10月14日。
ロンドンの美術館で環境保護団体のメンバーがゴッホの絵画〈ひまわり〉にトマトスープをぶちまけ、話題になりました。
こうした行動はそれがはじめてではなく……
ダ・ヴィンチの〈モナリザ〉にケーキを塗り付けたり、
モネの〈積みわら〉にマッシュポテトを投げつけたり、
ボッティチェリの〈春〉に接着剤で手を貼り付けたり、
などと、抗議活動(自称)は続いています。
注目を集めることが目的のようですが、そもそも対象物に価値がなければ注目など集まらず、では、絵画など芸術品がもつ価値とは、一体なんなのでしょう?
フィリップ・フック
『サザビーズで朝食を−−競売人が明かす美とお金の物語』
シャガール、ミロは、ブルーが多いほど高額に? ゴッホは自殺したからこそ、価値が高まった? アーティストの"狂気"は市場に影響を及ぼす? サザビーズのディレクターが、長年の経験をもとに作品の様式からオークションの裏側まで、さまざまなトピックを解説。美術作品の"真"の価値を見分ける78のトピック集。ガーディアン、フィナンシャル・タイムズ、サンデー・タイムズ、スペクテーター、各紙誌のBooks of the Year!
(引用:「BOOK」データベース)
著者のフック氏は、美術界に関わること35年。
英国ケンブリッジ大学で美術史を修め、オークション会社クリスティーズのディレクターとなり、独立して画商となったのち、オークション会社サザビーズのディレクターとして活躍している人物。
タイトル的に、オークションの裏話を想像してました。確かに、そういう話もあります。
最初にその手のネタが語られるのは、74ページまで進んでから。
2012年。
ムンクの〈叫び〉がオークションに登場しました。
有名なムンクの〈叫び〉には4つのバージョンがありますが、3つは美術館のもの。売りに出されたのは、唯一の個人蔵のものです。
当時、ムンクのオークション落札最高額は、油彩画の〈ヴァンパイア〉で、3,700万ドル。〈叫び〉は誰もが知っているような知名度を誇りますから、1億ドルいくんじゃないか、と関係者は色めき立ちます。
でも、〈叫び〉はパステル画です。絵画の世界では、パステル画は油彩画より価値が低くなりがち。3,000〜4,000万ドルくらいで落ち着くかもしれない、などと意見がでます。
とはいうものの〈叫び〉はすべてパステル画で、油彩画はありません。ムンクがあえてパステルを選んだのだから、通常とは違う理屈が働くはず。7,000万ドルか、8,000万ドルになるのでは?
オークションする側も、判断に迷ったのですね。
ちなみに、結果は1億1,990万ドルだったそうです。
訳者注で「約95億円」と補足されてましたが、1ドルが150円の時期だったら、180億円近くになります。円安ってやつは……。
それはさておき。
本書を読んでいていて、ふと、展覧会などで、各コーナーのはじめにかかげられた解説パネルを思いだしました。
立ち止まって読む、ほんのちょっとした解説。
「シャガールやミロはブルーが多いほど高額になる」という展覧会にはそぐわないようなネタもありました。ありましたけど、そういうことよりも、描かれた時代背景や場所や作者について、簡潔な言葉で説明されているのが印象的でした。
それで、解説パネルが浮かんだんです。
なお、翻訳した中山ゆかり氏のご意見では、本書は「回顧録に近い印象」だそうです。確かに、終盤になってくると自伝的な雰囲気が強くなります。
残念なのは、図版がそれほど多くない、というところ。
言葉で説明されて頭に浮かぶものもあれば、そもそもまったく知らない画家もたくさん。いくつかはネットで調べて、見たりもしました。
著作権もあるし、紙面の制約もあるし、いろいろ難しかったのでしょうね。
それでも、解説パネルを思いだして、展覧会に行ってきた気分になれました。お金の話だけを期待していると、肩すかしかもしれませんが。