書的独話

 
2019年のひとりごと
01月01日 展望、2019年
02月03日 2018年、ベスト
05月02日 ダイジェスト感
05月08日 夢想の研究
06月07日 予期せぬつながり
06月30日 中間報告、2019年
07月22日 知ったことでも全部はいわない
07月27日 そして物語へ・・・
08月22日 サハラとナイルと冒険と
09月11日 宇宙船のAI問題
12月04日 知れば知るほど
12月25日 クリスマスの奇跡
12月31日 総括、2019年
 

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2019年07月27日
そして物語へ・・・
 

 実際に起こった事件が物語につながることは、ままあることです。伝説はそうして生まれるものですし。事件ってときに、作家たちの創作意欲を刺激しますよね。

 たとえば、
G・ガルシア=マルケス
予告された殺人の記録
 町をあげての婚礼騒ぎの翌朝、充分すぎる犯行予告にもかかわらず、なぜ彼は滅多切りにされねばならなかったのか? 閉鎖的な田舎町でほぼ三十年前に起きた幻想とも見紛う殺人事件。凝縮されたその時空間に、差別や妬み、憎悪といった民衆感情、崩壊寸前の共同体のメカニズムを複眼的に捉えつつ、モザイクの如く入り組んだ過去の重層を、哀しみと滑稽、郷愁をこめて録す、熟成の中篇。
(「BOOK」データベースより)

 事件を取材し、ルポタージュ風の小説としてまとめたもの。当局から、事件の真相を知っているのでは、と疑われるという逸話つき。事件そのものが物語になってます。
 一方、事件は使われたけれど、本質的には別の物語であるものもあります。
 
横溝正史
八つ墓村
 戦国の頃、三千両の黄金を携えた若武者が、七人の近習を従えてこの村に落ちのびた。だが、欲に目の眩んだ村人たちは八人を襲撃、若武者は「七生までこの村を祟ってみせる」と叫び続けながら、七人とともに惨殺された。その後不祥の怪異があい次ぎ、半年後、落人殺害の首謀者、田治見庄左衛門が家族・村人を切り殺し、自らの首をはねて死ぬという事件が起こった。この事件の死者が八人出たことで、村人は恐怖のどん底にたたき込まれた。村人は落武者の怨念を恐れ、犬猫同然に埋めておいた八人の死骸をとりだすと、八つの墓をたて、明神として祟めることにした。以来、この村は"八つ墓村"と呼ばれるようになったという―。大正×年、田治見庄左衛門の子孫、田治見要蔵が突然発狂、三十二人の村人を虐殺し、行方不明となる。それから二十数年、謎の連続殺人事件が再びこの村を襲った…。
(「BOOK」データベースより)

 作中の、要蔵による村人32人殺しからは、津山事件(一晩で30人の村人が惨殺された)を彷彿とさせます。けれど、事件そのものが物語になっているわけではないです。

 いずれも、元になっているのは現代に起こった事件。関係者の口が重くても、真相は闇のなかでも、事件があった事実は残ります。
 でも、それが何百年も昔のことで、事件のことはほとんど記録されず、物語だけが伝わっていたら?

阿部謹也
『ハーメルンの笛吹き男 −伝説とその世界−』
 《ハーメルンの笛吹き男》伝説はどうして生まれたのか。13世紀ドイツの小さな町で起こったひとつの事件の謎を、当時のハーメルンの人々の生活を手がかりに解明、これまで歴史学が触れてこなかったヨーロッパ中世社会の差別の問題を明らかにし、ヨーロッパ中世の人々の心的構造の核にあるものに迫る。新しい社会史を確立するきっかけとなった記念碑的作品。
(「BOOK」データベースより)

 伝説となって今に伝わる「ハーメルンの笛吹き男」。グリム兄弟の民話集『ドイツ伝説集』などに収録されています。(グリム童話とは別物です)
 念のため、こんな物語。

 ハーメルンの町では、大繁殖したネズミに住民たちが困っていました。そんなとき町にやってきた笛吹き男が、ネズミ退治を申し出ます。喜んだ住民たちは報酬を約束し、男に任せることにしました。
 笛吹き男が笛を吹くと、町中のネズミが集まってきます。男はネズミを川で溺れさせ、ネズミは一掃されました。
 男は約束した報酬を要求しましたが、ハーメルンの人々は支払いませんでした。ネズミ退治が簡単すぎると思えたからです。
 笛吹き男はいったんは町を去りましたが、やがて戻ってくると、笛を吹いて子供たちを呼び集めました。男と子供たちは町をでて、山に開いた穴に入りました。穴はふさがり、彼らは二度と戻ってきませんでした。

 この物語も、実際に起こった事件が背景にあります。
 いくつかの史料から「1284年6月26日にハーメルンの町で130人の子供たちが行方不明になった」ということは歴史的事実だと認定されてます。
 ただ、当時の史料はなにも残ってないんです。
 あるのは、後世の史料だけ。口伝継承されていた話を耳にして、こういうことがあったそうだ、と書き残したもの。そういったものを手がかりに、学者たちはいろいろと推察してます。

 『ハーメルンの笛吹き男 −伝説とその世界−』の著者の阿部謹也氏は、ドイツ中世史を専門とする歴史学者です。
 西ドイツの州立文書館で仕事に勤しんでいたとき、たまたま〈鼠捕り男〉という言葉を目にします。その言葉が書かれていたのは、クルケン村に関する最近の研究ページ。
 ある研究者によると、クルケン村のジュルグンケンの水車小屋を舞台に鼠捕り男の伝説が残されている、というのです。さらに、サッセン地方に〈ハーメルンの笛吹き男〉にひき連れられた子供たちが入植した可能性がある、と書いてあったんです。サッセン地方は阿部氏が研究していた地域でした。
 以来、阿部氏は、伝説に憑かれたようになってしまいます。休日にハーメルンの町まで行ったりして。

 その集大成が、本書『ハーメルンの笛吹き男 −伝説とその世界−』。

 阿部氏は時代背景に着目します。
 ハーメルン市がどのように創建されたのか。どこの誰が支配していたのか。どういう歴史を持っているのか。どんな人たちが住んでいたのか。
 6月26日とはなんの日だったのか。
 そして、笛吹き男についても考察します。子供たちを連れ去ったのが笛吹き男だった理由。笛吹き男がいつしか鼠捕り男と融合していくいきさつ。

 〈ハーメルンの笛吹き男〉については、いろんな学者が、さまざまな説を唱えています。どれも決定打に欠けるようですが、それらの検討もなされます。
 残念ながら、阿部氏の自説開陳はありません。いくつかの説を検証する際、どれに肩入れしているのか透けて見える程度。
 当時なにがあったのか、分からないまま終わってます。

 歴史ミステリって、不可思議で魅惑的。
 いつの日か、真相が明らかになる日はくるのでしょうか?


 

 
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