書的独話

 
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2021年11月23日
ある奴隷の一生
 

 奴隷の子として生まれて逃亡に成功した女性が書いた半生記を読んだのは、2018年。(書的独話「事実は小説よりも…」)
 ノースカロライナ州で1813年に生まれた、ハリエット・アン・ジェイコブズの物語でした。(『ある奴隷少女に起こった出来事』)

 なお、新20ドル札の肖像として発表されているハリエットは、ハリエット・タブマン。1822年の生まれ。
 秘密結社〈地下鉄道〉の指導者だった女性で、逃亡奴隷を手助けする活動をしました。まだ地下に鉄道はなく〈地下鉄道〉は暗号名です。

 コルソン・ホワイトヘッドの『地下鉄道』は、秘密結社〈地下鉄道〉の物語ではなく、あの時代に、本当に地下に鉄道が走っていたら……という着想を得て書かれたもの。
 南北戦争(1861年〜1865年)より30年程前の時代。
 地下を鉄道が走っている以外は、史実ベースのようです。

 そして今回。
 少し時代をさかのぼって、バージニアで1773年頃に生まれた、オーナ・マリア・ジャッジの物語。

 エリカ・アームストロング・ダンバー&
 キャサリン・ヴァン・クリーヴ
『わたしは大統領の奴隷だった ワシントン家から逃げ出した奴隷の物語』
 初代大統領ワシントンは、大勢の奴隷を所有していた。 能力が高く大統領夫人マーサから重用されていた女性オーナは、孫娘の「結婚祝い」として譲渡されそうになり、耐えかねて逃亡を企てる……。 BLMの運動が激しさを増す今こそ読みたい歴史の記録。

 正確に言うと大統領の奴隷ではなく、大統領の妻マーサの奴隷。
 マーサは再婚で、死別した最初の夫から奴隷を相続しています。オーナは、相続した奴隷が生んだ子なので、マーサの最初の夫のカスティス家の財産という扱いをされてます。
 大統領は遺言で、自身の奴隷を解放するように指示しましたが、その中に、マーサの奴隷たちは入りません。

 本書は児童書です。
 文字は大きく、懇切丁寧なふりがな付き。とはいえ、子供向けに手加減されているかといえば、そんなことはなく。さすがに虐殺などの話題はおだやかになってましたが。

 ジェイコブズが『ある奴隷少女に起こった出来事』で語っていました。
 奴隷制さえなければ、彼らはよい人間でいられただろうに
 ワシントン夫妻も、そんな感じでした。自分たちのことを、親切な奴隷所有者だと考えていたんです。奴隷制さえなければ、そんなことは思わなかったでしょうに。

 1796年。オーナは23歳のとき、逃げる決心をします。そのきっかけは、マーサのやさしさでした。

 マーサは感情に波がある人でした。おおらかで寛容に見える日があれば、些細なことで奴隷をどなりつける日もある。何をしでかすかわからない人でした。
 そんなマーサの身の回りの世話をオーナが命じられたのは、10歳のとき。マーサの感情の波を見定められなければ、オーナはどうなるかわかりません。オーナは命がけで、マーサに仕えます。
 23歳のころには、自分は安泰だと思えるほどになっていました。マーサに仕えられるのは自分だけ。マーサに必要とされていると感じていました。

 そんなとき、マーサの孫娘イライザ・カスティスが、結婚宣言します。イライザは意地悪でわがまま。いつかんしゃくを起こすかわからない危うさがありました。
 マーサは結婚プレゼントとして、オーナを贈ることに決めます。特別なオーナなら、イライザの役に立ってくれると考えたんです。
 オーナとしては、たまったもんではありません。イライザの奴隷となったら、どんな扱いをされることか!
 ついに、自由に向けて行動を起こします。

 本書は、全編、こうだったんじゃないかといった雰囲気。憶測で書いてます感が前面に出てます。そこが、ジェイコブズの『ある奴隷少女に起こった出来事』との最大の違いです。あちらは自伝ですから。
 でも、起こっていることは同じ。

 ここ数年、奴隷制下の出来事について書かれた本にふれる機会が増えました。今後、読むつもりの本の中にも、いくつか入ってます。
 たまたまか、そういう気運があるのか。
 いずれにせよ、知らなければなにもはじめられません。逃げられなかった人たちにも思いを馳せつつ。


 

 
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