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2022年の記録
目録
 
 
 
 
 
 
 
 
 
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このページの本たち
アラビアン・ナイトメア』ロバート・アーウィン
ロボットには尻尾がない』ヘンリー・カットナー
八犬伝』碧也ぴんく
アイスワールド』ハル・クレメント
マルコヴァルドさんの四季』イタロ・カルヴィーノ
 
白い果実』ジェフリー・フォード
記憶の書』ジェフリー・フォード
緑のヴェール』ジェフリー・フォード
最後の竜殺し』ジャスパー・フォード
身もこがれつつ 小倉山の百人一首』周防 柳

 
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2022年12月01日
ロバート・アーウィン(若島 正/訳)
『アラビアン・ナイトメア』図書刊行会

 バリアンは、英国人の巡礼者。シナイ砂漠の聖カタリナ修道院に行きそれから聖地を訪れるという誓約をたてている。
 アレクサンドリアまで船旅で五週間。山賊やマムルーク役人から身を守るため商人や巡礼者たちで集団を形成し、カイロを目指して3日。一行は、アルカンタラ門からカイロに入った。
 実はバリアンは、フランス王宮の特命を受けたスパイだ。
 カイロのマムルーク政府は北のオスマントルコを恐れ、シリアで戦争の準備をしているらしい。カイロで大がかりな陰謀が進行中ともささやかれている。バリアンは、マムルークの地を旅して、兵の数、砦の強固さなどを偵察することになっていた。
 町にでたバリアンは、カイロに向かう仲間だったジャンクリストフォロ・ドリアが、店先にいるところを見つける。画家のジャンクリストフォロは、以前にも仕事でトルコで過ごしたことがあるという。熱くて黒い飲物をすすりながら、本を眺めていた。
 ふたりは、やはり同じ一行にいたマイケル・ヴェインが、市場をぬけていく姿を目にする。バリアンは、ヴェインが英国人だということしか知らない。ジャンクリストフォロは、彼は錬金術師で、マムルーク宮廷にも親友がいる危険人物だと忠告する。
 そのときジャンクリストフォロが、偃月刀を手にした2人のトルコ人に連行されてしまう。動揺し、なにもできないバリアン。残された本を手に隊商宿に戻った。
 カイロでは誰もが、そんなふうにして消えてしまう可能性がある。祖国が助けてくれることはない。書記長官への苦情すら、役所が開く月曜日まで待たねばならない。
 カイロで眠りについたとき、バリアンは不可思議な夢を見た。夢と現実が重なりあい、起きれば血だらけ。鼻から血を噴き出し、口の中も血まみれになっていた。
 医術の心得があるというヴェインが呼ばれ、バリアンは夜の病にかかっているといわれてしまう。身体に異常はなく、眠りの病のせいで出血したのだろう、と。
 バリアンはヴェインから紹介された〈眠りの館〉で、猫の父の診察を受けるが、泊まりこみでの治療は断った。自分でもはっきりとはわからないなにかが気になっていた。
 眠りの館をあとにしたバリアンは、語り部のヨルと出会う。ヨルは台座のようなものに坐り、群衆がまわりに群がっている。そのときヨルは、バリアンの話をしていた。
 ヨルはバリアンに、ヴェインと猫の父について警告する。味方であれ敵であれ、猫の父とかかわりあうのは危険だ。即刻この町を離れた方がいい、と。
 バリアンはヨルにかくまわれるが……。

 アラビアもの。
 舞台は1486年、ブルジー・マムルーク朝の末期。
 オスマントルコによるコンスタンティノープル陥落でビザンツ帝国が滅亡し、マムルーク朝には落日の雰囲気が漂ってます。新しい救世主の到来が噂され、誰が敵で味方なのか、検討もつかない陰謀合戦が展開されてます。
 バリアンの夜の病が見せる夢はリアルですが、ヒントはあるので判別可能です。
 また、ヨルが語る物語の中に物語を語る人がでてきて、その物語内の物語にバリアンが疑問を呈したり、複雑な枠物語になってます。アラビアものはこうでなくては。
 アーウィンは、中世アラブ史家だそうです。

 本書の挿絵は、描き下ろしではないです。19世紀前半のカイロを絵画で記録したデイヴィッド・ロバーツの作品で、リトグラフの写真平板で復刻したものを利用しているそうです。
 カイロは、15世紀からさほど変わってないんだとか。
 本書の内容とは少しズレている印象はありましたが、雰囲気は伝わりました。挿絵のためモノクロで、カラーで改めて鑑賞したいです。


 
 
 
 

2022年12月02日
ヘンリー・カットナー(山田順子/訳)
『ロボットには尻尾がない』竹書房文庫

 連作短編集。
 ギャロウェイ・ギャラガーは、天才的ひらめきを見せる頭脳をもっている優秀な科学者。そしてまた、無類の酒好きでもあった。
 ギャラガーが酔っぱらうと、潜在意識が解放されてとんでもない機械を作ってしまう。酔いが覚めたとき、見たこともない機械を目の当たりにして、なんのために作ったのか思案することもしばしば。どうやって使うのか考えながら、今日も酒を飲む。

 原書の発表は、ほぼ1943年(最終話だけ1948年)。そのため、古さを感じさせることはあります。その分、現代ではこういう書き方はできないだろうな、という部分も含めて楽しめました。

「タイム・ロッカー」
 ホレース・ヴァニングは、商取引分析を専門とする弁護士。それも法的支配の及ばない分野の。
 ヴァニングは、ギャラガーから譲ってもらった神経銃で大もうけした。それ以来、友人である科学者の気まぐれな発明品を、貪欲な目つきで眺めまわしている。
 こうして目にとめたのが、金属ロッカー。ロッカーに入れた品物は小さくなり、取りだすと戻る。
 ギャラガーにも理由は分からない。ただ漠然と、ロッカーにあびせたガンマ線が時空を歪めてしまったんじゃないかと考えている。
 ヴァニングは、ロッカーを6クレジットで譲ってもらい、事務所に持ち帰った。早速、クライアントが横領した多量の債券をロッカーに隠すが……。

「世界はわれらのもの」
 ギャラガーが目を覚ますと、丈の高い、不可思議なマシンが鎮座ましましていた。マシンは、なにやら低くぶつぶつ唸っている。ギャラガーにはマシンの正体がまったくわからない。
 困惑しているギャラガーの前に、小さい生きものが現れた。ふわふわの毛におおわれた丸くて大きな耳、大きな目はウサギのようだ。
 生きものによると、自分たちはリブラだという。500年かそこいら先の火星から来た。世界はわれらのものだというが……。

「うぬぼれロボット」
 ギャラガーはロボットのジョーを造った。外側が透明なので、内部が丸見え。体内の大半は大小さまざまな歯車で占められている。
 ロボットは、鏡の前に突っ立って自画自賛しているだけ。二日酔いのギャラガーには、どうやって、また、なぜ造ったのか、さっぱり憶えていない。
 そんなところに、ハリソン・ブロックがやってくる。ブロックはテレビ会社のオーナーで、先週ギャラガーに、問題解決のための手付け金を払ったという。
 ブロックのテレビ会社は、業界で最大。ところが、ライバル社に息の根を止められそうになっている。酔ったギャラガーが解決策を見つけたようなのだが……。

「Gプラス」
 ギャラガーが気がついたとき、部屋の片隅にマシンらしきものがあった。白っぽいしなやかなケーブルが束となり、窓を通って裏庭にのびている。その先は、いつの間にか出現した深い穴。
 ケーブルは、穴から1フィートばかり垂れさがったところで切れていた。丸い先端の縁は金属でおおわれ、なかは空洞だ。ギャラガーには、マシンの目的も、ケーブルの意味も、なにも思い浮かばない。
 困惑しているところに、召喚状が届く。ギャラガーは、ホッパー・エンタープライズ社のデル・ホッパーに訴えられていた。手付け金1,000クレジットを受け取り、仕事を完遂しなかっただけでなく、返金も拒否したのだという。
 銀行通帳を見ると、確かにD・Hからの振り込みが1,000クレジットある。さらに、J・Wから1,500、ファッティからは800。ただし、4,000クレジットを引き出しているため、残高は15クレジットだけ。
 ギャラガーは、4,000クレジットで購入したディヴァイセズ・アンリミッテッド社の株券を見つけ、担当の株式仲買人から話を聞くが……。

「エクス・マキナ」
 ギャラガーは、十乗級の二日酔いで目を覚ました。
 どういうわけだか、発電機がひとつ増えている。しかも、一対の青い目がついている。ビールをグラスに注ぐと、飲む前に空になってしまう。
 ロボットのジョーが、誰かがあなたのビールを飲んでいるという。おそろしい速さで動く、小さな茶色の生きものが。
 昨夜、なにかが起こったにちがいない。そう考えたギャラガーは、録画を確認する。
 酔ったギャラガーは、ジョーナス・ハーディングの訪問を受けていた。
 ハーディングは、アドレナルズ社の共同経営者。アドレナルズ社はスリル満点のハントを提供しているが、危険は最少でなければならない。その目的にあった新しい獣を求め、ギャラガーに1時間で解決しろという。
 酔ったギャラガーはなにかをつかんだようだった。ところが録画装置をとめてしまったために、肝心なところが分からない。そんなとき、アドレナルズ社のもうひとりの共同経営者マードック・マッケンジーパートナーが現れ、巨額の保険を受けとるためハーディングの死体が必要だといいだすが……。


 
 
 
 

2022年12月04日
碧也ぴんく(滝沢馬琴/原作)
『八犬伝』全8巻/ホーム社漫画文庫

 長禄2年(1458年)。
 隣国安房館山の安西景連に城を取りかこまれ、里美は孤立していた。兵糧が尽き落城も目前。領主里美義実が一子義成は、安西本陣への奇襲を献策する。
 義実は許可したものの成功するとは思っていない。つい、犬の八房に約束をしてしまう。安西景連の首を取ってきたら伏姫を嫁にくれてやろう、と。
 義成は奇襲に失敗するが、八房が、安西景連の首を咥えて帰ってきた。八房のおかげで里美は大勝利。館山城を手に入れ、安房四郡を平定して国司に任ぜられた。
 義実は八房にした約束を忘れてはいない。そのうえで反故にしようとする。ところが、伏姫は約束を違えることを咎め、八房と共に城をでていってしまう。
 伏姫と八房は山奥の洞窟で、奇妙な同棲生活をはじめた。伏姫は八房に、人と獣の垣を越えぬよう言い聞かせ、かたときも懐剣を離さない。一日中、読経して過ごした。
 1年ばかりたったころ。
 伏姫が孕んだ。動揺する伏姫の前に怨霊が現われ、八房の恋慕の気が身に達して懐妊したのだと告げる。人と獣が交わって生まれる呪いの子だと。伏姫が産みおとす八つ子が、里美を滅ぼし地獄へと導くだろうと。
 驚愕した伏姫は、自死を決意する。
 伏姫が腹をかっさばくと、八つの魂が、伏姫の数珠についていた八つの珠と共に散っていった。伏姫は、命のすべてをかけて呪いを希望に変えたのだった。
 関八州の各地で、やがて八犬士となる者たちが生まれた。かれらは珠をもち、身体のどこかに牡丹の形の痣がある。因縁に導かれ、里美家の下に集結するが……。

 伝奇小説「南総里見八犬伝」の漫画化作品。
 原作は江戸時代後期の大ベストセラー。実在人物や実際にあった戦などがちょいちょい使われてます。
 漫画化されたのは、伏姫の逸話から里美家の呪いの結末まで。人気シリーズゆえの蛇足気味な後日談とか、本編と無関係な話はないので完訳ではないです。(最終巻に、オマケの外伝が収録されてました)
 なお、怨霊の正体について語られるのは2巻と早いので書いてしまうと、玉梓という女性です。怨霊化に当たって、若かりし里美義実と、金碗孝吉が関わってます。

 孝吉の子が大輔で、伏姫の許嫁。義成の奇襲作戦に参加していて行方不明になるものの生還し、伏姫と八房を捜します。伏姫の最期に立ち会い、菩提を弔うため出家して丶大(ちゅだい)法師となり、姫から生をうけ散っていった八つの珠を捜すことを自らの宿命とします。
 丶大法師の説明で、八犬士たちは己の宿命を知るわけです。
 また、漫画ではハッキリとは触れられてなかったのですが、伏姫がすごい霊力を発揮しだすのは、読経効果らしいです。

 時代考証をきちんとしようとしている姿勢が垣間見られて、好感度高いです。残念ながら原作者の滝沢馬琴がルーズだったようで、室町時代にはなかったものがでてきたりはします。そこは突っ込まずに受け入れるべきなのでしょうね。
 漫画である以上、絵柄の好みは人それぞれ。かわいい子だと思ってたら作中人物が「美しい!」と感嘆しだして驚いたり、悪女面がみんなおなじに見えると思ったら同一人物だったりもありました。
 それでもなお、とにかく読みやすく取っつきやすいです。いかんせん江戸時代に書かれたものなので、多少、無理があるとか、捻りが足りない、とかはあります。それをそのまま、妙な改変することなく読めるのはありがたいことです。

 ところで、籠城していいのは援軍がくるときだけ、とは声を大にして言いたいです。江戸時代は平和だったから、戦のセオリーが抜けちゃったんでしょうね、きっと。


 
 
 
 
2022年12月07日
ハル・クレメント(小隅 黎/訳)
『アイスワールド』ハヤカワ・SF・シリーズ

 ソールマン・ケンは、学校教師であり科学者だった。その経歴をかわれ、麻薬取締役主任のレイドから、潜入調査を頼まれる。
 つい2〜3年前から、ある麻薬が出まわりはじめた。
 それは、たった一度吸いこんだだけで中毒してしまう。特殊な冷凍庫に入れておかなければならないのは、幸いだった。常温では数秒で分解してしまうのだ。
 そのために証拠のサンプルすら手に入れられていないのだが。分かっているのは、どこか外の惑星から来ているらしい、ということくらい。
 製造も困難らしく、犯罪グループは第一級の製造技術者を手に入れたがっている。だが、有能な技術者は引っぱりだこで、雇えば注目されてしまう。
 レイドは、しかるべきところにケンの情報を流した。ひそかに雇うには、ケンは恰好の人材。すぐに、貿易会社の代理人だという男に声をかけられる。
 応じたケンは、ノースアイランド宇宙港からカレラ号に乗った。それから22日。見知らぬ太陽が、弱々しい光を放っていた。サールの太陽とはまるで違う。
 首謀者は、レイ・ドライと名乗った。
 ドライがその惑星を発見したのは、20年前だという。大気圧は通常気圧の約3分の2。最下層の温度は低く、カリウムや、鉛や、錫までもが凍ってしまう。
 あまりの寒さに、自分で地表におりることはできなかった。遠隔操縦の無人艇を送るのが精一杯。原住民との接触に成功するものの、映像が得られず、相手の容貌もひとりなのかグループなのかも分からない。それでも、原住民が〈タハコ〉と呼ぶものの取り引きを成立させてきた。
 ドライの要望は、〈タハコ〉をもっと多量に手に入れることだ。都合のいい場所で、自分で育てたいのだ。そのためにケンは雇われた。環境を再現するために。
 その第三惑星は、地球と呼ばれていた。
 一方地球では、ウイング一家が山小屋に向かっていた。毎年一家は、7月から9月まで、山で過ごしている。
 次男のロジャーはかつて、父が秘密の鉱山をもっていると思っていた。だが、もっとすごい秘密があるようだと勘づいている。
 ロジャーは秘密を探ろうとするが……。

 異星人ものSF。
 1953年の作品。
 すぐに判明するので書いてしまうと、ドライと取り引きしているのが、ロジャーの父。〈タハコ〉はもちろん、煙草のことです。
 ロジャーの父は、相手が犯罪組織だとは思っていないけれども、異星人なのは知ってます。煙草と鉱石を交換することで一儲けできるので秘密にしてます。  

 異星人から見た地球、というのがなんとも新鮮。
 好奇心旺盛なケンが目の当たりにするいろいろなものは、地球人にはおなじみのもの。超高温が常である生物からどう見えているのか、ケンが見ているのはなんなのか、推測するおもしろみがあります。SFの醍醐味だと思います。
 ケンは人間っぽいですし、科学技術も50年代に考えられたものなので、古さは否めないです。それでもなお読み応えがありました。


 
 
 
 

2022年12月08日
イタロ・カルヴィーノ(関口英子/訳)
『マルコヴァルドさんの四季』岩波少年文庫

 マルコヴァルトさんは、SBAV(ズバーヴ)社で力仕事をしています。暮らしているのも都会とはいえ、マルコヴァルトさんが道路標識やネオンサインなどに目にとめることはありません。
 マルコヴァルトさんが目をやるのは、木の枝で黄色くなった葉っぱや、屋根瓦にひっかかっている鳥の羽根。マルコヴァルトさんは、季節の移り変わりや自分が心から望んでいることに、思いをはせる人でした。
 ある日、都会の大通りにそった花だんで、キノコが頭をのぞかせました。胞子が風にのって、どこからともなく飛んできたのです。
 マルコヴァルドさんは、停留所で路面電車を待っていたとき、木の根元あたりの土から、地中から丸っこいものが頭をのぞかせていることに気がつきました。こんな都会のどまんなかに、ほんもののキノコが頭を出しているなんて。
 マルコヴァルトさんは大喜び。しかも、その存在を知っているのは自分だけ。雨がひと晩振りさえすれば、食べごろになることでしょう。
 雨が降った次の日。マルコヴァルドさんは、日がのぼりはじめると花だんへまっしぐら。キノコをとりはじめますが……。

 児童文学。
 マルコヴァルトさんの四季を巡る20の物語。
 春夏秋冬の順番で、それぞれ5篇ずつあります。
 5年の歳月が経過するわけですが、子どもたちが大きくなっている雰囲気はあるものの、マルコヴァルトさんは変わらないです。精神的にまったく成長しない。
 自然を愛しているけれど、キノコを見つけて大喜びなのは、タダでキノコが手に入るから。大家族なので食べていくのが大変なんです。道路掃除の人を目の敵にしたり、キノコを食べて病院で胃の洗浄をしてもらうはめに陥ったり。
 マルコヴァルトさんは決していい人ではないし、かなり自分勝手。そういう普通の人の日常が語られていきます。
 巻末には、作者による解説があります。それがまた、編集者による解説のように書かれていて、それ自体が作品のようでした。
 少年文庫ですけれど、むしろ大人の方が刺さる気がします。


 
 
 
 

2022年12月11日
ジェフリー・フォード
(山尾悠子/金原瑞人/谷垣暁美/訳)
『白い果実』図書刊行会

 理想形態都市(ウェルビルトシティ)は、ドラクトン・ビロウによって建設された。そのときビロウは20歳。特殊な記録術を会得し、心のなかには完璧につくりあげられた大都市があった。
 独裁者となったビロウは、統治するための法律を必要とした。そこで用いられたのが、観相学だ。
 鼻は叙事詩、唇は芝居、耳は史書、また双の眼に至ってはそのあるじの人生そのもの。ビロウは観相学を体系として整備し、人間性を判断するための数学にした。
 クレイは、ビロウお気に入りの一級観相官。属領(テリトリー)アナマソビアでの仕事を言いつけられる。
 アナマソビア聖教会から〈白い果実〉が盗まれた。その捜査に派遣されたのだ。観相学的デザインを計算して犯罪者を割り出すのは、一級観相官がするような仕事ではない。
 これは罰だ。ビロウの人相を侮辱する言葉を枕に囁きかけたせい。だが、お粗末な仕事をしても良いということにはならない。任務を疎かにすれば、処刑か強制労働キャンプが待っている。
 アナマソビアは、北方の、国の支配が辛うじて届く限界の地だった。スパイア鉱石を産出するグローナス山を頂いている。
 昔、スパイア鉱石を掘る鉱夫たちが、木乃伊化した一体の骸を見つけた。その干からびた手が、この世の楽園に実るという〈白い果実〉を握っていた。
 〈白い果実〉には一点の染みもなく真っ白で、食べ頃の熟れた梨みたいに、誰もがかぶりつきたくなるほど美味そうだったという。あらゆる超自然的な力を持ち、食べれば不死になるともいう。
 ガラス製の函に聖遺物然と収められ、アナマソビア聖教会の祭壇に祀り上げられていた。盗まれるまでは。
 アナマソビアに到着したクレイは、歓迎会で、アーラ・ビートンと出会う。
 クレイはアーラの顔に、〈星の五芒〉の配置を見てとった。観相学上、頂点に位置する人相の持ち主に〈星の五芒〉の称号は与えられる。ただし、アーラが男であったならば。
 クレイはアーラを助手として使うことに決める。
 クレイは頼まれて、アーラとふたりで〈白い果実〉を握っていた木乃伊の相を観た。最後の測定というところで、クレイは、観相学の知識を失ってしまうが……。

 世界幻想文学大賞受賞。
 三部作の第一部。
 訳者に3人の名前が並んでますが、 金原瑞人と谷垣暁美は師弟関係。ふたりが完成させた訳文を、山尾悠子がリライトした、とのこと。一時期はやった超訳のたぐいなのか、そこまでではないのか、そのあたりは不明ですが、読みやすくはありました。
 クレイは、〈美薬(純粋なる美)〉という幻覚薬の中毒者でもあります。ビロウの発明品で、ビロウ自身も耽溺してます。一般大衆には許可されていません。
 美薬の影響か、現実と夢の境があいまい。クレイは、かつて死に追いやった人物と会話したりもします。数々の幻覚だけでなく、鉱夫が歳をとると終いにスパイアになる(そこまで長生きする人は稀)とか、現実もどこか幻想的でした。

 クレイがすごく嫌なやつなんですよ。女性蔑視はもちろん、権力に酔いしれていて、アナマソビアに送られても偉ぶってます。自信満々で、とにかく感じ悪い。
 尊大さの基礎となっているのが、観相学。それを失ってどうするか、いつか知識は戻るのか。物語のおもしろさが、クレイの嫌なやつぶりを緩和しているように思います。


 
 
 
 
2022年12月13日
ジェフリー・フォード
(貞奴/金原瑞人/谷垣暁美/訳)
『記憶の書』図書刊行会

 『白い果実』続編。
 理想形態都市(ウェルビルトシティ)が崩壊して8年。
 生き延びた人びとは、ラトロビア村から西に約50マイルのところに入植地を開いていた。そこは、谷間のふたつの川の分岐点。とても住み良く、楽園(ウィナウ)にちなんでウィナウと名づけられている。
 ある日、金属の翼をもつものが現われた。ブリキの羽毛に被われたその内部からは、歯車の微かな唸りが聞こえる。
 クレイは、独裁者ドラクトン・ビロウを思い出していた。重々しく輝く被造物に命を与えられるのは、ビロウしか考えられない。
 鳥は、耳をつんざくような音と共に爆発した。歯車や発条ばね、金属の破片が飛び散り、俄に立ち上がった煙があたり一面を覆い尽くす。黄色い霧には、なんらかの成分も含まれていた。
 クレイは逃れた。逃げられなかった人びとは、昏睡状態に陥ってしまう。口元に薄笑いを浮かべ、どうやっても目覚めない。看病した人にまで、眠り病は広がっていった。
 クレイは、ビロウを見付け出すことを決意する。特効薬があるはずだ。それを知っているのは、病を創り出したビロウだけ。
 人びとの賛同を求めるクレイだったが、一緒に行ってくれるものはいない。莫迦げた試みだと思われているのだ。クレイに提供されたのは、よぼよぼの馬クウィスマルと、明らかに栄養の足りていない黒い雄犬ウッド、そしてクロスボウと13本の矢のみ。
 クレイは落胆しながらも旅立つ。
 理想形態都市(ウェルビルトシティ)の廃墟は、人狼の群れに守られている。クレイは機械の鳥からも攻撃を受けて危機に陥るが、何者かに助けられる。
 それは、魔物だった。
 ミスリックスと名乗る魔物は、ビロウから、言葉と理解力をもらったのだという。ビロウを父と呼び、丸い縁つき眼鏡を掛けて学者のようだった。
 ミスリックスは、眠り病を知っていた。特効薬があることも分かっている。それがあるのは、ビロウの頭の中。黄色い煙を吸ってしまい、今は眠っている。
 ミスリックスは魔物の力でもって、ビロウの記憶の宮殿を訪問したことがあるという。ただ、魔物の姿をしているため、住民たちから攻撃されてしまった。クレイなら、探索できる可能性がある。
 クレイは、ミスリックスの協力でビロウの記憶に入っていくが……。

 三部作の第二部。
 最初に、第一部『白い果実』のおおざっぱな説明があります。ありますが、充分ではないです。読んでおくべきでしょう。
 ただ、前作とは雰囲気がかなり違います。幻想的だった『白い果実』を期待していると肩すかし。章立ての仕方なども異なるので、意図的なのかもしれません。
 本題は、ビロウの記憶世界。
 水銀の海の上空に島が浮かんでいて、崩壊しつつあります。島では4人の研究者たちが暮らしています。アノタイン、ナンリー、ヘルマン、ブリスデンの4人。
 アノタインだけが女性。瞬間について研究しています。実体化したクレイは、アノタインの検体と思われています。アノタインに惹かれていくのは、もうお約束の展開としか……。
 お約束じゃないものを読みたかったな、というのが正直なところ。

 今作でも、訳者3人体勢。金原瑞人と谷垣暁美は師弟関係。ふたりが完成させた訳文を、貞奴がリライトしたそうです。前作は、山尾悠子のリライトでした。
 その差なのか、ちょっとした違和感が残りました。そういう漢字使うんだ、といったような。妙な方向に行っているような。


 
 
 
 
2022年12月15日
ジェフリー・フォード
(貞奴/金原瑞人/谷垣暁美/訳)
『緑のヴェール』図書刊行会

 『白い果実』『記憶の書』続編
 ミスリックスは〈彼の地〉で生まれた魔物。ドラクトン・ビロウによって人間の心を得た。かつてビロウの王国であった廃墟の、ただひとりの住民。
 ビロウが死んだことで、ミスリックスは〈彼の地〉に戻ることを決意する。一切の〈人間らしさ〉を振り払うのだ。
 ミスリックスが〈彼の地〉への道連れとして選んだのは、クレイだった。
 ウィナウの村にいられなくなったクレイは、楽園を探している。楽園には、クレイに緑のヴェールを渡した女性がいるはずだった。クレイは、自分自身の救済を願っている。
 ふたりは〈彼の地〉に入っても協力して旅をつづけた。だが、ミスリックスに変化が訪れる。徐々に魔物に戻ったことで、クレイの血が欲しくてたまらなくなってきたのだ。
 ふたりは別れた。とうとうミスリックスは、正真正銘の魔物になった。ところが、死骸を囲む魔物たちの仲間に入ろうとしたとき、拒絶されてしまう。ミスリックスを見る目は、悪臭を放つ糞の山を見るようだった。
 魔物は人間の血肉が大好物。同時に、人間の「文化」と「理性」の臭いを嫌悪する。ミスリックスは人間ではなかったが、もはや魔物でもなかったのだ。
 落胆したミスリックスは、廃墟に戻った。
 廃墟に戻ると、クレイのことが気になりはじめる。その行方を知るには、〈彼の地〉の基本物質を採取すればいい。〈彼の地〉で起こる出来事はすべて〈彼の地〉の知るところとなるのだから。
 ミスリックスは、〈彼の地〉の土と羊歯の束、ひと壜の水と空気を手に入れ、断片を自分の中に取りこむ。断片はひとつの物語になった。幻覚薬である美薬を誘発剤として、その物語に耳を傾け書きとめていく。
 その合間にも、廃墟には変化が訪れていた。ウィナウの少女エミリアが尋ねてきたのだ。
 ウィナウではクレイが書き残した書物により、ミスリックスのことが知られている。ウィナウとの交流が始まり、ミスリックスは人間として認めてもらおうと努力するが……。
 一方クレイは、ミスリックスと別れた後も〈彼の地〉を旅していた。季節は巡り、越冬せざるを得なくなる。幸い、魔物は冬眠するため心配ない。
 クレイは、暖かい洞穴を見つけるが……。

 三部作の完結編。
 前二作『白い果実』と『記憶の書』を読んでいないと、意味不明だと思います。
 ミスリックスの一人称で語られる話の合間に、ミスリックスが知ったクレイの冒険か語られます。クレイの比重が高め。クレイは黒犬ウッドを連れてます。
 ウッドがすごくいいんです。すごい特別感。
 クレイは、〈彼の地〉の思惑が絡んできていて、振りまわされます。もはや『白い果実』登場時の面影はないです。でも、起こっていることは『白い果実』から続いてます。
 そこがおもしろいところでもあり、あの雰囲気がなくなってしまったのが惜しくもあり。
 なんとも複雑な気分にさせられました。


 
 
 
 

2022年12月20日
ジャスパー・フォード(ないとうふみこ/訳)
『最後の竜殺し』竹書房文庫

 ジェニファー・ストレンジは〈カザム魔法マネジメント〉の社長代理。まだ16歳ちょっと前だが、社長のミスター・ザンビーニが消えてしまい、やむなく引きうけた。
 ジェニファーは捨て子だった。ロブスター女子修道会孤児院で育ち、12歳のとき、カザムに売られてきた。今では魔法管理ビジネスを知りつくしている。それに、ほかにやりたい人がいなかった。
 50年前には魔法管理会社は人気で、一般の人たちが先を争うように就職していたらしい。だが、魔力の衰退とともに魔術師も軽んじられるようになった。魔法会社の事務員といえば、年季奉公の捨て子ばかり。
 ある日、カザムの予知能力者たちが、最後のドラゴンの死を予告した。モルトカッシオンが日曜日の正午に、ドラゴンスレイヤーの剣に刺されて死ぬという。
 16世紀の魔術師、強大なる(マイティ)・シャンダーはドラゴンと協定を結んだ。その取り決めにより、ドラゴンはドラゴンランド内でのみ生活し、逸脱したさいに対処するドラゴンスレイヤーが誕生した。その代わり、ドラゴンランドにはドラゴンスレイヤーとその助手以外、立ち入ることができない。
 ドラゴンが死ねば、誰でもドラゴンランドに入れるようになる。その土地は、いち早く囲いこんで所有権を宣言した人のもの。12年前にダンウッディが死んだときには、たいへんな騒動になった。
 モルトカッシオンの死の可能性は、不確かな予知夢を見る人のところにも届いているらしい。不動産会社がカザムにオファーしてきた。モルトカッシオンが死ぬ正確な日時の対価として、200万ヘレフォードムーラーを払うという。
 ジェニファーは即断できない。魔術師たちのあいだでも意見の相違がある。それだけあれば、銀行の借りこしをすべて清算して、カザムの魔術師全員が引退後も安楽に暮らせる。しかし、ドラゴンの死を軽々しく扱うわけにはいかない。  
 ジェニファーは、ドラゴンスレイヤーのブライアン・スポールディングに会いにいく。実は、ブライアンのほうでもジェニファーを捜していた。
 マイティ・シャンダーは代々のドラゴンスレイヤーの名前を、すべて書き出していた。その名簿の最後が、ジェニファーの名前だったのだ。
 魔法で知識を詰めこんだジェニファーは、最後のドラゴンスレイヤーとしてモルトカッシオンと対面するが……。

 もしこの世に魔法があったら、という歴史改変もの。
 舞台は魔法のあるイギリス。不連合王国を形成しています。
 ジェニファーが暮らしているのはヘレフォード王国。国王がいて統治もしていますが、資本主義社会になってます。
 時代はほぼ現代。ただし、魔法があるため科学技術は現代とは異なっているようです。
 物語の序盤でカザムに、もうすぐ12歳のホートン・プローンズ(自称タイガー)が孤児院からやってきます。4年前のジェニファーのように。タイガーにあれこれと説明する、というかたちで物語世界が紹介されていきます。

 本書の宣伝文句は「勇者、うんざりする」。敵は竜ではなく資本主義だ、と。
 その状況になる(ジェニファーがドラゴンスレイヤーになる)までに、物語の半分が費やされてます。とにかく余計な情報が多すぎる、という印象。いちいち興味深くはあるのですが。
 後から見返すと、ドラゴンスレイヤーになってからの方で尺を取ってほしかったな、というのが正直なところ。 


 
 
 
 

2022年12月23日
周防 柳
『身もこがれつつ 小倉山の百人一首』中央公論新社

 文暦2年(1235年)。
 74歳となった藤原定家は、世には並びなき和歌の権威として知られている。
 定家は、息子の妻の父である宇都宮蓮生から、驚く知らせを受けとった。隠岐に流されていた後鳥羽院が赦されて、還御されそうだというのだ。
 14年前、後鳥羽院は治天の君だった。鎌倉の専横を憎んで挙兵し、しかし敗北してしまう。加担者はことごとく処刑され、領地も権益も、すべてを根こそぎ没収された。院も例外ではない。
 後鳥羽院は隠岐へ追いやられた。鳥も通わぬ孤島への遠流は、死罪に等しい極刑である。
 あのとき定家は、主家である九条家の大樹の陰に隠れ、院とは無関係を通した。主君を見限ったのだ。そのおかげで無傷ですみ、九条家の繁栄に従って思わぬ安泰と栄達とにあずかることとなった。
 なかには変節せず主君に寄り添った者もいる。かれらは公職を追われ、尾羽打ち枯らす仕儀となった。そのことが定家には心苦しくてならない。
 宇都宮家は、坂東の下野なる国の豪族だ。たくさんの一族郎党が鎌倉殿の御家人となっている。院の還御は俄には信じ難い話だが、蓮生の一族の縁者が、藤原道家の鎌倉への使者の一行に交じっているという。
 道家は、九条家当主で前関白。京都朝廷の最大実力者にして、現鎌倉将軍頼経の実父でもあり、権勢は並びない。ご赦免が成るかどうかはこれから執権北条泰時が検討するというが、すでに何らかのやりとりがあったのではないかと思われた。
 そのうえで定家は蓮生から選歌を頼まれる。
 蓮生は、建設中の山荘の一室を和歌で飾ってみようという。あくまで、嵯峨の田舎でのお遊び。なにはばかることなく、たれの目も気にせず、まったくお好みで、楽しき秀歌撰を一揃い作ってほしいと。
 定家は「新勅撰和歌集」の選者を命じられたとき、後鳥羽院や関係した者たちの歌を残すことができなかった。無念であり、あからさまに選者としての見識を問う声も少なくなかった。
 蓮生からの頼みごとは、ささやかな言いわけとなる。  
 定家はありがたく依頼を受けるが……。

 小倉百人一首をテーマにした短歌もの。蓮生の山荘が小倉山にあったので、小倉百人一首。猟官活動に邁進する定家の、がんばりの記録でもあります。また、本書は衆道ものでもあります。

 主に語られるのは、定家31歳の1192年から、承久の乱の1221年まで。その物語の前後を、蓮生からの依頼と結末でくるみこんでます。
 短歌がたくさんでてきます。でてくるけれど、でてくるだけ、といった印象。定家が考えている歌の心について説くことはありますが、個々の歌についての情報は多くないです。今でいうタテ読みのような感じに使われもしていて、少々物足りない。
 後鳥羽上皇の発案でカルタ大会のようなものが催されて、上の句と下の句ではなく、テーマをもとに取る、というのが斬新でした。作者の創作か、カルタ誕生のころはそうだったのか。
 かけ声だけで表現されているのが印象的でした。でも、それも、歌の心とは関係ないんですよね。
 短歌はさておき、鎌倉幕府成立時のあれこれを京の立場から見ることができました。

 
 

 
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