書的独話

 
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2023年02月26日
FBIの捜査官みたいに見える
 

 アメリカ連邦捜査局(FBI)の潜入捜査官がターゲットと初顔合わせしたときに、こんなことを言われたら?

「FBIの捜査官みたいに見える」

 なんだか小説みたいな展開ですけれど、実際にあったことだというから驚きです。FBI捜査官と世界的詐欺師の、捜査過程と詐欺の実態を綴ったのがこちら。

デイヴィッド・ハワード
『詐欺師をはめろ
   世界一チャーミングな犯罪者 vs.FBI』

 1970年代アメリカと世界を股にかけた実録「コン・ゲーム」! 巧みな話術と複雑な仕組みを駆使し、銀行や不動産業者から数百万ドルを騙し取る名うての詐欺師「フィル」ことフィリップ・キッツァー。なかなか尻尾を見せないフィルとその仲間たちを一網打尽にすべく、2人の若きFBI捜査官が駆け出しの詐欺師に化けて彼に近づく。次のカモを求めて、東京、フランクフルト、全米各地を巡る3人の珍道中、犯罪者と捜査官の間に芽生えた不思議な友情のゆくえは? 虚実入り乱れる駆け引きを描く傑作ノンフィクション。
(「BOOK」データベースより)

 時代は、70年代後半。商売で使われる通信手段はテレックス。出先で電話をかけたくなったら街角の公衆電話に並ばなきゃならない。インターネットはおろかコンピュータすら一般的ではない時代。
 本書で扱われるのは、1976年7月〜1978年2月までの出来事、および1985年晩夏の後日談です。とても短い期間なのですが、ギュギュっと詰まってました。

 FBI捜査官のジャック・ブレナンは、物静かで大らかで内向的な南部出身の30歳。FBIに就職する以前に、先物市場での取引経験があります。
 1977年、FBIへの情報提供者となっていたノーマン・ハワードが、フィリップ(フィル)・キッファーの情報をもたらします。現在進行形で、大規模な詐欺行為が展開されている、と。
 ブレナンはキッファーの名前を聞いたことがありました。実は、FBIと裁判をして、FBIが負けてしまっていたんです。

 それは、こんな経緯でした。

 ノースカロライナ州の若夫婦が、モーテルの購入資金50万ドルを借りたがっています。見合うだけの担保がなく、資金調達は難航します。
 そんなとき耳にしたのが、マーカンタイル銀行。
 代理人によると、銀行が担保を提供し、地元銀行から50万ドルを借りる手助けをしてくれるというのです。必要なのは手数料だけ。しかも失敗したら手数料は返してもらえます。
 マーカンタイル銀行は契約どおり、サザン・ナショナル銀行に対し、若夫婦の代わりに50万ドルの信用状を保有していることを通知しました。対してサザン・ナショナル銀行は、マーカンタイル銀行が若夫婦のために50万ドルを確保していることを確認しようとします。マーカンタイル銀行から答えはなく、若夫婦の申請は却下されてしまいました。
 若夫婦は代理人に、手数料の返金を求めます。そのときには、すでに代理人は消えていました。

 マーカンタイル銀行の所在地は、英領西インド諸島セント・ビンセント島。セント・ビンセント島には銀行を規制する法律がなく、マーカンタイル銀行は世界中で同じような取引をしては、譲渡制預金証書や信用状を発行していたんです。
 資産はなく、手数料を騙し取っていたんです。

 キッファーは、マーカンタイル銀行の役員を務めてました。
 裁判になったときキッファーの弁護士は、若夫妻の銀行融資はたんに申請が通らなかっただけだと主張しました。残念ながらFBIは、詐欺行為を働く意図があった証拠を示せませんでした。
 犯罪行為の流れについて証言できる人が、誰もいなかったんです。

 そんな経緯を知っていたブレナンは、キッファーに興味を持ちます。他の案件を抱えていたこともあり、同僚のジム(JJ)・ウェディックを誘います。
 ウェディックは27歳の、おしゃべりで元気いっぱいのニューヨーカー。はじめは乗り気ではありませんでしたが……。

 1977年2月。
 プレナンとウェディックは、駆け出しの詐欺師としてキッファーと対面します。キッファーは、頭脳明晰で、洞察力がきわめて鋭く、話術に長けた人物でした。そんなキッファーの第一声が、

「こりゃ驚いた」
「ふたりともFBIの捜査官みたいに見える」

 でした。
 それを笑い話に変えて、キッファーとのやりとりが始まります。

 というわけで、プレナンとウェディックによる潜入捜査の模様が語られます。
 このころはまだ潜入捜査は一般的ではなく、研修もはじまったばかり。ふたりは研修を受ける時間的余裕もなく、また、満足な後方支援もありません。FBI内部での優先度も低くて、ふたりはしばしば困惑する事態に直面しました。

 なにしろキッファーときたら、ちょっと思いついて気軽に飛行機に乗っちゃうんです。当時の旅客機の保安体勢はゆるゆるでしたから。
 プレナンとウェディックは、キッファーを逃すことはできず、信頼されるためにも行動を共にします。でも、ふたりはFBI職員。アメリカ国内でも管轄が違えば事前連絡は必要だし、それが国外になると、もっと大変です。
 突然の移動で本部と連絡がとれなかったり、苦労の連続。

 その苦労は報われるのか?
 ぜひ、本書をお読みください。

 1985年晩夏の後日談が、いいんです。これも実際にあったこととは……。

 

 
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