2022年01月01日
リサ・タトル(金井真弓/訳)
『夢遊病者と消えた霊能者の奇妙な事件』上下巻/新紀元社
1893年6月。
ミス・レーンは、探偵のジャスパー・ジェスパーソンの助手となった。賃金は歩合制。給料はないが、ジェスパーソン家に住めるし、ジェスパーソンの母が三度の食事を用意してくれる。
ジェスパーソンは、子どもを思わせるような容貌をしていた。ただ、青い目は鋭く突き刺すようで、深みがある声はめりはりが利いている。自分の、見ず知らずの人を魅了できるという能力に自信を持ち、他人から好かれることを当然と思っているらしい。
ジェスパーソンの助手となるまでミス・レーンは、ミス・ガブリエル・フォックスの助手をつとめていた。ガブリエルは、さまざまな超常現象を調べたり、あらゆる類の霊能者や降霊術師による謳い文句の真偽を確かめたりしている。信頼していたが、ガブリエルが計画した交霊会でいかさまの道具を見つけてしまった。衝撃を受けたミス・レーンはだまって立ち去り、連絡はとっていない。
ミス・レーンの充実した日々は、11月に一変する。この上なく賢明で節約上手なミセス・ジェスパーソンでさえも、お金の余裕があるふりができなくなってきたのだ。すでに家賃も滞納しているという。
ジェスパーソンは家主のヘンリー・シムズと交渉し、家賃代わりに、シムズの妹夫妻から相談を受けることになった。
夫のアーサー・クリーヴィーは35歳。若いころには夢遊病の気があったが、結婚してからは発症していない。ところが、またもや夢遊病がはじまってしまったのだ。
精神科医からは、結婚生活の何かのせいでアーサーがとても不幸なのだろうと言われた。ほかのものを求めて、ロンドンの通りをさまよいたい衝動に駆られるのだ、と。
しかし夫婦は納得できない。新婚のころと同じように、ふたりで幸せに暮らしている。前よりも幸せなくらいだ。
夢遊病の原因を、ジェスパーソンがさぐることになるが……。
一方、ミス・レーンは、元同僚たちに所在を知らせることを決めた。ガブリエルのもとを去った理由は誰にもはなしていない。組織に戻る気はなかったが、裕福で知的で冒険好きな人々との数少ないつながりを利用しないのはばかげている。
手紙に反応があり、ガブリエルが訪ねてきた。この一ヶ月のうちに、4人の霊能者が姿を消しているという。正式に仕事を受け、ジェスパーソンとミス・レーンは霊能者たちの身辺を探りはじめる。
やがて、アーサーと消えた霊能者たちに接点があることに気がつくが……。
《探偵ジェスパーソン&レーン》 シリーズ初巻。
オカルト・ミステリ。
ミス・レーンの一人称。そのため、ジェスパーソンに関する記述は外見的で、ミス・レーンは内面的、と対照的になってます。
ミス・レーンが自分の名前を恥じていたり、ちょいちょい心の傷が語られます。ジェスパーソン母子との距離が縮まっていって名前を教えられる間柄になるなど、ミステリ以外の部分にも力が入っている印象。
大きなテーマは心霊現象ですが、これの扱いは、ちょっと意外でした。そっちに行くんだ、と。勝手に、もっと現実寄りかと思ってました。
読む前からの思い込みはなくしたいものです。
なお、同時代ということで《シャーロック・ホームズ》シリーズが意識されてます。作者のコナン・ドイルはオカルトに傾倒してましたしね。
2022年01月03日
銀河連邦SF傑作選(ジョン・ジョゼフ・アダムズ/編)
アレステア・レナルズ/ジュヌヴィエーヴ・ヴァレンタイン/ ロイス・マクマスター・ビジョルド/ケヴィン・J・アンダースン&ダグ・ビースン/ジョージ・R・R・マーティン&ジョージ・ガスリッジ/ユーン・ハ・リー/ロバート・シルヴァーバーグ/アン・マキャフリー/メアリー・ローゼンブラム/ロバート・J・ソウヤー/オースン・スコット・カード/ジェレミア・トルバート/アレン・スティール/トレント・ハーゲンレイダー/ジェイムズ・アラン・ガードナー/キャサリン・M・ヴァレンテ
(佐田千織/中原尚哉/小木曽絢子/赤尾秀子/嶋田洋一/小路真木子/訳)
『不死身の戦艦』創元SF文庫
銀河連邦がテーマのアメリカ発アンソロジー23編のうち16編を抜粋したもの。戦争とか紛争とか、きな臭いものが多い印象。
各短編には、編集部による補足資料がついてます。ただ、作者がいつどこで生まれたとか、受賞歴とか代表作とか、データ的なもので解説ではないです。
アレステア・レナルズ(中原尚哉/訳)
「スパイリーと漂流塊の女王」
渦巻き戦争が勃発して400年。まだ戦争は続いている。
スパイリーは〈鼠捕りマウサー〉号で、ヤロウと共に任務中だった。そろそろ基地へ帰投しようかというタイミングで、長距離センサーが所属不明の濃液艦一隻を探知する。
宇宙は広い。射程距離まで2日かかる。徐々に近づいていくが、どうにも士気があがらない。
ヤロウは、軍からの離反者によって盗まれた艦船ではないかという。それなら勲章ものだ。漂流塊にむかう所属不明艦を追っていくが……。
ジュヌヴィエーヴ・ヴァレンタイン(佐田千織/訳)
「カルタゴ滅ぶべし」
400年前。宇宙からメッセージが届いた。光に合わせてあらゆる言語で歌われた、すばらしいものだったらしい。
出所をたどった天文学者たちは、オールトの雲のなかにゴミの環のように浮かぶ惑星を発見する。そして、その星をカルタゴと名づけ、カルタゴからの船を出迎えるために宇宙船を打ち上げた。地球だけでなく、あらゆる世界の知的生命体が同じことをした。
地球代表は、レン・初代(アルファ)・イエメンニ。クローンとなって世代を重ねながら、他の生命体との外交を繰り広げるが……。
イエメンニの随行員が語り手。どういうメッセージだったかは明らかにされていません。さまざまな種族が登場しますが、一様にカルタゴの到来を待っているのが新鮮でした。
ロイス・マクマスター・ビジョルド(小木曽絢子/訳)
「戦いのあとで」
《ヴォルコシガン・サガ》のスピンオフ。
バラヤー人を相手にした120日戦争が終結した。宇宙船操縦士のフェレルは、卒業が3日遅れたばかりに戦いの場には参加できなかった。現在は、医療技術兵(メドテク)のボニと共に、遺体の回収作業を行なっている。
ボニは、回収した遺体の医学検査をし、身元を確認し、整えてやる。死体に話しかけ、丁寧すぎる仕事ぶり。それはバラヤー人に対しても同じ。フェレルは呆れるが……。
ケヴィン・J・アンダースン&ダグ・ビースン(佐田千織/訳)
「監獄惑星」
人工人格が管理する監獄惑星バスティーユは、囚人たちを逃さないため、自給自足可能な惑星になっていた。主要な輸出産業は、ウーバーミンディスト。違法なドラッグだ。
あまりに過酷な暮らしに、アミューが囚人たちを率いて反乱を起こす。コンピュータにたけたセオウェインが、人工人格の制御リングを書き換えるワームプログラムを送りこみ、孤立させて無力化した。
連邦の大統領は、バスティーユ奪還のために艦隊を送りこんでくる。アミューは、この地獄のような場所にそこまでして取り戻す価値があるとは思っていなかった。防衛するが……。
ジョージ・R・R・マーティン&ジョージ・ガスリッジ
(佐田千織/訳)
「不死身の戦艦」
戦艦〈アレクト〉は不死身。14門のレーザー砲と二連装ソーラー銃が装備され、船腹には通常ミサイルが詰めこまれている。自己修復機能があり、知性に近いものを持つところまでコンピュータ化されていて、バックアップシステムもある。
ルイス・アクラーは、最後の乗組員だった。生物兵器が持ちこまれ、艦長も仲間も全員病死。あらゆる予防策をとっていたが、対処できなかった。潜伏期間は長く、発症は急激すぎた。
戦艦を敵方に渡してはならない。病気を故郷に持ち帰るわけにもいかない。ルイスは自爆を決意するが……。
ユーン・ハ・リー(赤尾秀子/訳)
「白鳥の歌」
ステーションに、5人の人間が追放されている。最後に加わった最年少の女性は、白鳥と名づけられた。
白鳥は、特権階級が所有する豪華船の船長の怒りをかって追放された。〈協奏世界〉には数えきれないほどの言語がある。そのなかでも不適切な言語を使ってしまったのだ。
ステーションは、表向きは芸術家の追放所だった。10年に一度やってくる判事が傑作だと認めるような作品を仕上げたときのみ釈放される。ここには、そんな技量の持ち主はいない。
船長から解決不可能な課題を課された白鳥は、不可能に挑むが……。
世界観が独特なため読むのに手間取りましたが、静かな美しさを堪能できました。
ロバート・シルヴァーバーグ(佐田千織/訳)
「人工共生体」
チョリーは、ペテルギウス・ステーションにいる。10年前に別れたきりのファツィオと再会して動揺している。
あのころふたりは、20歳の志願兵だった。第二次オーヴォイド戦争中で、ふたりは、シンシムにやられたらすぐさま相手を殺すと約束しあっていた。
シンシムは敵方が開発した生物兵器。感染者には恐ろしい運命が待っている。
あのときチョリーは、ファツィオがシンシムに襲われたことに気がついた。しかし、救急隊を待ってしまった。シンシムではない、と言い訳して。
チョリーはファツィオから、ある頼みをされるが……。
アン・マキャフリー(嶋田洋一/訳)
「還る船」
《歌う船》シリーズ
ヘルヴァが産まれたとき、安楽死か管理機械になるか、どちらか選ばざるを得なかった。ヘルヴァは生きのび、恒星間宇宙船という肉体を操る精神となった。
ヘルヴァがナイアル・パロランをパートナーとして乗船させてから、78年と5ヵ月と20日。ナイアルが死んだ。遺体は、レグルス基地に連れ帰らなければならない。
ヘルヴァは帰還中、ナイアルをホログラムとして生かしていた。
そんなときヘルヴァは、ケフェウス3宙域で大規模なイオン航跡を発見した。通常、こんな辺境で貨物船が船団を組んだりはしない。侵略を予感させる大船団だった。
放射の特徴を調べたところ、コルナー人の侵略艦隊と一致。彼らは、苛酷な惑星環境に適応した犯罪者グループだ。
目的地らしき星系で人の住んでいる惑星は、ラヴェルのみ。
ヘルヴァは〈中央諸世界〉に緊急事態を打電し、ラブェルに警告するためかけつけるが……。
メアリー・ローゼンブラム(佐田千織/訳)
「愛しきわが仔」
シリは、話者の誘導係であり召使い。担当する仔どもが「聞き方」と「話し方」を身につけ、ローブをまとい、市民のために世界と世界のあいだを越えて「話す」ため、別の場所へ送られていくまで面倒をみる。
シリは、弟との楽しいひとときをよく思いだす。いまだに、あのときの雪の夢を見る。弟は担当する話者と一緒に送り出された。もう記憶の中にしかいない。
今、面倒をみている仔はおびえている。意識を向けていないものの声まで「聞こえ」てしまう。感度が高すぎて、ほかの声を閉め出せない。
仔は、追い出されてしまうと心配するが……。
ロバート・J・ソウヤー(佐田千織/訳)
「巨人の肩の上で」
パイオニア・スピリット号が目指しているのは、くじら座タウ星。多重連星系に属していない、地球に最も近い太陽に似た星だった。
タウ星を巡っている惑星の中に、ソロルはある。観測の結果、人類の居住が可能だと判断された。こうして50人の男女が、眠った状態で旅立った。それから1200年。
共同キャプテンのトビー・マクレガーとリン・ウーが目覚めた。ふたりは、不測の事態に備えてまっさきに蘇生されることになっている。あとの48人が起きるのは、最終目的地に着いたときの一度だけ。
ふたりは、入植するつもりだった世界に、既に住人がいることを知る。パイオニア・スピリット号は大歓迎されるが……。
オースン・スコット・カード(佐田千織/訳)
「囚われのメイザー」
《エンダーのゲーム》の前日談
メイザー・ラッカム提督は、侵略者フォーミックの撃退に成功した。今度は人類が反撃する番だ。国際艦隊は宇宙船を建造し、フォーミックの母星と、植民地であることが確認されているその他の惑星へ向けて発進させる。
全艦隊の指揮は、メイザーが執ることになっていた。ただ、艦隊が目標の世界にたどり着くには多くの年月を要する。待機しているうちにメイザーは年老い衰えてしまう。
メイザーは年月をかせぐために、亜光速のまるきり無意味な旅に送り出された。その間、メッセージのやり取りはできても会話は不可能。メイザーは孤独に苛まれてしまう。
そんなとき、バトルスクールの新兵募集担当者から相談を持ちかけられるが……。
ジェレミア・トルバート(佐田千織/訳)
「文化保存管理者」
その星の住民は、卵に申し訳程度の足が生えたようなずんぐりした姿形から、ハンプティーと呼ばれている。
文化保存管理者のバートラム・キルロイは自らハンプティーとなり、潜入調査をしていた。そこに、惑星連合(U.P.)の〈ジョリー・ハッピー・ファン・タイム〉号がやってくる。
U.P.はハンプティーたちに通告した。市民になることに賛同すればよし、拒否すれば、全知的生物の平和に対する脅威であることを自ら認め、そのように扱われる、と。
バートラムは、〈ジョリー・ハッピー・ファン・タイム〉号の副官だった。脱走し、今では国外追放者という身。正体に気がつかれ、囚われてしまうが……。
アレン・スティール(佐田千織/訳)
「ジョーダンへの手紙」
ジョーダンはコヨーテのお嬢様。物静かで控えめ。プランテーションを継ぐ以上の野心はない。
そんなジョーダンと恋に落ちた労働者は、地球からの移住者だった。
ふたりが出会ったのは、ジョーダンの家業の麻のプランテーション。ふたりの交際に、ジョーダンの両親は大反対。幸い、ふたりは別れて、男は宇宙船乗りの仕事に就いた。三級貨物取扱者からはじまり、船を渡り歩く日々。
そのうちに、ジョーダンと寄りを戻したがっている自分に気がつき、手紙を送りはじめるが……。
トレント・ハーゲンレイダー(小路真木子/訳)
「エスカーラ」
キアナンは、分隊の異星人類学者。調査隊は16名からなり、連邦の補給ハブの建設に関して調べている。
惑星の原住民たちは、恒星間航行のような大躍進の一歩手前まで来ているが、まだ到達はしていない。連邦は、最先端の科学を餌にするつもりだ。
ただ、扇動者たちの抵抗は根強い。
扇動者たちは、原理主義者たち。自分たちは最初からこの惑星にいたと信じている。そのため連邦に反発している。
ほとんどの住民は、進歩した文明からの移民が、意図的にその起源を消し去ったと信じている。いつか祖先たちが戻ってくる、と。キアナンの雇った現地人のアドリアッシも同様。
アドリアッシは、キアナンたちが祖先ではないかという考えを捨てようとしないが……。
ジェイムズ・アラン・ガードナー(佐田千織/訳)
「星間集団意識体の婚活」
〈民主生命体回転区連合〉は、およそ2000歳。まだ若いが、もはや気楽な若者ではなく、色々と責任を負う立場になってきた。そこで、妻を探すことにした。
いろいろと考えた〈連合〉は、ルールメイトの〈デジタル支援球〉に相談する。早速〈志を同じくする貿易相手圏〉とのお見合いがお膳立てされるが……。
宙域のような存在をひとつの人格と見なした、ユーモアたっぷりの婚活話。〈連合〉の行動は、住んでいる人たちにも影響を与えます。容易に想像がつく結末ですが、こまごまとしたところまで楽しめました。
キャサリン・M・ヴァレンテ(佐田千織/訳)
「ゴルバッシュ、あるいはワイン ‐ 血 ‐ 戦争 ‐ 挽歌」
焼け焦げた戦前の軌道上のプラットフォームで、ドメーヌ・ザバ初の公開試飲会が開かれた。ドメーヌ・ザバは今でも、シャトー・マルボウズ=デブルイヤールとその兵士たちに監視されている。
客たちを迎えたのは、フィロキセラ・ナヌート。
はじまりは、フィロキセラが生まれる200年前。最初の植民者のひとりであるシモーヌ・ナヌートは、ツルが絡まったマリボルのブドウの古木を持参していた。はじめてアヴァローキテーシュヴァラにブドウが持ちこまれるが……。
フィロキセラが紹介するワインは5銘柄。滔々とワインの由来が語られます。それがそのまま歴史になっていて、ワインの奥深さを感じさせます。
2022年01月05日
アルフレッド・ベスター(中田耕治/訳)
『虎よ、虎よ!』ハヤカワ文庫SF277
ジョウント効果が発見され、訓練さえ積めば誰でも瞬間移動が可能となった。ただし距離に制約があり、宇宙をまたぐジョウントができる者もいない。
それでもジョウントは運輸分野に大革命をもたらした。そのために内惑星連合と外衛星同盟は対立し、戦争が勃発してしまう。
25世紀。
ガリヴァー・フォイルは、漂流する〈ノーマッド〉号でただひとりの生き残り。小さな気密室で、残骸となった船から少しずつ物資を運びだし、なんとか生き延びている。
漂流して171日目。フォイルは、こちらに突進してくる宇宙船を見つけた。後部ロケットの焔がぎらぎら噴出している。 地球産業界に君臨するプレスタインの所有船〈ヴォーガ〉号だ。〈ノーマッド〉の姉妹船だった。
フォイルは喜び、大急ぎで閃光信号を発射する。相手も気がついたらしい。〈ヴォーガ〉は〈ノーマッド〉と並走し、しかし、次の瞬間には通り過ぎて、そのまま姿を消した。
フォイルは狼狽し、やがて憤怒がこみあげてきた。胸をやきつくす怒りは、つまらない人間だったフォイルを食い荒らし、爆発させた。復讐を誓ったフォイルは、もはや別人。
生まれ変わったフォイルは、それまでには思いつきもしなかったことをした。難破した部品をしらみつぶしにしらべあげ、さまざまな操典をめくり、機関室に出入りした。ついに装置の修理に成功する。
〈ノーマッド〉が動きはじめると、生じた重力によってがらくたもいきおいよく動きだす。がらくたに激突されたフォイルは意識を失った。
火星と木星のあいだの小惑星帯で〈ノーマッド〉を拿捕したのは、科学的な野蛮民族たちだった。かれらは、遭難してとり残された科学調査団の後裔たち。フォイルは顔一面におそろしい刺青をほどこされてしまう。
意識を取りもどしたフォイルは、ヨットを奪って脱出を図った。内惑星連合の宇宙海軍によって救助されると、フォイルは総合陸軍病院に入院した。だが、すでに過去の技術となっていた刺青を除去することができない。
一方、プレスタインもフォイルの行方を追っていた。
実は、破壊された〈ノーマッド〉は、2000万の白金とパイアを運んでいるところだった。パイアは戦争の勝敗の鍵を握る戦略物質だ。発明者はすでに死んでいる。〈ノーマッド〉に積まれていた20ポンドが、現存するすべてなのだ。
捕らえられたフォイルは〈ノーマッド〉の在処を教えるように迫られるが……。
執念の男フォイルの、復讐物語。
15年ぶりに再読。
復讐のために、さまざまなものを切り捨てていくフォイル。はじめは〈ヴォーガ〉そのものをさがし、破壊しようとします。そこで捕らえられ、〈ノーマッド〉に貴重なものが積まれていたことを知ります。
フォイルは、〈ヴォーガ〉そのものの破壊から、命令をくだしていた船長さがしにシフトしていきます。命令系統をたどっていけば簡単。と思いきや〈ヴォーガ〉には秘密があり、一筋縄ではいきません。
発表は1956年ですから、当然、古いです。古い時代のSFの雰囲気を楽しみつつ、ジョウントによりまったく異なる社会となっている世界を楽しむ。
二度おいしいです。
2022年01月08日
ベン・H・ウィンタース(上野元美/訳)
『地上最後の刑事』ハヤカワ・ポケット・ミステリ
《最後の刑事(ラスト・ポリスマン)》第一部
3月20日。
ファストフード店のトイレで、首を吊った男が発見された。身体障害者用トイレの手すりにベルトをかけて首をしめたのだ。絶え間なく雪が吹きつけている夜だった。
ヘンリー・パレスは、コンコード警察署犯罪捜査部成人犯罪課の刑事。パレスが巡査から刑事に昇格して3ヶ月半。これで、9件めの首吊り自殺だ。
ニューハンプシャー州コンコードでは、首吊りは珍しくない。
去年の4月、ある小惑星が発見された。その小惑星のコースだと、地球に衝突するかもしれない。しかし可能性は低く、たいした話題にはならなかった。
ところが6月になって、衝突の確立が5%になった。たちまち世間は、その危険を現実のものとして認識しはじめた。確立はどんどんあがり、いまでは100%となっている。
直径6・5キロメートルの小惑星〈マイア〉が、地球に衝突する。10月3日、人類は滅亡するだろう。
人々は、死ぬか、死ぬまでにしておきたいことリストに取り組みはじめた。自殺者と行方不明者が頻発し、社会がうまく回らなくなりはじめる。とりわけ人手不足は深刻だった。
成人犯罪課でもすでに3人が早期退職している。おかげでパレスは、わずか16ヶ月の警邏勤務だけで刑事に昇格できたのだ。
首を吊った男は、38歳のピーター・ゼル。メリマック火災生命保険会社コンコード支店の計理士。
ゼルの装いは、地味でしわくちゃな黄褐色のスーツと、薄青色のボタンダウンのワイシャツ。ソックスは左右で微妙に色が違う。ズボンには安物の茶色のベルトが巻かれていた。
ところが、首を吊ったベルトだけが高級品なのだ。マンチェスターの高級男物洋品店のものだ。わざわざ買いに行くものだろうか、ファストフード店のトイレで自殺するために?
現場を見終わったパレスは、帰りかけにコートを着ていない女を見かける。女はパレスを見て、警察官だと気がついたようだ。不安そうに眉をひそめ、きびすを返して急ぎ足で去っていく。
パレスが女と再会したのは、ゼルの勤める保険会社だった。支店長の秘書のナオミ・エデスだ。エデスの証言は、なにかを隠しているようだった。
ゼルには親しい友人がいなかったらしい。一方で、大柄な男性とのランチを目撃されている。死んだ夜には、赤い大型のピックアップトラックが迎えにきていた。
パレスには、ゼルが殺されたとしか思えない。遺体を司法解剖してもらうが……。
ミステリ。
アメリカ探偵作家クラブ賞受賞。
パレスの一人称で展開していきます。
世界が滅びようとしている6ヶ月前。人員不足は、保守に手が回っていない、という形で影を落としてます。インターネットサービスは当てにならず、コンピューターは廃止。携帯電話の通話は不安定。
さらに、ちょっとの拘留が死刑判決になってしまうなど、時間に対する認識が、現在とは違います。誰もが逆算して生きている感じ。
設定はSFですが、内容はミステリ。異常状態下でのミステリが新鮮でした。文明崩壊後が舞台になったものはたくさんありますが、その直前の様子、というのは珍しいと思います。
ミステリ作家が書くとこうなるんだ、と。
《最後の刑事(ラスト・ポリスマン)》第二部
ブレット・カバトーンが失踪した。
ブレットは33歳。2年前まで、州警察官だった。辞めた理由は分からない。辞めて、妻の父が経営する家族向けピザ店権ボウリング場を手伝っていた。そして、7月17日の朝、使いに出たきり戻ってこなかった。
来る10月3日には、小惑星が地球に衝突する。
それがはっきりしてから、大勢の人が自殺し、また死ぬまでにやりたいことリスト達成のためにいなくなった。逆に、衝突する地域からは人々が押し寄せてきている。アメリカは、天変地異移民の上陸を阻止しようと必死だ。宗教カルトが改宗者の取りあいをすることもある。
ヘンリー・パレスは元刑事。警察組織そのものが改変されたため、3月28日に解雇された。もはや警察は、犯罪の阻止も、捜査も、防止の役割さえ果たせない。ただただ、できるかぎり多くの人々を無傷で生きながらえさせようとしている。
パレスはマーサから、夫ブレットの捜索を頼まれた。パレスにとってマーサは、12歳のときに面倒を見てくれた3つ歳上の少女だ。ブレットが見つかるとは思えないが、マーサにはっきりと言ってやることができない。
彼が清く正しいと思うことをしている、とマーサは言う。マーサはブレットのことを心底信じている。どうしても帰らなくてはならないと考えている。
パレスには、マーサの伝言「あなたの救済はそれで決まる」という意味が分からない。ただ、期待されていることをやるだけだ。もはや電話も使えず、捜査機関のデータベースにアクセスすることもできない状況で。
ブレットの行き先が杳として知れない中、メッセージが届く。
ブレットは、何でも屋のコルテスを雇い、マーサの面倒を頼んでいた。マーサを生き延びさせるための物資を前払いで買っていた。ブレットは、固く決心して妻を置き去りにしたのだ。
パレスは、ブレットの決意を知ったマーサが諦めてくれると考えた。ところがマーサは変わらない。
パレスは知り合いの巡査に頼みこみ、ブレットの州警察官時代の経歴を取り寄せるが……。
ミステリ
フィリップ・K・ディック賞受賞。
パレスの一人称で展開していきます。
世界が滅亡するまで、あと3ヶ月弱。パレスは頼りない手掛かりをたどっていきます。
基本的には本書で完結してますが、ふいに前作『地上最後の刑事』の登場人物の名前がでてきたり、流れ的には、全三巻のうちの二巻目といったところ。
前作では、かろうじて文明の名残がありました。今作では、ことごとく崩壊しています。電気は使えず、水道もそろそろあぶない。紙幣は紙くず。人々は、物々交換で必要なものを手に入れてます。
ミステリというより、SF寄り。
パレスがブレットの手掛かりを追う過程で、さまざまな社会が示されます。陰謀論にはまってしまう人もいます。パレスの妹ニコもそのうちのひとり。
ニコは、反小惑星陰謀運動に身を投じています。来たるべき未来を避ける手段があると信じて活動しています。
そういうところが、すごくリアルだな、と。頭がいい人ほど、はまってしまうのですよね。抜け出させるには3ヶ月は短すぎます。
《最後の刑事(ラスト・ポリスマン)》第三部
10月3日、小惑星が地球に衝突する。そのことが分かってから、世界は徐々に壊れていった。
ヘンリー・パレスは、元刑事。仲間たちと、マサチューセッツ州の隠れ家に避難している。
パレスには心残りがあった。ただひとりの家族である、妹ニコのことだ。ニコは地下活動グループの秘密計画にのめりこみ、姿を消した。
パレスにとってニコは、いまでも、かわいい妹。最後に険悪な口論をしてしまったのが残念でならない。ニコは、小惑星の経路は精密核爆発で変えられると信じ切っていたのだ。
パレスは、ニコの居場所の手掛かりをつかむ。オハイオ州のロータリー警察署にいるらしい。ニコのグループが、そこを偵察基地としているという。
パレスは覚悟を決めて、仲間たちのもとを去った。一緒に暮らしていたコルテスが道連れとなった。コルテスは、じっとしていられない性分なのだ。犬のフーディーニも連れてきた。
9月27日。
パレスは、ついにロータリー警察署に到着する。
5週間と、1360キロの道のり。さまざまな地域を通過した。危険な町も、おだやかな町もあった。このあたりには、誰もいない。
パレスは車庫で、ニコが愛用している煙草の吸殻を見つける。ニコのいた痕跡は他にもあった。
コルテスは、地下へと通じる隠し扉を見つけた。取っ手がなく、蓋のようになっている。地下にニコがいるとしても、すぐに開けることはできない。
フーディーニが見つけたのは、倒れた人だった。
警察署の裏は鬱蒼とした森が広がっている。そのなかの空地で、若い女が血を流してうつ伏せになっていた。意識はないが、死んでもいない。
顔にいろいろな裂傷と打ち身があり、右目は腫れてほとんどつぶれ、まわりは黒いあざになっている。右耳のすぐ下から弧を描いて左耳のすぐ下まで、恐ろしい深い切り傷が走っていた。
ふたりは女を警察署に運び、パレスがスーパーターゲットまで引き返すことにした。2日前に通ったところだが、そこにスレッジハンマーがあったのだ。ウィルソン製の5・5キロのでかいやつで、持ってこなかったのが悔やまれる。
パレスはコルテスを見張りに残し、スーパーターゲットへと向かうが……。
滅亡寸前SF。
パレスの一人称で展開していきます。
物語としては独立してます。が、いきなり読むと戸惑うと思います。きちんと、第一部『地上最後の刑事』から読みたいところ。
主軸はニコの探索。ニコがいるかもしれない地下への入口を突破するため、スーパーターゲットに行きます。スーパーターゲットって、ショッピング・センターみたいなものかなって思って読んでました。アメリカにある、大型のディスカウントスーパーらしいです。
ターゲットは武装集団に占拠されていて、ハンマーは手に入らず。パレスは代替品を求めてうろつきます。その過程で、いろいろな出会いがあります。
ミステリ要素は、グループになにがあったのか、というところ。
外から閉じられていた蓋といい、締め出されて倒れていた女といい、謎だらけ。その点では、やはりミステリなのかな、と。
2022年01月18日
H・P・ラブクラフト(堂本秋次/訳)
『未知なるカダスを夢に求めて』Kindle
《ラブクラフト傑作選》
ランドルフ・カーターは、眺望絶佳の都を夢に見た。
陽が落ちていく沈黙の都邑は銀色に輝き、豪奢で刹那の美に溢れている。都の北には急傾斜の丘があって、赤い屋根が連々と続いている。花園の香りが漂い、神々の熱狂が聞こえた。
カーターは、それらを城の塔に立ち眺めている。降りていきたくとも塔から離れることはできない。いつも途中で、夢から切り離されてしまう。
カーターは、あの煌めき沈む陽に照らされる都と、太古の屋根群が見える謎めいた高原を一目見たいと切望した。もはや記憶から閉め出すことはできない。思いが強すぎて、眠ることもままならなくなってしまう。
カーターは、知られざる神々に長く必死の祈りを捧げた。神々は、未知なるカダスの雲の上で気まぐれに思案を巡らせているという。未知なるカダスは、前人未到とされる凍てつく荒野にあるという。
献身的に言葉を届けようとも、神々からの返事は無い。神々が何らかの寛容さを見せることもなく、吉兆となる徴を授けることもなかった。
それどころか、カーターの祈りは神々に良く受け入れられなかったらしい。都を夢見ることすらできなくなってしまった。
カーターは決意した。人間が足を踏み入れたことのない領域へと至ることを。偉大なる者たちが黒瑪瑙の城を闇夜の神秘に隠すその場所を求めることを。
旅路には想像を絶するような危険を伴う。そこには、どんな夢でも見られない、秩序あるこの世界の外側について言葉をまき散らす何かが存在している。その名を口にする唇が存在しないほどの、無形の最期の王アザトースが。這い寄る混沌ニャルラトテップが。
しかし、カーターの決心は固い。
己の旅路に思いを馳せながら、カーターは七百の階段を降り、より深き眠りへと至る門から、魔法の森へと一歩を踏み出すが……。
《クトゥルー神話》の中でも毛色の異なる《ドリーム・サイクル》のうちの一編。カーターは現実世界の人で、夢の世界を旅します。夢の中で夢の都を求める特殊構造になってます。
場面転換があっても改行されるだけで、章立ても一行あけもないため、少々読みにくさがありました。舞台が夢世界のため夢でよくある唐突さを意識したのか、いつものことなのか、ラブクラフトを読んだ記憶がないので、なんとも言えません。
1927年の作品ですが、物語そのものには古さを感じない一方で、翻訳には古い時代の雰囲気がありました。
不思議なことに、発売(改訂?)は2020年。商業出版(校正や編集者のチェック済)ではないので、訳文の問題なのかもしれませんし、原文の雰囲気を伝えるためにあえて古さを出しているのかもしれません。なお、フリーランスの翻訳家らしいです。
いずれ、別の訳者の版を読みたいと思います。
2022年01月19日
キジ・ジョンスン(三角和代/訳)
『猫の街から世界を夢みる』創元SF文庫
ヴェリット・ボーは、若い頃は〈遠(とお)の旅人〉だった。〈覚醒する世界〉の者が〈夢の国〉と呼ぶこの世界を、大いに歩いたものだ。
ある時点で旅をあきらめると、ヴェリットは、セレファイス大学女子カレッジに入学した。聡明で規律正しい完璧な学生として落ち着き、数学部で物質学の学位を取得する。それからウルタールにやってきて、ウルタール大学女子カレッジで、20年間、教鞭をとってきた。
夜中に起こされたヴェリットは、大問題に直面する。3年生のクラリー・ジュラットが、〈覚醒する世界〉の男と駆け落ちしたらしい。
ジュラットの父はカレッジの評議会の一員だ。怒った父親は、カレッジを閉鎖させるかもしれない。そうなるとおそらく、大学は女そのものの入学を禁じる。
女はいつもごく細い線の上を歩いていると、ジュラットは分からなかったのか。
〈覚醒する世界〉の男は、どこにいてもこの国を離れることができる。自分の世界で目覚めればいい。しかし、ジュラットにはそれができない。こここそが彼女の世界だからだ。
ふたりは、ハテグ=クラにある門を通るだろう。そこから〈覚醒する世界〉に入るはずだ。ハテグ=クラへの道を歩いたことのあるヴェリットは、ジュラットを連れ戻すために旅立つ。
ウルタールからロースク=ハテグ街道を行き、ハテグの街を通って石ころ砂漠に突入し、隊商路にぶつかる手前の大きなカーブまで進めば、そこがズーグ族の森の入り口。深き眠りの門は、森を抜けたところ。門から階段を七百段のぼってハテグ=クラの焔の神殿に至れば、〈覚醒する世界〉につながる上の門にたどり着く。
ヴェリットは神殿の神官から、ふたりが上の門を通ったことを聞いた。そして、クラリー・ジュラットの祖父が、神々のひとりであることも。
愛情深い祖父は今のところ、カダスにある絹の覆いをかけたカウチで錯乱しながら眠り、夢を見ている。何年というものそんなふうなままで、いつ目覚めるか分からない。
愛情深い祖父は嫉妬深くもある。目覚めてジュラットがこの世界から去ってしまったと知ったら、ウルタールやその周辺は滅ぼされてしまうだろう。歴史は神々の理不尽な怒りと過剰な報復で満ちている。
そうなる前に、ジュラットを連れ戻さなければならない。
ヴェリットは、上の門を開ける銀の鍵を持っているランドルフ・カーターに会うため、イレク=ヴァドへと旅立つが……。
世界幻想文学大賞受賞作。
H・P・ラブクラフトの『未知なるカダスを夢に求めて』と「ウルタールの猫」が下敷きになっていると事前情報があったので、先に両方とも読みました。
「ウルタールの猫」は短編で、ウルタールで猫の殺傷が禁止されている由来を語ったもの。ウルタールの猫には特異なところがあるんです。今作では、一匹の黒猫がヴェリットと一緒に旅します。
『未知なるカダスを夢に求めて』は、ランドルフ・カーターが主人公の冒険もの。下敷きというより、続編といった雰囲気でした。読んであれば気がつくネタもある、といったところでしょうか。
短い物語ですが、ヴェリットはいろんな地域を巡ります。その過程で、さまざまな記憶が蘇ります。最終目的はジュラットですが、ヴェリットの総決算ものでもあります。
《ロジャー・シェリンガム》シリーズ
デイン夫妻がバーント・オーク・ロード4番地に引っ越してきた当日。地下室で、死体が見つかった。煉瓦の床にほかとは色の異なる区画があり、掘ってみたところが死体が埋まっていたのだ。
死体は腐敗が進んでおり、皮膚がほとんど残っていない。女性で着衣はなく、ただ手袋だけは残されていた。少なくとも6ヶ月前には埋められたようだ。
おそらく23〜30歳くらい。身ごもっており、5ヶ月だった。歯の状態はよく詰め物などはない。
後頭部から額へ抜けた銃痕があり、軍用リボルバーで撃たれたと思われる。果たして、地下室の白壁の上に、弾の当たった痕が見つかった。ただ、弾は犯人が持ち去ったらしく見つからなかった。
モーズビーは、スコットランド・ヤード犯罪捜査部の首席警部。地下室の殺人を担当するが、情報が少なく苦戦を強いられる。
6ヶ月前の借家人は、ミス・ステイプルズ。ミス・ステイプルズは、昨年10月に自然死している。
徹底的な聞き込みの結果、8月の第二週に、ミス・ステイプルズも近所もすべて留守だったことが分かる。その間に犯行がなされた可能性が高い。ただ、不法侵入された届出はなく、犯人は鍵を持っていたようだ。
モーズビーはミス・ステイプルズの身辺を調べるが、犯人はもちろん被害者に該当する者もでてこない。
完全に行き詰まったモーズビーは、遺体をX線にかけてみた。そして、右大腿部にプレートが入っていることが判明する。
骨折箇所にプレートを入れることはめずらしくない。大腿部という部位はそれほど多くはないが、少なくもない。しかし、たまたまプレートが実験的に製造されたものであったため、ついに被害者が特定された。
被害者はアリソンフォードに縁がある。
そのときモーズビーは、探偵気取りの友人ロジャー・シェリンガムを思いだした。ロジャーは去年の夏に、アリソンフォードのローランドハウス校で、病気になった教師の代役をつとめている。7月中旬のことだ。
被害者がいたのが、そのローランドハウス校だった。
モーズビーはロジャーから話を聞こうと訪ねるが……。
《ロジャー・シェリンガム》シリーズ第8作。
モーズビーが主人公のように展開していき、途中、ロジャーの小説が差し込まれる構成。
ロジャーは7月中旬時点のローランドハウス校の教職員のことを草稿としてまとめてます。それが紹介されて、被害者が誰なのか、という謎を解くのが中盤の趣向になってます。
かなりモーズビーが前面にでてきてますが、最後はシリーズ主人公のロジャーがすべてもっていった感じ。証拠重視のモーズビーか、帰納的推理のロジャーか、といったところでしょうか。
特殊な構造のため、好みで評価が左右されそうです。
2022年01月23日
須川邦彦
『無人島に生きる十六人』青空文庫(Kindle版)
龍睡(りゅうすい)丸は、76トン規模の2本マストのスクーナー型帆船。北のはて、千鳥列島先端の占守(しゅむしゅ)島の開発をになう報効義会の小帆船だった。
冬の間、占守島は雪と氷にうずもれる。連絡船である龍睡丸はすることがなく、秋から翌年の春まで、東京の大川口でただ待機しているのが常だった。
そこで、南方の暖かい海への遠征計画が立てられた。新鳥島から小笠原諸島方面に出かけて行って、漁業調査をする。これがうまくいけば、冬ごもりをしている期間を無駄にすることがなくなるだろう。
明治31年12月、龍睡丸は太平洋へと乗りだした。乗組員は、船長の中川倉吉以下16名。
はじめはすべてが順調だった。しかし、新鳥島付近で猛烈な大西風に遭遇してしまう。前方の帆柱は折れ、ふたつある飲料水タンクのうち大きい方がこわれた。もはや探検どころではない。
中川船長は避難先を、ハワイ諸島のホノルル港と決めた。日本へ帰る方が近くはある。だが、ハワイなら追手の風を利用して島づたいに行けるのだ。
龍睡丸がホノルル港に入るころには、2月になっていた。修理をして出帆したのが4月。龍睡丸は、北東貿易風をうけて帆走する。
5月になって風がやむと、龍睡丸は動けなくなってしまった。パール・エンド・ハーミーズ礁にさしかかったところだ。海が深く、錨を入れて碇泊しようにもどうしようもない。船を流しておくことしかできなかった。
龍睡丸は、暗礁におし流されていく。水深が浅くなってきたため改めて錨を入れようとするが、海底は岩。錨の爪がひっかからない。ついに座礁してしまった。
乗組員たちは中川船長の指示で伝馬船に乗り移り、無人島に上陸した。
島は、いちめんに緑したたる草がしげっていた。一方で、木は一本も生えていない。この島で生きのびなければならない。
全員が協力して、島での生活がはじまるが……。
漂流記もの。
1999年「本の雑誌」の漂流記ベスト1。
日本人スゴイ系でした。帰化した人も分け隔てなく、日本人になったのだからスゴイ、というところが潔い。
本作は、体験者(中川船長)から(事件の46年後に)聞いた話をまとめた体裁で、どちらかといえばノンフィクションです。少年少女向けのため、やさしい語り口になってます。
龍睡丸が座礁して、乗組員たちが無人島で救助を待って10ヶ月暮らしたのは事実です。ただ、当時、密猟のために偽装遭難が横行していて、龍睡丸もそうだったんじゃないか、という話もあります。
この物語がどこまで本当のことなのか。みんなが団結して生きのびた美談にしていいものかどうか。判断しかねるため、フィクション扱いにしました。(書的独話「絶海の無人島」でも書いてます)
なお、新鳥島は現在の地図には載っていません。南鳥島より北緯1度分だけ真北の位置にあったようです。