ドラマ化されて《ダーク・マテリアルズ》とシリーズ名も新たに再出発した《ライラの冒険》三部作。
もう随分前に映画化されたものの(日本公開2008年)、観られたのは第一部の『黄金の羅針盤』だけでした。三部作とも映画にするというふれこみはどこへやら。子役さんたち成長しちゃってるよね、といってる間に立ち消えになりましたっけ。
どうやら今回は、ちゃんと続いているようです。現在、シーズン2までドラマになってます。
第一部の『黄金の羅針盤』をご紹介しておくと……
フィリップ・プルマン
『黄金の羅針盤』
両親を事故で亡くしたライラは、お転婆な11歳の女の子。そんな彼女のまわりで子供が連れ去られる事件が起きる。どうやら北極で子供たちが何らかの実験に使われているらしい。ライラと彼女の守護精霊は子供たちを助けるために、船上生活者ジプシャンに同行する。世界に6つしかない黄金の羅針盤を持って北極へと向かったライラだったが…。
世界的ベストセラーの冒険ファンタジー。カーネギー賞、ガーディアン賞ほか、数々の賞に輝く。
(上巻「BOOK」データベースより)
このシリーズが、今回のタイトル「気球の北極探検隊」となにが関係しているかというと……作中登場する、テキサスの気球乗り(リー・スコーズビー)です。
いつだったか、どこでだったか。かつて、リー・スコーズビーのように極地を気球で飛んだ(あるいは飛ぼうとした)人がいた、と小耳に挟んだことがあります。
解説だったか、まったく別のところだったか。記憶があいまいであるほど気になってくるから不思議です。
なお、手許にある文庫版で確認しましたが、その解説では言及されてませんでした。最初に読んだのは単行本版でしたが、そちらは未確認です。
《ライラの冒険》をはじめて読んだのは2004年。以来、頭の片隅に、気球での極地探検がひっかかってました。
成功したのか、失敗したのか、挫折したのか。
さしたる前情報もなしに、ついに手にとったのがこちらです。
ベア・ウースマ
『気球の北極探検隊の謎を追って――人類で初めて気球で北極点を目指した探検隊はなぜ生還できなかったのか』
人類で初めて気球で北極点を目指した探検隊はなぜ生還できなかったのか
1897年、アンドレー率いる探検隊は気球での北極横断を試みるが、失敗して氷上に不時着。陸地をめざして数百キロの距離を徒歩で移動し、2か月半後、ついに無人島に上陸した。だがその数日後、すべての記録が途絶える。そして33年後に遺体が発見された。彼らはなぜ、氷上で2か月半も生き延びたのに陸地にたどり着いたとたん死んでしまったのか? いまも答えの出ていないこの謎に、ひとりの女性が挑んだ。実際に現地を旅し、医師としての知識も駆使し、これまで見過ごされていた事実を突き止め、到達した新たなストーリーとは。15年以上にわたる調査研究の成果を豊富な図版とともにまとめた一冊。
(「BOOK」データベースより)
生還できなかったのですね。
著者はスウェーデン在住。
イラストレーターとして活躍し、その後医師になったという経歴の持ち主です。アンドレー探検隊のことを知り、15年以上かけて独自に調査してきました。
北の地を幾度もおとずれ、遺品を所蔵した博物館に通いつめ、記録を読み解いた成果が、本書です。
アンドレー探検隊のメンバーは、ストックホルム在住の3名。
隊長のサロモン・アウグスト・アンドレー、42歳。
ニルス・ストリンドベリ、24歳。
クヌート・フレンケル、27歳。
なんでもスウェーデンでは、数ある極地探検の物語の中でも、アンドレー探検隊を題材とした本や映画がもっとも多いとか。
そのころ、北極点には誰も到達しておらず、地図は空白のまま。最先端技術である気球への期待は高く、国王からも寄付がよせられた、国家の威信がかかった英雄的行為でした。
とはいえ、失敗することは出発する前から明らか。ただ、当事者にはわからなかったのです。
アンドレーの考えでは……
気球の平均飛行速度は時速27キロになるだろうから、北極の向こうへ飛ぶのには最大で6日間だろう。
そのときまでに、気球が24時間以上飛びつづけた例はひとつもなく、飛行試験すらしていませんでした。そのうえ、気球はガス漏れがひどい状態。それなのに決行してしまったのです。
1897年7月11日13時46分。
気球エルネン号は、スピッツベルゲン諸島(現在、スヴァールバル諸島の一部)のダンスク島を飛びたちます。待望の南風に乗って北へ向かい、消息が途絶えました。
1930年。
北極海にぽつんと浮かぶ孤島クヴィト島で、白骨化した遺体と野営地跡が発見されます。アンドレー探検隊が音信不通になって33年。知らない人も多く、もはや誰も捜していませんでした。
最初に亡くなったのはストリンドベリだと推測されています。ストリンドベリだけが、弔われていたのです。アンドレーとフレンケルは、同時だったかもしれないし、ひとりずつだったかもしれません。
3人は、死因を特定されないままに火葬されました。
残されていた日誌から、いろいろなことがわかってます。
出発から3日後には、北極海の叢氷のただ中に不時着したこと。87日間、湿気と寒さにさらされながら、重さ数百キロのそりを引いて氷上を歩いたこと。
名もなき島にたどりついて間もなく、日誌の記述が途絶えます。野営地跡には、食糧も、暖かい衣料も、武器も残されていました。
なぜ3人は亡くなったのか。それだけがわかっていません。
本書では、探検隊が死に至るまでの足どりを追い、遺品や検死報告、現地の状況などを元に死因を探ります。スウェーデンで注目されている極地探検隊ですから、数々の仮説が唱えられてきました。それらもとりあげ、検証しています。
著者が提示した新たな仮説とは?
イラストレーターだった、という経歴ゆえか、とにかく見やすいです。3人がそれぞれに書き残した記録を日付ごとに一覧にしたりと、工夫が凝らされてます。
情報量は、ストリンドベリが多め。婚約者に宛てた日記を残しているためです。婚約者のその後についても追跡調査されてます。
写真も豊富。ほぼ白黒ですが、当時はそういう時代ですから。北極圏の氷は日によって色が違う、というのが新鮮でした。
ところで、《ライラの冒険》で活躍する気球乗りのリー・スコーズビーは、イオレク・バーニソンを戦友としていました。
イオレクは、スバールバルを追放された、よろいクマ。
本書を読んだあとだと、因縁めいたものを感じます。