書的独話

 
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2021年07月11日
理想のベートーヴェン
 

 フランツ・リストは〈ピアノの魔術師〉と呼ばれているピアニストにして作曲家。
 リストの直筆楽譜にはある秘密が隠されていた、という音楽ミステリを読みました。

ラルフ・イーザウ
緋色の楽譜
 百二十四年の眠りからさめたフランツ・リストの自筆の楽譜。演奏されたその曲を聴いた若き美貌の天才ピアニスト、サラ・ダルビーは光輝くシンボルが目の前に浮かぶのを見た。それは、サラが母から譲り受けたペンダントに刻まれているものと寸分違わぬモノグラム。そのモノグラムが、続いて現れた一篇の詩が、サラを嵐のただ中に投げ込んだ。何者かがホテルの部屋を荒らしてリストの楽譜を奪い、サラの命を執拗に狙う。謎を解く鍵はサラが見たリストの詩のなかに。ミヒャエル・エンデに続く現代ドイツ文学の旗手が贈る、時空を超えた破天荒で壮大なミステリ。
 (引用「BOOK」データベースより)

 チラっと〈楽聖〉と呼ばれたベートーヴェンが出てきます。名前だけ。リストは1811年の生まれですが、ベートーヴェンが亡くなるのは1827年。16年だけ、時代が重なっているのですね。
 ベートーヴェンの名前を見たとき、思い出したんです。

 あの本、まだ読んでない!

かげはら史帆
『ベートーヴェン捏造 −名ブロデューサーは嘘をつく−』

 犯人は、誰よりもベートーヴェンに忠義を尽くした男だった―。音楽史上最大のスキャンダル「会話帳改竄事件」の全貌に迫る歴史ノンフィクション。
(引用「BOOK」データベースより)

 ベートーヴェンが聴覚を失ってしまったことは、よく知られていると思います。耳に頼れない人が周囲とコミュニケーションを取ろうとするときどうするかといえば、筆談です。

 会話帳とは、ベートーヴェンが持ち歩いていた筆談用ノートのこと。

 会話というと双方向のやりとりを想像すると思います。ベートーヴェンの場合、中途失聴であったために自分はしゃべりまくり相手は文字を書く、という流れでした。
 つまり会話帳に残されているのは、ベートーヴェンに見せるための言葉。それにベートーヴェンがなんと答えたかは分かりません。ベートーヴェンの書いたものは、声に出しにくい内緒話くらい。

 そんな会話帳を死後に管理していたのが、ベートーヴェンの秘書をしていたアントン・フェリックス・シンドラーでした。

 このシンドラーという人は、ちょっと問題のある人でして。会話帳を国立図書館に売却したことからも分かります。寄贈じゃないのか!
 『ベートーヴェン捏造』は、そんなシンドラーに迫る本です。

 1977年。
 ベートーヴェンの没後150年のアニヴァーサリー・イヤーに東ドイツで「国際ベートーヴェン学会」が開催されます。そこで〈ドイツ国立図書館版・会話帳チーム〉が発表したのが

「会話帳の伝承に関するいくつかの疑惑」

 会話帳に、故意に言葉が書き足されている形跡を発見した、という報告でした。
 実は、以前から捏造疑惑はあったんです。でも、考えてられていたよりも広範囲だった、と。
 最終的に、会話帳139冊のうち、64冊分、246ページで不正が見つかりました。

 その犯人が、アントン・フェリックス・シンドラー。

 シンドラーは、1822年ごろにベートーヴェンの秘書となりました。1824年〜1826年は袂をわかっていますが、その後はベートーヴェンが1827年に亡くなるまで、付き合いがありました。
 ベートーヴェンの死後シンドラーは、ベートーヴェンの伝記を3冊書いてます。

 会話帳の改ざんは、自己顕示欲や嫉妬の産物ではないか、と推測する研究者もいます。かげはら史帆氏が考えたのは、それだけではなかったのではないか、ということ。
 そこで、真の動機を探っていきます。

 シンドラーはモラヴィア(現・チェコ)に生まれました。ベートーヴェンの音楽に憧れて育ち、バイオリンをたしなみましたが、当時の音楽家はほぼ世襲。音楽で食べていく発想はありません。
 キャリア官僚になるつもりで、ウィーン大学法学部に入学します。

 時は1813年。

 ナポレオン戦争の終盤で、ウィーンでは、ドイツ語圏一帯を共通の祖国としてとらえる感覚が芽生えてきたところ。シンドラーも、新しい愛国主義にどっぷり漬かり、大学を退学してしまいます。

 挫折を味わい、官僚にもなれず、実家にも帰れない。そんなとき、ベートーヴェンと出会います。それが1822年ごろ。押しかけ秘書として、働き始めます。
 秘書といっても、使いっ走り。相手は憬れのベートーヴェンですから、嫌がられても迷惑がられても、つきまとう、つきまとう。
 ベートーヴェンはなんとか追っ払おうとしますが、心酔しているシンドラーは……?

 その時々で、シンドラーやベートーヴェンがどう考えていたのか、かげはら史帆氏は、資料を元に推察していきます。
 味付けは、現代風に。さながら再現映像のようでした。大胆に脚色することで、本当に生きていた人たちなんだな、と実感できました。

 ノンフィクションって、堅苦しくて読みづらい……と思っている人も、本書なら小説のように読めると思います。
 もちろん、ベートーヴェンに興味がある人も。リストも、けっこう出番がありましたよ。

 シンドラーの動機をどう読み解いたのか、ぜひご確認ください。  


 

 
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