書的独話

 
2022年のひとりごと
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02月21日 2021年、ベスト
03月22日 気球の北極探検隊
04月22日 不屈の南極探検隊
05月15日 合言葉は【遭難】
06月28日 一族の歴史
06月30日 中間報告、2022年
07月10日 世界の複数性
08月28日 19世紀アメリカ
09月15日 17世紀、ほぼ海賊の日常
10月21日 書籍誕生
11月11日 芸術品の価値
12月20日 合言葉は【ドラゴン】
12月31日 総括、2022年
 

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2022年11月11日
芸術品の価値
 

 10月14日。
 ロンドンの美術館で環境保護団体のメンバーがゴッホの絵画〈ひまわり〉にトマトスープをぶちまけ、話題になりました。
 こうした行動はそれがはじめてではなく……

 ダ・ヴィンチの〈モナリザ〉にケーキを塗り付けたり、
 モネの〈積みわら〉にマッシュポテトを投げつけたり、
 ボッティチェリの〈春〉に接着剤で手を貼り付けたり、

 などと、抗議活動(自称)は続いています。
 注目を集めることが目的のようですが、そもそも対象物に価値がなければ注目など集まらず、では、絵画など芸術品がもつ価値とは、一体なんなのでしょう?

フィリップ・フック
『サザビーズで朝食を−−競売人が明かす美とお金の物語』

 シャガール、ミロは、ブルーが多いほど高額に? ゴッホは自殺したからこそ、価値が高まった? アーティストの"狂気"は市場に影響を及ぼす? サザビーズのディレクターが、長年の経験をもとに作品の様式からオークションの裏側まで、さまざまなトピックを解説。美術作品の"真"の価値を見分ける78のトピック集。ガーディアン、フィナンシャル・タイムズ、サンデー・タイムズ、スペクテーター、各紙誌のBooks of the Year!
(引用:「BOOK」データベース)

 著者のフック氏は、美術界に関わること35年。
 英国ケンブリッジ大学で美術史を修め、オークション会社クリスティーズのディレクターとなり、独立して画商となったのち、オークション会社サザビーズのディレクターとして活躍している人物。

 タイトル的に、オークションの裏話を想像してました。確かに、そういう話もあります。
 最初にその手のネタが語られるのは、74ページまで進んでから。

 2012年。
 ムンクの〈叫び〉がオークションに登場しました。
 有名なムンクの〈叫び〉には4つのバージョンがありますが、3つは美術館のもの。売りに出されたのは、唯一の個人蔵のものです。
 当時、ムンクのオークション落札最高額は、油彩画の〈ヴァンパイア〉で、3,700万ドル。〈叫び〉は誰もが知っているような知名度を誇りますから、1億ドルいくんじゃないか、と関係者は色めき立ちます。
 でも、〈叫び〉はパステル画です。絵画の世界では、パステル画は油彩画より価値が低くなりがち。3,000〜4,000万ドルくらいで落ち着くかもしれない、などと意見がでます。
 とはいうものの〈叫び〉はすべてパステル画で、油彩画はありません。ムンクがあえてパステルを選んだのだから、通常とは違う理屈が働くはず。7,000万ドルか、8,000万ドルになるのでは?
 オークションする側も、判断に迷ったのですね。
 ちなみに、結果は1億1,990万ドルだったそうです。

 訳者注で「約95億円」と補足されてましたが、1ドルが150円の時期だったら、180億円近くになります。円安ってやつは……。

 それはさておき。
 本書を読んでいていて、ふと、展覧会などで、各コーナーのはじめにかかげられた解説パネルを思いだしました。
 立ち止まって読む、ほんのちょっとした解説。
「シャガールやミロはブルーが多いほど高額になる」という展覧会にはそぐわないようなネタもありました。ありましたけど、そういうことよりも、描かれた時代背景や場所や作者について、簡潔な言葉で説明されているのが印象的でした。
 それで、解説パネルが浮かんだんです。

 なお、翻訳した中山ゆかり氏のご意見では、本書は「回顧録に近い印象」だそうです。確かに、終盤になってくると自伝的な雰囲気が強くなります。

 残念なのは、図版がそれほど多くない、というところ。
 言葉で説明されて頭に浮かぶものもあれば、そもそもまったく知らない画家もたくさん。いくつかはネットで調べて、見たりもしました。
 著作権もあるし、紙面の制約もあるし、いろいろ難しかったのでしょうね。

 それでも、解説パネルを思いだして、展覧会に行ってきた気分になれました。お金の話だけを期待していると、肩すかしかもしれませんが。 


 

 
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