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このページの本たち
通い猫アルフィーのはつ恋』レイチェル・ウェルズ
あしながおじさん』ジーン・ウェブスター
飛ぶ教室』エーリヒ・ケストナー
フランダースの犬』ウィーダ
逆まわりの世界』フィリップ・K・ディック
 
僕が神さまと過ごした日々』アクセル・ハッケ
バビロンまでは何マイル』ダイアナ・ウィン・ジョーンズ
翼のある猫』イサベル・ホーフィング
ついには誰もがすべてを忘れる』フェリシア・ヤップ
酔って候』司馬遼太郎

 
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2020年02月14日
レイチェル・ウェルズ(中西和美/訳)
『通い猫アルフィーのはつ恋』ハーパーBOOKS

 《通い猫アルフィー》シリーズ
 アルフィーは通い猫。エドガー・ロードで楽しい日々を送っている。
 本宅は、ジョナサンとクレア夫婦のところ。ふたりは共働きのため、昼間は別宅のマットとポリー夫妻の家にいく。
 アルフィーは、立ち寄り先をさらに増やそうと考えていた。狙いは本宅のとなりの48番地。しばらく前から空き家になっている。
 ある日、親友のタイガーが、48番地に人の出入りがあったと教えてくれた。夜中に荷物を運びこんでいたという。
 アルフィーとタイガーは茂みに隠れ、状況を窺った。
 キッチンにいる女性は、クレアより少し年上。やせていて疲れきった顔をしている。それから、髪がほとんどないやせた男性がいた。あまり幸せそうには見えない。
 そして、10代くらいの少年。無言で、ティーンエイジャー。タイガーによるとティーンエイジャーは、あまり感じがよくないのが普通だという。ぐうたらでだらしなくて、社会に無関心なのだと。
 その姉らしき、かわいい女の子もいた。きれいな青い目をしているが、遠い目をしている。
 一家は、エドガー・ロードを嫌っているのだろうか。
 アルフィーは監視を続けようとするが、白い猫に追い払われてしまう。一家の猫だった。
 アルフィーは、その美しさに一目惚れ。とうてい愛想がいいとは言えないが、なんとかして近づこうとする。
 一方人間たちも、越してきた一家をいぶかしく思っていた。
 越してきたスネル一家は、荷物を夜中に運びこみ、荷物を解くのも夜中。他の住民をさけており、警察官の訪問を受けているようだ。
 とりわけ危機感を募らせているのが、ヘザーとヴィクのグッドウィン夫婦だった。スネル一家は、どう見ても普通じゃない。エドガー・ロードはとても静かな住宅街で、変わらないでほしいと思っている。
 グッドウィン夫婦はエドガー・ロードの住民たちに、集会を開いてスネル一家に警告しようとするが……。

 猫が主人公の猫情もの。
 前巻のおさらいがちょこちょこっとありますが、忘れている人に思いだしてもらうため。前作を踏まえての2巻目になってます。
 人間たちは、詮索屋のグッドウィン夫婦に振り回されます。なかなかお茶目な人たちでした。当事者たちは嫌でしょうけど。
 アルフィーは、白い猫のスノーボールに猛烈アタック。他の猫たちとのやりとりもあります。
 そうした合間に、さまざまな問題が噴出しては解決されていきます。基本的にひきずらないので、トントン拍子に運ぶものごとを達観したいときにはすごくいいです。


 
 
 
 

2020年02月17日
ジーン・ウェブスター(岩本正恵/訳)
『あしながおじさん』新潮文庫

 ジェルーシャ・アボットは孤児。ジョン・グリアー孤児院で育った。
 通常、孤児院にいられるのは16歳まで。ジェルーシャは学校の成績が優秀だったため、特例として村の高校への進学が認められた。そしてもうすぐ高校を卒業する。
 ジェルーシャは、毎月最初の水曜日が大嫌いだった。
 その日、評議院と視察委員は、孤児院をひととおり見て報告書に目を通し、お茶を飲んで帰っていく。孤児たちは、こぎれいにしてとびきりのいい子でいなければならない。
 そんな日にジェルーシャは、リペット院長に呼びだされてしまう。
 ちょうど最後の評議員が帰るところだった。ジェルーシャが見たのは、後ろ姿だけ。とても背が高く、迎えの車のヘッドライトの光を浴びて、影がのびていた。その影は、ゆらゆら揺れる巨大なアシナガグモ(ダディ・ロング・レッグズ)のようだった。
 リペット院長は、ジェルーシャに意外な話をした。
 最後に帰った紳士は、評議員のなかでも指折りの裕福な人。孤児院にたくさんの寄付をしている。これまで、何人かの男子に、大学に進学する援助をしてきた。見返りは、一生懸命勉強してよい成績をおさめることだけ。
 今度、ジェルーシャの大学の資金をだしてくれるという。
 定例会議で、ジェルーシャの書いた作文が話題になっていた。『憂鬱な水曜日』という、孤児院に対して無礼な作文だったが、うまく書けていた。それを紳士は評価してくれたのだ。
 独創性があるから作家になる勉強をしなさい、と。
 紳士からは、寄宿舎と大学の費用のほか、月に35ドルのおこづかいが与えられる。ジェルーシャは、月に一度、受け取ったしるしに手紙を書かねばならない。勉強の進み具合や、毎日の暮らしのあれこれを書いて送るのだ。
 こうして女子大生となったジェルーシャは、匿名の紳士に手紙を書きはじめる。紳士の背が高いことを知っていたジェルーシャは、仮名のミスター・ジョン・スミスを使わず、あしながおじさん(ダディ・ロング・レッグズ)と呼んだ。
 ジェルーシャは学友たちに、孤児院のことを隠していた。話したのは、両親が他界し、親切なおじさんが学費をだしてくれたことだけ。自分が孤児であることを知るのは、あしながおじさんだけ。
 ジェルーシャは、ひたすら手紙を書き続けるが……。

 物語の出発点、第一水曜日の出来事以外はすべてジェルーシャの手紙になってます。
 ジェルーシャは愛称のジュディで呼ばれ、はじめての孤児院以外の暮らしに、感動したり、戸惑ったり。喜びを伝えられる相手があしながおじさんしかいないので、猛烈に書きまくってます。
 あらゆることを書くことに、不自然さを感じさせません。そういうところがうまいなぁ、と。
 クライマックスは、あしながおじさんは誰なのか? という謎。とはいえ、かなりはやい段階で、憶測できるようになってます。と同時に、ジェルーシャがまったく気がついていないことも察せられます。
 気がつかないからこそ、手紙を書き続けられたのでしょうね。


 
 
 
 

2020年02月19日
エーリヒ・ケストナー(丘沢静也/訳)
『飛ぶ教室』光文社古典新訳文庫

 ケストナーはクリスマスの物語を書くはずがちっとも果たせず、とうとう夏本番になってしまった。母に送りこまれたのは、オーバーバイエルン。ツークシュピッツェ山頂の、きれいな冷たい雪をおがんで書けばいい、と。
 こうしてケストナーは、クリスマスの物語を書いた。
 舞台は、ヨハン・ジギスムント・ギムナジウム。9年制の中高等学校だ。大学進学予定の子どもが、4年間の小学校をすませて10歳で入学する。
 ギムナジウムの5年生で、同じ寄宿舎で生活する5人の少年たちは、クリスマス劇を上演する予定だった。
 ジョナサン・トロッツが書いたのは、「飛ぶ教室」という5幕物。未来の学校が、実際どんなふうに運営されるだろうかが描かれていた。地理の授業を現地でするために、先生がクラスの生徒をひきつれて、飛行機に乗って出発する。
 書き割りを担当したのは、マルティン・ターラー。成績がクラスで一番。家が貧しく、授業料を半額免除してもらっている。
 マティアス・ゼルプマンは、すぐに腹がへる。ボクサー志望。いつも腹ぺこ。友だちから20ペニヒ借りては親からの仕送りで返済する。
 小柄で金髪のウーリ・フォン・ジメルンは、女の子の役をする。ウーリは臆病者を卒業したがっている。逃げないぞ、言いなりにならないぞ、と決心するが、いざとなったら逃げ出しちゃってる。
 先生の役をするのは、ゼバスチャン・フランク。読書家で弁が立つ。
 体育館で劇の練習中、通学生のフリードマンが知らせをもってきた。帰宅途中、実業学校のやつらに襲われたという。クロイツカムが捕まり、ディクテーション・ノートを奪われてしまった。
 練習は中断。仲間たちは〈禁煙さん〉のところに集合する。
 禁煙さんはりっぱな、賢い人であり、さんざん不幸な目にあってきたらしい。たぶん35歳くらい。1年前、ドイツ帝国鉄道から禁煙席車両を買い取り、改造して住んでいる。垣根の向こう側、市民菜園のところだ。
 子供たちは、舎監のベーク先生も正義さんと呼んで尊敬している。ベーク先生は、正しい人だったからだ。
 しかし、正しいことと正しくないことの区別がむずかしい場合にこそ、相談が必要になることがある。そんなときには、禁煙さんに相談する。
 実業学校とのいがみ合いは、昔からあり、学校と学校のけんかで、生徒と生徒のけんかじゃない。先月、実業学校の旗を奪い、返却したものの、ちょっとひどく破れてた。だからこんどはノートが仕返しされる番なのだ。
 ゼバスチャンが軍使として派遣されることになるが……。

 1933年の作品。
 クリスマス時期の出来事がつづられます。ストーリーは、あるような、ないような。舞台「飛ぶ教室」の話題、実業学校との対立についてが多め。禁煙さんの過去の話なども。
 ドイツ語のクロイツカム先生(誘拐されたクロイツカムの父)は、自分ではけっして笑わないのに、人が笑ってしまうようなことを言う人物。おそらく、本書でもっとも有名なのが、この笑わない先生が言った
「どんな迷惑行為も、それをやった者にだけ責任があるのではなく、それを止めなかった者にも責任がある」
 というセリフ。
 執筆時期がナチス政権下で、児童書ということで許されたんだとか。制約を受けているなかで書かれたからか、不可思議に思えるエピソードもありました。
 時代背景と共に語られていくのでしょうね。なにも制約がなかったらどういう物語になっていたのか。考えてしまいます。


 
 
 
 

2020年02月24日
ウィーダ(村岡花子/訳)
『フランダースの犬』新潮文庫

「フランダースの犬」
 ジェハン・ダースじいさんは、アントワープから3マイルのところにあるフランダースの一小村のはずれに住んでいた。80歳のとき、娘がスタブロの近くのアルデンヌで亡くなり、かたみに2歳の息子をのこしていった。
 ジェハン・ダース老は、近所の者たちの牛乳缶を、毎日、小さな荷車でアントワープの町に運んでは、しがないたつきをたてていた。そこにネロが加わった。
 一方、犬のパトラシエは、ある金物屋の所有するところとなっていた。非常に丈夫な犬だったが、あまりに過酷な日々に、ついに倒れてしまった。おそろしく重たい荷車をひいていたパトラシエは、もはや死ぬばかりになって身動き一つしない。主人は、蹴とばし、ののしり、樫の棍棒でなぐりつけたが、倒れたきり。
 主人は、パトラシエの体をどさっとそばの草むらに蹴とばして立ち去った。
 横たわっていた犬をしらべたのは、子供をつれた老人だった。
 ジェハン・ダース老人とネロだった。ふたりは犬を連れ帰り、心をこめて世話してやった。パトラシエは、やさしさのこもった子供の小声と、慰めながらなでさすってくれる老人の手を忘れなかった。
 ふたたび立ち上がったパトラシエは、みずから荷車をひくようになった。ネロが6歳になり、老人のリューマチのため身体がきかなくなって、荷車とでかけられなくなると、ふたりででかけるようになった。
 実は、ネロは、向こう見ずな空想を抱いていた。世界じゅうに名が知れているような、偉い画家になるのだ。
 なにもわからぬながらやみくもに憧れている神秘な芸術の世界に入りたい。アントワープはルーベンスの住んでいた町である。そのため芸術がさかんで、貧しいネロでも参加できるコンクールがあった。優勝者はクリスマスに決定される。
 ネロはコンクールに向けて絵を描くが……。

 あまりに有名すぎて、作品紹介にオチまで書かれてしまっている物語。やや古めの翻訳文が雰囲気ぴったりでした。
 ネロの唯一の友だちが、村一番の裕福な百姓の一人娘アロア。ネロは貧しいのですが、アロアの両親も、器量も姿もよく気だてもいいしまっすぐな子、と評価してます。
 ところが、ネロが画描きなどという妄想を持っていることが知れてしまい、アロアの父が態度を豹変。画家になりたいとは、乞食よりも始末がわるい。ネロを遠ざけようとします。
 ただ貧しいだけならなんとかなっただろうにねぇ。情熱はときに人を殺しますね。
 
「ニュールンベルクのストーブ」
 オーガスト・ストレーラは9歳。ハルという小さな町に住んでいた。母はなく、父は貧乏で、家には食べさせなければならない口がたくさんあった。
 家には、ヒルシュフォーゲルと呼ぶストーブがあった。かの偉大な、ニュールンベルクの陶工オーガスチン・ヒルシュフォーゲルの手になった作品であるという。
 石工であったストレーラの祖父が、どこか廃墟の普請場から掘り出したものだった。きずひとつないのを見て家へ持ち帰り、それから60年、ストレーラ家を暖めてきた。
 オーガストもヒルシュフォーゲルが大好き。
 ところが父は、旅の商人にヒルシュフォーゲルを売ってしまった。200フローリンだったが、家の借金がかさんでいたのだ。子供たちは猛反対するが、聞き入れられない。
 オーガストは、売られていくヒルシュフォーゲルの後をつけていくが……。

 オーガストの大冒険が語られます。
 前の「フランダースの犬」と、いくつか共通点がありました。家が貧しいこと。ネロと同じく、オーガストも画家を目指していること。
 ただ、こちらはハッピーエンドになってます。それで本全体のバランスをとったのでしょうね。


 
 
 
 

2020年02月25日
フィリップ・K・ディック(小尾芙佐/訳)
『逆まわりの世界』
ハヤカワ文庫SF526

 1986年。
 時間逆流現象が発生し、世界は逆まわりに動き始めた。それはホバート位相と呼ばれた。
 墓から死者が甦り、人々は日々若返っていく。やがては子宮へと戻るが、それは誰のものでもいい。
 ヘルメス・バイタリュウム商会は、民間の再生施設だった。甦った死者を墓から助け出す仕事だ。そして、必要とする人に売りさばく。
 社長のセバスチャン・ヘルメスも、老生者だった。別の、古手のバイタリュウムによって掘り出されたのは、ほんの10年前。いまだに、あの夜の荒涼たる部分、あの墓の寒さが肌身に感じられる。
 セバスチャンには、来るべき再生を予知する能力に恵まれていた。それが仕事の役にたっている。その能力が、今にも甦りつつある死者を見い出した。
 その死者の名はトマス・ピーク。
 熱狂的な信者を持つユーディ教の教祖だ。どこに墓があるのか公表されておらず、ユーディ教に対しても秘密にされていた。
 ピークは金になる。
 セバスチャンは、違法だったがピークが再生する前に墓から掘り出してしまうが……。

 ディックの中期の作品。
 いろんな人が入り乱れます。
 セバスチャンは老生者ですが、妻のロッタはとても若く死んだ経験がありません。そのロッタに横恋慕しているティンベイン巡査。ティンベイン巡査が護衛を務めることになるのが、ユーディ教指導者のレイ・ロバーツ。ロバーツは、ピークの墓の場所を調べようとしています。
 公安機関〈消去局〉とか〈図書館〉とか、ローマ教会とか、入り乱れすぎてわけがわからない状態になっているのですが、あたかも世界の混乱を反映しているような……。
 ロッタは死んだことこそありませんが、若返ってはいます。老成していく者が獲得する何かを得られることは決してない、と哀しんでいるのが印象的でした。


 
 
 
 

2020年02月27日
アクセル・ハッケ/作、ミヒャエル・ゾーヴァ/絵
(那須田淳/木本栄/共訳)
『僕が神さまと過ごした日々』講談社

 書くことを仕事としている〈僕〉は、家の近所のアパートにちっぽけな部屋を借り仕事場として使っていた。
 その日は落ちつかず、ちっとも原稿がはかどらない。というのも、前日におかしな体験をしたのだ。そこで、事務ゾウと一緒に外へ散歩に出かけることにした。
 仕事場の近くには、古い墓地がある。墓地に面した大きな屋敷のわきにあるベンチに腰かけ、事務ゾウとふたりでのんびりくつろいでいると、老紳士がやってきて、ベンチの向こう端に腰を下ろした。
 老紳士は、どこか品格があり、かといって堅苦しい感じでもない。細めの顔に、彫りの深い目鼻立ちをしていた。面識はないが、通りで見かけたことがある。
 頭上からは、開けっ放しのまどから言い争う声が聞こえていた。声は次第にエスカレートしていき、そのうちドタンバタン、ガッシャンと騒々しい音がまざりだした。
 突然、老紳士が立ち上がり、僕は突き飛ばされた。次の瞬間、ベンチに、ずっしりと重たい鉄製の脚がついた地球儀が落ちてきた。
 翌朝。
 通りで老紳士と挨拶をし、そのままおしゃべりをした。以来、交流がはじまるが、どうも老紳士の言動がおかしい。
 どうやら老紳士は、この世界を創った神さまであるらしいが……。

 大人むけの、ファンタジー。
 ゆったりとした文章に、たくさんの挿絵。事務ゾウはかわいらしく、神さまはおちゃめ。
 主人公の〈僕〉が、まじめなんだけど、不思議なことを受け入れていて、どっしりしてます。亡き父との思い出とか、心のうちに対峙することもあり、だからといって説教臭くもなく、ほどよくほんわかしてました。


 
 
 
 

2020年02月29日
ダイアナ・ウィン・ジョーンズ(原島文世/訳)
『バビロンまでは何マイル』上下巻/創元推理文庫

 ルパート・ヴェナブルズは、魔法管理官(マジド)だった。スタン・チャーニングによって見いだされ、地球の下級マジドとして働いている。
 マジドとしてもっとも相手にしたくないのは、コリフォニック帝国だ。世界の中心に存在しており、担当するのは地球出身の最下級マジド、と決まっている。
 帝都イフォリオンに呼びだされたルパートは、司法審問に出席した。マジドはいかなる統治者とも同格。ただし、審問の場ではただの傍観者にすぎない。今回さばかれるのは、ティモセオという仮名の若者だった。
 ティモセオは皇帝の長子らしい。
 ルパートは知らなかったが、帝国では、皇帝の子女はすべて、自分の両親を知ってはならないと定められている。皇帝の妻は、正后、貴妃、下級夫人と3つの階級があるが、誰が母親の場合も同じく秘密にされていた。みずからの素性を知った者には死刑が科され、その知識を得ることに協力した者にも同じ刑が科される。
 ただちに判決が下され、刑はその場で執行された。
 ルパートは、つくづく帝国に嫌気がさしてしまう。
 帰宅すると、スタンが死にかけているという一報が入った。マジドの人数はつねに一定。ルパートは候補者の名簿を渡され、新人選びを担当することになる。スタンは亡くなったが、片をつけるまで、幽霊としてそばにいてくれるという。
 新人マジド選びはなかなかうまくいかない。
 そんなとき、帝国のティモス9世が暗殺されてしまった。帝都イフォリオンに駆けつけると、皇帝がいた謁見の間どころか宮殿全体が崩壊寸前になっていた。
 枢密院の顧問官、軍の幕僚は全滅。后妃もなくなり、上級官吏も上級魔術師も、山ほど道連れになった。上層部が一網打尽にされていた。
 摂政臨時代理として指揮をとっているのは、軍司令官ダクロス将軍。人種差別ゆえに遠ざけられていて生き残った。そして、たまたま不在だったアレクサンドラ貴妃と、下級魔術師ジェフロス。
 アレクサンドラ貴妃によると、ティモス9世は後継者を絶対的な秘密にしていた。噂では、少なくともふたりは皇女がいるらしい。それに、ふたりの皇子が。
 ルパートが調査し、後継者はクナロスという人物に一任されていることが分かる。ところが、誰もクナロスを知らない。
 ルパートは、新人マジド選びに、帝国の後継者捜索に奮闘するが……。

 現実とリンクさせた魔法使いもの。
 この作者の物語は、合うものと合わないものがあり、合うときにはすごくおもしろいのですが、合わないときには些細なことまで気になって物語世界を楽しめないのです。
 残念ながら、今回は後者。
 ルパートは自信満々なベテランの雰囲気をかもしだしてます。でも、新人で、最下級。そのギャップを受けとめきれませんでした。
 合う人だったら、振り回されるルパートとか後継者の謎とか、すごく楽しめると思うんですけど。


 
 
 
 

2020年03月08日
イサベル・ホーフィング(野坂悦子/うえだはるみ/訳)
『翼のある猫』上下巻/河出書房新社

 ヨシュア・ミカエル・タック(ヤッシェ)は、アムステルダムに住む12歳の少年。
 物を集めるのが好きで、隠しておくのもうまかった。実のところヤッシェは、泥棒だった。ときにはなにげなく、ときには意図的にくすねてしまう。ただし、友だちから盗んだりはしない。
 いつでもどこでも寝られる特技もあった。見た夢はいつでも思いだすことができた。
 ある夜、ヤッシェの家に電話がかかってきた。
 寝静まっているときで、いつもなら母が電話にでる。ところがこの夜は誰も起きない。電話の音はいつまでも続き、ヤッシェは自分で電話をとった。
 相手は、ヒップハルト・インターナショナル。
 奇妙な質問をされたヤッシェは、ヒップハルトのセールス員にスカウトされる。
 ヒップハルトは、その時代の中で最高級の発明品を売る商社。世の中で新しい商品が発見される前に、その商品を見つけだし、世界中のあちこちで商売する。
 1017年に操業したこの商社が商売をするのは、夢世界〈ウマイヤ〉だ。ウマイヤは、すべての人の夢の世界が集まってできたもの。人びとが一緒になって見る記憶や夢。
 ヒップハルトのセールス員たちは、空間を変化させてウマイヤに飛びこみ、滑っていく。それができるのは子どもたちだ。
 このところヒップハルトでは、問題が起きていた。ライバルのカッツ・イマジネーション社が台頭し、ヒップハルトを脅かしていたのだ。  
 ヒップハルトはマーケットを拡大させようと、時間に目をつける。時間旅行の秘密を探るが失敗続き。そして見つけられたのが、ヤッシェだった。
 ヤッシェにはセンスがあるという。ある時間からある時間へと渡りあるく能力が。ヤッシェにはなんのことだか分からない。
 はじめはおもしろがっていたヤッシェだったが、ウマイヤを楽しめなくなっていく。悪夢に捕まるのもこわかった。
 ヤッシェはセールス員を辞めようと決意するが、最後のウマイヤで、大変な状況に追いこまれてしまう。時間の裂け目が開いてしまい、ひとつ残らず閉じたとき、ヤッシェはウマイヤに閉じこめられていたのだ。
 ヤッシェは仲間たちと共に、ウマイヤから脱出するための旅にでるが……。

 児童書。
 メインは、閉じこめられたウマイヤでの大冒険。ヤッシェと行動を共にするのは、親友のボルス、先輩セールス員のテレサ、それとイェリコ。
 このイェリコがヤッシェの悪夢の原因です。ヤッシェの双子の妹で、産まれてすぐに亡くなってます。イェリコには、見張り役のルシーデがついてきてます。
 ヤッシェたちの旅の目的地は、テンベという人たちがいるというところ。テンベは、時間を旅しようと試みたテンベリの子孫です。闇との境目に住んでいるといわれています。
 テンベとヒップハルトに関係があり、カッツも絡んでいるなど、なかなか凝った構成。その分、中途半端になっているエピソードや、おもしろい展開がありそうでなかった人など、もったいなさも感じてしまいました。デビュー作らしいので、これからの作家さんなのかな、とも。
 なお、猫は、ある人物が猫好きだった、というだけです。

 分冊されている本で、表紙をつなぐと大きな絵になるように装丁されているものがあります。本書の場合、上巻の表紙と下巻の裏表紙、上巻の裏表紙と下巻の表紙、がそれぞれ対になってます。


 
 
 
 

2020年03月14日
フェリシア・ヤップ(山北めぐみ/訳)
『ついには誰もがすべてを忘れる』ハーパーBOOKS

 マーク・ヘンリー・エヴァンズは、45歳のベストセラー作家。サウス・ケンブリッジシャー選出の次期下院議員の座を狙っている。マークはデュオだった。
 女王が、モノとデュオによる異階級間結婚を奨励する議会制定法に裁可を下した。モノとデュオの文化的偏見は根強い。女王の裁可は、マークにとって追い風だ。なにしろマークは、20年前に家族の強い反対を押し切って、モノであるクレアと結婚したのだから。
 モノは人口の70パーセントを占める。彼らは昨日の記憶しか持たない。2日前のことを覚えていない。
 対するデュオは、2日前までの記憶を持つ。モノも、iダイアリーに日々の記録をつけ、学習することで記憶に留めることはできる。だが、デュオの有利は揺るがなかった。
 ある朝、ケム川で中年女性の遺体が発見された。
 エヴァンズ家に近いパラダイス自然保護区だった。
 クレアは、ニュースを耳にしたマークが動揺したことに気がつく。自分には、昨日は一日臥せっていた記憶しかない。原因は一昨日にあるのだろうが、iダイアリーには書いていない。
 エヴァンズ家に、ケンブリッジシャー警察のハンス・リチャードスン主任警部が尋ねてきた。
 死んだ女性は、ソフィア・アリッサ・アイリング。ソフィアは、マークのことを日記に書いていた。ふたりはかなり親密な関係である、と。
 マークは否定するが、任意同行を求められる。
 傍らにいたクレアは、マークが浮気をしていたことにショックを受ける。思い当たることはあった。結婚当初からずっと。クレアは離婚を決意するが……。
 一方、マークを取り調べるハンス・リチャードスンには、ある秘密があった。
 ハンスは、モノの母とデュオの父を持つ。その場合、デュオになることが多い。ハンスもずっとそう思ってきた。
 ところがある朝、ハンスの記憶は1日に制限されてしまった。23歳になると誰もがその日を迎える。覚えていられるのは2日前までか、3日前までか。モノかデュオか。2日前だったら、モノ省に登録に行かねばならない。
 モノになれば、もはや出世は望めない。一生平刑事だ。ハンスは、デュオを装うことを決意した。徹底した再学習によって記憶不足を補えばいい。
 モノであるハンスにとって、1日で事件を解決することが重要だった。その動機は、同僚や部下にも悟られてはならない。ハンスの時間との戦いがはじまるが……。

 特異な世界を舞台にしたミステリ。
 クレア、マーク、ハンスのそれぞれの独白と、ソフィアの日記で物語は展開していきます。
 日記によると、ソフィアは完全記憶の持ち主。そういうことはありえない世界なので、精神病だと診断されて、聖オーガスティンに隔離されていた過去があります。ソフィアは、失った17年のために復讐を誓います。
 ハンスがソフィアの日記を読むのですが、妄想だと考えています。その中のどれが真実なのか。誰に対する復讐なのか。どうして死ぬにいたったのか。  
 ポイントは、誰もがすべてを忘れているところ。ハンスの聞き込みに、みんなiダイアリーを参照して答えます。ただし、日記が常に正確とは限りません。
 記憶が制限されている以外は、現実世界とほぼ一緒。アップル社がiダイアリーを発表するまで紙の日記だったとか、現実とのリンクも興味深いです。
 ミスリードを誘う部分が分かりづらくなってしまっているのが残念。


 
 
 
 

2020年03月15日
司馬遼太郎
『酔って候』文藝春秋(Kindle版)

 天下の志士がひとしく〈四賢侯〉とよんでその指導力に期待したのは、薩摩の島津斉彬(なりあきら)、土佐の山内容堂、越前の松平春嶽、伊予宇和島の伊達宗城だった。
 幕末の動乱で、主役になりきれなかった者の物語集。
 取り上げられるのは、突然藩主となった土佐の容堂、薩摩の名君斉彬の異母弟である久光、黒船を模した船を造ることになる平民の嘉蔵(かぞう)、道楽で洋式武装化を行なった肥前佐賀藩の閑叟(かんそう)
 幕末といえば……と名前があがってくるような人物も登場します。容堂は坂本龍馬をどう扱ったのか、とか。久光と西郷隆盛とか。
 三作目は嘉蔵が主役なので、藩主宗城がいるものの他とはちょっと趣が違います。朴訥とした嘉蔵の物語が、心に響きました。

「酔って候」
 土佐藩主が急死した。34歳の若さだった。幸い、実弟を養子として届けてある。ところが、これまた亡くなってしまう。
 嗣子もなく、養嗣子も届け出ていない場合は、改易、よくて国替え、減封となる。江戸屋敷の者たちは藩主の死をふせ、御病気中として養子届を出した。
 白羽の矢が立ったのは、分家の山内容堂だった。
 これまで容堂は、生きていることだけを仕事としていた。藩から蔵米を支給されるが領地も領民もなく、貴族として崇められても畏れられることもなく、なんの発言権もない。酒を呑み、馬と居合に練達し、詩に没頭していた。
 いきなり24万石の太守となった容堂は、国持大名の御格式など一切無視。自分を一編の詩の中の人とみなし、戦国風雲の武将としての自分の姿を想像しては悦にいっていた。和漢の史籍に熱中し、歴史を知ることこそ帝王道と信じて、政治学の基本的教養とした。
 そんなとき、黒船がやってくる。
 世間は大騒ぎ。容堂は国難の世だとして、強引に独裁権を確立する。たちまち世間の評判となるが……。

「きつね馬」
 久光は、薩摩藩主の五番目の子としてうまれた。母は側室のおゆらの方。おゆらは藩主の寵をたのみ、久光を世嗣ぎにしようと画策する。
 正室の子である斉彬が、43歳で藩主となった。斉彬は事業家であった。まもなく黒船が現れて、幕末の騒乱期になった。斉彬は、薩摩藩を産業国家に改造すべく手をつける。
 おゆらは、斉彬の子を次々と殺していく。斉彬は、久光の子を養嗣子とした。久光は、自分のまわりでうごめく運傍を知らない。斉彬の配慮を無邪気に喜んだ。
 まもなく斉彬が病死してしまう。久光は、藩主の実夫という資格で藩政の総指揮をとるが……。

「伊達の黒船」
 伊達家宇和島の城下に、嘉蔵という男がいた。平人としては最下級の、裏借家人とよばれる身分だった。
 嘉蔵は42歳。つらつきもわるいし、商売はへただし、とりえがない。さまざまな稼業をやってみたがうまくいかない。
 ただ、細工物にかけてはおっそろしく器用だった。どんなものでも器用にやってのける。ひとびとはその奇妙な才能にあきれた。
 ある日、おもいがけない話がきた。
 藩主の宗城が、黒船をつくろう、と言い出した。宗城は新モノ好き。わかいころから「蘭癖」がつよく、欧州で発生した文明によって、宇和島藩を改造しようとしていた。
 どういうわけか、黒船をつくる話は嘉蔵にまわってきた。提灯の張りかえがいかにうまかろうと、蒸気軍艦がつくれるはずがない。
 嘉蔵は、黒船は「自走する」ときいているだけで、その原理や機構を知らなかった。だが、漁師が使う地曳網の轆轤(ろくろ)を見、あることを考えつく。
 嘉蔵はふしぎな箱をこしらえた。そのからくりが認められ、船大工の手伝いとして御船手の出勤を命じられる。やがて、藩のお雇い大工として、火輪船修行のために長崎出張を命じられるが……。

「肥前の妖怪」
 肥前佐賀藩の鍋島家ではふしぎなことに、一代交替で暗君が出、明君が出る。17歳で家督をついだ閑叟は、父が女好きの贅沢ごのみで藩財政をかたむけたため、明君になるだろうと思われた。
 肥前には、葉隠武士道がある。じつに奇妙な道徳で、徹頭徹尾、藩主に随順を強要している。その結果、藩の命令には犬のような従順な藩風ができていた。
 閑叟は葉隠を利用しつつも、無学を憎んだ。非凡の学才があるために、みずからに陶酔する性格だった。試験制度を採用し藩士たちに強要したが、考えるのは自分ひとりでよい。
 今のところ、藩には金がない。幸い、長崎という鎖国時代での唯一の貿易港を抱えていた。密貿易すればいい。徳川幕府の最大の禁制のひとつだが、大名も食えねば、幕府もなにもあったものではない。
 閑叟は、長崎を極秘に巧妙に利用し、財を蓄えていく。そして、一藩をことごとく洋式武装化しようとした。
 武装化は、閑叟の道楽だったが……。

 
 

 
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