2020年06月08日
R・A・マカヴォイ(黒丸 尚/訳)
『黒龍とお茶を』出版社
マーサ・マクナマラは、ニューヨークに暮らす音楽家。夫に金を持ち逃げされて、苦労して一人娘のエリザベス(リズ)を育て上げた。リズは独立して、サン・フランスシコにいる。
ある日、マーサはリズから電話で呼びだされた。リズは、問題に巻き込まれている、とだけ。詳しいことは分からない。
マーサは、リズが用意したジェイムズ・ヘラルド・ホテルに泊まるが、どうも落ちつかない。スイートではないが、ぜいたくな部屋だった。とても奇妙だった。
マーサは、アイルランド系アメリカの舞踏バンドでフィドルを弾いている。リズには快く思われていない。本当なら、一流のホールで演奏していたはずなのだ。
リズには母親が、音楽の道を投げ出して子育てしたことが許せない。自分が、女性抑圧に心ならずも加担させられたように感じている。
マーサはリズの生き方を肯定しているが、その逆はない。そのためふたりの仲は疎遠になっていた。
ホテルについたマーサは、バーテンダーを相手に長話。するとバーテンダーから、メイランド・ロングを紹介された。おふたりがとっても似ていたから、と。
メイランドはバーテンダーに、自分は昔はドラゴンだったと言ったことがあるらしい。体長10ヤードもあった黒一色で、頭が菊そっくりだった、と。
マーサとメイランドは意気投合するが、マーサにはリズのことが心配でならない。
リズはスタンフォードの数学科を卒業し、システム分析を職業にしていた。サン・マテオのFSS財政システムズ・ソフトウェア社に勤めていたが、今は違うらしい。住所も分からず、リズからの連絡を待つが、音沙汰がない。
マーサがリズのことをメイランドに話すと、探すのを手伝ってくれるという。
ふたりは、リズのことを知っていそうな人を当たるが、今度はマーサが消えてしまった。残されたメイランドはリズを探し出すが……。
おしゃれ系。ただし暴力もあり。
メイランドは黒龍だった、という設定なのでこのタイトルになってます。メイランド以外にファンタジー要素はないので、ファンタジーを期待していると肩すかし。
マーサは50歳ですが、かわいらしさにあふれてます。ほわほわ感満載で、時折、鋭い指摘をします。マーサが主役なのかな、と思って読んでいると突然いなくなって、メイランドに視点が移ります。
黒龍とお茶、というより妖精とお茶、と言った方が近いかもしれません。バーテンダーさん、このふたりは気が合いそうだと見抜くとは、やはり人を見る目がありますね。
2020年06月09日
レーナ・クルーン(篠原敏武/訳、秋山幸代/画)
『ペリカンの冒険』新樹社
エミルは都会の団地で母とふたり暮らし。
母はクリーニング屋で働いているが、火曜日と木曜日には、役所で掃除もしている。その日だけエミルは、食堂で肉スープか焼きマカロニを、ひとりぼっちで食べなければならない。
エミルは、よくカッティ村のことを思い出す。カッティ村の家には、今も父がいる。ただ、父のそばには新しい奥さんのイルメリと、マリヤという赤ちゃんもいるのだ。
その日もエミルは、ひとりで食堂にいた。
そして、おかしな人を見かけた。
服装はきちんとしているし、ネクタイもつけている。頭には、黄色いかつら。椅子の背には、ポプリンのコートがかかっている。足には、砂色をしたビロードの靴。
ペリカンだった。
ところが、誰も気がついていない。母にその話をすると、ヒューリュライネンさんのことだろうという。
ヒューリュライネンさんは、顔はあまりパッとしないし、くびのところが袋みたいになっている。だが、すごく礼儀正しい紳士だ。
エミルは母から、よその人をじろじろながめたりするもんじゃないと、たしなめられる。それでも見ずにいられなかった。
ヒューリュライネンは、南の海岸で生まれた。家族と友だちにかこまれしあわせに暮らしていたが、海岸に人間が進出してきた。そこで北のほうにやってきて、腰をおちつけた。
ヒューリュライネンには、人間がうらやましくて仕方ない。人間は、ますます栄え暮らしも裕福。多方面にむかって勢力を伸ばし、自分の生活をずっと快適なものに変えている。
人間のあと朝から晩までつけまわし、その身ぶり、習慣をまねたり、会話に耳をかたむけた。そして、とうとう決心した。
鳥を廃業して人間になろう、と。
ヒューリュライネンが人間の服を着て歩くと、誰もが人間として接してきた。ヒューリュライネンは人間として、町で暮らし始めるが……。
児童文学。
エミルとヒューリュライネンは友だちになり、さまざまなことを話題にします。
エミルは、カッティ村が懐かしくてホームシックのようになってます。ホームシックについてのヒューリュライネンの意見が深い。
「恋いこがれていたのは、時間で、場所じゃないんだよ」
これを言うのが、鳥であることを捨てたヒューリュライネンですものねぇ。
《通い猫アルフィー》シリーズ
アルフィーは通い猫。エドガー・ロードを本拠地にしている。
本宅であるジョナサンとクレア夫婦に、娘のサマーが生まれた。
クレアはもう一人子どもが欲しいと考えていたが、もう産むことができない。そこで養子を迎えようと意気込む。一方のジョナサンは養子には乗り気になれない。ふたりの仲が遠のき、アルフィーは心配でならない。
そんなとき、アルフィーを悲劇が襲った。相思相愛の白猫スノーボールの一家が、引っ越してしまったのだ。二匹の仲は人間たちにも知れ渡っていた。
落ち込むアルフィーを励まそうと、クレアは生後3ヶ月の仔猫ジョージを連れてくる。アルフィーは仔猫など求めてはいない。
アルフィーは、前の家で一緒に暮らした先輩猫アグネスのことを思い出していた。最初は怖くて大変だった。
ジョージは「ママに会いたい」と泣いている。自分ではなにもできない仔猫にすぎない。かわいそうなちっぽけな生き物なのだ。
アルフィーは、ジョージの面倒をみようと決心する。
そんなころ、街灯に貼られた猫の写真の数々が話題になっていた。猫たちには人間の文字が読めない。みんなは、美猫コンテストじゃないかと言うが……。
猫が主人公の猫情もの。シリーズ3作目。
短い章立てで、サクサクと進んでいきます。
主な柱は3つ。
ジョージにまつわるあれこれ。
クレアとジョナサンの仲違い。
街灯の猫の写真の真相。
その他にも、アルフィーが通っている各家庭で、いろいろな不協和音が湧いて出てきます。アルフィーは、みんなを仲良くさせようと奮闘します。
ハプニングはいろいろとありますが、結果的に猫の思い通りに物事が動くのが楽しいです。世界は猫を中心にまわっているのです。それが受け入れられないと、ご都合主義なつまらない話、となってしまいそう。
2020年06月20日
ルイス・シャイナー(小川 隆/訳)
『グリンプス』創元SF文庫
レイ・シャックルフォードは、ステレオ修理工。
確執のあった父が急死して2週間もたってない。ビートルズの《レット・イット・ビー》を聞きながら、事情が違っていたらどうなっていただろうと思いをめぐらせた。
ビートルズは1969年1月に、《ゲット・バック》というアルバムを作ろうとしていた。そのときポールは、61〜2年のころのような曲にもどれたらと思っていた。だが、うまくいかなかった。
夏になって《アビー・ロード》ができ、前回のセッションのときのテープは《レット・イット・ビー》にしたてられた。
その冬と夏のあいだで、なにもかも変わってしまった。昔にもどるのは、もうすっかり手遅れになっていた。
レイは、仕事場のスピーカーから流れていたものに愕然とする。想像した音が聞こえていた。ビートルズがこんなふうに演奏していたら、と考えた音楽が。
テープに録音したレイは、妻のエリザベスに聴かせる。ところが、医者に診てもらったほうがいいと言われてしまった。エリザベスには、存在するはずのないものだと分からないのだ。
知人からグレアム・ハドスンを紹介してもらったレイは、ロサンジェルスに飛んだ。グレアムは、カーニヴァル・ドッグ・レコードを営んでいる。再発専門のレコード会社だ。
テープを聴いたグレアムは、驚愕する。
レイは、グレアムにすべてを話した。実演もした。グレアムは信じてくれた。信じざるを得ない。しかし、合法的には何もできない。
レイはグレアムから、海賊版として世に出すことを提案される。ただ、いまビートルズの海賊版《ウルトラ・レア・トラックス》が出まわっている。その一方で、コレクターたちが長年話題にしてきた幻のアルバムってのはごまんとある。
レイは、ドアーズの《セレブレーション・オヴ・ザ・リザード》に挑むことになった。
ドアーズの最初の2枚は、すばらしい傑作アルバムだった。だが、そのときすでに、ジム・モリスンはLSDですっかりイカレていた。《セレブレーション・オヴ・ザ・リザード》は完成せず、後に短い一部分だけが利用された。
レイはグレアムに連れられ、モリスンの過ごした町を案内され、情報を提供されるが……。
世界幻想文学大賞受賞作。
最初に出てきたのがビートルズだったのは、一般人にもつかみやすいからでしょうね。ビートルズは最初だけです。
モリスンの《セレブレーション・オヴ・ザ・リザード》の後は、ビーチ・ボーイズ(ブライアン・ウィルスン)が完成させようとしていた《スマイル》、そして、ジミ・ヘンドリックスがとりあげられます。
レイはグレアムの援助を得て幻のアルバムをつくりますが、金が目的ではありません。アルバムが世に出ていれば世界は変わっていたはずだ、という思いが強いです。よくなっていたはずだと信じているんです。
その思いはレイを、アルバムが完成するはずの時代にタイムトラベルさせます。レイの過去への旅は、自分の心のなかへの旅でもあります。それと、女性関係と。
人間の内面と音楽は、切っても切れない仲なのですね。きちんと時間をさいて、じっくり読みたい一冊。
2020年06月21日
ヘレン・フォックス(三辺律子/訳)
『EGR3』あすなろ書房
ガヴィン・ベルは、郊外の一軒家に住んでいる。
パパは建築家。ママは、ホテルで人間およびロボット雇用課長として働いている。それから、姉のフルールと、まだ赤ん坊のシャーロットがいる。
家族の世話をやいているのは、執事ロボットのグランプス。グランプスは世界初の全自動式家事ロボットだけど、昔の話だ。
最近、グランプスの調子が悪い。タイマーに問題があって、修理は難しいらしい。ママは買い替えに大反対している。新婚生活がスタートしたときからずっと一緒だったからって。
フルールは、グランプスが古いから恥ずかしく思ってる。友だちのマーシャは〈ライフ社〉のBDC4型を買ってもらったのに。マーシャの家は〈技術者(テクノクラート)〉だから、最新のロボットが買える。ベル家は裕福な方だけど〈テクノクラート〉ではない。
ガヴィンが、グランプスはこのまま置いて新しく買ったロボットに手伝わせればいい、と言うと、ママは折れた。パパが友だちのオクデン教授に相談すると、教授から、試作品のEGR3を試してほしいと頼まれた。
EGR3は〈ライフ社〉のロボットではない。世の中の情報をあらかじめインプットされたロボットとはちがう。無知な状態からスタートして、自分で学んで、実世界で生きていくための知識を得たロボットだ。
ちょうど、家庭に入って学ぶ段階にきていたんだ。
EGR3は、ていねいに積みあげた細いゴムタイヤの山だった。大きなゴムのようなくちびると、ちょこんとした鼻と、びっくりしたようなまん丸の目がついていた。
ベル一家は、EGR3をイーガー(EAGER)と名づけて迎え入れるけれど……。
児童書。
ガヴィン視点なことが多く主人公の役割を果たしてます。が、存在感がないときもあります。イーガーが登場してからはイーガー中心になることもあります。
おそらく主人公はイーガーで、不在時にガウィン優先にしたのかな、と。ただ、ガヴィンよりフルールの心情の方が書かれているので、フルール中心のほうがよかったような。
そういうあいまいなところが、少々読みにくいです。ヴァーチャルな哲学者がでてきたり、かなり深い内容なんですけどね。もったいない。
物語の中核は〈ライフ社〉のBDC4型をめぐる騒動。
〈ライフ社〉は、輸送から、食料から、水から、学習センター、工場、住宅まで、おおよそ考えられるものすべてを供給しているすごい会社です。よくこういう会社の存在を許したな、というのが正直なところ。
イギリスの物語は児童書でも容赦がない、という印象があったのですが、今作は別。きれいに終わってはいるのですが、尻つぼみ的で、もやもやが残ってしまいました。
2020年06月22日
シャンナ・スウェンドソン(今泉敦子/訳)
『ニューヨークの魔法使い』創元推理文庫
《(株)魔法製作所》シリーズ
キャスリーン(ケイティ)・チャンドラーは、マーケティングディレクターのアシスタント。テキサス出身で、実家は飼料店。学生時代からの親友、ジェンマとマルシアの3人で、ニューヨークのアパートをシェアして暮らしている。
ニューヨークは変わった街だ。住民たちは、どんなに突拍子もないものを目の当たりにしてもまばたきひとつしない。
ある朝ケイティは、若い女性が背中に羽をつけているのを目撃した。ハロウィンの意匠によくある、ストラップつきの妖精の羽だ。実によく出来ていて、ストラップは見えないし、ときどきはためいたりもした。
でも、誰も気にかけない。
ニューヨークでは、テキサスの公立大学で経営学士号を取得していることや、小規模ビジネスでの数年間の実務経験など、たいして評価されない。ケイティが職を得たのは、ルームメイトが人脈を駆使して見つけてくれたおかげだ。
上司のミミは、ビジネス界のいろはを教えてくれる優しい指導者だった。最良のパートナーだと錯覚したくらいだ。ところが、ミミの突拍子もないスペルミスと文法の間違いを指摘したことから態度が一変。ミミは、自分が完璧でないことを暴露されると、とたんに理性を失う。
邪悪なミミに打ちのめされたケイティに、〈転職のチャンス〉というメールが届く。送り主は、MSIという知らない会社。
ケイティはこれまでの経験から学んでいる。話がうますぎると思ったときはたいていそのとおりだということを。素晴らしいチャンスというものはめったにあるものではないし、ましてeメールでくることはまずない。
疑念を抱くが、ミミから逃れたい一心で、ケイティは話を聞くことに決める。
ケイティが知らされたのは、MSIが〈マジック・スペル&イリュージョン〉の略だということだった。この世には、エルフや妖精や魔法使いが存在している。背中に羽をつけたあの女性は、本物だったのだ。
ケイティは、MSIが必要としている、希少な免疫者(イミューン)だった。
イミューンは魔法を使うことはできないが、魔法の影響を受けることもない。めくらましに惑わされず、真の姿を見抜いてしまう。
ケイティは転職を決意するが……。
現代社会とファンタジーの結合もの。
ケイティが所属するのは〈検証部〉。他のイミューンたちと出会いますが、ケイティとはかなり毛色の違うひとたち。
ケイティはだまっていられないタイプなので、新人がそれやったらむかつくだろうな、という言動もチラホラ。そこを許容できないと読むのがつらいと思います。逆に、新しい視点から指摘することをケイティは望まれている、と理解できれば応援できるはず。
シリーズの初巻だけあって、内容は序章的。まだまだ一波乱も二波乱もありそうです。
なお、宣伝文句は、魔法版『ブリジット・ジョーンズの日記』だそう。そちらを未読なので分かりかねますが。
2020年06月27日
ジェニファー・イーガン(谷崎由依/訳)
『ならずものがやってくる』早川書房
ふと目に留まった見知らぬ人の鞄と、そこからのぞく財布。サーシャはこらえきれず財布に手を伸ばすが…。問題を抱える若い女性と、その上司の元パンクロッカーからはじまる物語は、過去と未来を行き来しながら、二人が人生の軌跡を交えた人々につながっていく。あふれる詩情と優れた構成で描かれる、さまざまな生の落胆と希望。世界的ベストセラーとなったピュリッツァー賞、全米批評家協会賞受賞作。
(「BOOK」データベースより)
連作短編と長編が融合した物語。A面6章、B面7章の全13章からなります。
全編をつらぬくストーリーはなし。かといって短編集、という雰囲気もなし。すべての章で中心人物が異なりますが、サーシャかベニーが絡んでいることが多いです。
時代は行きつ戻りつ。壮年だったり若者だったり老人だったり。
1章で、サーシャに盗癖があることが取り上げられ、そのときの心理も語られます。2章には、ベニーが置き忘れた金箔入りの箱を、サーシャが差し出す場面があります。ベニーの章なのでサーシャの内面は語られません。
情報の積み重ねには、感嘆させられました。箱を手にしたサーシャは葛藤したでしょうねぇ。
読み手の読解力が試されているように思います。人物の成長をじっくり読みたい気分のときには、やめといた方がいいかも。どうしても細切れになってしまうので。
なお、タイトルの「ならずもの」は作中の比喩表現から。
各章の内容は、こんな感じ。
【A】
1、見つかった物たち
盗癖のあるサーシャは、心理療法士コズの診察室の寝椅子で横たわりながら、さまざまなことを思い出す。
たとえば、かつての上司ベニー・サラザーのこと。ベニーはソウズ・イヤー・レコード・レーベルの創始者。コーヒーに金箔を振りかけて飲んでいた。
それから、アレックスとのデートでの出来事。トイレでサーシャは、洗面台のわきの床に置かれた鞄に気がつく。鞄に入った淡い緑の革財布を、サーシャは自分のハンドバックに入れてしまう。
2、金の治療
姉妹バンド、ストップ・ゴーは問題を抱えていた。会議で幹部経営者が、切り捨てるべきだと主張する。数年前に契約を結んだのはベニー自身だった。
ベニーは助手のサーシャと一緒に、姉妹の家を尋ねる。
3、気にしてないけどね
高校生のレアは、そばかすが気になって仕方がない年頃。遊び友だちは、ジョスリン、スコッティ、アリス、ベニーら4人。中でもジョスリンは特別な友だちだ。
ジョスリンは、音楽プロデューサーのルーと交際している。
4、サファリ
ロルフは父のルーに連れられて、三週間のサファリ旅行をしている。姉のシャーリーン、父のガールフレンドのミンディも一緒だ。
このときロルフは11歳。自分は父親のものだということと、父親は自分のものだということを知っている。
5、あなた(たち)
ルーは死にかけていた。二度目の脳卒中がいけなかったのだ。ルーの弟子ベニーの手配で、かつての仲間がルーの家に集まる。ただ、スコッティとは連絡がとれない。
6、○と×
スコッティは盗んできた音楽雑誌で、幼馴染ベニーの記事を読む。ベニーはレコード・プロデューサーになっていて、何かの賞を受けていた。
スコッティはベニーに手紙を書き、会いにいく。
【B】
7、AからBへ
ステファニーはベニーと結婚して、クランデールに住んでいる。クランデールは、よそ者にとって優しい街ではない。
兄のジュールズは、若手スターのキティ・ジャクソン強姦未遂事件を起こしていた。仮釈放されて一緒に暮らしているが、なかなか社会復帰しようとしない。
ステファニーはラ・ドールの元でフリーとして働いていた。インタビューの仕事に、ジュールズもついてきてしまう。
8、将軍を売り込む
ドリーは、ラ・ドールとして一世を風靡していたが、奢りのために大変な事件を引き起こしてしまう。6ヶ月服役し、純資産のすべてを失った。今は、娘のルルとふたり、ひっそりと暮らしている。
金欠に陥ったドリーは、B将軍の広報の仕事をはじめた。B将軍は大量虐殺者だ。
ドリーは、B将軍のイメージアップのため、映画女優を利用することを思いつく。みんなが知っている魅力的な女性を。非人間的人物を人間らしく見せるために。
ドリーが声をかけたのは、28歳にして転落したキティ・ジャクソンだった。
9、40分の昼食 キティ・ジャクソン、おおいに語る
−−愛、名声、そしてニクソン!
ジュールズによる、若手映画スター、キティ・ジャクソンのインタビュー記事。
10、体を離れて
ロブは、ビックス、リジー、ドリュー、サーシャとつきあっている。
かつてロブはサーシャから、恋人のふりをしてくれるひとを探している、と声をかけられた。ロブは恋人役をつとめたが、やがてサーシャには本物の恋人が出来た。それがドリュー。
ビックスはリジーとつきあっており、ロブは孤独感に苛まされる。
11、グッバイ、マイ・ラブ
テッドはナポリにいた。義理の兄に頼まれて、姪のサーシャを探しにきたのだ。だがテッドは捜索を先延ばしして、遺跡や博物館に行ってしまう。
サーシャと会えなければいいと思っていた。ところが、偶然サーシャと再会してしまう。
12、偉大なロックン・ロールにおける間(ポーズ)
アリソンはドリューとサーシャの息子。パワーポイントを使って、家族のことを記録する。
(本当にパワーポイントなんです)
13、純粋言語
アレックスはベニーに雇われて、マーケティングの仕事をすることになった。スコッティの無料コンサートが企画されていて、人々を動員するため、ベニーの助手ルルと打ち合わせをする。
《ミッドナイターズ》三部作完結編
アメリカ中西部オクラホマ州の田舎町ビクスビーには、昔から〈夜間外出禁止令〉があった。誰もその理由は知らない。
実は、ビクスビーは特別な地域だった。ビクスビーでは毎晩1時間、深夜12時になるとブルータイムがはじまる。
空には黒くて大きい月が出て、世界は青くて静かで美しい。その時間に動けるのは、12時に生まれた人間だけ。そして、ダークリングと呼ばれる獣たちも動きまわっている。
ブルータイムに動けるミッドナイターは数少ない。
レックスは〈特別な目の持ち主〉。ダークリングと合体させられてから、感覚が変わってしまった。仲間たちに助け出され、人間には戻れた。しかし、心にダークリングの部分を残したまま。
メリッサが〈マインドキャスター〉としてレックスを癒そうとするが、うまくいかない。レックスは自分が狩られる側ではなく、ダークリングの仲間なのだと気がつく。
その日は、全校生徒が集められた壮行会だった。
メリッサは〈悪地〉の奥から、すさまじい気配がおしよせてくるのを感じ取る。太古から生きてきた生き物の敵意は、激しい波のようだった。
波は学校に到達し、ブルータイムがはじまる。まだ午前9時をまわったばかり。日食のように、黒くて巨大な月が太陽をかくしていた。
ブルータイムが唐突に終わったのは、21分36秒後。〈数学の天才〉デスは、ダークリングの好む数字との慣例性を見いだす。
ミッドナイターたちが調べてみると、日食みたいな現象は、青い世界のゆがみをふやしていた。ふつうの人間がゆがみを通ってブルータイムに入ったら、ダークリングの餌食となってしまう。ゆがみが拡大していけば、いつしかブルータイムは崩壊するだろう。
謎が深まる中、レックスはアンジーからのメッセージを受け取る。
アンジーは、グレイフット一族の仲間。一族はふつうの人間だが、かつてミッドナイターたちが一掃された事件に関与した。
一族の人間ではないアンジーは、中心的な立場からはずされ、おびえていた。10月31日に、なにか大きなことが起こるらしい。
ミッドナイターたちは準備をはじめるが……。
ダークな児童書。
第一部『真夜中に生まれし者』では、転校生ジェシカの能力が明らかになりました。
第二部『ダークリングの謎』では、かつてビクスビーで起こった事件が語られました。
そして迎えた第三部。ダークリングのたくらみが明らかになります。
準備万端整えても必ず発生するトラブルの数々。
今作で目立っているのが、ジェシカの妹ベスの存在感。姉がなにかを隠していると気がついています。それを探り出してやろうと巡らす計略が、すごく嫌らしくて子どもっぽいんです。子どもですけど。
心配だからと動機づけされた行動の数々を、どこまで許容できるか。読み手の立場があぶり出される感覚でした。
2020年07月04日
マックス・バリー(鈴木 恵/訳)
『機械男』文藝春秋
チャールズ(チャーリー)・ニューマンは、ベター・フューチャー社研究部門の技術者。
ベター・フューチャー社は、世界有数の先進的研究機関だ。70年代には劣化ウラン兵器を、80年代には水陸両用戦車を造っていた。10年ぐらい前に医薬品に進出して、最近は、特許金属製品と、非致死性兵器と、生物工学を主軸としている。
ある朝、チャールズが目覚めると、ベッド脇のいつものところに携帯電話がなかった。床にも落ちておらず、泥棒が入った形跡もない。車の携帯を置くドッグにもなかった。
ゆうべは疲れていた。
遅くまで残業して帰宅は2時ごろ。どこにあってもおかしくはない。チャールズは職場に忘れてきたと考え、ひとまず出社した。
携帯電話があったのは、第四研究室の分光器の上だった。
そのときチャールズは、耐久試験のために〈大万力〉を操作していた。携帯を見つけたのは、プレートを接近させるボタンを押したあと。そのまま取りにいったことで〈大万力〉のあいだにはいりこんでしまう。
チャールズは脱出をはかるが、右脚が間に合わない。気がついたときには病院で、腿はあったが膝がなくなっていた。
大腿切断。
回復したチャーリーは、義足をつけるようになる。義肢装具士から勧められたのは〈エクシジーシス・アーキオン〉だった。
〈エクシジーシス〉は、コンピュータ制御の適応型膝継手を採用した最新で最高の選択肢だ。機能のために見てくれを犠牲にしている。歩く分には申し分ないが、腰をおろそうというときには役に立たない。
職場復帰したチャーリーは〈エクシジーシス〉を分解して、調速機を造りあげた。スイッチを入れると、膝の曲がる速度を制限してくれる。うまくいったが、いつ作動すべきかは膝が自分で判断してほしい。
そこでチャーリーは、自足型の脚を造った。そもそも義肢の目標が生体を模倣することにあることが間違っている。その考えのもと義足は完成するが、チャーリーは憂鬱になってしまう。
義足は完璧だが、どうしても自分の肉体がネックになる。義足も二脚でひと組なのだ。生体のままの左脚が邪魔だった。
チャーリーは左脚を〈大万力〉に挟ませてしまう。
チャーリーの考えを知った会社側は、そこに商機を見いだした。機械の代用品は、よりよい性能を求める消費者の心をつかむのではないか?
退院したチャーリーには20人の研究助手がつき、さらに研究が続くが……。
マッド・サイエンティストもの。
チャーリーの一人称で展開していきます。一人称が「ぼく」なので幼く感じてしまうのですが、博士号を取得してます。ただ、人間とのコミュニケーションは苦手。
チャーリーは、20人もの研究助手をもてあまし、ひとまずチームに分けて目標を与えます。とはいえ管理できないものですから、助手たちは自分勝手にいろんな器官を開発していきます。
根っからの技術者のチャーリーは、嫉妬しまくり。でも、それが嫉妬だと分かっていて、なんとか対応しようとします。
チャーリーが自ら脚をつぶしてしまうくだりは、読むのがしんどいです。そこを通過すれば、テンポよく読んでいけるのですけど。
読みどころは、チャーリーが雇用者だということ。
チャーリーが完成させた義足は〈美脚〉と名づけられます。それはチャーリーの脚であると同時に、会社の財産なんです。そういう個人と組織のズレが随所にあります。
マッド・サイエンティストものも読むのあきたな……というときにいいかも。狂っているのは人だけではないと痛感させられます。
《シャーロック・ホームズ》シリーズ
ジョン・H・ワトスンは、元陸軍軍医。シャーロック・ホームズとベイカー街で共同生活を送っている。
ホームズは、唯一の私立探偵コンサルタントを自認する変わった男だった。知的な刺激に飢え、謎めいた事件がないと憂鬱に襲われてしまう。ワトスンは、気を紛らわすためにコカインに手をだすホームズを案ずるが、聞き入れてもらえない。
そんな時分、メアリー・モースタンなる女性が尋ねてきた。
モースタン嬢は、年若だが良家の出らしく、身につけているものの趣味も申し分ない。だが、質素で飾り気のない雰囲気からは、あまり暮らし向きに余裕がないことも感じられた。
10年前の1878年。
モースタン嬢はそのころ、エディンバラの寄宿制女学校に入っていた。母は亡い。父は、アンダマン諸島の駐屯軍で指揮官をしていた。
モースタン嬢のもとに、帰国した父から、ロンドンのランガム・ホテルに滞在していると電報があった。ところが、ホテルに駆けつけても父に会えない。モースタン大尉は、ゆうべ出かけたまま帰ってこないという。
モースタン嬢がロンドンで父の知人として知っているのは、ショルトー少佐だけだ。すこし前に退役して、アパー・ノーウッドに住んでいる。ショルトー少佐は、父が帰国していたことさえ知らなかったという。
そして、6年前の1882年。
モースタン嬢は新聞広告で、自分が尋ね人になっていることを知る。おなじ広告欄で連絡先を告げると、みごとな真珠が一粒、送られてきた。
添え状もなく、差出人の住所も付されていない。真珠はきわめて珍しい種類のもので、値打ちも相当なものだった。それ以来、毎年おなじ日に真珠が送られてくる。
そして、けさ、手紙が届いた。
ご足労願いたい、と。貴嬢は不当な扱いを受けてきた身で、いまこそその正義が正されよう、と。友人2名の帯同が許されていた。
モースタン嬢の話を聞いたワトスンとホームズは、一緒に手紙の主に会いにいくことを約束するが……。
ホームズの長編2作目。
今作から、ワトスンが後日まとめたもの、という雰囲気になってます。ちょっとしたスパイスになっているのが、ワトスンがモースタン嬢に一目惚れしてしまったところ。
事件の概要については、はやい段階でホームズが推察してます。
実は、真珠の送付がはじまる直前にショルトー少佐が亡くなってます。そのためホームズは「ショルトー少佐の相続人が裏事情の一端を知って、遅まきながら娘さんに償いをしたがっている」と考えます。ただ、いまになって手紙をよこした真意、6年前にそうしなかった事情までは分かりません。
その段階から、ちょっと奇怪な出来事へと発展していきます。
もはや古典ですから驚きはありません。その時代の雰囲気を楽しむべきなんでしょうね。