航本日誌 width=

 
2023年の記録
目録
 
 2/現在地
 
 
 
 
 
 
 
 10

 
このページの本たち
惑星カレスの魔女』ジェイムズ・H・シュミッツ
ボヘミアの不思議キャビネット』マリー・ルツコスキ
天球儀とイングランドの魔法使い』マリー・ルツコスキ
レインボーズ・エンド』ヴァーナー・ヴィンジ
水の都の王女』J・グレゴリイ・キイズ
 
神住む森の勇者』J・グレゴリイ・キイズ
テネブラ救援隊』ハル・クレメント
エンド・オブ・オクトーバー』ローレンス・ライト
死をはこぶ航海』イアン・ローレンス
闇にひそむ海賊』イアン・ローレンス

 
各年の目録のページへ…

 
 
 
 

2023年02月15日
ジェイムズ・H・シュミッツ(鎌田三平/訳)
『惑星カレスの魔女』創元SF文庫

 パウサートは、ニッケルダペイン星の出身だった。故郷では、ひそかに結婚の約束をしているイリーヤが待っている。
 パウサートはニッケルダペインで、ミッフェルの飼育場の事業に大失敗した。故意及び過失による信託基金濫用の罪に問われそうになったとき、別の道を進めるようにしてくれたのはイリーヤだ。イリーヤの父であるアンズウッド上院議員は、死んだ魚を50年間も持て余していて、ほかの星と交易したがっていたのだ。
 こうしてパウサートは、商業宇宙船ベンチャー号の船長になった。はじめての貿易は大成功。ニッケルダペインへの帰り道、惑星ポーラマへ医薬品類を運搬する仕事も得た。
 ポーラマは、帝国の第六級植民地だ。
 パウサートはポーラマで、大きな音と、複数のわめき声、子供のようなかんだかい悲鳴を耳にした。見ると、大柄な太った男が棒をふりまわしている。追いつめられているのは、14歳くらいの小柄な金髪の少女。
 パウサートが子供を助けようとして乱闘に発展し、警察につかまってしまう。ただちに裁判にかけられ、双方に懲役刑が言い渡された。イリーヤを待たせているパウサートには、調停案を受け入れるしかない。
 パウサートは、虐待されていると勘違いした奴隷の少女マリーンを買いとることになった。ニッケルダペインは帝国とちがって、奴隷の所有は罪に問われる。パウサートは、マリーンをカレス星に送り届けることを決める。
 実は、マリーンは惑星カレスの魔女だ。マリーンに請われるがままに妹ふたりも買いとると、奴隷主たちは一様にホッとしていた。手放そうにも帝国の市民には売ることができず、困っていたのだ。
 ベンチャー号が出発してすぐに、パウサートも困ることになった。魔女たちのひとりが、25万メイルはありそうな宝石を持っていたのだ。パウサートのために発進の直前にひっぱりよせた、と言って。
 盗品を所有しているだけで、ポーラマでは縛り首になってしまう。ベンチャー号に、帝国辺境艦隊の補助艦船が迫る。窮地にたたされたパウサートだったが、突然の大加速で難を逃れた。
 当惑したパウサートは、三姉妹からシーウォッシュ・ドライブを使ったことを打ち明けられる。子供ゆえに28秒しか続かなかったとはいえ、2光週間ほど先へ行っていた。そのことで、新型エンジンの噂がたってしまう。
 パウサートは、三姉妹をカレスに送り届けるが……。

 冒険もの。
 1966年のどたばたスペース・オペラ。
 宇宙が舞台とはいえ、サイエンスというよりファンタジー。クラサという超自然的概念があったり、惑星ごと宇宙を大移動したり、かなり大胆。物語は、恐怖の虫世界マナレットをめぐるあれこれへと発展していきます。

 11年ぶりの再読です。かなり憶えている気でいたのですが、出だしだけでした。肩肘張らず気軽に読んでいた、ということなのでしょうね。
 今回も同様。軽い気持ちで、ハラハラしたり、ワクワクしたり。


 
 
 
 

2023年02月18日
マリー・ルツコスキ(圷香織/訳)
『ボヘミアの不思議(ワンダー)キャビネット』創元推理文庫

《クロノス・クロニクル》シリーズ第一巻
 ペトラ・クロノスは、時計職人ミカルのひとり娘。ミカルはオクノ村で〈羅針盤じるし〉の店を開いているが、現在はロドルフォ王子に請われて、プラハに行っている。
 ペトラは、父とふたりきりの生活が好きだった。
 日照りが続いてボヘミアじゅうの農民たちがせっぱつまった年、暴動のくわだてが頓挫してたくさんの男が命を落とし、生活のすべを失った。ミカルは姪のディーダの家族を受け入れ、以来、一緒に暮らしている。ハプスブルグ帝国からボヘミアを任せられているロドルフォ王子は、洟でもかむみたいに次から次へと縛り首にしては涼しい顔をしていたという。
 ミカルが宮廷に行って、6ヶ月。
 特別な〈スタロ時計〉を作っているはずのミカルが、ふたりの男に連れられ帰ってきた。顔には錆色の包帯が巻かれている。
 金属に対して魔法の力を持っているミカルは、銀色に近い灰色をした特別な目を持っていた。ロドルフォ王子はその目をえぐりだし、自分のものにしてしまったのだ。特別なものがみえているはずの目で世の中をみてみたい、と言って。
 ペトラはロドルフォ王子に憤ると同時に、なぜミカルが王子の依頼を受けたのか、不思議でならない。ミカルに疑問をぶつけると、〈スタロ時計〉には秘密があることを打ち明けられた。
 天候と時間とは、切っても切れない関係にある。天気を決める要素である太陽や月は、時間にも影響を与えるのだ。とすれば、その反対の現象を起こすこともできるのではないのか。
 王子の、天候をあやつれる時計というアイデアはミカルを魅了した。そんな時計があれば、日照りに悩まずにすむ。雨や日差しや雲を自由にできるなら、毎年の豊作も実現可能だ。
 ミカルが目を奪われたとき、〈スタロ時計〉は時計としては完成していた。残すは、天候をあやつるためのパーツのみ。王子は自分の手で仕上げるつもりでいるらしい。
 実際、好天時に砂の雨がふり、王子が時計を組み立てようとしていることが明らかになる。それでもミカルは、王子にはできないと考えていた。たとえミカルの目があっても、心がないのだから。
 心配になったペトラは、ミカルの目を取り返すため、王子のいるプラハへと向かうが……。

 舞台は、16世紀末。
 魔法はでてきますが、誰にでも備わっているわけでなく、庶民の中では珍しい、という設定になってます。そのためか、魔法があるために社会がどのように変容してるか、といったような見方はないです。また「ロドルフォ王子にモデルがいるとすれば、ルドルフ2世」と著者が語るように、実在人物とはあまり合致しておらず、実際の事件と絡めて云々、というような展開はないです。
 ペトラは12歳で、物語が終わるころに13歳になります。ちなみに、成人年齢は14歳です。
 ペトラの相棒は、ブリキでできたクモのアストロフィル。ミカルが製作したもので、知能があり、文章を読んで知識を貯えたり、ペトラのお守りをしてます。ペトラの髪に隠れて、どこへでもついていきます。

 とにかく丁寧な印象。その分、展開が遅いです。ペトラがロドルフォ王子のいる〈火トカゲ城〉に侵入するまで、物語の半分が費やされてます。
 シリーズで読まれることを前提に、説明に力点を置いて、単巻での展開は二の次にしたのではないかと思いました。  


 
 
 
 
2023年02月22日
マリー・ルツコスキ(圷香織/訳)
『天球儀(セレスチアル・グローブ)とイングランドの魔法使い』
創元推理文庫

《クロノス・クロニクル》シリーズ第二巻
 ペトラ・クロノスは、時計職人ミカルのひとり娘。ミカルはボヘミアのオクノ村で〈羅針盤じるし〉の店を開いていた。しかし、ロドルフォ王子に目を取りあげられてしまう。
 ペトラは、プラハの〈サラマンダー城〉に侵入し、奪われたミカルの目を取り返してきた。ミカルが喜んでくれると思って。ロドルフォ王子がどういう対応をするか、考えていなかったのだ。
 ペトラがオクノ村に帰って1ヶ月。ペトラはロドルフォ王子の放った怪物に襲われ、必死に逃げた。追いつかれ、全身全霊で助けを求めながら意識を失ってしまう。気がつけばジョン・ディーの元にいた。
 ディーはイングランド女王から信頼をえている顧問官。ペトラは〈サラマンダー城〉でディーと出会い、ある約束をしていた。そのためにペトラを助けてくれたのだ。
 ディーの娘たちは、空間に通路をつくることができる。その力でもって、ペトラはロンドンに運ばれた。助けてもらったペトラだったが、どうもディーのことが信用できない。軟禁状態におかれて反発するが……。
 一方、オクノ村では、トミックが友人ペトラを心配していた。ペトラの痕跡を追って森に入るが、不思議な現象に出くわしてしまう。ある地点に足を踏み入れると、砂浜が広がっていたのだ。
 オクノ村では、冬だった。 そこでは夏だ。波の音と、さんさんとふりそそぐ日差し。海には船が一隻。浜辺にはボートが一艘。
 いったいどういうことなのか、これっぽっちもわからない。トミックが戸惑っていると、男と少年につかまってしまう。
 トミックを捕えたのは、〈パコレット〉の船長トレブと、そのいとこのインドラニール(ニール)だった。
 かつてゲラルドゥス・メルカトルは、ループホールを発見した。それを使えば、川から山、ある国から別の国に一瞬でいける。
 ループホールを調べ尽くしたメルカトルは、ふたつの丸い地図を作った。それが〈天球儀(セレスチアル・グローブ)〉と〈地球儀(テレストリアル・グローブ)〉だ。どこにループホールがあり、どこにつながり、どうしたら通りぬけられるか、ふたつ揃えば分かるようになる。
 ロマ人たちは、すでに〈テレストリアル・グローブ〉を所有している。そして〈パコレット〉に、〈セレスチアル・グローブ〉を手に入れる仕事を任した。
 実は、ニールはペトラの友人。トミックとニールは、ペトラの友人同士、協力することになるが……。

 舞台は、16世紀末。
 前作『ボヘミアの不思議キャビネット』を読んでいることが大前提。
 ペトラのお子様ぶりがすごいです。減らず口をたたくわ、悪態つくわ、だまるべきところで口を挟むわ。前作では気にならなかったのですが、今作は読むのがつらかったです。まだ13歳ですから仕方ないのかもしれませんが、成人年齢14歳の世界ですからねぇ。

 イングランドで陰謀が展開されていたり、トミックとニールの大冒険があったりと盛りだくさん。ペトラにもう少し良識があったら……と思わずにいられませんでした。
 とりわけ、語尾に「〜わけ?」とつける口ぐせをどうにかしてほしかった。


 
 
 
 

2023年02月28日
ヴァーナー・ヴィンジ(赤尾秀子/訳)
『レインボーズ・エンド』上下巻/創元SF文庫

 ラホールで開幕したサッカー・シリーズのハーフタイムに、蜂蜜ヌガーの30秒コマーシャルが流れた。そのわずか3分後、ヌガーの販売量が一気に急増する。サブリミナル広告でもなく、通常の宣伝効果ではありえないことだった。
 EU諜報局からヨーロッパ疾病対策センター(CDD)に送りこまれていたギュンベルク・ブラウンは、この現象を調査し驚愕する。CDDが発見していた特定の偽ミミウイルスの感染者だけが、強い反応を見せたのだ。
 じつに巧みに偽装した新型兵器の試験ではないのか。
 ブラウンは実験の背後にいるものを調べあげ、カリフォルニアのサンティエゴにあるバイオテクノロジー研究所に狙いを定める。もしかすると、アメリカが関わっているかもしれない。ブラウンは、インドの対外情報局(EIA)のアルフレッド・ヴァズ、日本のカルト集団専門家のケイコ・ミツリに協力を頼んだ。
 3人は正体を隠し、ウサギのイメージをまとった匿名ハッカーを雇った。研究所を短期間だけ乗っ取り、まともな機関が敵をつぶせるだけの証拠を手に入れるつもりだ。
 実は、首謀者はヴァズだった。ブラウンに発見されてしまったが、ウサギを利用して挽回する腹づもりでいる。ところがウサギは予想以上に有能で、ヴァズは守勢に立たされてしまう。
 そのころサンティエゴでは、ロバート・グーが、生者の世界に帰還しつつあった。
 かつてロバートは、アメリカでも屈指の詩人だった。執筆活動をやめてアルツハイマーになり、再生医療を受けた。ヴェン−クラサワ療法がうまくいき、回復したところだ。
 はじめは、なにもかもが曖昧だった。視界をおおう霞がはれ、視界が戻り、突然、知らない男が息子のロバート・グー・ジュニア(ボブ)だと気がついた。妹のキャラだと思っていた少女は、孫のミリだった。妻のリーナは、2年前に死んだという。
 75歳のロバートは、今では17歳にまで若返っている。だが、詩人の感性は戻ってこない。アイデアは浮かぶが、具体的な言葉やフレーズがわいてこないのだ。
 ロバートは社会復帰のため、フェアモント校の職業訓練コースに通うことになった。
 フェアモント校にはミリも通っており、成人教育の年寄りとふつうの子どもを一緒くたに教えている。そこには、落ちこぼれのフアン・オロスコもいた。フアンは、ある目的をもってロバートに接近するが……。  

 ヒューゴー賞、ローカス賞受賞。
 この世界では、ネットワークとウェアラブル・コンピューティングが高度に発達してます。
 後期高齢者のロバートは、2000年にパソコンを買ってeメールは渋々してましたって世代。ロバートが学ぶ体で、読者もこの世界のことを学べるようになってます。
 ロバートが気むずかしくて、いわゆるDV夫。いい面を見せていたのは、ボブにだけ。外面も悪く、生還したことがニュースになっても誰も会いにきません。

 出だしが新型兵器なので、堅い話なのかなと思って読みはじめました。ヴァズの目論みとか、ウサギの暗躍はあります。けれど、それはあくまで背景。
 本書は、ロバートの再生物語です。誰からも嫌われていたロバートが、少しずつ変わっていきます。いきなり良い人になったりはしませんので、ほんとに少しずつですけど。

 なお、退職者コミュニティの名前が〈レインボーズ・エンド〉です。別の意味もこめられてます。


 
 
 
 

2023年03月04日
J・グレゴリイ・キイズ(岩原明子/訳)
『水の都の王女』上下巻/ハヤカワ文庫FT

 ヘジ・イェード・チャウドゥーネは、ノールの第九王女。
 ノールの都は、大河の神が自ら土台を固めたという。大河の神の子孫は〈水より生まれし者〉と呼ばれ、ノールを治めている。
 ヘジは、召使いのケイに育てられた。傍らにはいつも護衛のツェムがいる。かれら以外でいちばん仲のよい友達が、3歳年上のいとこデンだった。
 デンは13歳のとき、神官に連れ去られてしまった。それ以来、デンは霊になった者として扱われている。
 ヘジは、デンが生きていると信じていた。神官たちはさらった王族の者を、玉座の部屋の裏手にある〈暗黒の階段〉から、古い宮殿へと連れていく。その後のことはわからない。
 ヘジがデンのところに行く方法を探し続けて2年。ヘジは、王室図書保管室におもむく。
 現在の都は、洪水でこわされた都市の上に築かれている。以前の都市は埋め立てられたが、何本かの導管があったはずだ。ヘジは、洪水以前に描かれた古い地図が〈暗黒の階段〉を使わずにデンのところに行く手掛かりになるのではないか、と考えた。
 王室図書保管室の書記ガーンからは、ヘジに時間を割くことを断られてしまう。なんとか説得して古い書物を見ることを許してもらうが、ヘジの独学の知識だけでは、古い書物に太刀打ちできない。そのうえ、不注意から書物に損傷を与えてしまった。
 ガーンはヘジを罰するため、召使いとして扱うことを宣言。ヘジは仕事を言いつけられてしまう。まもなくヘジは、ガーンが自分に教えようとしていることに気がつくが……。
 そのころ、ノールのはるか北の地域では。
 ペルカルはバルク族の族長の息子。小さな鋼の神を祖先にもつ。一族は、森の神を説得して牧草地を作って以来、牧草地の神やまわりの土地の神々と良好な関係を保っている。
 ペルカルは、小川の女神に恋していた。そんなペルカルに小川の女神は、恐ろしい大河の神の話をする。
 なんでも食べてしまう大河の神は、いつもむさぼっている。小川の女神も食べられてしまう。大河の神に近づいてはならない、と。
 ペルカルは大族長カパカの一行に加わり、山地の古き森バラトに遠征することになった。新しい領地が必要だったが、平原のマング族を攻めることは望まれていない。カパカは〈森の主〉バラティと交渉して、もう少し土地をもらえるように頼むつもりだ。
 旅の途中ペルカルは、神は殺すことができるものであることを知った。小川の女神のために、大河の神を殺すことができるのではないか。適当な武器さえあれば。
 ペルカルは、バラティがもつ神を殺す武器を切望するが……。

 異世界ファンタジー。
 ヘジとペルカルの物語がほぼ交互に丁寧に紡がれていきます。それぞれ単独でも成立してますが、別の立場から語られることで、物語に厚みが感じられました。

 ノールでは、神といえば大河の神のみ。ノールの都は大都市で大勢の人が暮らしていますが、宮殿に閉じ込められているヘジの人間関係はかぎられてます。
 ヘジにもデンがいなくなった13歳が近づいてきていて、少々焦りがあります。どこに行ってしまったのか、どうなったのか、連れ去られる者とそうでない者の差はなんなのか。自分はどうなるのか。

 北方では、いたるところに神がいます。神は概念ではなく実在していて、ときに姿を現します。人々は、ことあるごとに歌や酒を捧げます。
 ペルカルは、恋は盲目状態。小川の女神のために、大それたことをしでかしてしまいます。それで風雲急を告げる展開になります。

 物語は一区切りつけて終わりますが、まだまだ続く雰囲気。
 残りの謎は『神住む森の勇者』で。


 
 
 
 

2023年03月08日
J・グレゴリイ・キイズ(岩原明子/訳)
『神住む森の勇者』上下巻/ハヤカワ文庫FT

 『水の都の王女』続編。
(前作のネタバレ含みます)
 大河に隣接するノールの都は〈水より生まれし者〉が治めている。彼らは大河の神の子孫、大河の一部。その中には、もっと祝福を受けた者がいる。
 神官たちはいう。〈祝福されし者〉は、人間の体で受け入れ不可能なほど大きな力のためにゆがみ、人間としての姿も心も失ってしまう。力を制御できず、大河の神の創った生き物になってしまう。
 神官たちは、王族に〈祝福されし者〉である兆候を見つけると、地下に封じ込めてきた。ときには、それができないこともある。
 ゲーは神殿の殺し屋。逃げ出した〈祝福されし者〉である王女ヘジを殺めるために派遣された。だが、失敗した。
 ゲーは、ヘジを守るペルカルに殺されてしまう。
 そのとき、冷酷な何ものかに呑み込まれた。秘かに生き返ったゲーは今では、大河の神の真の忠実な僕。大河の神の意志を感じ、ヘジを敵から守ることを決める。
 実は、神官たちが仕えているのは大河の神ではなかった。ある目的のために生まれてきた〈祝福されし者〉を封じ込め、大河の神を束縛していたのだ。
 ノールの都では、ヘジは死んだことになっている。その行方は誰も知らない。だが、ゲーは、王室図書保管室の書記ガーンが、ヘジの逃亡を手助けしたことを知っている。
 ゲーはガーンに近づくが……。
 そのころペルカルやヘジは、大河から離れてマング族に保護されていた。かれらは平原で、馬と共に生きる民族。
 見知らぬ人ばかりにかこまれ、ヘジは心が休まらない。助けてくれたペルカルも、それほど知っているわけではないのだ。そのうえ〈神の視力〉が発現し、見たくもない恐ろしいものを見て恐怖にかられてしまう。
 一方のペルカルは、〈黒き神〉カラクから大河の神を滅ぼす方法を教えられていた。それができるのは〈祝福されし者〉であるヘジだけ。
 ヘジを大河の源に連れていかなければならない。大河が生まれる地点は、山地の古き森バラトの中心にある山の中だ。かつてバラトで一族を裏切ったペルカルには気が重い。
 ペルカルは、ヘジの役割を隠したまま、仲間たちと共にバラトへと旅立つが……。

 『水の都の王女』続編。
 前作ではそれほど出番のなかったゲーが、今作でかなり掘り下げられてます。記憶が完全ではないため手探り状態になっていて、それが解説の役割も果たしているようです。とはいえ、続編というより前後編の雰囲気。前作を読んでいた方がいいと思います。

 とにかく今作は、盛りだくさん。ほぼ全員がヘジを守ろうとしていて、その理由が異なるために対立しているのが複雑怪奇。
 ペルカルの一族も含まれる〈牛飼う人々〉がマング族と戦争をはじめているのですが、その遠因にはペルカルの行動があります。また、ペルカルが恋していた小川の女神は、ゲーにとっては小川の悪鬼と表現されます。そうしたちょっとしたことが無数にあって、積み重なり、物語に奥行きを与え、彩っています。

 物語が終わるころにヘジは14歳。そうした年齢の子が中心人物であるファンタジーって子供向けだと思うことが多いのですが、本作は違いました。


 
 
 
 

2023年03月10日
ハル・クレメント(吉田誠一/訳)
『テネブラ救援隊』創元推理文庫

 惑星テネブラは、人類には過酷な環境だった。
 気温370度、約800気圧、大気は臨界点に近い水から成り、さらには硫黄の酸化物が金属を腐蝕させてしまう。重力は地球の3倍で、ひんぱんに地殻変動が起こる。
 テネブラを調査するため、1台のロボットが降ろされた。軌道上の宇宙船ヴィンデミアトリクス号にいる人間が、ロボットを操作する。広大なテネブラには、ロボット1台だけでは足りなかった。
 ロボットは、有望な動物を発見した。直立して歩き、四本ある上肢で長い槍と短い槍をそれぞれ携えている。丈はゆうに9フィート、その体重は1トンを越していそうだ。
 鱗がある原住民は卵生類だった。ロボットは卵をいくつか手に入れると、代行者として育てあげた。
 それから16年。
 ニックはフェイギン(ロボット)の弟子。自分にそっくりな集団に出会ったのは、ひとりで村を離れているときだった。
 彼らは、けわしい崖のふもとの洞穴で暮らしている。火を知らず、家畜を飼うとか、植物を栽培することもしていない。
 彼らのリーダーは、スウィフトといった。
 ニックは言葉を学び意志の疎通を試みるが、スウィフトの考え方に面食らってしまう。スウィフトがまっ先に考えるのは、暴力を用いることなのだ。誰もが自分に絶対服従すべきだと思っていて、ニックの村を襲うつもりでいる。
 フェイギンに知らせるため、ニックはひそかに村に帰った。ところが、スウィフトに村の場所を知られてしまう。
 一方、ヴィンデミアトリクス号でも問題が発生していた。
 そのとき宇宙船には、地球大使リッチとドロム星大使アミナダバーリーが訪れていた。それぞれ、娘のイージーと息子のアミナドーネルド(ミーナ)を連れている。乗組員に船を案内してもらった子どもたちは、バチスカーフに夢中だった。
 バチスカーフは、完成間近の往復機。気圧が高いテネブラでは通常の推進装置が使えない。深海探検と同じ原理を用いることで解決し、最終点検を待つばかりとなっている。
 案内係は、イージーは12歳だが、ミーナはもう大きいので目をはなしても大丈夫だと考えていた。しかし、ミーナは体格こそ大人と同等だが、まだ4歳だったのだ。
 突然、バチフカーフの固体燃料ブースターが作動した。乗っているのは子どもたちだけ。宇宙船から発射されたバチフカーフの位置は誰にも分からない。
 大人たちにできることは、自動操縦装置で地表のロボットの近くに寄せることくらい。テネブラ原住民の力を借りようとするが……。

 異星ものSF。
 1964年の作品のため、論理観が古め。知的生命体から卵を盗むとか、原住民の命より救援優先とか、相手の文化を尊重しないとか。そのあたりは割り切って読むしかないです。
 目玉はなんといっても、テネブラ。
 雨滴や火が、地球でのそれらと意味合いがまるで違うんです。テネブラの特異な環境の前では、ニックが擬人化されているとか、救援がどうのこうのとかは、脇に置いておけます。


 
 
 
 

2023年03月14日
ローレンス・ライト(公手成幸/訳)
『エンド・オブ・オクトーバー』上下巻
ハヤカワ文庫NV

 ジュネーヴに世界の保険医療担当官が集まり、緊急の伝染性疾病に関する会議が開かれていた。インドネシアの難民キャンプからの報告に、感染症対策専門家ヘンリー・パーソンズは違和感をおぼえる。
 ジャワ島西部にあるコンゴリ第2難民キャンプで、異常な死者数のクラスターが発生し、収束した。通常、致死性の高い病気は、年少者と年長者に死をもたらす。ところがコンゴリでは、もっとも壮健な年代グループの死亡率が突出していたのだ。
 報告者の考えでは、原因は赤痢菌だ。生乳が感染源となり、かぎられた食料を手に入れられるほど強壮なひとびとに広まった。人口統計的な固定観念にとらわれると、明白である事実が見えなくなる警告例だ、と。
 ヘンリーは、奇妙な死亡率に注目していた。激烈な出血熱が1週間で47名を死亡させ、消え失せた。赤痢菌が原因とは考えにくい。
 伝染病は、本当になくなったのか。
 世界保健機関(WHO)の感染症対策部長に頼まれ、ヘンリーはインドネシアに向かった。難民キャンプに到着すると、収容者たちは医師がきたと大喜び。医療支援のフランス人たちがいたが、いまでは全員が死んでいるという。
 ヘンリーが国境なき医師団の青いテントに入ると、死のにおいが充満していた。ベッドの大半が死体で占められ、3名の医師も亡くなっている。顔が青く、コレラのように見えるが断定はできない。
 ノートPCには助けを求める未送信のEメールが残されていた。インターネットも電話も通じず、外部に連絡がとれなかったのだ。
 ヘンリーの報告により、コンゴリの難民キャンプは封鎖された。ヘンリー自身も、14日間の隔離を課される。それ以降、奇妙な病の報告はなく、感染は押さえこめたと思われた。
 隔離を解かれたヘンリーは、自分を難民キャンプに運んだタクシードライバーが隔離されていなかったことを知る。彼は、巡礼のためにメッカに旅立っていた。
 ヘンリーは、サウジアラビアの保健大臣マジド王子に協力を依頼するが……。

 パンデミックもの。
 2020年4月の発表で、予言の書などといわれました。(中国武漢市で、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の最初の感染者がでたのが、2019年12月)
 物語がはじまるのは、ローマで数百人もの死者がでたテロ事件があった日。世界は不穏で、サウジアラビアが開戦して国境が封鎖されたり、米露が対立したり、疫病以外にもいろいろあります。
 そもそもインドネシアに病気をもたらしたのが渡り鳥だったため、メッカ閉鎖は時間稼ぎにすぎません。世界はパンデミックに襲われます。

 ロックダウンとか、まさしく予言な雰囲気がある一方、こうはならないだろう、ということもありました。ありうる未来を書くのって難しいですね。
 物語はヘンリー個人に収斂していきます。人類そのものの危機からはじまったことを思うと、小さく終わった、という印象が残ってしまいました。最初からヘンリーに的が絞られていれば、などと思わずに居られませんでした。  
 病気の起源がはっきり示されるので、読後感はいいのですが。


 
 
 
 

2023年03月16日
イアン・ローレンス(三辺律子/訳)
『死をはこぶ航海』理論社

呪われた航海』続編
 ジョン・スペンサーの父は商人だった。ドラゴン号を買うことになったため、父子は、馬車でペグウェル湾に向かっている。
 ふたりの話題がドラゴン号にうつると、同乗していた小柄な紳士が突然話しかけてきた。紳士ラーソンは、ドラゴン号には近よらないほうがいいという。不幸を呼ぶ邪悪な船だ、と。
 そのとき、突然、馬車が止まった。追いはぎだ。ラーソンのおかげで撃退できたが、父が至近距離から撃たれてしまう。
 おかしなことに、父は無傷だった。火薬で上着が黒こげになっているが、その下にはなんの傷跡もない。なにが起こったのか、ジョンにはさっぱりわからない。
 馭者が気を利かせて、近くのバルカーヴィル亭に寄ってくれた。ラーソンだけは、宿には入ることもせず出発してしまう。ペグウェル湾でまた会えるだろうと言い残して。
 バルカーヴィル亭には先客がいた。ターナー・クロー船長だ。
 クローは、ペグウェル湾からロンドンに向かう途中のグッドウィン砂州の危険について語る。すっかり心配になった父は、クローを舵手として雇った。船長はすでにドーソンと決めていたのだ。
 ペグウェル湾についたジョンは、はじめてドラゴン号を見た。
 黒いスクーナーのドラゴン号は、商船というより小さな軍艦のようだった。目をひくのは、大きな木彫りの船首像。船首の龍は、牙の並んだ口を大きくひらかせ、獰猛な目で広い海を見据えている。
 父子をドラゴン号に運んだボートの漕ぎ手も、この船はやめておけという。父は聞き入れない。ジョンもドラゴン号を気に入っていた。ジョンには、すばらしい船に見えたのだ。
 父がロンドンに帰ってしまうと、ジョンが船主の代理人をつとめた。ところが、船長のドーソンがなかなか現れない。やきもきしているところに、ドーソンが賊に襲われ殺された一報が入った。
 後任の船長はクローだ。クロー船長は、陽気すぎるほど陽気に、熱心に仕事に取り組んでいる。3人の船員をクローが見つけてくるが、ジョンには船員のひとりが、あの追いはぎに似ている気がしてならない。
 出航を待つドラゴン号に、死体が流されてきた。
 死体は、ラーソンだった。ラーソンの所持品からジョンは、ラーソンが大きな密輸団を追っていたことを知る。手帳には、日付と時間、合図と返事が書かれてあった。
 どうやら、まさに今朝、名前のわからない密輸船がフランスに向けて出発したようだ。ジョンは、フランスで密輸品を奪い、約束の場所に密輸監視官を呼ぶことを思いつくが……。

《海洋冒険三部作》の第二部
 児童書です。
 舞台は、18世紀末。
 『呪われた航海』の続編ですが、前作とのつながりはほとんどなし。こまごましたエピソードはつながってます。ドラゴン号を買うのは前作でアイル・オブ・スカイ号を失ったからとか、父が船に乗らないのは前作で足を悪くしているからとか。
 前作は難破船をめぐるエピソードでしたが、本作は密輸です。
 密輸団を罠にかけてやろうと意気込むジョン。そのまま監視官に知らせてもいいような気もしますが、そこは若気の至りというやつで。なお、ジョンは、子どもではないけれど大人というわけでもない立ち位置です。(続編で、17歳と明記されてました)

 本作で注目はなんといっても、トミー・ダスカーことダッシャー。追いはぎに似ている船員です。船員なのに海が怖くて、コルクを体にまきつけてたり、滑稽さを醸しだしてます。
 ダッシャーの口からでまかせ感と、あやしさ満載のクロー船長と、ジョンにもたらされる匿名のたれ込みと、そこに船上ならではの危険などなど、いろんな出来事が絡まって結末へとなだれ込みます。
 あくまでジョンを中心に世界がまわっていて、そのあたりに児童書感が拭えないのですが、いろんなことに説明がつけられて、ちょっとしたことが終盤に意味をもってきたり、あれこれつながっているのがわかったり、なかなか楽しい読書時間でした。


 
 
 
 
2023年03月22日
イアン・ローレンス(三辺律子/訳)
『闇にひそむ海賊』理論社

 『呪われた航海』『死をはこぶ航海』続編
 ジョン・スペンサーは父の所有するドラゴン号に、船主の代理人兼船員として乗船している。8人の乗組員を乗せて、カリブ海に向かっているところだ。
 父はカリブの海賊を心配して、ドラゴン号を武装させた。もちろん、砲手の費用を値切ることも忘れない。奇妙このうえないアビーは、ジョンが生まれる前から海軍にいたという。
 イギリスを出航して21日目。どの陸地からも1000マイルははなれている。そんなとき、救命ボートを発見した。
 ボートに乗っているのは、男がひとり。ドラゴン号に気がつくと全速力で逃げはじめた。その直後、すばやく舵をまわし、こんどは飛ぶようにこちらへ寄せてくる。
 男の名は、ホーン。イギリスへ向かう定期船メリディアンパッセージ号に乗っていたという。多くを語らない奇妙な男を、スタンレー・バターフィールド船長は受けいれた。
 ホーンは優秀な船員だった。力が強く、人手が必要なときはまっさきにかけつける。操船はうまいし、どんな仕事にも熱心にとりくんだ。
 アビーは、ホーンがヨナだと断言する。嵐を呼び、災をまねいたという予言者ヨナ。ホーンは船に不幸をもたらすヨナだ、と。
 ホーンが船に乗って12日目。ドラゴン号は船の残骸を見つけた。
 浸水した船体から裸のマストがそびえている。乗組員は変わり果てた姿で、帆げたや支策から首を吊られ、ゆれたりまわったりしていた。
 バターフィールド船長は、死者たちのために葬式をあげると海に帰し、船も沈めた。平底船は沈まなかったため回収した。
 ジャマイカのキングストン港に入港したドラゴン号は、海軍のプルーデンス号が行方不明になっていることを知る。プルーデンス号は、ドラゴン号に似ているという。
 停泊中、ジョンは平底船の汚れを落としていた。そして、平底船がメリディアンパッセージ号のものだと気がつく。
 ホーンは白状した。
 本当はプルーデンス号に乗っていたこと。バーソロミュー・グレース船長が海賊となることを宣言し、メリディアンパッセージ号を襲ったこと。
 ホーンはグレース船長に反抗し、海に流されたというが……。

《海洋冒険三部作》の第三部。
 児童書です。
 舞台は、18世紀末。
 第二部の『死をはこぶ航海』と繋がってます。第一部の『呪われた航海』も読んでおいたほうがいいです。
 第一部は難破船をめぐるエピソード、第二部は密輸でした。本作は海賊です。
 海賊の全盛期は18世紀初頭。ジョンの父が、心配して武装させながらも砲手や砲弾をケチったのは、すでに全盛期が過ぎているから、なのでしょうね。

 今作も、登場人物たちが多彩でした。
 優秀だけど得体の知れないホーン。ホーンを糾弾しつづける、小さくて片目がないアビー。伝説的な海賊の宝を狙うグレース船長。
 それに、前作で注目だったトミー・ダスカーことダッシャーが、本作でも登場します。相変わらずの口からでまかせぶりで、海を怖がってます。
 三部作の最後らしい終わりかたで、実は『呪われた航海』を読んだのは6年近く前なのですが、思い出してつづきを読んでよかったです。
 児童書のため少々甘めなところがある一方、児童書なのに残虐さがそのままだったりもしてます。海賊だけでなく、熱病のおそろしさ、奴隷貿易のいたましさ、ギュギュっと詰まってました。

 
 

 
■■■ 書房入口 ■ 書房案内 ■ 航本日誌 ■ 書的独話 ■ 宇宙事業 ■■■