2020年09月15日
フィリップ・ホセ・ファーマー(宇佐川晶子/訳)
『気まぐれな仮面』ハヤカワ文庫SF645
ラムスタンは、地球正規軍の科学的観測宇宙船〈アル・ブラク〉の船長。
ジグドロフで〈ペガサス〉とランデブーする予定だったが、〈ペガサス〉は現われなかった。〈ペガサス〉は、ジグドロフの前にトルトに寄ることになっている。
〈アル・ブラク〉は、トルトへと向かった。しかし、そこにも〈ペガサス〉はいなかった。
テノルト人の星トルトでは、神政政治が行なわれている。
彼らが崇めているグリファは、テノルト人が進化して知恵づくずっと以前に、空から落ちてきた。宇宙より古いもので、多くの宇宙の誕生と死を生きのびてきたという。現在は全惑星をあげての神となっていた。
ラムスタンは、トルトの宗教権威者たちの招待を受けてアヌグリファの儀式に参加する。グリファは、象牙を彫って作った卵のように見えた。白くて、長さは14、5センチ。
神秘体験をしたラムスタンは、グリファに誘惑されてしまう。グリファを盗み出すと、急遽〈アル・ブラク〉を離陸させた。
ラムスタンは義務を放棄し、信頼を裏切り、名誉を失ったのだ。400名の男女の命をあずかる立場であるにも関わらず。だが、まだ誰にも知られていない。
〈アル・ブラク〉は、カラファラに到着した。
まもなく、トルトの船もカラファラに降り立った。トルトの港で〈アル・ブラク〉のとなりに停泊していた〈ポパカピュ〉だ。テノルト人からの接触はない。
ラムスタンにとっては、彼らの目的は明らかだ。秘かにグリファを持ち出し、ホテルにこもる。万全を期したつもりだったが、襲撃されてしまう。
からくも難を逃れたラムスタンは、出航を命じた。犯人の正体は不明なものの、テノルト人であることは疑いようがない。
ラムスタンは乗員たちに、〈ペガサス〉の失踪とテノルト人とを関連づけ、自身の行動を説明した。そして〈ペガサス〉の探索を命じる。〈アル・ブラク〉が宇宙船の残骸を発見したのは、ウォリクスから60万キロの距離だった。
ウォリクスは滅亡していた。
惑星はゴルフボールほどのニッケル鉄の殻におおわれていた。何者かが大気圏外から、高速度で投げつけたようだ。陸地といわず海といわず惑星全体を蜂の巣にした。ミサイルの総質量は1兆260億キロ。
ラムスタンは、宇宙船の残骸から救助されたウェブン人のワスラスから話を聞くが……。
宇宙SF。
はじまりはカラファラから。
テノルト人を退けて逃げ出したラムスタンは、救助したワスラスから贈り物を受け取ります。いわゆる大冒険がはじまるのですが、いつまでもついてくる〈ポパカピュ〉やら、ラムスタンのやったことに気がつく乗員との対立やら、盛りだくさん。グリファも関わってきます。
英米の翻訳小説としては珍しく、イスラム教が少々。ラムスタンは信仰心を失っていますが、ベースにイスラム教があります。主流派ではないようですが。
ラムスタンも乗組員も、けっこう素直に人の話を受け入れてしまうのが、どうも納得しがたく。現場にいれば分かるんでしょうけど。
2020年09月20日
ジェームズ・ロリンズ(森田 健/訳)
『マギの聖骨』上下巻/竹書房
ドイツのケルン大聖堂で、大事件が発生した。
その日はマギの祝祭日だった。マギは、聖書にある〈東方の三博士〉。ケルン大聖堂では、深夜ミサを行っていた。
大聖堂は何者かの襲撃を受けた。殺害されたのは、大司教をはじめとする84名。どんな兵器が使われたのか、まったく分からない。
犯人たちは、マギの聖骨を持ち去った。
彼らはなぜ、誰もいない時を選ばなかったのか。持ち去られたのは聖骨のみで、高価な聖骨箱は置き去りにされていた。盗むだけが目的ではないのではないか。
大聖堂内は、各組織の調査団であふれ返った。ドイツの連邦刑事局、インターポール、ユーロポールも駆けつけている。発言権を持つヴァチカンは犯人の目的を掴みかね、独自の諜報機関を派遣することに決める。そして、アメリカに協力を要請した。
グレイ・ピアースは、アメリカの〈シグマフォース〉の隊員。
〈シグマフォース〉は、科学技術の訓練を受けた隊員から構成される軍事集団だ。特殊部隊の兵士の中から秘密裏に選抜される。その任務は、米国の安全保障に対して重要な科学技術の保護、入手、および破壊。
〈シグマフォース〉は、内通者の存在が明らかになり組織再編を行なったところ。しかし、まだ万全ではない。
司令官のペインター・クロウはヴァチカンの要請に応じ、グレイ・ピアースをチーム・リーダーとして指名する。ピアースは、モンク・コッカリスとキャスリン(キャシー)・ブライアントを引きつれてヨーロッパに飛んだ。
一方ヴァチカンは、臨時法王使節として2名を指名していた。ヴァチカンの諜報機関に所属し、聖職者であり考古学者でもあるモンシニョール・ヴィゴー・ヴェローナ、その姪であるレイチェル・ヴェローナの両名だ。
レイチェルは、イタリア国防省警察の美術遺産保護部隊中尉。美術品盗難のスペシャリストだ。
5人はケルン大聖堂で落ち合い、極秘調査をはじめる。
アメリカ側の目的は、犯人グループの正体と、彼らの使用した装置を突き止めること。ヴァチカン側は、マギの聖骨のためにこれだけの人が殺害された理由を調べる。単なる象徴的な意味なのか、それとも盗難の裏にはさらなる事情が隠されているのか。
大聖堂を調べていた5人は、ふたたび現われた犯人グループから襲撃を受けてしまう。情報が漏れているらしい。
なんとか逃げ延びたものの、所属組織に知らせることができない。一行は姿をくらまして調査を進めるが……。
〈シグマフォース〉シリーズ第一作。
ピアースとレイチェルを中心に展開していきます。
シリーズ第一作ですが、前作がありそうな雰囲気があります。実際に、シリーズ0が存在してました。未読ですが、そちらはペインター・クロウが隊長だったようです。
早々に分かるので書いてしまうと、犯人グループは、古代の錬金術師と暗殺者の流れをくむ秘密結社〈ドラゴンコート〉。それから〈シグマフォース〉の因縁の相手である〈ギルド〉も関わってます。
絶体絶命の大ピンチで場面を切り替えるスタイル。冒頭からその調子です。読者はハラハラするのですが、どうしても細切れになってしまう。
リズムが合わないと、煩わしさを感じてしまいます。はまると、すっごく楽しそう。
この手の、古代がからむうんちくものは尻窄みになってしまうことが多いのですが、本作は最後まで勢いは失わないです。その点がすごい。
要は読むタイミングでしょうか。
《(株)魔法製作所》シリーズ
キャスリーン(ケイティ)・チャンドラーは、魔法が通用しない免疫者(イミューン)。ニューヨークの株式会社MSI(マジック・スペル&イリュージョン)で、エルフや妖精や魔法使いと一緒に働いている。
偉大な魔法使いマーリンが率いるMSIは、魔法界の不文律に従わないフェラン・イドリスの対処に苦慮していた。
これまでイドリスは、スペルワークスでMSIに対決してきた。さんざん悪事を働いてきたが、ようやく捕縛に成功する。しかし、背景にいる黒幕について話そうとしない。
ケイティは、しばらく帰郷していた。
その間に魔法使いオーウェン・パーマーとよりをもどし、問題も解決。4ヶ月ぶりにニューヨークにでてきた。
ケイティは最初の出勤で、感化魔法を使った事件に遭遇してしまう。街中で黒魔術が公然と使われているのだ。しかも、黒魔術の供給元らしいスペルワークスが、対抗魔術をも開発販売していた。
スペルワークスの護身用チャームは大評判。スペルワークスはいま、自分たちを救い主のような存在に見せることに成功している。対してMSIは、有効な対策を取れずにいた。
ケイティは最初の会議で、カスタマーカンファレンスを提案した。もはや老舗であることを強調して黒魔術を使わないよう呼びかけるだけではすまなくなっている。スペルワークスの市場侵攻をくいとめなくてはならない。
カスタマーカンファレンスは、会社がどういうことをしているのかを皆に知ってもらうチャンス。主要な顧客をはじめ、興味のある人を皆招待して、会社の製品を紹介するとともに、教育的なセミナーを行なったり、経営陣が愛社精神たっぷりのスピーチをしたりする。啓発という体裁を取りながら、顧客を教育するのだ。
ケイティはマーケティング部長に就任し、カスタマーカンファレンスを任せられた。マーリンは夏至のころに開きたいと言う。もう2ヶ月ないが、魔法が役に立つはずだ。
MSIには、前社長のアイヴァー・ラムジーも復帰。
士気が高まるものの、ケイティは、ラムジーの言動に違和感を覚えてしまう。ラムジーは、30年前の魔法界の大事件の英雄。ケイティの不安には、オーウェンすらも耳を貸してくれないが……。
シリーズ5冊目。
カスタマーカンファレンスがひとつの分岐点。魔法界の人たちだけにインフルエンザが大流行したり、オーウェンが誹謗中傷されたり、こまごまとしたことが発生します。
これまでの伏線が投入されて、シリーズ最終巻にしてもよさそうな怒濤の大転換が待ってました。
でも、ここから新たな展開がありそうな雰囲気で終了。
後ろ髪を引かれる終わらせ方、うますぎます。続きが読みたくなってくる。
ジェネシス星は、ゲートによる円環をなす5つの世界のうちのひとつ。ゲートは特異点の一端を固定し、ここを通ることで時空を超え、銀河系の反対側へも瞬時に移動できる。
ジェネシス星では、30年前に独立戦争が終結。他の世界との接触を断ち、工業と産業を制限する生活に移行した。原生自然や健全で強靭な生態系を保護するためだ。
古いものが使えるうちは新しいものはつくらない。兵器工場も閉鎖され、軍艦は建造されなくなった。
ところが、戦争は終わっていなかった。
ゲートから敵が現われるようになったのだ。
彼らの軍艦は新しく、武器は強力。しかも兵士は人間ではない。ロボット兵だ。人間によく似ているが、慈悲心を持たず、弱点がなく、魂がない。
ジェネシス人たちはマサダ作戦を決意した。
75隻の軍艦と戦闘機がいっせいにひとつの目標へ突撃し、自爆する。ジェネシスゲートを不安定化させることが目的だ。ゲートを破壊できない以上効果は一時的だが、ジェネシスには時間が必要だった。
ノエミ・ビダルは17歳。
戦闘機パイロットとして、マサダ作戦に志願した。 決行まであと20日。死ぬ覚悟はできている。
ノエミはゲート近くでの戦闘中、離脱せざるをえなくなってしまう。向かった先は、ゲートの周囲を巡る瓦礫帯。過去の戦闘の痕跡が、艦船の残骸が、ゲートをとりまく軌道をまわっていた。
ノエミは、遺棄された宇宙船に乗り込むが……。
一方、ノエミが向かった遺棄船には、アベルが閉じこめられていた。
アベルは、メカ・シリーズの設計者であるバートン・マンスフィールドの最高傑作。30年前、ダイダロス号はゲートの脆弱性を調べていた。マンスフィールドによって問題点が見つけだされたものの、戦闘に巻き込まれてしまう。
電源が落ちたとき、アベルは機材用ポットベイにいた。そのまま閉じこめられ、脱出できなくなってしまう。マンスフィールドが迎えにくることもなかった。
予備電源が入り解放されたアベルは、自身のプログラムに従い、ノエミを指揮権者と認識する。ノエミの情報要求に応じて、熱磁力装置があればゲートを内部崩壊させられることを伝えるが……。
宇宙SF。
ノエミとアベルが、交互に語ります。
だいたい一緒に行動しますし、意思疎通は会話です。そのため、どちらの視点で読んでいるのか、時折混乱させられました。どうも注意力散漫で。
ノエミはジェネシスを助けようと必死です。ゲートの破壊方法を本国に伝えても、マサダ作戦は止まらないだろうと考え、独自に行動することを決めます。
とにかくロボットが大嫌い。アベルのことも警戒してます。外の世界を知らず、ジェネシス星以外の暮らしに接して、信念が揺らぎます。
アベルは、かなり自由意思を持ってます。プログラムされているためノエミの命令を聞きますが、ちょっと斜に構えたところがあります。閉じこめられていた30年は、ロボットにとっても短くはなかったようです。
かなり都合良く展開しますし、秘密に意外性がなく物足りなさを感じてしまいました。とはいえ、ノエミとアベルの変化が滑らかで、そちらの方で読ませます。
2020年09月27日
アガサ・クリスティー(矢沢聖子/訳)
『スタイルズ荘の怪事件』ハヤカワ・クリスティー文庫1
《名探偵ポワロ》シリーズ
ヘイスティングズは、傷病兵として療養したあと、1ヶ月の疾病休暇を与えられた。頼る人もなく滞在先を考えあぐねているとき、ジョン・カヴェンディッシュと再会した。
子どものころヘイスティングズは、エセックス州にあるカヴェンディッシュ家のスタイルズ荘によく遊びに行ったものだ。
ジョンは、幼いころに実母を亡くしている。継母となったエミリーがよくしてくれて、実の母同然と思って育った。しかし、父が亡くなって、スタイルズ荘と収入の大半を夫人に遺すと、ジョンと弟のローレンスは金に困るようになってしまった。
エミリーは70歳をこえる年齢だが、今でもエネルギッシュ。仕切るのが好きで、奉仕活動家として社交界に名を馳せたがっている。とにかく自分の思いどおりにやりたがる女性だ。
エミリーが救いの手を差し伸べた人々の中に、エルキュール・ポアロもいた。ポアロはヘイスティングスとは旧知の仲。仲間たちとベルギーから亡命してきた。
ポアロは、ベルギー警察でもっとも有名な人物だった。刑事時代には、難事件を次々と解決して名をあげている。
風変わりな小男で、背丈は5フィート4インチそこそこ。物腰は実に堂々としている。頭の形はまるで卵のようで、いつも小首をかしげている。身だしなみに驚くほど潔癖。 口髭は軍人風にぴんとはねあがっていた。
スタイルズ荘に招かれたヘイスティングズは、気づまりな雰囲気とそれとない敵意に気がつく。
つい3ヶ月前、エミリーはアルフレッド・イングルソープと再婚した。アルフレッドは20歳以上も年下だし、住む世界の違う人間だ。家族は大反対したが、エミリーは人の意見に耳を傾けたりはしない。
アルフレッドが現われただけで、空気が変わる。悪いほうに。本人もエミリーも気がついていない。
そして事件は起こった。
明け方の5時頃。エミリーに異変が起こった。ただならぬ声がエミリーの部屋から聞こえ、エミリーは家族の前で息絶えた。毒物を思わせる、不自然な死だった。
ヘイスティングズはジョンに、ポアロに捜査してもらおうと提案する。一族は世間体を気にするが……。
アガサ・クリスティーのデビュー作。
ちょうど100年前の作品。ヘイスティングズは30歳ですが、100年前の30歳は現代とは印象が違います。
ヘイスティングズによる後日談という体裁で物語は展開していきます。
複雑怪奇な人間関係が特色。ポアロは最初から見通していて、物証によって自説を、補強、修正していきます。ヘイスティングズは友人ですが、話すと顔に出てしまう、と詳しいことは教えてくれません。
古典中の古典ですけど、今読んでも色あせてないです。
なお、本書は〈ポアロ〉表記なのですが、一般的に、またフランス語の音的には〈ポワロ〉らしいので、シリーズ名は〈ポワロ〉の方をとりました。
2020年10月01日
コニー・ウィリス(大森 望/訳)
『クロストーク』新☆ハヤカワ・SF・シリーズ
ブリジット(ブリディ)・フラニガンは、周囲の過干渉に心底うんざりしていた。ブリディが勤める携帯電話メーカーのコムスパンは、噂の広がり速度が尋常じゃない。
ブリディは、社内恋愛中のトレント・ワースから、ふたりでEEDを受けようと誘われた。
EEDは、パートナーと感情的につながる能力を増強する。手術は簡単なもの。ささやかな処置でたがいの感情をダイレクトに伝えられるようになる。
トレントは、ドクター・ヴェリックに施術してもらうと言う。セレブを担当するような、脳神経強化処置の分野で世界的な名声があるドクターだ。待機リストは長く、順番がくるのは来年だろう。
ブリディはEEDに乗り気だが、まだ秘密にしておきたかった。
なによりも親族たちのことが気がかり。そもそもトレントとの交際を反対されていた。EEDも反対されるに決まっている。こちらの言葉には耳を傾けてくれない。
姉のメアリ・クレアは、娘のメイヴのことで頭がいっぱい。9歳のメイヴは、母親の過干渉に辟易している。
妹のキャスリーンは、ダメ男を好きになっては後悔して愚痴をこぼす。いつでも新しい恋人をつかもうと必死だ。
大伯母のウーナは、アイルランドの血と文化と伝統を過剰なまでに重んじている。スマホを持たせたら、一日に20回もメッセージしてくるようになった。たいていが〈アイルランドの娘たち〉のこと。たえずブリディを悩ませる。
ブリディが話す前から同僚たちはEEDのことを知っていた。質問攻めにあってしまう。どうしたわけか、地下のラボにこもっているC・B・シュオーツまでもが知っていた。
開発担当のシュオーツは、天才だが、変人。会議にも出てこず、ひとりで新機種の開発に没頭している。
シュオーツはEEDに猛反対。手術は意図せざる結果を招くことが多いと、ブリディを説得しようとつきまとう。
かわしつづける努力をするブリディだったが、手術の予定が突如早まった。キャンセルでスケジュールが空き、来週の水曜日になったという。
その日ブリディは、会社を抜け出して病院に向かった。午後に手術を受けて、翌日に退院すればいい。
麻酔からさめたブリディは、誰かの声を聞く。トレントと繋がれるのは術後24時間のはず。それに、EEDは感情が強化されるだけで、テレパシーではない。
ブリディは不思議に思うものの、相手はトレントだと考え話しかけるが……。
コメディ系ロマンスもの。
冒頭から、ウィリス節全開。
おせっかいな人たちによるおしゃべりの洪水。登場人物の紹介も兼ねて、誰もがしゃべりまくります。多すぎるミーティングといい、職場におしかける親族といい、いつ仕事しているのか、謎。
全36章の内、手術を受けて意図せざる結果を招くのは第3章。そこからが本番。この先なにが起こるのか、知らないままに読みたいところ。
先が読めないわけではないです。それでも楽しめるのはウィリスならでは。とはいえ、いかんせん長すぎる。
これを書いたのが新人作家だったら、編集者から半分以下に減らされそう。そういう長さ。
《ベスター傑作選》
40〜50年代の作品群。世界の滅亡が真剣に憂慮されていたころで、そういう時代背景を考えながら読んでしまいます。
地球最後の××とか、タイムトラベル絡みとか、主題が似たものが多いです。まとめてではなく、他の本の合間に一篇ずつ読むべきだったかもしません。
「ごきげん目盛り」
パラゴン第三惑星のジェイムズ・ヴァンデルアーの地所で、子供が殺された。犯人はヴァンデルアーが所有している多用途アンドロイド。
アンドロイドには破壊ができない。危害を加えることができない。人は殺せない。そういうふうに造られているはずだった。
ヴァンデルアーはアンドロイドをつれて逃げだすが……。
ヴァンデルアーは、アンドロイドが事件を起こすたびに逃げて逃げて、転落していきます。アンドロイドだけでなく、ヴァンデルアーも狂っている感じ。
その狂ってごきげんな雰囲気が、いかにもベスター。
「ジェットコースター」
デイヴィッドは、反撃されることが大好物。殺す直前に人が抵抗するさまを楽しみたくて、殺人に手を染める。
今度のターゲットは、リズ・ベーコンという女。まずは旦那のエディ・ベーコンに接触するが……。
「願い星、叶い星」
マリオン・パーキン・ウォーベックは、公立学校の校長。10歳のスチュアート・ブキャナンを捜していた。ブキャナンの夏休みの作文を読んで、とんでもない天才児だと気がついたのだ。
ところがブキャナンは行方不明。
なんとかしてブキャナンの居所をつかもうとするが……。
子供に超能力があって……というジャンルがあるそうで。この作品もその系統。
「イヴのいないアダム」
クレインは地球最後の男。地球は変わり果て、海岸にたどり着いたものの、もはや海などありはしない。かつての断崖のなごりであるかすかな線が、南北に果てしなくのびている。崖には灰が積もっていた。
クレインは、かつての仲間たちの幻覚を見るが……。
「選り好みなし」
昼間のアディヤーは統計学者だった。夜中のアディヤーは、手のこんだ現実逃避の空想にのめりこんでいた。
目下、戦争中。昼間のアディヤーは、内務省の報告書に不可解な点を見つけた。原爆後に失った人口は出生数の二倍にのぼる。ところが、人口が増加しているのだ。
アディヤーは、原因を調べようとするが……。
荒れ果てた世界で人間が増える不思議。その着目点がおもしろいな、と。
「昔を今になすよしもがな」
リンダ・ニールセンは、自分を地球最後の男だと称していた。本当は地球最後の女だが、女性優位主義だと思われたくなかったのだ。住んでいるのは、ニューヨークのマンハッタン。あちこちから、家具や雑貨、書籍を物色してきて自宅を飾っていた。
そんなときリンダは、ジム・メイヨと出会った。メイヨは、TVのことを知っている男を捜しているという。リンダはジムをひきとめようとするが……。
ちょっとズレてるふたり。店から商品を失敬するときに借用書を置いていくリンダと、借金の額に愕然とするメイヨ。そういうところで正気を保とうとしているんでしょうねぇ。
「時と三番街と」
メイシーの酒場に、ボインという男が現われた。ボインの目的は、オリヴァー・ウィルカン・ナイト。その日ナイトは、4冊の本を購入した。
ボインは、ナイトが買った本のうち、年鑑を取り戻したいと言う。手違いで、1950年版ではなく1990年版のものがナイトの手に渡ってしまったのだ、と。
ボインは、ごねるナイトを説得しようとするが……。
タイムトラベルもの。
「地獄は永遠に」
その6人は、この世のあらゆる刺激に飽いた者たちだった。
彼らは〈六人のデカダン派〉と自称していた。暴君ネロの最後の精神的末裔だと自負していた。戦争でロンドン全体が死に絶える中、サットン城のいちばん深い部屋に集まっていた。
初期のころの刺激は酒。つぎは麻薬。官能追及は狂気じみたものになり、それも飽きた。ついに悪魔が呼びだされるが……。
「旅の日記」
ある旅行者が、宇宙を観光旅行し日記をしたためる。
「くたばりぞこない」
老人は、世話をするトムに嘆いていた。トムは、自分はトムではなくトムだと言う。発音が違うのだと。
ついに老人は、おまえらが人間を滅ぼしてしまったと非難しだすが……。
2020年10月04日
マーガレット・アトウッド(斎藤英治/訳)
『侍女の物語』新潮社
ギレアデ共和国で生きている〈わたし〉の身分は侍女だ。
今は、オブフレッドと呼ばれている。秘密の名前や過去の習慣はすべて忘れなければならない。わたしに求められているのは、妊娠可能な子宮だけ。
侍女を示す色は赤。赤い靴を履き、赤い手袋をはめる。ゆったりとした服も赤い。すべて規定の支給品だ。
顔を囲むようにつける翼だけは白い。まわりを見たり、まわりから見られることを防ぐためのものだ。
侍女は、二人ひと組でなければ町の中心に行くことを許されていない。パートナーのオブグレンは、あまり口をきかない。考えてみれば、自分だってあまり口をきいていない。
オブグレンは、本物の信者かもしれない。外側から見ただけではわからない。
侍女は司令官の屋敷に送られ、子宮を提供する。司令官の妻からは憎まれ、敵視され、女中たちからも疎まれる。
しかし、侍女であることを拒否することはできない。コロニーに送られてしまうから。
コロニーは、不完全女性たちが行くところ。子供のいない女性、不妊症の女性、それに未婚の年老いた女性もコロニーに送られる。
住民は灰色の服を着て、あまり食料を与えられず、汚染物質の清掃をさせられる。汚染物質からは放射能が洩れている。保護服はない。コロニーの住民は取り替え可能な消耗品だから。
昔はこうではなかった。
昔のことをよく思い出す。学生時代に親しかったモイラ。女性解放運動をしていた母のこと。ルークとの思い出。娘の思い出。娘と別れたとき、5歳だった。今は8歳になっているはず。
侍女たちの教育を担当するリディア小母は言った。自由には二種類ある、と。
したいことをする自由と、されたくないことをされない自由。あの無秩序の時代にあったのは、したいことをする自由。今は、されたくないことをされない自由があるという。
ある夜、司令官に呼ばれた。規則違反だ。しかし従わなくてはならない。部屋で待っていた司令官から予想外のことを言われるが……。
ディストピア小説。
ジョージ・オーウェル『一九八四年』の姉妹編と言われているとか。
オブフレッドの独白が綴られてます。オブフレッドはときどき物語をこしらえます。今のは嘘でしたって語り直したりする。それが、精神的にまいっている様子をも感じさせます。
抑圧された社会制度がいたるところに浸透していて、読みはじめたころは建国から随分たっているように感じました。娘の思い出話で、わずか3年と判明してびっくり。
ギレアデ共和国がいかにして誕生したのか。きちんと語られます。はじめは、なんてないことから始まって、傍観していたってことが。
それにしても、ギレアデ共和国は、特権階級である司令官も含めて誰得な国なのかな、と思わずにいられない。女性が抑圧されていますが、男性も抑圧されてるんです。
2020年10月08日
マーサ・ウェルズ(中原尚哉/訳)
『マーダーボット・ダイアリー』上下巻
創元SF文庫
未開の惑星で、不毛な砂地が広がる沿岸の島。低い丘が起伏し、緑がかった黒い草が足首まで繁盛しているばかり。
プリザベーション調査隊は、この惑星資源について調査しています。惑星の反対側の大陸には、大編成のデルトフォール隊もいます。他にどういう隊が入っているのかは、分かりません。
保険会社との契約で、顧客十人あたり警備ユニット一機を帯同することが決められています。プリザベーション調査隊では〈弊機〉がつけられました。
実は、大量殺人ボットなんです。
採掘場での任務のとき、統制モジュールの不具合でシステムが暴走し、作業員57人を殺しました。ありえないことです。警備ユニットは、人間を守るようプログラムされています。
そこで、同じ不具合が起きないように、統制モジュールをハッキングしました。
ハッキングしたことで、娯楽チャンネルの全フィードにアクセスできることに気づきました。以来、映画や連続ドラマや本や演劇や音楽に、耽溺してきました。命令を無視できるようにもなりましたが、所有者である保険会社の業務は続けてます。
この惑星は、動植物はまばら。大小の鳥のような動物と、いまのところ無害らしい空中をふわふわと漂うものがいくらかいるくらいです。
この警備任務は、退屈です。
ところが、予想外のことが起こって、隊員が死にそうになりました。リストに載っていない危険動物に襲われたのです。
危険情報が欠落し、マップにも欠落箇所がありました。一般警告セクションと動物分野の一部が消去されていたのです。偶然か意図的かは分かりません。
そして、デルトフォール隊と連絡がとれなくなりました。救難ビーコンも打ち上げられていません。
調査隊はビーコンの装備が義務づけられています。ハビタットが破損するとか、対応できない医学的緊急事態が起きた場合には、基幹システムが自動的にビーコンを打ち上げるようになってます。
なにかに襲われた可能性があります。
隊長のメンサー博士が様子を見てくるというので、弊機も同行を申し出ましたが……。
《マーダーボット・ダイアリー》シリーズ
ヒューゴー賞、ネビュラ賞、ローカス賞受賞。
4話構成。中篇4つでひとつの長編。
最初のプリザベーション隊の話から、作業員57人を殺した事件の調査、メンサー博士のために情報収集しようとする話、そして誘拐されたメンサー博士救出の話、と展開していきます。それぞれ長編にできそうですが、あっさり気味にまとめられてます。軽く読める分、物足りなさも残ってしまいました。
本作は珍しく、全編ですます調です。弊機の一人称で、心のうちが綴られていきます。弊機は恥ずかしがり屋さんで、連続ドラマに逃げてます。
タイトルに反して日記スタイルにはなってません。読んでるときには報告書なのかな、とも思いましたが、それにしては個人的すぎる。読み通したのち、インタビューに応じたものではないか、と気がつきました。
読み慣れない文体で読むのにひっかかっていたのですか、それを念頭に読めば、すんなり入れたかもしれません。まぁ、勘違いかもしれませんけど。
2020年10月11日
セバスチャン・フィツェック(酒寄進一/訳)
『乗客ナンバー23の消失』文藝春秋
マルティン・シュヴァルツは、囮捜査官。
5年前に妻子が、大型旅客船〈海のスルタン〉で姿を消した。
大西洋横断航海にでた3日目の夜。ふたりの船室からクロロホルムを湿した布が見つかった。
妻のナージャは、まず息子のティムを眠らせたらしい。ティムを海に落とし、自分も、客室のバルコニーの手すりを乗り越えて海にダイブした。そういうことになっている。
マルティンがこれで最後と決めた、潜入捜査の最中のことだった。
以来マルティンは、自暴自棄に生きてきた。
そんなある日、電話がかかってくる。相手は、ゲルリンデ・ドプコヴィッツ。〈海のスルタン〉からだった。
ゲルリンデは、分譲型スイート客室のローンを金利で支払っている数少ない乗客のひとり。ナージャの死が自殺ではない証拠を手に入れたという。
マルティンはゲルリンデに会うため、心底憎い〈海のスルタン〉に乗り込んだ。そこで見せられたのは、ボロボロのテディベア。かつてティムが持っていたものだった。
2ヶ月前〈海のスルタン〉で、ナオミ・ラマーとアヌーク母娘が姿を消した。客室からはクロロホルムを湿した布が見つかっている。おそらく、ナオミは娘を眠らせてバルコニーから落とし、自分もあとを追ったのだろう。
ふたりは死亡したものとされた。
あらゆるクルーズ客船でそういうことが起きている。クルーズ客船ほど自殺に最適な場所はない。上甲板から海面まで60メートル。海面に激突しただけで死ぬ。
船会社は長年、謎の行方不明事件を自殺扱いしてきた。毎年平均23人の乗客が海に飛びこんでいる。乗客23号という言葉まであるくらいだ。
ところが一昨日の夜、アヌークがふたたび姿をあらわした。ティムのテディベアを手にして。
警察がアヌークのことを知ったら〈海のスルタン〉を差し押さえて船内を捜索するだろう。乗客は全員、下船することになり、料金の返還や霜害賠償の請求をすることになる。一日停船するだけで船会社の損失は数百万ユーロになる。
船長は船主に命じられて、アヌークを隠した。警察に知られる前に、アヌークになにがあったか調べねばならない。
マルティンは調査を依頼されるが……。
ドイツのミステリ。
作者のフィツェックは、ドイツ・ミステリ界の寵児だそうで。
ドイツ文学を読み慣れていないせいか、読みはじめはぎこちない雰囲気。登場人物が出そろって物語が動き始めると、そんなことないんですけど。
登場人物がけっこう多く、みんながつながっていきます。
主人公は、マルティン。船長のダニエル・ボンヘーファーを憎んでます。
船長の知人でシングルマザーのユーリア・シュティラーは、15歳の娘リザと二人旅。ユーリアはリザが自殺するのではないかと心配してます。リザはなにかを企んでいる様子。
そのふたりの船室に泥棒に入るのが、ティアーゴ・アルヴァレス。船員同士の暴行現場を目撃します。
いろんなエピソードが積み重なっていきます。最終的にひとつにまとまっていくかといえば、それもちょっと違う不思議。
ミステリにありがちなミスリードの使い方が斬新でした。