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2022年の記録
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このページの本たち
スカイジャック』トニー・ケンリック
ルーツ』アレックス・ヘイリー
通い猫アルフィーの贈り物』レイチェル・ウェルズ
百年の孤独』ガブリエル・ガルシア=マルケス
新しい時代への歌』サラ・ピンスカー
 
レイヴンの奸計』ユーン・ハ・リー
火星へ』メアリ・ロビネット・コワル
ガルガンチュア』フランソワ・ラブレー
パンタグリュエル』フランソワ・ラブレー
第三の書』フランソワ・ラブレー

 
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2022年06月07日
トニー・ケンリック(上田公子/訳)
『スカイジャック』角川文庫

 弁護士のウィリアム・ベレッカーがサンフランシスコで独立開業して3ヶ月。
 ベレッカーはかつて、歴史の古い法律事務所のジュニア・パートナーだった。不運にもスキャンダルに巻きこまれ、事務所と妻アニーの両方からクビにされた。別の法律事務所を経て独立したものの、依頼人が押しかけるにはほど遠い。
 アニーは今でも、秘書をしてくれている。夫としてはだめだが、上役としては申し分ないらしい。
 ある月曜日、ベレッカーはゴルフ場に憤慨していた。フェアウェーに深さ30センチもある穴ぼこがいくつもあいていたのだ。花火の燃えかすらしきものが入っていて、そばにはわだちまであった。
 不機嫌なまま事務所に帰ってきたベレッカーを、親友フィル・リンローブが尋ねてくる。リンローブはカリフォルニア航空の紛争調停員。クラウス・アルブレクトとの関係を聞かれたうえに一対のカフス・ボタンを見せられて、ベレッカーは戸惑ってしまう。
 アルブレクトは依頼人だ。先週の金曜日、空港に行く前に立ち寄っている。特徴のあるカフス・ボタンを、アニーが覚えていた。
 実は、先週の金曜日、19時15分発のニューヨーク行き定期便が行方不明になった。シエラネバダ山脈の上空で高度を失い、タホー湖付近のどこかでレーダーの画面から消失。明るくなるのを待って機体を捜索したが、いまも発見できていない。
 しかも、乗客リストがコンピュータから消されていた。航空券の控えも行方不明。搭載目録の写しも失われている。
 ジャンボジェットには、360名の人間が乗っていたはずだ。カリフォルニア航空は状況が把握できないまま箝口令を敷き、家族からの問合せの電話に個別対応することにした。
 今朝になって、カリフォルニア航空に小包が届いた。
 飛行機を丸ごと誘拐した犯人は、2500万ドルの身代金を要求している。受け渡しは1週間後。証拠の品として、名前を付した品がいくつか同封されていた。
 アルブレクトのカフス・ボタンは、そのうちのひとつ。ベレッカーの事務所が立ち寄り先と分かり、リンローブが確認しにきたというわけだ。
 ベレッカーもアニーも、事件に興味津々。夜になってベレッカーは思いだす。
 あのめちゃくちゃなフェアウェーのゴルフ場は、空港と隣合せている。誰かが滑走路がわりに使ったのではないか。ずらりと並べた穴で発火信号を燃やして、小型機が着陸したのではないか。
 ベレッカーは、ジャンボジェットを見つけたときの保険会社からの謝礼を想像し、興奮状態。調査に赴くが……。

 ユーモア系ミステリ。
 1972年の作品なので、飛行機の保安体勢がすこぶる甘いです。今となってはありえないことが次々と起こります。
 基本的に、ベレッカー視点。随所に犯行グループの章があり、物語に厚みを加えてます。
 ベレッカーの調査は、リンローブには内緒。FBIも動いているので変なことで騒がせては……と遠慮してます。謝礼欲しさもありますし。ベレッカーの思いこみは的を得ていて、犯人グループを刺激してしまいます。
 犯人グループは、7名の男女。それぞれに過去があり、事情があります。ちょっとズレてる犯人もいます。
 飛行機はどこにあるのか、乗客たちはどうなっているのか。作中、どういう関係があるのか分からなかったことも、きっちりと繋がっていくのですっきりできました。
 それにしても、ベレッカーの事務所は本当に暇なんだな、と。本業そっちのけで、謝礼を想像してがんばってしまうのも分かる気がします。


 
 
 
 

2022年06月16日
アレックス・ヘイリー(安岡章太郎/松田 銑/訳)
『ルーツ』全3巻/現代教養文庫

 1750年早春。
 西アフリカのジュフレ村で、クンタ・キンテは生まれた。オモロ・キンテとその妻ビンタの、はじめての子供だった。
 ジュフレ村は、マンディンガ族の村。ガンビアの海岸から、川を4日間さかのぼったところにある。
 言い伝えでは、第一子が男の子であると、一家一門にアラーの神のご加護がさずけられ、幾久しく栄えるという。それで誰もがホクホクしていた。
 しきたりに従って名前を決めたのは、オモロだ。祖父のカイラバ・クンタ・キンテにあやかった。カイラバは、モーリタニアからガンビアにやってきて、ジュフレの村人を飢饉から救った聖者。死ぬまでジュフレのためにりっぱに尽くした人であった。
 クンタはジュフレ村ですくすくと成長していく。
 5雨(歳)になると寺子屋での学習がはじまり、10雨で卒業した。4ヶ月かかる成人訓練も無事に終了した。
 自他ともに一人前の男となったクンタは、自分の山羊と畑を巧みに管理して成果をあげていく。仲間たちと、大人の集まりにも参加するようになった。
 このころ村人たちの間では、白人(トゥボブ)の噂が絶えない。彼らに捕らえられると、鎖につながれ、海の向こうの白い食人種の国へ船で送られて食べられてしまうという。
 河(ボロング)のこのあたりだけで、月に50〜60人がさらわれている。トゥボブによる焼打ちや闘いで殺された者はもっと多い。なんでも、トゥボブの金に目がくらんだ裏切り者(スラティー)が手引きしているらしい。
 1767年。
 クンタは17雨になっている。太鼓をつくるため木を伐りに行ったクンタは、不意をつかれ、トゥボブに捕まってしまった。裸で鎖につながれ、枷をはめられ、背中のまんなかには焼きごてを押されてしまう。
 クンタは、船におしこまれるたくさんの黒人たちのひとりとなった。同じ黒人とはいえ、違う民族のため言葉は通じない。鎖でつなぎ合わされた男とも、意志の疎通はできなかった。
 船内の環境は劣悪。航海の間に死んだ者も少なくない。クンタは生き延びた。トゥボブの国に着くと、食べられることはなく850ドルで売られた。
 クンタを買ったのは、バージニア州スポッチルベニア郡の農園主ジョン・ウォラー。クンタには、トゥボブの言葉はまるで分からない。だが、自分がトビーと名づけられていることに気がつく。
 憤慨したクンタは逃亡をはかるが……。

 奴隷にされてしまったクンタ・キンテからはじまる一族の、苦難の歴史を紐解いた一冊。クンタは作者の祖先です。
 主人公は代替わりしていきます。
 もっとも重視されているのが、クンタ・キンテ。拉致される前、ジュフレ村でのことにかなりの尺を使ってます。二代目のキッジーが生まれる(1790年)のは、二巻の半ば当たり。そこから加速度的に展開していき、二巻が終わるころには、三代目のジョージに視点が移ってます。
 最終的に「私」にたどりつくのは最終盤。
 私の物語だけはテイストが異なり、まるで作品解説のようでした。どうして『ルーツ』を書くことになったのか、どうやって調べたのか、滔々と語られます。そうした異質な部分も含めて『ルーツ』なのだろう、と思います。

 なお、黒人たちの噂、という形で歴史的事件がたびたび登場します。「北のほうのボストンというところで、大きないくさが起きている」といった感じで、名称は出てきません。このとき脳裏に「ボストン茶会事件」がでてくるかどうかで読みやすさが変わると思います。


 
 
 
 
2022年06月19日
レイチェル・ウェルズ(中西和美/訳)
『通い猫アルフィーの贈り物』ハーパーBOOKS

 《通い猫アルフィー》シリーズ
 アルフィーは通い猫。エドガー・ロードを本拠地にしている。  本宅は、クレアとジョナサン夫婦の家だ。サマーとトビーというふたりの子どももいる。それと、アルフィーが父親代わりとなっている猫のジョージも。
 家族同然に交流しているフランチェスカとトーマスの長男アレクセイは、ホームレスの人たちのためになにかできないか考えていた。きっかけは学校の自由研究。恋人のコニーと一緒に地元のシェルターに行くと、住む家のない人が大勢いたのだ。
 もうすぐ11月。いつだろうと住む家がないだけでも大変なのに、クリスマスが近づいている。シェルターにいる人たちに、クリスマスらしいことをしてあげたい。
 アレクセイとコニーは、クレアに相談する。クレアは今でこそ専業主婦だが、かつてはマーケティングの仕事をしていた。いいアドバイスをもらえるのではないかと思ったのだ。
 アイデアを思いついたのはアルフィーだった。お金を集めるために、クリスマス会を開いてはどうだろうか。アルフィーは、クレアたちにクリスマス恒例の劇のちらしを見せて気づかせる。
 クレアたち3人は、クリスマス会の企画に大乗り気。町の人たちみんなに参加してもらって、出し物をすることを決める。
 会場は、エドガー・ロードの教会ホールを借りられた。学校に講堂ができるまでは、近所の人たちや学校が使っていたところだ。シェルターの熱心な支援者である牧師のラルフも協力してくれるという。
 早速、出演者のオーディションすることになる。
 一方、アルフィーは、エドガー・ロードの新しい住民に興味津々。通りのはずれのフラットに、女の人が越してきたのだ。バーバラという名前で、ひとり暮らしらしい。
 アルフィーがジョージをつれて様子をうかがっていると、バーバラがゴミを出しに出てくる。高齢で、白髪を短くカットしていた。
 仲よくしたいアルフィーだったが、バーバラから野良猫呼ばわりされてしまう。親しみやすさとは対極。アルフィーとジョージは怒鳴られ、ゴミ袋を振りまわわれ、追いかけられてしまう。
 自尊心を傷つけられ落ち込むアルフィー。バーバラは、どうやら猫が嫌いなようだ。
 そんなバーバラが、オーディション会場に現れた。以前住んでいたところではアマチュア劇団に入っていて、演技指導をしたこともあるというが……。 

 シリーズ7作目。
 安定したいつもどおり。安心して読めます。
 今回の不穏要素はバーバラ。それと、アレクセイの弟トミー(14歳)が、反抗期に入ってます。
 トミーは問題行動多発で、携帯電話もタブレットも取りあげられ、外出禁止を言い渡されてます。いろいろ信じられないし、自分でもどうしたらいいのか分からない状況。親以外の大人がいて、話を聞いてくれる環境って、いいですね。  


 
 
 
 

2022年06月27日
ガブリエル・ガルシア=マルケス(鼓 直/訳)
『百年の孤独』新潮社

 アウレリャノ・ブエンディア大佐が銃殺隊の前に立つはめになったとき、恐らくマコンドでの遠い少年の日の出来事を思いだしたにちがいない。
 その当時のマコンドは、葦と泥づくりの家が20軒ほど建っているだけの小さな村だった。建設されたきっかけをつくったのは、アウレリャノ・ブエンディア大佐の両親である、ホセ・アルカディオ・ブエンディアとウルスラ・イグアランだ。
 ふたりは、この地方でもっとも立派な村のひとつにかぞえられる古い集落の出身。いとこの間柄で、結婚するとなったとき親戚の者はこぞって反対した。両家は、何百年も前から血をまじえてきたのだ。アルカディオの伯父とウルスラの伯母とが結婚したとき、豚のしっぽを持つ子が生まれている。
 19歳のホセ・アルカディオ・ブエンディアは気にもしなかった。しかしウルスラは、生まれてくる子供についての不吉な予言を聞いて、婚礼の総仕上げともいうべきあの行為を拒否した。
 1年がたったころ、ふたりの関係をプルデンシオ・アギラルに侮辱されたホセ・アルカディオ・ブエンディアは、激怒して槍で殺してしまう。勢いでウルスラとも結ばれ、殺人は名誉の決闘ということで片づけられた。だが、ふたりの心にはやましさが残った。
 プルデンシオ・アギラルの霊が現れるようになると、ホセ・アルカディオ・ブエンディアは村を出てくことに決める。海への出口を求めて山越えをするのだ。この冒険行には、同じ若さの数名の友人も夢中になった。
 一行がめざしたのは、誰に約束されたわけでもない土地。難事業の最中には、ふたりに長男も誕生した。豚のしっぽはなく、ウルスラは大いに安堵する。
 出発から2年と4ヶ月。まだ海にはたどり着いていない。さすがにホセ・アルカディオ・ブエンディアも、あきらめざるをえなかった。こうして、澄んだ水が勢いよく落ちていく川のほとりに、マコンドの村が建てられた。
 マコンドには、毎年3月になるとジプシーたちがやってくる。ジプシーたちは、村のはずれにテントを張り、笛や太鼓をにぎやかに鳴らして新しい品物の到来を触れて歩いた。
 ホセ・アルカディオ・ブエンディアは、ジプシーのメルキアデスから、マケドニアの錬金術師の手になる世にも不思議なしろものを見せられて大興奮。メルキアデスの語る空想ゆたかな物語に夢中になる。
 メルキアデスは、根は正直者だった。ホセ・アルカディオ・ブエンディアの勘違いや思いこみを正してやろうとするが、ホセ・アルカディオ・ブエンディアは聞く耳を持っていない。いつしか、ふたりに友情が芽生えはじめるが……。

 1982年にノーベル文学賞を受賞したガルシア=マルケスの代表作。1967年の作品。
 マコンドという村の、100年をかけた誕生と滅亡の物語。
 南米コロンビアがスペインから独立したのは1819年。その後も保守派と自由派が対立して、1899年に内戦(1000日戦争)が勃発。アウレリャノ・ブエンディア大佐(自由派)も活躍し、1902年のネールランディア協定で休戦します。このあたりが主な舞台背景。

 物語のはじまりは、後年のアウレリャノ・ブエンディア大佐を絡めながらのホセ・アルカディオ・ブエンディアから。メルキアデスの存在がなにげに重要。ウルスラが豚のしっぽを恐れているというエピソードも。
 物語は、ときどきに焦点となる人物を替えて、時間を行きつ戻りつしながら展開していきます。そのため、今さっき死んだ人がなにごともなく登場したり、同じ出来事を違う人物から語り直したり、錯綜してます。また、死人がでてくることもあります。
 諸外国では、長文を「頭がいい人が書く(頭がよくないと書けない)文章」とされていて、長文が評価されているらしいです。本書はまさしくそんな感じ。
 一言で済むようなことを、たとえ話などを織り交ぜながら、丁寧に淡々と語られます。ひとつひとつが、ゆたかで美しいです。味わうためにも、じっくり読みたいところ。
 あわてて読んでしまうと、もったいないですし読み損なう危険があります。人によって評価が分かれるのは、そういうところかな、と思います。

 注釈が462項目ありますが、難解ではないです。ダマスク織とか、カルタゴとか、賢者の石とか、そういった物事の簡単な説明のための注釈が大半ですから、予備知識も不要。この箇所はあの古典が出典だろうな(そういうことは注釈されない)……と気がついたことはありました。


 
 
 
 

2022年07月04日
サラ・ピンスカー(村山美雪/訳)
『新しい時代への歌』竹書房文庫

 ミュージシャンのルースは、成功しつつあるところ。
 運が巡ってきて、オープニング・アクトからメインの出演者へと踊りでた。バック・バンドと共に各地をまわっているが、今度の会場は、はじめての2000人収容の劇場。正面玄関に掲げられたルース・キャノンの名に興奮してしまう。
 ところが開場間際というところで、野球スタジアムが爆破されたニュースが舞いこむ。スタンドは満席。1323人が死亡した。
 大統領が、全国民に今夜の自宅待機を要請。国じゅうに爆破予告が出されていた。
 ルースはコンサートを決行する。とにかく日常を続けたかった。その夜を最後に、スタジアムもアリーナもコンサートホールも明かりを消した。
 演奏場所を失ったルースは、ボルティモアの共同住宅に身を寄せる。国じゅうが、爆破だけでなく水疱病(ポックス)の蔓延にもおびえていた。
 一方、ローズマリー・ローズは、田舎町で両親と暮らしていた。
 13歳のとき、学校が仮想化された。中学校も高校もオンライン。友達と遊ぶのも、デートをするのもオンライン。前時代(ビフォー)のことは、あまり覚えていない。
 ローズマリーが、スーパーウォリーの事業者サービス係として就職して6年。部屋の一角を職場として設え、社則に従って制服を着用し、仕事用のフーディを装着してオンラインで働いている。
 この日ローズマリーは、ステージ・ホロ・ライブ(SHL)の相談を受けた。SHLはスーパーウォリーの配信網で、全国のフーディにストリーミング配信している。チケット販売でトラブルが発生していた。
 ローズマリーはすぐさま問題を処理し、その背後に隠された根源をも見つける。ローズマリーの仕事ぶりに、SHLの担当者は大感激。事後処理という形で、今夜のショーの招待コードと、新しいフーディまで供与してくれた。
 ローズマリーは、はじめてのコンサートを大いに楽しんだ。自分の旧式のフーディはSHLの技術に対応しておらず、いままで見たくても見られなかったのだ。
 スーパーウォリーの仕事は、安定しているがやりがいはない。SHLに興味を覚えたローズマリーは求人に応募し、アーティスト発掘者として採用される。
 夜間外出禁止令と参集規制法により、通常のコンサートは開けない。しかし、隠し部屋で秘密裏に演奏してるミュージシャンがいるはずだ。
 新入社員研修を受けたローズマリーは、ボルティモアに向かうが……。

 パンデミック後SF。
 ネビュラ賞受賞作。
 出版は2019年。当然、執筆はそれ以前です。COVID-19に見舞われて各種集会が中止に追いこまれた現代に通じるものがあります。そのため、予言の書などと言われてました。
 リアルな分、マスクひとつで大騒動するような国の国民が、何年もの間規制されっぱなしでいるのが腑に落ちなかったりしましたが。

 物語は、ルースとローズマリーが、ほぼほぼ交互に語られていくスタイル。時間的なズレは、途中で解消されていきます。
 なお、ローズマリーは24歳。ポックスの感染歴があります。日常はオンラインで、たまにでかけても、レストランでは仕切られているのが当たり前だし、消毒済みでないところに素手で触ることに強い抵抗感を抱いてます。
 ビフォーを覚えておらず音楽と関わるのもこれがはじめてというローズマリーは、失敗しながらも前に進もうとします。それが心強いです。


 
 
 
 

2022年07月06日
ユーン・ハ・リー(赤尾秀子/訳)
『レイヴンの奸計』創元SF文庫

 『ナインフォックスの覚醒』続編
 宇宙に版図をひろげる専制国家〈六連合〉は、〈暦法〉によって領域を支配していた。高度な数学で算出された優暦に基づく〈暦法〉は、通常の物理法則すら超越する。
 〈六連合〉にハフンが侵攻してきた。
 迎え撃つのは、ケル・キルエヴ提督。キルエヴ提督は、最大かつ最強のシンダーモス〈祝祭の秩序〉を旗艦とし、バナーモス119隻、スカウトモス48隻の大群をかきあつめ、スワンノット群を形成する。
 ハフンは、すでに8つの惑星の居住域を廃墟にした。本来なら、いますぐにでもハフンを撃破、駆逐するところだ。ところが、ケル司令部によって転移ポイントで足止めをくらってしまう。
 ケル司令部は、ケル・チェリス大尉に極秘指令を与え、この群れに加えることにしたという。チェリスの最新の経歴は、ハフンと共謀した異端から尖針砦を奪還する作戦だ。その作戦では、悪名高いシュオス・ジェダオが黒いゆりかごから出されて、砦に送りこまれている。
 ジェダオは最強の戦術家。400年ほど昔、狂気に陥って敵軍どころか自軍の兵士まで皆殺しにした。以来、霊体にされたジェダオは黒いゆりかごに入れられ、治療を試みると同時に兵器として温存されてきた。
 ケル司令部はこれまで何度か、ジェダオをよみがえらせている。霊体のため錨体に憑かせて、非常事態の処理を任せてきたのだ。尖針砦は奪還できたものの、派遣されたモス群が全滅したのは、おそらくジェダオ自身の手による。
 スワンノット群の司令室に現れたチェリスは、大尉ではなく将官の記章を身につけ、指なしのグローブをはめていた。指なしグローブはジェダオの象徴。この400年、そんなものをはめる兵士はいない。
 チェリスは、シュオス・ジェダオを名乗った。
 ケルの強みのひとつが、フォーメーション本能だ。上官の命令に従う欲求によって、完璧な統率を保っている。キルエヴ提督はフォーメーション本能に逆らえず、ジェダオの配下になることを受け容れてしまう。
 一方、キルエヴ提督の参謀のひとりケル・ブレザンは、フォーメーション本能に欠けるところがあった。ケルとしては失格の一歩手前。おかげで、フォーメーション本能に抗ってジェダオに銃口を向けることができた。
 しかし、抵抗もそこまで。ブレザンは群れから放逐されてしまう。スワンノット群が裏切り者の殺戮者に乗っ取られたことに憤慨したブレザンは対策を練るが……。

 《六連合》三部作の第二部。
 ジェダオはハフン殲滅を目標とし、そのように行動します。真意は明かされません。
 スワンノット群をとりまくアレコレだけでなく、〈六連合〉の偉い人たちが暗躍したり雲がくれしたり、不死者になろうとしたり、いろんな出来事が起こります。

 世界観が独特のわりに、今作では世界設定があまり語られません。前作『ナインフォックスの覚醒』で得ていた知識が役に立ちました。ただ、前作を読んでいると、終盤まで秘密にされていることが最初からバレバレ。
 なぜ、いかにもな書き方になっているのか、不思議に思いながら読んでました。もしかすると、本作から読んだ方が驚けるかもしれません。そうなると数々のヒントにも気づけなくなりますが。


 
 
 
 

2022年07月08日
メアリ・ロビネット・コワル(酒井昭伸/訳)
『火星へ』上下巻/ハヤカワ文庫SF2331〜2332

レディ・アストロノート》シリーズ
 1952年の巨大隕石の衝突は、多くの犠牲者をもたらし地球環境を激変させた。温暖化により、いずれ地球は人の住めない星になる。国際航空宇宙機構(IAC)が結成され、人類が生き延びるための宇宙進出がはじまった。
 最初の有人月面着陸ミッションから3年。地球周回プラットフォーム〈ルネッタ〉が稼働し、月面基地も建設された。IACは火星探検計画もすすめているが、予算面で窮地に立たされている。
 エルマ・ヨークは宇宙飛行士。パイロットで、航計士でもある。人気テレビ番組に出演したことで〈女性宇宙飛行士(レディ・アストロノート)〉として、名前が知られるようになった。
 エルマは月面基地に滞在し、地質学者を各調査地点へ送迎する役割を割り当てられている。それができる者は限られているが、やっていることはバスの運転手と変わらない。やりがいのない仕事だ。
 エルマは、地球と〈ルネッタ〉とを結ぶ大型往還船のパイロットを希望していた。だが、何度申請しても却下されてしまう。それは男性パイロットの仕事なのだ。
 当直任務が終わり、エルマは地球へと帰還した。ところが、エルマが乗客となった大型往還船にトラブルが発生してしまう。
 着陸目標地点から大きくはずれたようだが、詳細は分からない。ハッチをこじ開けなだれこんできたのは、狩猟用の迷彩服を着た6名の男たちだった。
 彼らは、地球ファースト主義者たち。宇宙開発に予算が割かれていることに不満を抱いている。被災者たちは、いまでも過酷な生活を強いられているのだ。
 有名人であるエルマは、交渉の仲介人をさせられてしまう。エルマは3ヶ月におよぶ月面生活から帰ってきたばかり。地球の重力は厳しく、思ったように行動することができない。
 けっきょく男たちは国連軍に制圧され、エルマも解放された。
 事件により、ふたたびエルマに注目が集まる。エルマはIAC本部長から、第一次火星探検隊への参加を要請された。予算を守るため、エルマを広告塔にしようという魂胆だ。
 本心では、探検隊に加わりたい。だが、そうなれば3年間は帰ってこられなくなる。エルマは迷うが、承諾した。
 火星探検隊は、すでに14ヶ月も訓練をしてきている。遅れを取り戻そうとはりきるが、エルマが加わることが、ひとりの隊員をはじき出す結果になってしまう。
 白人が入り、アジア系が外された。このことが、黒人メンバーに波紋を広げていく。
 エルマがチームと良好な関係を築けないまま、火星探検隊は地球を出発するが……。

 改変歴史宇宙開発SF。
 『宇宙へ』続編というより、前後編。前作必読。
 エルマの一人称小説なので元々エルマ中心ではあります。そのうえ自分自身で精一杯になってしまっているので、これまでの経緯なども語られないままに展開していきます。
 エルマは白人とはいえユダヤ人で女性。差別される側という認識が強いです。そのため、差別される人たちに理解ある自分、という一面があります。
 差別問題って難しいですね。


 
 
 
 

2022年07月12日
フランソワ・ラブレー(宮下志朗/訳)
『ガルガンチュア』ちくま文庫

ガルガンチュアとパンタグリュエル》第一巻
 グラングジエはびんびんと元気なときに、パルパイヨ王国のガルガメル姫と結婚した。やがて姫はみごもったが、子供を11ヶ月もおなかに宿したままだった。
 ガルガメルの下腹が痛みだしたのは、ちょうど牛の贓物料理を食べすぎて肛門が抜け出てしまっていたとき。この不具合によって、子宮のなかの胎盤葉の上方がゆるんでしまった。とぴだした胎児は静脈のなかにはいりこみ、横隔膜のところから肩までよじのぼって左の道をとおると、左耳からぽーんと外に出た。
 こうしてガルガンチュアは誕生した。
 ガルガンチュアはすくすくと成長していく。
 グラングジエは、ガルガンチュアのすぐれた知性とみごとな判断力にほれぼれとしてしまい、うれしくてたまらない。実にするどく、精妙であって、深遠にして晴朗なるこの子の知性には、なにかしら神がかり的なものがある。そう思ってソフィストの大博士に預けるが、これが大失敗。
 ある日グラングジエは、ガルガンチュアが、頭が変で、まがぬけて、ぼんやりして、すっかりばかになってしまったことに気がついた。激怒したグラングジエは新たな家庭教師を雇い、ガルガンチュアをパリに送りだす。
 ガルガンチュアが不在のあいだに国許では、大事件が勃発していた。
 きっかけは、隣国のフーガス(菓子)売りと、スイイー村の羊飼いとの諍い。スイイー村の者たちは、いばりくさったフーガス売りが気にくわない。フーガス売りも、もの笑いの種にされておもしろくない。騒動の最中、いきったフーガス売りがひとり、落馬して重傷を負ってしまう。
 フーガス売りの仲間たちは、行政府にはせ参じてピクロコル3世に泣きついた。ピクロコル王はたちまち逆上。国中の家の子郎党に招集をかけ、武装して、進軍を開始する。
 ピクロコル王は略奪暴行のかぎりをつくし、破壊しまくった。貧者も富者も、聖なる場所も、俗なる場所も容赦しなかった。まさに前代未聞の蛮行だった。
 グラングジエに一報が入るが、にわかに信じることができない。ピクロコル王は古くからの友だ。父祖の代よりずっと一門として親戚づきあいをしてきた。よき隣人として、困っているときには助けてもきた。
 グラングジエは和平の策を講じるが、はねつけられてしまう。
 パリのガルガンチュアは呼びもどされるが……。

 1534年(または1535年)刊行の古典。
 全五巻シリーズの第一巻。
 正式タイトルは『ガルガンチュア。パンタグリュエルの父親、大ガルガンチュアの、とっても恐ろしい生涯』。
 最初に「ガルガンチュア大年代記」(『パンタグリュエル』に収録)という人気の民衆本があり、便乗商法で『パンタグリュエル』が書かれます。続編ですよ、と。
 それが大成功を収めたため、後から前日談として『ガルガンチュア』が書かれたそうです。なので、執筆順は2冊目となります。ただし、この『ガルガンチュア』に合わせるように『パンタグリュエル』は改訂されてます。

 作者のラブレーはキリスト教徒で、司祭になったのち医学者に転身した人物。お堅そうなイメージとはうらはらに、軽くて低俗な雰囲気でした。下ネタ満載。
 とはいえ、さすがに教養人。聖書の逸話がベースになっているネタはもちろん、騎士道物語を意識したところがあったり、叙事詩から話題を拾ってきたりしてます。医学知識も生かしてます。

 丁寧な訳注がたくさんついてます。少々ズレることもありますが、該当見開きの左側にまとめられていて、すぐ目を通すことができます。とはいえ、いかんせん量が多く、すべてに目を通しながら読むと肝心の本編が頭に入ってきません。
 省き気味に読んでしまいました。


 
 
 
 
2022年07月14日
フランソワ・ラブレー(宮下志朗/訳)
『パンタグリュエル』ちくま文庫

ガルガンチュアとパンタグリュエル》第二巻
(「ガルガンチュア大年代記」も収録)
 ガルガンチュアは、ユートピア国王のバドベック姫と結婚した。
 ガルガンチュアが480歳プラス44歳のときバドベック姫が身ごもるが、その子はびっくりするほど大きくて、重かった。母親の息の根を止めないことには、この世の光を拝めない。バドベック姫は難産のあげくに死んでしまった。
 生まれた子はパンタグリュエルと名づけられ、みるみるうちに成長していく。あっという間に、身体もぐんぐん大きくなり、怪力強腕となった。
 オルレアンでたっぷりと学んだパンタグリュエルは、名門パリ大学を尋ねる。そこでも大変によく勉強し、大いに進歩した。
 パンタグリュエルは、パリ市外を散歩中にパニュルジュと出会う。
 パニュルジュは、りっぱな風采をして優雅な容姿でありながら、見るも哀れなほどあちこち傷だらけの男。まるで犬の群れに襲われて逃げてきたようだった。
 パンタグリュエルは、さぞかし富裕で高貴な家柄に生まれたにちがいない、と考えた。好奇の心を有する人間の例にもれず、あれこれの災難に巻きこまれて、すっからかんの無一物になってしまったに相違ない。
 興味を抱いたパンタグリュエルは、パニュルジュに声をかける。パニュルジュは、ミティリーニ遠征の折りに捕虜となりトルコに連れていかれて、そこから帰ったところ。
 パンタグリュエルは、パニュルジュにぞっこん惚れてしまう。いつまでも仲間でいてほしいと願い、アイネイアスとアカテスのような、刎頸の友としての友情をはぐくもう、と呼びかける。
 パニュルジュも大喜び。たとえ悪魔の巣窟であろうと、どこまでもお供すると誓った。
 まもなくして、パンタグリュエルのもとに急報が寄せられる。ガルガンチュアが、モルガーヌによって妖精の国に運ばれてしまったという。そればかりか、ディプソード人が国境を越えて、ユートピア国に入り、広範囲に荒らしまわっているという。
 パンタグリュエルはパリを出発するが……。

 1531年(もしくは1532年)刊行の古典。
 全五巻シリーズの第二巻。
 正式タイトルは『パンタグリュエル。大巨人ガルガンチュアの息子にしてのどからから人の王さま、その名も高きパンタグリュエルのものすごく恐ろしい武勇伝』。
 巷で大人気だった「ガルガンチュア大年代記」の便乗本です。パンタグリュエルの出典は聖史劇。元はといえば人間に塩をかけてのどからからにする小悪魔らしいのですが、それをガルガンチュアの息子という設定にしてます。

 下ネタ満載で、軽くて低俗な雰囲気。その分野を引き受けているのが、パンタグリュエルの従者となるパニュルジュです。
 こいつが、口八丁手八丁の風来坊。貴婦人に恋をして言い寄るものの、すげなく断られるとえげつない嫌がらせをして笑いものにしたりします。人妻相手になにをしているんだか。
 男尊女卑どころか、女性に人権がなかった時代なんだな、としみじみきました。

「ガルガンチュア大年代記」
 よきアルチュス王の時代に、メルランという名の偉大な錬金術師がいた。
 メルランは、みずからの魔術により過去のことを、そして神意により未来を心得ていた。自分は、やがては女たちにだまされて、監禁される運命にある。そうなってもアルチュス王を敵の魔手から守れるように手を打っておこうと考えた。
 メルランは、雄のクジラの骨とランスロの血からグラン・ゴジエを、雌のクジラの骨とアルチュス王の美しき王妃ジュニエーヴルの爪の切りくずからガルメルを生みだした。
 メルランはふたりに、ふたりの息子が7歳になったら、大ブルターニュ国はアルチュル王の宮廷に連れていくように命じるが……。

 アルチュス王、メルラン、ランスロは、英語では、アーサー王、マーリン、ランスロットになります。ジュニエーヴルは巨人ゴグランの妹。グラン・ゴジエとガルメルの息子が、ガルガンチュア。
 ガルガンチュアはアルチュス王に仕えて大活躍します。


 
 
 
 
2022年07月16日
フランソワ・ラブレー(宮下志朗/訳)
『第三の書』ちくま文庫

ガルガンチュアとパンタグリュエル》第三巻
 パンタグリュエルは、ディプソディを完全に平定した。
 パンタグリュエルは従者パニュルジュに、サルダンミゴン城主領を親授する。ところがパニュルジュは、この所領の3年分に相当する財を14日もたたぬうちに使い果たしてしまう。
 パンタグリュエルはパニュルジュに会うと、憤慨したり、残念に思ったり、悲しんだりすることもなく、静かに諭した。そんなパンタグリュエルにパニュルジュは、金を借りることについて熱弁を振るう。大したことではないのだと意に介さず、借金問題を棚上げにしてしまう。
 翌日パニュルジュは、パンタグリュエルの意見を聞きたいとやってくる。いよいよ結婚するぞと決心したものの、パンタグリュエルのご助言とご賛同がないと、実行に移す気になれないという。
 ふたりは話し合うが、パンタグリュエルが賛成するとパニュルジュは妻帯したくないといい、パンタグリュエルが嫁などもらわんことだと言えば、パニュルジュは結婚したいという。
 パンタグリュエルはさまざまな占いをすすめるが、たいてい、結婚すると寝取られ男(コキュ)になるという結果になる。その都度パニュルジュは反発し、独自の解釈を披露するが……。

 1546年に刊行の古典。
 全五巻シリーズの第三巻。
 正式タイトルは『第三の書。よきパンタグリュエルの英雄的な言行録』。

 今回の事実上の主人公はパンタグリュエルではなく、従者のパニュルジュ。パンタグリュエルは助言者的立場に後退してます。
 全52章のうち、9章でパニュルジュが結婚相談を持ちかけると、以降、延々と続きます。いろんな立場の人に相談、相談、相談。いろんな占いが飛び出します。そのバリエーションが本書の楽しみのひとつ。
 途中、高名な判事がさいころ占いで判決をくだしていたエピソードなども挟まります。が、ほぼ一冊結婚相談です。
 そこまで引っぱる結婚相談ですが、意中の相手がいるわけじゃないんです。お見合いすらなし。結婚の意思表示をしてしかるべき人から相手を紹介してもらう、という時代だったんでしょうね。
 その関連で、親の承諾なく結婚の承認をする教会は金儲けに走っている、などという批判がでてきます。
 パニュルジュは前作『パンタグリュエル』で人妻に言い寄ってますので、コキュになることを気にするとは、と冷笑しながら読んでました。

 
 

 
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