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2022年の記録
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このページの本たち
歴史は不運の繰り返し』ジョディ・テイラー
若草物語』L・M・オルコット
続 若草物語』L・M・オルコット
第三 若草物語』L・M・オルコット
第四 若草物語』L・M・オルコット
 
キンドレッド』オクテイヴィア・E・バトラー
イエスのビデオ』アンドレアス・エシュバッハ
天路歴程 −光を求める心の旅路−』ジョン・バニヤン
ぼくたちがギュンターを殺そうとした日』ヘルマン・シュルツ
文学刑事サーズデイ・ネクスト2』ジャスパー・フォード

 
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2022年05月12日
ジョディ・テイラー(田辺千幸/訳)
『歴史は不運の繰り返し セント・メアリー歴史学研究所報告
ハヤカワ文庫SF2300

 マデリーン・マックスウェル(マックス)は、古代史を専門とする歴史博士。サースク大学を卒業し、大学院では考古学と人類学を学んだ。
 大学院を卒業したマックスに、セシル・ドゥウィンターから連絡が入る。サークスの姉妹施設であるセント・メアリー歴史学研究所に就職する気はないか、と。
 ドゥウィンターは、マックスが家族に問題を抱えて途方に暮れていたとき助けてくれた。手を差し伸べてくれたのは、ドゥウィンターだけ。おかげで家族から逃げだせた。
 ドゥウィンターが言うには、セント・メアリーは給料がひどく、条件はもっとひどい。けれど、才能ある人が揃っていて、働くには素晴らしいところらしい。
 マックスは研究職を想像していた。ところが、面接のようすがおかしい。法的拘束力のある機密保持書類にサインして、ようやく真相を知ることができた。
 セント・メアリーでは、主要な歴史的事件を現在時間で調査していた。現地にタイムトラベルしていたのだ。マックスは、心の奥底で浮かれ騒いでしまう。
 マックスは採用され、訓練も合格した。チーム・プレイは苦手だったが、徐々にセント・メアリーに馴染んでいく。彼らは、気まぐれで、うるさくて、変わっていて、理屈っぽくて、義理がたくて、ひたむきで、せっかちで、いい人たちだった。
 歴史家が乗り込むタイムマシンは、ポッドと呼ばれている。それはまるで、石造りの薄汚れた小さな掘っ立て小屋。屋根は平らで窓はなく、メソポタミアのウルでも、現代の都会の耕地でも、どこにあってもおかしくない。
 歴史家たちはポッドで過去に旅立ち、ポッドで生活しながら仕事をすることになる。歴史に関わる行動は厳しく禁止され、観察と記録だけができることだった。
 現場は過酷だ。8台あったポッドのうち、2台が行方不明になっている。過去に向かったきり消息が途絶え、探しても見つからなかった。マックスが歴史局の一員となったとき、本来12人いるべき歴史家は7人しかいなかった。
 歴史家たちは、歴史の事実を知るためには命も惜しくない。本当にそのために死んでいく。
 調査のため白亜紀を訪れたマックスは、事故に遭ってしまうが……。

 タイムトラベルSF。
 マックスの一人称で展開していきます。
 タイムトラベルはあくまで舞台装置で、主に人間関係が云々されてます。マックスの「家の事情」の詳細は不明。頼れる人がなく、セント・メアリーがはじめて持てた家族、という状況にするための経歴かな、という印象でした。
 マックスは、セント・メアリーの人たちはみんないい人、と言いますが、マックスを嫌っている人もいます。裏切りもあります。その人たちもセント・メアリーの人なんですけどね。
 どうもマックスには、なんらかの精神疾患があるようです。作中では言及されません。歴史家の特徴だと説明されてます。
 マックスのトラブルメーカーぶりには辟易させられました。読む人を選ぶ作風なのでしょう。はまれば楽しめるのだと思います。
 本国では人気シリーズらしいですし。


 
 
 
 

2022年05月16日
L・M・オルコット(吉田勝江/訳)
『若草物語』角川文庫

 19世紀。北部アメリカ。
 マーチ家には、四人の娘たちがいた。父親の「小婦人(リトル・ウイメン)」になりなさい、という言葉を胸に生きている。
 マーガレット(メグ)は、16歳。少しばかりの虚栄心はあったが、やさしく信心深い性質をもっている。
 ジョセフィン(ジョー)は、15歳。活発で、文学が大好き。姉妹の中で男兄弟の役をしている。
 エリザベス(ベス)は、13歳。はにかみやで、音楽好き。父親からは静姫ちゃんと呼ばれている。
 エイミーは、12歳。自分が最も重要な人物であると思いこんでいて、いつもお行儀に気を配り、一人前の令嬢のようにふるまっている。
 マーチ家は、かつては裕福だった。マーチ氏が不幸な友人を救おうとして財産を失い、今では貧乏暮らしをしている。
 メグには、きれいな家に住んでなんの不自由も知らなかったころの記憶がある。それだけに、貧乏に堪えることがつらかった。他のひとをうらやんだり、不足を言ったりすることはやめようと思うのだが、華やかで豊かな生活にあこがれてしまう。
 ただ、敷物の色こそあせ、家具こそそまつだとはいえ、家族との暮らしは楽しいものだった。
 クリスマスの朝、四姉妹はそれぞれ、表紙だけ違う同じ本を枕の下に見つけた。『天路歴程(ピルグリムス・プログレス)』は、長い旅路を遍歴する巡礼にとってこれこそ真の道しるべとなるもの。この世のいちばんりっぱな生涯のことが書いてある、美しい古いお話だった。
 四姉妹がまだ小さかったころ、よく『天路歴程』になぞらえる遊びをした。
 重荷の代わりに小布袋をしょわせてもらい、帽子と杖と巻物をもって、〈滅亡の町〉と見立てた地下室からずっと家中を遍歴して歩く。ライオンのそばを通ったり、魔王と戦ったり、おばけのいる谷を通り抜けたり。家の上までのぼっていって、お日さまにあたりながらみんなで喜びの歌をうたったのは楽しい思い出だった。
 なぞらえて考えるのは、いくつになってもいいことだ。みんなそれぞれのやり方でそういうことをしている。
 四姉妹はクリスマスの贈り物をきっかけに、日の暮らしの中で、ピルグリムごっこをすることに決めるが……。  

 1868年の自伝的小説。
 12月にはじまる1年間を書いてます。「アメリカの児童文学にはじめてリアリズムを導入した本」という評価がついてます。翻訳だからか、児童文学という雰囲気は感じませんでした。
 時代は、南北戦争中。マーチ氏は布教師として従軍していて不在です。やさしい語り口で、教訓めいたこともでてきますが説教臭さはないです。
 物語の中心は四姉妹で、母親と、メグが生まれた時からずっと一緒に暮らしてきた使用人のハンナが一緒に暮らしています。その他、となりに住んでいる裕福なローレンス氏と、その孫のシオドア・ローレンス(ローリー)も登場。(ローレンス氏の息子夫妻は他界)
 ローリーは16歳。家庭教師のジョン・ブルックに勉強を教わっています。身体が丈夫ではなく、ジョーと仲良し。

 なお、マーチ家の貧乏は相対的なものです。より貧しい人に施しをする余裕があります。工夫しておしゃれをする余地もあります。
 ネックは、上流階級だったころの交友関係がそのまま続いていること。没落の理由が慈善からきているからでしょうか。金持ちの親類もいます。
 貧しいことを嘆くメグと、豊かだった時代を覚えてはいても重要視していないジョーが対称的でした。


 
 
 
 

2022年05月18日
L・M・オルコット(吉田勝江/訳)
『続 若草物語』角川文庫

 19世紀。北部アメリカ。
 戦争は終わりを告げ、従軍していたマーチ氏も帰還した。両親と四姉妹という静かな家族には、これという変化は起こっていない。
 メグは20歳、ジョーは19歳、ベスは17歳、エイミーは16歳になった。メグとローレンス家の家庭教師だったジョン・ブルックが恋仲になって3年の年月がたっている。
 ジョンは1年間の兵役義務をはたし、勲章などはひとつもいただかなかったけれども、傷ついて帰されて、病をいやすことに専心した。それから、低い地位でも書記の仕事を得て、メグのために家を整えた。
 その小さな家のことをジョンの教え子ローリーは、〈鳩の家〉と呼んだ。メグとジョンが、ひとつがいのキジ鳩のように仲よくしているからだ。
 メグの友人夫妻は、結婚にあたって豪華な支度をしている。メグは羨望を覚え、〈鳩の家〉に不満を抱いてしまう。だが、ジョンが注ぎ込んでくれる辛抱づよい愛情と苦労に気がつき、心を入れ替える。
 メグは〈鳩の家〉に、屋根裏から地下室に至るまでことごとく満足することができた。そして、ふたりは6月に結婚した。
 一方、ジョーは、文学とベスの世話に一身をささげていた。熱病から回復したベスだったが、すっかりひ弱くなり、バラ色の健康な少女にはかえれていない。
 ジョーにとって一番の友だちは、となりに住むローリーだ。だが、ローリーが自分に求婚しようとしていることに気がついてしまう。
 ジョーにとってローリーは、友だちであって結婚相手ではない。そもそも結婚する気がなかった。ジョーはローリーを避けようと画策するが……。

 自伝的小説。
 『若草物語』の続編。その後の四姉妹が語られます。
 前作は1年の物語でしたが、今作では、6年の歳月が流れます。
 前作では、ジョーとローリーはお似合いのカップルのように思ってました。ジョーの母は、ふたりは似ているからうまくいかないだろうと、ジョーの決断に賛成してます。自分でそれに気がついて行動するジョーってすごいな、と。


 
 
 
 

2022年05月20日
L・M・オルコット(吉田勝江/訳)
『第三 若草物語』角川文庫

 ナット・ブレイクは、子どもながらに流しの音楽家だった。住んでいるのは、しめっぽいあなぐら。かけるものもあるかなしかという暮らしだった。
 父がなくなり、今では病気でひとりぽっち。大好きなヴァイオリンまでとりあげられて悲しんでいるところを、シオドア・ローレンス(ローリー)が見いだした。
 ローリーは、ベア夫妻が運営しているプラムフィールドの学校を後援している。ナットのために紹介状を書き、この小さな人間に足場を与えてやれはしまいかと願った。
 ベア夫妻は、自知、自恃、自制の精神こそ、本から学ぶいろいろなことよりもっと大切なものであると考えていた。それで子どもたちは、いっしょに勉強をして遊び、働いたりけんかをしたりした。あやまちと闘ったり、りっぱな昔ふうの流儀で徳をみがいたりもした。
 ナットがやってきたときプラムフィールドには、12人の男の子と、ひとりの女の子がいた。みんなで学びながら共同生活を送っているところだ。
 プラムフィールドに受け容れられたナットは、苦しいときは終わったのだと感じていた。ベア先生が古いヴァイオリンを貸してくれたことが、なによりうれしかった。
 ナットの理解ではベア夫人は、貧乏な子どもをつれてきて、いっしょに住んで、親切にしてやるのがお好き。そこで、ダンに声をかけた。
 ダンは、ナットがヴァイオリンをひいて町を歩いていたころの知り合い。だれも親類がおらず、新聞を売っていて、ナットに親切にしてくれた。そこで、プラムフィールドがどんなにいいところかと、話をした。
 ナットの申し出に、ベア夫人は戸惑ってしまう。
 無制限に子どもを受け容れることはできない。その一方で、ナットの信頼に胸をうたれてもいた。
 ナットの希望をくじいて、そのやさしい小さな計画をおじゃんにするのはかわいそうだ。ナットが自分をそう思ってくれているように、困った子どもの避難港になってやりたい気持ちもある。
 ベア夫人の前に現れたのは、見るからに感じのわるい少年だった。前かがみにだらしない歩きつきで、つっ立ったまま、ずうずうしい仏頂面をして、そこらを見回している。返事はぶっきらぼう。
 ベア夫人は覚悟を決めるが……。

 『若草物語』『続 若草物語』の続編。
 まったく別の話になってます。単独で読めますが、前作までの登場人物についての説明はないです。
 ベア氏は、長いセリフでは語尾が不安定になることがあります。ベア氏はドイツ人で、前作ではカタコトでした。英語がうまくなったとだけ説明がありましたが、母語ではないことが現れたゆえの不安定さなのだろうな、と考えました。
 こうしたちょっとした変化がさりげなく出てくるので、前作も読んでおいた方が楽しめると思います。
 なお、ベア夫人の正体は、次女のジョーです。


 
 
 
 

2022年05月23日
L・M・オルコット(吉田勝江/訳)
『第四 若草物語』角川文庫

 ベア夫妻のプラムフィールドの学校は、世の中が不景気だったとき縮小された。それでも資金難で、ベア夫人は、収入の不足を少しでも補えればと、少女のための読みものを書いた。
 期待していたわけではない。せいぜい2〜3ドルになればと思っていただけだ。ところが、運命にまかせて出版社へ送ると、予想外に大衆の支持を得た。
 今では、すべてが順調に運んでいる。子どもたちの学校は終わったが、代わりに活気にあふれた小世界が現れた。
 よく凧があがっていた丘の上には、富豪のおうような遺贈によるりっぱな大学が建っている。学長は、ベア先生だ。
 子どもがふみならしていた小径は、いそがしそうな学生たちが歩きまわっている。大勢の若い男女が、財力と叡智と慈愛のたまものである特権を心ゆくばかり楽しんでいた。
 町は急激に膨張し、ベア夫人の未亡人の姉と妹夫妻は、プラムフィールドの地所に移住してきた。そこに暮らすだけでなく、姉妹の仕事を手伝ってくれている。
 ベア夫人は、全青年学生の心の友、かつ擁護者だった。姉のメグは、女子学生の母親代わりの友だちとなっている。妹のエイミーは、困っている学生たちの生活をそれとなくらくにしてやって、みんなをあたたかくもてなしていた。
 もともとプラムフィールドの学校で学んでいた子どもたちは成長し、世界中にちらばっていった。たまに世界のすみずみから帰ってきては、さまざまな経験談をものがたり、楽しかった昔話に笑い興じている。そして、また新たな勇気を得て現在の仕事にたちむかっていくのだった。
 ベア夫人は、小さな社会の中でしあわせに暮らすが……。

 前作『第三 若草物語』から10年後が舞台。
 やわらかい語り口は健在。続編というより、後日談でした。エピローグのような内容が、主要な仲間たちのそれぞれについて語られます。そんなわけで、前作は必読。
 もともと自伝的小説ということもあり、今作では、作者のグチで1章使ってます。名声は得たけど自由を失ってしまったベア夫人。気持ちは分かるものの作品で書くことか、と思わなくもないです。
 当時の社会問題が織り交ぜられてます。
 本作には、はっきりとは書かれてませんが、出自から黒人と思われる人物がでてきます。肌の色に関係なく人は人だから明言しなかったのか、人種問題は微妙すぎて書けなかったのか。
 思い過ごしかもしれませんが、少々気になったのでした。


 
 
 
 

2022年05月24日
オクテイヴィア・E・バトラー(風呂本惇子/奥地尚弘/訳) 
『キンドレッド』河出文庫

 1976年6月9日。
 その日はエダナ(デイナ)・フランクリンの26歳の誕生日だった。
 前日に引っ越してきて、片づけの真っ最中。突然、デイナはめまいと吐き気を覚え、くずれおちた。夫のケヴィンが心配して声をかけてくるが、焦点を定めることができない。
 ふいにケヴィンの姿が消え、何もかも消え、デイナは戸外にいる自分に気がついた。森のはずれだ。目の前に幅の広い河が穏やかに流れ、子供が溺れている。
 その様子を見た途端、すべての疑問が後回しになった。デイナは河へ向かって走り、小さな赤毛の男の子を助けた。
 川岸では、赤毛の女が泣き叫んでいる。女は、子供をルーファスと呼んだ。母親らしい。
 デイナは、駆けつけてきた男からライフルの銃口を向けられてしまう。撃たれる、と恐怖に身が凍った瞬間、男も女も子供も銃も皆、消えてしまった。
 デイナはうちに戻っていた。ケヴィンによると、ほんの数秒だったという。消えて、びしょ濡れで泥にまみれた状態で現れた。
 そして、1時間後。
 今度は、屋内だった。夜だ。窓辺に子供がいてカーテンに火がついている。どっしりとした布に炎が燃え広がり、子供はただたちすくんでいる。
 デイナが火を消し止めた。
 子供を救ったことで帰れるかと思ったが、なにも起こらない。子供と話すと、その子はルーファスだった。川の出来事から3年がたっている。
 ここは、1815年のウェイリン・プランテーション。黒人奴隷を使役して運営されている。
 デイナは、祖先がウェイリンを名乗っていたことを知っていた。
 代々受け継がれている聖書に家族の記録をつけはじめたのは、1831年生まれのヘイガー・ウェイリン。ヘイガーの両親は、ルーファスとアリス。ただ、数代前の高祖父が白人だったとは知らなかった。
 黒人であるデイナがウェイリン農園にとどまることはできない。ルーファスは、アリスの母を頼ればいいという。自由黒人で、どうすればいいか教えてくれるだろう。
 南北戦争前の南部には、黒人を統制しておくための組織があった。夜中に馬でやって来て、ドアを押し破って入り、殴ったり、その他の方法で黒人を苦しめる。
 デイナは夜陰にまぎれて行動するが……。

 時間SF
 デイナの一人称小説。デイナは過去と現代を行ったり来たりします。ルーファスの死の恐怖がデイナを呼び寄せ、デイナ自身の死の恐怖がうちへ帰らせる、という法則があります。
 1979年に発表されたものですが、古さは感じないです。デイナは公民権運動、女性運動を体験していて、現代人と感覚は同じだろうと思います。
 なお、ケヴィンは白人です。作家になりたて。デイナも作家を目指してます。現代に戻ったとき、ふたりで対策を練ります。自由黒人の証明書について検討したり、医薬品や武器を持っていけるように準備したり。
 問題は、それがいつ起こるかわからないこと。

 ウェイリン・プランテーションは、メリーランド州のボルチモアとは入り江をひとつ隔てたところだそうです。メリーランド州は奴隷州ですが、自由黒人も多く、南北戦争では北部についてます。


 
 
 
 

2022年06月01日
アンドレアス・エシュバッハ(平井吉夫/訳)
『イエスのビデオ』上下巻/ハヤカワ文庫NV

 チャールズ・ウィルフォード−スミス教授を団長とするチームはイスラエルで、西暦紀元前後の居住地を発掘調査していた。
 今回の発掘を後援しているのは、ジョン・カウンだ。カウン・エンタープライズのオーナーにして会長は、アメリカ最大の金持ちのひとり。傘下の最重要企業はテレビ放送局のNEWだが、この数年来、CNNから報道市場の覇権を奪おうと躍起になっている。
 発掘が進み、第14区画で予想外の発見があった。
 それを見つけたのは、スティーブン・コーネリアス・フォックス。ボランティアとして、発掘作業に従事している。そこが墓であることは、衛星写真により掘る前から分かっていた。
 スティーブンはひとり穴のなかにしゃがみ、だんだん地中からあらわれる骨を刷毛で掃いていた。副葬品もでてきた。平たい袋は、麻のようだ。
 スティーブンが袋の中を見ると、ビデオカメラの取扱説明書が入っていた。ソニーのMR-01カムコーダー。USAバージョン。
 だれかのいたずらだと思った。だが、見上げても、穴の縁からのぞいて、にやにやくすくす笑う仲間はいない。そこで、ウィルフォード−スミス教授を呼んだ。
 教授はスティーブンを口止めすると、第14区画を閉鎖した。カウンに連絡し、副団長にすらなにも語らない。
 カウンは、ビジネスのやり方は荒っぽいものの、常識人だった。理解の範疇にない知らせに、頭脳の全回路が遮断されたような感覚を覚える。そこでカウンは、それについて考えてもらうための人材を雇った。
 ペーター・アイゼンハルトは、ドイツで有名なSF作家。1日2000ドルの報酬につられてイスラエルにやってくるが、途方にくれてしまう。あまりに場違いだった。
 アイゼンハルトは、自分がカウンから求めているものについて考える。おそらく、答えを得られそうな良き提言をすることだろう。あらゆる観点から吟味して、最善の切り口を見つけだす。
 カメラの取扱説明書があったのなら、カメラとビデオが残っているはずだ。紀元前後のイスラエルにいたならば、当然、キリストを撮影したことだろう。
 一方、スティーブンは、発見者にもかかわらずのけものにされて苛立っていた。実は、あの麻袋には、説明書以外のものも入っていた。出土物収納箱に入れ、そのままになっている。
 スティーブンは、ひそかにそれを持ち出すが……。

 1998年の冒険もの。
 スティーブンを中心とした群像劇。
 スティーブンは、22歳。ビジネスで成功したそこそこお金持ち。それ以上稼ぐ貪欲さはなく、やりたいことをやる人生を送ってます。発掘協力員仲間でもあるユーディトに気があるのですが、身体目当てを前面に出すサイテー男でもあります。
 敵方となるカウンについても、しっかりと書き込まれてました。その分、途中からでてくるバチカンの偉い人の描写が、いかにもな悪人で、単純化されてますが。
 冒険ものとはいえ、じっさいに動き回るのはそれほど多くないです。特に序盤は、思考実験のような雰囲気。
 時間旅行者が墓に埋められたのは、帰還に失敗したからではないか、片道旅行だったのではないか。そもそも、壮大なペテンなのではないか。
 最後まで読んで、冒険の日々が大いなる前フリだったことに気がつきました。群像劇として書かれたのも、スティーブンがサイテー男だったのも、その他諸々も、すべてこの展開のためだったか、と。

 全然関係ないですけど、80年代の不動産王としてドナルド・トランプの名前が出てきました。急速に転落して忘れ去られた、と。カウンとしては、ああはなりたくないそうです。
 人生、なにがあるか分かりませんね。


 
 
 
 

2022年06月02日
ジョン・バニヤン (関根文之助/訳)
『天路歴程 −光を求める心の旅路−』小学館

 〈滅亡の町〉に、悩み苦しむひとりの男がいた。男が背に負った荷物は、大きく重い。その重荷によって墓よりも深いところに沈み、地獄に落ちるのではないかと、恐れていた。
 そのうえ、町はいずれ天からの火で焼かれて滅ぼされるという。自分は死んで、裁きを受けさせられる。死にたくはないし、裁かれたくもなかった。
 4人いる子どもたちに悩みを打ち明けてみたものの、あきれられるばかり。誰も、しんじてはくれない。
 そんなとき、エヴァンジェリスト(伝道者)に出会った。
 エヴァンジェリストによると、輝く光のほうへまっすぐに行くと、〈潜門(くぐりもん)〉があるという。狭い門だが、その門を叩けば、なすべきことを知らせてくれる。
 男が行こうとすると、妻と子どもたちが泣き叫んで引き止めようとした。朽ちず汚れず、しぼむことのないものを求めるには、持てるものすべてを捨てていかなければならない。男は、耳をふさいで走った。
 男は〈潜門〉にたどりつくまでに、落胆の沼に沈みかけ、誘惑に負けそうになり、重荷に苦しみ抜いた。男の名は、クリスチャン(キリスト者/心理を求める人)という。
 〈潜門〉を叩いたクリスチャンは、さまざまな教えを受ける。
 グッドウィル(好意)からは、これから通らねばならない狭い道について教わった。インタープリター(注解者)は、さまざまなものを見せてくれた。しかし、まことに耐えがたいまでになっている背中の重荷は、まだ下ろすことができない。
 旅立ったクリスチャンは、登り道の先の十字架を見る。その少ししたのあたりに、ひとつの墓があった。
 クリスチャンが十字架のもとにたどりついたとき、背負っていた重荷が肩からほどけ、するすると落ちて墓の中に落ちていった。ひじょうに驚いたクリスチャンは、大きな喜びにあふれた。
 すっかり軽くなったクリスチャンは、〈天の都〉である〈シオンの山〉をめざして歩きはじめるが……。

 寓意物語。
 バニヤンは17世紀の清教徒。英国小説の父だそうで。
 本書は、いわば聖書の実践編。イギリスでは、聖書に次いで愛読されているそうです。聖書からの引用が散りばめられてます。
 第一部に正編「クリスチャンの遍歴」、第二部に続編「クリスチアナの栄光」が収録されてました。クリスチアナは、悔い改めたクリスチャンの妻です。
 正副二編が収められているのに随分とうすいな、と思ったら、抄訳のようです。信者ではないので、そのくらいでちょうどいいのかも。

 印象的なのは、クリスチャンと呼ばれるようになるのが、町から出たときではなく〈潜門〉を叩いたときだということ。そこまでにも試練はあるのですが、叩くまでは帰依したことにならないようです。
 重荷が取り除かれるシーンも印象に残りました。学んでいくにつれ軽くなるのではなく、いきなり落ちます。十字架と墓の象徴からどういうことか理解しましたが、本来は、指導を受けながら読むものなのかもしれません。


 
 
 
 

2022年06月03日
ヘルマン・シュルツ(渡辺広佐/訳)
『ぼくたちがギュンターを殺そうとした日』徳間書店

 フレディは、リューネブルクの南にあるおじさんの農家で暮らしていた。両親とうまくいっておらず、見かねたおじさん夫婦がひきとってくれたのだ。そうでなければ、修道院の寄宿学校に入れられてしまうところだった。
 村では、たくさん働かなければならない。大変だが、村人みんながそうしているのだから苦にはならない。なにより、毎日が楽しかった。
 1945年。
 ブラッサウから続く街道を、難民たちがやってきた。そのときまで、村でフレディと同じ年ごろの子といえば、ディートリヒとマニだけ。そこに、エルヴィンと弟のヴァルター、そしてレオンハルトが加わった。
 ギュンターという難民の子もいた。学校こそ同じものの、住まいは少し離れている。フレディたちは6人で遊び、ギュンターは仲間に入れなかった。
 ギュンターは、どこでも敬遠されていたようだ。見た目は普通なのに、しゃべり方がおかしく、いつも鼻汁をたらしている。いっしょに何かをすることなんてできず、おずおずと突っ立っているだけ。
 1947年の夏。
 6人の仲間は、農家から卵を盗む計画をたてた。ところが、ギュンターがついてきてしまう。
 最初はおだやかに話しかけて追っ払おうとした。まるで通じない。きつく言ってみてもだめ。おしっこをひっかけたが、怒ったそぶりすらみせない。
 ついに6人は、ひっくりかえしたトロッコにギュンターを閉じこめてしまう。石ころをつかんでは投げつけて遊ぶが、次第にばつが悪くなってくる。ギュンターを出してやるころには後ろめたさがまさっていた。
 ギュンターがなにをされたか、村じゅうのうわさになった。大人たちは怒っている。
 レオンハルトが、ギュンターが名前をもらす前に消してしまおうと言い出した。もし自分たちがやったことがばれたら、家を追い出され、学校からも追い出されてしまう。
 戦争中に大人たちは、価値がないからと言って障害がある人やユダヤ人を殺した。大人たちがそうしたなら、子どもだってしていいはずだ。ギュンターを森に誘いこみ、沼にしずめてしまおう。
 フレディは、ギュンターを殺していいとは思っていない。だが、寄宿学校には恐怖しかない。レオンハルに反論できないが……。

 児童文学。
 フレディの一人称で展開していきます。短いのですぐに読めてしまうのですが、中身は濃いです。
 作者の経験がベース。ただ、関係者が生存しているため、配慮の改変があるようです。
 舞台は、第二次世界大戦直後のドイツの農村。
 戦争に行っていた大人の男たちが、ぽつぽつと帰宅しはじめてます。脱走した話や捕虜になっていた話もありますが、多くは語られません。大人だって心の傷があり、簡単に言えることではなく、口が重いのです。

 子どもなので生々しさはない一方、子どもなので意味が分からずに受け容れてしまっていることもあります。あの人はSSでかっこいい、とか。当時の農村の子供だと、そういう認識なんだな、と。
 重たい話ですが、ちゃんと救いがあります。


 
 
 
 

2022年06月05日
ジャスパー・フォード(田村源二/訳)
『文学刑事サーズデイ・ネクスト2 さらば、大鴉』
ソニー・マガジンズ

 1985年。
 サーズデイ・ネクストは、特別捜査機関スペックオプス(SO)の一級捜査官。文学刑事局(リテラテックス)に所属している。
 サーズデイは、冷酷きわまりない犯罪者アシュロン・ヘイディーズを倒した。その際、シャーロット・ブロンテ『ジェイン・エア』の結末を書き換えてしまう。
 幸い、改造は世間に受けいれられ、一躍時の人となった。とはいえ、有名であることが面白かったのは最初のうちだけ。
 サーズデイは、ちやほやされることを鬱陶しく思うようになる。スペックオプス広報活動の輝ける星、などと呼ばれてもうれしくもなんともない。なにしろ、禁止事項ばかりで自由にしゃべることができないのだ。
 一方、私生活では、ランデン・パーク=レインと結婚し、幸せいっぱい。しかも妊娠したことが分かり、ふたりは喜びにあふれる。
 ところが、突然、ランデンがいなくなってしまう。自宅に戻ると、ランデンの両親の家になっていた。
 ランデンの父ビルデンは、38年前に死んでいる。川に落ちた車から我が子を助けようとして死んだのだ。何者かがビルデンの救助を妨害したらしい。
 新しい歴史では、ビルデンは生きのび、ランデンが死んだ。ランデンは根絶されてしまった。もはやランデンのことを覚えているのはサーズデイだけ。
 サーズデイは、ゴライアス社のシット=ハウスから取引を持ちかけられる。エドガー・アラン・ポー『大鴉』に入ったきりの兄・ジャック・シットを取り戻せというのだ。〈文の門 (プローズ・ポータル)〉は破壊されているため、イギリスを事実上支配しているゴライアス社といえども、本の世界に入ることはできない。
 シット=ハウスは、ジャック・シットが戻れば、ランデンが生き延びられるようにするという。そもそもジャック・シットを『大鴉』に閉じ込めたのは、サーズデイだ。世間を欺いていたジャック・シットを許すことはできない。
 しかし、1947年の夏は時間閉鎖され、誰もランデンを助けられない。
 サーズデイは、ブックジャンプのできる人間を知っている。ミセス・ナカジマだ。ミセス・ナカジマの助力があれば、『大鴉』に入れるだろう。
 サーズデイはミセス・ナカジマを探して、オオサカへと旅立つが……。

 歴史改変SF。
 『文学刑事サーズデイ・ネクスト1』に続く、シリーズ第2巻。
 世界設定の解説は、ほぼありません。前作を読んでいることが大前提。
 今作から、ジュリスフィクション文学内務保安機関が登場します。本の中の世界を仕切る組織です。
 サーズデイは、ディケンズ『大いなる遺産』に登場するミス・ハヴィシャムの弟子になり、ブックジャンプを学びます。名作の登場人物たちが、その本だけに留まらず、お互いに交流する様子が描かれるのが、本書のおもしろみのひとつ。文面に現れないところでの活動が興味深いです。

 いろんな出来事が起こってガジェットてんこもりで、騒がしいことこのうえなし。ゴチャゴチャした雰囲気が好きな人は楽しめるでしょうし、じっくり読みたい人は疲れてしまうかもしれません。

 
 

 
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