書的独話

 
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2021年05月26日
言文一致体と夏目漱石
 

 何年か前から、少しずつ電子書籍を読むようになりました。
 とはいえ、やはり本は紙のものが好き。本棚に手がのびてしまいます。電子書籍は、
 でかけるときに本を持ってこなかったけれど、ちょっと時間ができた
 そんなときに読む程度です。いかんせん読む時間が短いので、読み切るまでに日数がかかります。

 夏目漱石の『吾輩は猫である』を読みはじめたのは、いつのことだったか……。
 作品そのものは、紙版で読んだことがあります。確か。読書記録を残しはじめるよりも前のことで、覚えているのは冒頭の一文くらい。
 あの有名な

 吾輩は猫である。名前はまだ無い。

 というやつですね。読んでない人でも知っているという、有名な……。
 本当に読んだことあるのだろうか?
 そんなこんなで、電子書籍を入手して、ときどきでも読むことにしました。

 ところが、ときどきなので、まったく進みません。
 後からダウンロードした本が読み終わっても、ほとんど進んでない。しおり機能によってどこまで読んだかは把握できるものの、自分の頭の中では、なにを読んでいたんだかサッパリ状態。

 そもそも、明治期の作家の文章というのが取っ付きにくい。
 価値観の相違以上のなにかがあるのでは、などと勘ぐってしまいます。
 そんなとき『漱石文体見本帳』なる本を見つけました。

 この本についてご紹介する前に……
 タイトルを拝見して思い出したのが、

 『ヘミングウェイごっこ』ジョー・ホールドマン
 ジョン・ベアドはヘミングウェイが専門の大学教員。とあるバーで論文を執筆中、ある男からヘミングウェイの原稿の贋作づくりを持ちかけられる。これまでも成功した贋作事件の例はある。一攫千金も夢ではない! いつしか贋作づくりに熱中しタイプライターを打つベアドの前に、なんとヘミングウェイその人が現われたことから、事態は思いもかけぬ方向へと…ヒューゴー&ネビュラ両賞受賞の中篇を長篇化した異色時間SF。
 内容(「BOOK」データベースより)

 12年前の読了本。当時は、翻訳SFは読むけどヘミングウェイは読んでない、という状況だった……はず。
 ちなみに、あれ以降、代表作の『老人と海』と『武器よさらば』は読みました。

 ヘミングウェイは、省略の多い作家だそうです。
 並の作家なら書くだろうことを書かない。そこにあっても書かない。とにかく余計なことは書かない。
 書かないことで、そこにあることを知らしめる、そういう作家だそうです。

 どういう文章を書き、どういう表現をするか。

 作家の個性を把握してから読むと、とても読みやすいです。無知状態でもおもしろいとは思いますが、知っていると、スッと入っていけます。

 『漱石文体見本帳』という書名を見たとき『ヘミングウェイごっこ』を思い出して、文体の解説書だろうと思ったわけです。
 作家の文章のクセを研究する、というような。明治期の作家の文章を読むのに、なにかヒントを得られるのではないか、と。

 『漱石文体見本帳』北川扶生子
 人間の内面心理を巧みに描いた作家、夏目漱石。しかし、漱石と同じ時代を生きた読者たちは、多彩な表現をあやつる「文章家」として彼を愛していた。日本語の混乱期を漱石はどう泳いだのか? 漱石の小説文体を10に分類。具体的な文例を味わいながら、その効果と背景をわかりやすく紹介。明治の日本語はこんなに豊かだった! 『こころ』、『吾輩は猫である』、『虞美人草』、『それから』、『門』、『文学論』、『文学評論』、『道草』ほか多数掲載。
 (「BOOK」データベースより)

 実際は、想像とはちがいました。
 著作者の北川扶生子氏は日本近代文学が専門の方で、漱石を「文章家」という面からもう一度眺めてみよう、という本でした。

 夏目漱石が生まれたのは、ギリギリ江戸時代。翌年には明治になってます。

 明治維新での近代化改革で思い浮かぶのは、視覚的なイメージばかり。
 ちょんまげがなくなったとか、洋服を着るようになったとか。鹿鳴館とか。鉄道とか。目に見えるものばかりが浮かびます。

 その時期に日本語の表現がどう変わったか。

 明治になって「小説」という概念が輸入されました。とはいえ、日本語で実際に「小説」を書くにはどうすればいいのか、だれも知りません。まだ言文一致体がなかったんです。
 もちろん、明治以前にも物語はありました。それらの物語は「書かれる場面によって、言葉を変える」という約束のもとに書かれていました。文体が違うということは、ものの見方の違いでもあったんです。

 だれもが同じ文章を読むには、どうすればいいのか?

 本書は、夏目漱石の文章の変化をたどりつつ、明治時代の言文一致体の創造についても言及されてます。
 社会全体で文体が大きく変わっていった時代。作家自身も変わっていくし、誰もが模索していた時代。なかでも夏目漱石はすごかった、と。
 生み出す側も大変ですが、そのとき生きている人にとっても強烈な体験だったでしょうね。

 『漱石文体見本帳』を読んで、夏目漱石の、教養のうえに成り立つ文章術を堪能したくなりました。これで読書がすすむ……かもしれません。

 すごい人だったんだなぁ。


 

 
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