《ミッドナイターズ》三部作の1
レックス・グリーンは16歳。ビクスビー・ハイスクールの高校生。
レックスは新学期の初日、見慣れない女の子に気がついた。ビクスビーのような小さい学校では、知らない顔に出会うことはめったにない。
その女の子は、メガネをかけたレックスにはぼやけて見えた。メガネをかけなければ、こまかいところまでくっきり見える。
仲間だ。
レックスには、ミッドナイターズと名づけた仲間がいた。
2〜3000年前、一日は25時間あった。そのころ人間たちは、ダークリングと呼ばれるバケモノたちを鋼鉄製の武器や火によって、森の奥深くに追いやった。
ダークリングは、自分たちの避難所としてブルータイムを作った。一日のなかから一時間をとりだして、ぎゅっとおしつぶし、ほんの一瞬の長さに縮めてしまったのだ。人間にはもう、その時間が見えない。
だが、その一瞬に生まれた人間には見える。レックスのようなミッドナイターズならば。仲間たちはみな、夜中の12時ちょうどから1秒のあいだに生まれていた。
転校生の名は、ジェシカ・デイ。
ジェシカは、おかしな夢をみた。
青い夢だった。土砂降りのすごい音がしていたのがとつぜん静かになり、そこらじゅうから青く冷たい光がさしてくるような世界が広がった。影はひとつもなく、部屋はのっぺりと平板に見えた。
夜中の12時ごろだ。
窓から外をのぞいたジェシカは、外の空気が輝いていることに驚く。きらきら光る粒がたくさん入ったスノードームのように、無数のダイヤが見えない糸でつるされているかのように、きらめきが空中に浮かんでいる。ダイヤモンドは、雨粒だった。雨が、空中でとまっていたのだ。
つぎの夜も、ジェシカは青い夢を見た。今度は、おかしな黒ネコに会った。ネコに誘われるように町にでたジェシカは、ネコが、大きなヘビに変身するところを目の当たりする。
バケモノに追い立てられたジェシカを助けたのは、同じビクスビー・ハイスクールの生徒たちだった。
ジェシカは、レックスらからブルータイムのことを教えられるが……。
児童書。
児童書にしては珍しく、高校生がメイン。主人公はジェシカです。ビクスビーに越してきて、ブルータイムを知ります。
ミッドナイターズには、それぞれ異なる能力があります。
レックスは〈見る〉ことができます。先人たちが書き残したことを読めるのはレックスだけ。そのため少々偉ぶってます。
レックスと最も長いつきあいなのは、メリッサ。メリッサはマインドキャスター。人びとの思考を読み取ります。遮断ができないので雑音に悩まされてます。
デス(デスデモーナ)は数学の天才。ダークリングの嫌う合金と13という数字を組み合わせ、武器をつくってます。レックスとメリッサの特殊な関係に疎外感を覚えています。
ジョナサンは、飛ぶ力を持ってます。ジェシカのように2年前に転入してきました。レックスと仲違いしていて、距離を置いてます。
本書では、ジェシカの能力はなにか、ということが語られます。
ジェシカはミッドナイターズとしてはふつうなので、メリッサなどは疑ってます。本当は11時59分生まれなんじゃないの?って。世界観も暗めですし、登場人物たちもどこか陰があります。
児童書ですけれど、児童書の次に行くステップで読むような本かな、と。
2020年03月21日
アリソン・グッドマン(佐田千織/訳)
『竜に愛されし少女イオナ』上下巻/ハヤカワ文庫FT
『竜に選ばれし者イオン』続編
12頭の竜たちによって守護された〈天竜の帝国〉で政変が勃発した。
カイゴは真珠帝として即位したばかり。叔父のセソンが鼠の竜眼卿イドと組み武装蜂起すると、宮廷は大混乱に陥ってしまう。
竜眼卿で生きのびたのは、鏡の竜眼卿イオンと見習いのディロンだけ。イド卿も、セソンと袂をわかち囚われの身となってしまう。
セソンは竜帝を名乗り、カイゴは死んだと布告した。
宮廷を脱出したイオン卿は、対セソン抵抗勢力の指導者トーゼイの元に身を寄せる。セソンにとってイオン卿は、竜たちの力を得るために欠かせない存在。イオン卿は、正体がイオナという名の女であることを逆手に取って逃走を図る。
イオナには、癒しの力があった。波動の世界に入り瀕死の護衛ライコを癒そうとするが、竜眼卿を失った10頭の竜たちに襲われてしまう。なんとか逃げられたのは、イド卿の手助けがあったからだった。
イオナは竜眼卿になったばかり。きちんとした訓練を受けてはいない。イド卿が、己の都合でイオナを助けたことは分かっている。だが、竜眼卿を指導できるのはイド卿しかいなかった。
カイゴと合流したイオナは、イド卿を救出して教えを乞わねばならないと訴えるが……。
中華風ファンタジイ。
前作『竜に選ばれし者イオン』を読んでいることが大前提。続編でよくある振り返りも、ほぼないです。その分サクサク展開していく……かと思いきや、そういうこともなく。
イド卿の救出作戦が具体的に動き始めるまで物語は停滞気味。イド卿が救出されてからかはトントン拍子に進みます。が、その時点ですでに物語の半分ほどが経過してます。
停滞している間も、いろいろなことは起こるんですよ。
イオナが癒すと自由意思を奪ってしまう、とか。皇帝のネイソー(真実を語る者)になったけれども隠し事をしてしまう、とか。先祖のキンラが皇帝の真珠を狙っていてイオナも影響されている、とか。
にもかかわらず内容のあることを読んだ気になれないのは、ミスリードを誘おうと作者が小細工しすぎているのが原因ではないかと思います。そのため、腑に落ちなかったり、なおざりになっている印象が残ってしまうのかな、と。
二部作で合計4冊の大作でしたが、2冊くらいにギュッと圧縮されていたら……と思わずにいられませんでした。
ライツヴィルの町は、ライト氏によって創立された。
元は、インディアンが捨て去った土地だった。ライト氏が農場をはじめて、しだいに繁栄していったのだ。現在は、軍需特需に湧いている。
エラリイ・クイーンは、しばらくこの町に滞在するつもりでやってきた。ところがホテルは満室。どこの宿泊施設も空きがない。とうとう不動産周旋所を訪れた。
エラリイの希望は、月ぎめで貸す家具つきの小さな家。不動産屋によると、ひとつだけあるという。ただ、いわくつきの物件だという。
創立者のライト氏に繋がるジョン・F・ライトは、ライツヴィル・ナショナル銀行の頭取を務めていた。ジョン・Fには、3人の娘がいる。
長女のローラは、地方巡業に来た小さな劇団の俳優と駆け落ち結婚した。しばらくして離婚されて戻ってきて、ライト家とは距離をおいて暮らしている。
次女のノーラは、銀行の出納係主任のジム・ハイトと婚約した。ジョン・Fは、ローラのこともあってよけいに喜び、母屋のすぐ隣りに、かわいらしい六室の家を建ててやった。
ところが、結婚式の前日、ジム・ハイトが失踪してしまう。
すっかり用意ができていた小さな家は売りに出された。買い手はついたが、下見をしているときに心臓麻痺で死んでしまう。家は〈災厄の家〉と呼ばれるようになった。買い手は現れず、借り手もいない。
あれから3年たつが、ノーラはまだ立ち直っていない。
エラリイは、不動産屋につれられてライト家を訪れた。ジョン・Fの妻ハーミオンは、エラリイが作家と聞いて大興奮。あれこれと世話をやき、三女のパトリシアが町を案内してくれるという。
エラリイは、6ヶ月の賃貸契約を結ぶ。
まもなく、ジム・ハイトが現れて町は大騒ぎ。ノーラとジムはよりを戻し、結婚式が執り行われた。エラリイは快く家を明け渡し、ライト家の母屋に間借りすることになる。
ノーラは幸せそうだ。
しかし、隠されていた手紙の存在に、状況が一変する。
手紙は3通。ジムの本に挟まっていた。手紙を読んだノーラは動揺するが、誰にも手紙を見せようとしない。
エラリイは興味を抱き、パトリシアと共に手紙を盗み見る。手紙にはジムの筆跡で、妻が病気になったこと、重態であること、息を引きとったことが書かれてあった。
手紙の日付どうり、ノーラは体調を崩してしまうが……。
架空の町〈ライツヴィル〉を舞台にした一連の作品の一作目。
ライト家にとっては赤の他人のエラリイが事件に深くかかわるようになるもっていき方が自然で、やはりうまいなぁ、と。
ただ、殺人事件の犯人については、バレバレ。せめて作中のエラリイが一瞬でも検討の対象にしてくれていれば……などと思わずにいられませんでした。
おそらくトリック云々よりも、小さな地方都市の住民たちの心の変遷が読みどころなのでしょうね。はじめは町の名士だったライト家の転落ぶりときたら……。
2020年03月30日
マイク・レズニック(小川 隆/訳)
『暗殺者の惑星』新潮文庫
コンラッド・ブランドは、大量虐殺者だった。
出生の惑星を知られておらず、どの惑星世界にも銀行口座をもたない。顔も知られず、指紋をとられたこともない、謎の逃亡者だった。
共和国は、この人殺しを始末するために23人の工作員を送りこんだ。だれひとりとして、その後の消息のわかっているものはいない。とうとう、暗殺を請け負うジェリコを雇うにいたった。
現在ブランドは、植民惑星〈ヴァルプルギス〉にいる。
ヴァルプルギスは、魔女集団や悪魔崇拝集団たちの星。悪を信奉し、俗権政府はあるものの、実質的には神権政治が行われている。
この神権政治が、ブランドをかくまっていた。共和国は、通商禁止令を発し封鎖することしかできない。そもそも外界との接触をしておらず、効果はなかった。
ジェリコは、南半球の都市アマイモンに侵入する。
アマイモンでは、共和国の他の都市とくらべて、薬草店や、手相見や、骨相見がいくらか多く目についた。衣料や食品、金物といったものをあきなう店の多くは、ウィンドーにカバラ的意匠をほどこし、ほぼすべての店が商品の中に小さなお守りや魔よけを配している。
ジェリコは新聞を手に入れるが、コンラッド・ブランドについてはひとこともふれられていない。ただ、ティフェレットという市に異変が起こっていることが察せられ、ジェリコはティフェレット行きを決める。
警察の実力を知るため、ジェリコはひとりの男を殺害するが……。
一方、アマイモンの刑事部長ジョン・セイブルは、男の死体に違和感を覚えていた。
殺されたのは、パーネル・バーナム、57歳。使者教団に所属している。アマイモンでも殺人は重罪だ。ただ、使者教団とバール教会には、条件つきで年2件の儀式殺人が許されている。
バーナムは、すばやく、きれいで、むだのない手口で殺されていた。プロの仕業だが、教団の儀式とはまるで違う。
セイブルは、ブランドが絡んでいる可能性にいきつく。もちろんブランド自身ではない。共和国から、ブランドを狙う殺人者が送りこまれているのではないか?
セイブルは、ブランドに警告しようとするが……。
異質な世界を舞台にした犯罪者もの。ジェリコとセイブルを軸に展開していきます。
1982年の物語なので、科学技術の発想がちょっと古め。昨今の物語と比べるとかなり短いのですが、内容はすごく濃いです。
読みどころは、社会のありよう。
神権政治はブランドをサタンの再来として、崇め奉ってます。けれど俗権政府はブランドをもてあまして、始末したがってます。セイブルはその狭間にはまった感じ。
ジェリコは変装の名人で、さまざまな立場の男に変わりながらヴァルプルギスに溶け込もうとします。周囲のようすをよく観察しているのですが、それでもやっぱりバレてしまうのです。ヴァルプルギスがあまりに異質すぎて。
とにかく死体がたくさんでてきます。それもグロテスクなのがわんさか。
ブランドは大量殺戮者ですが、ジェリコだって人殺しのプロ。自分の味方でもアッサリと殺してしまいます。セイブルはマトモですけれど、それでも悪魔信奉者ですから。
すごく残る物語世界でした。
2020年03月31日
ディー・レディー(江國香織/訳)
『あたしの一生 猫のダルシーの物語』飛鳥新社
ダルシーが生後2〜3週目のちびだったある日。母子の寝床に人間たちがのぞきにくるようになった。人間たちは、納戸のドアにつかつかと歩みより、大きな身体を折りまげて、子猫たちをつまみあげる。
ダルシーはそれが嫌いだった。
無神経で、行儀が悪い。そんな人間とは暮らしたくない。
その女のひとがきたのは、7週目だった。ダルシーは、女の人の時間のかけかたに大満足。彼女が自分の求める人物だということがわかった。
その人間と暮らすことになったダルシーは、彼女の女主人でいられる喜びでいっぱい。ときには冒険にもでかけたが、いつも彼女の元に帰った。そして、彼女を教育し、愛を分け合った。
翌年、ダルシーと人間との暮らしに、森に置き去りにされていたバートルビーが加わった。ダルシーもバートルビーのことは好きだ。だが、寂しさを感じてしまう。
ダルシーは、彼女に気づかせようとするが……。
猫のダルシー視点で語られるダルシーの一生。
涙なくして読めません。
が、一歩ひいて冷ややかな目で見てみると、この飼主は猫を飼っちゃダメな人ではないかと思えてきます。ダルシーは飼主を愛していますが、飼主側はどうなのか。ダルシーが愛されていると思っているのだからヨシとするべきなのか。
もっとダルシーの行動を注視しようよ、と思わずにいられませんでした。
本書には挿絵(ジュディー・J・キング)が入っていますが、きちんと読んだうえで描かれたことが察せられるいい絵でした。
《スミソニアン・ミステリ》第三作
ヘンリー・スクラッグズは、スミソニアン協会の渉外業務室職員。国務省から出向してきているだけで、学芸員ではない。
ヘンリーのもとに、民族研究部のシーラ・フォンタナ副部長が相談にきた。
来年の1976年には建国二百年祭がある。民族研究部では、民俗フェスティバルという大きな催しを企画中。そのために民俗アーティストたちを合衆国へ招こうとしていた。
ヘンリーは即座に不可能だと回答する。プロなら、公演請願書を提出できるかもしれない。だが、民俗アーティストたちはアマチュアなのだ。文化交流でも認められまい。
数年前、ボリショイ・バレエ団がアメリカへやってきたとき、音楽家組合が劇場にピケを張った。それ以来、国務省は公演芸術の国際交流に許可を与えなくなっていた。
ヘンリーは、ミス・フォンタナと一緒に仕事がしたい下心から、助力を申し出る。さがせば抜け道があるだろうから。
ヘンリーの一時的な移動は、ヘンリーの給料を民俗研究部が負担することで実現した。民俗研究部長バーニー・スローンはヘンリーに、外国からきた演者がトラブルに巻きこまれないようにする仕事も割り振ってしまう。
ヘンリーは、セドリック・マフーテのオフィスに間借りすることになった。
セドリックはアガンガの音楽民俗学者。ヘンリーとは、移民帰化局の必死の努力に立ち向かってきた仲だ。セドリックは強制送還されかかっているのだが、余裕綽々。どうもバーニーの弱みを握っているらしい。
バーニーには、スミソニアン最高の運営機関である評議会と密接なつながりがあった。バーニーは予算を着々と獲得していくが……。
ユーモア系ミステリ。
このシリーズは、ヘンリーがお役所仕事と対峙するのがおもしろみのひとつ。残念ながら、今作はやや控えめ。満載だったセクハラもちょっとは控えめ。
最初に、殺人事件が起こることがほのめかされます。実際に発覚するまでは、かなーり間があります。これってミステリだったかな……と心配になりはじめたころ死体が登場します。
その後も、殺された人のことはうっちゃって日々がすぎさり、たまに思いだす程度。終盤になってようやく、ミステリを読んでいる気になれました。
きちっきちっと事件の伏線がはられているのですが、ミステリを読みたいときにはがっかりしてしまいそう。じゃあユーモアに浸りたいとき読むべきか、というとそうでもなく。
すごく独特な立ち位置。読んでみないと自分と合ってるかどうか確かめられない、そういう物語でした。
2020年04月11日
ウィル・マッキントッシュ(茂木 健/訳)
『落下世界』上下巻/創元SF文庫
目が覚めると記憶がなく、親指の腹に深い切り傷があった。
世界は息を呑むほど明るく、たくさんの色であふれている。周りにはビルが立ち並び、道路はたくさんの乗用車とトラックで埋まっていた。しかし、動いている車はない。
数ブロック先に人が集まっている。かれらは、世界がぷつんと終わっているのを見ていた。ぎざぎざのアスファルトとコンクリートが、世界の涯を標していた。空だけが、その先に広がっていた。
誰にも記憶がない。なにかが起こったのだ。
ポケットの中には、小さな兵隊の人形と、写真、なにかの食べ物の紙箱が入っていた。人形は、玩具のパラシュートにつながれている。写真では、自分と黒髪の女が幸せそうに笑っている。
紙箱を広げると、血で書かれた、大きさも形も不ぞろいの茶色い図形がいくつも描かれていた。いちばん下の楕円にはX印がついている。なにが起きるか知っていた自分が残したメッセージなのだろう。
自身を飛び降り屋(フォーラー)と名乗った男は、玩具の人形に着想を得てパラシュートを作っていた。食料を得るため、もっとも高いタワーから飛び下りる見世物を思いつく。
何度となく試験を繰り返し本番に挑むが、トラブルが発生してしまう。六本ある吊索のうち2本が外れてしまったのだ。このままでは、パラシュートが開ききらずに歩道に叩きつけられてしまう。
フォーラーは、縁から飛び出すことを選択した。
世界を後にして落ち続けたフォーラーは、行く手に、空に浮かぶ島を見た。別の新しい世界だった。
フォーラーは、あの血で描いた図形が地図であることに気がつく。さらに下に、目指すべき島があるのだろう。
パラシュートを直して着陸したフォーラーは、町の権力者ムーンラークのもとに連れていかれる。ムーンラークは周辺の町と権力闘争のまっただなか。フォーラーはムーンラークのもとで、あの写真の女性をみつけるが……。
冒険SF。
記憶のないフォーラーが、仲間たちを得ながら下を目指します。それと並行して語られるのが、理論物理学者ピーター・サンドヴァルの物語。
ピーターの世界は今日の世界と繋がっていて、世界大戦の一歩手前、という深刻な状況。生物兵器に起因する伝染病が猛威をふるってます。その治療薬が開発されつつありますが、記憶喪失になってしまう副作用があって使えてません。
ピーター自身は量子クローニングを研究していて、デュプリケーターを開発しました。デュプリケーターとニワトリが一羽いれば飢饉をなくせる、とまで言われたすごい機械です。ただし、かなり高価。
ふたりの物語を読み進んでいくと、徐々に、いろいろなことが分かってきます。が、スッキリできるかと言えば、微妙。こまかいことは気にせず、フォーラーの冒険にわくわくするべきなんでしょうね。
作中〈シンギュラリティ〉という単語がでてきますが、言葉の定義が既存のものと違うようで。それが最大の違和感でした。
《金田一耕助》シリーズ
獄門島は、瀬戸内海のほぼなかほどにある周囲二里ばかりの小島。かつて伊予海賊の北の固めとしていた島で、流刑場だった時代もある。現在獄門島に住んでいるのは、300戸、千数百人。海賊と流人の子孫たちだった。
昭和21年9月。
探偵の金田一耕助が、獄門島を訪れた。戦友の鬼頭千万太(ちまた)に頼まれたのだ。
千万太はマラリアにかかり、復員船の中で死んだ。そのとき耕助に、自分が生きて帰らないと3人の妹たちが殺されてしまう、と訴えていた。
千万太の家は、獄門島に二軒ある網元のひとつ。千万太の祖父、喜右衛門(かえもん)が采配していたが、昨年亡くなっている。父の与三松(よさまつ)は健在だが気が狂っており、座敷牢に入れられたまま。母はいない。
千万太の妹たちは腹違いで、月代、雪枝、花子の3人。また、いとこの一(はじめ)と早苗の兄妹も一緒に暮らしている。一も千万太と同じように戦争に行った。まだ帰ってきていないが、戦友だという者から無事だという報告が入っている。
耕助は、千万太が紹介状を書いてくれた千光寺に滞在し、島の内情を探っていく。千万太の死の間際の言葉が耕助の頭から離れない。あのときの千万太は、喜右衛門の死を知らなかった。
千万太の葬儀の日、花子が行方不明となってしまう。
発見されたとき、花子は死んでいた。無人となっていた千光寺の梅の古木に、まっさかさまに吊るされていたのだ。
千光寺の勝手口は南京錠がねじ切られ、あがり口のたたきのうえに大きな泥靴の跡がべったりとついていた。賽銭箱のそばには、手巻き煙草の吸い殻がふたつ三つ。英語の字引きの紙で巻いてあった。
住職の了然(りょうねん)和尚は、早苗が煙草を巻いているのを見たことがあるという。伯父の与三松のために巻いてやったものらしい。だが、与三松は座敷牢の中。
耕助は、駐在の清水に疑われ留置所に入れられてしまうが……。
《金田一耕助》シリーズ長編2作目。
物語的にも、昭和12年の『本陣殺人事件』の後。前作の久保銀造が耕助の記憶の中で、磯川警部が実際に登場します。
何度か映像化されてますが、改変されることが多いからか『犬神家の一族』のときのような「そのまんまだ!」という感慨はなかったです。記憶があいまい……なのかもしれません。
事件後に探偵小説家が語っている、といった呈示はないものの第三者の視点であることは明らか。その語り口が、すごくうまいんです。ときどき、ここ伏線ですよという注意喚起が入って、おどろおどろしさを盛りあげてます。
読み応え抜群。
《しゃばけ》シリーズ第16巻
一太郎は、廻船問屋兼薬種問屋、長崎屋の若だんな。齡三千年の大妖を祖母にもつ。
一太郎の世話をあれこれと焼くのは、手代の佐助と仁吉。ふたりの正体は、犬神と白沢。祖母によって送り込まれてきた。というのも一太郎が、商売よりも病に経験豊富であるほど病弱であったから。
両親も手代たちも、遠方まで噂になるほどの過保護ぶり。一太郎は、甘やかされすぎることに憤るものの、それで性根が曲がることもなく、妖(あやかし)たちに囲まれた日々を送っている。
「とるとだす」
上野近くの広徳寺に薬種屋達が呼ばれた。若だんなも、父の藤兵衛に連れてられて顔を出した。
どうしたことか、長崎屋の面々はそれぞれ薬種屋たちに囲まれしまう。長崎屋は大店だが、他にも大きな薬種屋はある。こんな風に、同業が寄ってくる事などなかった。
誰もが、自分のところの薬がもっとも効くと主張してひかない。
そんな中、藤兵衛が倒れてしまう。息はしているが意識がない。仁吉が言うには、濃い薬の匂いがするというが……。
「しんのいみ」
江戸の海に、蜃気楼の島が現れた。
島は、妖が見せる、夢、幻のようなもので害はない。だが、取り込まれてしまうと戻ってくるのは難しい。島の主の真の名を告げねばならないという。
そこは、不思議なほど穏やかで、その場がもつ優しさが、昔の思い出を刈る。前の事を思い浮かべなくなる。その内、忘れたという事すら思い出せなくなるという。
若だんなは、大層大事な用でこっそりと出かけた。ところが、意を決して、部屋を出たはずなのに、その大事な用が何だったか、どうしてか思い出せない。気がつけば、どこへ向かっているのか、そもそもどこにいるのかも分からない。
若だんなは、知らない若者に声をかけられるが……。
「ばけねこつき」
長崎屋に、神田で染物屋を営む小東屋が尋ねてきた。娘のお糸と番頭の浩助を伴っており、若だんなは、いきなり縁談を申し込まれる。
お糸は裕福で器量よし。両替屋本村屋との縁談がまとまっていたが、突然、先方から断られてしまった。なんでも、お糸が化け猫憑きだというのだ。
しかも、次の相手にも同じ理由で断られてしまった。もし続けて3つ話が流れたら、それだけで本物の化け猫憑きだと思われかねない。
実は、小東屋は、ある薬の処方を持っていた。万に一つ小東屋が傾いても、その薬を売りに出せば、店ひとつくらい楽に立て直せる妙薬だという。長崎屋が毒消しの薬を探していると聞き、秘伝の薬を持参金に加えると言うのだが……。
「長崎屋の主が死んだ」
長崎屋に狂骨が現れた。
狂骨は、恨みと共に井戸で溺れ死に、その恨みが天まで達し、地をもえぐる程であったときに現われる怪異だ。長崎屋は先代が開いた店で、大して古くはない。井戸も店を開いたときに掘ったもので、内で亡くなった者とていない。
長崎屋が祟られる理由が分からず、妖達は手分けして町に散る。妖達は、狂骨が関わっているらしい、急死や行方不明を調べてきた。だが、つながりが見えてこない。
そんな最中、若だんな達は、僧が狂骨に襲われているところに出くわす。上野の東映叡山寛永寺の昌道(しょうどう)だった。昌道を助け話を聞くが……。
「ふろうふし」
快方に向かっていた藤兵衛だったが、急に寝込んでしまった。
妻のおたえは心配なあまり、神仏へのお供え物を山と積み上げる。庭にある稲荷神社はお供え物の重さで軋み始め、神社に巣くう化け狐達はあわてて稲荷神に泣きついた。その結果、大黒天が若だんなの元に姿を現した。
大黒天は、お供え物のお礼に、効く薬のことを教えてくれるという。神仙が住まう常世の国に、医薬やまじないの神、少彦名(すくなひこな)がいる。少彦名が妙薬を持っているだろう、と。
若だんなは、大黒天に少彦名のへの伝言を託され、常世の国に送られるが……。
本書は、若だんなの父・藤兵衛が倒れてから治るまでのエピソード集。すべて、藤兵衛を治す、という目的がベースにあります。
段階的に治っていくのか、というとそんなことはなく。正直なところ、まだ治ってなかったのか、の連続でした。
長く続くシリーズもの特有の、浮き沈み現象のひとつでしょうか。おもしろくないわけではないのですが……。
2020年04月19日
ブランドン・サンダースン(岩原明子/訳)
『エラントリス 鎖された都の物語』
上下巻/ハヤカワ文庫FT
ラオデンは、アレロン王国の王子。
かつてアレロンは、エラントリスによって支配されていた。
そのころのエラントリスは、街中に力と光輝と魔法がみなぎり、住民はさながら神々のごとく。都市は壮麗で美しく、住民も輝いていた。
エラントリス人となれば、至福に満ちた暮らしをし、賢い支配者となり、永遠に崇められるようになる。人間をエラントリス人たらしめるのは、無作為に訪れる〈シャオド〉と呼ばれる現象。ある朝突然に、祝福されたエラントリス人となったことを知るのだ。
10年前。永遠が終わりを告げた。
エラントリス人は生ける死者となって輝きを失い、都は朽ち果てた。アレロンは大混乱に陥り、そのとき王座を手中に収めたのがラオデンの父イアドンだった。
イアドンは、もとはといえば商人。そのために富を基盤とする社会制度を押し広げ、早くもひずみが生じ始めている。そして、フィヨルデン帝国という脅威も迫っていた。
ラオデンは、ある朝〈シャオド〉に見舞われた。
ラオデンは死んだ者として、エラントリスに閉じ込められてしまうが……。
一方、テオドの王女サレーネは、アレロンに到着早々、婚約者の死を知らされていた。
アレロンとテオドの同盟は、フィヨルデン帝国に対峙するためのもの。政略結婚にあたり、交わされた婚姻契約書は50ページにものぼる。その中には、結婚式以前に婚約者のどちらかが死んでも婚約は法的に有効であると記されていた。
サレーネは、相手の顔を見る前に寡婦となったのだ。
サレーネは王子妃である立場を利用し、アレロンを変革しようとするが……。
そしてまたアレロンには、デレス教のホラゼン大主教も到着していた。 デレス教とフィヨルデン帝国は同義であり、帝国は、近隣のほとんどの国を支配下においている。従っていないのはアレロンとテオドのみ。
ホラゼン大主教が教王から呈示された猶予は3ヶ月。それまでにアレロンを改宗しないと、大虐殺がはじまる。
ホラゼン大主教は、エラントリス人たちを憎むべき存在として利用しようとするが……。
サンダースンのデビュー作。
9年ぶりの再読。かなり覚えている気でいたのですが、結末以外忘れてました。
ラオデン、サレーネ、ホラゼンの三者を中心に展開していきます。
ラオデンはエラントリスで、希望を失った人びとを目の当たりにします。エラントリスでもよりよい生活ができると考え、実行していきます。そして、崩壊の理由をつきとめようとします。
サレーネは、頭がよく口が達者で、そのために婚期を逃してしまったことを気にやんでいます。イアドン国王は男尊女卑タイプ。サレーネはバカな小娘のふりをして情報収集にはげみます。
ホラゼン大主教は、敵役。なんとしてでも人々を改宗させようと、貴族階級に食い込んでいきます。血なまぐさい過去を背負っていて、葛藤をかかえています。
改めて読んでみると、いくつか謎が残されたまま、回収されてません。作中のちょっとした疑問なので、それほど気にはなりませんが。
どうやら、同一世界を舞台にした作品がいくつかあるようです。
翻訳されたらぜひ読みたいです。