書的独話

 
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2021年05月15日
〈時間超越者〉
 

 今回は、

 ・『ボーン・クロックス』デイヴィッド・ミッチェル
 ・『ハリー・オーガスト、15回目の人生』クレア・ノース
 ・『殺戮のチェスゲーム』ダン・シモンズ

 に触れます。
 結末については書きませんが、少し、ネタバレあります。

−−−

 デイヴィッド・ミッチェルの『ボーン・クロックス』を読みました。
 1984年夏、英国グレイヴゼンドのパブの娘ホリー・サイクスは、母との喧嘩で家出したある日、老婆エスター・リトルと出会い、不思議な約束を交わす。1991年、ケンブリッジ大の小賢しい学生ヒューゴ・ラム、2004年、イラク戦争を取材する仕事中毒のジャーナリストエド・ブルーベック、2015年、才能の枯渇した作家クリスピン・ハーシー―彼らはそれぞれの日常の中で、ホリーとのささやかな邂逅を果たし、いっぽうホリーは彼らと交差する人生の背後で、"時計学者"と"隠者"との永遠に続く戦いに巻き込まれていく。そして2046年、自然災害が頻発するディストピアと化したアイルランドで、死を前にして静かに暮らすホリーは、ボーク・クロックス"骨でできた時計"の意味を悟る―。ひとりの女性の人生を舞台に、6つの物語が展開する壮大なるサーガ。世界幻想文学大賞受賞。ブッカー賞ノミネート。
(「BOOK」データベースより)

 ホリー・サイクスの物語です。
 ホリーは、ときに主役になり、ときに脇役として登場します。その背景には〈時計学者(ホロロジスト)〉と〈隠者(アンコライト)〉が見え隠れしています。どちらの組織も、寿命以上に生きている〈時間超越者〉たちのものです。ちがいは、その寿命を越える方法です。
 生来の超越者である〈ホロロジスト〉は、よこしまな方法で不死を手に入れようとする〈アンコライト〉の野望を阻止しようとしています。

 〈ホロロジスト〉の時間超越性は、生まれつきです。
 かれらには〈帰還者〉と〈逗留者〉というふたつのタイプがあります。

 〈帰還者〉はふつうに生まれますが、死ぬと、精神と魂をそのままに生まれ変わります。生と死のあいだに存在する〈薄暮〉までは行くので(そこから戻って来るので)〈帰還者〉と呼ばれます。
 生まれ変わるといっても、赤子からのリスタートではありません。子供として目覚めます。
 その子供は、死んだ直後の状態にあります。体の所有者がいなくなり、緊急に修復を必要としています。〈帰還者〉はそうした体に入り、肉体を回復させ、その子供として生きていくことになります。
 選り好みはできません。

 一方、〈逗留者〉が〈薄暮〉に行くことはありません。体が死んだ後に別人の子供の体に宿るのは〈帰還者〉と同じ。〈薄暮〉は通らず、魂の移動が行なわれます。
 身近な範囲に留まれるのが特徴です。

 〈アンコライト〉は、人間の魂を食い物にすることで、時間超越性を保持してます。その魂は誰のでもいいわけではなく、サイコソテリック能力を有していることが条件で、子供が狙われます。

 ホリー・サイクスもそうした子供のひとりでした。
 運良く〈ホロロジスト〉の知るところとなり、難を逃れました。

 なお、狙われた子供がどうなるかと言えば、〈薄暮〉に連れて行かれます。そこで〈アンコライト〉のボスにデカントされて、ワインになります。
 魂のワインを飲むことで〈アンコライト〉は老化を止めることができるのです。効果は、だいたい3ヶ月。そのため〈アンコライト〉は、獲物を探しつづけてます。

 〈ホロロジスト〉と〈アンコライト〉の戦いを読んでいてふと思い出したのが、クレア・ノースの『ハリー・オーガスト、15回目の人生』でした。

ハリー・オーガスト、15回目の人生』クレア・ノース
 1919年に生まれたハリー・オーガストは、死んでも誕生時と同じ状況で、記憶を残したまま生まれ変わる体質を持っていた。彼は3回目の人生でその体質を受け入れ、11回目の人生で自分が世界の終わりをとめなければいけないことを知る。終焉の原因は、同じ体質を持つ科学者ヴィンセント・ランキス。彼はある野望を持って、記憶の蓄積を利用し、科学技術の進化を加速させていた。激動の20世紀、時を超えた対決の行方は?
(「BOOK」データベースより)

 ハリーたちは、〈カーラチャクラ〉と呼ばれています。
 死ぬと過去にさかのぼり、ふたたびこの世に生を受けるところから始まります。成長とともに、前の生での記憶を取り戻していきます。永遠に同じ歴史の流れを生きるのです。
 違う行動をとることは可能です。基本的には、歴史を変えるような行動は慎みます。

 〈カーラチャクラ〉は秘密組織〈クロノス・クラブ〉をつくり、助け合っています。子供時代には庇護者が必要ですから。

 組織を築き上げて助けあっているところが、〈ホロロジスト〉と〈カーラチャクラ〉が似ている、と思った所以だと思います。
 こちらの正体を知っている敵がいて、人知れず戦っているところも。

 〈ホロロジスト〉の時間超越性は、寿命以上に生きられることでした。過去に遡ることはできません。
 〈カーラチャクラ〉の時間超越性は、何度となく生きられることです。寿命の及ぶ範囲という制限はあるものの、生まれ変われば、過去からやり直せます。

 似ているのに、まったく違う。寿命と時間の関連性にいろんな切り口があるのはおもしろいですね。

 ところで、ミッチェルの『ボーン・クロックス』では、〈ホロロジスト〉と〈アンコライト〉に別の能力も与えてます。

 ホリーも持っていたサイコソテリック能力です。

 文中にサラッと出てくるサイコソテリックですが、サイキックとなにかをくっつけた造語のようです。
 霊能力とか、超能力とか、そういった雰囲気。声を使わずに心で話したり、人の行動を制限したり、思い通りに操ったりできます。

 〈ホロロジスト〉のひとりが視点人物になる章では、サイコソテリックが前面に出てきます。
 そこでまた、別の物語を思い出しました。

殺戮のチェスゲーム』ダン・シモンズ
 アメリカ南部の都市チャールストンで、戦慄すべき連続殺人事件が発生した。一見何のつながりもない九人の老若男女が殺し合いを繰り広げたのだ。捜査を担当するジェントリー保安官と被害者の娘ナタリーは、訪れた精神科医のソールから驚くべき事実を打ち明けられる。事件には、人の心を自由に操る能力者、マインド・ヴァンパイアが深く関与しているというのだ。ブラム・ストーカー賞をはじめ数々の賞に輝くホラー超大作。
(「BOOK」データベースより)

 人の心を自在にあやつる……。
 マインド・ヴァンパイアと呼ばれた彼らには、時間超越性はないです。そこは違いますが、〈ホロロジスト〉や〈アンコライト〉が駆使するサイコソテリック能力と同じように、人を操れます。

 ジャンル分けで、SFとホラーが一緒くたにされていることがあり「全然違うのに〜」って思ってました。
 紙一重でしたね。
 時間を超越してなかったら、ホラーでした。 


 

 
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