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2023年の記録
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 10/現在地

 
このページの本たち
マネー!マネー!マネー!』ポー・ブロンソン
人類の知らない言葉』エディ・ロブソン
古い骨』アーロン・エルキンズ
メキシカン・ゴシック』シルヴィア・モレノ=ガルシア
ユートピア』トマス・モア
 
恐竜と生きた男』ジョージ・ゲイロード・シンプソン
キルトとお茶と殺人と』サンドラ・ダラス
シナモンとガンパウダー』イーライ・ブラウン
殺人交叉点』フレッド・カサック
パン焼き魔法のモーナ、街を救う』T・キングフィッシャー

 
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2023年12月01日
ポー・ブロンソン(真崎義博/訳)
『マネー!マネー!マネー!』角川書店

 シドニー(シド)・ギーダーは、モーゲージ(担保付き債券)の帝王と呼ばれている。アトランティック・パシフィックで働きはじめて4年目。
 これまで、ノルマを与えられては達成するため猛然と努力する、ということを続けてきた。ノルマを達成すると、セールス・マネージャーはさらにノルマをつり上げ、シドはまた苦しい努力を強いられる。それも、会社の10万株を受け取れるようになるまでの我慢。あと9ヶ月で辞めるつもりだ。
 シドの強みはセールス・トークと奇抜な発想にあった。
 毎日クライアントに電話しては、取引概況とモーゲージ・マーケットの寄り付き具合を説明し、自身の短評を加える。クーポン債のスプレッドやリッチかどうか、買いあおりなのかどうか。緻密さこそが、シドを帝王たらしめている。
 シドの唯一の武器はウソだ。
 強引な話術で、モーゲージの帝王と話ができるだけでもラッキーなことだ、と思わせる。金融商品の信頼性などおかまいなし。それは巧妙に作られた爆弾で、数年後に爆発するようになっている。
 シドは、セールスの相手を憎んでいる。
 憎むことで、まったく罪の意識を感じない。おかげで、精神的機能不全にならずに済んでいる。
 アトランティック・パシフィックが、レゾルーション・トラスト・コープ(RTC)のボンド(債券)を売り出すことが決まった。RTCには、どこかの貯蓄金融機関を閉鎖に追い込むために途方もない額の金を借り受けようという狙いがある。総額1450億ドルという規模だった。
 シドが聞いた噂では、アトランティック・パシフィックがボンドに途方もない値をつける条件で貯蓄機関監督局に取引を許可してもらったらしい。RTCのシンジケートは崩壊寸前だとも。
 そもそも、RTCが400億ドルを集めたのは、つい9ヶ月前のことだ。もう食い潰されたのか、とシドは唖然とする。だが、言われたからには売らねばならない。
 シドはウソを並べ立ててボンドを売りさばくが……。

 金融の世界を舞台にした、怪作。
 舞台は1993年。
 1987年のブラックマンデー(日本のバブル崩壊は1989年)と、1997年のアジア通貨危機の中間くらい。とにかく誇張がすごくて、それをやったら違法だろうに、ということがバンバン登場します。
 はじめは、なにを読んでいるのか分かりませんでした。
 シドがいて、この世界の常識に染まってない新人のエッグズ・イジノウがいて、なにやらドタバタやっている感じ。会社専属医のイワナ・パーコワが失踪する事件が起こりますが、ミステリになったりはしない。ストーリーがなかなか見えてこないのです。
 半分ほど読んで、ようやく読み方がわかった気がして、そこから楽しくなりました。
 おそらく、人によって楽しむポイントが違うと思います。最後まで分からないままに終わってしまうこともあると思います。
 読んでみるまでどうなるか分からない、そういう世界でした。  


 
 
 
 

2023年12月04日
エディ・ロブソン(茂木 健/訳)
『人類の知らない言葉』創元SF文庫

 リディア・サウスウェルはロジ語の通訳。
 ロジア星のロジ人たちは、思念言語を使う。この言語に適性がある者は少なく、リディアには適切があった。おかげで、文化担当官のフィッツウィリアム(フィッツ)の専属となれた。
 リディアはフィッツのことが好きだ。思念通訳をしていると、酔っぱらったようになってしまう。そんなときでも、フィッツは気遣ってくれる。
 リディアがなにかを理性的に考えようとするとき、内面のつぶやきは、いつだってフィッツの声になる。特定のロジ人の通訳になると、そういう現象が起こるらしい。いかにもフィッツの言いそうなことを言う声を、リディアは気に入っている。
 フィッツはニューヨークの階段教室で、基調講演を行なった。会議後にはバンケットが開かれ、がんばりすぎたリディアはひどい酩酊状態になってしまう。記憶が途切れ、翌朝になって目覚めたときには外交官宿舎に帰っていた。
 リディアは、すぐに異変に気がつく。フィッツの気配がないのだ。フィッツが通訳なしにでかけたとは考えにくい。
 リディアは書斎でフィッツを見つけた。いつものソファで、血を流して亡くなっていた。
 家のセキュリティデータを調べれば、すべてが分かる。ふたりが帰ってきた時刻や、ほかに人がいなかったかどうかも、すべて。そのデータは壊されていた。
 リディアにはなんの記憶もない。自分でも、殺していないと確言できない。警察からも疑われてしまう。
 夜になっても眠れないリディアは、フィッツの声を聞いた。いつもの想像の声だと思ったが、すこし違う。
 フィッツの声が言うには、ロジ人は、命を落とした場所にしばらく霊的実体として残るのだという。誰に殺されたのか知らず、リディアに犯人を突きとめてもらいたいのだ、と。
 フィッツは、ロジ人たちのなかに犯人がいることも考えているようだ。そのためリディアは、フィッツの声が聞こえていることを口止めされる。
 リディアは、秘かに調査をはじめるが……。

 SFミステリ。
 世界は大災害を経験しているようです。ロジアと接触することでなにかあったのか、なにかあってからロジアと接触したのか、詳しいことは分かりません。
 リディアは、イングランド北部の小さな町ハリファックスの出身。序盤で帰郷しますが、どうも津波にやられたような印象でした。
 舞台となるニューヨークも、ちょっとさびれてます。地球ぜんたいがそんな感じなんでしょうね。分かりませんが。
 特殊なロジ人の言語は〈 〉でくくられるだけでふつうの言葉として読めます。リディアがフィッツの本名が本当はどんな感じなのか語ったくらい。人類の知らない言語にふれたい、と思っていたので残念ながら拍子抜けでした。
 ミステリ部分を書きたかったのだろうな、と思います。背景はあくまで舞台としてあるだけで。


 
 
 
 

2023年12月06日
アーロン・エルキンズ(青木久惠/訳)
『古い骨』ハヤカワ文庫HM

 《スケルトン探偵》第三作。
 ロシュボン館の当主ギヨーム・デュ・ロシェは親族会議を開くことを決めた。突然のことに、誰もが目的を訝しんだ。しかも、集められた親族の中に、クロード・フジェーレがいたのだ。
 クロードは、ギヨームのいとこ。何十年ものあいだ親族会議に呼ばれていない。もっとも近い血縁だが、拭いようのない確執があった。
 きっかけは戦時中に遡る。
 1942年。このあたりを占領していたナチ親衛隊は、レジスタンス活動の地区リーダー、アラン・デュ・ロシェに目をつけていた。アランはギヨームの遠縁で無二の親友でもある。
 アランはつかまり、 ほかにも5人が拘束されて一緒に処刑された。どこに埋められたか、いまだにわかっていない。
 そのころクロードは、市役所でドイツ軍事政府のために働いていた。内部情報に通じ、アランが逮捕者リストに載っていることも知っていた。だが、誰にも知らせなかった。  
 怒り狂ったギヨームは、責任者だったナチ親衛隊将校カッセルを暗殺する。逃亡して、レジスタンス運動に加わった。瀕死の重傷を負いながらも生還すると、クロードを遺言からはずした。
 親族会議のためにロシュボン館に集った一族は、外出したギヨームの帰りを待つ。館の主人はなかなか戻ってこない。そのうち警察から電話が入り、ギヨームの事故死が伝えられた。
 ギヨームは、財産の大半をアランの弟であるルネに遺した。だが、古い遺言書にクロードが意義を唱える。新しい遺言書が作られることになっていたと訴えるが、覆らない。
 新たにロシュボン館の主となったルネは、排水管の工事のため地下室の石床を掘り起こす。生前ギヨームは、調子の悪いまま放置していたのだ。そして、石床の下から、人のものらしい白骨が発見された。
 事件の担当警部は、ルシアン・アナトール・ジョリ。研修会議に出席しており、退屈で難解な科学講座から離れられて安堵する。ところが検事に、研修会議に招かれている骨の専門家に協力を依頼することを提案されてしまう。
 ジョリ警部に誘われた人類学教授のギデオン・オリヴァーは、白骨からさまざまなことを推理していく。白骨は完全には揃っていない。それでもわかることはある。
 ルネは、カッセルのことを考えていた。戦時中、ギヨームが暗殺したカッセルを埋めたのではないか。ジョリも同意見だ。
 ギデオンは疑問を呈する。死因まで特定するが……。

 古い骨をめぐるミステリ。
 いきなりシリーズ3作目から読みましたが、不都合は感じませんでした。
 骨が誰のものなのか、かなり早い段階から察しがつくように書かれてます。読み終わってみれば、作者の術中にはまった感じ。
 こまかい「なぜ?」がたくさんありました。
 そもそもギヨームは親族会議でなにを伝えようとしたのか。
 はっきりと解決した謎もあれば、ほんのちょっとした一言から察することができたものまで、さまざまな方法で理解することができました。
 ただ書けばいいというわけではない。
 そういうことを感じさせる一冊でした。 


 
 
 
 

2023年12月11日
シルヴィア・モレノ=ガルシア(青木純子/訳)
『メキシカン・ゴシック』早川書房

 ノエミ・タボアダは資産家の娘。
 パーティ三昧だが、22歳で女子大学に通う学生でもある。修士課程に進んで人類学をもっと学びたいが、両親は色よい返事をくれない。そんなころ、突然、父のレオカディオに呼びだされた。
 嫁いだカタリーナのようすがおかしいという。
 両親を亡くしたカタリーナを引き取ったのが、レオカディオだった。ノエミにとってカタリーナは、5つ年上の従姉にあたる。
 カタリーナはロマンスが大好き。そのうえ破談を経験したカタリーナは、ヴァージル・ドイルのことを黙っていた。
 カタリーナの結婚の問題は、秘密主義と性急さだけでない。ふたりが結婚したとき、ドイル家の資産が底をついていたのだ。
 それでもカタリーナは幸せなのだろう。没落しても見目うるわしいヴァージルとの結婚はロマンチックなものだろう。ところが、助けを求める手紙が届いた。
 カタリーナは、夫に毒を盛られているという。さらには、幽霊が壁のなかをうろついているとも。
 レオカディオは、カタリーナの精神状態を疑っていた。ヴァージルと手紙のやりとりをしていたが、のらくらと言い訳するばかり。どうにも埒が明かない。
 ノエミは、進学を許してもらうことと引き替えに、カタリーナに会いにいく。場合によっては連れ戻すつもりだ。
 メキシコには、スペイン植民地時代に銀や金で繁栄を極めていた鉱山がいくつもある。それらの鉱山は独立戦争の勃発を機に停止を余儀なくされ、その後再開されるも、革命が起こって第二次採掘ブームも終わりを迎えた。
 英国から渡ってきたドイル家は、放置されていた銀鉱山で財産を築いた。事業は波に乗ったが、まもなく伝染病が広がってしまう。やがて水没し、完全に閉鎖された。
 ノエミは、案内されたドイル家の〈山頂御殿(ハイ・プレイス)〉に、かつての面影を見る。ヴィクトリア朝期の建築様式にこだわった豪勢な屋敷だった。だが、破損や汚れが目立ち、まったく手入れされていない。
 〈ハイ・プレイス〉の当主は、ヴァージルの父ハワード。高齢で病身。妻は亡く、姪のフローレンスが女主人として取り仕切っている。
 フローレンスによるとカタリーナは、結核にかかって回復の途上だという。ドイル家の主治医が診察しており、それで充分だという。
 ノエミはカタリーナと面会できるよう、要請するが……。

 ゴシック小説。
 新世代のゴシック・ホラー小説、というのが売り文句。
 舞台は、1950年のメキシコ。女性が軽んじられている時代ですが、ノエミは〈レオカディオ・タボアダの代理人〉という肩書きを武器に主張していきます。それだけでなく、パーティ三昧だったとか、人類学を専攻しているとか、そういう経歴も生かされてます。

 ホラーとはいえ、そんなに怖さは感じなかったです。
 現代日本と違いすぎるせいでしょうね。あるいは、想像力が欠けているのかも。それとも、ゴシック小説の要素が満たされているために、怖さよりも様式美を感じていたのかも。
 なにも知らずに読んだら、怖すぎてたまらなかったかもしれません。  


 
 
 
 

2023年12月13日
トマス・モア (沢田昭夫/訳)
『ユートピア』中公文庫

 不敗のイギリス王ヘンリー8世の御世。
 ロンドン市の司政長官トマス・モアは、友人の仲介でラファエル・ヒュトロダエウスと出会った。
 ポルトガル人ラファエルの望みは、世界を見ること。そこで、財産を兄弟たちにゆずってアメリーゴ・ヴェスプッチの仲間となった。船で世界をめぐったラファエルは、アメリーゴの最後の航海で現地に残る。
 ラファエルはかの地で、ある君主に親切にしてもらい、いろいろの町や都会をたずねた。あちらこちらの多くの地方を訪問し、人口も多く、悪くはない制度をもった社会の数々に出くわした。
 今ではラファエルは、これら新しい民族のあいだで見られる多くの、まずくできた法令を指摘することができる。また、われわれの都会、部族、民族、王国がその誤りを矯正するために模範たりうるような少なからぬ事例についても聞かせることができる。
 モアがとりわけ興味をひかれたのが、ユートピア人の生活風習と制度だった。
 ユートピアというのは、もとはアブラクサと呼ばれている半島だった。ユートプスというひとが平定すると同時に、大陸とつながっていた土地を15マイル掘り起こさせ、海が島を囲むようにしたのだ。
 ユートプスは荒っぽく粗野だった民衆を導き、教養と人間的洗練という点で今日ほかのほとんどすべての人間に勝るというところまで引きあげた。それで、島名の起源となったのだ。
 ユートピア島には54の都市があり、互いにあらゆる点で似ている。そのため、都市のひとつを知っているひとは、すべて知っていることになる。
 ラファエルは5年間、アマウロートゥムに住んでいた。アマウロートゥムは長老会議の所在地でもある。
 ラファエルは、アマウロートゥムのことを語るが……。

 1516年に書かれた(当時の)現代社会への批判の書。
 ラテン語原典からの翻訳でした。
 第一巻、社会の最善政体について並ならざる人間ラファエル・ヒュトロダエウスの話
 第二巻、社会の最善政体についてのラファエル・ヒュトロダエウスの話
 前後に、ユートピアに関する詩や書簡などが収録されてます。

 思想を書いたものなので、ストーリーらしいストーリーはありません。そもそも小説という新しいジャンルができるのは200年後ですから。
 第二巻の部分で、ユートピアがどういうところなのか、ひとつずつ語られていきます。当時は理想郷でしたが、現代からすると、ディストピア感満載。
 ユートピアという言葉に対するイメージが変わりました。


 
 
 
 

2023年12月16日
ジョージ・ゲイロード・シンプソン
(鎌田三平/山田蘭/訳)
『恐竜と生きた男』徳間書店

 世界史学者、実利主義者、人類学者、普通の男が集まり、孤独について話し合った。人間が、他人と接触する機会も希望もなく、完全にひとりきりになってしまう状況はあるだろうか。
 遭難したとしても、助けがくる希望は常にある。そういった希望すらない状況は考えづらい。ところが世界史学者は、完全な孤独にある男がいたという。
 その男の名は、サム・マグルーダー。
 マグルーダーは、42歳の年代学者。2162年2月29日、時間遡行の研究をしているマグルーダーは、研究所の実験室にいた。窓はなく、ふたつのドアはどちらも施錠され、ほかにはふたりの助手がいた。
 助手たちが異変に気づいたのは、マグルーダーが叫び声をあげたからだった。マグルーダーは、いきなり床に崩れおちたように見えたが、残されていたのは服ばかり。マグルーダー本人は完全に消えてしまっていた。
 憶測はあったものの、なにが起こったのかはっきりしない。1ヶ月がたち、マグルーダーは死亡したと見なされた。
 間もなく、マグルーダーの行方が明らかになる。手記が発見されたのだ。発見したのは、地質学者だった。
 その地質学者は、長年にわたってロッキー山脈周辺で野外調査をしていた。徐々に場所をうつし、現在はオホ・アラモという名で知られる場所にベースキャンプを設置している。原生林保護地域であり、立ち入るためには許可が必要だ。
 そのあたりには、恐竜の最後の種族たちの骨が化石となって埋もれていた。そこから、厚い板が見つかった。硬い砂岩の厚い板は、まるで珪岩のように見える。
 砂岩層の下の長大な頁岩層は、8000万年のものだ。板には文字が刻みこまれ、かすれてはいたものの、地質学者にも読める言語で記されていた。
  マグルーダーの手記だった。手記には、マグルーダーに起こったこと、白亜紀のようすが記されていたが……。

 生物学者による、時間SF。
 死後の出版で、アーサー・C・クラークの前文、生物学者スティーブン・ジェイ・グールドの解説つき。
 生物学者が書いたので、白亜紀の恐竜についての学説発表小説だと思って読みました。違いました。
 恐竜もでてきますし、学術的なことも書かれてます。ですが、中心となるのは、絶対的な孤独に陥った人間について。
 白亜紀にタイムスリップしたのは偶然の事故。誰かがやってくる可能性はまったくありません。マグルーダーは、そんな中でも生き抜こうとします。
 なかなか考えさせられました。


 
 
 
 

2023年12月20日
サンドラ・ダラス(雨沢 泰/訳)
『キルトとお茶と殺人と』文春文庫

 1930年代。
 世間は不況の真最中。カンザス州の農村ハーヴェイヴィルも例外ではない。そのうえ日照りで雨が降らない。乾燥した空気は熱く、ほこりっぽかった。
 そんなころ、都会に行っていたトム・リッターが妻のリタを連れて帰ってくる。
 クィーニー・レベッカ・ビーンは23歳で、ペルシャン・ピックル・クラブでいちばん若いメンバー。同い年のリタが来たことに大喜び。トムは、夫のグローヴァーの親友だからなおさらだ。
 ペルシャン・ピックルというのは、みんなが好きなペイズリー柄のこと。仲間たちで集い、みんなでキルトを縫っている。
 ただ、たんなるベッドカバーづくりの会ではない。精神性向上のために結成されたのだ。人の欠点には目をつぶり、お茶の時間とお茶菓子も楽しんでいる。
 義母や義姉がメンバーのためリタも加入したが、都会っ子のリタは裁縫が得意ではなく、キルトにも興味はないようだ。クィーニーはリタと友だちになろうとする。
 リタは、新聞記者を目指していた。クラブ・メンバーの失踪していた夫が骨となって発見されると、はりきって調査をしはじめる。クィーニーは手伝うことになってしまうが……。

 キルトのことと、見つかった骨をめぐるミステリ。
 骨が発見されるのは、半ばにさしかかってから。それまでクィーニーの日常が綴られていきます。
 クィーニーがグローヴァーと結婚して5年。死産して子どもが生めない身体になってます。リタは妊娠中で、思う所がないわけではないです。
 お金持ちではないけれど生活には余裕があるようで、渡り者の一家に、使っていなかった作男の小屋を提供したりします。

 1995年の作品ですが、女はこういうものだ、という30年代の価値観が前面に出ているため、少々堅苦しくはありました。キルト至上主義みたいな面もあり、キルトが好きな人のほうが楽しめそうです。


 
 
 
 

2023年12月23日
イーライ・ブラウン(三角和代/訳)
『シナモンとガンパウダー』創元推理文庫

 オーウェン・ウェッジウッドは、ラムジー卿の料理人だった。〈ソースのカエサル〉という異名があるほど、その腕前は折り紙付き。旅先にもお供している。
 事件は、イーストボーンの海辺の別荘でおこった。
 晩餐会の最中、玄関ホールからおそろしい物音がした。背の高い女が威圧感をみなぎらせて侵入し、ラムジー卿が銃殺されてしまう。なんの慈悲もなかった。
 ウェッジウッドは、白いコック帽の下でただ凍りつくだけ。女の正体は教えてもらわなくても推察できる。インド洋の鮫、いかれた(マット)ハンナ・マボットだ。
 マボットのフライング・ローズ号は、ペンドルトン貿易会社の航路によく出没する。海賊行為を行ない、通る海に流血の惨事を残していく。マボットは銃弾に倒れて溺れたという噂だったのだが。
 逃げようとしたウェッジウッドは捕まり、フライング・ローズ号に連れ去られてしまう。マボットが、ウェッジウッドの料理を気に入ったらしい。
 マボットの提案はこうだ。
 日曜日ごとに、船長のためだけに最高の夕食を作る。同じ料理を繰り返すことはせず、ありふれたつまらない食事も出さない。
 マボットが保障する身の安全は、失敗すれば終わる。泳いで家に帰ることになるか、バラバラになっているかは、そのとき次第。
 ウェッジウッドに選択肢はなかった。
 だが、フライング・ローズ号のギャレーには愕然とさせられる。じめじめした箱みたいで、まともな調理道具もなければ、たいした食材もない。オーブンは廃墟、真水すらないのだ。
 ウェッジウッドの創意工夫と入念な準備で、はじめての晩餐は成功した。よい香りに、海賊たちの気もゆるむ。
 ウェッジウッドは、船から脱走しようと試みるが……。

 冒険もの。
 あるいは料理もの。
 時代は1819年。アヘン戦争(1839年)のちょっと前。
 ラムジー卿も関わるペンドルトン貿易会社とは、東インド会社のことです。徐々にラムジー卿がしていたことが明かされていきます。
 マボットは、ディアステマ号の船長で略奪者のブラス・フォックスを追ってます。その一方で、私掠船ラ・コレット号に追われてます。
 ラ・コレット号のアレクサンドル・ラロッシュは、ラムジー卿の後援のもと新式の武器を開発してます。武器の数々が残虐で、マッドサイエンティストっぽい雰囲気でした。ウェッジウッドはラロッシュと面識があります。

 ウェッジウッドが料理人だということが一貫しているのが好印象でした。手を清潔にするために石鹸をつくったり、真水がなかったらどうするかとか、パンのためのイーストをどうやって作るかとか、豆知識満載。料理の詳細が興味深いものでした。
 そのうえで、冒険だったりミステリだったりが展開されていきます。
 マボットがラムジー卿を殺したのはなぜか。フォックスを追う理由は。フライング・ローズ号の裏切り者は誰なのか。
 読み応え抜群でした。


 
 
 
 

2023年12月25日
フレッド・カサック(平岡 敦/訳)
『殺人交叉点』創元推理文庫

 フレンチ・ミステリ中編集

「殺人交叉点」
 ルユール夫人は20歳で恋愛結婚したが、夫婦関係は重苦しいものとなった。浮気している夫は暴力をふるいだし、ついに離婚が成立する。ルユール夫人は、アスニエールの屋敷を譲り受けた。
 ルユール夫人は、20歳ほどはなれたロベール(ボブ)を熱愛している。19歳のボブに同じ年ごろの彼女ができたとき、ルユール夫人は決断した。すべてはボブをひきとめておくためだ。
 こうしてアスニエールは、ボブの仲間たちが集う場所になった。シュザンヌ、ベルナール、ジャック、クローディ、ヴィオレット。
 そして、ボブは殺された。ルユール夫人は、犯人とされたヴィオレットを憎むが……。

 殺人事件をめぐるミステリ。
 ルユール夫人と、セリニャン弁護士の告白が交互に語られていきます。セリニャン弁護士は最初から、ボブを殺したのは自分だと明かしてます。
 フランス刑法では、犯行後または捜査終了後10年を過ぎると、その後事実が判明しても裁かれることはありません。ボブの事件はヴィオレットが犯人として終了し、10年の時効が迫ってます。
 最初から、なにかありそう、という雰囲気があるので身構えてしまいました。それはちょっともったいない読み方だった、と反省。

「連鎖反応」
 ジルベールは、人あたりがよくて、礼儀正しく、仕事をてきぱきとこなすうえユーモアのセンスがあった。そのジルベールが、殺人を犯す。原因には恋愛が絡んでいた。
 ジルベールは、職場のクリスマス・パーティでダニエルにひと目惚れ。2ヶ月ほどして、ふたりは婚約した。
 実は、ジルベールにはモニクという愛人がいる。結婚式の日取りが決まり、ジルベールはモニクに別れ話を切り出すが、予想外のことを言われた。モニクは妊娠していたのだ。
 ジルベールは追いつめられてしまうが……。

 ジルベールの勤め先は、観光協会フランス・エール=ピュール。その1年後輩で部下である〈H…〉という人物が作者。
 フランス人って、ちょっと感性が違うんだろうな、と思わせる展開でした。ジルベールが独特なのかもしれませんが。
 とにかく軽快。
 最後の最後まで楽しめました。


 
 
 
 

2023年12月27日
T・キングフィッシャー(原島文世/訳)
『パン焼き魔法のモーナ、街を救う』ハヤカワ文庫FT

 モーナは10歳のとき、叔母のパン屋で働きはじめた。両親は亡くなったが、モーナには魔法の力があった。
 魔力がどうやって受けつがれるのか分かっていない。遺伝ではなく、まれに力を持つ人が生まれてくる。持っていない人は、魔力に神経をとがらせがちだ。
 モーナが魔力をおよぼせるのは、パンに対してだけ。パン種をふくらましたり、ペストリー生地がお互いにくっつかないようにしたり、その程度の力しかない。
 朝の4時。モーナは、パン屋で死んだ女の子を見つけた。まったく知らない娘だ。明らかに、殺されている。
 巡査がかけつけ、オベロン異端審問官がやってくると、モーナが殺人罪に問われてしまう。娘の死には魔術の痕跡があるという。
 モーナは馬車に乗せられ、宮殿に連れていかれてしまった。
 この30年かそこら、街を仕切っているのは女公だ。魔法使いによる殺人が頻発していることを案じた女公は、そうした事件はみずから裁くことを求めていた。
 謁見室で女公を目の当たりにしたモーナは、普通の人間のように見えることに驚く。ずんぐりした女の人で、疲れた目つきをしてて、顔には深い皺が刻まれていた。
 それでも、直接質問されると緊張する。女公のおかげで、モーナはすぐに釈放された。だが、宮殿を出れただけで、自分の足で歩いて帰らなければならない。
 なんとか帰宅できたモーナは、スピンドルという少年にしつこく絡まれる。実は、死んでいた娘はスピンドルの姉のティビーだったのだ。
 前夜ティビーは、パン屋に侵入して売れ残った丸パンをもらうつもりでいた。ティビーには魔法の力があり、隠れることができる。ティビーがパン屋に入ると、もうひとり黄緑っぽい服の男がきた。
 スピンドルはパン屋には入らず、隠れて見守っていただけ。男は出てきたがティビーは現れず、しばらくあとにモーナが入って、大騒ぎになった。
 スピンドルは、パン屋にまだティビーがいると信じている。モーナがパン屋のなかを見せてやって、ようやく納得した。ティビーが死んでしまったのだと。
 その日からモーナは、街の噂が気になってしまう。誰かが魔力持ちたちを殺しているという。みんな、行方不明になったり街を出たりして姿を消していた。
 モーナも何者かに襲われ逃げ出すが……。

 ファンタジー。
 モーナは14歳。タイトル通りの内容でした。街に危機が訪れてモーナが救う、と。
 モーナは何度か、こうなる前に大人たちがなんとかできなかったのか問いかけます。
 それはそうなんだけど、そもそも、この街の仕組みがはっきりしてないので、問いかけが宙に浮いてしまってました。
 女公にどれだけの力があるのか。権力を持った人を監視するシステムがあったのか、なかったのか。
 危機を終えて今後どうするか、という話もなし。
 街の成り立ちだのの話はきちんと書かれているので、物足りなさが残ってしまいました。モーナと同じ年ごろに読むべきだったのでしょうね。

 
 

 
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