《(株)魔法製作所》シリーズ
キャスリーン(ケイティ)・チャンドラーは、テキサス出身の26歳。学生時代からの親友、ジェンマとマルシアの3人でニューヨークのアパートをシェアして1年ほどがたつ。
実は、ケイティは魔法が通用しない免疫者(イミューン)。ときどき見かけたエルフや妖精や魔法使いは実在している。今では、株式会社MSI(マジック・スペル&イリュージョン)の同僚だ。
ケイティは、ずっと気になる存在だった魔法使いのオーウェン・パーマーに告白されて大喜び。オーウェンは、素晴らしくハンサムで、頭がよくて、パワフルで、しかも信じられないくらい性格がいい。ただし、かなりシャイ。
ふたりはカジュアルな最初のデートとして、コーヒーショップで土曜のブランチを食べる約束をする。ところが、早めについたケイティを待っていたのは
フェアリーゴッドマザーだった。
名前はエセリンダ。本物の恋を見つける手助けをするという。
ケイティは、人生でもっとも必要ない時期だと呆れてしまう。エセリンダにお引き取りいただくが、どうも諦めたようには思えない。
珍しく遅れてやってきたオーウェンは、動揺していた。MSIで不都合なことが起こり、出社しなければならなくなったのだ。代わりに日曜のディナーを約束して別れた。
はじめての正式なデートだ。ケイティが服装に迷っているとき、エセリンダが現われる。エセリンダから、とても素敵で美しいニットドレスを贈られて、ケイティも大満足。
オーウェンが案内してくれたレストランも、上品で感じがよかった。ところが火事があり、スプリンクラーでずぶ濡れになってしまう。避難したものの、ふたりは火事が、本物ではなく魔法によるものだと気がつく。
トラブルはこれだけではなかった。ふたりがデートしようとする度に、謎めいた事件が発生する。
オーウェンの考えでは、MSIに敵対するフェラン・イドリスが関わっている。だがケイティは、エセリンダのことが頭をよぎっていた。
エセリンダは思い込みが激しく、時代錯誤なところがある。
しかしケイティは言い出せない。フェアリーゴッドマザーと交友しているなんて、必死すぎるではないか。エセリンダのことを臆し通そうとするが……。
シリーズ三冊目。
物語がはじまるのは、前巻『赤い靴の誘惑』の翌日から。ほぼ続いているので、連続して読めばよかったと後悔。
エセリンダが絡む騒動が続きますが、イドリス関連でも新展開あり。さらに、ケイティがオーウェンの実家に行くイベントもあります。
オーウェンは孤児で、ジェイムズとグロリアのイートン夫妻に育てられました。この夫妻は、とても厳格で気難しく格式を重んじるタイプ。虐待はしないけど温かみもなし。
ただ、今作では人物紹介に留まります。
続刊につながりそうな、あからさまな伏線が盛りだくさんでした。さなざまな謎と未解決問題を遺したまま終了します。
シリーズものなので、そういう巻があるのは仕方ないのでしょうけど。
2020年08月08日
ユーン・ハ・リー(赤尾秀子/訳)
『ナインフォックスの覚醒』創元SF文庫
宇宙に版図をひろげる専制国家・六連合は、〈暦法〉によって領域を支配していた。
〈暦法〉というシステムは、高度な数学で算出された優暦に基づき、集団行動によって超物理的な力を発揮する。通常の物理法則すら超越するゆえに、優暦の順守を求めるのが六連合の方針だ。
優暦は、各地の砦を拠点にして六連合全体に行き渡っている。
ところが、中枢といってよい尖針砦が異端の手に落ちてしまった。暦法腐蝕に侵されたのだ。通信施設が抑えられ、内部のようすはまったく分からない。
砦を奪還するには、鉄壁ともいえるシールド〈不変氷〉を破壊しなければならない。〈不変氷〉は暦法に依存しないため、今でも機能している。
部隊の派遣が決まり、指揮官の候補として何人か将校の名があがった。もっとも優れた作戦案を呈示した者が指揮官になる。
その中に、チェリスがいた。
チェリスはケルの中隊長にすぎない。
ケルは、連合を構成する六つの属のひとつ。六連合の剣はシュオスとケルだが、ケルは武力行使を伴う比較的短期の作戦に臨み、シュオスは諜報をメインとする長期の作戦に従事する。
チェリスは数学の天才だった。他の属も選べたが、ケルに決めた。ケルに数学の才能のある者がいるのは珍しい。
チェリスは、自分が場違いな存在であることは理解していた。ケル司令部が求めていることを考え、大胆な策を献上する。
ケルの武器庫には、黒いゆりかごがあった。398年前から、シュオスのジェダオ大将の霊体が入っている。
ジェダオは裏切り者だ。史上最高の戦略家で、反逆者、大量殺人犯。
五度にわたる戦闘で、ケル軍を率いて反乱軍を制圧した。だが、獄渦砦で狂気に陥った。敵味方なく殺戮し、捕らえられ、霊体となって黒いゆりかごに収められた。
399年前、ジェダオは〈不変氷〉を叩き割っている。
提案したのはチェリスだったが、その前からジェダオの解放は決まっていた。チェリスはジェダオの錨体にされてしまう。
黒いゆりかごの霊体は、錨体に憑かなければ活動できない。
ジェダオがチェリスの思考を読むことはできない。だが、見聞きすることはできる。一度に全方位を見渡せる。身体の反応や動きからチェリスの考えを読むことは可能だ。
チェリスは名誉大将として、艦隊をひきいることになるが……。
宇宙SF。
ローカス賞受賞作。
世界設定は複雑ですが、思ったよりもすんなり読めました。警戒して、先に解説と用語集にあたっていたのがよかったのかもしれません。
ジェダオがけっこうおしゃべりで、物腰が柔らかく、チェリスを教育しようとします。弱点は、数学の才能がない、ということ。
チェリスとしては、獄渦砦の真相が知りたいところ。ジェダオをおそれますが、克服していきます。
作中、ポイントになっているのが、僕扶と呼ばれるロボットたち。知能を持ってます。
その後、本作は三部作に拡張したそうで。実際、まるで始まりのような終わり方をします。どうも釈然としない。
《通い猫アルフィー》シリーズ
アルフィーは通い猫。エドガー・ロードを本拠地にしている。 本宅は、ジョナサンとクレア夫婦の家。サマーとトビーという子どもたちがいる4人家族だ。ジョージという仔猫を迎え、アルフィーも父親気分でいる。
クレアの大おばさんが亡くなり、ノース・デヴォンのリンストーにある家を遺してくれた。
〈海風荘〉という名前の大きな家で、子どものころのクレアはこの家が大好きだった。何日もピーチで過ごし、芝生で遊んだものだ。家には楽しい思い出がいっぱいある
クレアは、リンストーで過ごした子ども時代の夏に思いを馳せ、わが子のために〈海風荘〉を持っていたいと考えた。
だが、おばさんは認知症で施設に入っていたのだ。ずっと放置されていた〈海風荘〉は、手を入れる必要がある。
ジョナサンは金銭的な心配をしていた。これから子どもたちの学費などがかかってくるのだから。
話を聞いたポリーが、解決策を提案する。
アルフィーを介して繋がっているみんなで、力を合わせればいい。インテリアコーディネーターのポリーには、内装のリフォームを仕切ることができる。みんなで少しずつお金を出し合えば〈海風荘〉を修繕して休暇を過ごすのに使えるはずだ。
ジョナサンは説得され、クレアも子どもたちも大喜び。6週間の夏休みを〈海風荘〉で過ごしながらの工事がはじまる。
そんなところに、隣に住むアンドレアが尋ねてきた。
アンドレアは〈海風荘〉を買い取りたいという。それも、いますぐに。断るクレアにアンドレアは、欲しいものは必ず手に入れると言い放つ。
クレアたちは困惑するが……。
シリーズ4作目。
前作とのつながりはほぼありませんが、いかんせん登場人物が多すぎる。いきなり読むのは厳しいと思います。
今回は、アンドレアがかなりキツイ。最後にはまるく収まる雰囲気はあるのですが。アンドレアの動機が分かってから読み返すと、ちょっと違う見方ができるようになります。
アルフィーは、妨害工作をするアンドレアの仲間を監視したり、空き屋だった〈海風荘〉に住みついていた野良猫ギルバートと親しくなったりと大忙し。さらに、ジョージが、アンドレアの猫シャネルに一目惚れ。シャネルの言動を曲解して、ストーカーと化します。
このジョージ、前作での登場時に生後3ヶ月でした。その後、クリスマスを過ぎて夏休みシーズンに入りましたが、相変わらず仔猫っぽい。書き分けの問題なのか、そういう個性なのか。
気になる……。
2020年08月13日
スチュアート・タートン(三角和代/訳)
『イヴリン嬢は七回殺される』文藝春秋
気がつけば、頭の中は空白だった。
アナの名前を叫んでいたことは間違いないが、その理由は思い出せない。自分の名さえも頭に浮かばない。
森で立ち尽くしていた。どうやら走っていたらしい。助けを求める女の声と銃声が聞こえたが、なにもできなかった。
森を歩いた先に、ジョージアン様式の広々とした屋敷を見つけた。そこで自分の名前がセバスチャン・ベルだと教えられた。
ここはハードカースル卿の〈ブラックヒース館〉。ベルは招待客のひとり。アナのことが心配でならないが、招待客の中にアナという名のものはおらず、訴えは空回りしてしまう。
屋敷の人々は、招待客も使用人も重苦しい。
19年前、〈ブラックヒース館〉で殺人事件があった。
湖で殺されたのは、ハードカースル卿の長男トマス。そのときトマスは7歳。3つ上の姉イヴリンが、トマスの世話をしているはずだった。
19年がたち、ハードカースル卿夫妻は、屋敷をふたたび開けてトマスの命日を悼むと決めた。事件が起こった場所で、あの日ここにいたのとまったく同じ客たちを招待し、仮面舞踏会を開く。パリで暮らしていたイヴリンが帰ってくる祝いと称して。
ベルは、自身の、記憶がなくなる前の行動をたどろうとするが、うまくいかない。
戸惑うベルの前に、中世の〈黒死病医師〉の装いをした男が現われた。じきに〈従僕〉が、ベルに危害をくわえにくるという。男は謎めいた言葉を遺して去る。
男の言葉どおり、ベルは〈従僕〉に襲われてしまう。
意識をなくしたベルが気がついたとき、朝になっていた。部屋から出て目撃したのは、セバスチャン・ベルの姿。
自分は執事のロジャー・コリンズになっていた。そして、画家のグレゴリー・ゴールドに襲われてしまう。
気絶したコリンズが気がつくと、天蓋つきのベッドで眠っていた。朝の3時すぎ。そこには〈黒死病医師〉の意匠の男がいた。
最初はベル。その次はコリンズ。今日はドナルド・デイヴィス。
この同じ日は8回繰り返され、8人の異なる宿主の目を通じて〈ブラックヒース館〉を見ていくことになる。これから脱出する方法はただひとつ。
今夜の舞踏会で人が殺される。殺人には見えないから犯人も捕まらない。この非道を正せば、出口が示される。
〈黒死病医師〉に不信感を抱くデイヴィスは、屋敷から逃走をはかるが……。
SFミステリ。
基本は、イングランドのカントリーハウスを舞台にした殺人事件。そこに、同じ期間が繰り返されるループが加わってます。
そのループも単純なものではなく、同一人格が異なる宿主を経験するスタイル。しかも、宿主の性格や知能に引きずられてしまうので、その都度、異なる視点から事件を見ることになります。
殺されるのは、イヴリン嬢。
ちなみに、主人公の本名はエイデン・ビショップ。エイデンが〈ブラックヒース館〉のループに捕らえられた理由も明かされます。
けど、その背景の真相がどうも釈然としない。仕掛けがとてもおもしろいだけに、付け足したような印象が残ってしまいました。
舞台仕掛けの説明なしに、イヴリン殺人事件に絞ってもらった方がすっきりしたかもしれません。それはそれで納得しがたい結果になりそうですが。
2020年08月18日
フォンダ・リー(大谷真弓/訳)
『翡翠城市』新☆ハヤカワ・SF・シリーズ
《グリーンボーン・サーガ》第一作
ケコンは、特殊な翡翠を産出する島。
ケコン産の翡翠は強い魔力を秘めていた。翡翠は人知を超えた能力をもたらしてくれる。だが、それを身に着ける者を破壊してしまう。
ケコン人だけが翡翠に対する耐性を持っていた。それでも使いこなすには、何年もの厳しい訓練が必要だ。訓練ののち魔力を手なずけた者たちはグリーンボーンと呼ばれた。
グリーンボーンたちは〈柱〉を頂点にした組織を形作る。
〈柱〉の右手と左手になるのが、〈角〉と〈日和見〉。それぞれが、組織の軍事部門と経済部門を担う。
〈角〉は、縄張りとそこの住人をほかの組織や路上犯罪から守る。そして〈日和見〉は、裏で活躍する参謀として戦略を練り、金の流れを管理している。
かつてケコン島は、ショター帝国に支配されていた。グリーンボーンたちが〈一山会〉に結束して抵抗し、独立を勝ちとったのはそれほど昔ではない。ところが、ショター帝国にも揺るがなかった〈一山会〉は、経済の前に瓦解した。
〈一山会〉はコール家の〈無峰会〉とアイト家の〈山岳会〉に分裂し、今でも、微妙な均衡のもと水面下で勢力争いを続けている。
コール・ランシンワン(ラン)は〈無峰会〉の〈柱〉。多国大戦で〈ケコンの炎〉と讃えられたセニンタン(セン)の孫。父を早くに亡くし、35歳にして、ようやく祖父から〈柱〉を継いだ。自分の考えを持っているが、いまだに〈柱〉の気分でいる祖父を退けられずにいる。
このところ〈一山会〉が、均衡を破ろうとしていた。ランは慎重に対処しようとするが……。
世界幻想文学大賞受賞作。
主人公はランではなく、ランの弟のヒロシュドン(ヒロ)。かなり群像劇っぽくもありますが、ほぼ〈無峰会〉視点で展開していきます。
ヒロは、コール家の次男で27歳。史上最年少で〈角〉を努めてます。かなり人望がありますが、政治は苦手。ちょっかいを出してくる〈一山会〉にやり返したくてうずうずしてます。
シェイリンサン(シェイ)は、コール家の末娘。〈日和見〉候補でしたが、エスペニア人と駆け落ち。翡翠を断って、彼氏とはけっきょく別れますが、エスペニアで経営学大学院に通ってました。帰郷するものの、コール家とは距離をおこうとします。
エメリー・アンデンは、コール三兄妹の従弟。まだ訓練中。孤児となりコール家に迎えられて育ちますが、立場は微妙。ハーフで、母親は翡翠の毒にやられて発狂してます。
異彩を放つのが、ふつうの人間である不良少年のベロ。登場時は翡翠泥棒でした。翡翠に触れたことで魅了されてしまいます。
宣伝文句は「21世紀版ゴッドファーザー×魔術」。雰囲気はアジア。「仁義なき戦い」が頭をよぎってました。
ケコンの習慣やら風俗やら信仰やら、きちっと構築されてます。その中で、シェイが生き方を模索してたり、エメリーが翡翠に怖れを抱いていたり、さまざまなテーマが現われます。
ですが、あくまで主軸は〈無峰会〉と〈山岳会〉の抗争です。
〈山岳会〉の〈柱〉は、グリーンボーンたちをひとつにまとめる野望を抱いてます。〈無峰会〉は、規模も財政も不利な状況。それをどう撥ね除けるか、というのが語られていきます。
2020年08月22日
ギヨーム・ミュッソ(吉田恒雄/訳)
『ブルックリンの少女』集英社文庫
ラファエル・バルテレミは、フランスの人気小説家。3週間後に、アンナ・ベッケルとの挙式を控えている。
ラファエルには、気になることがあった。アンナは過去のことを聞こうとするたび、話題をそらす。なにか隠しているとしか思えない。
ラファエルは聞き出そうとするが、口論になってしまう。そして、怒ったアンナから一枚の写真を見せられた。
ラファエルは動転してしまう。理解を超えていた。衝撃のあまり冷静さを欠いたラファエルは、立ち去ってしまう。
しかし、すぐに思い直した。アンナの説明を聞かずに去ることなどできない。
20分後に戻ったラファエルだったが、そこにアンナの姿はなかった。あたりは荒らされ、携帯電話にも応答はない。ラファエルはアンナのことが心配で仕方がない。
ラファエルはマルク・カラデックに相談した。マルクは、組織犯罪取締班の元警部。
アンナは大人の女性だ。捜索届けを出したところで、警察はたいしたことをしてくれない。ラファエルは自力でアンナを探すことに決めた。マルクも手伝ってくれるという。
アンナの住まいを訪れたふたりは、札束が詰まったバッグと偽造身分証明書を見つける。まったく知らない名前のものだった。
アンナはいったい誰なのか。
指紋から、アンナの身元が明らかになった。アンナの本名は、クレア・カーライル。クレアはかつて、ブルックリンの少女と呼ばれていた。
11年前。
14歳のクレアが誘拐された。クレアは、アメリカからフランスに語学留学中。公開捜査されたが成果はなかった。
それから2年。
人里離れた一軒家で火災が発生した。建物内全体にガソリンが撒かれていたらしい。1階で死んでいた男は、大量の睡眠薬と抗不安薬を飲みくだしていた。
現場からは、他にも焼死体が発見されている。地下に独房があり、3つの部屋に、それぞれ手錠で繋がれた遺体があった。いずれも2年半のあいだに行方不明になった少女たちだった。
犠牲者以外のDNAも検出された。そのうちのひとつが、クレア・カーライルのもの。けっきょく遺体は発見されなかったが、誰もが、クレアは殺されていると考えた。
クレアは生きのびていたのだ。
マルクがフランスで調査を続ける一方、ラファエルはクレアの出身地に向かうが……。
フレンチ・ミステリ。
ラファエル視点で展開していきますが、マルクも存在感があります。マルクがもうひとりの主人公と言ってもいいくらい。
アンナはラファエルの前から消えましたが、どうやら何者かに監禁されていたらしく、その監禁場所から誘拐される、という謎展開が待ってます。殺人事件も発生し、過去の殺人も明らかになります。
事件の背後にあるものは、かなり推測しやすいです。その点では読みやすいと思います。
アンナがたどってきた道のりが語られて、物語ですから、きちんと終わりがあります。その結末が、どうも釈然としないのです。
あなたたちはそれでいいかもしれないけど、こっちの人たちのことは?
いろいろ練ってあって、おもしろいんですけどね。
《(株)魔法製作所》シリーズ
キャスリーン(ケイティ)・チャンドラーは、魔法が通用しない免疫者(イミューン)。ニューヨークの株式会社MSI(マジック・スペル&イリュージョン)で、エルフや妖精や魔法使いと一緒に働いている。
ケイティは、魔法使いのオーウェン・パーマーと恋人同士になって大喜び。しかし、看過できない問題が発生した。
偉大な魔法使いマーリンが率いるMSIは、魔法界の不文律に従わないフェラン・イドリスの対処に苦慮している。敵対する両者は激突したが、オーウェンはケイティを助けるために、イドリスを取り逃がしてしまった。
ケイティとしては心中複雑。自分はオーウェンの最大の弱点となってしまったのだ。ケイティはマーリンと相談し、しばらくニューヨークから離れることに決めた。
それから3ヶ月。
ケイティは故郷のコブに帰り、実家のチャンドラー農業用品店を手伝っている。コブは魔法のパワーラインから外れたところ。地上で最も魔法に縁のない土地だ。
ところが、母が信じられないものを見たと言う。
本人は知らないが、ケイティの母もイミューンだ。魔法によるまやかしなどは通用しない。
その母が言うには、郡庁舎の前の駐車場で人々が踊っていたらしい。街灯が突然消えてもとに戻ったことや、広場の像が動きだしたところも目撃したという。
調べに行ったケイティは、どう見てもこの場所に不釣り合いな人物を発見する。コブに魔法使いがいたのだ。それも、イドリスのものとよく似た魔術の使い手が。
魔法の存在を知らない家族は、母がおかしくなったと思っている。しかし、幻覚を見ているのではないとわかってるのに、薬を飲ませたり入院させたりしたくはない。
ケイティは電話でマーリンに相談した。MSIから調査員が派遣されることになるが、それが誰なのか分からない。
3ヶ月前、ケイティは、オーウェンの前から黙って立ち去った。今のケイティにとってオーウェンは、最も会いたい人であると同時に、最も会いたくない人でもある。
ケイティは気になって仕事も手につかなくなるが……。
シリーズ4冊目。
ケイティの家族が総出演のにぎやかさ。両親と、祖母と、兄が3人。兄たちの妻である義姉も3人。姪や甥も。
今作では、コブでの出来事が語られます。ケイティの家族のことが、今作での最大の話題でしょうか。
オーウェンも登場します。前作『おせっかいなゴッドマザー』では恋人同士でしたが、現在オーウェンがふたりの関係をどう思っているのかは不明。ケイティは相手を傷つけたと考えているので、自分からは言い出せずにいます。
なんとももどかしい。
このもどかしさが、シリーズの特徴でしょうね。もどかしすぎるのが嫌な方は、読むとイライラしてしまうかも。
イドリスの小物感は健在。ある意味イドリスは、ケイティとオーウェンのかすがいになっているような……。
2020年09月02日
今日泊亜蘭
『我が月は緑』上下巻/ハヤカワ文庫JA
『光の塔』続編。
中山弓ノ助は、国際警察刑事。
亡くなった父は30年前の光侵寇の英雄だった。おかげで、なにをやっても父の話題を振られる。それに反発してグレてた時期もあった。
国際警察では家柄を求められない。だから応募した。通常だったら、学歴があるとはいえゴロつきの中山は刑事にはなれなかっただろう。
そのとき地球政府は〈脳髄共和国〉から脅迫を受けていた。
彼らの要求は、1年以内の武力放棄。すべての武力を破棄しなければ、地球を破壊するという。地球側は、敵の所在地すら掴めていなかった。
〈脳髄共和国〉のはじまりは、博士たちによるアヴィラク思想だ。そのころは、おだやかな文化団体による開放的な抵抗運動だったのだ。一旦は崩壊した組織は、にわかに〈脳髄共和国〉として復活し、地球政府を弾劾しはじめた。
彼らはなぜ、過激な秘密結社のようになったのか?
予告から6ヶ月。
地球政府は〈脳髄共和国〉の発信元が月であると突き止める。中山は、18人目の派遣員として月に向かった。
月では、旅客宇宙船から空港本部の建物まで小型気密車で移動する。中山は、席次の6番を受け取った。すると、船内で親しくなったヂョーヂ・ミロナスが、自分の13番と交換してほしいと言う。
その日は金曜日だった。ミロナスは、そんな日に13番で上陸するのは縁起が悪いというのだ。そんなことは気にしない中山は、快く応じた。
ところが、6番の席で事故が起こり、ミロナスが死んでしまう。
地元警察の話では、すでに12人の国際警察派遣員が死んでいた。いずれも、不明の兇器、不明の方法、そして不明の加害者によって殺されている。そして、5人は消息不明だという。
中山は、国際警察の身分は隠し、新聞記者として活動しようとする。だが〈脳髄共和国〉には行動を把握されているようだった。
月には、根強い地球政府への反発がある。これまで地球は月に、身勝手な政策を押しつけてきた。さらに、核廃棄物のゴミ捨て場としても利用している。
そのために月人たちは、潜在的に〈脳髄共和国〉の味方だ。
さらに中山は、ミロナスの組織からも追われてしまう。実は、ミロナスは月の暗黒街の顔役だった。中山が席を交換したために疑われてしまったのだ。
中山は捕らえられ、監禁されてしまうが……。
SF冒険活劇。
明治生まれの作者による、昭和時代の物語。語尾に「ヨ」や「ネ」がつくのが80年代の特徴らしいのですが、本書もそんな感じ。
しゃれた言い回し満載、人種差別を云々する箇所もあるものの、女性蔑視はいかんともしがたく。それが普通だったんですよね、かつては。
位置づけとしては『光の塔』の続編ですが、ほぼ関係ないです。ただ、『光の塔』から30年後の世界なので、ネタバレはあります。なので、これからどちらも読むつもりでいるならば『光の塔』から読むべきでしょう。
13年ぶりの再読で、かなり覚えているつもりだったのですが、中山の冒険に次ぐ冒険に、こんなに紆余曲折があったのか、と驚きました。ただただ、女性の扱いが残念。
《テメレア戦記》第三作
19世紀初頭。
フランスではナポレオンが権力を握り、大陸全土を狙っていた。イギリスは海峡をはさんでフランスと睨み合っている。
ウィリアム・ローレンスは、英国空軍の戦闘竜テメレアのキャプテン。
テメレアは、中国の希少な〈天の使い(セレスチャル)〉種だった。中国からは、テメレアがイギリスに属する経緯を問題視されてしまう。なにしろ〈セレスチャル〉は、皇族のみに許されるドラゴンなのだ。
テメレアとローレンスは中国を訪問し、外交成果をあげた。
しかし、ヨンシン皇子が亡くなり、ヨンシン皇子を守り人としていた〈セレスチャル〉のリエンから憎まれてしまう。
リエンはアルビノだった。いくら〈セレスチャル〉でも、アルビノは忌み嫌われる。放逐されそうになったところを救ったのがヨンシン皇子だった。
リエンの悲しみは深く、姿を消してしまう。
そのころテメレアは帰路につくため、マカオで待機していた。
ドラゴン輸送艦〈アリージャンス号〉の準備は万端。ところが風が吹かず、出航することができない。そうこうするうち厨房からの出火で輸送艦が損傷してしまう。修理には2ヶ月以上かかる見通しだという。
そんなとき、緊急の指令が届く。
イギリスは巨額を投じて、オスマン帝国からドラゴンの卵を3つ購入した。テメレアは即刻イスタンブールに向かい、卵を受け取り帰国しろという。
なぜ、ジブラルタルのクルーではなく、中国にいるテメレアが指名されたのか。ジブラルタルからなら、2週間程度でつくはずだ。
ローレンスへの指令書は、届くまでに3ヶ月はかかっている。そのときにはまだ、中国での結果は出ていなかった。
理由が分からないまま、ローレンスは、陸路を決断する。
指令書を運んできたサルカイを案内人として雇い、出発するが……。
改変歴史もの。
史実にドラゴンを絡ませているのが特色。ただし、清だけは中国という国名になってます。
時代はナポレオンの全盛期、1806年。
砂漠〜オスマン帝国〜プロイセン王国へと展開していきます。ローレンスとテメレアの前に、リエンが現われます。リエンは、テメレアをヨンシン皇子の仇として憎んでます。
黒雲の彼方というより、黒雲のただ中に入っていく雰囲気。ローレンスへの指令も謎でしたが、イギリスでの変事は気配のみ。詳細は分かりません。
史実がベースにありますが、未知の要素であるドラゴンについては不透明。タイトル的にテメレアは最後までいるんだろうな、という安心感はあります。ローレンスは分からないけど。
2020年09月10日
フィリップ・K・ディック(阿部重夫/訳)
『市に虎声(まちにこせい)あらん』平凡社
1952年。
ジム・ファーガソンは、シダー・グローヴス商店街にある電器販売店〈モダンTVセールス&サーヴィス〉のオーナー。
教会と国を信じ、ラジオの修理業から初めて、テレビなどの電器販売店を構えるに至った。42歳で、どうにか健康。売りに出されている郊外の家電量販店〈オニール電器店〉を買収したがっている。
〈オニール電器店〉は、シダー・グローヴスの南、ベイショア・ハイウエイ沿いにあった。もし大手のチェーン店のものになってしまえば、ダウンタウンの〈モダンTV〉などひとたまりもない。そうならないためにも、自分が買っておきたいのだ。
資金はなんとかなる。問題は、買った後の〈モダンTV〉だった。
ファーガソンはスチュアート・ハドリーに目をかけていた。〈モダンTV〉の店長にするつもりでいるが、ハドリーは身重の妻がいてもなお定まらず、ふらふらしている。
ハドリーは、かつては独立進歩党に属し、ニューディーラーの大統領候補ウォーレスを支援していた。けっきょくウォーレスは大敗し、ハドリーは党を離れた。それ以来、政治活動からは距離を置いている。
今はテレビのセールスマンだが、天職だとは思っていない。自分には才能があり、それには〈モダンTV〉は役不足だと考えていた。
ある日ハドリーは〈イエスの番人協会〉を知った。主宰者は、黒人のセオドア・ベックハイム。集会でベックハイムの説教を目の当たりにしたハドリーは感化されてしまうが……。
青春小説……らしい。
ディックが25歳のときの普通小説。なかなか売れずに、出版できたのはSF作家として知られるようになってから。55年後でした。
50年代に書かれていることもあって、差別用語てんこもり。当時はそれが日常だったんでしょうね。
主人公はスチュアート・ハドリー。
時代は朝鮮戦争の真っ最中。ハドリーには肝臓疾患があり、徴兵免除されてます。ファーガソンは世界大戦に出征しているので、その点でもハドリーに思うところがあります。
心理状態など、かなり細かく書き込まれているのですが、いかんせんハドリーは自分でも自分のことが分かってない状態。ファーガソンの方が分かりやすいです。
ハドリーの行動の意味不明さをどう受け取るか。読み手によって評価が分かれそうです。