そちらからは数人の足音と話し声が聞こえてきて、4人のホテル滞在客があらわれた。ヒリンドン夫妻とダイスン夫妻だった。
 翌朝、遺体となった少佐が発見される。
 病死だと思われた。年齢としては、いつ死んでもおかしくはない。とはいえ、いくらなんでも急すぎる。上機嫌で笑いながら語り合っていたのは昨日のことだ。
 ミス・マープルは、見ることのできなかった殺人犯のスナップ写真がひっかかっていた。ヒリンドン夫妻とダイスン夫妻のだれかに関係あるのだろうか?
 ミス・マープルは嘘をついて紙入れを確認してもらうが、写真はなくなっていた。どうも気に入らない。ミス・マープルは、オーナー夫妻や滞在客たちとおしゃべりすることで、真相をさぐろうとするが……。

 ミステリ。
 ミス・マープルの武器は、高齢な婦人であるところ。外見は無害。おしゃべりで、詮索好きなおせっかいやきに見えて、実は……という。
 ミス・マープルのもとに集まってくる、うわさ話の数々。本当なのか、嘘なのか。嘘だとしたら、どうしてそういうことを言ったのか。
 心理ゲームのようになっていきます。
 会話主体のため、とにかく読みやすいです。


 
 
 
 
2023年10月17日
アガサ・クリスティー(乾 信一郎/訳)
『復讐の女神』ハヤカワ・クリスティー文庫

ミス・マープル》第11作。
カリブ海の秘密』続編
 セント・メアリ・ミード村で静かに暮らしていたジェーン・マープルは、新聞の死亡欄で、ジェースン・ラフィールの死去を知った。
 ミス・マープルは、1年と3〜4ヶ月前に、カリブ海へ転地療養の旅をしている。殺人事件があり、ラフィール氏と知り合ったのはそのときだ。
 大富豪のラフィール氏は、たいへんはっきりした個性で、気むずかしい人だった。怒りっぽく、時にはびっくりするほど無作法でもあった。
 ごく短い期間だったが、ふたりは協力者でもあった。あれ以来、やりとりはしていない。
 まもなくしてミス・マープルは、故ラフィール氏の弁護士から手紙を受け取った。ある提案について相談したいという。
 ラフィール氏は、ミス・マーブルには生まれながらの捜査の才能があると考えていた。正義に対する生まれつきのかんがある、と。ある犯罪の捜査をミス・マーブルがおこない、捜査の結果この犯罪が正当な解明を得た場合、遺産贈与税ぬきで2万ポンドが贈られる。
 ラフィール氏は、犯罪の内容についてはふれていない。ミス・マープルに何を期待しているのか、まったくわからない。弁護士も聞いていないという。
 それでもミス・マープルは、最善をつくそうと決める。
 まず、カリブ海でラフィール氏と知り合ったときに秘書をしていたエスター・ウォルターズに面会してみた。かまをかけてみるが、成果はない。
 やきもきする中、ラフィール氏から手紙が届く。ロンドンの旅行会社の〈大英国の著名邸宅と庭園〉めぐりのバス旅行の案内だった。2〜3週間にわたる旅で、費用は全額支払済だという。
 他の参加者たちになにかあるのか、行き先でなにかあるのか。
 なにもわからないままに、ミス・マープルは旅発つが……。

 ミステリ
 なにを調べろというのか、五里霧中状態で展開していきます。ただ、読者に対しては早い段階で、ラフィール氏の息子のことじゃないか、というヒントはあります。弁護士同士が、あれのことかなって言ってるくらいですけど。
 死体からはじまるような、はっきりしたミステリに慣れてる人だともやもやするかも。
 ミス・マープルは、あれこれ考えて行動していきます。そういうのが好きな人は、徐々に明らかになっていく真相に、興味津々で読みすすめられそう。後になって、そういうことか、とすっきりできました。

 一応『カリブ海の秘密』の続編ですが、直接的にはつながってないです。ただ、読んでいれば、ラフィール氏だったらそうするだろうな、と思える、というのはあります。  


 
 
 
 

2023年10月18日
ロバート・A・ハインライン(小尾芙佐/訳)
『夏への扉[新訳版]』早川書房

 ダニエル・ブーン・デイヴィスは、あと数日でやっと30歳といった若さで失意のどん底にいる。心に冬をかかえて酒浸り。愛猫のペトロニウス(ピート)が冬にしていたように、夏への扉を探しつづけていた。
 そんなとき、ミューチュアル保険会社の広告に目が止まる。
 かつては、低体温法睡眠(コールド・スリープ)の費用など払える身分ではなかった。それに、1970年に不満もなかった。状況は変わり、まとまった金もある。
 ほんのちょっと前まで、ダニエルは順風満帆だった。
 親友のマイルズ・ジェントリーと立ち上げた〈おそうじガール社〉が大成功。事業が拡大して雇ったベル・ダーキンとはいい仲になり、婚約した。あのときベルの身上を調査するべきだった、と今なら思う。
 ダニエルは、マイルズとベルに裏切られた。結託したふたりに会社を追い出されてしまったのだ。充分な額の退職金を押しつけられ、完全に合法なため訴えることもできない。
 失意のダニエルは、ピートをつれてミューチュアル保険会社を訪れる。望むのは、ピートと一緒にコールド・スリープに入ること。担当者は驚くが、猫での成功例があったことから受け入れられる。
 すべての準備を整え、ダニエルは翌日のコールド・スリープを待つ。だが、裏切り者のふたりにだまっていられない。
 ダニエルがマイルズの自宅に赴くと、ベルもいた。ふたりは結婚していたのだ。ダニエルは激怒するが、返り討ちにあってしまった。
 ベルに薬を盛られたダニエルは、持っていたコールド・スリープの書類を改ざんされ、カリフォルニア・マスター生命保険のコールド・スリープに入れられてしまう。
 2000年になって目覚めたダニエルのもとに、ピートはいない。しかも、カリフォルニア・マスター生命保険は破産していた。一文無しとなり、30年前の知識は役に立たず、途方にくれるが……。

 時間テーマSF。
 9年ぶりの再読。
 今まで、福島正実/訳のものを読んでましたが、今回はじめて、小尾芙佐/訳を手にとりました。さすがに9年ぶりとなると、こまかいことは覚えてません。
 ただ、印象的だったピートの肩書き「護民官」が「審判者(アービター)」になっていることは気がつきました。それと、ピートの鳴き声にルビがふられていることも。
 これは好みが別れそう。
 というのも、本作のポイントはピートなんです。ピートの存在がどう翻訳されるか、小さくない問題だと思います。
 個人的には、福島正実/訳のピートが好きです。 小尾芙佐/訳のピートのほうが分かりやすいと思いますが。


 
 
 
 

2023年10月19日
ジャナ・デリオン(島村浩子/訳)
『ワニの町へ来たスパイ』創元推理文庫

ミス・フォーチュン・ミステリワニ町》シリーズ第一巻
 レディング(通称フォーチュン)は、CIAの秘密工作員。自分では凄腕だと思っている。だが、潜入調査のミッションで何度目かの大失敗をしてしまう。
 金を届け、ドラッグを受け取り、帰ってくるだけ。だが、フォーチュンは、12歳の少女が売られようとしているのに我慢できなかった。
 元締めの弟を殺したフォーチュンに、莫大な賞金がかけられる。しかも、CIAに内通者がいた。通常の証人保護プログラムは使えず、CIAのモロー長官は、ルイジアナ州の罪深き町(シンフル)という隠れ家を用意する。
 シンフルには、モロー長官の姪サンディ=スー・モローが行く予定だった。母方の大おばマージ・ブードローの家を相続しており、家財道具の整理をすることになっていたのだ。
 フォーチュンは、サンディ=スーの経歴を見て愕然とする。司書で、編みものが趣味のミスコン女王。自分とはまるで正反対な女になり切らねばならないのだ。
 シンフルのマージの家は、大きなヴィクトリア朝風のネイビーブルー。裏庭の先には、町全体を流れている濁った川シンフル・バイユーがある。アリゲーターが生息しているが、芝生にあがってくることはめったにない。
 フォーチュンがマージの家に着くと、ガーティ・ハバートが待っていた。マージとは一番古くからの友達だという。まだ荷解きもしないうちに、マージの老犬ボーンズが、裏庭のシンフル・バイユーで人間の骨を見つけてきた。
 ガーティは、保安官だけでなく、アイダ・ベルにも連絡しなければならないという。なぜなら、シンフルの町を取りしきっているのは〈シンフル・レディース・ソサエティ〉であり、その会長がアイダ・ベルなのだから。
 骨の持ち主は、5年前に姿を消したハーヴィ・チコロンだった。シンフル一卑劣で嫌な男で浮気性。妻のマリーに暴力をふるっていた。
  ガーティもアイダ・ベルも、マリーが殺したのだと思っている。そのうえで助ける気でいる。
 フォーチュンは、もっとあやしいやつを見つければいいと提案するが……。

 異色のミステリ。
 フォーチュンの一人称。初対面の人を見定めようとする癖があります。保安官助手に会えば「30代半ば、身長185センチ、体脂肪率12%、左目の中心から45度に盲点」などと考えてます。それが読者への情報提供になってます。
 物語としては、マリーが姿を消していて、その行方を捜すと同時に、罪をおっかぶせる相手を捜します。あまりミステリっぽさはなく、終わってみればミステリだった、という作風。
 とにかくミステリが、正当派ミステリが読みたい、という人には向いてないでしょうね。ミステリにはこだわらず、おかしみのある軽いものを読みたいときにはいいのでは。


 
 
 
 

2023年10月23日
ローラン・ビネ(高橋 啓/訳)
『HHhH プラハ、1942年』東京創元社

 プラハ中心部のカレル広場から出るレッスロヴァ通りは、やがてヴルタヴァ川(モルダウ)にぶつかる。レッスロヴァ通りの右の歩道を下っていたところに、その教会はあった。
 教会の側面の、地下室への採光窓のまわりの石に、無数の弾痕が残されている。そして、カブチークとクビシュとハイドリヒの名を記したプレート。
 1942年。この教会に、パラシュート部隊員たちがハイドリヒ襲撃ののちに逃げ込んだ。現在、教会の地下納骨堂には、すべてがある。
 惨劇の跡は、恐ろしいほど生々しい。数メートルにわたって掘られたトンネル、壁と丸天井に残るたくさんの弾痕。パラシュート部隊員の顔写真、チェコ語と英語で記された説明文のなかには裏切り者の名前もある。
 肝心なときに働かなかったステン短機関銃や、レインコート、鞄、自転車が一か所に集められて展示されている。ロンドン、フランス、外人部隊、亡命政府、リディツェという名の村、ヴァルチークという名の若い見張り番。当時イギリスでなければ入手できないペニシリンのこと、恐るべき報復の数々……。
 教会の外には700人以上のナチ親衛隊がいた。
 ヨゼフ・カブチークはスロヴァキア人で、ヤン・クビシュはチェコ人だった。彼らの物語はまったくの事実であり、例を見ない特異な物語だった。彼らとその仲間たちは、人類史上もっとも偉大な抵抗運動を企てた人びとだった。
 そして、ラインハルト・ハイドリヒは、ヒムラーの右腕だった彼は、第三帝国で最も危険な男と怖れられていた。
 そのとき、なにか起こったのか?

 史実を題材にした小説。
 〈僕〉の一人称で、ハイドリヒやカブチーク、クビシュ、その他周囲の人びとについて調べ、書き記していきます。事件をめぐるノンフィクションのようでいて、そうではない絶妙さ。断章をつみ重ねることで時間が動いていきます。
 〈僕〉は、スロヴァキアの軍事学校にフランス語教師として派遣された過去があります。そのため、スロヴァキア人であるカブチークに心を寄せています。
 情報量としては、ハイドリヒが多いです。公人ゆえに残された記録が多い、ということもあるでしょうね。
 関連する小説や映画などもとりあげられてます。ハイドリヒが乗っていた車が、黒かったのか緑だったのか断言することができない、なんてぼやきもありました。
 再現された自動車は黒いし黒だと思うけれど、昔に作られた映像作品で緑にしているものがあるそうです。事件を目撃した人が生きていた時代のものだから、もしかすると濃緑だった可能性もないわけではない、などと語ってます。
 全編、そういう感じ。
 とにかく真実を追究したい姿勢が貫かれてます。ときには、今のは勝手な想像、などと但し書きつけてみたり。
 圧倒されました。
 これまでの小説の概念をくつがえされました。


 
 
 
 

2023年10月24日
ドロレス・ヒッチェンズ(矢口 誠/訳)
『はなればなれに』新潮文庫

 スキップとエディは共に22歳。中学時代からのつきあいで、どちらかが少年院や刑務所に入っているとき以外はいつも一緒だった。
 スキップにはもうひとり、カレン・ミラーという夜間学校の女友だちがいる。
 カレンは幼くして両親を亡くし、父の友人だったハヴァマン氏にひきとられた。そのハヴァマン氏も亡くなり、現在は大きな屋敷に、未亡人となったモードおばさんとふたりきりで暮らしている。
 カレンは、モードおばさんがすすめる看護学校を断った。入院したときに看護婦の大変さを目の当たりにして、とても自分にはできそうもないと思ったのだ。それで、モードおばさんから学費をだしてもらえず、夜間学校の秘書コースに通っている。
 恥ずかしがり屋のカレンは、見知らぬ人の前だと気おくれしてしまい、うまく友人をつくることができない。スキップは、無理やり話をさせるやりかたをする。カレンには奇跡のように思えた。
 カレンにとって、雑談で金の話をしたことに深い意味はない。カレンは知らなかった。スキップには、金の話をしてはいけないことを。
 カレンに金のことを話したモードおばさんも、それほど深い考えがあったわけではない。娘婿だったストールツが定期的に訪れて、自分の部屋に大金をおいていく。モードおばさんにとっては、信用されていることが誇らしい、ただそれだけのことだ。
 カレンの話を聞いたスキップは、大金を盗む計画をたてた。鍵もかけていない部屋に大金がおかれているというのだから、チャンスだと思っていた。
 エディは計画に不安を感じている。だが、病気の母のことを思うと金がほしい。スキップに反対することができない。  
 カレンはスキップに計画を打ち明けられ、ただただ驚いた。スキップに言いくるめられ、協力することになってしまうが……。

 ノワール小説。
 1958年の群像劇。
 ゴダール監督によって映画化されました。
 エディとスキップとカレン、3人の計画は、いろいろなことが掛け違っていきます。
 最大の予定外は、経験豊富な犯罪者が絡んでくること。スキップの叔父さんが計画を知り、かつての犯罪仲間に連絡をとったんです。スキップは、ストールツの金が犯罪絡みだと想像はしたものの、そんな金を盗んだらどうなるか、考えてないんですから。
 物語はどんどこ転がっていきます。
 なんてことのない出来事が、べつのところに影響を与えていく。興味津々で読んでました。

 
 

 
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