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このページの本たち
宇宙探偵マグナス・リドルフ』ジャック・ヴァンス
天界の眼 切れ者キューゲルの冒険』ジャック・ヴァンス
スペース・オペラ』ジャック・ヴァンス
指輪物語 旅の仲間』J・R・R・トールキン
指輪物語 二つの塔』J・R・R・トールキン
 
指輪物語 王の帰還』J・R・R・トールキン
緋色の研究』アーサー・コナン・ドイル
言の葉の樹』アーシュラ・K・ル=グィン
ダークリングの謎』スコット・ウエスターフェルド
パラドックス・メン』チャールズ・L・ハーネス

 
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2020年04月22日
ジャック・ヴァンス(浅倉久志/酒井昭伸/訳)
『宇宙探偵マグナス・リドルフ』図書刊行会

 《ジャック・ヴァンス・トレジャリー
 連作短編集
 マグナス・リドルフは、トラブルシューター。宇宙の揉め事や問題を解決するプロ中のプロ。見た目こそは温厚な白髪白鬚の老紳士なれど、馬鹿と悪党には容赦がない。
 そんなマグナス・リドルフの活躍を綴った一冊。

「ココドの戦士」(酒井昭伸/訳)
 マグナス・リドルフが資産を委託していた〈帝国外縁投資・不動産組合〉が破綻した。会長のミスター・シーと総支配人のミスター・ホルパーズがマグナス・リドルフの投資資本を食い物にしていたのだ。
 そんなころ、〈道徳的価値観保存機構〉のマーサ・チカリングが尋ねてくる。惑星ココドの不道徳者たちを撲滅して欲しいというのだ。
 ココドの先住民は、戦争を文化としていた。日常的に繰り広げられる血で血を購う蛮行を利用して、〈影の谷の宿〉では賭博が行なわれている。ミセス・チカリングが求めているのは、合戦賭博を中止させること、宿のオーナーたちを告発して罪を償わせること、ココドの合戦を終息させることだった。
 宿のオーナーは、あの、シーとホルパーズ。マグナス・リドルフは、できるだけの手をつくすと約束して惑星ココドに降り立つが……。

 マグナス・リドルフの思惑は、依頼料を受け取ったうえでシーとホルパーズを破滅させつつ、自分も稼ぐ、と。ふたりとは面識があるので、相手も警戒しています。
 表面上はあくまでおだやかに。でもやることはやる、容赦なく、というのがマグナス・リドルフのスタイル。徹底的に情報収集して、自分に有利になるように活用します。

「禁断のマッキンチ」(酒井昭伸/訳)
 マグナス・リドルフが〈ユニ・カルチャー伝道団〉の依頼で向かったのは、惑星スクレット・プラネット。スクレロット・シティでは、いろいろな異種属たちが地球式の暮らしを送っている。そこで、マッキンチと呼ばれる正体不明の者が知性体を殺しているという。
 発端は横領だった。キャッシュで納められた市民税は市役所に集められ、金庫に保管される。マッキンチは、資金がショートするたびにその金庫を開いて、直接くすねているらしい。
 警備員もいたが、全員、未知の病気で亡くなった。内偵にあたった警察の捜査員も、死体で発見されている。死因は、未知の病気。
 マグナス・リドルフは、局長のうちのだれかだろうと目星をつけるが……。

 さまざまな異種属が登場します。それぞれの生態をもとに推理するミステリになってます。
 郵便局長は、ポートマールのムカデ種属。警察局長は、シリウス大五惑星の住民。清掃局長は、馭者座1012のゴーレスポッド。流通局長兼税務局長は、双子座 τ(タウ)星系の、アリに似た種属。市長は、イエローバードのひとり。
 消防局長だけが人間です。

「蛩鬼(きょうき)乱舞」(酒井昭伸/訳)
 マグナス・リドルフがジェラード・ブランサムから持ちかけられたのは、ティラコマを栽培する農地への投資だった。
 その農地には最上質のティラコマが、収穫を待つばかりに育っている。ティラコマは、超弾性繊維(レジリアン)が取れる天然自然の、唯一の供給源だ。それがたったの13万シュミット。2年分の売上だけで農地代を回収できる。
 マグナス・リドルフは、あまりの好条件に疑う。だが、どう調べても魅力的な物件としか思えない。
 マグナス・リドルフはブランサムと契約を結んだ。まもなく問題の農地に、蛩鬼と呼ばれる類人種が出没することが判明する。
 蛩鬼はティラコマを常食としていた。得体が知れず、どうやっても捕獲できない。敏捷なうえにタフ。夜行性で、収穫間際のティラコマをごっそり食べてしまう。
 マグナス・リドルフは一計を案ずるが……。

 冷静沈着に蛩鬼に対処しつつ、気の毒がるブランサムへの仕返しも忘れないし、さらに一稼ぎしようとします。

「盗人の王」(酒井昭伸/訳)
 惑星モリタバは、元はといえば、海賊ルーイ・ジョーのアジト兼隠れ家。海賊たちと先住種属が異種交雑し、メン=メンという混成種属が誕生している。彼らは盗人だった。
 メン=メンは、大アルカディアとして知られるモリタバの一地域を占有している。首都はゴッラボッラ。うわさでは、テレックス結晶の大規模な鉱脈が眠っているという。
 マグナス・リドルフは、惑星オフルのテレックス鉱脈を所有していた。半分をエリス・B・メリッシュに売却したが、諍いが生じた。メリッシュは、マグナス・リドルフの分まで勝手に採掘してしまったのだ。しかも、無理な採掘で鉱脈が枯渇。両者とも、テレックスの確保が急務となった。
 テレックスの結晶を産するほかの惑星は、唯一モリタバだけ。マグナス・リドルフは、いちばん速い定期便に乗った。メリッシュも乗客になっていた。
 こうしてふたりは同時にゴッラボッラに到着した。
 ふたりとも、メン=メンのカンディター王と取引きしようとするが……。

 駆け引きもの。
 メン=メンは、文明が遅れてしまっているのですが、盗みではスペシャリスト。もっとも優れた盗人が王として君臨してます。
 マグナス・リドルフはカンディター王の気を惹こうと作戦を組み立ててます。一方のメリッシュは別のアプローチをとってます。

「馨しき保養地(スパ)(酒井昭伸/訳)
 ジョー・ブレインとラッキー・ウルリッチはふたりで、惑星コラマで〈星間のスパ〉をはじめた。
 風光明媚な地域に、大型ホテルを建設。砂浜は何マイルもつづき、野外ダンス場、劇場、テニスコートを完備。帆走式ヨット、高級店が軒を連ねるショッピング街、競獣場でも楽しめる。
 ところが、初日に9人もの海水浴客がオオウミクワガタに殺されてしまう。ゴリラもどきに攫われて密林へ連れこまれた娘たちもいる。それから、トビヘビやドラゴンまで。
 リゾートの建設中は、まったくトラブルは起こらなかった。怪物どもは、先住民のモリーには近づこうとしなかったのだ。モリーたちは臭く、開業した敷地に入れるわけにはいかない。
 ウルリッチは、マグナス・リドルフを雇う。だが、ブレインはマグナス・リドルフに懐疑的。自力で解決しようとするが……。

 ブレインはよりにもよって、マグナス・リドルフを実験台にしてしまいます。読んでいるこちらがハラハラ。キャラクターが確率されているシリーズものならではの読み心地ですね。 

「とどめの一撃(クー・ド・グラース)」(浅倉久志/訳)
 パン・パスコグルーは〈ハブ〉を所有していた。空虚な宙域にうかんでいるが、たんなる中継地や補給港以上のもの、流行の先端をゆくリゾート、星の海にかこまれた魅惑の島に発展させたいと願っていた。〈ハブ〉にはコテージとして、金属の網細工の外側に、色あざやかな気密ドームをとりつけてある。
 そのコテージに、マグナス・リドルフは滞在していた。客種はさまざま。原始人もいる。
 マグナス・リドルフは、人類学者のレスター・ボンフィルスに悩みを打ち明けられる。ボンフィルスは、一人の女性に悩まされていた。
 彼女は〈旅路の果て(ジャニーズ・エンド)〉星の住人だった。
 ボンフィルスは彼女に見初められたが、拒絶した。そのために恨まれ、今ではボンフィルスを殺すため、せっせと努力をつづけているという。
 翌朝、ボンフィルスの死体が発見された。
 宇宙船の出入りはなく、滞在者のなかに犯人がいるのは間違いない。〈ハブ〉は、あらゆる司法権の管轄街にある。
 マグナス・リドルフはパスコグルーに頼まれ、ボンフィルスと同じ宇宙船に乗ってきた者たちに絞って調査をはじめるが……。

 さまざまな異種属が登場し、かれらの文化から犯人を割り出そうとします。

「ユダのサーディン」(酒井昭伸/訳)
 マグナス・リドルフは、友人のジョエル・カラマーのディナーに招待された。最後に供されたのは、コーヒーとオイル・サーディンの取り合わせ。
 カラマーは、チャンダリアで缶詰ビジネスを手がけていた。オイル・サーディンは惑星チャンダリアからの輸入品だ。
 カラマーは事業全体への出資と販売を受け持ち、ビジネス・パートナーのジョージ・ダネルズが、缶詰工場の運営とサーディンの水揚げを担当している。
 数か月前、ダネルズが事業全体を買い取りたいといってきた。カラマーは考えてみると返答したが、以来、細工された缶詰が見つかるようになった。
 開けてみた缶詰のうち、半数は正常。残りの半数には、なんらかの細工が施されていた。缶詰工場で貼られた検品シールは、どれも貼ったときの状態そのまま。何者かが、チャンダリア缶詰工場の評判を落とそうとしているとしか思えない。
 マグナス・リドルフは、工場作業員として潜入調査をするが……。

 缶詰を、誰がなんのためにどうやって細工したのか、というのも謎ですし、ダネルズが買い取りを申し出た動機も謎。
 カラマーからは全権を委任されているけれど、ダネルズには内緒。そのためマグナス・リドルフは、まったく別の惑星に赴いてチャンダリア缶詰工場の職に応募するところからはじめます。
 マグナス・リドルフの元には、少しずつ情報が集まっていきます。 座って考えているだけではない、というのが読み応えにつながってます。

「暗黒神降臨」(酒井昭伸/訳)
 ハワード・サイファーは重金属の採掘業者。惑星ジェクスジェカを所有している。
 ジェクスジェカは岩の塊。空気もなければ生命もいない。胞子すら存在しない。
 サイファーは採掘作業に、タルリ第二惑星のタルリアンを使っていた。嫌気生物なのだ。ただし、タルリアンは食費だけでとんでもない金額が飛んでいく。そこで、タルリ原産の植物を移植することにした。果樹園を設けて牧草地を作り、タルリ牛も放牧した。
 ジェクスジェカには、オアシスと呼んでいる水が出る場所が4ヵ所ある。北半球と南半球にふたつずつ。
 本部があるのは、オアシスA。果樹園は、本部に近いオアシスBに設けた。そこまではよかった。
 約1年前。オアシスCにも果樹園を設けた。ところがある晩に、作業員がひとり残らず消えてしまった。まるで存在しなかったかのように。船だけが残されていた。
 捜索してみたがなにも分からない。
 その後、オアシスDにも果樹園を設けたが、最初の喪失から84日目に、またしても同じことが起こった。以降、84日ごとに同じ現象が起こった。
 マグナス・リドルフがサイファーからの依頼で調査に赴くが……。

 サイファーは最初からけんか腰。でも、マグナス・リドルフも負けてない。その意地の張り合いのような展開が読みどころ。

「呪われた鉱脈」(酒井昭伸/訳)
 採鉱キャンプで殺人事件が発生した。犯人の見当はまったくつかない。
 採鉱地はふたつあった。作業員は、Aに800人、Bには300。殺人が頻発しているのは採鉱地B。作業員を入れ替えてみたが状況は同じ。かならずふたりひと組で行動するように通達が出されるが、被害はあとを断たなかった。
 調査を依頼されたマグナス・リドルフはある提案をするが……。

 今作が、マグナス・リドルフの初登場作品。なので、まだキャラクターが固め。

「数学を少々」(酒井昭伸/訳)
 歓楽惑星ファンは、明確な連邦境界のやや外にあった。だが、地球情報庁(TCI)の権威がおよばないほどの辺境でもない。
 アッコ・メイは首都ミリッタで、大型カジノ〈不確かな運命の殿堂〉を経営していた。
 アッコ・メイは、連邦のありとあらゆる場所で恐れられ、ありとあらゆる犯罪に手を染めているとうわさされる男。どのような犯罪を犯そうとも、確たる証拠はどこにも残さない。
 マグナス・リドルフは、資金が底をついたために〈不確かな運命の殿堂〉をおとずれていた。目をつけたのは〈ロランゴ〉というゲーム。
 大きな球体の内部は液体で満たされている。球体の中には、色とりどりの24個のボール。球体の回転にともない、ボールも渦を巻きながら勢いよく回転する。
 球体が急停止すると、ボールは浮かびあがりながらピラミッドを形成する。最上段にひとつ、二段目に3つ、三段目に7つ。
 客たちは、ピラミッドの三段目までにくるボールを当てる。
 マグナス・リドルフは、計算よって予想することが可能だと考えた。このゲームは、さまざまな法則に支配されている。それらを徹底的に解析し、各ボールのふるまいを精密に計算すればいい。そうすれば、24個あるボールのそれぞれがピラミッドのどの位置につくか、かなりの確率でつきとめられる。
 首尾よく一儲けしたマグナス・リドルフは、アッコ・メイに睨まれてしまうが……。

 マグナス・リドルフもの2作目。直接TCIとのやりとりがあるのが珍しいです。後年、マグナス・リドルフに後ろ盾は必要なし、となったのでしょうね。その分、悪辣になっていくわけですが。


 
 
 
 
2020年04月25日
ジャック・ヴァンス(中村 融/訳)
『天界の眼 切れ者キューゲルの冒険』図書刊行会

 《ジャック・ヴァンス・トレジャリー
 アゼノメイは記憶の彼方より存続する街。定期市を目当てに、人々が津々浦々から集まってくる。
 キューゲルはアゼノメイに、護符を売る露店をかまえた。護符は、古代の鉛にそれらしい印章とルーン文字を刻印したもの。不幸にも、フィアノスサーの店がすぐ近くにあった。
 フィアノスサーの店は大規模で、もっと霊験あらたかな品物を各種とりそろえている。キューゲルの護符は見向きもされない。
 そんなキューゲルにフィアノスサーは、〈笑う魔術師〉イウカウヌの話をする。
 イウカウヌの館には、膨大な量の蒐集品がおさまっているという。まじないに使う品々や賦活剤はいうまでもなく、眼もくらむような宝飾品、値打ちの計り知れない驚異の品々、魔よけに、力の素に、不老不死の霊薬まで。
 フィアノスサーのほのめかしに、キューゲルはその気になった。イウカウヌの館に侵入して蒐集品を漁るが、歩廊の魔法にとらわれてしまう。
 キューゲルは、帰ってきたイウカウヌに申し開きをする。そして、厳罰の代わりに、ちょっとした用事を果たすことになった。
 イウカウヌの手許には、菫色のガラスでできた小さな半球がひとつある。それと対になる尖頭をもってこいと言うのだ。
 第18却紀のカッツ戦争の時代。
 妖魔ウンダ=フラダが亜世界ラ=エルからある種の付属肢をたくさん突きだした。これらの先端には、周囲を探るために菫色の尖頭がはまっていた。妖魔がラ=エルにひっこんだとき、半球ははずれ、カッツ全土に散らばったという。
 キューゲルはイウカウヌの呪文によって、かつてカッツとして知られた土地に飛ばされてしまった。
 大洋の北岸に落ちたキューゲルは、小川のほとりに寒村を見つける。
 掘っ立て小屋は泥と木の枝でできた鳥の巣に似ており、屎尿とごみの悪臭がたちこめていた。人々の体つきはずんぐりとしており、愚鈍そうで、ぶくぶくに太っている。ごわごわした黄色い髪はもつれ放題、眼鼻立ちはちんまりしている。
 ところが、物腰は尊大。威風堂々とふるまっている。
 キューゲルが目を引かれたのは、住民たちの眼だった。菫色の半球だったのだ。
 魔法の尖頭が、天界の景色を見せてくれるという。それを両目にはめた持ち主は、王侯貴族のようにふるまうようになる。
 話によると、妖魔は414個の尖頭を失い、現在412個が管理されているという。2個はみつかっていない。
 キューゲルは尖頭を得るために一計を案ずるが……。

 《切れ者キューゲル》シリーズをまとめたもの。
 連作短編集の形態をとってますが、実質的に全体でひとつの長編です。イウカウヌによって北の大地に飛ばされ、アゼノメイに帰還するまでの道中記となってます。
 キューゲルは、口の達者な小悪党。人殺しも平気ですし、ねんごろになった女でも躊躇なく犠牲にできる性分。キューゲルの体内には、イウカウヌによってフィルクスと呼ばれる者が入れられてます。そのために帰還しなければならない状況に追いこまれてます。
 元はといえば、盗みに入ったキューゲルに非があります。それを棚にあげて、イウカウヌへの復讐心を募らせていきます。
 そういうキューゲルに嫌悪感を抱いてしまう人は読むのがキツそう。そうでなければ、テンポよく展開していく一風変わった冒険談として、遠未来の地球を楽しめそうです。

 収録作品それぞれについて書いてしまうとネタバレになってしまうため、タイトルのみ載せておきます。
 「天界」(旧題「天界の眼」)
 「シル」
 「マグナッツの山々」
 「魔術師ファレズム」
 「巡礼たち」
 「森のなかの洞穴」
 「イウカウヌの館」

 なお、雑誌に掲載された《切れ者キューゲル》シリーズの「十七人の乙女」(書的独話「特集:Jack Vance」)は、本書の後に発表された短篇。のちに続編となる長編に組みこまれたそうです。


 
 
 
 
2020年04月29日
ジャック・ヴァンス(浅倉久志/白石 朗/訳)
『スペース・オペラ』図書刊行会

 《ジャック・ヴァンス・トレジャリー
 長編の表題作(初翻訳)の他、4本の中短篇を収録。

「スペース・オペラ」(白石 朗/訳)
 ロジャー・ウールの伯母であるデイム・イザベル・グレイスは、歌劇連盟の監査役をつとめていた。資産家で、ロジャーは、伯母からの多大な援助にかなりの部分を頼っている。
 デイム・イザベルは、アドルフ・ゴンダーがつれてきた第九歌劇団を支援していた。興行して3ヶ月。評判にはなっているが、ある疑いをかけられてもいる。
 ゴンダーの本職は宇宙船の船長だった。ルラールという惑星で第九歌劇団と出会ったという。ルラールという惑星については誰も知らない。そのため、歌劇団が主張どおりの存在ではないのではないか、異星人のふりをした普通の地球人ではないか、とささやかれていた。
 デイム・イザベルは噂を打ち消そうとする。
 ところが、突然、第九歌劇団の面々が姿を消してしまった。朝になったら、ひとり残らず消えていたのだ。出入口から出ていった者はひとりもいない。離陸した機も、着陸した機もなかった。
 ゴンダーがデイム・イザベルに打ち明けたのは、第九歌劇団が地球にやってきたのは、相互の文化交流プログラムの一環だったということ。いずれは地球の歌劇団をルラールへ連れていくと提案していたことだった。
 デイム・イザベルにとっては寝耳に水。だが、音楽家の代表団をルラールに派遣する案に大乗り気。ルラールだけでなく、いくつかの惑星にたちよって地球のオペラを鑑賞してもらおうと構想を練りはじめる。
 ロジャーは大慌て。なにしろ、デイム・イザベルは私財を使って成し遂げようとしていたのだ。ロジャーは、伯母にいちばん近い血縁者として、自分が相続人だと考えていた。なんとかしてやめさせようとするが、叶わない。
 準備が進んだころ、ロジャーはマドック・ロズウィンに出会った。マドックは、旅に動向したくてたまらないようす。だが、デイム・イザベルが選ぶのは、最高クラスの歌手や音楽家たち。
 マドックに惚れてしまったロジャーは、マドックの密航に手を貸す。ところが、出航後に発見されたマドックは、ロジャーに薬を盛られて連れこまれたと主張した。
 ロジャーはデイム・イザベルからも見放されてしまうが……。

 歌劇団だけに、オペラがたくさん出てきます。デイム・イザベルと関係者は、惑星や状況に合わせてオペラを選択します。ほとんどがタイトル程度しか知らないオペラで、自分の教養のなさを痛感させられました。困りはしませんでしたが。
 さまざまな異種属が登場します。マドックをめぐる波乱や、ゴンダー船長の秘密が明らかになったりと盛りだくさん。
 基本的にドタバタしているのですが、ネタとしては暗め。そのギャップがひっかかってしまって、どうもうまくつきあえませんでした。残念。

「新しい元首」(浅倉久志/訳)
 20世紀のボストン人アーサー・ケイヴァーシャムは、すっぱだかでパーティ会場にいた。まわりには、フォーマルな夜会服に身を包んだ客たち。ケイヴァーシャムは窮地を脱しようとするが……。
 剣士ベアウォルドは、ブランド族の巣に向かっていた。かれらによって、数多くの村、数多くの木造農家が焼き討ちされていた。ベアウォルドは復讐を誓うが……。
 ケイスタンは死都テルラッチにやってきた。この都市のどこかに真鍮張りの櫃があり、そのなかに〈王冠と盾の文書〉がおさまっているはずだった。ケイスタンは反逆罪で投獄された主君の嫌疑を晴らすため、文書を探していたのだが……。
 ドブノール・ダクサットは新人のイマジスト。イマジコン競技に参加しようとしていた。
 エルガンは、サロムデック海軍本部へ派遣されたベラクロウの使節。ラック人たちに見つかり秘密警察に捕らえられてしまう。交易商人のエルヴァードだと主張するが……。
 銀河系の元首はテストから目覚め、長老団と対面した。元首は銀河系宇宙の管理者であり、長老団はその審議機関。元首は次期留任のテストで最高得点をとるが……。

「悪魔のいる惑星」(浅倉久志/訳)
 グローリー星は、予測のつかない世界だった。太陽の運行すら計算することができない。まっくらやみかと思うと、一度に三つも四つも太陽が昇る。
 そんな星で、メアリ修道女はレイモンド修道士と共に、開拓者として暮らしていた。ふたりは原住民フリット族を骨身をけずって世話をしてきた。ところが、フリット族からはあらゆる手助けを拒まれてしまう。
 彼らは、500年前に不時着した恒星船の子孫たち。同じ人間だったはずだが、まったく異なる種属になってしまっていた。
 ふたりが頼りにできるのは〈救済の崖〉に建つ大時計のみ。
 まもなく視察官がやってくる。ふたりは気力を奮い立たせてフリット族を説得しようとするが……。

「海への贈り物」(浅倉久志/訳)
 サム・フレッチャーは、養殖鉱業社の副主任。惑星サブリアの〈浅海〉で働いている。契約の満了まであと六ヶ月。終わればスターホウムへ帰れる。
 そんなころ、カール・レイトが消えた。
 レイトは掘削バケットの歯を替えるため、養殖棚に行ったらしい。ところが呼び出しに応じない。フレッチャーがランチで向かうと、無人の採集船だけが残されていた。
 海に落ちたのにちがいない。
 フレッチャーは、甲板で奇妙なロープを見つけた。ロープにつかまれてしまうが、からくも脱出する。海には、海洋生物デカブラックの姿があった。
 フレッチャーは生物学者のユージン・デーモンとデカブラックのデータを調べるが、抹消の跡があった。デーモンの前任者テッド・クリスタルの仕業らしい。クリスタルはまず海に潜った。そして陸に上がってからマイクロ・フィルムを細工したのだ。
 クリスタルは養殖鉱業を辞め、遠洋開発社を設立して〈浅海〉で操業している。
 フレッチャーはクリスタルに連絡を取るが……。

「エルンの海」(浅倉久志/訳)
 エルンは意識をもち、締めつけられるような感じに襲われた。殻にかこまれている。押しのけ、蹴とばし、亀裂を作るのといっしょに、殻がふたつに割れた。
 生きのびたエルンは水中にいた。そこにはほかの仲間が住んでいる。やがて肉食鳥を追いはらえるほど大きくなったエルンは、水面でのんびりくつろぎ、空気を味わった。
 みんな自分らの運命が陸地にあること、〈人間〉と呼ばれる生き物の中にあることを知っている。
 水の子たちはふたつの種類に分かれていた。
 頭に一すじの肉冠があるものたちが多数派。ほっそりしたしなやかな体と、幅のせまい骨ばった頭を持つ。性別がはっきりしており、移り気な性質。
 少数派は、頭に二すじの肉冠がある。大柄で、頭の横幅が広く、性質はおとなしい。性別は目立たない。
 エルンは自分のことを複冠だろうと思っているが、肉冠はまだ目立たない。体格も、ほかのものよりいっそう横幅が広く、がっしりしていた。性的発達は遅れているが、雄なのはまちがいない。
 水の子たちは〈人間〉たちに襲われてしまうが……。


 
 
 
 
2020年05月08日
J・R・R・トールキン(瀬田貞二/田中明子/訳)
『指輪物語 旅の仲間』全四巻/評論社文庫

 《指輪物語》三部作、第一部
 袋小路屋敷のビルボ・バギンズは、111歳の誕生日を祝って、特別盛大な祝宴を催しました。その日は、年下のいとこで養子にしたフロドの、33歳の誕生日でもありました。ホビット族は33歳で成年に達しますから、フロドにとっても特別な日でした。
 ビルボは誕生日会で突然姿を消して、人々を驚かせました。ビルボは、指にはめると姿を消せる魔法の指輪を持っていたのです。
 ビルボはそのまま旅立ちました。財産のほとんどは人にやってしまいました。指輪は、フロドに残していきました。
 フロドは袋小路屋敷の主人となりました。
 魔法使のガンダルフは、指輪についてフロドに忠告しました。めったなことで使わないように、少なくとも、人の話の種になったり、注意を呼び起こすような使い方はしないように、と。ガンダルフにも指輪の正体が分からなかったのですが、ふしぎに思い始めていたのです。
 フロドの50歳の誕生日が近づいてきました。
 ホビット庄に変わりはありませんが、外の遠隔の地、東方や南方では、ここかしこに戦いが起こり、恐怖が募っているところでした。
 ホビット庄を通って行く遠い国々の見慣れぬドワーフたちのなかには、いちように不安な面持ちで、中には声をひそめて、冥王とモルドールの国のことを話す者もいました。
 そんなころ、ガンダルフがやってきました。
 ついに、指輪の正体が分かったのです。指輪は、冥王サウロンが、力の大きな部分をその中に吹き込んだ、ただひとつの指輪だったのです。
 遠い昔、サウロンはエルフ王のギル=ガラドと西方国のエレンディルによって打ち倒されました。そのとき、エレンディルの息子イシルドゥアが、サウロンの手から指輪を切り取り、自分の物としたのです。そののちイシルドゥアは命を落とし、指輪は知られることもなく、使われることもなく、世を経ていきました。
 一方、サウロンの霊は逃げ去って、長い間隠れていました。ところが、サウロンはその力を盛り返して、闇の森の砦を去り、古巣であるモルドールの暗黒の塔にある古い砦に戻りました。そして、指輪がまだあることを知ったのです。
 フロドに危険が迫っていました。世間の知らぬように、そっとホビット庄を脱け出さねばなりません。
 フロドは袋小路屋敷を売り、ホビット村を去ってバックル村の先の田舎の堀窪に、小さな家を買いました。引越を装い、仲間たちと旅立ちますが……。

 12年ぶりの再読。
 記憶していたよりもずっと児童書的で驚きました。
 この12年で、関連する物語集(書的独話「指輪物語・追補編」)を読み、前日談(『ホビット ゆきてかえりし物語』)を読み直し、同じ世界の古い時代の物語(『シルマリルの物語』)にも触れました。映画版も何度となく視聴してます。
 おかげで理解が深まりまして、以前は素通りしていたことに面白さを見いだせるようになりました。初読は大変ですが、何度となく読むことで報われます。そういう物語です。
 本書ではフロドの仲間たちとの旅が書かれます。
 はじめはホビットが4人。途中、イシルドゥアの末裔であるアラゴルンと合流し、裂け谷の半エルフ、エルロンドの館に向かいます。エルロンドの元で指輪の滅却が決められ、フロドは指輪所持者として、モルドールの滅びの山を目指すことになります。  

 なお、序章がついてますが、ストーリーには関わってきません。
 ホビット族についてのあれこれが書かれてます。改めて読んでみると、あちこちにネタバレが含まれてました。トールキンはネタバレとも思ってなかったのかもしれませんね。
 それから、2巻目に訳者あとがきがついてますが、初読なら三部作を読み切るまでは読んではいけません。


 
 
 
 
2020年05月14日
J・R・R・トールキン(瀬田貞二/田中明子/訳)
『指輪物語 二つの塔』全三巻/評論社文庫

指輪物語》三部作、第二部
 ホビット族のフロド・バギンズに譲られた指輪は、冥王サウロンのひとつの指輪でした。
 遠い昔に滅ぼされた冥王サウロンは、霊となって逃げのびていました。そして、力を盛り返してモルドールに戻り、指輪がまだあることを知ったのです。
 指輪には、サウロンの力の大きな部分が吹き込まれています。指輪をサウロンに渡してはなりません。また、使うこともできません。もし指輪を使ってサウロンを滅ぼせたとしても、新たな冥王が誕生してしまうでしょう。
 指輪を葬り去れるのは、モルドールの滅びの亀裂だけです。フロドは指輪所持者として、仲間たちと共に旅立ちました。
 ところが、モルドールが近づくにつれ指輪の魔力が増していき、仲間たちのなかにも誘惑されてしまう者がでてきました。フロドは自分だけで行くべきだと悟り、仲間たちと離れました。ただひとり、ホビットのサムだけが追いかけて行きました。
 一方、旅の仲間たちは、オークたちに襲われていました。人間の国ゴンドールのボロミアが討死してしまい、ホビットのメリーとピヒンが連れ去られてしまいます。
 オークたちを送ったのは、サウロンに通じている白の魔法使サルマンでした。サルマンは、指輪を自分のものにしようと考えたのです。ただ、オークには、ホビットを無傷で連れてくることだけを命令していました。
 残された、人間のアラゴルン、エルフのレゴラス、ドワーフのギムリは、指輪のことはフロドに任せ、メリーとピピンの救出に向かうことにします。オークの足跡をつけて旅立ちますが……。

 12年ぶりの再読。
 『旅の仲間』のつづき。
 物語の前半は、さらわれたメリーとピピンを追いかける、アラゴルンら3人の物語。
 3人は、ローハンの領地を通ってファンゴルンの森まで追いかけていきます。ローハンは人間の国。お隣のアイゼンガルドから総攻撃を受けつつあるところです。そのアイゼンガルドを支配しているのが、白のサルマン。オルサンクの塔を根城にしてます。
 追跡あり出会いあり合戦ありと盛りだくさん。
 アラゴルンらの物語を捕足する形で、メリーとピピン視点でも展開があります。オーク同士の諍いに乗じて、ふたりはファンゴルンの森に逃げ込みます。そこで、古い種族エントと出会います。
 ローハンでの話が一段落したところで、後半はフロドとサムの物語です。
 ふたりの前に、かつて指輪所持者だったスメアゴル(ゴクリ)が現れます。ゴクリは指輪を狙っています。それを承知のうえでフロドはゴクリに、モルドールへの道案内を頼みます。

 改めて読むと、映画版はかなり再構成されていたんだな、と。


 
 
 
 
2020年05月17日
J・R・R・トールキン(瀬田貞二/田中明子/訳)
『指輪物語 王の帰還』上下巻/評論社文庫

指輪物語》三部作、第三部
 遠い昔にしりぞけられた冥王サウロンは、その力を盛り返しつつありました。
 かつてサウロンは、力の大きな部分を吹き込んだ、ひとつの指輪をつくりました。その後、指輪は人間のイシルドゥアのものとなり、今ではホビットのフロド・バギンズが所有しています。フロドはサムと一緒に、指輪を葬り去るため、モルドールの滅びの亀裂を目指しています。
 一方、イシルドゥアの末裔であるアラゴルンは、人間の国ローハンにいました。
 ローハンには友好国ゴンドールから、助けを求めるのろしが届いています。ですがローハンは、サウロンと通じていた白の魔法使サルマンとの戦いが終わったばかりです。軍を立て直して駆けつけるには時間がかかってしまいます。
 アラゴルンは、死者の道を行くことを決めました。
 ローハンの馬鍬谷から、沿岸諸国に出られる山脈を抜ける道がひとつだけありました。それが死者の道です。帰った者のいない、おそろしい道でした。
 ゴンドールができてまもないころ、山々の王がイシルドゥアに忠誠を誓いました。そのとき、サウロンと戦うことを約束したのです。ところが、サウロンが勢力を増大させた時、かれらはイシルドゥアの召集に応じませんでした。
 イシルドゥアは呪いをかけました。誓言の果たされる時まで、永遠の眠りにつくことなからんと。そのために、そのあたりは眠れぬ死者たちの恐怖が横たわる場所となったのです。
 アラゴルンは、死者たちの助力を請う時がきたと判断しました。仲間たちと死者の道に入りますが……。

 12年ぶりの再読。
 上巻で、アラゴルンとゴンドールの戦いが語られます。
 ゴンドールはイシルドゥアの父が治めていた国です。王家は途絶え、摂政が国を治めています。いずれイシルドゥアの子孫が王として帰還することが予言されてます。
 下巻からフロドの探索が語られます。〈指輪戦争〉が終結し、その後はダラダラ感が満載。実は、そのダラダラの先に大長編のキモがやってきます。
 トールキンは学者であって物語作家ではない、ということを痛感。物語の運び方がどうもいまひとつなのです。
 とはいえ、そういうところも含めてのおもしろみなのでしょうね。 


 
 
 
 

2020年05月23日
アーサー・コナン・ドイル(深町眞理子/訳)
『緋色の研究』東京創元社(Kindle版)

 《シャーロック・ホームズ》シリーズ
 ジョン・H・ワトスンは、陸軍軍医だった。アフガニスタンへの従軍で、肩を撃たれ、腸チフスにかかり、生死の境をさまよいつづけた。イギリスに送りかえされたときには、とりかえしのつかぬまでに身体が損なわれていた。
 ワトスンは、しばらくはロンドンのプライベート・ホテルで養生していたが、軍からの支給金だけではふところが悪化するばかり。費用のかからぬ住まいを探すことにした。
 そんなときに再会したのが、スタンフォードだった。
 スタンフォードは、セント・バーソロミュー病院で外科手術助手を努めてくれていた。下宿を探している話をすると、うってつけの話があるという。スタンフォードの知人が、下宿を共同で借りて家賃も折半してくれる相手を探していたのだ。
 その人物が、シャーロック・ホームズだった。
 スタンフォードはホームズを、ある種の科学に熱中している、ちょっと風変わりな考え方の持ち主だと評した。
 なにをめざして研究しているのか、まったく分からない。解剖学には精通しているようだし、化学者としても一流。それでいて、系統的に医学課程を履修したという話は聞かない。
 ワトスンとホームズは、ベイカー街221番地Bの下宿で共同生活をはじめた。
 スタンフォードの言う通り、ホームズは謎めいていた。じつに大勢の知り合いがいて、それも社会階層の多岐にわたっている。
 ホームズが言うには、彼らは依頼人で、自分は探偵コンサルタントだという。だが、まともな犯罪や犯罪者には、めっきりお目にかかれなくなったと不満げ。
 そこに、スコットランドヤードの刑事グレグスンから手紙が届いた。
 午前2時ごろ、ブリクストン・ロードを巡回していた巡査が、空き家にともる明かりに気がついた。ドアがあけはなしになっており、ひとりの紳士の遺体がころがっていた。
 所持していた名刺によると、紳士は、アメリカ人のイーノク・マ・ドレバー。金品を奪われた形跡はなく、室内には血痕が残っていた。ところが、遺体そのものに傷は一ヵ所もない。
 はじめホームズは、捜査協力を決めかねていた。首尾よく事件の全貌を解き明かしたとして、所詮はグレグスンの手柄になるのだから。
 ワトスンはホームズの背中を押し、一緒に事件現場にいくことになるが……。

 名探偵として有名なシャーロック・ホームズの、初登場作品。ワトスンが事件の記録のために書いている、という体裁にはまだなってません。
 二部構成で、第一部で事件が発生。第二部で事件にいたるまでのことが語られます。
 当初、ワトスンとホームズの会話がぎこちなくて新鮮でした。気がつけばくだけていて、その自然な流れがうまいなぁ、と。
 第二部に入ると、いきなり雰囲気が変わります。別の話かとびっくりするほど。映像化されるとき、この第二部をどう処理するか(いかにはしょるか)が見所になるようですね。


 
 
 
 

2020年05月29日
アーシュラ・K・ル=グィン(小尾芙佐/訳)
『言の葉の樹』ハヤカワ文庫SF1403

 《ハイニッシュ・ユニバース
 惑星ハインから宇宙に広がっていった人々は、母星の衰退と共に孤立し、独自の文明を築き上げた。それらは、ふたたび宇宙に進出したハイン人たちによって再発見され、ハインと元植民惑星との大宇宙連合(エクーメン)が結成された。
 サティは、エクーメンのオブザーバーのひとり。
 出身は地球(テラ)。言語学者として訓練を受け、文学を学んだ。ところが惑星アカに着任したとき、すべての歴史が消し去られていた。言語はひとつしか残っておらず、もはや文学は存在しない。
 エクーメンがアカに接触して70年がたつ。
 ファースト・オブザーバーたちはテラ人だった。そのためか、彼らは報告書をハインではなくテラに送った。テラの政変に巻きこまれた情報は、故意に破壊され失われてしまう。その一方で、アカ人の求めた情報はなんの制約もなしに届けられていた。
 テラで損傷を受けた記録物から助けられたものは少ない。サティは少ない情報からアカを学んだ。
 アカには独裁企業体国家(コーポレーション・ステイト)が誕生し、自身の過去を非合法なものとした。テクノロジーの力と知的自由とをかちとるためだった。それは、エクーメンの望むものではない。
 それ以降アカは、外界人の入国を一度に4人までと絞った。しかも、滞在できるのは定められた都市のみ。宗教弾圧もはじまり、古い象形文字への反対キャンペーンは熾烈を極めたという。
 サティが到着したとき、コーポレーションが認めた言語以外を研究することはできなくなっていた。サティはときどきおもう。自分はアカで、象形文字が読める唯一の人間ではないかと。
 そんなときサティは、エクーメンの使節トング・オヴに呼びだされた。
 これまでトングは、コーポレーションに大都市以外へのスタッフ派遣を申請し続けてきた。それが81回目にして、ようやく認められたのだ。ひとりだけ、山麗地帯のオクザト−オズカトという小さな町への滞在許可がおりた。
 トングが選んだのは、サティだった。
 コーポレーションが許可した理由は分からない。だが、この機会を逃すことはできない。当然、コーポレーションから監視されるだろう。
 サティは旅立ち、オクザト−オズカトで失われた文化に出会うが……。

 ローカス賞受賞作
 3回目の再読。13年前に読み返していたのですが、内容はまったく覚えてませんでした。ただ、よく分からなかったな、という記憶だけ。
 3回目にして、ようやく理解できたように思います。

 エクーメンは即時通信の手段を持っていますが、宇宙空間の移動には時間がかかります。実は、サティは70年前の最初の接触を知っています。
 サティにはつらい過去があり、ときどき思い出してます。テラには過酷な歴史があってサティも巻きこまれていたのです。その歴史は、アカと重なってます。
 アカの物語であると同時に、テラの物語でもあるのです。


 
 
 
 
2020年06月05日
スコット・ウエスターフェルド
(金原端人/大谷真弓/訳)
『ミッドナイターズ2 ダークリングの謎』
東京書籍

 《ミッドナイターズ》三部作の2作目。
 アメリカ中西部オクラホマ州の田舎町ビクスビーには、昔から〈夜間外出禁止令〉があった。誰もその理由を知らない。
 ビクスビーでは毎晩1時間、深夜12時になるとブルータイムがはじまる。
 空には黒くて大きい月が出て、世界は青くて静かで美しい。その時間に動けるのは、12時に生まれた人間だけ。そして、ダークリングと呼ばれる獣たちも動きまわっている。
 ジェシカ・デイは、シカゴからの転校生。ブルータイムに動けるミッドナイターの一員。
 ある夜、ジェシカが仲間のジョナサンと帰宅したとき、茂みに潜む男を見つけた。男はジェシカの家に、黒くて長い望遠レンズを向けていた。ミッドナイターではない。ただ、真夜中の瞬間をはさんで、何度かシャッターを切っていたらしい。
 なにかを知っているのではないか。
 ミッドナイターのレックスとメリッサが調べると、ダークリングの痕跡がある家がみつかった。なにものかがダークリングと接触している。木製の牌を使ってやりとりしているらしい。
 通常、ダークリングたちは文字や記号を扱うことができない。
 ふたりは訝しむが、すぐにからくりがわかった。ダークリングと一体化した人間の子どもがいたのだ。そうしてダークリングは、文字や記号でものを考えるとき人間の部分を利用する。
 捕らえられた子どもは衰弱し、病んでいた。もう長くはない。ダークリングは死にかかっている子どもの代わりを求めている。〈特別な目の持ち主〉であるレックスを。
 一方、ミッドナイターのデスは、緯度と経度をしめす数字に重要な意味を見いだしていた。ある地点では、ミッドナイターたちの力が強くなったり弱くなったりする。調べれば、ダークリングたちが出入りできない場所もあるはずだ。
 デスは対地球位置把握システム(GPS)受信機を手に入れ、確信を深めていく。ついに死角を見つけ、老女と出会った。
 かつてビクスビーは、100人ちょっとの小さな町だった。いつもかならず〈マインドキャスター〉がいて、新しく生まれたミッドナイターを見つけだしていた。いろんなことを教える先生もいた。
 ところが、10年間で人口が12,000人にふくれあがり、状況が変わってしまう。
 老女が語る話にデスは耳をかたむけるが……。

 シリーズ2作目。
 前作『真夜中に生まれし者』を読んでいることが大前提。一応、これまでのあらすじはついてます。
 前作では、ジェシカの能力が明らかになりました。今作では、ビクスビーからミッドナイターが一掃されてしまった事件が明らかになります。
 とにかく、暗い。哀しい。おそろしい。
 ミッドナイターたちの、一枚岩ではないっぷりは相変わらず。それぞれできることが違うので、同じミッドナイターでもなかなか理解しあえないのです。

 本書は、児童書の体裁をとっている別物。
 児童書の次に行くステップで読むような本、と思っていたのですが、それともちょっと違うかな、と。いろいろ読んで児童書に戻ってきたけれど純粋な児童書は物足りない……という人向けかもしれません。


 
 
 
 

2020年06月06日
チャールズ・L・ハーネス(中村 融/訳)
『パラドックス・メン』竹書房文庫

 2177年。
 世界は、アメリカ帝国と東方連邦に二分されていた。
 アメリカ帝国は女帝を戴いているが、実権は宰相のバーン・ヘイズ=ゴーントにあった。ゴーントは〈盗賊結社〉に悩まされつつも、東方連邦との開戦の時期をさぐっている。
 10年前。
 ゴーントが権力を握ったとき、帝国社会の称讃の的となっていたのはキム・ケニコット・ミュールだった。ゴーントのライバルであるミュールは、いつでもゴーントの先をいく。そのときミュールは、太陽の物質を絶えず合成し、反重力メカニズム経由ですばらしい核分裂燃料に変えることで、すさまじい太陽の重力に打ち勝つ方法を見つけたのだ。
 太陽ステーションを設置したあと、アメリカ帝国はミューリウムを使用するようになった。ミュールは、自由人と奴隷の階級制に反対し、世間一般の生活水準をあげることで奴隷を解放したがった。そのためにミューリウムを使うように主張した。
 だがゴーントは、ミュールを国家の敵として殺害してしまう。犯行は、宰相公邸の奥のオフィスで行なわれた。ところが、撃ちぬかれたミュールの亡骸が消えてしまい、今も生死がはっきりしない。
 反体制組織〈盗賊結社〉の活動は、その翌日からはじまった。
 そして、5年前。
 ひとりの男が、墜落した宇宙船に搭乗していたところを〈盗賊結社〉に保護された。記憶喪失だった男はアラールと名づけられ、〈盗賊結社〉のメンバーとなる。
 〈盗賊結社〉は富裕層の金品を盗み出しては、奴隷を解放してきた。
 アラールは記憶を失ったまま〈盗賊〉として活躍するが……。

 1953年の作品。はじめて〈ワイドスクリーン・バロック〉と呼ばれたもの。当然、典型的なワイドスクリーン・バロックになってます。
 もっともらしい科学技術、宇宙的な広がり、時間をまたにかけたあれこれ、危機また危機の連続。その他もろもろ。はじまりは、豪邸に盗みに入るアラールから。
 読んでいて、ヴァン・ヴォークトを彷彿とさせられました。 

 
 

 
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