寒いさむい冬の時代。
力の前になすすべもなく、ただ人びとが死んでいく。
ヒムラーの右腕だったハイドリヒ暗殺計画についての小説、を書く人の物語を読みました。
ローラン・ビネの『HHhH プラハ、1942年』。
暗殺計画は史実。
登場人物たちもみんな実在。
当時、祖国のために危険に飛びこみ命を落とした人がいれば、彼らのために手助けしていた人びともいて、金のために裏切った人もいた。
物語の中でも起こらないようなことが現実に起こって、ただの物語だと思いたいけれど現実だった。
本作はノンフィクションのようではありますが、あくまで、史実を題材にした小説です。そういった小説を書こうとしている人物の物語です。
視点人物は語ります。
歴史的事実を理解しようとして、ある人物を創作することは、証拠を改竄するようなものだ。
例えるならば……
証拠物件が散らばっている犯罪現場の床に、起訴に有利な物証を忍び込ませること……。
調べた事実を開陳しつつ、創作したくなる欲望も堂々と披露して、同じ、あるいは似たテーマの小説や映像作品へのコメントも織り交ぜながら、少しずつ、少しずつ、物語は暗殺計画が実行された1942年に近づいていきます。
はじまりは、襲撃の対象となったラインハルト・ハイドリヒから。
そもそもどこに所属していた人物なのか。なぜナチスに入ることになったのか。どうやって出世していったのか。
ハイドリヒの足跡を追うことで、当時のドイツの事情も語られます。
とはいえ、時代背景を知ってないと情報が不足気味。
ナチスってなに?
ヒムラーって何者?
ある程度は知っていることが前提になってます。作者の出身国であるフランスは当事国ですから。ナチスの台頭を見逃すどころか後押しして、ついには占領されてしまった国ですから。
知ってて当然というより、知っていなければならない、ということなのでしょう。
日本はどうでしょうか?
ときおり、ナチスを想起するものを軽々しく扱って炎上する輩を見かけますから、知らない人もいるんでしょうね。
もしかするとこの本は、読むのが大変かもしれません。でも、知らない人にこそ読んでほしい。知らないから読まないなんてもったいないと思うのです。
ローラン・ビネ
『HHhH プラハ、1942年』
ナチにおけるユダヤ人大量虐殺の首謀者ハイドリヒ。〈金髪の野獣〉と怖れられた彼を暗殺すべくプラハに送り込まれた二人の青年とハイドリヒの運命。ハイドリヒとはいかなる怪物だったのか? ナチとはいったい何だったのか? 登場人物すべてが実在の人物である本書を書きながらビネは、小説を書くということの本質を自らに、そして読者に問いかける。「この緊迫感溢れる小説を私は生涯忘れないだろう」──マリオ・バルガス・リョサ
(引用:東京創元社)
訳者あとがきによるとタイトルの『HHhH』は、ドイツ語の「Himmlers Hirn heißt Heydrich」の頭文字。意味は「ヒムラーの頭脳はハイドリヒと呼ばれる」。
原書はフランス語ですが、やはりこのタイトル。
フランス語では「アッシュ・アッシュ・アッシュ・アッシュ」と読むそうです。ちなみに、ドイツ語では「ハー・ハー・ハー・ハー」。
東京創元社では「エイチ・エイチ・エイチ・エイチ」としています。